このごろ与次郎与次郎 Yojirō (name)が学校学校 schoolで文芸協会文芸協会 Literary Societyの切符切符 ticketsを売って売って sell回って回って circulate; make the roundsいる。二、三日二、三日 several daysかかって、知った知った know; be acquainted with者者 personsへはほぼ売りつけた様子様子 situation; state of affairsである。与次郎はそれから知らない者をつかまえることにした。たいていは廊下廊下 hallwayでつかまえる。するとなかなか放さない放さない not let go of; not let escape。どうかこうか、買わせて買わせて force a sale; push (someone) to buyしまう。時には時には at times; on occasion談判中に談判中に in the middle of (his) pitchベルベル bellが鳴って鳴って ring; sound取り逃す取り逃す fail to catch; let get awayこともある。与次郎はこれを時利あらず時利あらず thwarted by time (refers to writing of the Chinese philosopher Mencius)と号して号して announce; declare (as)いる。時には相手相手 the other partyが笑って笑って smile; grinいて、いつまでも要領を得ない要領を得ない prove elusive; be noncommittalことがある。与次郎はこれを人利あらず人利あらず thwarted by character (refers to writing of the Chinese philosopher Mencius)と号している。ある時便所便所 toilet; washroomから出て来た出て来た came out; emerged (from)教授教授 professorをつかまえた。その教授はハンケチハンケチ handkerchiefで手手 handsをふきながら、今ちょっと今ちょっと just a momentと言ったまま言ったまま having said急いで急いで in haste図書館図書館 libraryへはいってしまった。それぎりけっして出て来ない出て来ない did not come out。与次郎はこれを――なんとも号しなかった。後影後影 retreating form; receding figureを見送って見送って see off; watch walk away、あれは腸カタル腸カタル enteritis (inflammation of the intestine - often accompanied by diarrhea)に違いないに違いない without doubt ...と三四郎三四郎 Sanshirō (name)に教えて教えて informくれた。
与次郎に切符の販売方販売方 method of selling; manner of sellingを何枚何枚 how many (tickets)頼まれた頼まれた be asked; be requestedのかと聞く聞く ask; inquireと、何枚でも売れるだけ売れるだけ as many as (one) can sell頼まれたのだと言う。あまり売れすぎて演芸場演芸場 performance venueにはいりきれないはいりきれない can't fit into恐れ恐れ fear; concernはないかと聞くと、少し少し a little; a bitはあると言う。それでは売ったあとで困る困る be in trouble; be in a bindだろうと念をおす念をおす follow up with; call attention toと、なに大丈夫大丈夫 okay; alrightだ、なかには義理義理 obligationで買う者もあるし、事故事故 accident; mishapで来ないのもあるし、それから腸カタルも少しはできるだろうと言って、すましているすましている be unconcerned。
与次郎が切符を売るところを見て見て look at; watchいると、引きかえに引きかえに in exchange for; at the point of transaction金金 moneyを渡す渡す hand over者からはむろん即座に即座に immediately; on the spot受け取る受け取る take; receiveが、そうでない学生学生 studentsにはただ切符だけ渡している。気の小さい気の小さい timid; faint-hearted三四郎が見ると、心配心配 worry; concernになるくらい渡して歩く歩く walk (away); move on。あとから思うとおり思うとおり as imagined; as expectedお金が寄る寄る come togetherかと聞いてみると、むろん寄らないという答答 answer; responseだ。几帳面に几帳面に meticulously; rigorouslyわずか売るよりも、だらしなくたくさん売るほうが、大体のうえにおいて大体のうえにおいて for the most part; in general利益利益 to one's benefit; advantageousだからこうすると言っている。与次郎はこれをタイムス社タイムス社 London Times (company)が日本日本 Japanで百科全書百科全書 encyclopedia (Encyclopedia Britannica)を売った方法方法 methodに比較して比較して compare (to)いる。比較だけはりっぱに聞こえたが、三四郎はなんだか心もとなく心もとなく untrustworthy; unreliable思った。そこで一応一応 once; for what it's worth与次郎に注意した注意した cautioned時に、与次郎の返事返事 responseはおもしろかった。
「相手相手 the other partyは東京東京 Tōkyō帝国大学帝国大学 Imperial University学生学生 studentsだよ」
「いくら学生だって、君君 youのように金にかけると金にかけると when it comes to moneyのん気のん気 careless; loose (with something)なのが多い多い numerous; the large part (of)だろう」
「なに善意に善意に in good faith払わない払わない don't payのは、文芸協会文芸協会 Literary Societyのほうでもやかましくは言わないやかましくは言わない won't raise a fussはずだ。どうせいくら切符切符 ticketsが売れた売れた sell; be soldって、とどのつまりとどのつまり in the end; after all is said and doneは協会の借金借金 deficit; financial shortfallになることは明らか明らか plain; clear; evidentだから」
三四郎三四郎 Sanshirō (name)は念のため念のため for good measure、それは君の意見意見 opinion; position; point of viewか、協会の意見かとただしてみた。与次郎与次郎 Yojirō (name)は、むろんぼくの意見であって、協会の意見であるとつごうのいいことを答えた答えた answered; responded (with)。
与次郎の説説 opinion; viewを聞く聞く listen to; hear outと、今度今度 this timeは演芸会演芸会 performance; showを見ない見ない not see; not attend者者 personsは、まるでばかのような気気 feelingがする。ばかのような気がするまで与次郎は講釈講釈 lecture; expositionをする。それが切符を売るためだか、じっさい演芸会を信仰して信仰して believe inいるためだか、あるいはただ自分の自分の one's own景気景気 spirit; verve; passionをつけて、かねて相手の景気をつけ、次いでは次いでは subsequently; while at it演芸会の景気をつけて、世上世上 the world一般一般 in generalの空気空気 atmosphere; moodをできるだけにぎやかにするためだか、そこのところがちょっと明晰に明晰に clearly; distinctly区別が立たない区別が立たない cannot be determinedものだから、相手はばかのような気がするにもかかわらず、あまり与次郎の感化感化 influenceをこうむらないこうむらない not receive; not fall subject to。
与次郎は第一に第一に first off; first of all会員会員 memberの練習練習 practice; rehearsalに骨を折って骨を折って make an effort; exert oneselfいる話話 discussion; descriptionをする。話どおりに聞いていると、会員の多数多数 great number; majorityは、練習の結果結果 resultとして、当日前に当日前に before the day in question; before the big day役に立たなくなりそうだ役に立たなくなりそうだ are likely already spent; are unlikely to be of any more use。それから背景背景 background; backdropの話をする。その背景が大したもの大したもの something special; quite the thingで、東京にいる有為の有為の capable; talented青年画家青年画家 young artistsをことごとく引き上げて引き上げて pull together; round up、ことごとく応分の応分の respective技倆技倆 abilities; skillsを振るわした振るわした let exercise; gave free reign to wieldようなことになる。次次 nextに服装服装 wardrobe; costumesの話をする。その服装が頭頭 headから足足 feetの先先 tip ofまで故実故実 ancient mannerずくめずくめ all in ...; fully ...にでき上がってでき上がって be done (in)いる。次に脚本脚本 script; storyの話をする。それが、みんな新作新作 new workで、みんなおもしろい。そのほかいくらでもある。
与次郎与次郎 Yojirō (name)は広田先生広田先生 Professor Hirotaと原口原口 Haraguchi (name)さんに招待券招待券 complimentary ticketを送った送った sentと言って言って say; reportいる。野々宮野々宮 Nonomiya (name)兄妹兄妹 brother and sisterと里見里見 Satomi (Mineko's family name)兄妹には上等上等 first class; premiumの切符切符 ticketsを買わせた買わせた forced a sale; pushed (someone) to buyと言っている。万事万事 all; everythingが好都合好都合 favorable; in good shapeだと言っている。三四郎三四郎 Sanshirō (name)は与次郎のために演芸会演芸会 performance; show万歳万歳 good luck with; success toを唱えた唱えた voiced; expressed。
万歳を唱える晩晩 evening; night、与次郎が三四郎の下宿下宿 lodgingsへ来た来た came (to); appeared (at)。昼間昼間 daytimeとはうって変っている変っている be changed; be different。堅くなって堅くなって (become) stiff; rigid火鉢火鉢 hibachi; brazierのそばへすわって寒い寒い cold; freezing寒いと言う。その顔顔 face; facial expressionがただ寒いのではないらしい。はじめは火鉢へ乗りかかる乗りかかる lean over; press in onように手をかざして手をかざして hold one's hands outいたが、やがて懐手懐手 hands pressed into pocketsになった。三四郎は与次郎の顔を陽気陽気 vivacity; brightnessにするために、机机 deskの上上 top ofのランプランプ (oil) lampを端端 edgeから端へ移した移した moved; shifted。ところが与次郎は顎顎 jawをがっくりがっくり dejectedly落して落して dropped; let fall、大きな大きな large坊主頭坊主頭 closely-cropped headだけを黒く黒く darkly灯に照らして灯に照らして turn toward the lightいる。いっこうさえないさえない not perk up; not come around。どうかしたかと聞いた聞いた asked時時 time; momentに、首をあげて首をあげて raise one's headランプを見た見た looked at; gazed at。
「この家家 house; residenceではまだ電気電気 electricityを引かない引かない not (yet) lay or draw (electric cables)のか」と顔つきにはまったく縁のない縁のない having no connection; unrelatedことを聞いた。
「おい、小川小川 Ogawa (Sanshirō's family name)、たいへんな事事 matter; affair; incidentができてしまった」と言いだした。
一応一応 once; for what it's worth理由理由 situation; circumstancesを聞いてみる。与次郎は懐から皺だらけ皺だらけ wrinkled; full of wrinklesの新聞新聞 newspaperを出した出した took out; produced。二枚二枚 two (layers)重なって重なって stack; pileいる。その一枚一枚 one (layer)をはがして、新しく新しく newly; freshly畳み直して畳み直して refold、ここを読んで読んで readみろと差しつけた差しつけた pointed at; indicated。読むところを指の頭指の頭 fingertipで押えて押えて press down; hold downいる。三四郎は目目 eyeをランプのそばへ寄せた寄せた drew nearer (to)。見出し見出し headlineに大学大学 universityの純文科純文科 department of literatureとある。
大学の外国文学科外国文学科 foreign literature departmentは従来従来 traditionally; up to now西洋人西洋人 Westernerの担当での担当で under the charge of ...、当事者当事者 the parties concernedはいっさいの授業授業 lessons; instructionを外国教師外国教師 foreign instructorsに依頼して依頼して entrust toいたが、時勢時勢 spirit of the timesの進歩進歩 progression; developmentと多数多数 great number of学生学生 studentsの希望希望 wishes; desireに促されて促されて prompted; pressed (by)、今度今度 now; at this timeいよいよ本邦人本邦人 native son (of Japan)の講義講義 lecturesも必須課目必須課目 compulsory (part of the) curriculumとして認める認める recognize; acknowledge (as)に至ったに至った arrived at; progressed to。そこでこのあいだじゅうから適当の適当の appropriate; suitable人物人物 personage; capable personを人選人選 personnel selection; hiring中中 in the process ofであったが、ようやく某氏某氏 a certain personに決定して決定して decide (on)、近々近々 soon; shortly発表発表 announcementになるそうだ。某氏は近き過去近き過去 one's recent pastにおいて、海外留学海外留学 study abroadの命命 mandate; directiveを受けた受けた receivedことのある秀才秀才 brilliant person; prodigyだから至極至極 quite; most; exceedingly適任適任 competent; qualifiedだろうという内容内容 content; substanceである。
「いや、それだけならむろんかまわない。先生の関係した関係した affected; impactedことじゃないから、しかし」と言って、また残りの残りの remaining新聞を畳み直して畳み直して refold、標題標題 headlineを指の頭指の頭 fingertipで押えて押えて press down; hold down、三四郎の目目 eyesの下下 beneath; belowへ出した出した put forth; presented。
今度今度 this timeの新聞にもほぼ同様の同様の similar; equivalent事事 matters; affairsが載って載って appear (in print); be reportedいる。そこだけはべつだんに新しい新しい new; novel印象印象 impressionを起こしようもない起こしようもない did not bring about; was not apt to arouseが、そのあとへ来て来て came (to)、三四郎は驚かされた驚かされた was shocked; was taken aback。広田先生がたいへんな不徳義不徳義 immorality; dishonesty漢漢 man; fellowのように書いて書いて write; reportある。十年間十年間 (a period of) ten years語学語学 languageの教師教師 instructorをして、世間世間 society; the worldには杳として杳として obscure; unknown聞こえない凡材凡材 mediocrityのくせに、大学大学 universityで本邦人本邦人 native son (of Japan)の外国文学外国文学 foreign literature講師を入れる入れる bring in; hireと聞くやいなや、急に急に immediatelyこそこそ運動を始めて始めて start; begin、自分自分 oneselfの評判記評判記 write-up on a personを学生間学生間 among the studentsに流布した流布した circulated; disseminated。のみならずその門下生門下生 disciple; followerをして「偉大なる偉大なる great; mighty暗闇暗闇 darkness; void」などという論文論文 essay; compositionを小雑誌小雑誌 minor publicationに草せしめた草せしめた cajoled into writing; coaxed to write。この論文は零余子零余子 Reiyoshi (propagule; one of Yojirō's pen names)なる匿名匿名 assumed nameのもとにあらわれたが、じつは広田の家家 houseに出入する出入する come and go; frequent文科大学生文科大学生 college of liberal arts student小川小川 Ogawa (Sanshirō's family name)三四郎なるものの筆筆 (writing) brushであることまでわかっている。と、とうとう三四郎の名前名前 nameが出て来た出て来た appeared。
三四郎は妙な妙な strange; odd; curious顔顔 face; facial expressionをして与次郎を見た。与次郎はまえから三四郎の顔を見ている。二人とも二人とも both of themしばらく黙って黙って remain silentいた。やがて、三四郎が、
「困る困る be troubled; be in a bindなあ」と言った。少し少し somewhat; to some degree与次郎を恨んで恨んで resent; blameいる。与次郎は、そこはあまりかまっていない。
「君君 you (used here as form of address)、これをどう思う」と言う。
投書投書 letter to the editor; letter from a readerをそのまま出した出した put out; publishedに違いないに違いない no doubt ...。けっして社社 (newspaper) companyのほうで調べた調べた investigated; checked; verifiedものじゃない。文芸時評文芸時評 Literary Reviewの六号活字六号活字 size six type; small print; filler materialの投書にこんなのが、いくらでも来る来る come; arrive。六号活字はほとんど罪悪罪悪 evil; villainyのかたまりだ。よくよく探って探って investigate; look intoみると嘘嘘 concoction; fabricationが多い多い many; numerous。目に見えた目に見えた blatant; obvious嘘をついているのもある。なぜそんな愚な愚な silly; foolish事事 act; actionをやるかというとね、君君 you (used here as form of address)。みんな利害利害 advantages and disadvantages; interests問題問題 problem; question (of)が動機動機 motivationになっているらしい。それでぼくが六号活字を受持って受持って have charge of; administerいる時時 times; occasionsには、性質性質 quality; natureのよくないのは、たいてい屑籠屑籠 wastebasketへ放り込んだ放り込んだ tossed into。この記事記事 articleもまったくそれだね。反対運動反対運動 opposing movement; opposition campの結果結果 result; output (of)だ」
「やっぱり、なんだろう。君は本科生本科生 regular studentでぼくは選科生選科生 elective studies studentだからだろう」と説明した説明した explained; proposed an explanation。けれども三四郎三四郎 Sanshirō (name)には、これが説明にもなんにもならなかった。三四郎は依然として依然として still; as before迷惑迷惑 bothered; annoyedである。
「ぜんたいぼくが零余子零余子 Reiyoshi (propagule; one of Yojirō's pen names)なんてけちなけちな petty号号 pen nameを使わずに使わずに without using; without resorting to、堂々と堂々と grandly; boldly佐々木佐々木 Sasaki (Yojirō's family name)与次郎と署名して署名して signおけばよかった。じっさいあの論文論文 essay; compositionは佐々木与次郎以外以外 apart from; other thanに書ける書ける can write者者 personは一人一人 one (single) personもないんだからなあ」
与次郎はまじめである。三四郎に「偉大なる偉大なる great; mighty暗闇暗闇 darkness; void」の著作権著作権 authorshipを奪われて奪われて have taken away (by someone)、かえって迷惑しているのかもしれない。三四郎はばかばかしくなった。
「さあ、そこだ。偉大なる暗闇の作者作者 writer; authorなんか、君だって、ぼくだって、どちらだってかまわないが、こと先生の人格人格 characterに関係してくる関係してくる come to affect; make an impact (on)以上は以上は once ...; given that ...、話さずにはいられない。ああいう先生だから、いっこう知りません知りません don't know、何か何か some sort of間違い間違い mistakeでしょう、偉大なる暗闇という論文は雑誌雑誌 magazine; periodicalに出ましたが、匿名匿名 assumed nameです、先生の崇拝者崇拝者 admirerが書いたものですから御安心なさい御安心なさい don't worry about itくらいに言っておけば、そうかで、すぐ済んでしまう済んでしまう be settled; be at its endわけだが、このさいそうはいかん。どうしたってぼくが責任責任 responsibilityを明らかにしなくっちゃ明らかにしなくっちゃ have to make clear; have to come clean about。事がうまくいって、知らん顔顔 face; facial expressionをしているのは、心持ち心持ち feelingがいいが、やりそくなって黙って黙って remain silentいるのは不愉快不愉快 unpleasant; disagreeableでたまらない。第一第一 for one thing; first of all自分自分 oneselfが事を起こして起こして set in motion; instigateおいて、ああいう善良な善良な good; virtuous人人 personを迷惑な状態状態 situationに陥らして陥らして cause to fall into、それで平気に平気に calmly; cooly見物がしておられる見物がしておられる can view from a distance; can watch from the wingsものじゃない。正邪曲直正邪曲直 right and wrongなんてむずかしい問題は別として別として putting aside、ただ気の毒気の毒 pitiable; unfortunateで、いたわしくっていたわしくって heartrendingいけない」
三四郎ははじめて与次郎を感心な感心な admirable; praiseworthy男男 man; fellowだと思った思った thought (of as); regarded (as)。
夜中夜中 late at night; dead of nightからぐっすり寝た寝た slept。いつものように起きる起きる wake up; riseのが、ひどくつらかった。顔顔 faceを洗う洗う wash所所 placeで、同じ同じ the same文科文科 college of liberal artsの学生学生 studentに会った会った met; encountered。顔だけは互いに互いに mutually見知り合い見知り合い known by sight; familiarである。失敬という挨拶失敬という挨拶 the usual formalities; the standard greetingsのうちに、この男男 man; fellowは例の例の the aforementioned; said; in question記事記事 (newspaper) article; storyを読んで読んで readいるらしく推した推した inferred; gathered; surmised。しかし先方先方 the other partyではむろん話頭話頭 subject; topicを避けた避けた avoided。三四郎三四郎 Sanshirō (name)も弁解弁解 defense; explanationを試みなかった試みなかった did not attempt。
暖かい暖かい warm汁汁 soupの香香 aromaをかいでいる時時 timeに、また故里故里 home town; native placeの母母 motherからの書信書信 letterに接した接した took receipt of。また例のごとく例のごとく as usual; as always、長かりそう長かりそう appear lengthyだ。洋服洋服 Western clothesを着換える着換える change (out of)のがめんどうだから、着たまま着たまま still wearingの上上 top ofへ袴袴 hakama (men's formal pleated skirt)をはいて、懐懐 pocketへ手紙手紙 letterを入れて入れて put into、出る出る left; departed。戸外戸外 outsideは薄い薄い thin; light霜霜 frostで光った光った shone; glistened。
通り通り boulevard; thoroughfareへ出ると、ほとんど学生ばかり歩いて歩いて walkいる。それが、みな同じ方向方向 directionへ行く行く go; proceed。ことごとく急いで行く急いで行く hurry along; rush。寒い寒い cold往来往来 road; streetは若い若い young男の活気活気 energy; vigorでいっぱいになる。そのなかに霜降りの霜降りの grayish (mixture of dark and light)外套外套 overcoat; cloakを着た広田先生広田先生 Professor Hirotaの長い長い long; tall影影 figure; formが見えた見えた was visible。この青年青年 youth; young menの隊伍隊伍 formation; ranksに紛れ込んだ紛れ込んだ slipped in with; lost in先生は、歩調歩調 gait; paceにおいてすでに時代錯誤時代錯誤 anachronism (Japanese reading = 時代錯誤)である。左右前後左右前後 all around (left, right, front, and back)に比較する比較する compareとすこぶる緩漫緩漫 leisurely; relaxedに見える。先生の影は校門校門 school gateのうちに隠れた隠れた hid itself (within); disappeared (into)。門内門内 inside the gate; within the groundsに大きな大きな large松松 pine treeがある。巨大の巨大の giant傘傘 umbrella; parasolのように枝枝 branches; limbsを広げて広げて spread out玄関玄関 entry hallをふさいでいる。三四郎の足足 feetが門前門前 front of the gateまで来た来た came (to); arrived (at)時は、先生の影がすでに消えて消えて disappear; be out of sight、正面正面 aheadに見えるものは、松と、松の上にある時計台時計台 clock towerばかりであった。この時計台の時計は常に常に always狂っている狂っている be off kilter; be awry; be faulty。もしくは留まっている留まっている stopped。
門内をちょっとのぞきこんだ三四郎は、口の中で口の中で to oneself「ハイドリオタフヒアハイドリオタフヒア Hydriotaphia (Sir Thomas Browne, published in 1658)」という字字 wordを二度二度 two times; twice繰り返した繰り返した repeated。この字は三四郎の覚えた覚えた learned外国語外国語 foreign vocabularyのうちで、もっとも長い、またもっともむずかしい言葉言葉 wordの一つの一つ one of ...であった。意味意味 meaningはまだわからない。広田先生に聞いて聞いて askみるつもりでいる。かつて与次郎与次郎 Yojirō (name)に尋ねたら尋ねたら ask; inquire、おそらくダーターファブラダーターファブラ Latin 'de te fabula' from Horace's Satires. Broader meaning: don't laugh - change the names and the story applies to you.のたぐいだろうと言って言って say; replyいた。けれども三四郎からみると二つ二つ two (things)のあいだにはたいへんな違い違い difference; disparityがある。ダーターファブラはおどるべき性質性質 quality; natureのものと思える思える could be thought of as; could be regarded as。ハイドリオタフヒアは覚えるのにさえ暇暇 timeがいる。二へん二へん two times; twice繰り返すと歩調がおのずから緩漫になる。広田先生の使う使う use; wieldために古人古人 men of oldが作って作って make; createおいたような音音 sound; ringがする。
学校学校 schoolへ行ったら行ったら went (to)、「偉大なる偉大なる great; mighty暗闇暗闇 darkness; void」の作者作者 author; writerとして、衆人衆人 people; everyoneの注意注意 attentionを一身一身 oneselfに集めて集めて be gatheredいる気色気色 feeling; moodがした。戸外戸外 outside; outdoorsへ出よう出よう go out; leaveとしたが、戸外は存外存外 unexpectedly寒い寒い coldから廊下廊下 hallwayにいた。そうして講義講義 lectureのあいだに懐懐 pocketから母母 motherの手紙手紙 letterを出して出して take out読んだ読んだ read。
この冬休み冬休み winter vacation; winter breakには帰って来い帰って来い come homeと、まるで熊本熊本 Kumamoto (place name)にいた当時当時 that time; those daysと同様な同様な similar命令命令 order; command; directionがある。じつは熊本にいた時分時分 period of timeにこんなことがあった。学校が休みになるか、ならないのに、帰れという電報電報 telegramが掛かった掛かった arrived。母の病気病気 sickness; illnessに違いないに違いない no doubt ...と思い込んで思い込んで assumed; was under the impression that ...、驚いて驚いて alarmed; flustered飛んで帰る飛んで帰る hurry homeと、母のほうではこっちに変変 changeがなくって、まあ結構結構 fine; wellだったといわぬばかりに喜んで喜んで be delighted; be pleasedいる。訳訳 circumstances; situationを聞く聞く ask aboutと、いつまで待って待って waitいても帰らないから、お稲荷様お稲荷様 Oinari-sama (Inari; god of harvests, wealth, fertility, etc.)へ伺いを立てたら伺いを立てたら consult an oracle or a god、こりゃ、もう熊本をたっているという御託宣御託宣 (divine) revelationであったので、途中で途中で on the way; en routeどうかしはせぬだろうかと非常に非常に very much; exceedingly心配して心配して worry; be concernedいたのだと言う言う say; respond。三四郎三四郎 Sanshirō (name)はその当時を思いだして、今度今度 this timeもまた伺いを立てられることかと思った。しかし手紙にはお稲荷様のことは書いて書いて writeない。ただ三輪田三輪田 Miwata (family name)のお光お光 Omitsu (name)さんも待っていると割注割注 inserted note; margin noteみたようなものがついている。お光さんは豊津豊津 Toyotsu (place name)の女学校女学校 girls' schoolをやめて、家家 homeへ帰ったそうだ。またお光さんに縫って縫って sewもらった綿入れ綿入れ padded garment; quilted shirtが小包小包 small packageで来る来る arriveそうだ。大工大工 carpenterの角三角三 Kakuzō (name)が山山 mountain; hillsで賭博を打って賭博を打って gamble九十八円九十八円 98 yen取られた取られた was taken for; lostそうだ。――そのてんまつてんまつ circumstancesが詳しく詳しく in detail書いてある。めんどうだからいいかげんに読んだ。なんでも山を買いたい買いたい wish to purchaseという男男 menが三人連三人連 group of three (people)で入り込んで来た入り込んで来た came; visited; calledのを、角三が案内をして案内をして guide; show (around)、山を回って歩いて回って歩いて walk around; survey (on foot)いるあいだに取られてしまったのだそうだ。角三は家へ帰って、女房女房 wifeにいつのまに取られたかわからないと弁解した弁解した explained; excused (oneself)。すると、女房がそれじゃお前さんお前さん you眠り薬眠り薬 sleep-inducing agent; anestheticでもかがされたかがされた caused to sniff; caused to inhaleんだろうと言ったら、角三が、うんそういえばなんだかかいだようだと答えた答えた answered; repliedそうだ。けれども村村 village; townの者者 peopleはみんな賭博をして巻き上げられた巻き上げられた was swindled; was cheatedと評判して評判して assess (as); believe (to be)いる。いなかでもこうだから、東京東京 Tōkyōにいるお前なぞは、本当に本当に really; trulyよく気をつけなくてはいけない気をつけなくてはいけない must be careful; need to exercise cautionという訓誡訓誡 admonitionがついている。
長い長い long; lengthy手紙手紙 letterを巻き収めて巻き収めて roll back upいると、与次郎与次郎 Yojirō (name)がそばへ来て来て come (to); appear (at)、「やあ女女 woman; young ladyの手紙だな」と言った言った remarked; commented。ゆうべよりは冗談冗談 humor; jestをいうだけ元気がいい元気がいい revitalized; energetic。三四郎三四郎 Sanshirō (name)は、
「なに母母 motherからだ」と、少し少し a little; a bitつまらなそうに答えて答えて answered; responded、封筒ごと封筒ごと envelope and all懐懐 pocketへ入れた入れた put into。
「里見里見 Satomi (Mineko's family name)のお嬢さんお嬢さん young ladyからじゃないのか」
「いいや」
「君君 you (used here as form of address)、里見のお嬢さんのことを聞いた聞いた heardか」
「何何 whatを」と問い返して問い返して ask in returnいるところへ、一人一人 one (person)の学生学生 studentが、与次郎に、演芸会演芸会 performance; showの切符切符 ticketをほしいという人人 personが階下階下 downstairs; belowに待って待って waitいると教えに来てくれた教えに来てくれた came to tell; came to inform。与次郎はすぐ降りて行った降りて行った went down。
与次郎はそれなり消えて消えて disappearなくなった。いくらつらまえようと思って思って think (to do)も出て来ない出て来ない didn't appear。三四郎はやむをえず精出して精出して exert oneself講義講義 lectureを筆記して筆記して take notesいた。講義が済んで済んで conclude; be finishedから、ゆうべの約束約束 promise; pledgeどおり広田先生広田先生 Professor Hirotaの家家 houseへ寄る寄る drop by; pay a visit。相変らず相変らず as always静か静か quiet; stillである。先生は茶の間茶の間 tea room; hearth roomに長くなって寝て寝て rest; sleepいた。ばあさんに、どうかなすったのかと聞くと、そうじゃないのでしょう、ゆうべあまりおそくなったので、眠い眠い sleepy; drowsyと言って、さっきお帰りになるお帰りになる return homeと、すぐに横におなりなすった横におなりなすった lay downのだと言う。長いからだの上上 top ofに小夜着小夜着 small quiltが掛けてある掛けてある spread over; laid over。三四郎は小さな声小さな声 small voice; quiet voiceで、またばあさんに、どうして、そうおそくなったのかと聞いた。なにいつでもおそいのだが、ゆうべのは勉強勉強 studies; workじゃなくって、佐々木佐々木 Sasaki (Yojirō's family name)さんと久しく久しく for the first time in a whileお話お話 talk; discussionをしておいでだったという答答 answer; responseである。勉強が佐々木に代った代った changed (to); was replaced (by)から、昼寝昼寝 napをする説明説明 explanationにはならないが、与次郎が、ゆうべ先生に例の例の the aforementioned; that certain ...話をした事事 act; factだけはこれで明瞭明瞭 clear; evidentになった。ついでに与次郎が、どうしかられたかを聞いておきたいのだが、それはばあさんが知ろう知ろう know; have knowledge ofはずがないし、肝心の肝心の vital; all-important与次郎は学校学校 schoolで取り逃して取り逃して let get awayしまったからしかたがない。きょうの元気のいいところをみると、大した大した significant; eventful事件事件 affair; happeningにはならずに済んだのだろう。もっとも与次郎の心理現象心理現象 workings of one's mindはとうてい三四郎にはわからないのだから、じっさいどんなことがあったか想像はできない想像はできない can't imagine; have no idea。
三四郎三四郎 Sanshirō (name)は長火鉢長火鉢 long hibachi (brazier); rectangular hibachiの前前 front ofへすわった。鉄瓶鉄瓶 iron kettleがちんちん鳴って鳴って ring; soundいる。ばあさんは遠慮をして遠慮をして out of deference下女部屋下女部屋 maidservant's roomへ引き取った引き取った retired to; withdrew to。三四郎はあぐらをかいて、鉄瓶に手をかざして手をかざして hold one's hand up (toward)、先生先生 professorの起きる起きる wake upのを待って待って wait forいる。先生は熟睡して熟睡して sleep soundlyいる。三四郎は静か静か quiet; stillでいい心持ち心持ち feeling; moodになった。爪爪 fingernailsで鉄瓶をたたいてみた。熱い熱い hot湯湯 heated waterを茶碗茶碗 tea cupについでふうふう吹いて吹いて blow (on)飲んだ飲んだ drank; sipped。先生は向こう向こう away; the other directionをむいて寝ている。二、三日二、三日 several daysまえに頭を刈った頭を刈った had a haircutとみえて、髪髪 hairがはなはだ短かい短かい short; close-cropped (hair)。髭髭 mustacheのはじが濃く濃く thickly出て出て appear; be visibleいる。鼻鼻 noseも向こうを向いて向いて turn toward; face towardいる。鼻の穴鼻の穴 nostrilsがすうすう言うすうすう言う wheeze gently。安眠安眠 restful slumber; peaceful sleepだ。
三四郎は返そう返そう return (something)と思って思って think (to do)、持って来た持って来た brought withハイドリオタフヒアハイドリオタフヒア Hydriotaphia (Sir Thomas Browne, published in 1658)を出して出して take out読みはじめた読みはじめた began to read。ぽつぽつ拾い読み拾い読み browsing; skimmingをする。なかなかわからない。墓墓 grave; tombの中中 insideに花花 flowersを投げる投げる throw; tossことが書いてある書いてある was written。ローマ人ローマ人 Romansは薔薇薔薇 rosesを affect する affect する ("affect")と書いてある。なんの意味意味 meaningだかよく知らない知らない don't know; can't tellが、おおかた好む好む like; have preference forとでも訳する訳する translateんだろうと思った。ギリシア人ギリシア人 Greeksは Amaranth Amaranth (amaranth)を用いる用いる use; employと書いてある。これも明瞭でない明瞭でない unclear; hard to follow。しかし花の名名 nameには違いないには違いない no doubt ...。それから少し少し a little; a bitさきへ行く行く proceedと、まるでわからなくなった。ページページ pageから目目 eyesを離して離して remove from先生を見た見た looked at。まだ寝ている。なんでこんなむずかしい書物書物 bookを自分自分 oneselfに貸した貸した lentものだろうと思った。それから、このむずかしい書物が、なぜわからないながらも、自分の興味興味 interestをひくのだろうと思った。最後に最後に finally広田先生広田先生 Professor Hirotaは必竟必竟 after all; in the endハイドリオタフヒアだと思った。
「いや起きる起きる wake up」と言って言って say; answer起きた。それから例のごとく例のごとく as always; per habit哲学哲学 philosophyの煙煙 smokeを吹きはじめた吹きはじめた began to expel。煙が沈黙沈黙 silence; quietのあいだに、棒棒 staff; columnになって出る出る appear。
「ありがとう。書物書物 bookを返します返します return」
「ああ。――読んだ読んだ readの」
「読んだけれどもよくわからんです。第一第一 first off; for starters標題標題 titleがわからんです」
「ハイドリオタフヒアハイドリオタフヒア Hydriotaphia (Sir Thomas Browne, published in 1658)」
三四郎はあとを尋ねる尋ねる ask; inquire勇気勇気 nerveが抜けて抜けて fade; dissipateしまった。先生はあくびを一つ一つ one (thing)した。
「ああ眠かった眠かった was sleepy。いい心持ち心持ち mood; feelingに寝た。おもしろい夢を見て夢を見て have a dreamね」
先生は女女 woman; girlの夢だと言っている。それを話す話す tell of; relateのかと思ったら思ったら thought、湯湯 (public) bathに行かないか行かないか shall we go (to)と言いだした。二人二人 two (people)は手ぬぐい手ぬぐい towel; washclothをさげて出かけた出かけた departed; set out。
湯から上がって上がって come (up) out of、二人が板の間板の間 wooden-floored areaにすえてある器械器械 apparatusの上上 top ofに乗って乗って stand on、身長身長 height; statureを測って測って measureみた。広田先生広田先生 Professor Hirotaは五尺六寸五尺六寸 5 shaku and 6 sun (about 170 cm; about 5' 7")ある。三四郎は四寸五分四寸五分 (5 shaku and) 4.5 sun (about 165 cm; about 5' 5")しかない。
「まだのびるかもしれない」と広田先生が三四郎に言った。
「もうだめです。三年来三年来 three years runningこのとおりです」と三四郎が答えた答えた answered。
「そうかな」と先生が言った。自分自分 oneselfをよっぽど子供子供 childのように考えて考えて consider; regard (as)いるのだと三四郎は思った。家家 houseへ帰った帰った returned時時 time、先生が、用用 business; other things to doがなければ話していってもかまわないと、書斎書斎 studyの戸戸 doorをあけて、自分がさきへはいった。三四郎はとにかく、例の例の the aforementioned; that certain用事用事 matter; affairを片づける片づける take care of; settle義務義務 duty; obligationがあるから、続いて続いて followはいった。
「佐々木佐々木 Sasaki (Yojirō's family name)は、まだ帰らないようですな」
「きょうはおそくなるとか言って断わって断わって give notice; excuse oneselfいた。このあいだから演芸会演芸会 performance; showのことでだいぶん奔走して奔走して running aboutいるようだが、世話好き世話好き officious; meddlesomeなんだか、駆け回る駆け回る run around; hurry aboutことが好き好き to one's likingなんだか、いっこう要領を得ない要領を得ない unfocused男男 man; fellowだ」
「目的目的 aim; objective; intentionsだけは親切親切 kind-hearted; of a good natureなところも少し少し a little; a bitあるんだが、なにしろ、頭頭 mind; brainのできでき construction; qualityがはなはだ不親切な不親切な unkind; unhelpfulものだから、ろくなことはしでかさないしでかさない not do; not accomplish。ちょっと見る見る watch; observeと、要領を得ている要領を得ている is on task; is getting somewhere。むしろ得すぎている。けれども終局終局 final outcomeへゆくと、なんのために要領を得てきたのだか、まるでめちゃくちゃになってしまう。いくら言って言って tell; adviseも直さない直さない can't fix; can't set straightからほうっておく。あれは悪戯悪戯 mischiefをしに世の中世の中 the world; this worldへ生まれて来た生まれて来た was born into男男 man; fellowだね」
三四郎三四郎 Sanshirō (name)はなんとか弁護弁護 defenseの道道 way; meansがありそうなものだと思った思った thought; consideredが、現に現に in actuality結果結果 result; outcomeの悪い悪い no good; unfavorable実例実例 example; case; precedentがあるんだから、しようがない。話を転じた話を転じた changed the subject。
「迷惑でないこともない。けれどもぼくくらい世の中に住み古した住み古した lived a while; had the benefit of experience年配年配 older; on in yearsの人間人間 personなら、あの記事を見て、すぐ事実事実 fact; truthだと思い込む思い込む assume; be convinced人ばかりもないから、やっぱり若い人ほど正直に迷惑とは感じない感じない not feel; not perceive (as)。与次郎与次郎 Yojirō (name)は社員社員 (company) employeeに知った知った know; be acquainted with者者 personがあるから、その男に頼んで頼んで request; ask; rely on真相真相 truth; actual factsを書いて書いて writeもらうの、あの投書投書 letter to the editor; letter from a readerの出所出所 origin; sourceを捜して捜して search out制裁を加える制裁を加える take actions againstの、自分の自分の one's own雑誌雑誌 magazine; periodicalで十分十分 adequate; sufficient反駁反駁 refutation; rebuttalをいたしますのと、善後策善後策 countermeasure; remedial actionの了見了見 intention; inclinationでくだらないくだらない worthless; petty事をいろいろ言うが、そんな手数をする手数をする go to the trouble of ...ならば、はじめからよけいな事を起こさない起こさない not instigateほうが、いくらいいかわかりゃしない」
「まったく先生先生 professorのためを思った思った was thinking ofからです。悪気悪気 ill intent; maliceじゃないです」
「悪気でやられてたまるものか。第一第一 first of all; for one thingぼくのために運動運動 activity; movement; campaignをするものがさ、ぼくの意向意向 ideas; intentionsも聞かないで聞かないで without asking、かってな方法方法 method; meansを講じたり講じたり come up with; work outかってな方針方針 plan; course of actionを立てた立てた formulated; establishedひにはひには in the case that ...; in the event of ...、最初から最初から from the startぼくの存在存在 existenceを愚弄して愚弄して trifle with; toy withいると同じ同じ the sameことじゃないか。存在を無視されて無視されて be ignored; be disregardedいるほうが、どのくらい体面体面 dignity; reputationを保つ保つ preserve; retainにつごうがいいかしれやしない」
「ゆうべ佐々木が自白した自白した confessed; came clean。君こそ迷惑迷惑 trouble; annoyanceだろう。あんなばかな文章文章 writing; compositionは佐々木よりほかに書く者者 personはありゃしない。ぼくも読んでみた読んでみた gave (it) a read。実質実質 substanceもなければ、品位品位 grace; styleもない、まるで救世軍救世軍 Salvation Armyの太鼓太鼓 drumのようなものだ。読者読者 readerの悪感情悪感情 animosity; resentmentを引き起こす引き起こす stir up; arouseために、書いてるとしか思われやしない。徹頭徹尾徹頭徹尾 from beginning to end; throughout故意故意 calculation; (ill) purposeだけで成り立っている成り立っている consist of; be comprised of。常識常識 good senseのある者が見れば見れば look at; read、どうしてもためにするためにする have an ulterior motive; have an axe to grindところがあって起稿した起稿した drafted; composedものだと判定判定 judgment; determinationがつく。あれじゃぼくが門下生門下生 disciple; followerに書かしたと言われると言われる have it said that ...はずだ。あれを読んだ時時 time; occasionには、なるほど新聞の記事記事 article; storyはもっともだと思った」
広田先生広田先生 Professor Hirotaはそれで話を切った話を切った stopped talking; concluded。鼻鼻 nose; nostrilsから例によって例によって as usual煙煙 smokeをはく。与次郎与次郎 Yojirō (name)はこの煙の出方出方 manner (of emerging); form; shapeで、先生の気分気分 feeling; moodをうかがうことができると言っている。濃く濃く thicklyまっすぐにほとばしるほとばしる surge forth; well up時は、哲学哲学 philosophyの絶好頂絶好頂 pinnacle; peak (of)に達した達した reached; attainedさいで、ゆるくくずれる時は、心気心気 mood; sentiment平穏平穏 tranquil; calm、ことによるとひやかされるひやかされる be teased; be ribbed恐れ恐れ fear; concernがある。煙が、鼻の下下 belowに彽徊して彽徊して linger、髭髭 mustacheに未練未練 attachment; affectionがあるように見える時は、瞑想瞑想 contemplationに入る入る enter (into)。もしくは詩的詩的 poetic感興感興 inspirationがある。もっとも恐るべきは穴の先穴の先 outlet; exit pointの渦渦 swirls; eddiesである。渦が出ると、たいへんにしかられる。与次郎の言うことだから、三四郎はむろんあてにはしない。しかしこのさいだから気をつけて気をつけて pay attention; be attentive煙の形状形状 shape; formをながめていた。すると与次郎の言ったような判然たる判然たる clear; definite煙はちっとも出て来ない出て来ない didn't emerge; didn't appear。その代りその代り on the other hand; at the same time出るものは、たいていなたいていな most; almost all資格資格 characteristicsをみんなそなえてそなえて possess; be endowed withいる。
三四郎三四郎 Sanshirō (name)がいつまでたっても、恐れ入った恐れ入った be overwhelmed; feel sheepish; feel smallように控えて控えて refrainいるので、先生先生 professorはまた話しはじめた話しはじめた began to speak。
「済んだ済んだ finished; concluded; bygone事事 matters; affairsは、もうやめよう。佐々木佐々木 Sasaki (Yojirō's family name)も昨夜昨夜 last nightことごとくあやまってしまったから、きょうあたりはまた晴々して晴々して freshly; brightly例のごとく例のごとく in the usual manner飛んで歩いて飛んで歩いて fly about; flit aboutいるだろう。いくら陰で陰で in the shadows; behind someone's back不心得不心得 indiscretion; imprudenceを責めた責めた criticizeって、当人当人 the person in question; heが平気で平気で paying no heed; without concern切符切符 ticketsなんぞ売って売って sell; peddle歩いていてはしかたがない。それよりもっとおもしろい話話 talkをしよう」
「ええ」
「ぼくがさっき昼寝昼寝 napをしている時時 time、おもしろい夢夢 dreamを見た見た saw; had (a dream)。それはね、ぼくが生涯生涯 lifetimeにたった一ぺん一ぺん one time; once会った会った met; saw; encountered女女 girlに、突然突然 suddenly夢の中中 middle; midstで再会した再会した met againという小説小説 novel; storybookじみたお話だが、そのほうが、新聞新聞 newspaperの記事記事 article; storyより聞いて聞いて hearいても愉快愉快 pleasant; enjoyableだよ」
「ええ。どんな女ですか」
「十二、三十二、三 twelve or thirteenのきれいな女だ。顔顔 faceに黒子黒子 mole; beauty spotがある」
三四郎は十二、三と聞いて少し少し a little; a bit失望した失望した was disappointed。
「いつごろお会いになったのですか」
「二十年二十年 twenty yearsばかりまえ」
三四郎はまた驚いた驚いた was surprised。
「よくその女ということがわかりましたね」
「夢だよ。夢だからわかるさ。そうして夢だから不思議不思議 wonder; mysteryでいい。ぼくがなんでも大きな大きな large森森 forest; woodsの中を歩いている。あの色のさめた色のさめた of faded color夏夏 summerの洋服洋服 Western clothesを着て着て wearね、あの古い古い old; worn帽子帽子 hatをかぶって。――そうその時はなんでも、むずかしい事を考えて考えて consider; think about; contemplateいた。すべて宇宙宇宙 universeの法則法則 rules; lawsは変らない変らない not change; be immutableが、法則に支配される支配される be ruled by; fall underすべて宇宙のものは必ず必ず invariably; without fail変る。するとその法則は、物物 objects; matterのほかに存在していなくてはならない存在していなくてはならない must exist。――さめてみるとつまらないが夢の中だからまじめにそんな事を考えて森の下下 below; beneathを通って行く通って行く pass through; traverseと、突然その女に会った。行き会った行き会った met in passingのではない。向こう向こう the other partyはじっと立って立って standいた。見ると、昔昔 long agoのとおりの顔をしている。昔のとおりの服装服装 dress; attireをしている。髪髪 hairも昔の髪である。黒子もむろんあった。つまり二十年まえ見た時と少しも変らない十二、三の女である。ぼくがその女に、あなたは少しも変らないというと、その女はぼくにたいへん年をお取りなすった年をお取りなすった gotten on in years; agedという。次次 nextにぼくが、あなたはどうして、そう変らずにいるのかと聞くと、この顔の年、この服装の月月 month、この髪の日日 dayがいちばん好き好き to one's likingだから、こうしていると言う言う said; answered。それはいつの事かと聞くと、二十年まえ、あなたにお目にかかったお目にかかった saw; encountered時だという。それならぼくはなぜこう年を取ったんだろうと、自分自分 oneselfで不思議がると、女が、あなたは、その時よりも、もっと美しい美しい beautifulほうへほうへとお移りなさりたがるお移りなさりたがる want to move on (to)からだと教えて教えて tell; informくれた。その時ぼくが女に、あなたは絵絵 painting; work of artだと言うと、女がぼくに、あなたは詩詩 poem; poetryだと言った」
先生先生 professorの鼻鼻 nose; nostrilsはまた煙煙 smokeを吹き出した吹き出した poured forth; expelled。その煙をながめて、当分当分 for a time; for a while黙って黙って remain silentいる。やがてこう言った。
「憲法憲法 (Meiji) Constitution発布発布 proclamation; promulgationは明治二十二年明治二十二年 22nd year of the Meiji era (1889)だったね。その時時 time; occasion森森 Mori (Arinori Mori; 1847-1889)文部大臣文部大臣 Minister of Educationが殺された殺された was killed; was murdered。君は覚えていまい覚えていまい likely don't remember。いくつかな君は。そう、それじゃ、まだ赤ん坊赤ん坊 baby; small childの時分時分 time; periodだ。ぼくは高等学校高等学校 high school (equivalent to modern-day college)の生徒生徒 studentであった。大臣大臣 (government) ministerの葬式葬式 funeralに参列する参列する attend; participate (in)のだと言って、おおぜい鉄砲鉄砲 rifles; gunsをかついでかついで shoulder出た出た set out; departed。墓地墓地 cemeteryへ行く行く go; proceed (to)のだと思ったら思ったら thought; assumed、そうではない。体操体操 physical educationの教師教師 instructorが竹橋内竹橋内 Takebashiuchi (place name)へ引っ張って行って引っ張って行って lead (to)、道ばた道ばた roadsideへ整列さした整列さした aligned; put into formation。我々我々 we; usはそこへ立った立った stood; were in placeなり、大臣の柩柩 coffin; casketを送る送る send offことになった。名名 (in) nameは送るのだけれども、じつは見物した見物した watched; looked on atのも同然同然 same as; no different thanだった。その日日 dayは寒い寒い cold日でね、今今 now; the presentでも覚えて覚えて rememberいる。動かずに動かずに without moving; motionless立っていると、靴靴 shoesの下下 bottomsで足足 feetが痛む痛む hurt; ache。隣の隣の neighboring; next to男男 man; fellowがぼくの鼻を見て見て look atは赤い赤い red赤いと言った。やがて行列行列 processionが来た来た arrived。なんでも長い長い long; drawn outものだった。寒い目の前目の前 before one's eyesを静かな静かな quiet; silent馬車馬車 horse cart; carriageや俥俥 carts; rickshawsが何台となく何台となく a great number of (carts)通る通る pass by。そのうちに今話した話した talked of; described小さな小さな young娘娘 girlがいた。今、その時の模様模様 spectacle; sceneを思い出そう思い出そう recall; recollectとしても、ぼうとしてとても明瞭に明瞭に clearly; vividly浮かんで来ない浮かんで来ない doesn't appear; won't come into view。ただこの女女 girlだけは覚えている。それも年年 yearsをたつにしたがってだんだん薄らいで来た薄らいで来た has faded; has grown dim、今では思い出すこともめったにない。きょう夢を見るまえまでは、まるで忘れて忘れて forget; put out of one's mindいた、けれどもその当時当時 time in questionは頭の中頭の中 (in) one's mindへ焼きつけられた焼きつけられた was burned into; was imprintedように熱い熱い ardent; intense印象印象 impressionを持って持って have; possessいた。――妙な妙な strange; curiousものだ」
「そうさね」と一度一度 once; for a moment考えた考えた considered; thought overうえで、「もらったろうね」と言った言った said; answered。三四郎三四郎 Sanshirō (name)は気の毒な気の毒な pitying; sympatheticような顔顔 facial expressionをしている。すると先生がまた話し出した話し出した spoke。
「そのために独身独身 bachelorhoodを余儀なくされた余儀なくされた was forced intoというと、ぼくがその女のために不具にされた不具にされた was maimed; was handicappedと同じ事同じ事 the same thingになる。けれども人間には生まれついて生まれついて by nature、結婚結婚 marriageのできない不具もあるし。そのほかいろいろ結婚のしにくい事情事情 situation; circumstancesを持って持って have; ownいる者者 personがある」
「そんなに結婚を妨げる妨げる preclude; hinder事情が世の中世の中 the world; societyにたくさんあるでしょうか」
先生は煙煙 smokeの間間 midstから、じっと三四郎を見て見て look atいた。
「ハムレットハムレット Hamletは結婚したくなかったんだろう。ハムレットは一人一人 one personしかいないかもしれないが、あれに似た似た similar人人 peopleはたくさんいる」
「たとえばどんな人です」
「たとえば」と言って、先生は黙った黙った fell silent。煙がしきりに出る出る emerge; appear。「たとえば、ここに一人の男男 man; fellowがいる。父父 fatherは早く早く (too) soon; prematurely死んで死んで die; pass away、母母 mother一人を頼り頼り reliance; dependenceに育った育った be raised; be brought upとする。その母がまた病気病気 illnessにかかって、いよいよ息を引き取る息を引き取る breath one's last; pass awayという、まぎわに、自分自分 oneselfが死んだら誰某誰某 a certain person; so-and-soの世話になれ世話になれ receive assistanceという。子供子供 childが会った会った metこともない、知りもしない知りもしない not know人を指名する指名する name; indicate (by name)。理由理由 reason; circumstancesを聞く聞く askと、母がなんとも答えないなんとも答えない gives no answer。しいて聞くとじつは誰某がお前のお前の your本当の本当の true; actualおとっさんだとかすかな声声 voiceで言った。――まあ話話 storyだが、そういう母を持った子子 childがいるとする。すると、その子が結婚に信仰を置かなくなる信仰を置かなくなる lose faith inのはむろんだろう」
「そんな人はめったにないでしょう」
「めったには無いめったには無い uncommon; rareだろうが、いることはいる」
「しかし先生のは、そんなのじゃないでしょう」
先生はハハハハと笑った。
「君はたしかおっかさんがいたね」
「ええ」
「おとっさんは」
「死にました」
「ぼくの母は憲法憲法 (Meiji) Constitution発布発布 proclamation; promulgationの翌年翌年 following yearに死んだ」