十月十月 October早稲田早稲田 Waseda (place name - neighborhood of Waseda University)に移る移る transferred; moved (to)。伽藍伽藍 (large) temple; cathedralのような書斎書斎 study; reading roomにただ一人一人 one person; single person、片づけた片づけた relaxed; composed顔顔 faceを頬杖で支えて頬杖で支えて propping one's chin on one's hand(s)いると、三重吉三重吉 Miekichi (name)が来て来て came; arrived、鳥鳥 birdを御飼いなさい御飼いなさい (you) should keep (a pet)と云う云う said; suggested。飼ってもいいと答えた答えた answered; replied。しかし念のため念のため to be sure; for good measureだから、何何 whatを飼うのかねと聞いたら聞いたら asked、文鳥文鳥 bunchō (Japanese rice sparrow; white bird with reddish beak)ですと云う返事返事 answer; replyであった。
文鳥は三重吉の小説小説 novelに出て来る出て来る appearくらいだから奇麗な奇麗な pretty; attractive鳥鳥 birdに違なかろうに違なかろう no doubt ...と思って思って think; figure; believe、じゃ買って買って buy; purchaseくれたまえと頼んだ頼んだ requested。ところが三重吉は是非是非 by all means御飼いなさいと、同じ同じ same; similarような事事 matterを繰り返して繰り返して repeatいる。うむ買うよ買うよとやはり頬杖を突いたままで頬杖を頬杖を突いたままで with chin still resting in hands、むにゃむにゃ云ってるむにゃむにゃ云ってる mumblingうちに三重吉は黙ってしまった黙ってしまった fell silent; stopped talking。おおかた頬杖に愛想を尽かした愛想を尽かした run out of patience (with)んだろうと、この時時 time; moment始めて始めて for the first time気がついた気がついた realized; became aware。
すると三分三分 three minutesばかりして、今度今度 this timeは籠籠 cageを御買いなさい御買いなさい (you) should buy; need to buyと云いだした。これも宜しい宜しい fine; very wellと答えると、是非御買いなさいと念を押す念を押す make sure of; emphasize代りに代りに in order to ...、鳥籠鳥籠 bird cageの講釈講釈 lecture; expositionを始めた。その講釈はだいぶ込み入った込み入った detailed; involvedものであったが、気の毒な気の毒な regrettable; unfortunate事に、みんな忘れてしまった。ただ好い好い good; fine; niceのは二十円二十円 twenty yenぐらいすると云う段段 step; stageになって、急に急に suddenly; abruptlyそんな高価高価 expensiveのでなくっても善かろう善かろう sufficient; acceptableと云っておいた。三重吉はにやにやしている。
それから全体全体 ... in the world; ... on earth (short for 一体全体)どこで買うのかと聞いて見る聞いて見る inquire; ask (to find out)と、なにどこの鳥屋鳥屋 bird dealerにでもありますと、実に実に very; quite; truly平凡な平凡な ordinary; banal答答 answerをした。籠はと聞き返す聞き返す asked in returnと、籠ですか、籠はその何ですよその何ですよ that one、なにどこにかあるでしょう、とまるで雲を攫む雲を攫む grasp at cloudsような寛大な寛大な expansive; all-encompassing事を云う。でも君君 youあてあて clue; idea; leadがなくっちゃいけなかろうと、あたかもいけないような顔をして見せたら、三重吉は頬ぺた頬ぺた cheekへ手手 handをあてて、何でも駒込駒込 Komagome (place name)に籠の名人名人 master; expertがあるそうですが、年寄年寄 old manだそうですから、もう死んだ死んだ died; passed awayかも知れませんかも知れません may have ...と、非常に非常に extremely; very much心細く心細く unhopeful; lostなってしまった。
何しろ言いだしたものに責任を負わせる責任を負わせる assign responsibility (for)のは当然の当然の natural; proper事だから、さっそく万事万事 all thingsを三重吉に依頼する依頼する entrust (to)事にした。すると、すぐ金金 money; fundsを出せ出せ put forth; provideと云う。金はたしかにたしかに without fail出した。三重吉はどこで買ったか、七子七子 mat weave, usually silk (short for 七子織)の三つ折三つつ折 trifoldの紙入紙入 wallet; billfoldを懐中していて懐中していて carry in one's pocket、人の人の another's金でも自分の自分の one's own金でも悉皆悉皆 allこの紙入の中中 insideに入れる入れる put into癖癖 habit; tendencyがある。自分は三重吉が五円札五円札 five-yen noteをたしかにこの紙入の底底 bottom; depthsへ押し込んだ押し込んだ pushed (down) intoのを目撃した目撃した witnessed; confirmed。
かようにして金金 moneyはたしかに三重吉三重吉 Miekichi (name)の手手 handに落ちた落ちた fell (into)。しかし鳥鳥 birdと籠籠 cageとは容易に容易に easily; readilyやって来ないやって来ない did not appear; did not materialize。
そのうち秋秋 autumnが小春小春 Indian summer; mild autumn daysになった。三重吉はたびたび来る来る come; call; visit。よく女女 womenの話話 talk (of)などをして帰って行く帰って行く depart; return home。文鳥文鳥 bunchō (Japanese rice sparrow; white bird with reddish beak)と籠の講釈講釈 lecture; expositionは全く全く (not) at all出ない出ない not appear; not be broached。硝子戸硝子戸 glass doorsを透して透して pass through五尺五尺 5 shaku (about 1.8 meters; about 5 feet)の縁側縁側 verandaには日日 sun; sunlightが好く好く well; fully当る当る hit; strike。どうせ文鳥を飼う飼う keep (an animal; a pet)なら、こんな暖かい暖かい warm季節季節 seasonに、この縁側へ鳥籠鳥籠 bird cageを据えて据えて install; set; placeやったら、文鳥も定めし定めし surely鳴き善かろう鳴き善かろう sing nicely; chirp happilyと思う思う imagine; considerくらいであった。
三重吉の小説小説 novelによると、文鳥文鳥 bunchōは千代千代千代千代 chiyo-chiyoと鳴くそうである。その鳴き声鳴き声 songがだいぶん気に入った気に入った met with one's favorと見えて見えて appeared; seemed、三重吉は千代千代を何度となく何度となく any number of times使って使って use; applyいる。あるいは千代千代 Chiyo (name)と云うと云う called; named女に惚れて惚れて fall for; be in love withいた事事 fact; matterがあるのかも知れないかも知れない could be that ...。しかし当人当人 the person in questionはいっこうそんな事を云わない。自分自分 oneself; Iも聞いて聞いて ask; inquireみない。ただ縁側に日が善く当る。そうして文鳥が鳴かない。
そのうち霜が降り出した霜が降り出した frost began to settle。自分は毎日毎日 every day伽藍伽藍 (large) temple; cathedralのような書斎書斎 study; reading roomに、寒い寒い cold; chilled顔顔 faceを片づけて片づけて compose; relaxみたり、取乱して取乱して lose control; go to piecesみたり、頬杖を突いたり頬杖を突いたり prop one's chin on one's handsやめたりして暮して暮して live; pass one's daysいた。戸戸 doorsは二重二重 double; two-foldに締め切った締め切った closed up tight。火鉢火鉢 hibachi; brazierに炭炭 charcoalばかり継いで継いで (feed) one after anotherいる。文鳥はついに忘れた忘れた forgot。
ところへ三重吉が門口門口 entranceから威勢よく威勢よく energetically; cheerfully這入って来た這入って来た came in。時時 timeは宵の口宵の口 early eveningであった。寒いから火鉢の上上 over; aboveへ胸から上胸から上 upper bodyを翳して翳して hold up to; hold up over、浮かぬ顔浮かぬ顔 long faceをわざとほてらしてほてらして warm upいたのが、急に急に suddenly陽気陽気 lively; jovialになった。三重吉は豊隆豊隆 Hōryū (name)を従えて従えて be accompanied byいる。豊隆はいい迷惑迷惑 nuisance; annoyanceである。二人二人 two (people)が籠を一つずつ一つずつ one each持って持って hold; carryいる。その上に三重吉が大きな大きな large箱箱 boxを兄き分に兄き分に as leader; as senior member抱えて抱えて hold in one's armsいる。五円札五円札 five-yen noteが文鳥と籠と箱になったのはこの初冬初冬 early winterの晩晩 eveningであった。
三重吉三重吉 Miekichi (name)は大得意大得意 highly pleased with oneselfである。まあ御覧なさい御覧なさい take a lookと云う云う say; urge。豊隆豊隆 Hōryū (name)その洋灯洋灯 lampをもっとこっちへ出せ出せ bring over (to)などと云う。そのくせ寒い寒い cold; chillyので鼻の頭鼻の頭 tip of one's noseが少し少し a little; a bit紫色紫色 purpleになっている。
なるほど立派な立派な fine; splendid籠籠 cageができた。台台 stand; baseが漆漆 lacquerで塗って塗って paintある。竹竹 bambooは細く細く finely; in detail削った削った carved; cut上に上に on top of; in addition to、色が染けてある色が染けてある has been colored。それで三円三円 three yenだと云う。安い安い a bargain; a good priceなあ豊隆と云っている。豊隆はうん安いと云っている。自分自分 oneself; Iは安いか高い高い expensive; overpricedか判然と判然と clearly; definitively判判らない don't know; can't judgeが、まあ安いなあと云っている。好い好い good; fine; niceのになると二十円二十円 twenty yenもするそうですと云う。二十円はこれで二返目二返目 second timeである。二十円に比べてに比べて in comparison to安いのは無論である無論である goes without saying。
この漆はね、先生先生 professor、日向日向 sunny placeへ出して出して put out; set out曝して曝して expose toおくうちに黒味黒味 black colorが取れて取れて be taken; be removedだんだん朱朱 cinnabar; vermillionの色が出て来ます出て来ます come out; appearから、――そうしてこの竹は一返一返 once善く善く well; thoroughly煮た煮た boiled; steepedんだから大丈夫大丈夫 alright; okayですよなどと、しきりに説明をして説明をして explainくれる。何何 whatが大丈夫なのかねと聞き返す聞き返す ask in returnと、まあ鳥鳥 birdを御覧なさい、奇麗奇麗 attractive; handsomeでしょうと云っている。
寒いだろうねと聞いてみると、そのために箱箱 boxを作った作った made; builtんだと云う。夜夜 evening; nightになればこの箱に入れて入れて put intoやるんだと云う。籠が二つ二つ two (things)あるのはどうするんだと聞くと、この粗末な粗末な rough; crude方方 one (of the two); alternativeへ入れて時々時々 occasionally; once in a while行水を使わせる行水を使わせる allow to batheのだと云う。これは少し手数が掛る手数が掛る take some effortなと思っていると、それから糞糞 excrement; droppingsをして籠を汚します汚します make dirty; messから、時々掃除掃除 cleaningをしておやりなさいとつけ加えたつけ加えた added。三重吉は文鳥文鳥 bunchō (Japanese rice sparrow; white bird with reddish beak)のためにはなかなか強硬強硬 unyielding; adamantである。
それをはいはい引受ける引受ける take on; agree toと、今度今度 this time; nextは三重吉三重吉 Miekichi (name)が袂袂 sleeve pocketから粟粟 milletを一袋一袋 one bag出した出した took out; produced。これを毎朝毎朝 each morning食わせなくっちゃいけません食わせなくっちゃいけません need to feed。もし餌餌 feed; (pet) foodをかえてやらなければ、餌壺餌壺 food bowl; food dishを出して殻殻 hullsだけ吹いて吹いて blow (off; away)おやんなさい。そうしないと文鳥文鳥 bunchō (Japanese rice sparrow; white bird with reddish beak)が実実 seedのある粟を一々一々 one by one拾い出さなくっちゃなりません拾い出さなくっちゃなりません will have to select; will have to seek outから。水水 waterも毎朝かえておやんなさい。先生先生 professor (used here as form of address)は寝坊寝坊 late sleeperだからちょうど好いちょうど好い just right; perfectでしょうと大変大変 very much; terribly文鳥に親切親切 kindness; considerationを極めて極めて be set on; persist inいる。そこで自分自分 oneself; Iもよろしいと万事万事 all everything受合った受合った agreed to do; promised。ところへ豊隆豊隆 Hōryū (name)が袂から餌壺と水入水入 water dishを出して行儀よく行儀よく politely; ceremoniously自分の前前 front ofに並べた並べた lined up; placed。こういっさい万事を調えて調えて arrange for; put in orderおいて、実行実行 practice; executionを逼られる逼られる be compelled (to do something)と、義理にも義理にも bound by duty; through obligation (if nothing else)文鳥の世話世話 care; safekeepingをしなければならなくなる。内心では内心では inside; to oneselfよほど覚束なかった覚束なかった had doubts; felt unsureが、まずやってみようとまでは決心した決心した resolved; set one's mind to。もしできなければ家家 house; householdのものが、どうかするだろうと思った思った thought; reckoned。
やがて三重吉は鳥籠鳥籠 bird cageを叮嚀に叮嚀に carefully箱箱 boxの中中 insideへ入れて入れて put into、縁側縁側 verandaへ持ち出して持ち出して carry out (to)、ここへ置きます置きます set; placeからと云って云って say; explain帰った帰った returned (home); departed。自分は伽藍伽藍 (large) temple; cathedralのような書斎書斎 study; reading roomの真中真中 middle; centerに床床 beddingを展べて展べて spread out冷か冷か cold; chillに寝た寝た turned in; retired (for the evening)。夢夢 dreamsに文鳥を背負い込んだ背負い込んだ shouldered (a burden; a responsibility)心持心持 feelingは、少し少し a little; a bit寒かった寒かった was coldが眠って眠って slumberみれば不断の不断の usual; ordinary夜夜 evening; nightのごとく穏か穏か calm; quiet; peacefulである。
翌朝翌朝 the next morning眼が覚めると眼が覚めると upon waking硝子戸硝子戸 glass doorsに日が射している日が射している the sun was shining。たちまち文鳥に餌をやらなければならないなと思った。けれども起きる起きる get up; get out of bedのが退儀退儀 arduous (usually 大儀)であった。今に今に before long; soonやろう、今にやろうと考えて考えて thinkいるうちに、とうとう八時過八時過 after eight (o'clock)になった。仕方がない仕方がない there's no other recourseから顔顔 faceを洗う洗う washついでをもって、冷たい冷たい cold; chilly縁縁 verandaを素足素足 bare feetで踏みながら踏みながら stepping across、箱の葢葢 lidを取って取って take off; remove鳥籠を明海明海 bright place; the lightへ出した。文鳥は眼をぱちつかせている。もっと早く早く early起きたかったろうと思ったら思ったら took notice of; considered気の毒になった気の毒になった felt bad for; felt sorry for。
文鳥の眼は真黒真黒 solid black; jet blackである。瞼瞼 eyelidsの周囲周囲 peripheryに細い細い delicate; fine; slender淡紅色の淡紅色の pink-colored絹糸絹糸 silk threadを縫いつけた縫いつけた sewed into; embroideredような筋筋 line; streakが入っている入っている be included; be embedded (in)。眼をぱちつかせるたびに絹糸が急に急に suddenly寄って寄って draw near; come together一本一本 one line; a single lineになる。と思うとまた丸くなる丸くなる become rounded。籠籠 cageを箱から出すや否やや否や as soon as ...、文鳥は白い白い white首首 neck; headをちょっと傾けながら傾けながら tilting; incliningこの黒い黒い black眼を移して移して shift始めて始めて for the first time自分の顔を見た見た looked at。そうしてちちと鳴いた鳴いた sang; cried。
自分自分 oneself; Iは静かに静かに quietly; gently鳥籠鳥籠 bird cageを箱箱 boxの上上 top ofに据えた据えた set; placed; positioned。文鳥文鳥 bunchō (Japanese rice sparrow; white bird with reddish beak)はぱっと留り木留り木 perchを離れた離れた left; moved away from。そうしてまた留り木に乗った乗った jumped onto。留り木は二本二本 two (long slender objects)ある。黒味がかった黒味がかった blackened; dark青軸青軸 (wood from a) mountain Japanese apricotをほどよきほどよき proper; just right距離距離 distanceに橋と渡して橋と渡して across a gap横に横に side by side; in parallel並べた並べた lined up; placed。その一本一本 one (long slender object)を軽く軽く lightly踏まえた踏まえた planted oneself on; alighted on足足 feetを見る見る look at; observeといかにも華奢華奢 eleganceにできている。細長い細長い long and slender薄紅薄紅 light crimsonの端端 end; extremityに真珠真珠 pearlを削った削った shaved; whittledような爪爪 clawが着いて着いて be connected to、手頃な手頃な at hand; within reach留り木を甘く甘く adeptly; nimbly抱え込んで抱え込んで grasp ontoいる。すると、ひらりとひらりと lightly; quickly眼先眼先 (the scene) before one's eyesが動いた動いた moved; shifted。文鳥はすでに留り木の上で方向方向 direction; orientationを換えて換えて change; alterいた。しきりに首首 headを左右左右 left and rightに傾ける傾ける tilt; incline。傾けかけた首をふと持ち直して持ち直して recover; straighten back up、心持心持 slightly; just a little前前 forwardへ伸した伸した stretched; extendedかと思ったらかと思ったら just when one thought that ...、白い白い white羽根羽根 feathers; wingsがまたちらりとちらりと fleetingly; momentarily動いた。文鳥の足は向う向う the other sideの留り木の真中真中 middleあたりに具合よく具合よく successfully; in good form落ちた落ちた came down (onto); landed (on)。ちちと鳴く鳴く cry; call。そうして遠くから遠くから from a distance自分の顔顔 faceを覗き込んだ覗き込んだ peered at。
自分は顔を洗いに洗いに in order to wash風呂場風呂場 bathroomへ行った行った went (to)。帰り帰り the way backに台所台所 kitchenへ廻って廻って circle around (to)、戸棚戸棚 cupboard; cabinetを明けて明けて open、昨夕昨夕 the prior evening三重吉三重吉 Miekichi (name)の買って来てくれた買って来てくれた went and bought (for me)粟粟 milletの袋袋 bagを出して出して take out、餌壺餌壺 food bowl; food dishの中中 insideへ餌餌 feed; (pet) foodを入れて入れて put into、もう一つ一つ one (thing)には水水 waterを一杯一杯 full up入れて、また書斎書斎 study; reading roomの縁側縁側 verandaへ出た出た went out (onto)。
三重吉は用意周到な用意周到な meticulous男男 man; fellowで、昨夕叮嚀に叮嚀に carefully餌をやる時時 time; occasionの心得心得 directions; guidelinesを説明して説明して explain行った。その説説 explanationによると、むやみに籠籠 cageの戸戸 doorを明けると文鳥が逃げ出して逃げ出して escape; take flightしまう。だから右の手右の手 right handで籠の戸を明けながら、左の手左の手 left handをその下下 below; beneathへあてがってあてがって apply; fit (to)、外外 outsideから出口出口 exitを塞ぐ塞ぐ block; coverようにしなくっては危険危険 danger; riskだ。餌壺を出す時も同じ同じ the same心得でやらなければならない。とその手つき手つき hand movementsまでして見せたして見せた demonstrated; showed (how to do)が、こう両方の手両方の手 both handsを使って使って use; engage、餌壺をどうして籠の中へ入れる事事 act; actionができるのか、つい聞いておかなかった聞いておかなかった didn't think to ask。
自分はやむをえず餌壺を持ったまま持ったまま holding; having in hand手の甲手の甲 back of the handで籠の戸をそろりとそろりと smoothly上へ押し上げた押し上げた pushed upward。同時に同時に at the same time左の手で開いた開いた open口口 doorway; entranceをすぐ塞いだ。鳥鳥 birdはちょっと振り返った振り返った turn to look; look back (at)。そうして、ちちと鳴いた。自分は出口を塞いだ左の手の処置処置 dispositionに窮した窮した was at a loss (as to how to proceed)。人人 a personの隙隙 gap; break; breachを窺って窺って await逃げるような鳥とも見えないので、何となく何となく somehow; for some reason気の毒になった気の毒になった felt bad for; felt sorry for。三重吉は悪い悪い bad; wrong; unjust事を教えた教えた taught; instructed。
大きな大きな big; large手手 handをそろそろそろそろ slowly; steadily籠籠 cageの中中 insideへ入れた入れた put into。すると文鳥文鳥 bunchō (Japanese rice sparrow; white bird with reddish beak)は急に急に suddenly羽搏羽搏 fluttering of wingsを始めた始めた began; started。細く細く slenderly; in fine strips削った削った carved; shaved; whittled竹竹 bambooの目目 intervals; spaces betweenから暖かい暖かい warmむく毛むく毛 down; fluffが、白く白く in white form飛ぶ飛ぶ flyほどに翼を鳴らした翼を鳴らした beat its wings。自分自分 oneself; Iは急に自分の大きな手が厭厭 disagreeable; detestableになった。粟粟 milletの壺壺 bowl; dishと水水 waterの壺を留り木留り木 perchの間間 space betweenにようやく置く置く set; placeや否やや否や as soon as ...、手を引き込ました引き込ました drew back。籠の戸戸 doorははたりとはたりと quickly and lightly自然に自然に of its own accord落ちた落ちた fell; dropped。文鳥は留り木の上上 top ofに戻った戻った returned to。白い首首 headを半ば半ば halfway横に向けて横に向けて turn sideways; tilt sideways、籠の外外 outsideにいる自分を見上げた見上げた looked up (at)。それから曲げた曲げた bent首を真直にして真直にして straighten足の下足の下 at one's feet; beneath one's feetにある粟と水を眺めた眺めた gazed at。自分は食事をしに食事をしに for a meal; to eat茶の間茶の間 tea room; hearth roomへ行った行った went (to)。
その頃その頃 at that time; in those daysは日課日課 daily work; daily routineとして小説小説 novelを書いて書いて write; draftいる時分時分 period (of time)であった。飯飯 mealと飯の間はたいてい机机 deskに向って向って turn toward; face筆筆 (writing) brush; penを握って握って grip; take upいた。静かな静かな quiet時時 times; momentsは自分で紙紙 paperの上を走る走る travel (across); traverseペンの音音 soundを聞く聞く hear事ができた事ができた was able to ...。伽藍伽藍 (large) temple; cathedralのような書斎書斎 study; reading roomへは誰も這入って来ない誰も這入って来ない no one enters習慣習慣 custom; practice; ruleであった。筆の音に淋しさ淋しさ loneliness; solitudeと云うと云う taken as ...意味意味 meaning; sense; nuanceを感じた感じた felt; perceived朝朝 morningも昼昼 middayも晩晩 eveningもあった。しかし時々時々 sometimes; from time to timeはこの筆の音がぴたりとぴたりと abruptly; completelyやむ、またやめねばならぬ、折折 time; occasionもだいぶあった。その時は指の股指の股 between one's fingersに筆を挟んだまま挟んだまま (still) holding; gripping手の平手の平 palm of the handへ顎を載せて顎を載せて rest one's chin (on)硝子越に硝子越に through the glass吹き荒れた吹き荒れた windswept庭庭 garden; yardを眺めるのが癖癖 habit; tendency; mannerismであった。それが済む済む be finished; be concludedと載せた顎を一応一応 once撮んで見る撮んで見る give a pinch (to); try tugging at。それでも筆と紙がいっしょにならない時は、撮んだ顎を二本の指二本の指 two fingersで伸して見る伸して見る try to stretch; try to extend。すると縁側縁側 verandaで文鳥がたちまちたちまち suddenly; at once千代千代千代千代 chiyo-chiyoと二声鳴いた二声鳴いた sang out in succession。
筆を擱いて擱いて lay down; set aside、そっと出て見る出て見る go out (to see)と、文鳥は自分の方方 directionを向いた向いた turned towardまま、留り木の上から、のめりそうにのめりそうに leaning (almost too far) forward白い胸胸 breastを突き出して突き出して thrust out、高く高く at high pitch千代と云った云った sang; cried。三重吉三重吉 Miekichi (name)が聞いたらさぞ喜ぶ喜ぶ be pleased; be delightedだろうと思う思う think; considerほどな美い美い fine; wonderful声声 voiceで千代と云った。三重吉は今に今に before long; in time馴れる馴れる grow accustomed (to); feel comfortableと千代と鳴きますよ、きっと鳴きますよ、と受合って受合って assure; guarantee帰って行った帰って行った returned; departed (for home)。
自分自分 oneself; Iはまた籠籠 cageの傍傍 proximityへしゃがんだ。文鳥文鳥 bunchō (Japanese rice sparrow; white bird with reddish beak)は膨らんだ膨らんだ plump; rounded; puffed-up首首 headを二三度二三度 several times竪横竪横 up and down, side-to-sideに向け直した向け直した repositioned。やがて一団一団 one single lumpの白い白い white体体 bodyがぽいと留り木留り木 perchの上上 top ofを抜け出した抜け出した broke away from。と思うとと思うと as soon as (one realizes) ...奇麗な奇麗な exquisite足の爪足の爪 clawsが半分半分 halfwayほど餌壺餌壺 food bowl; food dishの縁縁 edge; rimから後後 behind; in backへ出た出た protruded (from)。小指小指 little fingerを掛けて掛けて applyもすぐ引っ繰り返りそうな引っ繰り返りそうな looking like it would tip over餌壺は釣鐘釣鐘 (large and heavy) temple bellのように静か静か quiet; stillである。さすがに文鳥は軽い軽い light; airyものだ。何だか何だか somehow淡雪淡雪 light snowfall; dusting of snowの精精 spirit; spriteのような気気 feeling; impressionがした。
文鳥はつと嘴嘴 beakを餌壺の真中真中 middle; centerに落した落した lowered; dropped。そうして二三度左右左右 left and rightに振った振った shook。奇麗に平して平して make level; make smooth入れて入れて put intoあった粟粟 milletがはらはらと籠の底底 bottomに零れた零れた was spilled。文鳥は嘴を上げた上げた lifted; raised。咽喉咽喉 throatの所所 area; point; spotで微な微な faint; slight音音 soundがする。また嘴を粟の真中に落す。また微な音がする。その音が面白い面白い of interest; intriguing。静かに静かに in silence; without making a sound聴いて聴いて listenいると、丸くて丸くて without edges; harmonious; calm細やか細やか heartfelt; tenderで、しかも非常に非常に exceedingly速か速か quick; rapidである。菫菫 violet (flower)ほどな小さい小さい small; diminutive人人 personが、黄金黄金 goldの槌槌 hammer; malletで瑪瑙瑪瑙 agate (bright silica stone with a fine grain)の碁石碁石 Go pieces; Go stonesでもつづけ様につづけ様に one after another敲いて敲いて strike; knock; beatいるような気気 feeling; impressionがする。
嘴の色色 colorを見る見る look at; regardと紫紫 purpleを薄く薄く lightly; faintly混ぜた混ぜた mixed紅紅 deep red; crimsonのようである。その紅がしだいに流れて流れて be washed away; disappear、粟をつつくつつく peck at口尖口尖 tip of the beakの辺辺 vicinity; regionは白い。象牙象牙 ivoryを半透明半透明 translucentにした白さである。この嘴が粟の中中 middle; midstへ這入る這入る enter; move into時時 time; instantは非常に早い早い quick。左右に振り蒔く振り蒔く scatter; disperse粟の珠珠 ball; sphere; drop (of)も非常に軽そう軽そう looking light; seemingly masslessだ。文鳥は身身 bodyを逆さま逆さま upside downにしないばかりに尖った尖った tapered; pointed嘴を黄色い黄色い yellow粒粒 grainsの中に刺し込んで刺し込んで thrust; plunge (into)は、膨くらんだ首を惜気もなく惜気もなく ungrudgingly; with abandon右左右左 side to side (lit: right and left)へ振る。籠の底に飛び散る飛び散る fly about; scatter粟の数数 numberは幾粒だか幾粒だか how many (grains)分らない分らない don't know; can't tell。それでも餌壺だけは寂然として寂然として forlorn; as though forgotten静かである。重い重い heavyものである。餌壺の直径直径 diameterは一寸五分一寸五分 1.5 sun (about 5 cm; about 2 inches)ほどだと思う。
自分はそっと書斎書斎 study; reading roomへ帰って帰って return (to)淋しく淋しく in solitudeペンを紙紙 paper; pageの上に走らして走らして set into motionいた。縁側縁側 verandaでは文鳥がちちと鳴く。折々折々 occasionally; from time to timeは千代千代千代千代 chiyo-chiyoとも鳴く。外外 outsideでは木枯木枯 cold wintry windが吹いて吹いて blow; gustいた。
夕方夕方 evening; duskには文鳥が水水 waterを飲む飲む drinkところを見た。細い細い slender; delicate足足 feetを壺壺 bowl; dishの縁へ懸けて懸けて set; rest (on)、小い小い small (usually 小さい)嘴に受けた受けた caught; received一雫一雫 single dropを大事そうに大事そうに with great care、仰向いて仰向いて look up; turn one's face upward呑み下して呑み下して gulp down; swallowいる。この分ではこの分では at this rate一杯の一杯の dishful; bowlful水が十日十日 ten daysぐらい続く続く continue; persist; lastだろうと思ってまた書斎へ帰った。晩晩 evening; nightには箱箱 boxへしまってやった。寝る寝る retire; turn in (for the night)時硝子戸硝子戸 glass doorsから外を覗いたら覗いたら take a look、月月 moonが出て出て appear; be out、霜が降っていた霜が降っていた frost had settled。文鳥は箱の中でことりともしなかったことりともしなかった made not a peep。
明る日明る日 the following dayもまた気の毒な事に気の毒な事に unfortunately; regrettably遅く遅く late起きて起きて wake; rise、箱箱 boxから籠籠 cageを出して出して take outやったのは、やっぱり八時過ぎ八時過ぎ after eight (o'clock)であった。箱の中中 insideではとうからとうから already; for some time (= とっくに)目が覚めていた目が覚めていた was awakeんだろう。それでも文鳥文鳥 bunchō (Japanese rice sparrow; white bird with reddish beak)はいっこう不平不平 discontent; dissatisfactionらしい顔顔 face; facial expressionもしなかった。籠が明るい明るい light; bright所所 placeへ出る出る emerge (into)や否やや否や as soon as ...、いきなり眼眼 eyesをしばたたいてしばたたいて blink、心持心持 slightly; just a little首をすくめて首をすくめて draw up one's shoulders; draw in one's neck、自分自分 oneself; Iの顔を見た見た looked at。
昔し昔し long ago; in days past美しい美しい beautiful女女 womanを知っていた知っていた knew; was acquainted with。この女が机机 deskに凭れて凭れて lean on; recline against何か何か something考えて考えて think over; contemplateいるところを、後後 behind; in backから、そっと行って行って go (to); approach、紫紫 purpleの帯上げ帯上げ obi sash band (thin band tied over wider obi sash)の房房 tassel; loose endになった先先 tipを、長く長く at length垂らして垂らして dangle、頸筋頸筋 nape of the neck; back of the neckの細いあたり細いあたり narrow regionを、上上 aboveから撫で廻したら撫で廻したら caress; stroke、女はものう気にものう気に wearily; listlessly後を向いた向いた turned toward。その時時 time; occasion女の眉眉 eyebrowsは心持八の字に寄って八の字に寄って draw together and cause to slope downward (like the character 八)いた。それで眼尻眼尻 outer corners of the eyesと口元口元 mouth; lipsには笑笑 smileが萌して萌して show sign of; hint atいた。同時に同時に at the same time恰好の好い恰好の好い well-formed頸頸 neckを肩肩 shouldersまですくめていた。文鳥が自分を見た時、自分はふとこの女の事を思い出した思い出した remembered; recollected。この女は今今 now; at present嫁嫁 brideに行った。自分が紫の帯上帯上 obi sash band (thin band tied over wider obi sash)でいたずらをしたのは縁談縁談 marriage proposal; engagementのきまった二三日二三日 several days後後 afterである。
餌壺餌壺 food bowl; food dishにはまだ粟粟 milletが八分通り八分通り about eight tenths這入っている這入っている be contained (in)。しかし殻殻 hullsもだいぶ混っていた混っていた were mixed with。水入水入 water bowlには粟の殻が一面一面 the entire surfaceに浮いて浮いて float、苛く苛く unpleasantly濁って濁って be clouded; be impureいた。易えて易えて changeやらなければならない。また大きな大きな large; big手手 handを籠の中へ入れた入れた put into。非常に非常に to the utmost要心して要心して exercise caution入れたにもかかわらず、文鳥は白い白い white翼翼 wingsを乱して騒いだ乱して騒いだ whipped into a frenzy。小い小い small (usually 小さい)羽根羽根 featherが一本一本 one (feather)抜けて抜けて fall out; come looseも、自分は文鳥にすまないと思った。殻は奇麗に奇麗に cleanly吹いた吹いた blew (off; away)。吹かれた殻は木枯木枯 cold wintry windがどこかへ持って行った持って行った carried away。水も易えてやった。水道水道 water service; pipingの水だから大変大変 very much; quite冷たい冷たい cold。
その日日 dayは一日一日 the whole day; all day淋しい淋しい solitaryペンの音音 soundを聞いて聞いて listen to暮した暮した passed one's time。その間その間 during that timeには折々折々 occasionally千代千代千代千代 chiyo-chiyoと云う云う call; sing声声 voiceも聞えた。文鳥も淋しいから鳴く鳴く cry; singのではなかろうかと考えた。しかし縁側縁側 verandaへ出て見る出て見る go out (to see)と、二本の留り木二本の留り木 two perchesの間を、あちらへ飛んだり飛んだり fly (to)、こちらへ飛んだり、絶間なく絶間なく incessantly; without pause行きつ戻りつして行きつ戻りつして go back and forthいる。少しも少しも (not) the least不平らしい様子様子 appearance; indication (of)はなかった。
夜夜 evening; nightは箱箱 boxへ入れた入れた put into。明る明る the next; the following朝朝 morning目が覚める目が覚める wakeと、外外 outsideは白い白い white霜霜 frostだ。文鳥文鳥 bunchō (Japanese rice sparrow; white bird with reddish beak)も眼が覚めているだろうが、なかなか起きる起きる get up; rise気気 inclinationにならない。枕元枕元 by one's pillowにある新聞新聞 newspaperを手に取る手に取る reach for; takeさえ難儀難儀 hardship; act of considerable difficultyだ。それでも煙草煙草 cigaretteは一本一本 one (slender object)ふかした。この一本をふかしてしまったら、起きて籠籠 cageから出して出して take outやろうと思いながら思いながら thinking; planning (to do)、口口 mouthから出る出る appear; emanate (from)煙煙 smokeの行方行方 path; course; trajectoryを見つめて見つめて gaze at; fix one's attention onいた。するとこの煙の中中 middle; withinに、首をすくめた首をすくめた drew in one's neck; hunched one's shoulders、眼眼 eyesを細くした細くした narrowed、しかも心持心持 slightly; just a little眉を寄せた眉を寄せた furrowed one's brow昔し昔し long ago; in days pastの女女 womanの顔顔 faceがちょっと見えた。自分自分 oneself; Iは床床 beddingの上上 top ofに起き直った起き直った straightened up; sat up。寝巻寝巻 night clothesの上へ羽織羽織 Japanese half-coatを引掛けて引掛けて pull on (over)、すぐ縁側縁側 verandaへ出た。そうして箱の葢葢 lidをはずして、文鳥を出した。文鳥は箱から出ながら千代千代千代千代 chiyo-chiyoと二声鳴いた二声鳴いた sang out in succession。
三重吉三重吉 Miekichi (name)の説説 statement; assertionによると、馴れる馴れる become accustomed (to); feel at homeにしたがって、文鳥が人人 a personの顔を見て鳴くようになるんだそうだ。現に現に actually; in fact三重吉の飼って飼って keep; own (as a pet)いた文鳥は、三重吉が傍傍 proximityにいさえすれば、しきりに千代千代と鳴きつづけたそうだ。のみならず三重吉の指の先指の先 fingertipから餌餌 (pet) foodを食べる食べる eatと云うと云う it's said that ...。自分もいつか指の先で餌をやって見たいと思った。
次次 nextの朝はまた怠けた怠けた lay idle; dawdled。昔昔 long ago; in days pastの女の顔もつい思い出さなかった思い出さなかった didn't recall; didn't recollect。顔を洗って洗って wash、食事食事 mealを済まして済まして finish; conclude、始めて始めて for the first time、気がついた気がついた realized; took noticeように縁側へ出て見ると、いつの間にかいつの間にか before one knows it籠が箱の上に乗って乗って rest onいる。文鳥はもう留り木留り木 perchの上を面白そうに面白そうに happily; enjoyablyあちら、こちらと飛び移って飛び移って jump from one place to anotherいる。そうして時々時々 occasionally; from time to timeは首首 neckを伸して伸して stretch; extend籠の外外 outsideを下の方から下の方から from below覗いて覗いて peak at; glance atいる。その様子様子 appearance; lookがなかなか無邪気無邪気 innocent; simple in natureである。昔紫紫 purpleの帯上帯上 obi sash band (thin band tied over wider obi sash)でいたずらをした女は襟襟 neckの長い長い long、背のすらりとした背のすらりとした well-proportioned; svelte、ちょっと首を曲げて曲げて tilt; incline人を見る癖癖 way; mannerismがあった。
粟粟 milletはまだある。水水 waterもまだある。文鳥は満足して満足して be set; be satisfiedいる。自分は粟も水も易えずに易えずに without changing書斎書斎 study; reading roomへ引込んだ引込んだ withdrew (to)。
昼昼 noon過ぎ過ぎ after; pastまた縁側へ出た。食後食後 after a mealの運動運動 activity; exerciseかたがたかたがた by way of、五六間五六間 5 or 6 ken (about 10 meters; about 12 yards)の廻り縁廻り縁 wrap-around verandaを、あるきながら書見する書見する readつもりであった。ところが出て見ると粟がもう七分七分 seven tenthsがた尽きて尽きて be out; be consumedいる。水も全く全く completely; utterly濁って濁って be fouled; be sulliedしまった。書物書物 bookを縁側へ抛り出して抛り出して toss asideおいて、急いで急いで immediately; right away餌と水を易えてやった。
次次 nextの日日 dayもまた遅く遅く late起きた起きた woke up; got out of bed。しかも顔顔 faceを洗って洗って wash飯飯 mealを食う食う eatまでは縁側縁側 verandaを覗かなかった覗かなかった didn't check; didn't look in on。書斎書斎 study; reading roomに帰って帰って return (to)から、あるいはあるいは maybe; perhaps昨日昨日 the day beforeのように、家人家人 member of the householdが籠籠 cageを出して出して take outおきはせぬかと、ちょっと縁縁 verandaへ顔だけ出して見たら顔だけ出して見たら went to take a look、はたして出してあった。その上その上 on top of that; furthermore餌餌 foodも水水 waterも新しくなっていた新しくなっていた had been changed; had been replenished。自分自分 oneself; Iはやっと安心して安心して be put at ease; be reassured首を書斎に入れた首を書斎に入れた ducked one's head back into the study; started back to the study。途端に途端に just then; at that moment文鳥文鳥 bunchō (Japanese rice sparrow; white bird with reddish beak)は千代千代千代千代 chiyo-chiyoと鳴いた鳴いた cried; sang。それで引込めた引込めた withdrawn; retreated首をまた出して見た。けれども文鳥は再び再び again; a second time鳴かなかった。けげんな顔をしてけげんな顔をして with an uneasy look硝子越に硝子越に through the glass庭庭 garden; yardの霜霜 frostを眺めて眺めて gaze on; look out atいた。自分はとうとう机机 deskの前前 front ofに帰った。
書斎の中中 insideでは相変らず相変らず as ever; as alwaysペンの音音 soundがさらさらする。書きかけた書きかけた in process (of writing)小説小説 novelはだいぶんはかどったはかどった advanced; progressed。指の先指の先 fingertipsが冷たい冷たい be cold; feel cold。今朝今朝 this morning埋けた埋けた covered with ash (done with coals to keep a low fire)佐倉炭佐倉炭 charcoal from the Sakura region of Chiba prefectureは白くなって白くなって grow white、薩摩五徳薩摩五徳 Satsuma-style kettle stand (usually three inverted legs on which kettle rests)に懸けた懸けた set on; placed on鉄瓶鉄瓶 iron kettleがほとんど冷めて冷めて grow coldいる。炭取炭取 charcoal scuttle; charcoal bucketは空空 emptyだ。手を敲いた手を敲いた clapped one's hands (to summon help)がちょっと台所台所 kitchenまで聴えない聴えない (sound) didn't carry; could not be heard。立って立って rise; get up戸戸 doorを明ける明ける openと、文鳥は例に似ず例に似ず uncharacteristically留り木留り木 perchの上上 top ofにじっと留っているじっと留っている be still; be unmoving; be frozen in place。よく見ると足足 legが一本一本 one (slender object)しかない。自分は炭取を縁に置いて置いて set down、上からこごんでこごんで stoop; lean over籠の中を覗き込んだ覗き込んだ peered into。いくら見ても足は一本しかない。文鳥はこの華奢な華奢な delicate; elegant一本の細い細い slender足に総身総身 one's whole body; one's full weightを託して託して entrust to黙然として黙然として in stillness; without a sound、籠の中に片づいて片づいて relax; reposeいる。
自分は不思議不思議 strange; curiousに思った思った thought (it to be)。文鳥について万事万事 all thingsを説明した説明した explained; expounded三重吉三重吉 Miekichi (name)もこの事事 matterだけは抜いた抜いた left out; neglectedと見える。自分が炭取に炭炭 charcoalを入れて帰った時時 time、文鳥の足はまだ一本であった。しばらく寒い寒い cold縁側に立って眺めていたが、文鳥は動く動く move; stir気色気色 sign; indicationもない。音を立てないで音を立てないで without a sound; in silence見つめていると、文鳥は丸い丸い round眼眼 eyesをしだいに細くし出した。おおかた眠たい眠たい sleepy; drowsyのだろうと思って、そっと書斎へ這入ろう這入ろう enter; go intoとして、一歩一歩 one step足を動かすや否やや否や as soon as、文鳥はまた眼を開いた開いた opened。同時に同時に at the same time真白な真白な pure white胸胸 breastの中から細い足を一本出した。自分は戸を閉てて閉てて close火鉢火鉢 hibachi; brazierへ炭をついだ。
小説小説 novelはしだいに忙しくなる忙しくなる become busy (with)。朝朝 morningsは依然として依然として still; as always寝坊寝坊 sleeping in; sleeping lateをする。一度一度 once家のもの家のもの members of the householdが文鳥文鳥 bunchō (Japanese rice sparrow; white bird with reddish beak)の世話世話 careをしてくれてから、何だか何だか somehow自分の自分の one's own責任責任 responsibilityが軽くなった軽くなった be lightened; be lessenedような心持心持 feelingがする。家のものが忘れる忘れる forget; fail (to do)時時 times; occasionsは、自分が餌餌 (pet) foodをやる水水 waterをやる。籠籠 cageの出し入れ出し入れ taking out and putting awayをする。しない時は、家のものを呼んで呼んで call; summonさせる事事 instancesもある。自分はただ文鳥の声声 voiceを聞く聞く listen to; hearだけが役目役目 duty; roleのようになった。
それでも縁側縁側 verandaへ出る出る go out (to)時は、必ず必ず without fail籠の前前 front ofへ立留って立留って stop; pause (at)文鳥の様子様子 condition; state (of affairs)を見た見た looked at; checked on。たいていは狭い狭い confined; limited in space籠を苦にもしないで苦にもしないで untroubled by; unconcerned with、二本の留り木二本の留り木 two perchesを満足そうに満足そうに with satisfaction; contentedly往復往復 coming and going (between)していた。天気天気 weatherの好い好い fair; fine時は薄い薄い weak; faint日日 sunlightを硝子越に硝子越に through the glass浴びて浴びて bask in、しきりに鳴き立てて鳴き立てて sing outいた。しかし三重吉三重吉 Miekichi (name)の云った云った saidように、自分の顔顔 faceを見てことさらにことさらに especially; consciously鳴く気色気色 sign; indicationはさらにさらに still; after allなかった。
自分の指指 fingerからじかにじかに directly餌を食う食う eatなどと云う事は無論無論 of course; needless to sayなかった。折々折々 on occasion機嫌のいい機嫌のいい in good spirits時は麺麭の粉麺麭の粉 bread crumbなどを人指指人指指 index fingerの先先 tipへつけて竹竹 bambooの間間 space (between); gapからちょっと出して見る事があるが文鳥はけっして近づかない近づかない did not come near。少し少し a little; a bit無遠慮に無遠慮に over-enthusiastically; overzealously突き込んで突き込んで thrust in; jam into見ると、文鳥は指の太い太い fat; thickのに驚いて驚いて be alarmed白い白い white翼翼 wingsを乱して乱して set into wild motion籠の中中 insideを騒ぎ廻る騒ぎ廻る flutter aroundのみであった。二三度二三度 several times試みた試みた tried; attempted後後 after ...、自分は気の毒になって気の毒になって felt sorry; felt bad (about something)、この芸芸 trick; stuntだけは永久に永久に permanently; forever断念して断念して abandon; give up onしまった。今今 now; the presentの世世 worldにこんな事のできるものがいるかどうだかはなはだ疑わしい疑わしい doubtful; questionable。おそらく古代古代 ancient timesの聖徒聖徒 saints; holy disciplesの仕事仕事 task; undertaking; featだろう。三重吉は嘘を吐いた嘘を吐いた had liedに違ないに違ない no doubt ...。
或日或日 one dayの事、書斎書斎 study; reading roomで例のごとく例のごとく as alwaysペンの音を立てて音を立てて issuing the sound of侘びしい侘びしい wretched; dreary事を書き連ねて書き連ねて laying down in succession (on paper)いると、ふと妙な妙な odd; curious音が耳に這入った耳に這入った reached one's ears。縁側でさらさらさらさら rustling; murmuring (sound)、さらさら云う。女女 womanが長い長い long衣衣 silkの裾裾 (skirt) hemを捌いて捌いて handle; arrangeいるようにも受取られる受取られる could take; could interpret (as)が、ただの女のそれとしては、あまりに仰山仰山 abundant; exaggeratedである。雛段雛段 tiered doll stand (for hina dolls)をあるく、内裏雛内裏雛 festival dolls representing the emperor and the empressの袴袴 formal pleated skirtの襞襞 pleats; creasesの擦れる擦れる rub; chafe音とでも形容したら形容したら describe as ...よかろうと思った思った thought; decided。自分は書きかけた小説をよそにして、ペンを持ったまま持ったまま still holding縁側へ出て見た出て見た went out to see。すると文鳥が行水を使って行水を使って bathe (out in the open air)いた。
水水 waterはちょうど易え立て易え立て freshly changedであった。文鳥文鳥 bunchō (Japanese rice sparrow; white bird with reddish beak)は軽い軽い slender; delicate足足 legs; feetを水入水入 water bowlの真中真中 middleに胸毛胸毛 breast downまで浸して浸して soak; dip、時々時々 from time to timeは白い白い white翼翼 wingsを左右左右 left and rightにひろげながら、心持心持 slightly; just a little水入の中中 insideにしゃがむしゃがむ squat; crouchように腹腹 bellyを圧しつけつつ圧しつけつつ while pressing; while pushing (with)、総身総身 entire body; whole bodyの毛毛 down; feathersを一度に一度に at one time; at once振って振って shakeいる。そうして水入の縁縁 edge; rim; lipにひょいと飛び上る飛び上る jump up (onto)。しばらくしてまた飛び込む飛び込む dive in; plunge into。水入の直径直径 diameterは一寸五分一寸五分 1.5 sun (about 5 cm; about 2 inches)ぐらいに過ぎないに過ぎない is no more than ...。飛び込んだ時時 timeは尾尾 tailも余り余り remain; be left over; stick out、頭頭 headも余り、背背 backside; backは無論無論 of course余る。水に浸かる浸かる be immersed; soakのは足と胸だけである。それでも文鳥は欣然として欣然として joyfully; happily行水を使って行水を使って bathe (out in the open air)いる。
自分自分 oneself; Iは急に急に hurriedly; with haste易籠易籠 spare cageを取って来た取って来た went and got。そうして文鳥をこの方この方 this oneへ移した移した transferred (to)。それから如露如露 watering potを持って持って hold; carry風呂場風呂場 washroomへ行って行って go (to)、水道水道 water service; pipingの水を汲んで汲んで scoop; ladle、籠の上上 aboveからさあさあとかけてやった。如露の水が尽きる尽きる run out頃頃 timeには白い羽根羽根 feathersから落ちる落ちる fall; drop水が珠珠 beads (of water)になって転がった転がった rolled (off)。文鳥は絶えず絶えず continually眼をぱちぱちさせて眼をぱちぱちさせて blink its eyesいた。
昔昔 long ago; in days past紫紫 purpleの帯上帯上 obi sash band (thin band tied over wider obi sash)でいたずらをした女女 womanが、座敷座敷 parlor; living roomで仕事仕事 work; taskをしていた時、裏裏 back side (of a house)二階二階 second floorから懐中鏡懐中鏡 pocket mirrorで女の顔顔 faceへ春春 spring; springtimeの光線光線 light beams; sunlightを反射させて反射させて reflect楽しんだ楽しんだ amused oneself事がある事がある once found occasion to ...。女は薄紅くなった薄紅くなった lightly-crimsoned頬頬 cheeksを上げて上げて raise; lift、繊い繊い fine; slender手手 handを額額 forehead; browの前前 front ofに翳しながら翳しながら holding up、不思議そうに不思議そうに mystified; bewildered瞬瞬 blink (of the eyes)をした。この女とこの文鳥とはおそらく同じ同じ same; similar心持心持 feelingだろう。
日数日数 a number of daysが立つ立つ pass (time)にしたがって文鳥は善く善く very much; a good deal囀ずる囀ずる sing; chirp。しかしよく忘れられる忘れられる be disregarded; be paid no heed。或る時或る時 on one occasionは餌壺餌壺 food bowlが粟粟 milletの殻殻 hullsだけになっていた事がある。ある時は籠の底底 bottomが糞糞 excrement; droppingsでいっぱいになっていた事がある。ある晩ある晩 one evening宴会宴会 party; banquetがあって遅く遅く late帰ったら帰ったら returned (home)、冬冬 winterの月月 moonが硝子越に硝子越に through the glass差し込んで差し込んで shine in、広い広い wide; spacious縁側縁側 verandaがほの明るく見えるほの明るく見える appear faintly litなかに、鳥籠鳥籠 birdcageがしんとして、箱箱 boxの上に乗って乗って rest (on)いた。その隅隅 corner; recessに文鳥の体体 bodyが薄白く薄白く pale white; faint white浮いたまま浮いたまま floating留り木留り木 perchの上に、有るか無きか有る無きか indistinct; all but non-existentに思われたに思われた seemed ...。自分は外套の羽根を返して外套の羽根を返して throw off one's overcoat、すぐ鳥籠を箱のなかへ入れて入れて put intoやった。
翌日翌日 the next day; the following day文鳥文鳥 bunchō (Japanese rice sparrow; white bird with reddish beak)は例のごとく例のごとく as usual; as always元気よく元気よく spiritedly; with vigor囀って囀って sing; chirpいた。それからは時々時々 from time to time; on occasion寒い寒い cold夜夜 nightも箱箱 boxにしまってやるのを忘れる忘れる forget; neglect (to do)ことがあった。ある晩ある晩 one eveningいつもの通りいつもの通り as always書斎書斎 study; reading roomで専念に専念に with full devotion; with undivided attentionペンの音音 soundを聞いて聞いて listen toいると、突然突然 suddenly縁側縁側 verandaの方方 directionでがたりと物物 a thing; an objectの覆った覆った be upset; be overturned音がした。しかし自分自分 oneself; Iは立たなかった立たなかった did not get up。依然として依然として as before; still急ぐ急ぐ be pressed; be rushed (to do)小説小説 novelを書いて書いて write; draftいた。わざわざ立って行って立って行って get up and go (to see)、何でもない何でもない be nothingといまいましいいまいましい annoying; irksomeから、気にかからない気にかからない not weigh on one's mind; be of no concernではなかったが、やはりちょっと聞耳を立てた聞耳を立てた kept one's ears openまま知らぬ顔ですまして知らぬ顔ですまして feign ignorance; pretend to be unawareいた。その晩寝た寝た retired; turned in (to sleep)のは十二時十二時 twelve (o'clock); midnight過ぎ過ぎ after; pastであった。便所便所 toiletに行ったついで、気がかり気がかり worry; concernだから、念のため念のため to be sure; just in case一応一応 once縁側へ廻って見る廻って見る make a round (to check)と――
籠籠 cageは箱箱 boxの上上 top ofから落ちて落ちて fallいる。そうして横に倒れて横に倒れて fall over sidewaysいる。水入水入 water bowlも餌壺餌壺 food bowl; food dishも引繰返って引繰返って be upset; be tipped overいる。粟粟 milletは一面に一面に over the surface縁側に散らばって散らばって be scattered aboutいる。留り木留り木 perchは抜け出して抜け出して slip out; come looseいる。文鳥はしのびやかにしのびやかに inconspicuously; discreetly鳥籠鳥籠 birdcageの桟桟 frame; crosspieceにかじりついてかじりついて cling to; hold on toいた。自分は明日明日 the next day; the following dayから誓って誓って surely; upon one's wordこの縁側に猫猫 catを入れまい入れまい absolutely not let inと決心した決心した determined; resolved (to do something)。
翌日翌日 the next day文鳥は鳴かなかった鳴かなかった didn't sing。粟を山盛山盛 heap; pile入れてやった。水水 waterを漲る漲る be full to the brimほど入れてやった。文鳥は一本足のまま一本足のまま on one leg長らく長らく for a long while留り木の上を動かなかった動かなかった didn't move; was still。午飯午飯 lunchを食って食って eatから、三重吉三重吉 Miekichi (name)に手紙手紙 letterを書こうと思って思って think (to do)、二三行二三行 several lines書き出す書き出す start to writeと、文鳥がちちと鳴いた。自分は手紙の筆筆 (writing) brush; penを留めた留めた brought to a stop。文鳥がまたちちと鳴いた。出て見たら出て見たら go out to see; go and check粟も水もだいぶん減っている減っている be depleted。手紙はそれぎりにして裂いて捨てた裂いて捨てた tore up and threw away。
翌日翌日 the next day文鳥がまた鳴かなくなった。留り木を下りて下りて come down from籠の底底 bottomへ腹腹 bellyを圧しつけて圧しつけて press againstいた。胸胸 breastの所所 area; regionが少し少し a little; a bit膨らんで膨らんで be swollen、小さい小さい small毛毛 feathersが漣漣 ripples; waveletsのように乱れて見えた乱れて見えた appeared ruffled。自分はこの朝朝 morning、三重吉から例の件例の件 a certain matterで某所某所 a certain placeまで来てくれ来てくれ come (to)と云うと云う stating ...手紙を受取った受取った received。十時十時 ten (o'clock)までにと云う依頼依頼 requestであるから、文鳥をそのままにしておいて出た。三重吉に逢って見る逢って見る go and meetと例の件がいろいろ長くなって、いっしょに午飯を食う。いっしょに晩飯晩飯 dinnerを食う。その上その上 on top of that明日明日 next day; the morrowの会合会合 meeting; appointmentまで約束して約束して agree (to); arrange宅宅 homeへ帰った帰った returned (to)。帰ったのは夜夜 eveningの九時頃九時頃 around nine (o'clock)である。文鳥の事の事 concerning ...; about ...はすっかり忘れていた。疲れた疲れた was tired; was worn outから、すぐ床へ這入って床へ這入って get into bed寝てしまった寝てしまった fell asleep; slept。
翌日翌日 the following day眼が覚める眼が覚める wake upや否やや否や as soon as ...、すぐ例の件例の件 the matter at handを思いだした思いだした recalled; thought back to。いくら当人当人 the person in questionが承知承知 in agreementだって、そんな所所 place; householdへ嫁にやる嫁にやる marry off (to)のは行末行末 fate; future; end of thingsよくあるまい、まだ子供子供 childだからどこへでも行け行け goと云われる云われる be told; be directed所へ行く気気 inclinationになるんだろう。いったん行けばむやみにむやみに imprudently出られる出られる be able to leave; manage to extricate oneselfものじゃない。世の中世の中 society; the worldには満足しながら満足しながら be satisfied; feel content (with)不幸不幸 misfortune; sorrowに陥って行く陥って行く fall into者者 persons; individualsがたくさんある。などと考えて考えて think about; consider楊枝楊枝 toothpickを使って使って use、朝飯朝飯 breakfastを済まして済まして finishまた例の件を片づけに片づけに to take care of; to conclude出掛けて行った出掛けて行った set out; set off。
帰った帰った returned (home)のは午後午後 afternoon三時頃三時頃 around three (o'clock)である。玄関玄関 entry hallへ外套外套 overcoatを懸けて懸けて hang up廊下伝いに廊下伝いに following the corridor; through the hallway書斎書斎 study; reading roomへ這入る這入る enter; go intoつもりで例の縁側縁側 verandaへ出て見る出て見る go to checkと、鳥籠鳥籠 birdcageが箱箱 boxの上上 top ofに出してあった出してあった had been set out。けれども文鳥文鳥 bunchō (Japanese rice sparrow; white bird with reddish beak)は籠籠 cageの底底 bottomに反っ繰り返って反っ繰り返って lie invertedいた。二本の足二本の足 two legs; both legsを硬く硬く rigidly; stiffly揃えて揃えて gather together、胴胴 body; torsoと直線に直線に in a straight line (from)伸ばして伸ばして extend; stretch outいた。自分自分 oneself; Iは籠の傍傍 vicinityに立って立って stand、じっと文鳥を見守った見守った gazed on。黒い黒い black眼眼 eyesを眠って眠って shut; close (eyes)いる。瞼瞼 eyelidsの色色 colorは薄蒼く変った薄蒼く変った changed to light blue; turned pale。
餌壺餌壺 food bowl; food dishには粟粟 milletの殻殻 hullsばかり溜って溜って be accumulated; be piled upいる。啄む啄む peck atべきは一粒一粒 one grainもない。水入水入 water bowlは底の光る光る shine; glistenほど涸れて涸れて dry upいる。西西 westへ廻った廻った circled round to日日 sunが硝子戸硝子戸 glass doorsを洩れて洩れて seep through斜めに斜めに obliquely籠に落ちかかる落ちかかる fall (onto)。台台 baseに塗った塗った painted; applied漆漆 lacquerは、三重吉三重吉 Miekichi (name)の云ったごとく、いつの間にかいつの間にか before one knows it黒味黒味 black colorが脱けて脱けて fade; discolor、朱朱 cinnabar; vermillionの色が出て来た出て来た came forth; appeared。
自分は冬冬 winterの日に色づいた朱の台を眺めた眺めた stared at。空空 emptyになった餌壺を眺めた。空しく空しく in vain; to no purpose橋を渡して橋を渡して bridging a gap; crossing a gapいる二本の留り木二本の留り木 two perchesを眺めた。そうしてその下下 below; beneathに横わる横わる lie flat; lie stretched out硬い文鳥を眺めた。
自分はこごんでこごんで bend down; lean over両手両手 both handsに鳥籠を抱えた抱えた held close; held in one's arms。そうして、書斎へ持って這入った持って這入った carried into。十畳の十畳の ten-mat (about 16 sq meters; about 170 sq ft)真中真中 middleへ鳥籠を卸して卸して put down、その前前 front ofへかしこまってかしこまって sit down (in a humble and formal manner)、籠の戸戸 doorを開いて開いて open、大きな大きな large手手 handを入れて入れて put into、文鳥を握って見た握って見た took hold of; tried picking up。柔かい柔かい soft羽根羽根 feathersは冷きっている冷きっている had grown cold; were cold to the touch。
拳拳 fistを籠籠 cageから引き出して引き出して pull out; withdraw、握った手握った手 closed handを開ける開ける openと、文鳥文鳥 bunchō (Japanese rice sparrow; white bird with reddish beak)は静静 quiet; stillに掌掌 palm (of one's hand)の上上 top ofにある。自分自分 oneself; Iは手を開けたまま、しばらく死んだ死んだ dead鳥鳥 birdを見つめて見つめて stare at; gaze atいた。それから、そっと座布団座布団 seating cushionの上に卸した卸した set down (on)。そうして、烈しく烈しく intensely; fervently手を鳴らした手を鳴らした clapped one's hands (to summon help)。
十六十六 sixteen (years old)になる小女小女 young maidが、はいと云って云って responding (with)敷居敷居 threshold; sill際際 edge ofに手をつかえる手をつかえる place both hands on the floor (in expression of respect)。自分はいきなり布団布団 cushionの上にある文鳥を握って、小女の前前 front ofへ抛り出した抛り出した threw; tossed。小女は俯向いて俯向いて cast down one's eyes畳畳 tatami (mats)を眺めたまま黙って黙って remain silentいる。自分は、餌餌 (pet) foodをやらないから、とうとう死んでしまったと云いながら、下女下女 maidservantの顔顔 faceを睥めつけた睥めつけた glared at; scowled at。下女はそれでも黙っている。
自分は机机 deskの方方 directionへ向き直った向き直った turned round; turned back (to)。そうして三重吉三重吉 Miekichi (name)へ端書端書 postcard; noteをかいた。「家人家人 members of the householdが餌をやらないものだから、文鳥はとうとう死んでしまった。たのみもせぬたのみもせぬ docile; unassumingものを籠へ入れて入れて put into、しかも餌をやる義務義務 duty; obligationさえ尽くさない尽くさない not perform; not fulfillのは残酷残酷 crueltyの至り至り utmost extremeだ」と云う文句文句 words; expressionであった。
自分は、これを投函して来い投函して来い go and post、そうしてその鳥をそっちへ持って行けそっちへ持って行け take away; get rid ofと下女に云った。下女は、どこへ持って参ります持って参ります take away (to)かと聞き返した聞き返した asked in return。どこへでも勝手に勝手に as you like持って行けと怒鳴りつけたら怒鳴りつけたら yelled at、驚いて驚いて alarmed; taken aback台所台所 kitchenの方へ持って行った。
しばらくすると裏庭裏庭 back garden; backyardで、子供子供 childrenが文鳥を埋る埋る buryんだ埋るんだと騒いで騒いで clamor; make a racketいる。庭掃除庭掃除 gardening; yard workに頼んだ頼んだ requested; hired (to do)植木屋植木屋 gardenerが、御嬢さん御嬢さん miss; young lady、ここいらが好い好い okay; alrightでしょうと云っている。自分は進まぬながら進まぬながら while making no progress、書斎でペンを動かしてペンを動かして took up one's penいた。
翌日翌日 the next day; the following dayは何だか何だか somehow頭頭 headが重い重い heavyので、十時頃十時頃 around ten (o'clock)になってようやく起きた起きた got up; got out of bed。顔顔 faceを洗いながら洗いながら wash裏庭を見ると、昨日昨日 the day before植木屋の声声 voiceのしたあたりに、小さい小さい small (usually 小さい)公札公札 signが、蒼い蒼い green木賊木賊 horsetail (plant)の一株一株 (one) clump; thicketと並んで立って並んで立って stand amongいる。高さ高さ heightは木賊よりもずっと低い低い close to the ground; short。庭下駄庭下駄 garden sandalsを穿いて穿いて put on (one's feet)、日影日影 shade; shadowsの霜霜 frostを踏み砕いて踏み砕いて crumple underfoot、近づいて近づいて approach; draw near見ると、公札の表表 front; faceには、この土手土手 bank (of earth); mound登るべからず登るべからず do not climb; do not step (on)とあった。筆子筆子 Fudeko (name)の手蹟手蹟 handwriting; penmanshipである。
午後午後 after noon三重吉から返事返事 reply; answerが来た来た came; arrived。文鳥は可愛想な可愛想な pitiable; unfortunate事事 act; actionを致しました致しました did (humble form, referring to oneself)とあるばかりで家人が悪い悪い at faultとも残酷だともいっこう書いてなかった書いてなかった was not written。