Sanshirō - Chapter 8

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三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)かね money貸したした loanedてんまつてんまつ circumstances; particularsは、こうである。

このあいだのばん evening九時ごろ九時くじごろ around nine (o'clock)になって、与次郎があめ rainのなかを突然突然とつぜん suddenly; unexpectedlyやって来てやってて came byあたまからあたまから right off; without preliminaries大いにおおいに very much; greatly弱ったよわった be in a bad way言うう said; stated見るる look (at)と、いつになくいつになく unusuallyかお faceいろ color悪いわるい pale (complexion)。はじめは秋雨秋雨あきさめ cold autumn rainにぬれた冷たいつめたい cold空気空気くうき air吹かれすぎたかれすぎた be overexposed to (the elements)からのことと思っておもって thought; assumedいたが、座についてについて take a seat見ると、悪いのは顔色ばかりではない。珍しくめずらしく uncharacteristically消沈して消沈しょうちんして be lethargic; seem dejectedいる。三四郎が「ぐあいでもよくないのか」と尋ねるたずねる ask; inquireと、与次郎は鹿鹿しか deerのような eyes二度二度にど two times; twiceほどぱちつかせてぱちつかせて blink (several times in succession); flutter one's eyelids、こう答えたこたえた answered

「じつは金をなくしてね。困っちまったこまっちまった be troubled; be in a bind

そこで、ちょっと心配そうな心配しんぱいそうな worried-looking; anxious顔をして、煙草煙草タバコ tobacco; cigaretteけむり smoke二、三本三本さんぼん several columnsはな nose; nostrilsから吐いたいた breathed out; expelled (smoke)。三四郎は黙ってだまって in silence待ってって wait; stand byいるわけにもゆかない。どういう種類種類しゅるい type; kindの金を、どこでなくなしたなくなした lost (= なくした)のかとだんだん聞いていて askみると、すぐわかった。与次郎は煙草の煙の、二、三本鼻から出切る出切できる dispense with; be rid ofあいだだけ控えてひかえて refrain; hold backいたばかりで、そのあとは、一部始終一部いちぶ始終しじゅう the whole story; all the details from beginning to endわけもなくわけもなく easily; in no timeすらすらとすらすらと smoothly; fluently話してはなして tell; relateしまった。

与次郎のなくした金は、たか amount; sum (of money)二十円二十にじゅうえん twenty yen、ただしひと (other) personのものである。去年去年きょねん the prior year広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaがこのまえのいえ house借りるりる rent時分時分じぶん timeに、三か月さんげつ three months敷金敷金しききん security deposit窮してきゅうして be hard pressed (for)足りないりない lacking; insufficientところを一時一時いちじ temporarily野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんから用達って用達ようだって lend; advance (money)もらったことがある。しかるにしかるに howeverその金は野々宮さんが、いもと younger sister (usually いもうと)バイオリンバイオリン violin買ってって buyやらなくてはならないとかで、わざわざ国元国元くにもと hometown; native place親父さん親父おやじさん fatherから送らせたおくらせた had (someone) sendものだそうだ。それだからきょうがきょう必要必要ひつよう needed; requiredというほどでない代りにかわりに while ...延びれば延びるほどびればびるほど the longer it takes; as the time grows longerよし子よし Yoshiko (Nonomiya's younger sister)が困る。よし子は現にげんに in factいま now; the presentでもバイオリンを買わずに済ましてまして manage; make doいる。広田先生が返さないかえさない not return; not repayからである。先生だって返せればとうに返すんだろうが、月々月々つきづき month by month余裕余裕よゆう surplus; reserve一文一文いちもん one mon (1/1000 yen)出ないない not be forthcomingうえに、月給月給げっきゅう (monthly) salary以外に以外いがいに outside of; in addition toけっしてかせがないおとこ manだから、ついそれなりにしてあった。ところがこのなつ summer高等学校高等学校こうとうがっこう high school (equivalent to modern-day college)受験生受験生じゅけんせい test taker (entrance exams)答案答案とうあん examination paper調べ調しらべ assessment; grading引き受けたけた accepted; took on (a task)とき time; occasion手当手当てあて pay; compensation六十円六十円ろくじゅうえん sixty yenこのごろになってようやく受け取れたれた received; took possession of。それでようやく義理義理ぎり obligationを済ますことになって、与次郎がその使い使つかい errand言いつかったいつかった was ordered (to do something)

「そのかね moneyをなくなしたんだからすまない」と与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)言ってって relate; explainいる。じっさいすまないような顔つきかおつき (facial) expressionでもある。どこへ落としたとした droppedんだと聞くく askと、なに落としたんじゃない。馬券馬券ばけん horse (wagering) ticket何枚何枚なんまい a number of (flat objects)とか買ってって buy; purchase、みんななくなしてしまったのだと言う。三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)もこれにはあきれ返ったあきれかえった was in disbelief; was flabbergasted。あまり無分別無分別むふんべつ foolishness; folly degree; extent通り越してとおして go beyondいるので意見をする意見いけんをする state one's opinion; give comment inclinationにもならない。そのうえ本人本人ほんにん the person in question悄然として悄然しょうぜんとして be dejected; be crestfallenいる。これをいつもの活発溌地活発かっぱつ溌地はっち vigorous and in high spirits比べるくらべる compare (to)と与次郎なるものが二人二人ふたり two peopleいるとしか思われないとしかおもわれない one could only conclude that ...。その対照対照たいしょう contrast激しすぎるはげしすぎる too extreme。だからおかしいのと気の毒どく pitiableなのとがいっしょになって三四郎を襲っておそって attack; assailきた。三四郎は笑いだしたわらいだした laughed。すると与次郎も笑いだした。

「まあいいや、どうかなるだろう」と言う。

先生先生せんせい the professorはまだ知らないらない not know; be unawareのか」と聞くと、

「まだ知らない」

野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんは」

「むろん、まだ知らない」

「金はいつ受け取ったった received; took charge ofのか」

「金はこの月始まり月始つきはじまり beginning of the monthだから、きょうでちょうど二週間二週間にしゅうかん two weeksほどになる」

「馬券を買ったのは」

「受け取ったあくる日あくる next dayだ」

「それからきょうまでそのままにしておいたのか」

「いろいろ奔走した奔走ほんそうした ran about; made various effortsができないんだからしかたがない。やむをえなければ今月今月こんげつ this monthすえ end ofまでこのままにしておこう」

「今月末になればできる見込み見込みこみ outlook; expectationでもあるのか」

文芸時評文芸時評ぶんげいじひょう Literary Review (magazine)しゃ companyから、どうかなるだろう」

三四郎は立ってって get up; stand upつくえ desk引出し引出ひきだし drawerをあけた。きのうはは motherから来たた came; arrivedばかりの手紙手紙てがみ letterなか insideをのぞいて、

「金はここにある。今月はくに country; one's native regionから早くはやく early送ってきたおくってきた was sent」と言った。与次郎は、

「ありがたい。親愛なる親愛しんあいなる deeply cherished; beloved小川小川おがわ Ogawa (Sanshirō's family name)くん (suffix of familiarity for males)」と急にきゅうに suddenly元気のいい元気げんきのいい vigorous; energizedこえ voice落語家落語家らくごや professional storytellerのようなことを言った。

二人は十時十時じゅうじ ten (o'clock)すぎあめ rain冒しておかして brave; take on追分追分おいわけ Oiwake (place name)通りとおり avenue; broad street出てて go out (to)かど corner蕎麦屋蕎麦屋そばや soba shopへはいった。三四郎が蕎麦屋でさけ saké飲むむ drinkことを覚えたおぼえた learned; picked up (a habit)のはこのとき time; occasionである。その晩は二人とも愉快に愉快ゆかいに enjoyably; in good spirit飲んだ。勘定勘定かんじょう bill; checkは与次郎が払ったはらった paid。与次郎はなかなかひと (other) people払わせないはらわせない not let pay; not allow to treatおとこ fellowである。

それからきょうにいたるまで与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)かね money返さないかえさない didn't return; didn't give back三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)正直正直しょうじき honestだから下宿屋下宿屋げしゅくや lodging house払いはらい payment気にしてにして worry overいる。催促催促さいそく pressing; urgingはしないけれども、どうかしてくれればいいがと思っておもって think days過ごすごす pass (time)うちに晦日晦日みそか last day of the month近くなったちかくなった drew near; approached。もう一日一日いちにち one day二日二日ふつか two daysしか余っていないしかあまっていない only ... were left間違ったら間違まちがったら go wrong; take a bad turn下宿下宿げしゅく lodgings勘定勘定かんじょう bill; account延ばしてばして delay; put offおこうなどという考えかんがえ idea; thoughtはまだ三四郎のあたま head; mindにのぼらない。必ずかならず without fail与次郎が持って来てってて bring byくれる――とまではむろんかれ he; him信用して信用しんようして trustいないのだが、まあどうかくめんしてくめんして raise; come up with (money)みようくらいの親切気親切気しんせつぎ thoughtfulness; considerationはあるだろうと考えてかんがえて considerいる。広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaひょう comment; opinionによると与次郎の頭は浅瀬浅瀬あさせ shoal; shallowsみず waterのようにしじゅう移っているうつっている be in transition; shiftのだそうだが、むやみに移るばかりで責任責任せきにん responsibility忘れるわすれる forgetようでは困るこまる be unacceptable。まさかそれほどの事それほどのこと such a situationもあるまい。

三四郎は二階二階にかい second floorまど windowから往来往来おうらい road; streetをながめていた。すると向こうこう beyond; in the distanceから与次郎が足早に足早あしばやに at a brisk paceやって来たやってた approached。窓のした below; beneathまで来てあおむいて、三四郎のかお face見上げて見上みあげて look up (at)、「おい、おるか」と言うう called。三四郎はうえ aboveから、与次郎を見下して見下みおろして look down (at)、「うん、おる」と言う。このばかみたような挨拶挨拶あいさつ greeting上下上下じょうげ above and below一句一句いっく single phrase交換交換こうかん exchangeされると、三四郎は部屋部屋へや roomなか insideくび head (lit: neck)引っ込めるめる draw in。与次郎は梯子段梯子段はしごだん staircaseをとんとん上がってきたがってきた ascended; climbed

待ってって waitいやしないか。きみ youのことだから下宿の勘定を心配して心配しんぱいして worry aboutいるだろうと思って、だいぶ奔走した奔走ほんそうした ran about; made various effortsばかげてばかげて be absurd; be idioticいる」

文芸時評文芸時評ぶんげいじひょう Literary Review (magazine)から原稿料原稿料げんこうりょう payment for a manuscriptをくれたか」

「原稿料って、原稿料はみんな取ってって took; receivedしまった」

「だってこのあいだは月末月末げつまつ end of the monthに取るように言っていたじゃないか」

「そうかな、それは間違いだろう。もう一文一文いちもん one mon (1/1000 yen)も取るのはない」

「おかしいな。だって君はたしかにそう言ったぜ」

「なに、前借り前借まえがり advance (in pay); loanをしようと言ったのだ。ところがなかなか貸さないさない won't lend。ぼくに貸すと返さないと思っている。けしからん。わずか二十円二十円にじゅうえん twenty yenばかりの金だのに。いくら偉大なる偉大いだいなる great; mighty暗闇暗闇くらやみ darkness; void書いていて write; composeやっても信用しない。つまらない。いやになっちまった」

「じゃかね moneyはできないのか」

「いやほかでこしらえたよ。きみ you困るこまる be in a bindだろうと思っておもって think; consider

「そうか。それは気の毒だそれはどくだ you needn't have put yourself out (on my account)

「ところが困ったこと happeningができた。金はここにはない。君が取りにいかなくっちゃりにいかなくっちゃ have to go get

「どこへ」

「じつは文芸時評文芸時評ぶんんげいじひょう Literary Review (magazine)がいけないから、原口原口はらぐち Haraguchi (name)だのなんだの二、三軒三軒さんけん several places歩いたあるいた walked; made the rounds (to)が、どこも月末月末げつまつ end of the monthでつごうがつかない。それから最後に最後さいごに finally; in the end里見里見さとみ Satomi (Mineko's family name)ところ place行ってって go (to); call (at)――里見というのは知らないらない don't know; not be familiar withかね。里見恭助恭助きょうすけ Kyōsuke (Mineko's older brother)法学士法学士ほうがくし doctor of lawだ。美禰子美禰子みねこ Mineko (name)さんのにいさんだ。あすこへ行ったところが、今度今度こんど this time留守留守るす away; not at homeでやっぱり要領を得ない要領ようりょうない accomplish nothing; be to no avail。そのうち腹が減ってはらって felt hungry歩くのがめんどうになったから、とうとう美禰子さんに会ってって met; saw (a person)はなし talk; discussionをした」

野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんのいもうと younger sisterがいやしないか」

「なにひる noon少しすこし a little; a bit過ぎぎ after; pastだから学校学校がっこう schoolに行ってる時分時分じぶん time (of day)だ。それに応接間応接間おうせつま reception room; parlorだからいたってかまやしない」

「そうか」

「それで美禰子さんが、引き受けてけて agree to take care ofくれて、御用立て申します御用立ごようだもうします make a loan言うう saidんだがね」

「あのおんな woman; young lady自分の自分じぶんの one's own金があるのかい」

「そりゃ、どうだか知らない。しかしとにかく大丈夫大丈夫だいじょうぶ okay; alrightだよ。引き受けたんだから。ありゃ妙なみょうな odd; curious女で、年のいかないとしのいかない not along in yearsくせにねえさんじみた事をするのが好きき enjoyable; agreeable性質性質たち nature; dispositionなんだから、引き受けさえすれば、安心安心あんしん relief; peace of mindだ。心配しないでもいい心配しんぱいしないでもいい (there's) no need to worry。よろしく願ってねがって request; appeal (for)おけばかまわないかまわない (it's) no problem。ところがいちばんしまいになって、お金はここにありますが、あなたには渡せませんわたせません won't give toと言うんだから、驚いたおどろいた was surprised; was taken abackね。ぼくはそんなに不信用不信用ふしんよう untrustworthyなんですかと聞くく askと、ええと言って笑ってわらって smile; grinいる。いやになっちまった。じゃ小川小川おがわ Ogawa (Sanshirō's family name)をよこしますかなとまた聞いたら、え、小川さんにお手渡しいたしましょう手渡てわたしいたしましょう hand toと言われた。どうでもかってにするがいい。君取りにいけるかい」

「取りにいかなければ、くに the country; one's native place電報電報でんぽう telegramでもかけるんだな」

「電報はよそう。ばかげている。いくら君だって借りにいけるりにいける go and borrowだろう」

「いける」

これでようやく二十円二十円にじゅうえん twenty yenらちがあいたらちがあいた was resolved; was settled。それが済むむ finish; be concludedと、与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)はすぐ広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaに関するかんする in connection to; concerning事件事件じけん affairs; happenings報告報告ほうこく report; update始めたはじめた began; started on

運動運動うんどう movement; initiative着々着々ちゃくちゃく steadily歩を進めつつあるすすめつつある was advancing; was moving forwardひま (spare) timeさえあれば下宿下宿げしゅく lodgings出かけてかけて set out forいって、一人一人一人一人ひとりひとり one (person) by one相談する相談そうだんする consult; confer (with)。相談は一人一人にかぎる。おおぜい寄るる gather togetherと、めいめいが自分の自分じぶんの one's own存在存在そんざい presence; being主張しよう主張しゅちょうしよう assert; emphasizeとして、ややともすれば異をたてるをたてる sow discord; generate strife。それでなければ、自分の存在を閑却された閑却かんきゃくされた be disregarded心持ち心持こころもち feeling; sentimentになって、初手初手しょて beginning; startから冷淡に冷淡れいたんに in a lukewarm manner; halfheartedlyかまえる。相談はどうしても一人一人にかぎる。その代りそのかわり in return暇はいる。かね moneyもいる。それを苦にしてにして worry aboutいては運動はできない。それから相談中相談中そうだんちゅう during consultation; during discussionには広田先生の名前名前なまえ nameをあまり出さないさない not put forward; not mentionことにする。我々我々われわれ we; usのための相談でなくって、広田先生のための相談だと思われるおもわれる be thought of (as); seem to beと、こと mattersがまとまらなくなる。

与次郎はこの方法方法ほうほう method; approachで運動の歩を進めているのだそうだ。それできょうまでのところはうまくいった。西洋人西洋人せいようじん Westernerばかりではいけないから、ぜひとも日本人日本人にほんじん Japanese national入れてれて bring inもらおうというところまではなし talk; discussionはきた。これからさき ahead; in the futureもう一ぺんもういっぺん one more time寄って、委員委員いいん committee members選んでえらんで select; choose学長学長がくちょう deanなり、総長総長そうちょう president of a universityなりに、我々の希望希望きぼう wish; desire述べべ relate; expressにやるばかりである。もっとも会合会合かいごう meeting; assemblyだけはほんの形式形式けいしき formalityだから略してりゃくして omit; dispense withもいい。委員になるべき学生学生がくせい studentsもだいたいは知れているれている be known。みんな広田先生に同情同情どうじょう sympathy (toward); consideration (of)持ってって hold; harborいる連中連中れんちゅう group; companyだから、談判談判だんぱん negotiation模様模様もよう state; conditionによっては、こっちから先生先生せんせい the professor name当局者当局者とうきょくしゃ men of authority; powers that be持ち出すす mention; bring upかもしれない。……

聞いていて listenいると、与次郎一人で天下天下てんか the whole world自由になる自由じゆうになる be at one's disposal; be under one's controlように思われる。三四郎は少なからずすくなからず more than a little; considerably与次郎の手腕手腕しゅわん capability感服した感服かんぷくした was impressed (by)。与次郎はまたこのあいだのばん evening原口原口はらぐち Haraguchiさんを先生のところ place連れてきたれてきた brought; led (to)事について、弁じだしたべんじだした began to talk (of)

「あの晩、原口さんが、先生に文芸家文芸家ぶんげいか writers and artistsかい gathering; partyをやるから出ろと、勧めてすすめて suggest; encourageいたろう」と言うう said; explained。三四郎はむろん覚えておぼえて remember; recallいる。与次郎の話によると、じつはあれも自身自身じしん oneself発起発起ほっき proposalにかかるものだそうだ。その理由理由りゆう reason; motiveはいろいろあるが、まず第一にまず第一だいいちに first of all手近な手近てぢかな near at hand; immediateところを言えば、あの会員会員かいいん party members; participantsのうちには、大学大学だいがく university文科文科ぶんか department of literature有力な有力ゆうりょくな prominent; influential教授教授きょうじゅ professorsがいる。そのおとこ manと広田先生を接触させる接触せっしょくさせる bring into contact; introduceのは、このさい先生にとって、たいへんな便利便利べんり advantageである。先生は変人変人へんじん eccentric (person)だから、求めてもとめて of one's own volitionだれとも交際しない交際こうさいしない not socialize; not interact (with)。しかしこっちで相当の相当そうとうの appropriate; suitable機会機会きかい opportunity作ってつくって create、接触させれば、変人なりに付合って付合つきあって get along; keep company (with)ゆく。……

「そういう意味意味いみ meaning; significanceがあるのか、ちっとも知らなかったらなかった didn't know; wasn't aware。それできみ you発起人発起人ほっきにん orchestratorだというんだが、かい gathering; partyをやるとき time; occasion、君の名前名前なまえ name通知通知つうち notice; invite出してして send out、そういう偉いえらい distinguished; remarkable人たちひとたち people; personagesがみんな寄って来るってる gather; come togetherのかな」

与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)は、しばらくまじめに、三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)見てて look atいたが、やがて苦笑い苦笑にがわらい wry smileをしてわきを向いたわきをいた turned aside

「ばかいっちゃいけない。発起人って、おもてむきの発起人じゃない。ただぼくがそういう会を企てたくわだてた plannedのだ。つまりぼくが原口原口はらぐち Haraguchi (name)さんを勧めてすすめて advise; encourage万事万事ばんじ all things; everything原口さんが周旋する周旋しゅうせんする handle; arrangeようにこしらえたのだ」

「そうか」

「そうかは田臭田臭でんしゅう reek of the country (i.e. provincialism)だね。時にときに by the way; incidentally君もあの会へ出るる attend; take partがいい。もう近いうちちかいうち soon; any dayにあるはずだから」

「そんな偉い人ばかり出るところ place行ったった go (to)ってしかたがない。ぼくはよそう」

「また田臭を放ったはなった let loose; gave off。偉い人も偉くない人も社会社会しゃかい society; the world頭を出したあたました appeared; emerged (into)順序順序じゅんじょ order; sequence違うちがう be differentだけだ。なにあんな連中連中れんぢゅう group; company博士博士はかせ doctor; PhDとか学士学士がくし university graduateとかいったって、会ってって meet話してはなして talk withみるとなんでもないものだよ。第一第一だいいち first of all; to begin with向こうがそう偉いともなんとも思っておもって regard; consider (as)やしない。ぜひ出ておくがいい。君の将来将来しょうらい futureのためだから」

「どこであるのか」

「たぶん上野上野うえの Ueno (place name)精養軒精養軒せいようけん Seiyōken (name of high-end Western-style restaurant)になるだろう」

「ぼくはあんな所へ、はいったことがない。高いたかい high (priced)会費会費かいひ participants' fee取るる take; collectんだろう」

「まあ二円二円にえん two yenぐらいだろう。なに会費なんか、心配心配しんぱい worry; concernしなくってもいい。なければぼくがだしておくから」

三四郎はたちまち、さきの二十円二十円にじゅうえん twenty yenけん affair; matter思い出したおもした recalled。けれども不思議に不思議ふしぎに strangely; oddlyおかしくならなかった。与次郎はそのうち銀座銀座ぎんざ Ginza (place name)のどことかへ天麩羅天麩羅てんぷら tempura食いに行こういにこう go and eat言いだしたいだした proposed; suggested。金はあると言う。不思議なおとこ fellowである。言いなり次第になるいなり次第しだいになる go along with anything; follow the lead of others三四郎もこれは断ったことわった declinedその代りそのかわり insteadいっしょに散歩散歩さんぽ walk; strollに出た。帰りかえり return; way back岡野岡野おかの Okano Eisen (Japanese confectionery)寄ってって stop by、与次郎は栗饅頭栗饅頭くりまんじゅう chestnut manjū (steamed bun with filling)をたくさん買ったった bought; purchased。これを先生先生せんせい professorにみやげに持ってゆくってゆく take withんだと言って、ふくろ bagをかかえて帰っていった。

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はそのばん night与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)性格性格せいかく character; nature考えたかんがえた considered長くながく for a long time東京東京とうきょう Tōkyōにいるとあんなになるものかと思ったおもった thought; wondered。それから里見里見さとみ Satomi (Mineko's family name)かね money借りに行くりにく go and borrowことを考えた。美禰子美禰子みねこ Mineko (name)ところ place; homeへ行く用事用事ようじ business; errandができたのはうれしいような feelingがする。しかし頭を下げてあたまげて lower one's head; humble oneself金を借りるのはありがたくない。三四郎は生まれてからまれてから since one was born; in one's life今日今日こんにち today; the presentにいたるまで、ひと (another) personに金を借りた経験経験けいけん experienceのないおとこ fellowである。その上そのうえ on top of that; furthermore貸すす lendという当人当人とうにん the person in questionむすめ young ladyである。独立した独立どくりつした independent人間人間にんげん personではない。たとい金が自由になる自由じゆうになる have at one's disposalとしても、あに older brother許諾許諾きょだく consent得ないない not receive; not get内証内証ないしょう private; confidentialの金を借りたとなると、借りる自分自分じぶん oneselfはとにかく、あとで、貸した人の迷惑迷惑めいわく troubleになるかもしれない。あるいはあのおんな woman; young ladyのことだから、迷惑にならないようにはじめからできているかとも思える。なにしろ会ってって meetみよう。会ったうえで、借りるのがおもしろくない様子様子ようす situationだったら、断わってことわって decline; turn down、しばらく下宿下宿げしゅく lodgings払いはらい payment延ばしてばして extend; delay; deferおいて、くに country; one's native regionから取り寄せればせれば call up; have sendこと matter; affair済むむ be concluded。――当用当用とうよう business at handはここまで考えて句切りをつけた句切くぎりをつけた left off; gave it a rest。あとは散漫に散漫さんまんに vaguely; loosely美禰子の事があたま head; mind浮かんで来るかんでる float up; surface。美禰子のかお face handsや、えり neckや、おび sashや、着物着物きもの kimono; dressやらを、想像にまかせて想像そうぞうにまかせて let one's imagination run乗けたり除ったりしてけたりったりして manipulate; create and discard (lit: multiply and divide)いた。ことにあした会うとき time; occasionに、どんな態度態度たいど manner; behaviorで、どんな事を言うう sayだろうとその光景光景こうけい scene十通り十通ととおり ten versionsにも二十通り二十通にじっとおり twenty versionsにもなって、いろいろに出て来るる appear。三四郎は本来から本来ほんらいから by natureこんな男である。用談用談ようだん business matterがあって人と会見会見かいけん interview; audience約束約束やくそく appointmentなどをする時には、先方先方せんぽう the other partyがどう出るだろうということばかり想像する。自分が、こんな顔をして、こんな事を、こんなこえ voiceで言ってやろうなどとはけっして考えない。しかも会見が済むとあと laterからきっとそのほうを考える。そうして後悔する後悔こうかいする have regrets

ことに今夜今夜こんや this evening自分自分じぶん oneselfのほうを想像する想像そうぞうする imagine; consider余地余地よち capacity; leewayがない。三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はこのあいだから美禰子美禰子みねこ Mineko (name)疑ってうたがって doubt; distrustいる。しかし疑うばかりでいっこうらちがあかない。そうかといって面と向かってめんかって face to face聞きただすきただす clarify; confirmべき事件事件じけん incident; affair一つひとつ one (thing)もないのだから、一刀両断一刀いっとう両断りょうだん decisive action; kill or cure (lit: cut in two with a single stroke of the sword)解決解決かいけつ solution; resolutionなどは思いもよらぬおもいもよらぬ cannot conceive ofことである。もし三四郎の安心安心あんしん peace of mindのために解決が必要必要ひつよう necessary; neededなら、それはただ美禰子に接触する接触せっしょくする contact; interact with機会機会きかい occasion; opportunity利用して利用りようして use; take advantage of先方先方せんぽう the other party様子様子ようす appearance; indicationsから、いいかげんに最後の最後さいごの final; definitive判決判決はんけつ judgmentを自分に与えてあたえて grant; allowしまうだけである。あしたの会見会見かいけん interview; audienceはこの判決に欠くべからざるくべからざる indispensable; essential材料材料そざい material; inputである。だから、いろいろに向こうこう the other partyを想像してみる。しかし、どう想像しても、自分につごうのいい光景光景こうけい scene; scenarioばかり出てくるてくる emerge; appear。それでいて、実際は実際じっさいは in reality; in factはなはだ疑わしい。ちょうどきたないところ placeをきれいな写真写真しゃしん photographにとってながめているような feeling; impressionがする。写真は写真としてどこまでも本当本当ほんとう real; authenticに違いないちがいない without doubtが、実物実物じつぶつ the real thingのきたないことも争われないあらそわれない indisputable; undeniableと一般で一般いっぱんで in the same way; in the same general manner同じおなじ the sameでなければならぬはずの二つふたつ two (things)がけっして一致しない一致いっちしない do not match; are not in agreement

最後にうれしいことを思いついた。美禰子は与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)かね money貸すす lend言ったった said; agreed。けれども与次郎には渡さないわたさない hand over (to)と言った。じっさい与次郎は金銭金銭きんせん moneyのうえにおいては、信用しにくい信用しんようしにくい untrustworthy; undependableおとこ man; fellowかもしれない。しかしその意味意味いみ meaning; reasonで美禰子が渡さないのか、どうだか疑わしい。もしその意味でないとすると、自分にははなはだたのもしいたのもしい hopeful; promisingことになる。ただ金を貸してくれるだけでも十分の十分じゅうぶんの satisfactory; adequate好意好意こうい good will; favorである。自分に会ってって see; meet手渡しにしたい手渡てわたしにしたい hand over in personというのは――三四郎はここまで己惚れて己惚おのぼれて be vain; indulge oneselfみたが、たちまち、

「やっぱり愚弄愚弄ぐろう mockery; ridiculeじゃないか」と考えだしてかんがえだして began to think急にきゅうに suddenly赤くなったあかくなった turned red; became flushed。もし、あるひと personがあって、そのおんな woman; young ladyはなんのためにきみ youを愚弄するのかと聞いたらいたら asked; inquired、三四郎はおそらく答ええなかったろうこたええなかったろう likely couldn't have answered。しいて考えてみろと言われたら、三四郎は愚弄そのものに興味興味きょうみ interest; fascinationをもっている女だからとまでは答えたかもしれない。自分の己惚れを罰するばっする punishためとはまったく考ええなかったに違いない。――三四郎は美禰子のために己惚れしめられたんだと信じてしんじて believeいる。

翌日翌日よくじつ the next dayはさいわい教師教師きょうし instructor二人二人ふたり two (people)欠席して欠席けっせきして be absentひる noonからの授業授業じゅぎょう classes休みになったやすみになった were canceled下宿下宿げしゅく lodgings帰るかえる returnのもめんどうだから、途中で途中とちゅうで on the way一品料理一品いっぴん料理りょうり a la carte items腹をこしらえてはらをこしらえて have a meal美禰子美禰子みねこ Mineko (name)いえ house行ったった went (to)まえ front of通ったとおった passed byことはなんべんでもある。けれどもはいるのははじめてである。瓦葺瓦葺かわらぶき tile roofingもん entry gateはしら post; pillar里見里見さとみ Satomi (Mineko's family name)恭助恭助きょうすけ Kyōsuke (name of Mineko's older brother)という標札標札ひょうさつ nameplate出ているている be set out; be displayed三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はここを通るたびに、里見恭助というひと personはどんなおとこ manだろうと思うおもう think about; wonder。まだ会ったった meetことがない。門は締まってまって be closed; be fastenedいる。潜りくぐり side gateからはいると玄関玄関げんかん entry hallまでの距離距離きょり distance存外存外ぞんがい contrary to expectation短かいみじかい short長方形の長方形ちょうほうけいの rectangular御影石御影石みかげいし granite飛び飛びにびに at intervals敷いていて set out; lay outある。玄関は細いほそい slender; narrowきれいな格子格子こうし latticeworkたてきってたてきって closed tightlyある。ベルを押すす push; press取次ぎ取次とりつぎ answering the door; receiving visitors下女下女げじょ maidservantに、「美禰子さんはお宅たく at homeですか」と言ったった askedとき time; moment、三四郎は自分ながら自分じぶんながら in spite of oneself気恥ずかしい気恥きはずかしい embarrassed; awkwardような妙なみょうな strange; curious心持ち心持こころもち feeling; sensationがした。ひとの玄関で、妙齢の女妙齢みょうれいおんな young lady在否在否ざいひ presence尋ねたたずねた inquire (about)ことはまだない。はなはだ尋ねにくい feelingがする。下女のほうは案外案外あんがい unexpectedlyまじめである。しかもうやうやしい。いったんおく interiorへはいって、また出て来てて come out; appear丁寧に丁寧ていねいに politelyお辞儀辞儀じぎ bowをして、どうぞと言うからついて上がるがる enter (up into)応接間応接間おうせつま reception room; parlor通したとおした led (to)重いおもい heavy窓掛け窓掛まどかけ curtains掛かってかって be hungいる西洋室西洋室せいようしつ Western-style roomである。少しすこし a little; a bit暗いくらい dark; dim

下女はまた、「しばらく、どうか……」と挨拶して挨拶あいさつして make a salutation出て行ったった went out; exited。三四郎は静かなしずかな quiet部屋部屋へや roomなか middle席を占めたせきめた took a seat正面正面しょうめん directly aheadかべ wall切り抜いたいた be cut into小さいちいさい small暖炉暖炉だんろ fireplace; hearthがある。そのうえ aboveよこ sideways; horizontal長いながい longかがみ mirrorになっていて前に蝋燭立蝋燭立ろうそくたて candle holder二本二本にほん two (columns)ある。三四郎は左右左右さゆう left and rightの蝋燭立のまん中に自分のかお face写して見てうつしてて saw reflected; looked at in the mirror、またすわった。

するとおく interiorほう directionバイオリンバイオリン violinおと soundがした。それがどこからか、かぜ wind; breeze持って来てってて carry in; bring捨てて行ったててった took away; discardedように、すぐ消えてえて vanish; dissipateしまった。三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)惜しいしい regrettable; disappointing feelingがする。厚くあつく thickly張ったった upholstered椅子椅子いす chair backによりかかって、もう少しすこし a little; a bitやればいいがと思っておもって think耳を澄ましてみみまして listen carefully; strain one's earsいたが、音はそれぎりでやんだ。やく about; approximately一分一分いっぷん one minuteもたつうちに、三四郎はバイオリンの事こと concerning ...忘れたわすれた forgot向こうこう the other side; the opposite sideにあるかがみ mirror蝋燭立蝋燭立ろうそくたて candle holdersをながめている。妙にみょうに strangely; curiously西洋の西洋せいようの Western; occidentalにおいがする。それからカソリックカソリック Catholic連想連想れんそう association; suggestion; hint ofがある。なぜカソリックだか三四郎にもわからない。そのとき time; momentバイオリンがまた鳴ったった sounded; rang out今度今度こんど this time高いたかい high (musical) note低いひくい low音が二、三度三度さんど several times急にきゅうに rapidly続いてつづいて in succession響いたひびいた reverberated。それでぱったりぱったり suddenly; abruptly消えてしまった。三四郎はまったく西洋の音楽音楽おんがく music知らないらない not know; not be familiar with。しかしいま (just) nowの音は、けっして、まとまったものの一部分一部分いちぶぶん one part ofをひいたとは受け取れないれない cannot take (as); cannot interpret (as)。ただ鳴らしただけである。その無作法に無作法ぶさほうに curtly; indecorouslyただ鳴らしたところが三四郎の情緒情緒じょうしょ mood; spiritによく合ったった fit; agreed with不意に不意ふいに unexpectedly; out of the blueてん the heavensから二、三粒三粒さんつぶ several (spheres)落ちて来たちてた came falling down; droppedでたらめのでたらめの random; haphazardひょう hailのようである。

三四郎がなかば感覚感覚かんかく feeling; sensation失ったうしなった lost eyesを鏡のなか inside; within移すうつす shift (toward)と、鏡の中に美禰子美禰子みねこ Mineko (name)がいつのまにか立ってって standいる。下女下女げじょ maidservantたてたたてた closedと思った doorがあいている。戸のうしろにかけてあるまく curtain片手片手かたて one hand押し分けたけた pushed apart; pushed aside美禰子のむね chestからうえ above明らかにあきらかに clearly写ってうつって be reflectedいる。美禰子は鏡の中で三四郎を見たた looked at。三四郎は鏡の中の美禰子を見た。美禰子はにこりと笑ったにこりとわらった smiled; grinned

「いらっしゃい」

おんな woman; young ladyこえ voiceはうしろで聞こえたこえた sounded; was heard。三四郎は振り向かなければならなかったかなければならなかった had to turn around。女とおとこ man; fellowじかにじかに directly顔を見合わせたかお見合みあわせた looked at each other。その時女はひさし eaves - hair style with curled front overhang (short for 廂髪ひさしがみ)広いひろい wide; broadかみ (head of) hairをちょっとまえ forward動かしてうごかして moveれい salutationをした。礼をするにはおよばないくらいに親しいしたしい familiar; intimate態度態度たいど manner; behaviorであった。男のほうはかえって椅子椅子いす chairから腰を浮かしてこしうごかして stand up頭を下げたあたまげた bowed。女は知らぬふうをして、向こうへ回ってまわって circle round to、鏡を背に、三四郎の正面正面しょうめん directly in frontに腰をおろした。

「とうとういらしった」

同じおなじ sameような親しいしたしい familiar; intimate調子調子ちょうし tone (of voice)である。三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)にはこの一言一言いちげん brief statement; few words非常に非常ひじょうに exceedinglyうれしく聞こえたこえた sounded; resonatedおんな she光るひかる shine; be brightきぬ silk着てて wearいる。さっきからだいぶ待たしたたした kept waitingところをもってみると、応接間応接間おうせつま reception room; parlor出るる go out (to); appear (in)ためにわざわざきれいなのに着換えた着換きがえた changed (clothes)のかもしれない。それで端然と端然たんぜんと primly; properlyすわっている。 eyesくち mouthえみ smile; grin帯びてびて show signs of; be tinged with無言のまま無言むごんのまま without words; in silence三四郎を見守った見守みまもった watch attentively; surveyed姿姿すがた form; postureに、おとこ heはむしろ甘いあまい sweet苦しみくるしみ distress; discomfort感じたかんじた felt; experienced。じっとして見らるるらるる be watched; be looked at堪えないえない find unbearableこころ feeling起こったこった occurred; came aboutのは、そのくせ女の腰をおろすこしをおろす sit downやいなやである。三四郎はすぐ口を開いたくちひらいた opened one's mouth (to speak)。ほとんど発作発作ほっさ fit; attack近いちかい close (to); on the verge of

佐々木佐々木ささき Sasaki (Yojirō's family name)が」

「佐々木さんが、あなたのところ place; residenceへいらしったでしょう」と言ってって say; state例のれいの the aforementioned白いしろい white teeth現わしたあらわした showed; displayed。女のうしろにはさきの蝋燭立蝋燭立ろうそくたて candle holderマントルピースマントルピース mantelpiece左右左右さゆう left and right並んでならんで be lined up; be arrangedいる。きん gold細工をした細工さいくをした formed; worked; crafted妙なみょうな odd; curiousかたち shape; styleだい stand; holderである。これを蝋燭立と見たのは三四郎の臆断臆断おくだん conjecture; suppositionで、じつはなんだかわからない。この不可思議の不可思議ふかしぎの mysterious; enigmatic蝋燭立のうしろに明らかなあきらかな clear; plain; evidentかがみ mirrorがある。光線光線こうせん light (beams; rays厚いあつい thick窓掛け窓掛まどかけ window treatments; curtainsにさえぎられて、十分に十分じゅうぶんに enough; sufficientlyはいらない。そのうえ天気天気てんき weather曇ってくもって cloudy; overcastいる。三四郎はこのあいだに美禰子の白い歯を見た。

「佐々木が来ましたました came; stopped by

「なんと言っていらっしゃいました」

「ぼくにあなたの所へ行けけ go (to)と言って来ました」

「そうでしょう。――それでいらしったの」とわざわざ聞いたいた asked

「ええ」と言って少しすこし a little; a bit躊躇した躊躇ちゅうちょした hesitated; vacillated。あとから「まあ、そうです」と答えたこたえた answered; responded。女はまったく歯を隠したかくした concealed静かにしずかに quietly席を立ってせきって rise from one's seatまど windowの所へ行って、外面外面そと outsideをながめだした。

曇りましたくもりました clouded up; became overcastね。寒いさむい coldでしょう、戸外戸外そと outsideは」

「いいえ、存外存外ぞんがい surprisingly; unexpectedly暖かいあたたかい warmかぜ windはまるでありません」

「そう」と言いながらいながら say; replyせき seat帰って来たかえってた came back (to)

「じつは佐々木佐々木ささき Sasaki (Yojirō's family name)かね moneyを……」と三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)から言いだした。

「わかってるの」と中途で中途ちゅうとで in the middle; part wayとめた。三四郎も黙っただまった fell silent。すると

「どうしておなくしになったの」と聞いたいた asked

馬券馬券ばけん horse (wagering) ticket買ったった bought; purchasedのです」

おんな sheは「まあ」と言った。まあと言ったわりにかお face驚いていないおどろいていない not showing surprise。かえって笑ってわらって smile; grinいる。すこしたって、「悪いわるい bad; no goodかたね」とつけ加えたつけくわえた added。三四郎は答えずにいた。

「馬券であてるのは、ひと a personこころ heart; soul; feelingsをあてるよりむずかしいじゃありませんか。あなたは索引のついている索引さくいんのついている be indexed; be parsed人の心さえあててみようとなさらないのん気なのんな carefree; happy-go-luckyかただのに」

「ぼくが馬券を買ったんじゃありません」

「あら。だれが買ったの」

「佐々木が買ったのです」

女は急にきゅうに suddenly笑いだしたわらいだした laughed。三四郎もおかしくなった。

「じゃ、あなたがお金がお入用入用いりよう necessary; neededじゃなかったのね。ばかばかしいばかばかしい silly; nonsensical

「いることはぼくがいるのです」

「ほんとうに?」

「ほんとうに」

「だってそれじゃおかしいわね」

「だから借りなくってもいいりなくってもいい don't have to borrowんです」

「なぜ。おいやなの?」

「いやじゃないが、お兄いさんあにいさん older brotherに黙ってだまって without telling、あなたから借りちゃりちゃ borrow好くないくない not good; ill advisedからです」

「どういうわけで? でもあに older brother承知している承知しょうちしている is aware; is in agreementんですもの」

「そうですか。じゃ借りてもいい。――しかし借りないでもいい。うち homeへそう言ってって ask; requestやりさえすれば、一週間一週間いっしゅうかん one weekぐらいすると来ますます come; arriveから」

御迷惑御迷惑ごめいわく trouble; botherなら、しいて……」

美禰子美禰子みねこ Mineko (name)急にきゅうに suddenly冷淡冷淡れいたん cool; detachedになった。いま now; the presentまでそばにいたものが一町一町いっちょう 1 chō (about 110 meters; about 120 yards)ばかり遠のいたとおのいた became distant; backed away (from) feelingがする。三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は借りておけばよかったと思ったおもった thought。けれども、もうしかたがない。蝋燭立蝋燭立ろうそくたて candle holder見てて look atすましている。三四郎は自分から進んで自分じぶんからすすんで of one's own accord、ひとのきげんをとったことのないおとこ manである。女も遠ざかったぎり近づいて来ないちかづいてない not come near; not come closer。しばらくするとまた立ち上がったがった stood upまど windowから戸外戸外そと outsideすかして見てすかしてて look through to; peer through at

降りそうりそう look to rain; look like rainもありませんね」と言う。三四郎も同じおなじ same調子調子ちょうし tone (of voice)で、「降りそうもありません」と答えたこたえた answered

「降らなければ、わたし I; meちょっと出て来ようよう go out (usually よう)かしら」と窓のところ placeで立ったまま言う。三四郎は帰ってくれかえってくれ please go; please leaveという意味意味いみ meaning; nuance解釈した解釈かいしゃくした understood; took as光るひかる shine; be brightきぬ silk着換えた着換きがえた changed (clothes)のも自分のためではなかった。

「もう帰りましょう」と立ち上がった。美禰子は玄関玄関げんかん entry hallまで送って来たおくってた see a person (to); accompany a person (as far as)沓脱沓脱くつぬぎ platform for removing (or putting on) shoes降りてりて descend; step down (to)くつ shoesをはいていると、うえ aboveから美禰子が、

「そこまでごいっしょに出ましょうましょう go out。いいでしょう」と言った。三四郎は靴のひも (shoe) laces結びながらむすびながら tie、「ええ、どうでも」と答えた。おんな young ladyはいつのまにか、和土和土たたき hard-packed (clay) floorの上へ下りたりた descended; stepped down (to)。下りながら三四郎のみみ earのそばへくち mouth持ってきてってきて bring to、「おこっていらっしゃるの」とささやいた。ところへ下女下女げじょ maidservantがあわてながら、送りにおくりに to see (someone) off出て来たた came out; appeared

二人二人ふたり two (people)半町半町はんちょう half a chō (about 50 meters; about 60 yards)ほど無言のまま無言むごんのまま without words; in silence連れだって来たれだってた accompanied (each other)。そのあいだ三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はしじゅう美禰子美禰子みねこ Mineko (name)の事こと concerning ...考えてかんがえて think about; considerいる。このおんな woman; young ladyはわがままに育ったそだった was raised; was brought upに違いないちがいない no doubt ...。それから家庭家庭かてい home; householdにいて、普通の普通ふつうの usual; ordinary女性女性にょしょう woman; female以上以上いじょう more than自由自由じゆう freedom有してゆうして have; possess万事万事ばんじ all things意のごとくのごとく as one wishes; as one likesふるまうふるまう behave; conduct oneselfに違いない。こうして、だれの許諾許諾きょだく consent経ずにずに without going through; bypassing自分自分じぶん oneselfといっしょに、往来往来おうらい road; street歩くあるく walk; strollのでもわかる。年寄り年寄としより elder; agedおや parentsがなくって、若いわかい youngあに (older) brother放任放任ほうにん noninterference; giving free reign主義主義しゅぎ principle; approachだから、こうもできるのだろうが、これがいなかであったらさぞ困るこまる be a problem; cause troubleことだろう。この女に三輪田三輪田みわた Miwata (family name)お光みつ Omitsu (name)さんのような生活生活せいかつ life送れおくれ pass (one's life); spend (one's time)言ったらったら told; requested、どうする intentionかしらん。東京東京とうきょう Tōkyōはいなかと違ってちがって be different、万事があけ放しあけはなし wide openだから、こちらの女は、たいていこうなのかもわからないが、遠くからとおくから from a distance想像して想像そうぞうして imagine; inferみると、もう少しすこし a little; a bit旧式旧式きゅうしき old style; traditionalのようでもある。すると与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)が美禰子をイブセンイブセン Henrik Johan Ibsen (Norwegian Playwright, 1828 – 1906, whose works include A Doll's House)りゅう style; manner評したひょうした remarked; commentedのもなるほどと思い当るおもあたる suddenly understand。ただし俗礼俗礼ぞくれい (societal) conventions; normsにかかわらないところだけがイブセン流なのか、あるいは腹の底はらそこ deep in one's heart思想思想しそう thoughts; ideasまでも、そうなのか。そこはわからない。

そのうち本郷本郷ほんごう Hongō (place name)通りとおり thoroughfare出たた came (to)。いっしょに歩いている二人は、いっしょに歩いていながら、相手相手あいて companion; the other partyがどこへ行くく go (to)のだか、まったく知らないらない not knowいま now; this point (in time)までに横町横町よこちょう side street; lane三つみっつ three (things)ばかり曲がったがった turned (through)。曲がるたびに、二人のあし feet; legs申し合わせたようにもうわせたように as if by prior agreement無言のまま同じおなじ same方角方角ほうがく directionへ曲がった。本郷の通りを四丁目四丁目よんちょうめ Yonchōme (fourth sub-district)かど corner来るる come (to)途中で途中とちゅうで on the way、女が聞いたいた asked

「どこへいらっしゃるの」

「あなたはどこへ行くんです」

二人はちょっと顔を見合わせたかお見合みあわせた looked at each other。三四郎はしごくまじめである。女はこらえきれずにまた白いしろい white teethをあらわした。

「いっしょにいらっしゃい」

二人は四丁目の角を切り通しとおし roadcut (road cut through a hill)ほう direction折れたれた turned (toward)三十間三十間さんじゅっけん 30 ken (about 55 meters; about 60 yards)ほど行くと、右側右側みぎがわ right side大きなおおきな large西洋館西洋館せいようかん Western-style buildingがある。美禰子はそのまえ front ofにとまった。おび sashあいだ (obi) foldsから薄いうすい thin帳面帳面ちょうめん account bookと、印形印形いんぎょう seal (for certifying transactions)出してして take out

お願いねがい please」と言った。

「なんですか」

「これでお金かね money取ってって take; getちょうだい」

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name) hand出してして put out; put forward帳面帳面ちょうめん account book受取った受取うけとった took; receivedまん中まんなか middle小口小口こぐち small amount; small sum当座当座とうざ current account預金通帳預金あずかりきん通帳かよいちょう (deposit) passbook; bankbook (usually 預金よきん通帳つうちょう)とあって、よこ side里見里見さとみ Satomi (Mineko's family name)美禰子美禰子みねこ Mineko (name)殿殿どの (formal suffix - used with business customers)書いてあるいてある be written; be inscribed。三四郎は帳面と印形印形いんぎょう seal (for certifying transactions)持ったった hold; haveまま、おんな woman; young ladyかお face見てて look at立ったった stood (in place); didn't move

三十円三十円さんじゅうえん thirty yen」と女が金高金高かねだか sum of money言ったった stated。あたかも毎日毎日まいにち every day銀行銀行ぎんこう bankかね money取りにりに to (go) get行きつけたきつけた went regularly; frequentedもの personに対するたいする directed toward口ぶりくちぶり manner of speakingである。さいわい、三四郎はくに country; one's native placeにいる時分時分じぶん period (of time)、こういう帳面を持ってたびたび豊津豊津とよつ Toyotsu (place name)まで出かけたかけた set out for; traveled toことがある。すぐ石段石段いしだん stone steps上ってのぼって climbed; ascended doorをあけて、銀行銀行ぎんこう bankなか insideへはいった。帳面と印形を係りの者かかりのもの person on duty; clerk渡してわたして hand to必要の必要ひつようの required; necessary金額金額きんがく amount (of money)受け取ってって receive出てて come outみると、美禰子は待ってって waitいない。もう切り通しとおし roadcut (road cut through a hill)ほう direction二十間二十間にじゅっけん 20 ken (about 36 meters; about 40 yards)ばかり歩きだしてあるきだして set out walkingいる。三四郎は急いでいそいで hurrying; in a rush追いついたいついた caught up。すぐ受け取ったものを渡そうとして、ポッケットへ手を入れるれる put into; insertと、美禰子が、

丹青会丹青会たんせいかい Tanseikai (name of a group)展覧会展覧会てんらんかい exhibition御覧になって御覧ごらんになって (have you) seen」と聞いたいた asked

「まだ見ません」

招待券招待券しょうたいけん complimentary tickets二枚二枚にまい two (tickets)もらったんですけれども、ついひま leisure timeがなかったものだからまだ行かずにいたんですが、行ってみましょうか」

「行ってもいいです」

「行きましょう。もうじき閉会閉会へいかい closure; end (of an event)になりますから。わたし I; me一ぺんいっぺん one time; onceは見ておかないと原口原口はらぐち Haraguchi (name)さんに済まないまない wrongful (toward someone)のです」

「原口さんが招待券をくれたんですか」

「ええ。あなた原口さんを御存じ御存ごぞんじ acquainted (with someone)なの?」

広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaところ place; home一度一度いちど once会いましたいました met

「おもしろいかたでしょう。馬鹿囃子馬鹿ばか囃子ばやし festival music; parade music稽古なさる稽古けいこなさる practice; train inんですって」

「このあいだはつづみ tsuzumi (hourglass drum whose tension can be adjusted while playing)をならいたいと言っていました。それから――」

「それから?」

「それから、あなたの肖像肖像しょうぞう portraitをかくとか言ってって sayいました。本当本当ほんとう truthですか」

「ええ、高等高等こうとう first class; high gradeモデルモデル modelなの」と言った。おとこ heこれより以上にこれより以上いじょうに beyond this気の利いたいた clever; tactfulことが言えない性質性質たち nature; dispositionである。それで黙ってだまって fall silentしまった。おんな sheはなんとか言ってもらいたかったらしい。

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はまた隠袋隠袋かくし pocket hand入れたれた put in; inserted銀行銀行ぎんこう bank通帳通帳かよいちょう account book (usually 通帳つうちょう)印形印形いんぎょう seal (for certifying transactions)出してして take out; produce、女に渡したわたした handed (to)かね moneyは帳面のあいだ midstにはさんでおいたはずである。しかるに女が、

「お金は」と言った。見るる lookと、間にはない。三四郎はまたポッケットを探ったさぐった searchedなか insideから手ずれずれ wear from handlingのしたさつ (bank) notesをつかみ出した。女は手を出さない。

預かってあずかって take charge of; keepおいてちょうだい」と言った。三四郎はいささか迷惑迷惑めいわく bother; burdenのような feelingがした。しかしこんなとき time; occasion争うあらそう quarrel; disputeことを好まぬこのまぬ prefer to avoidおとこ man; fellowである。そのうえ往来往来おうらい road; streetだからなおさら遠慮遠慮えんりょ restraintをした。せっかく握ったにぎった grasp; clutch (in one's hand)札をまたもとのところ place; location収めておさめて put away; put back妙なみょうな odd; strange女だと思ったおもった thought

学生学生がくせい students多くおおく in great number通るとおる pass by; pass throughすれ違うすれちがう pass (each other)時にきっと二人二人ふたり two (people)を見る。なかには遠くからとおくから from a distance目をつけてをつけて have an eye on; take notice of来るる come; approachもの personsもある。三四郎は池の端いけはた Ikenohata (place name)出るる arrive (at)までのみち road; wayをすこぶる長くながく lengthy感じたかんじた felt。それでも電車電車でんしゃ (electric) train乗るる ride気にはならない。二人とものそのそ歩いてあるいて walk; strollいる。会場会場かいじょう event site着いたいた arrivedのはほとんど三時三時さんじ three (o'clock)近くちかく nearly; almostである。妙な看板看板かんばん sign; placardが出ている。丹青会丹青会たんせいかい Tanseikai (name of a group)という charactersも、字の周囲周囲まわり periphery; surroundingについている図案図案ずあん design; graphicsも、三四郎の目にはことごとく新しいあたらしい novel; fresh。しかし熊本熊本くまもと Kumamoto (Sanshirō's home region)では見ることのできない意味意味いみ meaningで新しいので、むしろ一種異様の一種いっしゅ異様いようの eccentric; peculiarかん feeling; impressionがある。中はなおさらである。三四郎の目にはただ油絵油絵あぶらえ oil painting水彩画水彩画すいさいが water color painting区別区別くべつ distinction判然と判然はんぜんと clearly映ずるえいずる appear; be apparentくらいのものにすぎない。

それでも好悪好悪こうお likes and dislikesはある。買ってって buy; purchaseもいいと思うのもある。しかし巧拙巧拙こうせつ skill; craftsmanshipはまったくわからない。したがって鑑別力鑑別力かんべつりょく ability to judgeのないものと、初手初手しょて beginning; startからあきらめた三四郎は、いっこう口をあかないくちをあかない make no comment; offer no opinion

美禰子美禰子みねこ Mineko (name)がこれはどうですかと言うう ask; questionと、そうですなという。これはおもしろいじゃありませんかと言うと、おもしろそうですなという。まるで張り合いい enthusiasm; interestがない。はなし dialog; conversationのできないばかか、こっちを相手相手あいて partner; companionにしない偉いえらい eminent; distinguishedおとこ man; fellowか、どっちかにみえる。ばかとすればてらわないてらわない unpretentiousところに愛嬌愛嬌あいきょう charm; appealがある。偉いとすれば、相手にならないところが憎らしいにくらしい odious; offensive

長い間ながあいだ long time外国外国がいこく foreign lands旅行して旅行りょこうして travel歩いたあるいた wandered; traversed兄妹兄妹きょうだい (older) brother and (younger) sister paintings; worksがたくさんある。双方双方そうほう both (parties)とも同じおなじ sameせい surname; family nameで、しかも一つ所ひとところ one place; the same place並べてならべて set out; arrangeかけてある。美禰子はその一枚一枚いちまい one (painting)まえ front ofにとまった。

ベニスベニス Veniceでしょう」

これは三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)にもわかった。なんだかベニスらしい。ゴンドラゴンドラ gondolaにでも乗ってって ride (in)みたい心持ち心持こころもち feelingがする。三四郎は高等学校高等学校こうとうがっこう high school (equivalent to modern-day college)にいる時分時分じぶん period; timeゴンドラという word覚えたおぼえた learned。それからこの字が好きき favored; to one's likingになった。ゴンドラというと、おんな woman; young ladyといっしょに乗らなければすまないような feelingがする。黙ってだまって in silence; without speaking青いあおい blueみず waterと、水と左右左右さゆう left and right; both sides高いたかい tallいえ housesと、さかさに映るうつる be reflected家のかげ shape; formと、影のなか middle; insideにちらちらする赤いあかい redきれ piece; chipとをながめていた。すると、

兄さんあにさん (older) brotherのほうがよほどうまいようですね」と美禰子が言った。三四郎にはこの意味意味いみ meaning通じなかったつうじなかった didn't register

「兄さんとは……」

「この絵は兄さんのほうでしょう」

「だれの?」

美禰子は不思議そうな不思議ふしぎそうな questioning; puzzledかお (facial) expressionをして、三四郎を見たた looked at

「だって、あっちのほうが妹さんいもうとさん (younger) sisterので、こっちのほうが兄さんのじゃありませんか」

三四郎は一歩一歩いっぽ one step退いて退しりぞいて step back; move backいま (just) now通って来たとおってた passed throughみち way; path片側片側かたがわ one side振り返って見たかえってた looked back at。同じように外国の景色景色けしき sceneryをかいたものが幾点となく幾点いくてんとなく some number ofかかっている。

違うちがう differentんですか」

一人一人ひとり one; single (person)思っておもって thinkいらしったの」

「ええ」と言って、ぼんやりしている。やがて二人二人ふたり two (people)顔を見合わしたかお見合みあわした looked at each other。そうして一度に一度いちどに at the same time笑いだしたわらいだした laughed。美禰子は、驚いたおどろいた surprisedように、わざと大きなおおきな large eyesをして、しかもいちだんと調子を落とした調子ちょうしとした subdued小声小声こごえ whisper; murmurになって、

「ずいぶんね」と言いながら、一間一間いっけん 1 ken (about 2 meters; about 2 yards)ばかり、ずんずんずんずん quickly; rapidlyさき ahead行ってって proceedしまった。三四郎は立ちどまったままちどまったまま standing still; rooted in placeもう一ぺんもういっぺん one more timeベニスの掘割り掘割ほりわり canal; waterwayをながめだした。先へ抜けたけた slipped (ahead)女は、このとき time; moment振り返った。三四郎は自分の自分じぶんの one's ownほう directionを見ていない。女は先へ行くあし feet; stepsをぴたりと留めためた stopped向こうこう beyond; aheadから三四郎の横顔横顔よこがお (facial) profile熟視して熟視じゅくしして gaze at; scrutinizeいた。

「里見さん」

だしぬけにだしぬけに all of a sudden; unexpectedlyだれか大きな声おおきなこえ loud voice呼んだんだ called out toもの personがある。

美禰子美禰子みねこ Mineko (name)三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)等しくひとしく equally; alike顔を向け直したかおなおした turned to look事務室事務室じむしつ office書いたいた be written; be posted; be labeled入口入口いりぐち entrance一間一間いっけん 1 ken (about 2 meters; about 2 yards)ばかり離れてはなれて separated from; away from原口原口はらぐち Haraguchi (name)さんが立ってって standいる。原口さんのうしろに、少しすこし a little; partially重なり合ってかさなりって hidden; obscured (from view)野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんが立っている。美禰子は呼ばれたばれた be called by原口よりは、原口より遠くとおく distantの野々宮を見たた looked at。見るやいなや、二、三歩三歩さんぽ several stepsあともどりをして三四郎のそばへ来たた came (to)ひと people; others目立たぬ目立めだたぬ indiscernible; unnoticeableくらいに、自分の自分じぶんの one's ownくち mouthを三四郎のみみ ear近寄せた近寄ちかよせた drew near to; brought near to。そうして何かなにか somethingささやいた。三四郎には何を言ったった saidのか、少しもわからない。聞き直そうとするなおそうとする try to ascertain (by asking someone to repeat)うちに、美禰子は二人二人ふたり two (people)ほう direction引き返していったかえしていった went back (toward)。もう挨拶挨拶あいさつ greeting; salutationをしている。野々宮は三四郎に向かって、

妙なみょうな odd; curiousつれ companion; companyと来ましたね」と言った。三四郎が何か答えようとするこたえようとする try to respond; be about to answerうちに、美禰子が、

似合う似合にあう suit; matchでしょう」と言った。野々宮さんはなんとも言わなかった。くるりとうしろを向いた。うしろには畳一枚たたみ一枚いちまい one tatami matほどの大きなおおきな large paintingがある。その絵は肖像画肖像画しょうぞうが portraitである。そうしていちめんに黒いくろい black; dark着物着物きもの clothing; outfit帽子帽子ぼうし hat背景背景はいけい backgroundから区別区別くべつ distinctionのできないほど光線光線こうせん light受けてけて receiveいないなかに、顔ばかり白いしろい white; pale。顔はやせて、ほお cheekにく flesh落ちてちて be fallen; be sunkenいる。

模写模写もしゃ copy; reproductionですね」と野々宮さんが原口さんに言った。原口はいま now; at presentしきりに美禰子に何か話してはなして discussいる。――もう閉会閉会へいかい close of an eventである。来観者来観者らいかんしゃ visitors (to an exhibit)もだいぶ減ったった become fewer; be diminished開会開会かいかい opening of an event初めはじめ beginning; initial periodには毎日毎日まいにち every day事務所事務所じむしょ officeへ来ていたが、このごろはめったに顔を出さないめったにかおさない rarely put in an appearance。きょうはひさしぶりに、こっちへよう businessがあって、野々宮さんを引っ張って来たってた brought alongところだ。うまく出っくわしたっくわした met (by chance); bumped intoものだ。このかい event; exhibitをしまうと、すぐ来年来年らいねん next year準備準備じゅんび preparationにかからなければならないから、非常に非常ひじょうに exceedingly忙しいいそがしい busy。いつもははな flowers; blossoms時分時分じぶん period (of time)開くひらく open; hold (an event)のだが、来年は少し会員会員かいいん membersのつごうで早くはやく earlyするつもりだから、ちょうど会を二つふたつ two (things)続けてつづけて in succession開くと同じおなじ same; equivalentことになる。必死の必死ひっしの frantic; desperate勉強勉強べんきょう diligence; hard workをやらなければならない。それまでにぜひ美禰子の肖像肖像しょうぞう portraitをかきあげてしまうつもりである。迷惑迷惑めいわく burden; impositionだろうが大晦日大晦日おおみそか New Year's Eveでもかかしてくれ。

その代りそのかわり in exchangeここん所ここんところ this place; hereへかけるつもりです」

原口原口はらぐち Haraguchi (name)さんはこのとき time; momentはじめて、黒いくろい black; dark paintingほう direction向いたいた turned (toward)野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんはそのあいだぽかんとして同じおなじ same絵をながめていた。

「どうです。ベラスケスベラスケス Diego Velázquez (Spanish painter; 1599 - 1660)は。もっとも模写模写もしゃ copy; reproductionですがね。しかもあまり上できじょうでき well done; skillfulではない」と原口がはじめて説明する説明せつめいする explained。野々宮さんはなんにも言うう say; remark必要必要ひつよう need; necessityがなくなった。

「どなたがお写しになったうつしになった copied; reproducedの」とおんな woman; young lady聞いたいた asked

三井三井みつい Mitsui (name)です。三井はもっとうまいんですがね。この絵はあまり感服できない感服かんぷくできない can't admire; can't applaud」と一、二歩いち二歩にほ a couple of stepsさがって見たた surveyed; looked at。「どうも、原画原画げんが the original (painting)技巧技巧ぎこう technique; mastery極点極点きょくてん climax; pinnacle達したたっした accomplished; achievedひと person; personageのものだから、うまくいかないね」

原口は首を曲げたくびげた tilted (his) head三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は原口の首を曲げたところを見ていた。

「もう、みんな見たんですか」と画工画工がこう painter; artistが美禰子に聞いた。原口は美禰子にばかり話しかけるはなしかける talk to; make conversation with

「まだ」

「どうです。もうよして、いっしょに出ちゃちゃ leave; go out精養軒精養軒せいようけん Seiyōken (name of high-end Western-style restaurant)お茶ちゃ teaでもあげます。なにわたしは用があるから、どうせちょっと行かなければならないかなければならない need to go。――かい gathering; partyの事こと concerning ...でね、マネジャーマネジャー manager相談相談そうだん discussion; consultationしておきたい事がある。懇意懇意こんい friendshipおとこ man; fellowだから。――いま nowちょうどお茶にいい時分時分じぶん timeです。もう少しすこし a little; a bitするとね、お茶にはおそしおそし late晩餐晩餐デナー dinnerには早しはやし early中途はんぱ中途ちゅうとはんぱ halfway; half-bakedになる。どうです。いっしょにいらっしゃいな」

美禰子は三四郎を見た。三四郎はどうでもいいかお face; look; expressionをしている。野々宮は立ったままったまま not moving from one's place関係しない関係かんけいしない not be engage; show no interest

「せっかく来たた cameものだから、みんな見てゆきましょう。ねえ、小川小川おがわ Ogawa (Sanshirō's family name)さん」

三四郎はええと言った。

「じゃ、こうなさい。このおく interior別室別室べっしつ special roomにね。深見深見ふかみ Fukami (name)さんの遺画遺画いが legacy worksがあるから、それだけ見てて look at帰りかえり return (trip); one's way home精養軒精養軒せいようけん Seiyōken (name of high-end Western-style restaurant)へいらっしゃい。先へさきへ beforehand; in advance行ってって go; proceed (to)待ってって waitいますから」

「ありがとう」

「深見さんの水彩水彩すいさい watercolors普通の普通ふつうの usual; ordinary水彩のつもりで見ちゃいけませんよ。どこまでも深見さんの水彩なんだから。実物実物じつぶつ actual objectsを見る intentionにならないで、深見さんの気韻気韻きいん dignity; refinementを見る気になっていると、なかなかおもしろいところが出てきますてきます come out; become apparent」と注意して注意ちゅういして advise原口原口はらぐち Haraguchi (name)野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)と出て行った。美禰子美禰子みねこ Mineko (name)礼を言ってれいって express one's thanksその後影後影うしろかげ receding form見送った見送みおくった saw off; watched go二人二人ふたり two (people)振り返らなかったかえらなかった didn't look back

おんな woman; young lady歩をめぐらしてをめぐらして redirecting one's steps、別室へはいった。おとこ man; fellow一足一足ひとあし one stepあとから続いたつづいた followed光線光線こうせん light; lighting乏しいとぼしい meager; sparse暗いくらい dark; dim部屋部屋へや roomである。細長い細長ほそながい long and narrowかべ wall一列一列いちれつ one rowにかかっている深見先生先生せんせい teacher; masterの遺画を見ると、なるほど原口さんの注意したごとくほとんど水彩ばかりである。三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)著しくいちじるしく considerably; strikingly感じたかんじた feltのは、その水彩のいろ colorsが、どれもこれも薄くてうすくて thin; attenuatedかず number; variety少なくってすくなくって few対照対照たいしょう contrastに乏しくって、日向日向ひなた sunlight; the light of dayへでも出さないさない not expose (to)引き立たないたない don't stand out; aren't active思うおもう thinkほど地味に地味じみに modestly; subtlyかいてあるということ fact; situationである。その代りそのかわり on the other hand; at the same timeふで brushがちっとも滞ってとどこおって be stagnant; be stuckいない。ほとんど一気呵成に一気呵成いっきかせいに in a single stroke; without pause仕上げた仕上しあげた finished; completedおもむき appearance; aspectがある。絵の具 paint; colorsした beneath; below鉛筆鉛筆えんぴつ pencil輪郭輪郭りんかく outline明らかにあきらかに clearly透いて見えるいてえる show throughのでも、洒落な洒落しゃらくな frank; candid画風画風がふう style of paintingがわかる。人間人間にんげん human (figures)などになると、細くて長くて、まるで殻竿殻竿からざお husk flail (for threshing grain - series of hinged rods) のようである。ここにもベニスベニス Venice一枚一枚いちまい one (painting)ある。

「これもベニスですね」と女が寄って来たってた approached; drew near

「ええ」と言ったが、ベニスで急にきゅうに suddenly思い出したおもした remembered; recalled

「さっきなに what言ったった saidんですか」

おんな woman; young ladyは「さっき?」と聞き返したかえした asked in return

「さっき、ぼくが立ってって standing (there)、あっちのベニスベニス Venice見てて look atいるとき time; occasionです」

女はまたまっ白なまっしろな pure white teethをあらわした。けれどもなんとも言わない。

よう matter of importanceでなければ聞かなくってもいいです」

「用じゃないのよ」

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はまだ変なへんな odd; peculiarかお (facial) expressionをしている。曇ったくもった cloudy; overcastあき autumn dayはもう四時四時よじ four (o'clock)越したした passed部屋部屋へや room薄暗くなってくる薄暗うすぐらくなってくる grow dim観覧人観覧人かんらんにん visitors; viewersはきわめて少ないすくない few別室別室べっしつ special roomのうちには、ただ男女二人男女なんにょ二人ふたり couple; pair (male and female)かげ forms; figuresがあるのみである。女は painting離れてはなれて move away from、三四郎の真正面真正面まっしょうめん right in frontに立った。

野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さん。ね、ね」

「野々宮さん……」

「わかったでしょう」

美禰子美禰子みねこ Mineko (name)意味意味いみ meaningは、大波大波おおなみ large waveのくずれるごとく一度に一度いちどに at once; in an instant三四郎のむね bosom; heart浸したひたした soaked; swamped

「野々宮さんを愚弄した愚弄ぐろうした teased; toyed withのですか」

「なんで?」

女の語気語気ごき tone; manner of speakingはまったく無邪気無邪気むじゃき innocenceである。三四郎は忽然として忽然こつぜんとして all of a sudden; in an instant、あとを言う勇気勇気ゆうき courage; nerveがなくなった。無言のまま無言むごんのまま without speaking; in silence二、三歩三歩さんぽ several steps動きだしたうごきだした began to move; started away。女はすがるようについて来たついてた followed after

「あなたを愚弄したんじゃないのよ」

三四郎はまた立ちどまった。三四郎は背の高いたかい tall (in stature)おとこ manである。うえ aboveから美禰子を見おろした。

「それでいいです」

「なぜ悪いわるい wrongの?」

「だからいいです」

女は顔をそむけた。二人とも戸口戸口とぐち doorほう direction歩いて来たあるいてた walked toward。戸口を出るる go out; exit (through)拍子拍子ひょうし moment互いたがい mutualかた shoulders触れたれた brushed (against each other)。男は急にきゅうに suddenly汽車汽車きしゃ (steam) train乗り合わしたわした rode together女を思い出したおもした recalled; remembered。美禰子のにく body; fleshに触れたところが、ゆめ dreamうずくうずく tingle; acheような心持ち心持こころもち feelingがした。

「ほんとうにいいの?」と美禰子美禰子みねこ Mineko (name)小さいちいさい small; low (voice)こえ voice聞いたいた asked向こうこう beyond; the other directionから二、三人連三人連さんにんづれ a small group; a party of several people観覧者観覧者かんらんしゃ visitors; viewers来るる came; approached

「ともかく出ましょうましょう leave; go out」と三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)言ったった said; replied下足下足げそく outdoor shoes (exchanged for slippers on entering)受け取ってって received; retrieved、出ると戸外戸外そと outdoors; outsideあめ rainだ。

精養軒精養軒せいようけん Seiyōken (name of high-end Western-style restaurant)行きますきます go (to)か」

美禰子は答えなかったこたえなかった didn't answer。雨のなかをぬれながら、博物館博物館はくぶつかん museumまえ front of広いひろい wide; openはら fieldのなかに立ったった stood。さいわい雨はいま (just) now降りだしたりだした started fallingばかりである。そのうえ激しくはげしく strong; intenseはない。おんな woman; young ladyは雨のなかに立って、見回しながら見回みまわしながら looking around、向こうのもり woods; treesをさした。

「あの treesかげ shade; shelterへはいりましょう」

少しすこし a little; a bit待てばてば waitやみそうである。二人二人ふたり two (people)大きなおおきな largeすぎ cedar (tree)した beneathにはいった。雨を防ぐふせぐ avoid; protect (against)にはつごうのよくない木である。けれども二人とも動かないうごかない didn't move。ぬれても立っている。二人とも寒くなったさむくなった felt cold; became chilled。女が「小川小川おがわ Ogawa (Sanshirō's family name)さん」と言う。おとこ man; fellow八の字を寄せてはちせて frown; knit one's browsそら skyを見ていたかお faceを女のほう direction向けたけた turned toward

悪くってわるくって wrong? さっきのこと」

「いいです」

「だって」と言いながら、寄って来たってた approached; drew near。「わたし I; me、なぜだか、ああしたかったんですもの。野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんに失礼する失礼しつれいする be rude (to); slightつもりじゃないんですけれども」

女は瞳を定めてひとみさだめて fix one's gaze、三四郎を見た。三四郎はその瞳のなかに言葉言葉ことば wordsよりも深きふかき deep; profound訴えうったえ appeal認めたみとめた recognized。――必竟必竟ひっきょう after allあなたのためにしたこと act; deedじゃありませんかと、二重瞼二重ふたえまぶた contoured eyelidsおく interior; depthsで訴えている。三四郎は、もう一ぺんもういっぺん once more

「だから、いいです」と答えた。

雨はだんだん濃くなったくなった became thick; became heavy; intensifiedしずく drops落ちないちない don't fall場所場所ばしょ placeはわずかしかない。二人はだんだん一つ所ひとところ one place; the same placeへかたまってきた。かた shoulderと肩とすれ合うすれう brush togetherくらいにして立ちすくんでちすくんで be huddledいた。雨のおと soundのなかで、美禰子が、

「さっきのお金かね moneyお使いなさい使つかいなさい please make use of」と言った。

借りましょうりましょう borrow要るだけるだけ as necessary」と答えた。

「みんな、お使いなさい」と言った。