「どうだ」と言う言う asked。見る見る look atと標題標題 title; captionに大きな大きな large活字活字 typefaceで「偉大なる偉大なる great; mighty暗闇暗闇 darkness; void」とある。下下 belowには零余子零余子 Reiyoshi (propagule; used here as pen name)と雅号雅号 alias; pen nameを使って使って useいる。偉大なる暗闇とは与次郎与次郎 Yojirō (name)がいつでも広田先生広田先生 Professor Hirotaを評する評する comment on語語 words; phraseで、三四郎三四郎 Sanshirō (name)も二、三度二、三度 several times聞かされた聞かされた had heardものである。しかし零余子はまったく知らん知らん unknown名名 nameである。どうだと言われた時時 time; momentに、三四郎は、返事返事 answer; responseをする前提として前提として before ...; as a precondition to ...ひとまず与次郎の顔顔 faceを見た。すると与次郎はなんにも言わずになんにも言わずに without saying anythingその扁平な扁平な flat顔を前前 forwardへ出して出して push out; stick out、右右 right (side)の人さし指人さし指 index fingerの先先 tipで、自分の自分の one's own鼻の頭鼻の頭 tip of the noseを押えて押えて press on; hold downじっとしている。向こう向こう a ways offに立って立って standいた一人一人 one (person)の学生学生 studentが、この様子様子 situationを見てにやにや笑い出したにやにや笑い出した broke into a grin。それに気がついた気がついた took notice of与次郎はようやく指を鼻から放した放した removed。
「いや、ありゃ、たった二、三日二、三日 a few daysまえじゃないか。そうはやく活版活版 (typeset) printingになってたまるものか。あれは来月来月 next month出る出る come out; be released (in print)。これは、ずっと前に書いたものだ。何何 whatを書いたものか標題でわかるだろう」
「広田先生の事の事 concerning ...か」
「うん。こうして輿論輿論 popular opinion; popular sentimentを喚起して喚起して stir up; arouseおいてね。そうして、先生が大学大学 universityへはいれる下地下地 groundwork; foundationを作る作る prepare; create……」
「いや無勢力無勢力 of little importだから、じつは困る困る be troubled」と与次郎は答えた答えた answered。三四郎は微笑わざるをえなかった微笑わざるをえなかった had to laugh。
「何部何部 how many (copies)ぐらい売れる売れる be soldのか」
与次郎は何部売れるとも言わない。
「まあいいさ。書かんよりはましだ」と弁解して弁解して defend; justifyいる。
だんだん聞いてみると、与次郎は従来から従来から in the past; up to nowこの雑誌に関係関係 connectionがあって、ひまさえあればほとんど毎号毎号 every issue筆を執って筆を執って write (lit: take up the brush)いるが、その代りその代り on the other hand雅名雅名 nom de plumeも毎号変える変える changeから、二、三の二、三の two or three; several同人同人 comrades; kindred spiritsのほか、だれも知らないんだと言う。なるほどそうだろう。三四郎は今今 now; at presentはじめて与次郎と文壇文壇 literary circlesとの交渉交渉 connection; dealingsを聞いたくらいのものである。しかし与次郎がなんのために、遊戯遊戯 sport; mischiefに等しいに等しい bordering on; equivalent to匿名匿名 assumed nameを用いて用いて make use of、彼の彼の hisいわゆる大論文大論文 grand treatise; master thesisをひそかに公けにしつつある公けにしつつある be about to make publicか、そこが三四郎にはわからなかった。
いくぶんか小遣い取り小遣い取り side jobのつもりで、やっている仕事仕事 workかと不遠慮に不遠慮に without reserve; directly尋ねた尋ねた asked; inquired時時 time; moment、与次郎与次郎 Yojirō (name)は目を丸くした目を丸くした look (at someone) wide-eyed; give an incredulous look。
「君君 youは九州九州 Kyūshūのいなかから出た出た arrived (from)ばかりだから、中央中央 center; capital cities文壇文壇 literary circleの趨勢趨勢 tendency; trendを知らない知らない don't know; be unaware ofために、そんなのん気なのん気な careless; thoughtlessことをいうのだろう。今今 now; the presentの思想界思想界 world of thought; realm of ideasの中心中心 center; coreにいて、その動揺動揺 agitation; excitementのはげしいありさまを目撃しながら目撃しながら witness; observe、考え考え thoughts; imaginationのある者者 personが知らん顔知らん顔 feigned ignorance; indifferenceをしていられるものか。じっさい今日今日 the present dayの文権文権 power of the pen; literary prerogativeはまったく我々我々 we; us青年青年 young menの手手 handsにあるんだから、一言一言 a single wordでも半句半句 a simple phraseでも進んで進んで step forward; take the initiative言える言える can say; can express (oneself)だけ言わなけりゃ損損 loss; missed opportunityじゃないか。文壇は急転直下急転直下 suddenly and precipitatelyの勢い勢い vigor; spiritでめざましいめざましい spectacular; remarkable革命革命 revolution; upheavalを受けて受けて undergoいる。すべてがことごとく動いて動いて be in motion; be in turmoil、新気運新気運 new trend; new directionに向かってに向かって facing; heading towardゆくんだから、取り残されちゃ取り残されちゃ being left behindたいへんだ。進んで自分自分 oneselfからこの気運をこしらえ上げなくちゃこしらえ上げなくちゃ must bring about; must create、生きてる生きてる be alive甲斐甲斐 worth; useはない。文学文学 literature文学って安っぽい安っぽい cheap; triflingようにいうが、そりゃ大学大学 universityなんかで聞く聞く hear; be taught文学のことだ。新しい新しい new我々のいわゆる文学は、人生人生 human condition; the human experienceそのものの大反射大反射 great reflectionだ。文学の新気運は日本日本 Japan全社会全社会 (through) all of societyの活動活動 action; activityに影響影響 effect; impactしなければならない。また現に現に actually; in factしつつある。彼ら彼ら they (society)が昼寝をして昼寝をして nap; doze夢を見て夢を見て (have a) dreamいるまに、いつか影響しつつある。恐ろしい恐ろしい fearsome; horrificものだ。……」
三四郎三四郎 Sanshirō (name)は黙って黙って in silence; without speaking聞いていた。少し少し a little; a bitほらほら hot air; blusteringのような気気 feelingがする。しかしほらでも与次郎はなかなか熱心に熱心に fervently; with passion吹いて吹いて blow (hot air)いる。すくなくとも当人当人 the person in question; he himselfだけは至極至極 very much; extremelyまじめらしくみえる。三四郎はだいぶ動かされた。
「そういう精神精神 spirit; intentionでやっているのか。では君は原稿料原稿料 payment for a manuscriptなんか、どうでもかまわんのだったな」
「いや、原稿料は取る取る take; receiveよ。取れるだけ取る。しかし雑誌雑誌 magazine; publicationが売れない売れない doesn't sellからなかなかよこさない。どうかして、もう少し売れる工夫工夫 idea; schemeをしないといけない。何か何か something; some sort ofいい趣向趣向 thoughts; ideasはないだろうか」と今度今度 this timeは三四郎に相談をかけた相談をかけた engaged in consultation。話話 talk; topic of discussionが急に急に suddenly実際問題実際問題 practical problemに落ちて落ちて fall; drop down toしまった。三四郎は妙な妙な odd; strange心持ち心持ち feeling; impressionがする。与次郎は平気平気 composed; unconcernedである。ベルが激しく激しく violently; loudly鳴りだした鳴りだした began to ring; rang out。
「ともかくこの雑誌を一部一部 one (copy)君にやるから読んで読んで readみてくれ。偉大なる偉大なる great; mighty暗闇暗闇 darkness; voidという題題 titleがおもしろいだろう。この題なら人人 peopleが驚く驚く be impressed; be intriguedにきまっている。――驚かせないと読まないからだめだ」
二人二人 two (people)は玄関玄関 entrywayを上がって上がって entered (up) into、教室教室 classroom; lecture hallへはいって、机机 desk; study tableに着いた着いた took (their) places。やがて先生先生 professorが来る来る arrived。二人とも筆記筆記 note takingを始めた始めた began。三四郎三四郎 Sanshirō (name)は「偉大なる偉大なる great; mighty暗闇暗闇 darkness; void」が気にかかる気にかかる weigh on one's mindので、ノートのそばに文芸時評文芸時評 Literary Review (magazine)をあけたまま、筆記のあいまあいまに先生に知れない知れない not be known (to)ように読みだした読みだした began to read。先生はさいわい近眼近眼 nearsightedである。のみならずのみならず furthermore; moreover自己の自己の one's own講義講義 lectureのうちにぜんぜんぜんぜん completely; thoroughly埋没して埋没して be absorbed inいる。三四郎の不心得不心得 indiscretion; imprudenceにはまるで関係しない関係しない took no notice of。三四郎はいい気になって、こっちを筆記したり、あっちを読んだりしていったが、もともと二人でする事事 activityを一人で一人で by oneself兼ねる兼ねる find difficult; be unable to doむりな芸芸 feat; performanceだからしまいには「偉大なる暗闇」も講義の筆記も双方双方 both (sides)ともに関係がわからなくなった。ただ与次郎与次郎 Yojirō (name)の文章文章 writing; compositionが一句一句 one lineだけはっきり頭頭 head; mindにはいった。
「自然自然 natureは宝石宝石 gem; jewelを作る作る make; createに幾年幾年 a number of yearsの星霜星霜 years; timeを費やした費やした expended; consumedか。またこの宝石が採掘採掘 digging (for); miningの運運 fortune; luckにあうまでに、幾年の星霜を静かに静かに quietly輝やいて輝やいて glitter; sparkleいたか」という句句 line; verseである。その他他 others; rest (of something)は不得要領不得要領 vague; sketchyに終った終った ended; finished。その代りその代り on the other handこの時間時間 hour; (class) periodには stray sheep という字字 wordsを一つ一つ one (time)も書かず書かず without writingにすんだ。
「今晩今晩 tonight出席する出席する attend; take partだろうな」と与次郎が西片町西片町 Nishikatamachi (place name)へはいる横町横町 side street; laneの角角 cornerで立ち留まった立ち留まった came to a stop。今夜今夜 tonightは同級生同級生 classmatesの懇親会懇親会 social gathering; get-togetherがある。三四郎は忘れていた忘れていた had forgotten。ようやく思い出して思い出して recalled、行く行く go; attendつもりだと答えると、与次郎は、
「出るまえにちょっと誘ってくれ誘ってくれ call on (a person)。君君 youに話す話す discuss事事 matterがある」と言う言う said。耳耳 earのうしろへペン軸ペン軸 pen barrel; pen shaft (for fountain pens with detachable tips)をはさんでいる。なんとなく得意得意 proud; highly self-satisfiedである。三四郎は承知した承知した agreed (to do something)。
下宿下宿 dormitory; lodgingsへ帰って帰って return (to)、湯湯 bath (lit: hot water)にはいって、いい心持ち心持ち feeling; moodになって上がって上がって come up (out of the bath)みると、机机 desk; study tableの上上 top ofに絵はがき絵はがき picture postcardがある。小川小川 small river; streamをかいて、草草 grassをもじゃもじゃもじゃもじゃ in a scraggly mannerはやして、その縁縁 edgeに羊羊 sheepを二匹二匹 two (animals)寝かして寝かして lay down; lay (an animal) on its side、その向こう側向こう側 opposite sideに大きな大きな large男男 manがステッキステッキ walking stickを持って持って hold; carry立って立って standいるところを写した写した depictedものである。男の顔顔 faceがはなはだ獰猛獰猛 fierceness; truculenceにできている。まったく西洋の西洋の Western; occidental絵絵 picture; paintingにある悪魔悪魔 devilを模した模した copied; modeled afterもので、念のため念のため for good measure、わきにちゃんとデビルと仮名仮名 kanaが振って振って sprinkled aroundある。表表 front sideは三四郎三四郎 Sanshirō (name)の宛名宛名 name and addressの下下 belowに、迷える子迷える子 lost child (stray sheep)と小さく書いた小さく書いた written in small charactersばかりである。三四郎は迷える子の何者何者 who; what kind of personかをすぐ悟った悟った understood。のみならず、はがきの裏裏 back (side)に、迷える子を二匹書いて、その一匹一匹 one (animal)をあんにあんに implicitly自分自分 oneselfに見立てて見立てて liken (to something)くれたのをはなはだうれしく思った思った thought; considered。迷える子のなかには、美禰子美禰子 Mineko (name)のみではない、自分ももとよりはいっていたのである。それが美禰子のおもわくおもわく viewpoint; opinionであったとみえる。美禰子の使った使った used stray sheep の意味意味 meaningがこれでようやくはっきりした。
手ぎわ手ぎわ workmanship; quality of executionからいっても敬服敬服 admirationの至り至り utmost limit (of)である。諸事諸事 everything; all aspects明瞭に明瞭に clearly; vividlyでき上がってでき上がって be made; be finishedいる。よし子よし子 Yoshiko (Nonomiya's younger sister)のかいた柿柿 persimmonの木木 treeの比比 comparable (work)ではない。――と三四郎には思われた。
しばらくしてから、三四郎はようやく「偉大なる暗闇」を読みだした。じつはふわふわして読みだしたのであるが、二、三ページ二、三ページ two or three pagesくると、次第に次第に gradually釣り込まれる釣り込まれる be hooked; be drawn inように気が乗って気が乗って take interest in; become engaged inきて、知らず知らずのまに知らず知らずのまに without realizing; before one knows、五ページ五ページ five pages六ページ六ページ six pagesと進んで進んで advance; progress、ついに二十七ページ二十七ページ 27 pagesの長論文長論文 long piece; lengthy compositionを苦もなく苦もなく effortlessly片づけた片づけた polished off; finished。最後最後 final; lastの一句一句 sentence; lineを読了した読了した finished reading時時 time; moment、はじめてこれでしまいだなと気がついた。目目 eyesを雑誌雑誌 magazine; publicationから離して離して remove; lift (one's eyes from)、ああ読んだなと思った。
しかし次の次の next瞬間瞬間 moment; instantに、何何 whatを読んだかと考えてみると、なんにもない。おかしいくらいなんにもない。ただ大いに大いに a great dealかつ盛んに盛んに enthusiastically読んだ気がする。三四郎は与次郎の技倆技倆 ability; talentに感服した感服した be struck with admiration; be impressed。
論文論文 essay; compositionは現今現今 the present dayの文学者文学者 men of letters; literary scholarsの攻撃攻撃 attackに始まってに始まって began with ...、広田先生広田先生 Professor Hirotaの賛辞賛辞 praise; approbationに終ってに終って ended with ...いる。ことに文学文科文学文科 department of arts and literatureの西洋人西洋人 Westernerを手痛く手痛く severely; harshly罵倒して罵倒して disparage; heap abuse onいる。はやく適当の適当の appropriate; qualified日本人日本人 Japanese nationalを招聘して招聘して call up; summon、大学大学 university相当の相当の becoming of ...講義講義 lectureを開かなくっては開かなくっては unless one establishes、学問学問 scholarship; learningの最高最高 the pinnacle of府たる府たる represent大学も昔昔 long agoの寺子屋寺子屋 temple primary school (during the Edo period)同然同然 similar to; on the same level asのありさまになって、煉瓦石煉瓦石 brick and stoneのミイラミイラ mummyと選ぶところがない選ぶところがない present no better choice than; be no better thanようになる。もっとも人人 persons; personnelがなければしかたがないが、ここに広田先生がある。先生は十年一日十年一日 with constancy of purpose for ten (long) yearsのごとく高等学校高等学校 high school (equivalent to modern-day college)に教鞭を執って教鞭を執って teach school (lit: take up the whip of education)薄給薄給 meager salaryと無名無名 obscurity; anonymityに甘んじて甘んじて be content withいる。しかし真正の真正の genuine; authentic学者学者 scholarである。学海学海 the world of knowledgeの新気運新気運 new trend; new directionに貢献して貢献して contribute to; further (a cause)、日本の活社会活社会 real world; real lifeと交渉交渉 connection; affinityのある教授教授 professorを担任すべき担任すべき should be put in charge人物人物 personageである。――せんじ詰めるせんじ詰める boil down (to its essence)とこれだけであるが、そのこれだけが、非常に非常に very much; exceedinglyもっともらしいもっともらしい quite sensible; reasonable-sounding口吻口吻 manner of expressionと燦爛たる燦爛たる brilliant; resplendent警句警句 aphorismsとによって前後前後 approximately; more or less二十七ページ二十七ページ 27 pagesに延長して延長して stretch out (to)いる。
その中中 middle; midstには「禿禿 baldnessを自慢する自慢する take pride inものは老人老人 old manに限るに限る be limited to」とか「ヴィーナスヴィーナス Venus (Roman Goddess)は波波 wavesから生まれた生まれた be born ofが、活眼の活眼の shrewd; keen士士 gentlemanは大学から生まれない」とか「博士博士 man of learningを学界学界 academiaの名産名産 specialty product (of a place)と心得る心得る regard as; take forのは、海月海月 jellyfishを田子の浦田子の浦 Tago Bay (in Shizuoka Prefecture; famous for view of Mt Fuji)の名産と考える考える consider (to be)ようなものだ」とかいろいろおもしろい句句 phrases; passagesがたくさんある。しかしそれよりほかになんにもない。ことに妙なの妙なの odd thing; curious thingは、広田先生を偉大なる偉大なる great; mighty暗闇暗闇 darkness; voidにたとえたついでに、ほかの学者を丸行燈丸行燈 round lanternに比較して比較して compare to、たかだか方方 surrounding area二尺二尺 2 shaku (about 60 cm; about 2 feet)ぐらいの所所 place; spaceをぼんやり照らす照らす shine on; illuminateにすぎないなどと、自分自分 oneselfが広田から言われた言われた was toldとおりを書いて書いて writeいる。そうして、丸行燈だの雁首雁首 goose neck (pipe)などはすべて旧時代の旧時代の old-fashioned; outdated遺物遺物 relicで我々我々 we; us青年青年 young menにはまったく無用無用 of no use; unnecessaryであると、このあいだのとおりわざわざ断わって断わって reject; dismissある。
よく考えてみると、与次郎与次郎 Yojirō (name)の論文には活気活気 energy; vigorがある。いかにも自分一人で自分一人で all by oneself新日本新日本 the new Japanを代表して代表して represent; speak forいるようであるから、読んで読んで readいるうちは、ついその気気 feelingになる。けれどもまったく実実 meat (in a broth); substanceがない。根拠地根拠地 base of operationsのない戦争戦争 warfareのようなものである。のみならず悪く悪く in a negative light解釈する解釈する take in; interpretと、政略的の政略的の political意味意味 purpose; intentionもあるかもしれない書き方書き方 style of writingである。いなか者いなか者 country boyの三四郎三四郎 Sanshirō (name)にはてっきりてっきり for sure; with certaintyそこと気取る気取る sense; get wind ofことはできなかったが、ただ読んだあとで、自分の心心 mind; inner feelingsを探って探って probe intoみてどこかに不満足不満足 dissatisfaction; discontentがあるように覚えた覚えた was aware that ...。また美禰子美禰子 Mineko (name)の絵はがき絵はがき picture postcardを取って取って take; pick up、二匹二匹 two (animals)の羊羊 sheepと例の例の the aforementioned悪魔悪魔 devilをながめだした。するとこっちのほうは万事万事 all thingsが快感快感 agreeable feelings; pleasant sensationsである。この快感につれてまえの不満足はますます著しくなった著しくなった became conspicuous。それで論文の事の事 concerning ...はそれぎり考えなくなった。美禰子に返事返事 reply; responseをやろうと思う思う thought to。不幸にして不幸にして regrettably絵絵 picture; paintingがかけない。文章文章 writing; compositionにしようと思う。文章ならこの絵はがきに匹敵する匹敵する be equal to文句文句 words; (written) expressionでなくってはいけない。それは容易に容易に easily思いつけない。ぐずぐずしているうちに四時過ぎ四時過ぎ past four (o'clock)になった。
袴袴 man's formal pleated skirtを着けて着けて put on、与次郎与次郎 Yojirō (name)を誘いに誘いに to call on (a person)、西片町西片町 Nishikatamachi (place name)へ行く行く set out (for)。勝手口勝手口 kitchen door; side doorからはいると、茶の間茶の間 tea room; hearth roomに、広田先生広田先生 Professor Hirotaが小さな小さな small食卓食卓 dining tableを控えて控えて have (before one)、晩食晩食 dinnerを食って食って eatいた。そばに与次郎がかしこまってかしこまって with an air of profound respectお給仕お給仕 server; table helperをしている。
「先生どうですか」と聞いて聞いて askいる。
先生は何か何か something堅い堅い hard; solid; toughものをほおばったほおばった filled one's cheek withらしい。食卓の上上 top ofを見る見る look atと、袂時計袂時計 pocket watchほどな大きさ大きさ sizeの、赤くって赤くって red黒くって黒くって black、焦げた焦げた charred; scorchedものが十十 tenばかり皿皿 plate; dishの中中 middleに並んで並んで be laid out; be arrangedいる。
三四郎三四郎 Sanshirō (name)は座に着いた座に着いた seated himself; took a place。礼礼 greeting; salutationをする。先生は口をもがもがさせる口をもがもがさせる chew away (on something)。
「おい君君 youも一つ一つ one (thing)食ってみろ」と与次郎が箸箸 chopsticksで皿のものをつまんで出した出した held out; presented。掌掌 palm (of one's hand)へ載せて載せて place onみると、馬鹿貝馬鹿貝 bakagai (tough species of clam)の剥身剥身 shellfish removed from the shellの干した干した driedのをつけ焼にしたつけ焼にした broiled with soyのである。
三四郎三四郎 Sanshirō (name)は黙って黙って in silence; without speaking二人二人 two (people)の批評批評 criticism; commentaryを聞いて聞いて listen toいた。どっちの批評もふにおちないふにおちない struggle to comprehend; find difficult to accept。乱暴乱暴 wayward; unmanageableという言葉言葉 wordが、どうして美禰子美禰子 Mineko (name)の上にの上に in regard to; concerning使える使える can be used; can be applied (to)か、それからが第一第一 first of all不思議不思議 strange; curiousであった。
「ちょっと行ってまいります行ってまいります be off (to an outing)」と言う言う called out。先生先生 professorは黙って茶茶 teaを飲んで飲んで drinkいる。二人は表表 out frontへ出た出た came out (to)。表はもう暗い暗い dark。門門 gateを離れて離れて move away from二、三間二、三間 2 or 3 ken (about 5 meters; about 6 yards)来る来る come; advanceと、三四郎はすぐ話しかけた話しかけた addressed (another party); began to talk。
「先生は里見里見 Satomi (Mineko's family name)のお嬢さんお嬢さん daughter; young ladyを乱暴だと言ったね」
「君はあの人をイブセンイブセン Henrik Johan Ibsen (Norwegian Playwright, 1828 – 1906, whose works include A Doll's House)の人物人物 character; figureに似て似て resembleいると言ったじゃないか」
「言った」
「イブセンのだれに似ているつもりなのか」
「だれって……似ているよ」
三四郎はむろん納得しない納得しない was not convinced; could not agree。しかし追窮もしない追窮もしない didn't press (the matter) further。黙って一間一間 1 ken (about a meter; about a yard)ばかり歩いた歩いた walked。すると突然突然 suddenly与次郎がこう言った。
「イブセンの人物に似ているのは里見のお嬢さんばかりじゃない。今今 now; at presentの一般の一般の ordinary; average女性はみんな似ている。女性ばかりじゃない。いやしくもいやしくも even to a slight degree新しい新しい new; modern空気空気 air; atmosphereに触れた触れた touched; came into contact with男男 menはみんなイブセンの人物に似たところがある。ただ男も女もイブセンのように自由自由 free; as one pleases行動行動 conduct; behaviorを取らない取らない don't take up; don't engage inだけだ。腹のなかでは腹のなかでは deep down; down insideたいていかぶれてかぶれて react against (something)いる」
「ないとすれば、そのなかに生息して生息して live and breathいる動物動物 creaturesはどこかに不足不足 discontentを感じる感じる feel; perceiveわけだ。イブセンイブセン Henrik Johan Ibsen (Norwegian Playwright, 1828 – 1906, whose works include A Doll's House)の人物人物 character; figureは、現代社会制度現代社会制度 modern social systemの陥欠をもっとも明らかに明らかに clearly; evidently感じたものだ。我々我々 we; usもおいおいおいおい little by littleああなってくる」
と与次郎与次郎 Yojirō (name)は急に急に suddenly広田先生広田先生 Professor Hirotaをほめだした。三四郎三四郎 Sanshirō (name)は美禰子美禰子 Mineko (name)の性格性格 disposition; natureについてもう少しもう少し a little more議論議論 discussionの歩歩 progressを進めたかった進めたかった wanted to advance; wanted to take forwardのだが、与次郎のこの一言一言 few words; brief commentでまったくはぐらかされてはぐらかされて be evaded; be given the slipしまった。すると与次郎が言った。
「じつはきょう君に用用 business; matter of discussionがあると言ったのはね。――うん、それよりまえに、君あの偉大なる偉大なる great; mighty暗闇暗闇 darkness; voidを読んだ読んだ readか。あれを読んでおかないとぼくの用事用事 business; affairsが頭へはいりにくい頭へはいりにくい be hard to understand; be hard to follow」
「きょうあれから家へ帰って帰って return (home)読んだ」
「どうだ」
「先生はなんと言った」
「先生は読むものかね。まるで知りゃしない知りゃしない doesn't know; is unaware」
「それでたくさんだ。読んで景気景気 effect; reactionがつきさえすればいい。だから匿名匿名 assumed nameにしてある。どうせ今今 now; the presentは準備時代準備時代 time of preparationだ。こうしておいて、ちょうどいい時分時分 time; seasonに、本名を名乗って本名を名乗って use one's real name出る出る come out; appear。――それはそれとして、さっきの用事を話して話して tell (about); explainおこう」
与次郎与次郎 Yojirō (name)の用事用事 business; affairsというのはこうである。――今夜今夜 this eveningの会会 gathering; get-togetherで自分たちの自分たちの one's own (the students' own)科科 (academic) departmentの不振不振 stagnation; lethargyの事事 state; situationをしきりにしきりに often; repeatedly慨嘆する慨嘆する deplore; lamentから、三四郎三四郎 Sanshirō (name)もいっしょに慨嘆しなくってはいけないんだそうだ。不振は事実事実 truth; realityであるからほかの者者 personsも慨嘆するにきまっている。それから、おおぜいいっしょに挽回策挽回策 revitalization planを講ずる講ずる take measures; work out (a plan)こととなる。なにしろ適当な適当な suitable; appropriate日本人日本人 Japanese nationalを一人一人 one (person)大学大学 universityに入れる入れる bring into; recruitのが急務急務 pressing needだと言い出す言い出す bring up; propose。みんなが賛成する賛成する agree; support。当然当然 right; properだから賛成するのはむろんだ。次次 nextにだれがよかろうという相談相談 discussionに移る移る shift; transition (to)。その時時 time; occasion広田先生広田先生 Professor Hirotaの名名 nameを持ち出す持ち出す bring forth; offer up (for consideration)。その時三四郎は与次郎に口を添えて口を添えて support; second (a proposal)極力極力 to the utmost先生を賞賛しろ賞賛しろ praise; laudという話話 discussionである。そうしないと、与次郎が広田の食客食客 house guest; boarding studentだということを知って知って know; be aware ofいる者が疑い疑い distrust; misgivingsを起こさないともかぎらない起こさないともかぎらない it's possible that (someone) might stir up ...。自分は現に現に actually; in fact食客なんだから、どう思われて思われて be regarded; be looked onもかまわないが、万一万一 on the off chance that ...煩い煩い trouble; disturbanceが広田先生に及ぶ及ぶ extend toようではすまんことになる。もっともほかに同志同志 comradeが三、四人三、四人 3 or 4 peopleはいるから、大丈夫大丈夫 safe; alrightだが、一人でも味方味方 ally; supporterは多い多い many; numerousほうが便利便利 expedient; advantageousだから、三四郎もなるべくしゃべるにしくはないにしくはない it would be best to ...との意見意見 view; opinionである。さていよいよ衆議一決衆議一決 unanimous agreementの暁はの暁は on the occasion of; at the conclusion of、総代総代 representativeを選んで選んで elect; choose学長学長 deanの所所 place; officeへ行く行く go (to)、また総長総長 president of a universityの所へ行く。もっとも今夜中今夜中 (within) this eveningにそこまでは運ばないかもしれない運ばないかもしれない may not progress; may not advance。また運ぶ必要必要 necessityもない。そのへんは臨機応変臨機応変 adapting to circumstances; playing it by earである。……
与次郎はすこぶる能弁能弁 fluency of speech; eloquenceである。惜しい惜しい regrettable; unfortunateことにその能弁がつるつるしてつるつるして be slick; be slipperyいるので重み重み weight; gravityがない。あるところへゆくと冗談冗談 gag; jestをまじめに講義して講義して lecture (on)いるかと疑われる。けれども本来本来 essentially; in (and of) itselfが性質のいい性質のいい of good intent; worthy運動運動 movement; initiativeだから、三四郎もだいたいのうえにおいて賛成の意意 feelings; thoughtsを表した表した expressed。ただその方法方法 method; approachが少しく少しく slightly; to some degree細工に落ちて細工に落ちて lacking in tactおもしろくないと言った。その時与次郎は往来往来 street; roadのまん中まん中 middleへ立ち留まった立ち留まった came to a stop。二人二人 two (people)はちょうど森川町森川町 Morikawachō (place name)の神社神社 Shinto shrineの鳥居鳥居 torii (Shinto shrine gate)の前前 front ofにいる。
「細工に落ちる細工に落ちる lacking in tactというが、ぼくのやる事事 act; actionは自然の自然の natural手順手順 process; courseが狂わない狂わない not go out of order; remain on trackようにあらかじめ人力人力 human effort; manpowerで装置する装置する take care of; interveneだけだ。自然にそむいた没分暁の没分暁の foolish; ill-advised事を企てる企てる attempt; undertakeのとは質が違う質が違う is fundamentally different。細工だってかまわん。細工が悪い悪い bad; in poor formのではない。悪い細工が悪いのだ」
三四郎三四郎 Sanshirō (name)はぐうの音も出なかったぐうの音も出なかった was completely nonplussed。なんだか文句文句 objection; counterpointがあるようだけれども、口へ出てこない口へ出てこない couldn't give voice to; couldn't articulate。与次郎与次郎 Yojirō (name)の言いぐさ言いぐさ words; remarksのうちで、自分自分 oneselfがまだ考えていなかった考えていなかった hadn't considered部分部分 pieces; parts; pointsだけがはっきり頭頭 head; mindへ映って映って be reflectedいる。三四郎はむしろそのほうに感服した感服した be impressed (by)。
「それもそうだ」とすこぶる曖昧な曖昧な vague; ambiguous返事返事 reply; responseをして、また肩を並べて肩を並べて side by side; shoulder to shoulder歩きだした歩きだした began walking。正門正門 main gate (of the university)をはいると、急に急に suddenly目の前目の前 before one's eyesが広くなる広くなる widen; broaden。大きな大きな large建物建物 buildingsが所々所々 here and there; all aboutに黒く黒く darkly; in silhouette立って立って standいる。その屋根屋根 rooftopsがはっきり尽きる尽きる end; terminate所所 places; locationsから明らかな明らかな clear空空 skyになる。星星 starsがおびただしくおびただしく tremendously多い多い numerous。
「美しい美しい beautiful空だ」と三四郎が言った。与次郎も空を見ながら見ながら looking at、一間一間 1 ken (about 2 meters; about 2 yards)ばかり歩いた歩いた walked on。突然突然 suddenly、
「おい、君君 you (used here as form of address)」と三四郎を呼んだ呼んだ called to。三四郎はまたさっきの話話 discussionの続き続き continuationかと思って思って thought; assumed「なんだ」と答えた答えた answered; replied。
「君、こういう空を見てどんな感じ感じ feelingを起こす起こす evoke; awaken」
与次郎に似合わぬに似合わぬ unbecoming of; uncharacteristicことを言った。無限無限 infinityとか永久永久 eternityとかいう持ち合わせの持ち合わせの expected; anticipated答答 reply; responseはいくらでもあるが、そんなことを言うと与次郎に笑われる笑われる be mocked; be ridiculedと思って三四郎は黙って黙って remain silentいた。
「つまらんなあ我々我々 we; usは。あしたから、こんな運動運動 movement; initiativeをするのはもうやめにしようかしら。偉大なる偉大なる great; mighty暗闇暗闇 darkness; voidを書いて書いて write; composeもなんの役にも立ちそうにもないなんの役にも立ちそうにもない doesn't look to be of any use; serves no purpose」
「なぜ急にそんな事そんな事 that kind of thingを言いだしたのか」
「この空を見ると、そういう考えになる。――君、女女 womanにほれたほれた fall in loveことがあるか」
「恐ろしいものだ、ぼくも知って知って know; be aware ofいる」と三四郎三四郎 Sanshirō (name)も言った。すると与次郎が大きな声大きな声 loud voiceで笑いだした笑いだした laughed。静かな静かな quiet; still夜夜 evening; nightの中中 middle ofでたいへん高く聞こえる高く聞こえる rang out loudly。
「知りもしないくせに。知りもしないくせに」
三四郎は憮然としていた憮然としていた be dispirited。
「あすもよい天気天気 weatherだ。運動会運動会 athletic competition; field dayはしあわせだ。きれいな女がたくさん来る来る come; attend。ぜひ見にくる見にくる come and watchがいい」
暗い暗い dark中を二人二人 two (people)は学生学生 student集会所集会所 meeting place; assembly hallの前前 front ofまで来た来た came (to)。中には電燈電燈 electric lightsが輝いて輝いて shineいる。
木造木造 woodenの廊下廊下 hallwayを回って回って make a round (through)、部屋部屋 roomへはいると、そうそうそうそう early; promptly来た者者 personsは、もうかたまっている。そのかたまりが大きい大きい largeのと小さい小さい smallのと合わせて合わせて in total三つ三つ three (things)ほどある。なかには無言で無言で in silence備え付けの備え付けの provided; available (on the premises)雑誌雑誌 magazinesや新聞新聞 newspaperを見ながら、わざと列列 formationを離れて離れて remove oneself fromいるのもある。話話 conversationは方々方々 here and there; all aroundに聞こえる聞こえる could be heard。話の数数 numberはかたまりの数より多い多い numerousように思われる思われる seem。しかしわりあいにおちついて静かである。煙草煙草 tobacco; cigaretteの煙煙 smokeのほうが猛烈に猛烈に energetically; with spirit立ち上る立ち上る rise up。
そのうちだんだん寄って来る寄って来る gather; assemble。黒い黒い black; dark影影 figures; formsが闇闇 darknessの中から吹きさらしの吹きさらしの drafty; exposed to the wind廊下の上上 surfaceへ、ぽつりとぽつりと little by little; intermittently現われる現われる appearと、それが一人一人一人一人 one by oneに明るくなって明るくなって be illuminated; step out of the darkness、部屋の中へはいって来る。時には時には sometimes; on occasion五、六人五、六人 five or six (people)続けて続けて in succession; in a row、明るくなることもある。が、やがて人数人数 (the expected) number of peopleはほぼそろった。
与次郎は、さっきから、煙草の煙の中を、しきりにあちこちと往来して往来して move back and forthいた。行く行く go (to)所所 place; locationで何か何か something小声小声 low voice; whisperに話している。三四郎は、そろそろ運動運動 movement; initiativeを始めた始めた set about (doing); embarked (on)なと思ってながめていた。
しばらくすると幹事幹事 secretary; coordinatorが大きな声で、みんなに席へ着け席へ着け be seated; take a seatと言う。食卓食卓 dining tableはむろん前から用意ができて用意ができて be preparedいた。みんな、ごたごたにごたごたに in confusion; all in a muddle席へ着いた。順序順序 order; procedureもなにもない。食事食事 dinner; the mealは始まった。
三四郎三四郎 Sanshirō (name)は熊本熊本 Kumamoto (place name; Sanshirō's home region)で赤酒赤酒 red sakéばかり飲んで飲んで drinkいた。赤酒というのは、所所 locale; regionでできる下等な下等な inferior; low grade酒酒 sakéである。熊本の学生学生 studentsはみんな赤酒を飲む。それが当然当然 a given; a matter of courseと心得て心得て regard as; take forいる。たまたまたまたま occasionally; once in a while飲食店飲食店 restaurantへ上がれば上がれば enter (up into)牛肉屋牛肉屋 beef houseである。その牛肉屋の牛牛 beefが馬肉馬肉 horse meatかもしれないという嫌疑嫌疑 doubt; suspicionがある。学生は皿皿 dish; plateに盛った盛った be piled肉肉 meatを手づかみにして手づかみにして grab (in one's hand)、座敷座敷 (dining) room; parlorの壁壁 wallへたたきつけるたたきつける slap onto。落ちれば落ちれば fall off牛肉で、ひっつけば馬肉だという。まるで呪呪 magical riteみたような事事 act; actionをしていた。その三四郎にとって、こういう紳士的な紳士的な gentlemanly; formal学生親睦会親睦会 social gathering; get-togetherは珍しい珍しい unusual; novel。喜んで喜んで with pleasureナイフとフォークを動かして動かして wield; workいた。そのあいだにはビールをさかんに飲んだ。
「学生集会所集会所 meeting place; assembly hallの料理料理 food; cookingはまずいですね」と三四郎に隣隣 next to; adjacent (place)にすわった男男 fellowが話しかけた話しかけた addressed (a person); struck up conversation。この男は頭頭 headを坊主坊主 crew cut; close-cropped hair (lit: Buddhist priest)に刈って刈って cut、金縁の金縁の gold-rimmed眼鏡眼鏡 glassesをかけたおとなしい学生であった。
「そうですな」と三四郎は生返事生返事 vague answer; half-hearted replyをした。相手相手 the other partyが与次郎与次郎 Yojirō (name)なら、ぼくのようないなか者いなか者 country boy; provincial typeには非常に非常に extremely; exceedinglyうまいと正直な正直な honestところをいうはずであったが、その正直がかえって皮肉皮肉 sarcasmに聞こえる聞こえる sound like; be taken asと悪い悪い no good; unbecomingと思って思って thought; consideredやめにした。するとその男が、
「君君 youはどこの高等学校高等学校 high school (equivalent to modern-day college)ですか」と聞きだした。
「熊本です」
「熊本ですか。熊本にはぼくの従弟従弟 cousinもいたが、ずいぶんひどい所だそうですね」
「野蛮な野蛮な barbaric; uncultured所です」
二人二人 two (people)が話していると、向こう向こう further offの方方 directionで、急に急に suddenly高い声高い声 loud voices; shrill voicesがしだした。見る見る lookと与次郎が隣席隣席 adjacent seats; surrounding seatsの二、三人二、三人 several peopleを相手に、しきりに何か何か something弁じて弁じて speak of; talk onいる。時々時々 occasionally; from time to timeダーターファブラダーターファブラ Latin phrase 'de te fabula' from Horace's Satires. Broader meaning: don't laugh - change the names and the story applies to you.と言う言う said。なんの事だかわからない。しかし与次郎の相手は、この言葉言葉 words; phraseを聞くたびに笑いだす笑いだす break out laughing。与次郎はますます得意になって得意になって be on a roll; be in high spirits、ダーターファブラ我々我々 we; us新時代新時代 new ageの青年青年 young menは……とやっている。三四郎の筋向こう筋向こう diagonally oppositeにすわっていた色の白い色の白い fair-complexioned; pale品のいい品のいい refined学生が、しばらくナイフの手手 handを休めて休めて idle; give a rest、与次郎の連中連中 party; groupをながめていたが、やがて笑いながら Il a le diable au corps(悪魔悪魔 devilが乗り移って乗り移って possessいる)と冗談半分に冗談半分に half jokinglyフランス語フランス語 French (language)を使った使った used。向こうの連中にはまったく聞こえなかったとみえて、この時時 time; momentビールのコップが四つ四つ four (things)ばかり一度に一度に together; simultaneously高く上がった上がった rose up。得意そうに祝盃をあげて祝盃をあげて drink a toastいる。
「ぼくはいつか、あの人に淀見軒淀見軒 Yodomiken (shop in Hongō with restaurant in rear)でライスカレーライスカレー curry riceをごちそうになった。まるで知らない知らない not know; not be acquainted withのに、突然突然 suddenly来て来て approach、君君 you (used here as form of address)淀見軒へ行こう行こう let's goって、とうとう引っ張っていって引っ張っていって took to; dragged along to……」
学生はハハハと笑った笑った laughed。三四郎は、淀見軒で与次郎与次郎 Yojirō (name)からライスカレーをごちそうになったものは自分自分 oneselfばかりではないんだなと悟った悟った learned; became aware of。
やがてコーヒーが出る出る be served。一人一人 one (person)が椅子を離れて立った椅子を離れて立った rose from (his) seat。与次郎が激しく激しく vigorously手をたたく手をたたく clap; applaudと、ほかの者者 personsもたちまち調子を合わせた調子を合わせた joined in; followed suit。
立った者は、新しい新しい new黒の黒の black制服制服 uniformを着て着て wear、鼻鼻 noseの下下 belowにもう髭髭 mustacheをはやしている。背がすこぶる高い背がすこぶる高い be exceedingly tall。立つには恰好のよい恰好のよい of fine form; imposing男男 fellowである。演説演説 speech; addressめいためいた having the air of; seeming to beことを始めた始めた began。
我々我々 we; usが今夜今夜 this evening; tonightここへ寄って寄って gather; come together、懇親懇親 friendship; camaraderieのために、一夕一夕 one eveningの歓歓 enjoymentをつくすつくす use to its utmost; partake fully ofのは、それ自身自身 itselfにおいて愉快な愉快な joyous; happy事事 act; happeningであるが、この懇親が単に単に simply社交社交 socializing上上 regarding; with respect toの意味意味 meaningばかりでなく、それ以外に以外に in addition to一種一種 a kind; a type重要な重要な important; momentous影響影響 influence; impactを生じうる生じうる might give rise toと偶然ながら偶然ながら by chance; unexpectedly気がついたら気がついたら took notice of自分は立ちたくなった。この会合会合 gathering; assemblyはビールに始まってコーヒーに終って終って end; finishいる。まったく普通の普通の commonplace; ordinary会合である。しかしこのビールを飲んで飲んで drinkコーヒーを飲んだ四十人四十人 forty (people)近く近く nearly ...の人間人間 peopleは普通の人間ではない。しかもそのビールを飲み始めてからコーヒーを飲み終るまでのあいだに、すでに自己の自己の one's own運命運命 fate; destinyの膨脹膨脹 expansion; growthを自覚しえた自覚しえた were able to awaken to。
政治政治 politicsの自由自由 freedomを説いた説いた urged; argued forのは昔昔 long agoの事である。言論言論 speech; expressionの自由を説いたのも過去過去 pastの事である。自由とは単にこれらの表面表面 surfaceにあらわれやすい事実事実 truths; actualitiesのために専有されべき専有されべき should be occupied; should be monopolized言葉言葉 word; phraseではない。我ら我ら we; us新時代新時代 new ageの青年青年 young menは偉大なる偉大なる great; mighty心心 mind; spiritの自由を説かねばならぬ時運時運 critical time; pivotal momentに際会した際会した have met; have come face to face (with)と信ずる信ずる believe。
我々我々 we; usは古き古き old; antiquated日本日本 Japanの圧迫圧迫 pressure; oppressionに堪ええぬ堪ええぬ cannot endure青年青年 young menである。同時に同時に at the same time新しき新しき new; modern西洋西洋 the West; the Occidentの圧迫にも堪ええぬ青年であるということを、世間世間 the world; societyに発表せねばいられぬ発表せねばいられぬ must announce (to)状況状況 situation; state of affairsのもとに生きて生きて be livingいる。新しき西洋の圧迫は社会社会 societyの上においての上において with respect to; in relation toも文芸文芸 literatureの上においても、我ら新時代新時代 new ageの青年にとっては古き日本の圧迫と同じく、苦痛苦痛 pain; burdenである。
我々は西洋の文芸を研究する研究する study; research者者 personsである。しかし研究はどこまでも研究である。その文芸のもとに屈従する屈従する submit; become subservientのとは根本的に根本的に fundamentally相違相違 different; dissimilarがある。我々は西洋の文芸にとらわれんがためにとらわれんがために in order to be slave to; in order to be shackled by (= 囚われるために)、これを研究するのではない。とらわれたるとらわれたる are slave to; are shackled by心心 hearts; mindsを解脱せしめんがために解脱せしめんがために in order to emancipate、これを研究しているのである。この方便方便 means; methodに合せざる合せざる doesn't fit with; can't conform to文芸はいかなる威圧威圧 coercionのもとにしいらるるしいらるる be forced uponとも学ぶ学ぶ study; take lessons in事事 act; actionをあえてせざるあえてせざる boldly refuse (to do)の自信自信 confidenceと決心決心 determinationとを有して有して possess; be endowed withいる。
我々はこの自信と決心とを有するの点点 pointにおいて普通の普通の ordinary人間人間 peopleとは異なって異なって be different (from)いる。文芸は技術技術 craft; techniqueでもない、事務事務 business matters; administrative dutiesでもない。より多くより多く more (than other things)人生人生 human life; human existenceの根本義根本義 fundamental meaningに触れた触れた touch on; deal with社会の原動力原動力 motive power; driving forceである。我々はこの意味意味 meaning; significanceにおいて文芸を研究し、この意味において如上の如上の the aforementioned自信と決心とを有し、この意味において今夕今夕 this eveningの会合会合 gathering; assemblyに一般一般 ordinary; average以上以上 more than; above and beyondの重大なる重大なる important; momentous影響影響 effect; impactを想見する想見する imagine; envisionのである。
社会は激しく激しく violently; intensely動きつつある動きつつある is in motion。社会の産物たる産物たる is a product (of)文芸もまた動きつつある。動く勢い勢い vigor; forceに乗じてに乗じて taking advantage of; seizing the opportunity of、我々の理想理想 idealsどおりに文芸を導く導く guide; leadためには、零細なる零細なる small; insignificant個人個人 individualsを団結して団結して unite; bring together、自己の自己の one's own運命運命 fate; destinyを充実し充実し improve; enhance発展し発展し develop; extend膨脹しなくてはならぬ膨脹しなくてはならぬ must expand; must grow。今夕のビールとコーヒーは、かかるかかる concern; involve隠れたる隠れたる lie hidden; be dormant目的目的 goal; objectiveを、一歩一歩 one step前前 forwardに進めた進めた advanced; furthered点において、普通のビールとコーヒーよりも百倍百倍 a hundred times以上の価価 valueある尊き尊き precious; exaltedビールとコーヒーである。
演説演説 speech; addressの意味意味 meaning; gistはざっとこんなものである。演説が済んだ済んだ finished; ended時時 time; moment、席席 seatにあった学生学生 studentsはことごとくことごとく one and all喝采した喝采した applauded; cheered。三四郎三四郎 Sanshirō (name)はもっとも熱心なる熱心なる enthusiastic; passionate喝采者喝采者 people applauding (something)の一人一人 one (person)であった。すると与次郎与次郎 Yojirō (name)が突然突然 suddenly立った立った stood up; rose。
「ダーターファブラダーターファブラ Latin phrase 'de te fabula' from Horace's Satires. Broader meaning: don't laugh - change the names and the story applies to you.、シェクスピヤシェクスピヤ Shakespeareの使った使った used字数字数 number of wordsが何万字何万字 how many ten thousands (of words)だの、イブセンイブセン Henrik Johan Ibsen (Norwegian Playwright, 1828 – 1906, whose works include A Doll's House)の白髪白髪 gray hairsの数数 numberが何千本何千本 how many thousandsだのと言ってたって言ってたって even if one can sayしかたがない。もっともそんなばかげた講義講義 lectureを聞いた聞いた listen toってとらわれるとらわれる be caught up in; be taken with気づかい気づかい worry; concernはないから大丈夫大丈夫 don't worry (about that)だが、大学大学 universityに気の毒気の毒 is unbecoming of; is an affront toでいけない。どうしても新時代新時代 new ageの青年青年 young menを満足させる満足させる satisfyような人間人間 personageを引っ張って来なくっちゃ引っ張って来なくっちゃ must go out and recruit。西洋人西洋人 Westernerじゃだめだ。第一第一 first of all幅がきかない幅がきかない have no influence; have no clout。……」
満堂満堂 the whole audienceはまたことごとく喝采した。そうしてことごとく笑った笑った laughed。与次郎の隣隣 next to; neighboring (place)にいた者者 personが、
「ダーターファブラのために祝盃をあげよう祝盃をあげよう raise a toast」と言いだした。さっき演説をした学生がすぐに賛成した賛成した seconded (an idea)。あいにくビールがみな空空 emptyである。よろしいと言って与次郎はすぐ台所台所 kitchenの方方 directionへかけて行ったかけて行った went running。給仕給仕 serving staffが酒酒 sakéを持って出る持って出る brought; came out with。祝盃をあげるやいなや、
「もう一つ。今度今度 this timeは偉大なる偉大なる great; mighty暗闇暗闇 darkness; voidのために」と言った者がある。与次郎の周囲周囲 proximityにいた者は声を合して声を合して in unison、アハハと笑った。与次郎は頭をかいて頭をかいて scratch one's head (in thought)いる。
あくる日あくる日 the next dayは予想のごとく予想のごとく as predicted好天気好天気 fine weatherである。今年今年 this yearは例年例年 usual; typical (year)より気候気候 weatherがずっとゆるんでいるゆるんでいる be mild (weather)。ことさらきょうは暖かい暖かい warm。三四郎三四郎 Sanshirō (name)は朝朝 morningのうち湯湯 bathに行った行った went to。閑人閑人 person of leisure; person with time to killの少ない少ない few世の中世の中 world; society; timesだから、午前午前 morningはすこぶるすいている。三四郎は板の間板の間 wooden-floored room; bathhouse changing roomにかけてある三越三越 Mitsukoshi (dry goods store; later department store)呉服店呉服店 dry goods storeの看板看板 signboard; advertisementを見た見た saw。きれいな女女 womanがかいてある。その女の顔顔 faceがどこか美禰子美禰子 Mineko (name)に似て似て resembleいる。よく見ると目つき目つき expression (of the eyes)が違って違って differentいる。歯並歯並 teethがわからない。美禰子の顔でもっとも三四郎を驚かした驚かした impressed upon; struckものは目つきと歯並である。与次郎与次郎 Yojirō (name)の説説 opinionによると、あの女は反っ歯反っ歯 buck teethの気味気味 a touch of; a shade ofだから、ああしじゅう歯歯 teethが出る出る be visibleんだそうだが、三四郎にはけっしてそうは思えないそうは思えない didn't think so。……
三四郎は湯につかってこんな事こんな事 these kinds of thingsを考えて考えて think about; contemplateいたので、からだのほうはあまり洗わずに洗わずに without washing出た出た came out; emerged。ゆうべから急に急に suddenly新時代新時代 new ageの青年青年 young manという自覚自覚 consciousness; self awarenessが強くなった強くなった had grown strongerけれども、強いのは自覚だけで、からだのほうはもとのままである。休み休み day offになるとほかの者者 personsよりずっと楽にして楽にして take it easyいる。きょうは昼昼 noonから大学大学 universityの陸上陸上 track and field (events)運動会運動会 athletic meetを見に行く気気 inclinationである。
三四郎は元来元来 essentially; by natureあまり運動好き運動好き athletic; physically activeではない。国国 one's home countryにいるとき兎狩り兎狩り rabbit huntingを二、三度二、三度 several timesしたことがある。それから高等学校高等学校 high school (equivalent to modern-day college)の端艇競漕端艇競漕 rowing competitionの時時 time; occasionに旗振り旗振り flagman; starter (race)の役役 role; dutyを勤めた勤めた served asことがある。その時青青 greenと赤赤 redと間違えて間違えて mix up; mistake振って振って waveたいへん苦情苦情 complaint; grievanceが出た。もっとも決勝決勝 finals (competition)の鉄砲鉄砲 gunを打つ打つ fire (a gun)係り係り person in chargeの教授教授 professorが鉄砲を打ちそくなった打ちそくなった failed to fire。打つには打ったが音音 soundがしなかった。これが三四郎のあわてた原因原因 causeである。それより以来それより以来 since then; since that time三四郎は運動会へ近づかなかった近づかなかった stayed away from。しかしきょうは上京上京 coming to Tōkyō以来はじめての競技会競技会 (athletic) competitionだから、ぜひ行ってみるつもりである。与次郎与次郎 Yojirō (name)もぜひ行ってみろと勧めた勧めた advised; encouraged (to do)。与次郎の言うところによるとの言うところによると according to ...競技より女のほうが見にゆく価値価値 value; meritがあるのだそうだ。女のうちには野々宮野々宮 Nonomiya (name)さんの妹妹 (younger) sisterがいるだろう。野々宮さんの妹といっしょに美禰子もいるだろう。そこへ行って、こんちわとかなんとか挨拶挨拶 greeting; salutationをしてみたい。
昼過ぎ昼過ぎ afternoonになったから出かけた出かけた departed; set out。会場会場 venue; event siteの入口入口 entranceは運動場運動場 athletic groundsの南南 south (side)のすみにある。大きな大きな large日の丸日の丸 Japanese flagとイギリスの国旗国旗 national flagが交差してある交差してある were displayed together。日の丸は合点がいく合点がいく made perfect senseが、イギリスの国旗はなんのためだかわからない。三四郎三四郎 Sanshirō (name)は日英同盟日英同盟 Anglo-Japanese Alliance (first established in 1902)のせいかとも考えた考えた thought; considered。けれども日英同盟と大学大学 universityの陸上陸上 track and field (event)運動会運動会 athletic meetとは、どういう関係関係 connectionがあるか、とんと見当がつかなかったとんと見当がつかなかった had not the slightest idea。
運動場は長方形長方形 rectangularの芝生芝生 lawnである。秋秋 autumnが深い深い be deep intoので芝芝 grassの色色 colorがだいぶさめている。競技競技 competitionを見る見る watch; view所所 placeは西側西側 west sideにある。後後 behind; (in) backに大きな築山築山 artificial hill; bermをいっぱいに控えて控えて hold; support、前前 frontは運動場の柵柵 fenceで仕切られた仕切られた be partitioned off中中 middleへ、みんなを追い込む追い込む drive into; corralしかけしかけ contrivance; setupになっている。狭い狭い narrow; confinedわりに見物人見物人 spectators; onlookersが多い多い numerousのではなはだ窮屈窮屈 constrained; uncomfortableである。さいわい日和日和 weatherがよいので寒くはない寒くはない wasn't cold。しかし外套外套 coatを着て着て wearいる者者 peopleがだいぶある。その代りその代り on the other hand; at the same time傘傘 parasolをさして来た来た came; arrived女女 women; young ladiesもある。
三四郎が失望した失望した was disappointedのは婦人席婦人席 ladies' (seating) sectionが別別 separateになっていて、普通の普通の general; common人間人間 peopleには近寄れない近寄れない can't approachことであった。それからフロックコートや何か何か something着た偉そうな偉そうな distinguished-looking男男 menがたくさん集って集って be gathered、自分自分 oneselfが存外存外 to an unexpected degree幅のきかない幅のきかない unimportant; lacking in influenceようにみえたことであった。新時代新時代 new ageの青年青年 young manをもってみずからおる三四郎は少し少し a little; a bit小さくなって小さくなって feel diminished; be brought down (a level)いた。それでも人人 personと人との間間 space; gapから婦人席の方方 directionを見渡す見渡す look over; surveyことは忘れなかった忘れなかった didn't forget。横横 sideからだからよく見えないが、ここはさすがにきれいである。ことごとく着飾って着飾って dress up; be finely dressedいる。そのうえ遠距離遠距離 considerable distanceだから顔顔 facesがみんな美しい美しい beautiful。その代りその代り on the other handだれが目立って目立って notably; exceptionally美しいということもない。ただ総体総体 the wholeが総体として美しい。女が男を征服する征服する overcome; subjugate色色 (pleasant) appearanceである。甲の女甲の女 one woman ...が乙の女乙の女 ... another womanに打ち勝つ打ち勝つ prevail over; triumph over色ではなかった。そこで三四郎はまた失望した。しかし注意したら注意したら pay attention、どこかにいるだろうと思って思って thought; considered、よく見渡すと、はたして前列前列 front rowのいちばん柵に近い所に二人二人 two (people)並んで並んで be side by side; be togetherいた。
三四郎三四郎 Sanshirō (name)は目のつけ所目のつけ所 point of interestがようやくわかったので、まず一段落一段落 achievement of the first step; completion of an initial task告げた告げた signaled; markedような気気 feelingで、安心して安心して relax; feel relievedいると、たちまち五、六人五、六人 five or six (people)の男男 menが目の前に目の前に before one's eyes飛んで出た飛んで出た came flying (into view)。二百メートル二百メートル 200 meterの競走競走 raceが済んだ済んだ finishedのである。決勝点決勝点 finish lineは美禰子美禰子 Mineko (name)とよし子よし子 Yoshiko (Nonomiya's younger sister)がすわっている真正面真正面 right in front ofで、しかも鼻の先鼻の先 right before one's noseだから、二人二人 two (people)を見つめて見つめて gaze atいた三四郎の視線視線 line of sight; field of viewのうちにはぜひともこれらの壮漢壮漢 valiant contendersがはいってくる。五、六人はやがて一二、三人一二、三人 twelve or thirteen (people)にふえた。みんな呼吸をはずませて呼吸をはずませて be short of breathいるようにみえる。三四郎はこれらの学生学生 studentsの態度態度 manner; dispositionと自分の自分の one's own態度とを比べて比べて compareみて、その相違相違 dissimilarityに驚いた驚いた was surprised (by)。どうして、ああ無分別に無分別に recklessly; with abandonかける気気 inclinationになれたものだろうと思った思った wondered。しかし婦人婦人 ladies連連 party; company ofはことごとく熱心に熱心に enthusiastically; intently見ている。そのうちでも美禰子とよし子はもっとも熱心らしい。三四郎は自分も無分別にかけてみたくなった。一番一番 number one; firstに到着した到着した finished (the race)者者 personが、紫紫 purpleの猿股猿股 shortsをはいて婦人席の方方 directionを向いて向いて face; turn (toward)立って立って standいる。よく見ると昨夜昨夜 the prior eveningの親睦会親睦会 social gathering; get-togetherで演説演説 speech; addressをした学生に似て似て resembleいる。ああ背が高くてはああ背が高くては being that tall一番になるはずである。計測係り計測係り official in charge of measurementが黒板黒板 blackboardに二十五秒七四二十五秒七四 25.74 secondsと書いた書いた wrote; recorded。書き終って書き終って after recording、余りの余りの excess; left over白墨白墨 chalkを向こうへなげて、こっちを向いたところを見ると野々宮野々宮 Nonomiya (name)さんであった。野々宮さんはいつになくいつになく unusually; uncharacteristicallyまっ黒なまっ黒な solid blackフロックフロック frock coatを着て着て wear、胸胸 chestに係り員係り員 official (staff)の徽章徽章 badgeをつけて、だいぶ人品がいい人品がいい looking sharp。ハンケチを出して出して take out、洋服洋服 coat (Western clothing)の袖袖 sleeveを二、三度二、三度 several timesはたいたはたいた dusted offが、やがて黒板を離れて離れて move away from、芝生芝生 lawn; grassの上上 top ofを横切って来た横切って来た cut across; traversed。ちょうど美禰子とよし子のすわっているまん前まん前 directly in front ofの所所 placeへ出た出た appeared。低い低い low柵柵 fenceの向こう側向こう側 other side; opposite sideから首首 headを婦人席の中中 insideへ延ばして延ばして leaned forward (with)、何か何か something言って言って say; commentいる。美禰子は立った。野々宮さんの所まで歩いてゆく歩いてゆく walked over to。柵の向こうとこちらで話話 conversationを始めた始めた beganように見える。美禰子は急に急に suddenly振り返った振り返った turned around; looked back。うれしそうな笑い笑い smile; grinにみちた顔顔 faceである。三四郎は遠くから遠くから from a distance一生懸命に一生懸命に with utmost effort二人を見守って見守って watch attentively; observeいた。すると、よし子が立った。また柵のそばへ寄って行く寄って行く approached。二人が三人三人 three (people)になった。芝生の中では砲丸投げ砲丸投げ shot putが始まった。
砲丸投げ砲丸投げ shot putほど力力 powerのいるものはなかろう。力のいるわりにこれほどおもしろくないものもたんとないたんとない few; not many (たんと = たくさん)。ただ文字どおり文字どおり exactly as stated砲丸砲丸 shot (cannon ball)を投げる投げる throwのである。芸芸 skill; techniqueでもなんでもない。野々宮野々宮 Nonomiya (name)さんは柵柵 fenceの所所 spot; placeで、ちょっとこの様子様子 scene; situationを見て見て look at; watch笑って笑って laughいた。けれども見物見物 watching; viewingのじゃまになると悪い悪い not good; in poor formと思った思った thought; consideredのであろう。柵を離れて離れて move away from芝生芝生 grass; lawnの中中 middleへ引き取った引き取った withdrew (to)。二人二人 two (people)の女女 women; young ladiesも、もとの席席 seatsへ復した復した returned (to)。砲丸は時々時々 from time to time投げられている。第一第一 first off; for one thingどのくらい遠く遠く distantまでゆくんだか、ほとんど三四郎三四郎 Sanshirō (name)にはわからない。三四郎はばかばかしくなった。それでも我慢して我慢して have patience; persevere立って立って standいた。ようやくのことで片がついた片がついた was finished; was wrapped upとみえて、野々宮さんはまた黒板黒板 blackboardへ十一メートル三八十一メートル三八 11.38 metersと書いた書いた wrote; recorded。
それからまた競走競走 raceがあって、長飛び長飛び long jumpがあって、その次次 nextには槌投げ槌投げ hammer throwが始まった始まった started。三四郎はこの槌投げにいたって、とうとう辛抱辛抱 patience; enduranceがしきれなくなった。運動会運動会 athletic competition; field dayはめいめいめいめい one by one; individuallyかってに開く開く hold; conductべきものである。人人 people; a personに見せべき見せべき should be shown (to)ものではない。あんなものを熱心に熱心に enthusiastically; intently見物する女はことごとく間違って間違って be unreasonable; be irrationalいるとまで思い込んで思い込んで conclude; be convinced、会場会場 venue; event siteを抜け出して抜け出して slip away from、裏裏 back sideの築山築山 artificial hill; bermの所まで来た来た came (to)。幕幕 curtain; tarpが張って張って stretch; suspendあって通れない通れない could not pass (through)。引き返して引き返して turn back; retrace one's steps砂利砂利 gravelの敷いて敷いて spreadある所を少し少し a little; a bit来ると、会場から逃げた逃げた stole away (from)人がちらほらちらほら here and there; in twos and threes歩いて歩いて walk; strollいる。盛装した盛装した lavishly dressed婦人婦人 ladiesも見える。三四郎はまた右右 rightへ折れて折れて turned (toward)、爪先上り爪先上り ascending pathを丘丘 hill; heightのてっぺんまで来た。道道 pathはてっぺんで尽きて尽きて run out; come to an endいる。大きな大きな large石石 boulderがある。三四郎はその上上 top ofへ腰をかけて腰をかけて sit down; seat oneself、高い高い tall; high崖崖 cliffの下下 below; beneathにある池池 pondをながめた。下の運動会場でわあというおおぜいの声声 (sound of) voicesがする。
三四郎はおよそ五分五分 five minutesばかり石へ腰をかけたままぼんやりしていた。やがてまた動く動く move; set out気気 inclinationになったので腰を上げて腰を上げて get up (from sitting)、立ちながら靴靴 shoesの踵踵 heelsを向け直す向け直す turn; shiftと、丘の上りぎわ上りぎわ initial rise (start of a slope)の、薄く薄く thinly; faintly色づいた色づいた colored紅葉紅葉 maple leavesの間間 interval; midstに、さっきの女の影影 shape; formが見えた。並んで並んで side by side; together丘の裾裾 skirt; foot (of a hill)を通る。
三四郎三四郎 Sanshirō (name)は上上 aboveから、二人二人 two (people)を見おろして見おろして look down onいた。二人は枝枝 branchesの隙隙 gap; space (between)から明らかな明らかな clear; bright日向日向 sunlightへ出て来た出て来た emerged (into)。黙って黙って remain quietいると、前前 aheadを通り抜けて通り抜けて pass through; pass onしまう。三四郎は声をかけよう声をかけよう call out toかと考えた考えた considered。距離距離 distanceがあまり遠すぎる遠すぎる too far。急いで急いで hurriedly二、三歩二、三歩 several steps芝芝 grassの上を裾裾 skirt; foot (of a hill)の方方 directionへ降りた降りた descended。降り出す降り出す begin to descendといいぐあいに女女 young ladiesの一人一人 one (person)がこっちを向いて向いて turn (toward)くれた。三四郎はそれでとまった。じつはこちらからあまりごきげんをとりたくないごきげんをとりたくない was not in the mood to curry favor with。運動会運動会 athletic competition; field dayが少し少し a little; a bit癪にさわって癪にさわって chafe at; irritateいる。
「あんな所所 place; locationに……」とよし子よし子 Yoshiko (Nonomiya's younger sister)が言いだした言いだした spoke out; spoke up。驚いて驚いて in surprise笑って笑って smile; laughいる。この女はどんな陳腐な陳腐な commonplaceものを見ても珍しそう珍しそう taking great interest; finding fascinationな目つき目つき (facial) expressionをするように思われる思われる seemed to ...。その代りその代り at the same time; on the other hand、いかな珍しいものに出会って出会って come across; encounterも、やはり待ち受けて待ち受けて wait for; expectいたような目つきで迎える迎える greetかと想像される想像される (it) could be imagined that ...。だからこの女に会う会う meet; encounterと重苦しい重苦しい heavy; oppressiveところが少しもなくって、しかもおちついた感じ感じ feelingが起こる起こる occur; come about。三四郎は立ったまま立ったまま still standing、これはまったく、この大きな大きな large、常に常に always; constantlyぬれている、黒い黒い black眸眸 pupilsのおかげだと考えた。
美禰子美禰子 Mineko (name)も留まった留まった stopped。三四郎を見た。しかしその目はこの時時 time; occasionにかぎって何物をも訴えていなかった何物をも訴えていなかった made no appeal; communicated no discord。まるで高い高い tall木木 treeをながめるような目であった。三四郎は心心 heart; mindのうちで、火火 fire; flameの消えた消えた gone out; extinguishedランプを見る心持ち心持ち feelingがした。もとの所に立ちすくんでいる。美禰子も動かない動かない didn't move。
「なぜ競技競技 competitionを御覧にならない御覧にならない not watchingの」とよし子が下下 belowから聞いた聞いた asked。
「今今 (just) nowまで見ていたんですが、つまらないからやめて来たのです」
よし子は美禰子を顧みた顧みた looked back at。美禰子はやはり顔色顔色 countenance; expressionを動かさない。三四郎は、
「それより、あなたがたこそなぜ出て来たんです。たいへん熱心に熱心に intently; ardently見ていたじゃありませんか」と当てた当てた pressedような当てないようなことを大きな声大きな声 loud voice; strong voiceで言った。美禰子はこの時はじめて、少し少し a little; a bit笑った笑った smiled; grinned。三四郎にはその笑いの意味意味 meaningがよくわからない。二歩二歩 two stepsばかり女の方に近づいた近づいた approached。
「ちょいと上がって上がって go up; climbみましょうか」よし子が、快く快く cheerfully言う。
「あなた、まだここを御存じない御存じない not be familiar withの」と相手相手 companionの女はおちついて出た出た replied; countered。
「いいからいらっしゃいよ」
よし子は先先 aheadへ上る上る went up; ascended。二人はまたついて行った。よし子は足足 feet; legsを芝生芝生 grassのはしまで出して出して put out (as far as)、振り向きながら振り向きながら turning to look back、
「絶壁絶壁 precipice; sheer dropね」と大げさな大げさな grandiose; exaggerated言葉言葉 wordsを使った使った used。「サッフォーサッフォー Sappho (female Greek lyric poet; ~630-570 BCE; according to one legend, ended her life by jumping off Leucadian cliffs)でも飛び込みそう飛び込みそう jump into; dive intoな所所 place; locationじゃありませんか」
なかなか片づかない片づかない not be settled; not be decided。三四郎三四郎 Sanshirō (name)が聞いて聞いて askみると、よし子よし子 Yoshiko (Nonomiya's younger sister)が病院病院 hospitalの看護婦看護婦 nurseのところへ、ついでだから、ちょっと礼礼 greetings; respectsに行ってくる行ってくる go and ...んだと言う言う explained。美禰子美禰子 Mineko (name)はこの夏夏 summer自分自分 oneselfの親戚親戚 relative; relationが入院して入院して be hospitalizedいた時時 time; occasion近づきになった近づきになった became close with看護婦を尋ねれば尋ねれば visit; call on尋ねるのだが、これは必要必要 necessityでもなんでもないのだそうだ。
よし子は、すなおすなお frank; candidに気の軽い気の軽い lighthearted; easy going女女 girlだから、しまいに、すぐ帰って来ます帰って来ます return; come backと言い捨てて言い捨てて say in parting、早足早足 quick stepsに一人一人 alone丘丘 hillを降りて行った降りて行った went down; descended。止める止める stop; call backほどの必要もなし、いっしょに行くほどの事件事件 matter; affairでもないので、二人二人 two (people)はしぜん後にのこる後にのこる remain behindわけになった。二人の消極な消極な passive態度態度 disposition; natureからいえば、のこるというより、のこされたかたちにもなる。
三四郎はまた石石 boulderに腰をかけた腰をかけた sat down (on)。女は立って立って standいる。秋秋 autumnの日日 sunは鏡鏡 mirrorのように濁った濁った muddied池池 pondの上上 surfaceに落ちた落ちた fell (on)。中中 middleに小さな小さな small島島 islandがある。島にはただ二本の木二本の木 two treesがはえている。青い青い green松松 pine treeと薄い薄い pale; faded紅葉紅葉 maple (leaves)がぐあいよく枝枝 branchesをかわし合ってかわし合って cross; intersect (with each other)、箱庭箱庭 box gardenの趣趣 appearance; aspectがある。島を越して越して move past; move beyond向こう側向こう側 far sideの突き当り突き当り end; stopがこんもりとこんもりと thickly; denselyどす黒くどす黒く darkly; duskily光って光って glisten; reflectいる。女は丘の上からその暗い暗い dark木陰木陰 shade of tree branchesを指さした指さした pointed to。
二人二人 two (people)のいる所所 place; locationは高く高く at a height池池 pondの中中 middleに突き出して突き出して jut out (into)いる。この丘丘 hillとはまるで縁縁 connectionのない小山小山 hill; knollが一段一段 one level; one rank低く低く low、右側右側 right sideを走って走って runいる。大きな大きな large松松 pine treesと御殿御殿 mansion; estate buildingの一角一角 one cornerと、運動会運動会 athletic competition; field dayの幕幕 curtain; tarpの一部一部 a part ofと、なだらかななだらかな gently-sloping芝生芝生 lawnが見える見える were visible。
「熱い熱い hot日日 dayでしたね。病院病院 hospitalがあんまり暑いものだから、とうとうこらえきれないで出てきた出てきた came outの。――あなたはまたなんであんな所にしゃがんでいらしったんです」
「ええ、運動会の柵柵 fenceの所で」と言ったが、三四郎はこの問問 questionを急に撤回撤回 withdrawal; retractionしたくなった。女女 she; the young ladyは「ええ」と言ったまま男の男の his顔をじっと見ている。少し少し a little; a bit下唇下唇 lower lipをそらしてそらして bend; curl笑いかけて笑いかけて show a smileいる。三四郎はたまらなくなった。何か言ってまぎらそうとしたまぎらそうとした was about to change the subject時時 time; momentに、女は口を開いた口を開いた spoke。
「あなた、原口原口 Haraguchi (name)さんという画工画工 painter; artistを御存じ御存じ know of; be familiar with?」と聞き直した聞き直した followed with a further question。
「知りません知りません don't know」
「そう」
「どうかしましたか」
「なに、その原口さんが、きょう見に来て見に来て come to seeいらしってね、みんなを写生して写生して sketch; drawいるから、私たち私たち we; usも用心しないと用心しないと if (we're) not careful、ポンチポンチ caricature drawing (based on magazine called Japan Punch)にかかれるからって、野々宮野々宮 Nonomiya (name)さんがわざわざ注意して注意して caution; warnくだすったんです」
美禰子美禰子 Mineko (name)はそばへ来て腰をかけた腰をかけた sat down。三四郎三四郎 Sanshirō (name)は自分自分 oneselfがいかにも愚物愚物 foolのような気気 feelingがした。
三四郎はその時時 time; occasionはじめて美禰子から野々宮のおっかさんが国国 country; one's native placeへ帰ったということを聞いた。おっかさんが帰ると同時にと同時に at the same time、大久保大久保 Ōkubo (place name)を引き払って引き払って clear out of; vacate、野々宮さんは下宿下宿 lodgingsをする、よし子は当分当分 for the time being; for a while美禰子の家から学校学校 schoolへ通う通う commute (to)ことに、相談がきまった相談がきまった was agreed; was settledんだそうである。
三四郎はむしろ野々宮さんの気楽な気楽な easy going; happy-go-luckyのに驚いた驚いた was surprised at。そうたやすくたやすく simply; easily下宿生活生活 living; lifestyleにもどるくらいなら、はじめから家を持たない持たない not haveほうがよかろう。第一第一 first of all; to begin with鍋鍋 pots、釜釜 kettle、手桶手桶 pail; bucketなどという世帯道具世帯道具 household waresの始末始末 disposition; dealingsはどうつけたろうと、よけいなことまで考えた考えた thought about; consideredが、口に出して言う口に出して言う verbalize; make a remarkほどのことでもないから、べつだんの批評批評 commentaryは加えなかった加えなかった didn't add。そのうえ、野々宮さんが一家一家 householdの主人主人 head (of a household)から、あともどりをして、ふたたび純書生純書生 true studentと同様な同様な identical; equal to生活状態状態 situation; circumstancesに復する復する revert toのは、とりもなおさずとりもなおさず in other words家族家族 family制度制度 systemから一歩一歩 one step; one level遠のいた遠のいた moved away fromと同じ同じ the sameことで、自分にとっては、目前目前 before one's eyes; close at handの迷惑迷惑 trouble; concernを少し少し a little; a bit長距離長距離 further distanceへ引き移した引き移した moved; shifted (to)ような好都合好都合 expedience; convenienceにもなる。その代りその代り at the same time; on the other handよし子が美禰子の家へ同居して同居して reside with (someone)しまった。この兄妹兄妹 brother and sisterは絶えず絶えず constantly往来して往来して visit; associateいないと治まらない治まらない can't be at peace; can't be satisfiedようにできあがっている。絶えず往来しているうちには野々宮さんと美禰子との関係関係 connectionも次第次第に次第次第に gradually; bit by bit移って移って change; evolveくる。すると野々宮さんがまたいつなんどき下宿生活を永久に永久に permanently; for goodやめる時機時機 opportunity; chanceがこないともかぎらない。
三四郎三四郎 Sanshirō (name)は頭頭 head; mindのなかに、こういう疑い疑い doubt; uncertaintyある未来未来 futureを、描きながら描きながら draw; depict、美禰子美禰子 Mineko (name)と応対をして応対をして deal with; keep companyいる。いっこうに気が乗らない気が乗らない not be engaged; not find interest in。それを外部の外部の external; superficial態度態度 manner; behaviorだけでも普通普通 usual; alwaysのごとくつくろおうとすると苦痛苦痛 pain; discomfortになってくる。そこへうまいぐあいによし子よし子 Yoshiko (Nonomiya's younger sister)が帰ってきて帰ってきて came back; returnedくれた。女同志のあいだ女同志のあいだ among the young ladiesには、もう一ぺんもう一ぺん one more time競技競技 competitionを見に行こう見に行こう go and watchかという相談相談 discussionがあったが、短くなりかけた短くなりかけた had grown shorter秋秋 autumnの日日 dayがだいぶ回った回った run its course; be pastのと、回るにつれて、広い広い wide; open戸外戸外 outdoorsの肌寒肌寒 autumn chillがようやく増してくる増してくる increase; intensifyので、帰ることに話がきまる話がきまる settled; decided (upon)。
三四郎も女連女連 the ladiesに別れて別れて separate (from); take leave of下宿下宿 lodgingsへもどろうと思った思った thought toが、三人三人 three (people)が話しながら、ずるずるべったりに歩き出した歩き出した set off walkingものだから、きわだったきわだった clear-cut挨拶挨拶 salutationをする機会機会 chance; opportunityがない。二人二人 two (people)は自分自分 oneselfを引っ張って引っ張って pull; drag alongゆくようにみえる。自分もまた引っ張られてゆきたいような気がする。それで二人にくっついて池池 pondの端端 edgeを図書館図書館 libraryの横横 side (of)から、方角違い方角違い wrong directionの赤門赤門 Red Gateの方方 directionへ向いて向いて turn; head (toward)きた。そのとき三四郎は、よし子に向かって、