こういう問答問答 exchange (conversation)を二、三度二、三度 two or three times繰り返して繰り返して repeatいるうちに、いつのまにか半月半月 half of a monthばかりたった。三四郎の耳は漸々漸々 gradually; by degrees借りものでないようになってきた。すると今度今度 this timeは与次郎のほうから、三四郎に向かって、
「どうも妙な妙な strange; odd顔顔 face; facial expressionだな。いかにも生活生活 living; one's lifeに疲れて疲れて tired (of)いるような顔だ。世紀末世紀末 ennui; cynicism (based on 19th century 'fin de siècle' ideas)の顔だ」と批評批評 criticism; commentaryし出したし出した began with。三四郎は、この批評に対してに対して with regard toも依然として依然として as before、
「そういうわけでもないが……」を繰り返していた。三四郎は世紀末などという言葉言葉 word; term; expressionを聞いて聞いて hearうれしがるほどに、まだ人工的の人工的の artificial; crafted by men空気空気 air; atmosphereに触れていなかった触れていなかった was not in touch with; lacked exposure to。またこれを興味興味 interest; curiosityある玩具玩具 playthingとして使用しうる使用しうる be able to useほどに、ある社会社会 society; companyの消息消息 news (of); (someone's) movementsに通じて通じて be versed in; be familiar withいなかった。ただ生活に疲れているという句句 phraseが少し少し a bit気にいった気にいった met one's favor。なるほど疲れだしたようでもある。三四郎は下痢下痢 diarrheaのためばかりとは思わなかった。けれども大いに大いに greatly疲れた顔を標榜する標榜する sport; show off; professほど、人生観人生観 view of life; outlook on lifeのハイカラハイカラ stylishness; smartnessでもなかった。それでこの会話会話 conversationはそれぎり発展しずに発展しずに without developing; without progressing further済んだ済んだ ended; finished。
そのうち秋秋 fall; autumnは高くなる高くなる reached its peak。食欲食欲 appetiteは進む進む progress; improve。二十三二十三 twenty threeの青年青年 youth; young manがとうてい人生人生 living; one's lifeに疲れて疲れて be weary (of)いることができない時節時節 season; timesが来た来た came; arrived。三四郎三四郎 Sanshirō (name)はよく出る出る go out。大学大学 universityの池池 pondの周囲周囲 edge; perimeterもだいぶん回って回って circle; walk aroundみたが、べつだんの変変 changeもない。病院病院 hospitalの前前 front ofも何べんとなく何べんとなく any number of times往復した往復した came and went; passed to and froが普通の普通の ordinary人間人間 peopleに会う会う see; meet; encounterばかりである。また理科大学理科大学 college of scienceの穴倉穴倉 basement; cellarへ行って行って go (to); visit野々宮野々宮 Nonomiya (name)君君 (suffix of familiarity for males)に聞いて聞いて ask; inquireみたら、妹妹 younger sisterはもう病院を出たと言う言う said; reported。玄関玄関 entrywayで会った女女 young ladyの事事 matter; affairを話そう話そう mention; talk (of)と思った思った thought; consideredが、先方先方 the other party; he (usually 先方)が忙しそう忙しそう looking busyなので、つい遠慮して遠慮して hold off; refrainやめてしまった。今度今度 next time; at the next opportunity大久保大久保 Ōkubo (place name)へ行ってゆっくり話せば、名前名前 nameも素姓素姓 one's (personal) storyもたいていはわかることだから、せかずにせかずに without rushing (things); without acting impatient引き取った引き取った withdrew; left。そうして、ふわふわして方々方々 here and there; all around歩いて歩いて walk; ambleいる。田端田端 Tabata (place name)だの、道灌山道灌山 Dōkanyama (place name)だの、染井染井 Somei (place name)の墓地墓地 cemeteryだの、巣鴨巣鴨 Sugamo (place name)の監獄監獄 prisonだの、護国寺護国寺 Gokokuji (name of a temple)だの、――三四郎は新井の薬師新井の薬師 Arai no Yakushi (name of a temple)までも行った。新井の薬師の帰り帰り return (trip)に、大久保へ出て野々宮君の家家 houseへ回ろうと思ったら、落合落合 Ochiai (place name)の火葬場火葬場 crematoriumの辺辺 vicinity; surroundingsで道を間違えて道を間違えて take a wrong turn; lose one's way、高田高田 Takata (place name)へ出たので、目白目白 Mejiro (place name)から汽車汽車 (steam) trainへ乗って乗って ride on; board帰った。汽車の中中 insideでみやげみやげ (visitation) giftに買った買った bought栗栗 chestnutsを一人で一人で by oneselfさんざん食った食った ate。その余り余り remainder; leftover (portion)はあくる日あくる日 the next day与次郎与次郎 Yojirō (name)が来て、みんな平らげた平らげた ate up; wolfed down。
三四郎はふわふわすればするほど愉快愉快 happiness; exhilarationになってきた。初め初め beginningのうちはあまり講義講義 lecturesに念を入れ過ぎた念を入れ過ぎた paid too much attention (to)ので、耳が遠くなって耳が遠くなって lose one's hearing筆記筆記 note takingに困った困った struggled (with)が、近ごろ近ごろ recentlyはたいていに聞いているからなんともない。講義中講義中 during lectures; in the midst of lecturesにいろいろな事を考える考える consider; think about。少し少し a little; a bitぐらい落として落として drop; missも惜しい惜しい regrettable気気 feelingも起こらない起こらない did not occur; did not arise。よく観察観察 observationしてみると与次郎はじめみんな同じ同じ the sameことである。三四郎はこれくらいでいいものだろうと思い出した思い出した decided; realized。
三四郎がいろいろ考えるうちに、時々時々 sometimes; occasionally例の例の the aforementionedリボンが出てくる。そうすると気がかりになる。はなはだ不愉快になる不愉快になる be dissatisfied; be upset。すぐ大久保へ出かけてみたくなる。しかし想像想像 imaginationの連鎖連鎖 connections; flow ofやら、外界外界 the outside world; the world around oneの刺激刺激 stimulation; excitementやらで、しばらくするとまぎれてしまう。だからだいたいはのん気である。それで夢夢 dreamを見て見て see; have (a dream)いる。大久保へはなかなか行かない。
ある日日 dayの午後午後 afternoon三四郎三四郎 Sanshirō (name)は例のごとく例のごとく as usualぶらついて、団子坂団子坂 Dangozaka (place name)の上上 top (of)から、左左 left (direction)へ折れて折れて turned (toward)千駄木千駄木 Sendagi (place name)林町林町 Hayashichō (sub-district of Sendagi)の広い広い wide; broad通り通り avenueへ出た出た arrived (at)。秋晴れ秋晴れ clear autumn weatherといって、このごろは東京東京 Tōkyōの空空 skyもいなかのように深く深く deep見える見える appear。こういう空の下下 beneathに生きている生きている live; be aliveと思う思う think (of); considerだけでも頭頭 head; one's mindははっきりする。そのうえ、野野 field; open spaceへ出れば申し分はない申し分はない perfect; ideal。気気 feelings; moodがのびのびして魂魂 soul; spiritが大空大空 big skyほどの大きさ大きさ sizeになる。それでいてからだ総体総体 overall; as a wholeがしまってくる。だらしのない春春 spring(time)ののどかさのどかさ serenity; calmとは違う違う different。三四郎は左右左右 left and right; both sidesの生垣生垣 hedgesをながめながら、生まれてはじめて生まれてはじめて the first time in one's lifeの東京の秋秋 autumnをかぎつつやって来たかぎつつやって来た drank in (the fragrance) as (he) went。
坂下坂下 bottom of the (Dangozaka) hillでは菊人形菊人形 chrysanthemum dollsが二、三日二、三日 two or three days前前 before開業した開業した opened (for business)ばかりである。坂坂 hillを曲がる曲がる turn (at)時時 time; momentは幟幟 flags; bannersさえ見えた見えた were visible。今今 now; at presentはただ声声 voicesだけ聞こえる聞こえる could be heard、どんちゃんどんちゃん遠くから遠くから from the distanceはやしてはやして play music; beat timeいる。そのはやしの音音 soundが、下下 belowの方方 directionから次第に次第に gradually浮き上がって浮き上がって float up; rise upきて、澄み切った澄み切った crystal clear秋の空気空気 airの中中 midst (of)へ広がり尽くす広がり尽くす fully disperseと、ついにはきわめて稀薄な稀薄な thin; sparse波波 waveになる。そのまた余波余波 remains; tracesが三四郎の鼓膜鼓膜 eardrumsのそばまで来てしぜんにとまる。騒がしい騒がしい noisy; boisterousというよりはかえっていい心持ち心持ち feelingである。
時に突然突然 suddenly左の横町横町 side street; laneから二人二人 two peopleあらわれた。その一人一人 one personが三四郎を見て、「おい」と言う言う called out。
与次郎与次郎 Yojirō (name)の声はきょうにかぎって、几帳面几帳面 precise; exactである。その代りその代り on the other hand; at the same time連連 companionがある。三四郎はその連を見た時、はたして日ごろ日ごろ for a long timeの推察どおり推察どおり as conjectured; as surmised、青木堂青木堂 Aokidō (grocery and spirits shop in Hongō with cafe on 2nd floor)で茶茶 teaを飲んで飲んで drinkいた人人 personが、広田広田 Hirota (name)さんであるということを悟った悟った realized; confirmed。この人とは水蜜桃水蜜桃 peaches (referring to Sanshirō's train ride to Tōkyō)以来以来 since ...妙な妙な strange; curious関係関係 connectionがある。ことに青木堂で茶を飲んで煙草煙草 tobacco; cigaretteをのんで、自分自分 oneselfを図書館図書館 libraryに走らして走らして sent (someone) runningよりこのかた、いっそうよく記憶記憶 memory; thoughtsにしみている。いつ見ても神主神主 Shinto priestのような顔顔 face; facial expressionに西洋人西洋人 Westernerの鼻鼻 noseをつけている。きょうもこのあいだの夏服夏服 summer clothing; warm-weather attireで、べつだん寒そうな寒そうな looking (as if one is) cold様子様子 look; appearanceもない。
三四郎三四郎 Sanshirō (name)はなんとか言って言って say、挨拶挨拶 greetingをしようと思った思った thought (to)が、あまり時間時間 timeがたっているので、どう口をきいて口をきいて speak; engage (in conversation)いいかわからない。ただ帽子帽子 hat; capを取って取って take (off); remove礼礼 salutationをした。与次郎与次郎 Yojirō (name)に対してに対して with respect to; in relation toは、あまり丁寧すぎる丁寧すぎる too polite。広田広田 (Professor) Hirotaに対しては、少し少し a little; a bit簡略すぎる簡略すぎる too simple; too brief。三四郎はどっちつかずの中間中間 middleにでた。すると与次郎が、すぐ、
「この男男 fellowは私の私の my同級生同級生 classmateです。熊本熊本 Kumamoto (city in Kyūshū)の高等学校高等学校 high school (equivalent to modern-day college)からはじめて東京東京 Tōkyōへ出て来た出て来た came (to)――」と聞かれもしないさきから聞かれもしないさきから before being askedいなか者いなか者 provincial (background); country upbringingを吹聴して吹聴して blurt out; broadcastおいて、それから三四郎の方方 directionを向いて向いて turn (toward)、
「これが広田先生広田先生 Professor Hirota。高等学校の……」とわけもなくわけもなく easily; casually双方双方 both sides; both partiesを紹介して紹介して introduceしまった。
この時時 time; moment広田先生は「知ってる知ってる (I) know、知ってる」と二へん二へん twice; two times繰り返して繰り返して in repetition言ったので、与次郎は妙な妙な odd; curious顔顔 look; facial expressionをしている。しかしなぜ知ってるんですかなどとめんどうなめんどうな troublesome; trifling事事 facts; detailsは聞かなかった。ただちに、
「君君 you (used here as form of address)、この辺辺 vicinityに貸家貸家 house for rentはないか。広くて広くて large; spacious、きれいな、書生部屋書生部屋 lodging student roomのある」と尋ねだした尋ねだした inquired。
「貸家はと……ある」
「どの辺だ。きたなくっちゃいけないぜ」
「いやきれいなのがある。大きな大きな large石石 stoneの門門 gateが立って立って stand; be erectedいるのがある」
「そりゃうまい。どこだ。先生、石の門はいいですな。ぜひそれにしようじゃありませんか」と与次郎は大いに進んで進んで promote; get behind (an idea)いる。
与次郎はまじめである。広田先生はにやにや笑ってにやにや笑って grin; smileいる。とうとうまじめのほうが勝って勝って won; triumphed、ともかくも見る見る take a lookことに相談ができて相談ができて discussion was concluded、三四郎が案内案内 guidance; leading the wayをした。
横町横町 side street; laneをあとへ引き返して引き返して double back (the way one came)、裏通り裏通り back street; alleywayへ出る出る arrive (at)と、半町半町 half a chō (about 55 meters; about 60 yards)ばかり北北 northへ来た来た came; traveled所所 place; spotに、突き当り突き当り end (of a street); dead endと思われる思われる seems to be; appears to beような小路小路 narrow laneがある。その小路の中中 insideへ三四郎三四郎 Sanshirō (name)は二人二人 two (people)を連れ込んだ連れ込んだ led into。まっすぐに行く行く go; proceedと植木屋植木屋 (plant) nurseryの庭庭 garden; groundsへ出てしまう。三人三人 three (people)は入口入口 entranceの五、六間五、六間 5 or 6 ken (about 10 meters; about 11 yards)手前手前 short of; this side ofでとまった。右手右手 righthand sideにかなり大きな大きな large御影御影 granite (short for 御影石)の柱柱 pillar; columnが二本二本 two (pillars)立って立って stand; be erectedいる。扉扉 gateは鉄鉄 iron; steelである。三四郎がこれだと言う言う declare; announce。なるほど貸家貸家 house for rent札札 sign; placardがついている。
「こりゃ恐ろしい恐ろしい wonderful; marvelousもんだ」と言いながら、与次郎与次郎 Yojirō (name)は鉄の扉をうんと押した押した pushedが、錠がおりて錠がおりて be lockedいる。「ちょっとお待ちなさいお待ちなさい wait聞いてくる聞いてくる go ask; go check」と言うやいなややいなや as soon as、与次郎は植木屋の奥奥 interiorの方方 directionへ駆け込んで行った駆け込んで行った ran off into。広田広田 (Professor) Hirotaと三四郎は取り残された取り残された left behind; abandonedようなものである。二人二人 two (people)で話話 conversationを始めた始めた began; started。
三四郎は富士山の事の事 concerning ...; about ...をまるで忘れていた忘れていた had forgotten。広田先生広田先生 Professor Hirotaの注意注意 adviceによって、汽車汽車 (steam) trainの窓窓 windowからはじめてながめた富士は、考え出す考え出す recallと、なるほど崇高な崇高な grand; sublimeものである。ただ今ただ今 at present自分の自分の one's own頭頭 headの中中 insideにごたごたしている世相世相 state of the world; pulse of civilizationとは、とても比較にならない。三四郎はあの時時 time; occasionの印象印象 impressionをいつのまにか取り落して取り落して let slipいたのを恥ずかしく思った恥ずかしく思った felt ashamed。すると、
「君君 you (used here as form of address)、不二山不二山 Mt Fuji (older way of writing; lit: peerless mountain)を翻訳して翻訳して translateみたことがありますか」と意外な意外な unexpected質問質問 questionを放たれた放たれた have thrown one's way。
「翻訳とは……」
「自然自然 natureを翻訳すると、みんな人間人間 human beingに化けて化けて take the form of; metamorphose (into)しまうからおもしろい。崇高だとか、偉大偉大 great; mightyだとか、雄壮雄壮 heroic; gallantだとか」
三四郎は翻訳の意味意味 meaning; sense (of something)を了した了した understood。
「みんな人格人格 (human) character; personality上上 from the viewpoint of ...の言葉言葉 wordsになる。人格上の言葉に翻訳する翻訳する translateことのできないものには、自然自然 natureが毫も毫も (not) in the least; (not) at all人格上の感化感化 influence; inspirationを与えて与えて impart (to); bestow (on)いない」
「佐々木佐々木 Sasaki (Yojirō's family name)は何何 whatをしているのかしら。おそいな」とひとりごとのように言う言う say; remark。
「見て見て see; check (on)きましょうか」と三四郎が聞いた。
「なに、見にいったって、それで出てくる出てくる come outような男男 fellowじゃない。それよりここに待って待って waitるほうが手間手間 effort; troubleがかからないでいい」と言って枳殻枳殻 trifoliate orangeの垣根垣根 hedgeの下下 base ofにしゃがんで、小石小石 pebbleを拾って拾って pick up、土土 dirt; soilの上上 top of; surface ofへ何かかき出したかき出した began to draw。のん気のん気 easygoing; carefreeなことである。与次郎ののん気とは方角方角 direction; bearingsが反対反対 oppositeで、程度程度 degree; amount; extentがほぼ相似ている相似ている resemble one another。
ところへ植込み植込み thicket (of plants)の松松 pine treesの向こう向こう far side; beyondから、与次郎が大きな声大きな声 loud voiceを出した出した put forth (voice)。
「先生先生 professor先生」
先生は依然として依然として as before、何かかいている。どうも燈明台燈明台 lighthouseのようである。返事返事 answer; replyをしないので、与次郎はしかたなしに出て来た出て来た came out; reappeared。
「先生ちょっと見てごらんなさい。いい家家 houseだ。この植木屋植木屋 (plant) nurseryで持って持って have; ownるんです。門門 gateをあけさせてもいいが、裏裏 back sideから回った回った go aroundほうが早い早い quick; fast」
三人三人 three (people)は裏から回った。雨戸雨戸 outside (sliding) door; storm doorをあけて、一間一間一間一間 one room at a time見て歩いた歩いた walked。中流中流 middle classの人人 personが住んで住んで live (in a place)恥ずかしくない恥ずかしくない respectable; decentようにできている。家賃家賃 (house) rentが四十円四十円 forty yenで、敷金敷金 security depositが三か月分三か月分 3 months' (rent)だという。三人はまた表表 out frontへ出た。
「なんで、あんなりっぱな家を見るのだ」と広田さんが言う。
「なんで見るって、ただ見るだけだからいいじゃありませんか」と与次郎は言う。
「借り借り rent (a house)もしないのに……」
「なに借りるつもりでいたんです。ところが家賃をどうしても二十五円二十五円 twenty five yenにしようと言わない……」
広田先生は「あたりまえさ」と言ったぎりである。すると与次郎が石石 stoneの門の歴史歴史 history; backgroundを話し出した話し出した began to explain。このあいだまである出入りの出入りの oft visited; frequented (on business)屋敷屋敷 residence; estateの入口入口 entranceにあったのを、改築改築 structural alteration; reconstructionのときもらってきて、すぐあすこへ立てた立てた erectedのだと言う。与次郎だけに妙な妙な strange; odd事事 facts; mattersを研究して研究して research; investigateきた。
「燈台は奇抜奇抜 novel; originalだな。じゃ野々宮野々宮 Nonomiya (name)宗八宗八 Sōhachi (Nonomiya's first name)さんをかいていらしったんですね」
「なぜ」
「野々宮さんは外国外国 foreign countries; foreign landsじゃ光って光って shineるが、日本日本 Japanじゃまっ暗まっ暗 pitch dark (from: 灯台下暗し - It's darkest at the base of the lighthouse)だから。――だれもまるで知らない知らない not know; not be aware of。それでわずかばかりの月給月給 (monthly) salaryをもらって、穴倉穴倉 basement; cellarへたてこもって、――じつに割に合わない割に合わない doesn't pay; doesn't pay off商売商売 trade; businessだ。野々宮さんの顔を見る見る see; look atたびに気の毒気の毒 pitiableになってたまらない」
「小川小川 Ogawa (Sanshirō's family name)君君 (suffix of familiarity for males)、君は明治明治 Meiji (Meiji period; 1868-1912)何年何年 which year (in Meiji period)生まれ生まれ birth(year)かな」と聞いた。三四郎は簡単に簡単に simply、
「そんなものだろう。――先生先生 professorぼくは、丸行燈丸行燈 round lanternだの、雁首雁首 goose neck (pipe)だのっていうものが、どうもきらいですがね。明治十五年明治十五年 15th year of Meiji (1882) [note: story is set in 1907]以後以後 on or afterに生まれた生まれた was born (in)せいかもしれないが、なんだか旧式旧式 old style; outdatedでいやな心持ち心持ち feeling; impressionがする。君君 youはどうだ」とまた三四郎三四郎 Sanshirō (name)の方方 directionを向く向く turn (to)。三四郎は、
「ぼくはべつだんきらいでもない」と言った言った said; replied。
「もっとも君は九州九州 Kyūshūのいなかから出た出た arrived (from)ばかりだから、明治元年明治元年 1st year of Meiji (1868)ぐらいの頭頭 head; mind; thoughtsと同じ同じ the sameなんだろう」
三四郎も広田広田 (Professor) Hirotaもこれに対してに対して in regard to; with respect toべつだんの挨拶挨拶 reaction; acknowledgementをしなかった。少し少し a little; a bit行く行く go (on); proceedと古い古い old寺寺 templeの隣隣 next to; adjacent (place)の杉林杉林 cedar groveを切り倒して切り倒して cut down (trees); clear、きれいに地ならし地ならし ground leveling; gradingをした上上 top ofに、青青 blueペンキ塗りのペンキ塗りの painted西洋館西洋館 Western-style buildingを建てて建てて build; constructいる。広田先生は寺とペンキ塗りを等分に等分に in equal parts見て見て look at; observeいた。
「時代錯誤時代錯誤 anachronismだ。日本日本 Japanの物質界物質界 physical realmも精神界精神界 spiritual realmもこのとおりだ。君、九段九段 Kudan (place name)の燈明台燈明台 lighthouseを知って知って know (of)いるだろう」とまた燈明台が出た。「あれは古いもので、江戸名所図会江戸名所図会 Illustrated Guide to Edo Sights (woodblock print publication from 1834)に出ている」
広田先生は笑い出した笑い出した laughed。じつは東京名所東京名所 Sights of Tōkyōという錦絵錦絵 nishiki-e (multi-colored woodblock print)の間違い間違い mistake; errorだということがわかった。先生の説説 explanationによると、こんなに古い燈台が、まだ残って残って remainいるそばに、偕行社偕行社 (army) officers' clubという新式新式 modern styleの煉瓦作り煉瓦作り brick (building)ができた。二つ二つ two (things)並べて並べて place side by side見るとじつにばかげている。けれどもだれも気がつかないだれも気がつかない no one notices; no one minds、平気平気 calm; unconcernedでいる。これが日本の社会社会 societyを代表して代表して represent; epitomizeいるんだと言う。
与次郎与次郎 Yojirō (name)も三四郎もなるほどと言ったまま、お寺の前前 front ofを通り越して通り越して pass by、五、六町五、六町 5 or 6 chō (about half a km; about a third of a mile)来る来る come; cover (distance)と、大きな大きな large黒い黒い black門門 gateがある。与次郎が、ここを抜けて抜けて cut through道灌山道灌山 Dōkanyama (place name)へ出ようと言い出した言い出した proposed; suggested。抜けてもいいのかと念を押す念を押す double check; confirmと、なにこれは佐竹佐竹 Satake (family name)の下屋敷下屋敷 villa; daimyō's suburban residenceで、だれでも通れる通れる can pass throughんだからかまわないと主張する主張する insist; assert one's positionので、二人二人 two (people)ともその気気 intentionになって門をくぐって、藪藪 thicket; groveの下下 below; beneathを通って古い池池 pondのそばまで来ると、番人番人 caretaker; watchmanが出てきて、たいへん三人三人 three (people)をしかりつけた。その時時 time; occasion与次郎はへいへいへいへい yes sir; certainlyと言って番人にあやまった。
それから谷中谷中 Yanaka (place name)へ出て出て arrive (at)、根津根津 Nezu (place name)を回って回って circle around (through)、夕方夕方 eveningに本郷本郷 Hongō (place name)の下宿下宿 dorm; lodgingsへ帰った帰った returned (to)。三四郎三四郎 Sanshirō (name)は近来近来 recentlyにない気楽な気楽な at ease; carefree半日半日 half dayを暮らした暮らした lived; experiencedように感じた感じた felt。
翌日翌日 the next day学校学校 school; universityへ出てみると与次郎与次郎 Yojirō (name)がいない。昼昼 noonから来る来る come; arriveかと思った思った thoughtが来ない来ない didn't show。図書館図書館 libraryへもはいったがやっぱり見当らなかった見当らなかった saw no sign (of someone or something)。五時五時 five (o'clock)から六時六時 six (o'clock)まで純文科共通純文科共通 literature all-departmentの講義講義 lectureがある。三四郎はこれへ出た。筆記する筆記する take notesには暗すぎる暗すぎる be too dark。電燈電燈 electric lightingがつくには早すぎる早すぎる too early。細長い細長い long and narrow窓窓 windowsの外外 outsideに見える見える be visible大きな大きな large欅欅 zelkova (tree)の枝枝 branches; limbsの奥奥 interior; depthsが、次第に次第に gradually黒くなる黒くなる turn black; grow dark時分時分 time; hourだから、部屋部屋 roomの中中 insideは講師講師 lecturerの顔顔 faceも聴講生聴講生 attendees; listenersの顔も等しく等しく similarlyぼんやりしている。したがって暗闇で暗闇で in the dark饅頭饅頭 bean-jam bunを食う食う eatように、なんとなく神秘的神秘的 mystical; deep and profoundである。三四郎は講義がわからないところが妙妙 curious; oddだと思った。頬杖を突いて頬杖を突いて supporting one's chin with one's hand聞いて聞いて listenいると、神経神経 sensitivity; perceptionがにぶくなって、気が遠くなる気が遠くなる felt distant; drifted away。これでこそ講義の価値価値 value; worthがあるような心持ち心持ち feelingがする。ところへ電燈がぱっとついて、万事万事 all thingsがやや明瞭明瞭 clarity; lucidityになった。すると急に急に suddenly下宿へ帰って飯飯 dinnerが食いたくなった。先生先生 professorもみんなの心心 heart; feelingを察して察して perceive、いいかげんに講義を切り上げて切り上げて bring to a conclusionくれた。三四郎は早足で早足で at a quick pace追分追分 Oiwake (place name)まで帰ってくる。
着物着物 kimonoを脱ぎ換えて脱ぎ換えて change out of (one's clothes)膳膳 (dining) trayに向かう向かう face; sit down toと、膳の上上 top ofに、茶碗蒸茶碗蒸 egg custard stewといっしょに手紙手紙 letterが一本一本 one (letter)載せてある載せてある had been placed。その上封上封 outer sealを見た見た saw; looked atとき、三四郎はすぐ母母 motherから来た来た came (from)ものだと悟った悟った knew; realized。すまんことだがこの半月半月 half monthあまり母の事の事 about ...; concerning ...はまるで忘れていた忘れていた had forgotten。きのうからきょうへかけては時代錯誤時代錯誤 anachronismだの、不二山不二山 Mt Fujiの人格人格 (human) character; personalityだの、神秘的な講義だので、例の例の that certain ...女女 young ladyの影影 form; figureもいっこう頭の中へ出てこなかった。三四郎はそれで満足満足 satisfaction; contentmentである。母の手紙はあとでゆっくり見ることとして、とりあえず食事食事 dinnerを済まして済まして finish、煙草煙草 tobacco; cigaretteを吹かした吹かした smoked。その煙煙 smokeを見るとさっきの講義を思い出す思い出す remembered; called to mind。
そこへ与次郎与次郎 Yojirō (name)がふらりとふらりと by chance; without notice現われた現われた appeared。どうして学校学校 classes; lecturesを休んだ休んだ skipped; missed (classes)かと聞く聞く askと、貸家貸家 rental house捜し捜し searching; huntingで学校どころじゃないそうである。
「そんなに急いで急いで in a hurry; in a rush越す越す move; relocateのか」と三四郎三四郎 Sanshirō (name)が聞くと、
「急ぐって先月中先月中 (during) last monthに越すはずのところをあさっての天長節天長節 Emperor's Birthday (former national holiday)まで待たした待たした had (them) waitんだから、どうしたってあしたじゅうに捜さなければならない。どこか心当りはないか心当りはないか do you have an idea; do you happen to know (of something)」と言う言う said; explained。
こんなに忙しがる忙しがる be busy; be pressedくせに、きのうは散歩散歩 walk; strollだか、貸家捜しだかわからないようにぶらぶらつぶしていた。三四郎にはほとんど合点がいかない合点がいかない find (something) incomprehensible。与次郎はこれを解釈して解釈して explain; elucidate、それは先生先生 professorがいっしょだからさと言った。「元来元来 fundamentally speaking先生が家家 houseを捜すなんて間違っている間違っている be wrong; be a mistake。けっして捜したことのない男男 manなんだが、きのうはどうかしていたどうかしていた was out of sortsに違いないに違いない there's no doubt ...。おかげで佐竹佐竹 Satake (family name)の邸邸 villa; daimyō's suburban residenceでひどい目にひどい目に terribly; dreadfullyしかられていい面の皮だいい面の皮だ served (him) right。――君君 you (used here as form of address)どこかないか」と急に急に suddenly催促する催促する press (someone for something)。与次郎が来た来た came; calledのはまったくそれが目的目的 purpose; objectiveらしい。よくよく原因原因 background; root (of the matter)を聞いてみると、今の今の current; present持ち主持ち主 owner; landlordが高利貸高利貸 usurer; extortionistで、家賃家賃 (house) rentをむやみに上げる上げる raiseのが、業腹業腹 resentment; spiteだというので、与次郎がこっちからたちのきたちのき quitting; evacuationを宣告した宣告した declared; pronouncedのだそうだ。それでは与次郎に責任責任 responsibilityがあるわけだ。
「きょうは大久保大久保 Ōkubo (place name)まで行って行って go (to)みたが、やっぱりない。――大久保といえば、ついでに宗八宗八 Sōhachi (Nonomiya's first name)さんの所所 placeに寄って寄って stopped by、よし子よし子 Yoshiko (Nonomiya's younger sister)さんに会ってきた会ってきた visited。かわいそうにまだ色光沢色光沢 complexion; colorが悪い悪い poor (complexion)。――辣薑性辣薑性 pale; colorless (lit: onion-like)の美人美人 beauty――おっかさんおっかさん motherが君によろしく言ってよろしく言って give regards (to someone)くれってことだ。しかしその後後 afterはあの辺辺 area; vicinityも穏やかな穏やかな quiet; peacefulようだ。轢死轢死 death on impact (by train or car)もあれぎりないそうだ」
与次郎与次郎 Yojirō (name)の話話 talk; conversationはそれから、それへと飛んで行く飛んで行く jumped around。平生から平生から ordinarily締まりのない締まりのない loose; laxうえに、きょうは家捜し家捜し house huntingで少し少し a little; a bitせきこんでせきこんで be agitated; be flurriedいる。話が一段落つく一段落つく settle down; reach a moment's pauseと、相の手相の手 interlude; (musical) refrain (usually 合の手)のように、どこかないかないかと聞く聞く ask。しまいには三四郎三四郎 Sanshirō (name)も笑い出した笑い出した laughed; broke into laughter。
そのうち与次郎の尻が次第におちついてきて尻が次第におちついてきて gradually became comfortable (lit: one's haunches gradually settled themselves)、燈火親しむべし燈火親しむべし one should embrace the lamplight (based on line in Han Yu poem about reading by lamplight on long and cool autumn evenings) などという漢語漢語 Chinese (words)さえ借用して借用して borrow; draw onうれしがるようになった。話題話題 topicははしなくはしなく by chance; as it happened広田先生広田先生 Professor Hirotaの上に落ちた上に落ちた landed on; ended up on。
「君の君の your所所 place (residence)の先生の名名 nameはなんというのか」
「名は萇萇 Chō (name)」と指指 fingerで書いて見せて書いて見せて show how to write (a character)、「艸冠艸冠 grass crown ('grass' radical at top position in a character)がよけいだ。字引字引 dictionaryにあるかしらん。妙な妙な odd; strange名をつけたものだね」と言う言う said; remarked。
「高等学校高等学校 high school (equivalent to modern-day college)の先生か」
「昔昔 long agoから今日今日 this day; the presentに至るまでに至るまで up until ...高等学校の先生。えらいものだ。十年一日のごとし十年一日のごとし ten years is like a single dayというが、もう十二、三年十二、三年 12 or 13 yearsになるだろう」
「子供子供 childrenはおるのか」
「子供どころか、まだ独身独身 single; unmarriedだ」
三四郎は少し驚いた驚いた be surprised。あの年年 ageまで一人一人 single; by oneselfでいられるものかとも疑った疑った found hard to believe。
「なぜ奥さん奥さん wifeをもらわないのだろう」
「そこが先生の先生たるところで、あれでたいへんな理論家理論家 theoreticianなんだ。細君細君 wifeをもらってみないさきから、細君はいかんものと理論できまっているんだそうだ。愚愚 foolishnessだよ。だからしじゅうしじゅう from start to finish; all the time矛盾矛盾 contradiction; inconsistencyばかりしている。先生、東京東京 Tōkyōほどきたない所はないように言う。それで石石 stoneの門門 gateを見ると恐れをなして恐れをなして be frightened; be intimidated、いかんいかんとか、りっぱすぎるとか言うだろう」
「じゃ細君も試みに試みに on a trial basis持って持って have; takeみたらよかろう」
「先生先生 professorは東京東京 Tōkyōがきたないとか、日本人日本人 Japanese (people)が醜い醜い ugly; unsightlyとか言う言う sayが、洋行洋行 traveling abroadでもしたことがあるのか」
「なにするもんか。ああいう人人 person; characterなんだ。万事万事 all things頭頭 head; one's thoughtsのほうが事実事実 realityより発達して発達して be developedいるんだからああなるんだね。その代りその代り on the other hand西洋西洋 the West; the Occidentは写真写真 photographsで研究して研究して study; investigateいる。パリの凱旋門凱旋門 Arch of Triumph; Arc de Triompheだの、ロンドンの議事堂議事堂 Houses of Parliamentだの、たくさん持って持って have; ownいる。あの写真で日本日本 Japanを律する律する judge (on the basis of)んだからたまらない。きたないわけさ。それで自分自分 oneselfの住んで住んで live; resideる所所 placeは、いくらきたなくっても存外存外 surprisingly; contrary to expectation平気平気 unconcernedだから不思議不思議 strange; puzzlingだ」
「三等三等 third class汽車汽車 (steam) trainへ乗って乗って ride (on)おったぞ」
「きたないきたないって不平不平 complaint; grievanceを言やしないか」
「いやべつに不平も言わなかった」
「しかし先生は哲学者哲学者 philosopherだね」
「学校学校 schoolで哲学でも教えて教えて teachいるのか」
「いや学校じゃ英語英語 Englishだけしか受け持って受け持って be charged with; be responsible forいないがね、あの人間人間 personが、おのずから哲学にできあがっているからおもしろい」
「著述著述 writings; literary workでもあるのか」
「何もない何もない there's nothing。時々時々 sometimes; occasionally論文論文 essayを書く書く write事事 instance (of)はあるが、ちっとも反響反響 reaction; influenceがない。あれじゃだめだ。まるで世間世間 the world; societyが知らない知らない be unaware ofんだからしようがない。先生、ぼくの事を丸行燈丸行燈 round lanternだと言ったが、夫子夫子 (term of address for a teacher)自身自身 himselfは偉大な偉大な great; mighty暗闇暗闇 dark place; voidだ」
「どうかして、世の中世の中 societyへ出たら出たら get out; make appearancesよさそうなものだな」
「出たらよさそうなものだって、――先生、自分じゃなんにもやらない人だからね。第一第一 first of all; to begin withぼくがいなけりゃ三度の飯三度の飯 three meals (a day)さえ食えない食えない can't (manage to) eat人なんだ」
「嘘嘘 lie; falsehoodじゃない。気の毒気の毒 patheticなほどなんにもやらないんでね。なんでも、ぼくが下女下女 maidservantに命じて命じて order; command、先生の気にいるように気にいるように to (someone's) satisfaction始末をつける始末をつける take care of; handle (beginning to end)んだが――そんな瑣末な瑣末な trivial; trifling事はとにかく、これから大いに大いに greatly活動して活動して take action; take initiative、先生を一つ一つ one (of something)大学大学 university教授教授 (full) professorにしてやろうと思う思う think; intend (to do)」
与次郎与次郎 Yojirō (name)はまじめである。三四郎はその大言大言 big talk; boldnessに驚いた驚いた be surprised (at)。驚いてもかまわない。驚いたままに進行して進行して continue on、しまいに、
「引っ越し引っ越し move (one's residence)をする時時 time; occasionはぜひ手伝いに来て手伝いに来て come and helpくれ」と頼んだ頼んだ requested。まるで約束約束 agreement; arrangementのできた家家 houseがとうからあるごとき口吻口吻 manner of speaking; intimationである。
与次郎与次郎 Yojirō (name)の帰った帰った left; departedのはかれこれかれこれ around; about十時十時 ten (o'clock)近く近く almost; close to ...である。一人で一人で alone; by oneselfすわっていると、どことなく肌寒肌寒 autumn chillの感じ感じ feelingがする。ふと気がついたら気がついたら realized; became aware、机机 deskの前前 front ofの窓窓 windowがまだたてずにたてずに not put up; not shutあった。障子障子 shōji (sliding paper screen)をあけると月夜月夜 moonlit nightだ。目に触れる目に触れる come into view; catch one's noticeたびに不愉快な不愉快な unpleasant; disagreeable檜檜 hinoki cypressに、青い青い pale光り光り lightがさして、黒い黒い black; dark影影 shadowsの縁縁 edgesが少し少し a bit; somewhat煙って煙って be hazy; be smoky見える見える appear。檜に秋秋 autumnが来た来た arrivedのは珍しい珍しい strange; curiousと思いながら思いながら thinking; considering、雨戸雨戸 outside (sliding) door; storm doorをたてた。
三四郎三四郎 Sanshirō (name)はすぐ床床 bed; beddingへはいった。三四郎は勉強家勉強家 diligent student; hard worker (at one's studies)というよりむしろ彽徊家彽徊家 dabbler; dilettanteなので、わりあい書物書物 books; reading materialsを読まない読まない didn't read。その代りその代り on the other hand; at the same timeある掬すべき掬すべき empathize with; take into consideration情景情景 spectacle; sight; sceneにあうと、何べんも何べんも repeatedly; any number of timesこれを頭の中頭の中 in one's head; in one's mindで新たにして新たにして bring up anew; replay喜んで喜んで be delighted; be pleasedいる。そのほうが命命 lifeに奥行奥行 depthがあるような気気 feelingがする。きょうも、いつもなら、神秘的神秘的 mystical; deep and profound講義講義 lectureの最中にの最中に in the middle of; at the height of、ぱっと電燈電燈 electric lightingがつくところなどを繰り返して繰り返して replay; reliveうれしがるはずだが、母母 motherの手紙手紙 letterがあるので、まず、それから片づけ始めた片づけ始めた began to deal with; began to take care of。
手紙には新蔵新蔵 Shinzō (name)が蜂蜜蜂蜜 honeyをくれたから、焼酎焼酎 shōchū (Japanese liquor distilled from various starches)を混ぜて混ぜて mix (with)、毎晩毎晩 each night; every night杯杯 wine cupに一杯一杯 one cupfulずつ飲んで飲んで drinkいるとある。新蔵は家家 house; householdの小作人小作人 tenant farmerで、毎年毎年 every year冬冬 winterになると年貢米年貢米 rice paid as rent; tax riceを二十俵二十俵 20 bagsずつ持ってくる持ってくる bring; deliver。いたっていたって very much正直者正直者 honest personだが、癇癪癇癪 passion; temperが強い強い strong; intenseので、時々時々 sometimes; occasionally女房女房 wifeを薪薪 piece of firewoodでなぐることがある。――三四郎は床の中で新蔵が蜂蜂 beesを飼い出した飼い出した started keeping昔の昔の past; bygone事事 matter; affairまで思い浮かべた思い浮かべた recollected; thought back to。それは五年五年 five yearsほどまえである。裏裏 back (yard)の椎椎 chinquapin oakの木木 treeに蜜蜂蜜蜂 honey beesが二、三百匹二、三百匹 two or three hundred (bees)ぶら下がってぶら下がって hanging downいたのを見つけてすぐ籾漏斗籾漏斗 funnel used in de-hulling riceに酒酒 sakéを吹きかけて吹きかけて spray onto、ことごとくことごとく one and all生捕生捕 capturing aliveにした。それからこれを箱箱 boxへ入れて入れて put into、出入り出入り coming and goingのできるような穴穴 holesをあけて、日当り日当り exposure to the sunのいい石石 rockの上上 top ofに据えて据えて position; fix (into a place)やった。すると蜂がだんだんふえてくる。箱が一つ一つ oneでは足りなく足りなく be insufficientなる。二つ二つ twoにする。また足りなくなる。三つ三つ threeにする。というふうにふやしていった結果結果 result、今では今では at presentなんでも六箱六箱 six boxesか七箱七箱 seven boxesある。そのうちの一箱一箱 one boxを年年 yearに一度一度 onceずつ石からおろして蜂のために蜜蜜 honeyを切り取る切り取る cleave offといっていた。毎年毎年 every year夏休み夏休み summer vacationに帰る帰る return homeたびに蜜をあげましょうと言わないことはない言わないことはない didn't fail to sayが、ついに持ってきたためしがなかった。が、今年今年 this yearは物覚え物覚え memory; retentive facultyが急に急に suddenlyよくなって、年来の年来の long-standing約束約束 promiseを履行した履行した fulfilled; delivered onものであろう。
平太郎平太郎 Heitarō (name)がおやじおやじ fatherの石塔石塔 stone monument; gravestoneを建てた建てた built; erectedから見にきて見にきて come and seeくれろと頼みにきた頼みにきた came to requestとある。行って行って goみると、木木 treesも草草 grassもはえていない庭庭 yard; gardenの赤土赤土 red earthのまん中まん中 middle; very centerに、御影石御影石 graniteでできていたそうである。平太郎はその御影石が自慢自慢 prideなのだと書いて書いて write; relate (in writing)ある。山山 mountain; mountainsideから切り出す切り出す cut away; hew outのに幾日幾日 several days; a number of daysとかかかって、それから石屋石屋 stone dealerに頼んだら十円十円 ten yen取られた取られた was charged (money)。百姓百姓 farmerや何か何か something (other)にはわからないが、あなたのとこの若旦那若旦那 young masterは大学校大学校 universityへはいっているくらいだから、石石 stoneの善悪善悪 merits and demerits; quality; worthはきっとわかる。今度今度 next time手紙手紙 letter; correspondenceのついでに聞いてみてくれ、そうして十円もかけておやじのためにこしらえてやった石塔をほめてもらってくれと言う言う askedんだそうだ。――三四郎三四郎 Sanshirō (name)はひとりでくすくす笑い出したくすくす笑い出した chuckled; laughed (to oneself)。千駄木千駄木 Sendagi (place name)の石門石門 stone gateよりよほど激しい激しい extreme; intense。
大学大学 universityの制服制服 uniform; outfitを着た着た wearing写真写真 photographをよこせよこせ sendとある。三四郎はいつか撮って撮って take (photograph)やろうと思いながら思いながら thinking; considering、次次 nextへ移る移る move on (to)と、案のごとく案のごとく sure enough; not unexpectedly三輪田三輪田 Miwata (family name)のお光お光 Omitsu (name)さんが出てきた出てきた appeared; was mentioned。――このあいだお光さんのおっかさんおっかさん motherが来て来て came; called、三四郎さんも近々近々 soon; before long大学を卒業卒業 graduationなさることだが、卒業したら家の家の our; our family's娘娘 daughterをもらってくれまいかという相談相談 consultation; discussionであった。お光さんは器量器量 appearance; featuresもよし気質気質 temperament (usually 気立て)も優しい優しい gentle; kindし、家に田地田地 farmland; rice fieldsもだいぶあるし、その上その上 on top of that; moreover家と家との今今 now; the presentまでの関係関係 connection; relationshipもあることだから、そうしたら双方双方 both sides; both partiesともつごうがよいだろうと書いて、そのあとへ但し書但し書 supplementary clauseがつけてある。――お光さんもうれしがるだろう。――東京東京 Tōkyōの者者 peopleは気心が知れない気心が知れない are unreliableから私私 Iはいやじゃ。
三四郎は手紙手紙 letterを巻き返して巻き返して rolled back up、封封 envelope (= 封筒)に入れて入れて put into、枕元枕元 bedside; by one's pillowへ置いた置いた set; placedまま目を眠った目を眠った closed (his) eyes。鼠鼠 miceが急に急に suddenly天井天井 ceilingであばれだしたあばれだした created a commotionが、やがて静まった静まった fell silent; became still。
三四郎三四郎 Sanshirō (name)には三つ三つ threeの世界世界 worlds; realitiesができた。一つ一つ oneは遠く遠く far awayにある。与次郎与次郎 Yojirō (name)のいわゆる明治十五年明治十五年 15th year of Meiji (1882) [note: story is set in 1907]以前以前 before; prior toの香香 scent; odorがする。すべてが平穏平穏 tranquil; unperturbedである代りに代りに in return for ...すべてが寝ぼけて寝ぼけて half asleepいる。もっとも帰る帰る return; go homeに世話はいらない世話はいらない be simple; be easy enough。もどろうとすれば、すぐにもどれる。ただいざとならない以上いざとならない以上 unless circumstances compelled oneはもどる気気 inclinationがしない。いわば立退場立退場 place of refugeのようなものである。三四郎は脱ぎ棄てた脱ぎ棄てた took off; cast aside過去過去 pastを、この立退場の中中 inside; withinへ封じ込めた封じ込めた shut (something) in; confined。なつかしい母母 motherさえここに葬った葬った shelve away; consign to oblivionかと思う思う think; considerと、急に急に suddenlyもったいなくなる。そこで手紙手紙 letter; correspondenceが来た来た came; arrived時時 times; occasionsだけは、しばらくこの世界に彽徊して彽徊して linger (in)旧歓旧歓 old pleasures; former feelingsをあたためる。
第二の第二の the second世界のうちには、苔のはえた苔のはえた moss-covered煉瓦造り煉瓦造り brick constructionがある。片すみ片すみ one cornerから片すみを見渡す見渡す look (out) overと、向こう向こう beyond; the far sideの人人 peopleの顔顔 facesがよくわからないほどに広い広い wide; spacious閲覧室閲覧室 reading roomがある。梯子梯子 ladderをかけなければ、手の届きかねる手の届きかねる be unable to reachまで高く高く high積み重ねた積み重ねた piled; stacked書物書物 booksがある。手ずれ手ずれ wear from handling、指指 fingersの垢垢 dirt; grimeで、黒くなって黒くなって become blackいる。金文字金文字 gold letteringで光って光って shineいる。羊皮羊皮 sheepskin、牛皮牛皮 cowhide、二百二百 two hundred年年 year前前 before; in the pastの紙紙 paper、それからすべての上上 top ofに積もった積もった accumulated塵塵 dustがある。この塵は二、三十年二、三十年 twenty or thirty yearsかかってようやく積もった尊い尊い exalted; sacred塵である。静かな静かな quiet明日明日 future; days to comeに打ち勝つ打ち勝つ overcome; resistほどの静かな塵である。
第二の世界に動く動く move; be active (in)人の影影 shape; formを見ると、たいてい不精な不精な unkempt髭髭 mustacheをはやしている。ある者者 personsは空空 skyを見て歩いて歩いて walk; strollいる。ある者は俯向いて俯向いて with eyes cast downward歩いている。服装服装 dress; attireは必ず必ず invariablyきたない。生計生計 livelihood; circumstancesはきっと貧乏貧乏 poor; destituteである。そうして晏如晏如 calm; at easeとしている。電車電車 (electric) trainに取り巻かれながら取り巻かれながら be surrounded by、太平の太平の tranquil; peaceful空気空気 airを、通天通天 Tsūten (Bridge) - famous for maple trees and fall colorsに呼吸して呼吸して breatheはばからないはばからない not be intimidated; not be constricted。このなかに入る入る be included者は、現世現世 present age; the transient worldを知らない知らない not know; not be familiar withから不幸不幸 unfortunateで、火宅火宅 the world of suffering (Buddhist term)をのがれるのがれる avoid; be sparedから幸い幸い fortunateである。広田先生広田先生 Professor Hirotaはこの内内 within; midstにいる。野々宮野々宮 Nonomiya (name)君君 (suffix of familiarity for males)もこの内にいる。三四郎はこの内の空気をほぼ解しえた解しえた appreciate; understand所所 place; positionにいる。出れば出られる出れば出られる could leave if (he) wanted to。しかしせっかく解しかけた趣味趣味 taste; preferenceを思いきって思いきって resolutely; decisively捨てる捨てる cast aside; discardのも残念残念 disappointment; a shameだ。
第三の第三の the third世界はさんとしてさんとして brilliant; resplendent (= 燦として)春春 springtimeのごとくうごいている。電燈電燈 electric lightingがある。銀匙銀匙 silver spoonsがある。歓声歓声 shouts of joyがある。笑語笑語 humorous story; amusing storyがある。泡立つ泡立つ bubble; foamシャンパンの杯杯 wine cupがある。そうしてすべての上上 top ofの冠冠 crownとして美しい美しい beautiful; lovely女性女性 women (usually 女性)がある。三四郎はその女性の一人一人 one (person)に口をきいた口をきいた talked to; spoke to。一人を二へん二へん two times; twice見た。この世界は三四郎にとって最も最も most深厚な深厚な meaningful; tangible世界である。この世界は鼻の先にある鼻の先にある be right before one's nose。ただ近づき難い近づき難い difficult to approach。近づき難い点点 point; aspectにおいて、天外天外 distant heavens; upper atmosphereの稲妻稲妻 bolt of lightningと一般であると一般である is much like ...。三四郎は遠くからこの世界をながめて、不思議不思議 wondrous; mysteriousに思う思う think of (as); regard (as)。自分自分 oneselfがこの世界のどこかへはいらなければ、その世界のどこかに欠陥欠陥 flaw; deficiencyができるような気気 feelingがする。自分はこの世界のどこかの主人公主人公 main character; pivotal figureであるべき資格資格 qualifications; capabilityを有して有して have; possessいるらしい。それにもかかわらず、円満の円満の fulfilling; harmonious発達発達 development; growthをこいねがうこいねがう seek out; yearn for (= 乞い願う)べきはずのこの世界がかえってみずからを束縛して束縛して fetter; constrain、自分が自由に自由に freely; at will出入出入 entry and exit; coming and goingすべき通路通路 pathwayをふさいでふさいで close; block offいる。三四郎にはこれが不思議不思議 strange; curiousであった。
三四郎三四郎 Sanshirō (name)は床床 bed; beddingのなかで、この三つ三つ threeの世界世界 worlds; realitiesを並べて並べて line up; place side by side、互いに互いに mutually; with respect to each other比較して比較して compareみた。次次 nextにこの三つの世界をかき混ぜてかき混ぜて mixed; stirred、そのなかから一つ一つ oneの結果結果 result; conclusionを得た得た attained。――要するに要するに in short、国国 one's native placeから母母 motherを呼び寄せて呼び寄せて call (to one); summon、美しい美しい beautiful細君細君 wifeを迎えて迎えて receive; accept、そうして身身 oneselfを学問学問 learning; eruditionにゆだねるゆだねる entrust to; devote oneself toにこしたことはないにこしたことはない there is nothing better than ...。
結果はすこぶる平凡平凡 commonplace; ordinaryである。けれどもこの結果に到着する到着する arrive (at)まえにいろいろ考えた考えた thought; consideredのだから、思索思索 thinking; contemplationの労力労力 labor; effortを打算して打算して calculate; take into account、結論結論 conclusionの価値価値 worth; valueを上下しやすい上下しやすい be apt to raise or lower思索家思索家 thinker自身自身 oneselfからみると、それほど平凡ではなかった。
ただこうすると広い広い wide; expansive第三の第三の the third世界世界 world; realityを眇たる眇たる tiny; insignificant一個の一個の one; single細君で代表させる代表させる take as representative; make the focal point ofことになる。美しい女性女性 womenはたくさんある。美しい女性を翻訳する翻訳する translateといろいろになる。――三四郎は広田先生広田先生 Professor Hirotaにならって、翻訳という字字 wordを使って使って use; applyみた。――いやしくもいやしくも any; in the least人格上の人格上の in relation to human character言葉言葉 word; expressionに翻訳のできるかぎりは、その翻訳から生ずる生ずる come about感化感化 influence; inspirationの範囲範囲 scope; extentを広くして、自己の自己の one's own; personal個性個性 character; individualityを全からしむる全からしむる perfect; completeために、なるべく多くの多くの many; numerous美しい女性に接触しなければならない接触しなければならない have to come into contact with。細君一人一人 one (person)を知って知って know; be familiar with甘んずる甘んずる be content withのは、進んで進んで willfully自己の発達発達 development; growthを不完全不完全 incomplete; imperfectにするようなものである。
三四郎は論理論理 logicをここまで延長して延長して extendみて、少し少し a little; a bit広田さんにかぶれたかぶれた be influenced byなと思った思った realized。実際のところは実際のところは in actuality、これほど痛切に痛切に sharply; keenly不足不足 deficiencyを感じていなかった感じていなかった hadn't feltからである。
翌日翌日 the following day学校学校 universityへ出る出る arrive (at)と講義講義 lecturesは例によって例によって as usual; as alwaysつまらないが、室内室内 within the roomの空気空気 air; atmosphereは依然として依然として still俗俗 the (common) worldを離れて離れて separated from; apart fromいるので、午後午後 afternoon三時三時 three (o'clock)までのあいだに、すっかり第二の第二の the second世界の人人 personとなりおおせてなりおおせて managed to become (= 成り果せて)、さも偉人偉人 man of greatnessのような態度態度 outlook; attitudeをもって、追分追分 Oiwake (place name)の交番交番 police boxの前前 front ofまで来る来る come (to); arrive (at)と、ばったり与次郎与次郎 Yojirō (name)に出会った出会った met; ran into。
与次郎は急いで急いで in a hurry行き過ぎた行き過ぎた went on (one's way)。三四郎も急いで下宿下宿 dorm; lodgingsへ帰った帰った returned (to)。その晩晩 evening取って返して取って返して hurry back; retrace one's steps、図書館図書館 libraryでロマンチック・アイロニーという句句 phraseを調べて調べて check; investigateみたら、ドイツのシュレーゲルシュレーゲル (Karl Wilhelm) Friedrich Schlegelが唱えだした唱えだした advocated; set forth言葉で、なんでも天才天才 genius; prodigyというものは、目的目的 purpose; objectiveも努力努力 effortもなく、終日終日 all day; morning to nightぶらぶらぶらついてぶらついて stroll; loiterいなくってはだめだという説説 theory; doctrineだと書いてあった書いてあった was written。三四郎はようやく安心して安心して be put at ease、下宿へ帰って、すぐ寝た寝た went to bed。
あくる日あくる日 the next dayは約束約束 promise; commitmentだから、天長節天長節 Emperor's Birthday (former national holiday)にもかかわらず、例刻例刻 the regular time; the usual timeに起きて起きて get up、学校学校 universityへ行く行く go (to)つもりで西片町十番地西片町十番地 Nishikatamachi 10へはいって、への三号への三号 Number 3を調べて調べて search outみると、妙に妙に oddly; curiously細い細い narrow通り通り streetの中ほど中ほど middleにある。古い古い old家家 houseだ。
玄関玄関 entry hallの代りにの代りに in place of ...西洋間西洋間 Western-style roomが一つ一つ one突き出して突き出して protrude; stick outいて、それと鉤の手に鉤の手に at a right angle to座敷座敷 living room; parlorがある。座敷のうしろが茶の間茶の間 tea room; hearth roomで、茶の間の向こう向こう far sideが勝手勝手 kitchen、下女部屋下女部屋 maidservant quartersと順に順に in order並んで並んで be lined upいる。ほかに二階二階 second floorがある。ただし何畳何畳 how large (lit: how many tatami mats)だかわからない。
三四郎三四郎 Sanshirō (name)は掃除掃除 cleaning; sweepingを頼まれた頼まれた was requested; was asked (to do)のだが、べつに掃除をする必要必要 necessityもないと認めた認めた judged; assessed。むろんきれいじゃない。しかし何といって何といって at any rate、取って捨てべきもの取って捨てべきもの things to be taken away; things to be thrown outも見当らない見当らない were not to be found。しいて捨てれば畳畳 tatami; flooring mats建具建具 fittings and fixturesぐらいなものだと考えながら考えながら thinking; considering、雨戸雨戸 outside (sliding) door; storm doorだけをあけて、座敷の椽側椽側 verandaへ腰をかけて腰をかけて sat down庭庭 yard; gardenをながめていた。
大きな大きな large百日紅百日紅 crape myrtle (tree/shrub known for its long-lasting flowers)がある。しかしこれは根根 rootsが隣隣 next door; neighboring (yard)にあるので、幹幹 trunkの半分半分 half以上以上 more than ...が横横 sidewaysに杉垣杉垣 cedar fenceから、こっちの領分領分 territoryをおかしておかして violate; infringe (upon)いるだけである。大きな桜桜 cherry treeがある。これはたしかに垣根垣根 fenceの中中 insideにはえている。その代りその代り on the other hand枝枝 branchesが半分往来往来 road; streetへ逃げ出して逃げ出して escape out toward、もう少し少し a little; a bitすると電話電話 telephone (lines)の妨害妨害 obstruction; interferenceになる。菊菊 chrysanthemumが一株一株 one plantある。けれども寒菊寒菊 winter chrysanthemumとみえて、いっこう咲いて咲いて bloom; blossomいない。このほかにはなんにもない。気の毒な気の毒な pitifulような庭である。ただ土土 earth; soilだけは平ら平ら flat; levelで、肌理肌理 textureが細か細か small; fineではなはだはなはだ very美しい美しい beautiful。三四郎は土を見て見て look atいた。じっさい土を見るようにできた庭である。
そのうち高等学校高等学校 high schoolで天長節の式式 ceremonyの始まる始まる start; beginベルが鳴りだした鳴りだした rang out。三四郎はベルを聞きながら聞きながら listen to九時九時 nine (o'clock)がきたんだろうと考えた考えた thought; became aware (of)。何もしないで何もしないで without doing anythingいても悪い悪い not good; improperから、桜の枯葉枯葉 dead leavesでも掃こう掃こう sweep upかしらんとようやく気がついた気がついた decided (to do)時時 time; moment、また箒箒 broomがないということを考えだした。また椽側へ腰をかけた。かけて二分二分 two minutesもしたかと思うと、庭木戸庭木戸 garden gateがすうとあいた。そうして思いもよらぬ池池 pondの女女 young ladyが庭の中にあらわれた。
女はこの句句 phraseを冒頭に置いて冒頭に置いて begin with; lead off with会釈した会釈した greeting; bow。腰から上上 aboveを例のとおり例のとおり as before前前 forwardへ浮かした浮かした floatedが、顔顔 faceはけっして下げない下げない didn't lower。会釈しながら、三四郎を見つめている。女の咽喉咽喉 throatが正面から正面から from the front; from straight on見ると長く延びた長く延びた lengthened。同時に同時に at the same timeその目目 eyesが三四郎の眸眸 pupilsに映った映った were reflected。
二、三日二、三日 two or three daysまえ三四郎は美学美学 aestheticsの教師教師 instructorからグルーズグルーズ Jean-Baptiste Greuze (French painter; 1725–1805)の絵絵 painting; portraitを見せてもらった。その時時 time; occasion美学の教師が、この人人 person; manのかいた女の肖像肖像 portraitはことごとくヴォラプチュアスなヴォラプチュアスな voluptuous表情表情 facial expression; countenanceに富んでいるに富んでいる be rich in ...; be endowed with ...と説明した説明した explained。ヴォラプチュアス! 池の女のこの時の目つき目つき look (in one's eyes)を形容する形容する describeにはこれよりほかに言葉言葉 wordがない。何か何か somehow訴えて訴えて appeal to (one's emotions)いる。艶なる艶なる charming; enchantingあるものを訴えている。そうしてまさしく官能官能 sensualityに訴えている。けれども官能の骨骨 bonesをとおして髄髄 marrowに徹する徹する penetrate (to)訴え方訴え方 manner of appealing toである。甘い甘い sweetものに堪えうる堪えうる be able to bear; be able to endure程度程度 extent; degreeをこえて、激しい激しい violent刺激刺激 stimulus; provocationと変ずる変ずる change (to); be transformed (into)訴え方である。甘いといわんよりは苦痛苦痛 agonyである。卑しく卑しく vulgar; vileこびるこびる flatter; fawn upon (媚びる)のとはむろん違う違う be different (from)。見られるもののほうがぜひこびたくなるほどに残酷な残酷な cruel; merciless目つきである。しかもこの女にグルーズの絵と似た似た resembleところは一つ一つ one (thing)もない。目はグルーズのより半分も半分も by half小さい小さい small。
女の声声 voiceと調子調子 tone; manner (of speaking)に比べる比べる compareと、三四郎の答答 answer; responseはすこぶるぶっきらぼうぶっきらぼう curt; bluntである。三四郎も気がついて気がついて be aware ofいる。けれどもほかに言いよう言いよう way of saying; manner of speakingがなかった。
「まだお移りにならないお移りにならない hasn't movedんでございますか」女の言葉ははっきりしている。普通のように普通のように as is commonあとを濁さないあとを濁さない didn't equivocate; didn't speak noncommittally。
「まだ来ませんまだ来ません not yet arrived。もう来る来る come; arriveでしょう」
女女 young ladyはしばししばし for a while (= しばらく)ためらったためらった hesitated; paused。手手 handに大きな大きな large籃籃 basketをさげている。女の着物着物 kimono (pattern)は例によって例によって as always、わからないわからない unfamiliar。ただいつものように光らない光らない subtle; not flashyだけが目についた目についた was apparent; caught one's notice。地地 (base) fabricがなんだかぶつぶつしているぶつぶつしている be textured; be bumpy。それに縞縞 stripesだか模様模様 patternsだかある。その模様がいかにもでたらめでたらめ incoherent; randomである。
風が隣隣 next doorへ越した越した moved on to; crossed over into時分時分 time; moment、女が三四郎三四郎 Sanshirō (name)に聞いた聞いた asked; inquired。
「掃除掃除 cleaning; sweepingに頼まれて頼まれて asked (to do something)来た来た cameのです」と言った言った said; repliedが、現に現に actually; in fact腰をかけて腰をかけて sit downぽかんとしてぽかんとして vacantly; absentmindedlyいたところを見られた見られた was seenのだから、三四郎は自分自分 oneselfでおかしくなった。すると女も笑いながら笑いながら smiling、
「じゃ私私 Iも少し少し a little; a bitお待ち申しましょうお待ち申しましょう waitか」と言った。その言い方言い方 manner of speakingが三四郎に許諾許諾 consentを求める求める seekように聞こえた聞こえた sounded (like)ので、三四郎は大いに大いに greatly愉快愉快 content; happyであった。そこで「ああ」と答えた答えた answered。三四郎の了見了見 intentionでは、「ああ、お待ちなさい」を略した略した abbreviatedつもりである。女はそれでもまだ立っている。三四郎はしかたがないから、
「あなたは……」と向こう向こう the other partyで聞いたようなことをこっちからも聞いた。すると、女は籃を椽椽 verandaの上へ置いて置いて set; place、帯帯 sashの間間 midst; withinから、一枚一枚 one (flat object)の名刺名刺 calling cardを出して出して take out; produce、三四郎にくれた。
「ええ」と左右左右 left and rightをながめたぎりである。腰を上げない腰を上げない did not get up。しばらく椽を見回した見回した looked around; surveyed目目 eyesを、三四郎に移す移す shift (toward)やいなや、
「掃除掃除 cleaning; sweepingはもうなすったんですか」と聞いた。笑って笑って smileいる。三四郎はその笑いのなかに慣れやすい慣れやすい ; easy to grow accustomed to; easy to feel comfortable withあるものを認めた認めた recognized。
「まだやらんです」
「お手伝いをして、いっしょに始めましょう始めましょう get startedか」
三四郎はすぐに立った立った rose; got up。女は動かない動かない didn't move。腰をかけたまま、箒箒 broomやはたきはたき dusterのありかを聞く。三四郎は、ただてぶらでてぶらで with empty hands来た来た came; arrivedのだから、どこにもない、なんなら通り通り street; roadへ行って買ってこよう行って買ってこよう go out and buyかと聞くと、それはむだだから、隣隣 next doorで借りる借りる borrowほうがよかろうと言う言う said; replied。三四郎はすぐ隣へ行った。さっそく箒とはたきと、それからバケツと雑巾雑巾 cleaning ragまで借りて急いで帰ってくる急いで帰ってくる come hurrying backと、女は依然として依然として as beforeもとの所所 placeへ腰をかけて、高い桜の枝枝 branchesをながめていた。
「あって……」と一口一口 one word言っただけである。
三四郎は箒を肩へかついで肩へかついで carry over one's shoulder、バケツを右の手右の手 right handへぶら下げてぶら下げて carry「ええありました」とあたりまえのことを答えた答えた answered。
女は白足袋白足袋 white socks (with split toe for sandal strap)のまま砂だらけの椽側椽側 verandaへ上がった上がった stepped up (onto)。歩く歩く walkと細い細い slender足のあと足のあと footprintsができる。袂袂 sleeve pocketから白い白い white前だれ前だれ apronを出して出して took out帯帯 sashの上上 aboveから締めた締めた tied; secured。その前だれの縁縁 edge; borderがレースのようにかがってかがって sew; stitchある。掃除をするにはもったいないほどきれいな色色 colorである。女は箒を取った取った took。
「いったんはき出しましょうはき出しましょう sweep out」と言いながら、袖の裏袖の裏 sleeve opening (along back edge of kimono sleeve)から右の手右の手 right armを出して、ぶらつく袂を肩の上へかついだ。きれいな手が二の腕二の腕 upper armまで出た。かついだ袂の端端 end; edge (usually 端)からは美しい美しい beautiful襦袢襦袢 undergarment; under layerの袖が見える。茫然として茫然として blankly; absentmindedly立っていた三四郎は、突然バケツを鳴らして鳴らして clank; rattle勝手口勝手口 kitchen door; service entranceへ回った回った went around (to)。
美禰子美禰子 Mineko (name)が掃く掃く sweepあとを、三四郎三四郎 Sanshirō (name)が雑巾雑巾 cleaning ragをかける。三四郎が畳畳 tatami (mats)をたたくあいだに、美禰子が障子障子 shōjiをはたくはたく dust off。どうかこうか掃除掃除 cleaningがひととおりひととおり once over済んだ済んだ be finished時時 timeは二人二人 two peopleともだいぶ親しくなった親しくなった were on friendly terms。
三四郎がバケツの水水 waterを取り換え取り換え exchange; change outに台所台所 kitchenへ行った行った went (to)あとで、美禰子がはたきはたき dusterと箒箒 broomを持って持って hold; carry二階二階 2nd floor; upstairsへ上がった上がった went up (to)。
「ちょっと来て来て comeください」と上上 aboveから三四郎を呼ぶ呼ぶ call for。
「なんですか」とバケツをさげた三四郎が梯子段梯子段 staircaseの下下 below; bottomから言う言う say; reply。女女 young ladyは暗い暗い dark所所 placeに立って立って standいる。前だれ前だれ apronだけがまっ白まっ白 pure whiteだ。三四郎はバケツをさげたまま二、三段二、三段 two or three steps上がった。女はじっとしている。三四郎はまた二段上がった。薄暗い薄暗い dim所で美禰子の顔顔 faceと三四郎の顔が一尺一尺 1 shaku (about 30 cm; about 1 foot)ばかりの距離距離 distanceに来た。
三四郎は黙って黙って without speaking、美禰子の方方 directionへ近寄った近寄った approached。もう少し少し a little; a bitで美禰子の手手 handに自分の自分の one's own手が触れる所触れる所 just short of touchingで、バケツに蹴つまずいた蹴つまずいた stumbled over (= 躓いた)。大きな音大きな音 loud sound; loud noiseがする。ようやくのことで戸を一枚一枚 one (door)あけると、強い強い strong日日 sunlightがまともにさし込んださし込んだ poured in。まぼしいまぼしい blinding (= まぶしい)くらいである。二人二人 two (people)は顔を見合わせて顔を見合わせて look at each other思わず思わず on impulse笑い出した笑い出した laughed。
裏裏 back (side)の窓窓 windowもあける。窓には竹竹 bambooの格子格子 latticeがついている。家主家主 landlord; property ownerの庭庭 yard; gardenが見える見える be visible。鶏鶏 chickensを飼って飼って keep; raise (pets or livestock)いる。美禰子美禰子 Mineko (name)は例のごとく例のごとく as before掃き出した掃き出した swept out。三四郎三四郎 Sanshirō (name)は四つ這い四つ這い on hands and kneesになって、あとから拭き出した拭き出した wiped up。美禰子は箒箒 broomを両手両手 both handsで持った持った heldまま、三四郎の姿姿 shape; formを見て、
「まあ」と言った言った said; exclaimed。
やがて、箒を畳畳 tatami (mats)の上上 top ofへなげ出してなげ出して tossed aside; laid aside、裏の窓の所所 place; vicinity ofへ行って行って went (to)、立ったまま立ったまま standing there外面外面 outsideをながめている。そのうち三四郎も拭き終った拭き終った finished wiping。ぬれ雑巾ぬれ雑巾 wet ragをバケツの中中 insideへぼちゃんとぼちゃんと with a splash; with a plopたたきこんで、美禰子のそばへ来て並んだ来て並んだ came up next to。
「何何 whatを見ているんです」
「あててごらんなさい」
「鶏鶏 chickensですか」
「いいえ」
「あの大きな大きな large木木 treeですか」
「いいえ」
「じゃ何を見ているんです。ぼくにはわからない」
「私私 Iさっきからあの白い白い white雲雲 cloudを見ておりますの」
なるほど白い雲が大きな空空 skyを渡って渡って cross; traverseいる。空はかぎりなく晴れて晴れて clear (weather)、どこまでも青く青く blue澄んで澄んで be clear; be transparentいる上を、綿綿 cottonの光った光った shineような濃い濃い dense; solid雲がしきりに飛んで行く飛んで行く blow by; float by (on the wind)。風風 windの力力 force; powerが激しい激しい furious; intenseと見えて、雲の端端 edge; tipが吹き散らされる吹き散らされる be blown about; be buffetedと、青い地地 base; backgroundがすいて見えるほどに薄く薄く thinなる。あるいは吹き散らされながら、塊まって塊まって clump; cluster together、白く柔かな柔かな soft針針 needlesを集めた集めた gathered; formedように、ささくれだつささくれだつ split finely。美禰子はそのかたまりを指さして指さして point out; indicate言った。
「駝鳥駝鳥 ostrichの襟巻襟巻 boa (decorative scarf made of feathers)に似て似て resembleいるでしょう」
「うん、あれなら知っとる」と言った。そうして、あの白い雲はみんな雪雪 snowの粉粉 powder; dustで、下下 belowから見てあのくらいに動く動く move; be in motion以上以上 given that ...は、颶風颶風 typhoon; cyclone以上以上 more than; in excess (of)の速度速度 speed; velocityでなくてはならないと、このあいだ野々宮野々宮 Nonomiya (name)さんから聞いた聞いた heardとおりを教えた教えた told (of); informed。美禰子は、
「あらそう」と言いながら三四郎を見たが、
「雪じゃつまらないわね」と否定否定 repudiationを許さぬ許さぬ won't allow; won't tolerateような調子調子 tone (of voice)であった。
「おそいって、荷物荷物 thingsを一度一度 once; one timeに出した出した put out; moved outんだからしかたがない。それにぼく一人一人 aloneだから。あとは下女下女 maidservantと車屋車屋 rickshaw manばかりでどうすることもできない」
「先生先生 professorは」
「先生は学校学校 school」
二人二人 two (people)が話話 talk; conversationを始めて始めて beginいるうちに、車屋が荷物をおろし始めた。下女もはいって来た。台所台所 kitchenの方方 direction; alternativeを下女と車屋に頼んで頼んで request、与次郎と三四郎は書物書物 booksを西洋間西洋間 Western-style roomへ入れる入れる put into。書物がたくさんある。並べる並べる line up; organizeのは一仕事一仕事 significant task; hard workだ。
「里見里見 Satomi (Mineko's family name)のお嬢さんお嬢さん young ladyは、まだ来ていないか」
「来ている」
「どこに」
「二階にいる」
「二階に何何 whatをしている」
「何をしているか、二階にいる」
「冗談じゃない冗談じゃない you've got to be kidding me」
与次郎は本本 bookを一冊一冊 one volume (book)持った持った hold; carryまま、廊下伝いに廊下伝いに following the corridor梯子段梯子段 staircaseの下下 bottomまで行って行って went (to)、例のとおりの例のとおりの usual; characteristic声声 voice; toneで、
「里見さん、里見さん。書物をかたづけるから、ちょっと手伝って手伝って help outください」と言う。
「ただ今参りますただ今参ります coming; be there in a minute」
箒箒 broomとはたきはたき dusterを持って、美禰子は静かに静かに quietly; calmly降りて来た降りて来た came down。
「たいへんもなにもありゃしない。これを部屋部屋 roomの中へ入れて入れて put into; bring into、片づける片づける arrange; organizeんです。いまに先生先生 professorも帰って来て帰って来て come back手伝う手伝う help outはずだからわけはないわけはない nothing to it; no problem。――君君 you (used here as form of address)、しゃがんで本本 bookなんぞ読みだしちゃ困る困る can't have (someone doing something); is unacceptable。あとで借りて借りて borrowいってゆっくり読むがいい」と与次郎が小言小言 complaintを言う。
美禰子と三四郎が戸口で本をそろえると、それを与次郎が受け取って受け取って receive; take部屋の中の書棚書棚 bookshelvesへ並べる並べる arrange; line upという役割役割 roles; dutiesができた。
「そう乱暴に乱暴に recklessly; carelessly、出しちゃ出しちゃ put forth; present困る。まだこの続き続き next (volume); next (in a series)が一冊一冊 one volumeあるはずだ」と与次郎が青い青い blue平たい平たい thin本を振り回す振り回す waved。
「あらあったもないもんだ。早く早く quickly; promptlyお出しなさいお出しなさい hand it over; hand it here」
三人三人 three (people)は約約 about; around三十分三十分 thirty minutesばかり根気に根気に diligently; energetically働いた働いた worked。しまいにはさすがの与次郎もあまりせっつかなくなったせっつかなくなった slackened one's pace; lost one's sense of urgency。見る見る lookと書棚の方方 directionを向いてあぐらをかいて黙って黙って be silentいる。美禰子は三四郎の肩肩 shoulderをちょっと突っついた突っついた tapped; poked。三四郎は笑いながら、
三四郎三四郎 Sanshirō (name)と美禰子美禰子 Mineko (name)は顔を見合わせて顔を見合わせて looked at each other笑った笑った laughed。肝心肝心 essential; crucialの主脳主脳 head; leaderが動かない動かない not moving; at a standstillので、二人二人 two (people)とも書物書物 booksをそろえるのを控えて控えて hold back; refrainいる。三四郎は詩詩 poems; poetryの本本 bookをひねくり出したひねくり出した worked free; wrested out。美禰子は大きな大きな large画帖画帖 picture bookを膝膝 lapの上上 top ofに開いた開いた opened。勝手勝手 kitchenの方方 directionでは臨時雇い臨時雇い hired by the day; working on contractの車夫車夫 cartman; driverと下女下女 maidservantがしきりにしきりに frequently; incessantly論判論判 argument; disputeしている。たいへん騒々しい騒々しい noisy。
「ちょっと御覧なさいちょっと御覧なさい take a look at this」と美禰子が小さな小さな small; quiet (voice)声声 voiceで言う言う said。三四郎は及び腰になって及び腰になって with one's back bent、画帖の上へ顔を出した。美禰子の髪髪 hair (usually 髪)で香水香水 perfumeのにおいがする。
絵絵 pictureはマーメイドの図図 illustrationである。裸体の裸体の naked; nude女女 womanの腰腰 hipsから下下 belowが魚魚 fishになって、魚の胴胴 trunk; torsoがぐるりと腰を回って回って circle (around)、向こう側向こう側 other side; far sideに尾尾 tailだけ出て出て protrude; stick outいる。女は長い長い long髪髪 hairを櫛櫛 combですきながらすきながら combing、すき余ったすき余った too much for the comb; overflowing the combのを手手 handに受けながら受けながら receive; hold、こっちを向いて向いて face (toward)いる。背景背景 backgroundは広い広い wide海海 ocean; seaである。
「なんだ、何何 whatを見て見て look atいるんだ」と言いながら廊下廊下 corridor; hallwayへ出て来た出て来た came out (to)。三人三人 three (people)は首をあつめて首をあつめて with heads together画帖を一枚ごと一枚ごと one page at a timeに繰って繰って turn (pages); flip throughいった。いろいろな批評批評 critique; commentが出る。みんないいかげんである。
ところへ広田先生広田先生 Professor Hirotaがフロックコートで天長節天長節 Emperor's Birthday (former national holiday)の式式 ceremonyから帰ってきた帰ってきた came back; returned、三人は挨拶挨拶 greetings; civilitiesをする時に画帖を伏せて伏せて lay face down; turn overしまった。先生が書物だけはやく片づけよう片づけよう put away; organizeというので、三人がまた根気に根気に diligently; energeticallyやり始めたやり始めた started on; set about (doing something)。今度今度 this timeは主人公主人公 master; head of the houseがいるので、そう油を売る油を売る loaf; dawdleこともできなかったとみえて、一時間後一時間後 one hour laterには、どうか、こうか廊下の書物が書棚書棚 bookshelvesの中中 inside; withinへ詰まって詰まって be packed (into)しまった。四人四人 four (people)は立ち並んで立ち並んで standing togetherきれいに片づいた書物を一応一応 once-overながめた。
「先生先生 Professor (used here as form of address)これだけみんなお読みになったお読みになった readですか」と最後に最後に finally三四郎三四郎 Sanshirō (name)が聞いた聞いた asked; inquired。三四郎はじっさい参考参考 reference; (point of) consultationのため、この事実事実 truth; realityを確かめて確かめて confirm; verifyおく必要必要 necessityがあったとみえる。
「みんな読めるものか、佐々木佐々木 Sasaki (Yojirō's family name)なら読むかもしれないが」
与次郎与次郎 Yojirō (name)は頭をかいて頭をかいて scratch one's headいる。三四郎はまじめになって、じつはこのあいだから大学大学 universityの図書館図書館 libraryで、少しずつ少しずつ a few at a time本本 booksを借りて借りて borrow読むが、どんな本を借りても、必ず必ず invariably; without failだれか目を通して目を通して look throughいる。試しに試しに as a testアフラ・ベーンアフラ・ベーン Aphra Behn (English female literary writer; 1640-1689)という人人 personの小説小説 novelを借りてみたが、やっぱりだれか読んだあとがあるので、読書読書 reading範囲範囲 scope; rangeの際限際限 limits; boundsが知りたくなった知りたくなった wanted to know; was wondering aboutから聞いてみたと言う。
「アフラ・ベーンならぼくも読んだ」
広田先生広田先生 Professor Hirotaのこの一言一言 few words; brief commentには三四郎も驚いた驚いた be surprised; be astounded。
与次郎の言葉はけっして冷評冷評 sneer; slightではなかった。三四郎は黙って黙って in silence本箱本箱 bookcaseをながめていた。すると座敷から美禰子の声声 voiceが聞こえた。
「ごちそうをあげるからお二人お二人 you two; the two of youともいらっしゃい」
二人が書斎書斎 study (room)から廊下伝いに廊下伝いに following the corridor、座敷へ来て来て come (to); arrive (at)みると、座敷のまん中まん中 middle; centerに美禰子の持って来た持って来た brought籃籃 basketが据えて据えて place; set (into position)ある。蓋蓋 lidが取って取って take (off); removeある。中中 insideにサンドイッチがたくさんはいっている。美禰子はそのそばにすわって、籃の中のものを小皿小皿 small dish; small plateへ取り分けて取り分けて apportion; serve outいる。与次郎と美禰子の問答問答 dialogue; discussionが始まった始まった started。
「よく忘れずに忘れずに without forgetting持ってきました持ってきました broughtね」
「だって、わざわざ御注文御注文 order; requestですもの」
「その籃籃 basketも買ってきた買ってきた went and boughtんですか」
「いいえ」
「家家 house; homeにあったんですか」
「ええ」
「たいへん大きな大きな big; largeものですね。車夫車夫 rickshaw man; driverでも連れてきた連れてきた brought (someone along)んですか。ついでに、少しのあいだ少しのあいだ for a while置いて置いて keep (in a place)働かせれば働かせれば put to workいいのに」
「車夫はきょうは使い使い errands; businessに出ました出ました was out; left (on)。女女 womanだってこのくらいなものは持てますわ」
「あなただから持つんです。ほかのお嬢さんお嬢さん young ladyなら、まあやめますね」
「そうでしょうか。それなら私私 Iもやめればよかった」
美禰子美禰子 Mineko (name)は食い物食い物 foodを小皿小皿 small dishes; small platesへ取りながら取りながら serve up; dish out、与次郎与次郎 Yojirō (name)と応対して応対して deal with; engage withいる。言葉言葉 words; speechに少しもよどみよどみ indecision; hesitationがない。しかもゆっくりおちついている。ほとんど与次郎の顔顔 faceを見ない見ない not look atくらいである。三四郎三四郎 Sanshirō (name)は敬服した敬服した admired; thought highly of。
台所台所 kitchenから下女下女 maidservantが茶茶 teaを持って来る持って来る brought out。籃を取り巻いた取り巻いた surrounded; crowded round連中連中 group; companyは、サンドイッチを食い出した食い出した started in on (eating)。少しのあいだは静か静か quietであったが、思い出した思い出した rememberedように与次郎がまた広田先生広田先生 Professor Hirotaに話しかけた話しかけた addressed; spoke to。
「十七世紀は古すぎる古すぎる too old。雑誌雑誌 magazine; journalの材料材料 materialにゃなりませんね」
「古い。しかし職業職業 professionとして小説小説 novelに従事した従事した pursued a calling; took up a professionはじめての女だから、それで有名有名 famousだ」
「有名じゃ困るな困るな awkward; embarrassing。もう少し伺って伺って inquire (into a matter)おこう。どんなものを書いた書いた wroteんですか」
「ぼくはオルノーコオルノーコ Oroonoko (published in 1688)という小説を読んだ読んだ readだけだが、小川小川 Ogawa (Sanshirō's family name)さん、そういう名名 name; title (of a story)の小説が全集全集 complete worksのうちにあったでしょう」
三四郎はきれいに忘れて忘れて forgetいる。先生にその梗概梗概 outline; summaryを聞いてみると、オルノーコという黒ん坊黒ん坊 Negro; dark-skinned personの王族王族 royal; member of the royal familyが英国の船長船長 (ship's) captainにだまされて、奴隷奴隷 slaveに売られて売られて be sold、非常に非常に in the extreme; to a great degree難儀をする難儀をする suffer hardship事事 matter; affairが書いてあるのだそうだ。しかもこれは作家の実見譚実見譚 eyewitness's accountだとして後世後世 later generationsに信ぜられて信ぜられて believed (to be)いるという話話 storyである。
広田先生広田先生 Professor Hirotaは例によって例によって as usual; according to habit煙草煙草 tobacco; cigaretteをのみ出したのみ出した started smoking。与次郎与次郎 Yojirō (name)はこれを評して評して comment on; express an opinion on鼻鼻 noseから哲学哲学 philosophyの煙煙 smokeの吐く吐く breathe outと言った言った said; remarked。なるほど煙の出方出方 way of emergingが少し少し a little; a bit違う違う different。悠然として悠然として calmly; deliberately太く太く thickたくましいたくましい sturdy棒棒 column; pillarが二本二本 two (long objects)穴穴 nostrilsを抜けて来る抜けて来る come out through。与次郎はその煙柱煙柱 pillars of smokeをながめて、半分半分 halfway背背 back (part of body)を唐紙唐紙 paper-covered shōji (short for 唐紙障子)に持たした持たした leaned againstまま黙って黙って be silentいる。三四郎三四郎 Sanshirō (name)の目目 eyesはぼんやり庭庭 yard; gardenの上上 on; on top ofにある。引っ越し引っ越し movingではない。まるで小集小集 small get-togetherのていに見える見える appear (to be)。談話談話 conversationもしたがって気楽な気楽な carefree; comfortableものである。ただ美禰子美禰子 Mineko (name)だけが広田先生の陰陰 other side (of)で、先生がさっき脱ぎ捨てた脱ぎ捨てた took off; cast off洋服洋服 Western clothesを畳み始めた畳み始めた began to fold up。先生に和服和服 Japanese clothesを着せた着せた laid out clothing (for someone to wear)のも美禰子の所為所為 act; deedとみえる。
「今今 (just) nowのオルノーコオルノーコ Oroonoko (Aphra Behn novel published in 1688)の話話 storyだが、君君 youはそそっかしいそそっかしい rash; carelessから間違える間違える be mistaken; misunderstandといけないからついでに言うがね」と先生の煙がちょっととぎれた。
「へえ、伺って伺って inquire; seek someone's guidanceおきます」と与次郎が几帳面に几帳面に precisely; on cue言う。
「あの小説小説 novelが出て出て appear; be publishedから、サザーンサザーン Thomas Southerne (Irish dramatist; 1660–1746)という人人 person; manがその話を脚本脚本 (theater) scriptに仕組んだ仕組んだ arranged (as)のが別別 separateにある。やはり同じ同じ same名名 nameでね。それをいっしょにしちゃいけない」
「へえ、いっしょにしやしません」
洋服を畳んでいた美禰子はちょっと与次郎の顔顔 faceを見た。
「その脚本のなかに有名な有名な famous句句 line; wordsがある。Pity's akin to love という句だが……」それだけでまた哲学の煙をさかんに吹き出した。
「日本日本 Japanにもありそうな句ですな」と今度今度 this timeは三四郎が言った。ほかの者者 people; membersも、みんなありそうだと言いだした。けれどもだれにも思い出せない思い出せない can't recall; can't think of。ではひとつ訳して訳して translateみたらよかろうということになって、四人四人 four (of them)がいろいろに試みた試みた tried; attemptedがいっこうにまとまらない。しまいに与次郎が、
「これは、どうしても俗謡俗謡 popular song; balladでいかなくっちゃだめですよ。句の趣趣 tenor; gistが俗謡だもの」と与次郎らしい意見意見 opinion; point of viewを提出した提出した offered; proposed。
そこで三人三人 three (people)がぜんぜん翻訳翻訳 translation権権 authority; rightsを与次郎与次郎 Yojirō (name)に委任する委任する entrust to; charge with (doing)ことにした。与次郎はしばらく考えて考えて pondered; mulledいたが、
「少し少し a little; a bitむりですがね、こういうなどうでしょう。かあいそうかあいそう wretched; pitiable (= 可哀そう)だたほれたってことよ」
「いかん、いかん、下劣の極下劣の極 utterly base; thoroughly vulgarだ」と先生先生 professorがたちまち苦い苦い distasteful; disapproving顔顔 face; lookをした。その言い方言い方 manner of speaking; expressionがいかにも下劣らしいので、三四郎三四郎 Sanshirō (name)と美禰子美禰子 Mineko (name)は一度に一度に at once; simultaneously笑い出した笑い出した broke into laughter。この笑い声笑い声 laughterがまだやまないうちに、庭庭 yard; gardenの木戸木戸 (wooden) gateがぎいと開いて開いて opened、野々宮野々宮 Nonomiya (name)さんがはいって来たはいって来た came in; entered。
「もうたいてい片づいた片づいた put in order; finished upんですか」と言いながら、野々宮さんは椽側椽側 verandaの正面正面 front sideの所所 place; areaまで来て、部屋部屋 roomの中中 inside; interiorにいる四人四人 four (people)をのぞくように見渡した見渡した looked around。
「まだ片づきませんよ」と与次郎がさっそく言う。
「少し手伝って手伝って help outいただきましょうか」と美禰子が与次郎に調子を合わせた調子を合わせた went along with。野々宮さんはにやにや笑いながら、
「だいぶにぎやかなようですね。何か何か somethingおもしろい事事 incident; affairがありますか」と言って、ぐるりと後向きに後向きに facing backwards椽側へ腰をかけた腰をかけた sat down。
「今今 just nowぼくが翻訳をして先生にしかられたところです」
「翻訳を? どんな翻訳ですか」
「なにつまらない――かわいそうだたほれたってことよというんです」
「へえ」と言った野々宮君君 (suffix of familiarity for males)は椽側で筋かいに筋かいに crosswise; at an angle向き直った向き直った turned (himself)。「いったいそりゃなんですか。ぼくにゃ意味意味 meaningがわからない」
三四郎三四郎 Sanshirō (name)は野々宮野々宮 Nonomiya (name)君君 (suffix of familiarity for males)の態度態度 manner; behaviorと視線視線 gaze; look (in one's eyes)とを注意せずにはいられなかった注意せずにはいられなかった couldn't help but notice。
美禰子美禰子 Mineko (name)は台所台所 kitchenへ立って立って get up (to go to)、茶碗茶碗 tea cupを洗って洗って wash、新しい新しい fresh茶茶 teaをついで、椽側椽側 verandaの端端 edgeまで持って出る持って出る bring out (to)。
「ええ、からだのほうはもう回復回復 recovery (from an illness); convalescenceしましたが」とまた腰をかけて腰をかけて sit down茶を飲む飲む drink。それから、少し少し a little; a bit先生先生 professorの方方 directionへ向いた向いた turned toward。
「先生、せっかく大久保大久保 Ōkubo (place name)へ越した越した moved (to); relocated (to)が、またこっちの方へ出なければならないようになりそうです」
「なぜ」
「妹妹 younger sisterが学校学校 schoolへ行き帰り行き帰り coming and going; commuteに、戸山戸山 Toyama (Academy)の原原 (training) fieldsを通る通る pass throughのがいやだと言いだしましてね。それにぼくが夜夜 evening実験実験 experiment; testをやるものですから、おそくまで待って待って waitいるのがさむしくっていけないんだそうです。もっとも今のうち今のうち for nowは母母 motherがいるからかまいませんが、もう少しして、母が国国 home town; the countryへ帰る帰る return (to)と、あとは下女下女 maidservantだけになるものですからね。臆病者臆病者 timid person; one who's faint of heartの二人二人 two (people)ではとうていしんぼうしきれないのでしょう。――じつにやっかいだな」と冗談半分冗談半分 half in jest; half seriousの嘆声嘆声 sighをもらしたが、「どうです里見里見 Satomi (Mineko's family name)さん、あなたの所所 place; residenceへでも食客食客 house guestに置いて置いて place; take in (a guest)くれませんか」と美禰子の顔顔 faceを見た見た looked at。
「いつでも置いてあげますわ」
「どっちです。宗八宗八 Sōhachi (Nonomiya's first name)さんのほうをですか、よし子さんのほうをですか」と与次郎与次郎 Yojirō (name)が口を出した口を出した interjected。
「どちらでも」
三四郎だけ黙っていた黙っていた remained silent。広田先生広田先生 Professor Hirotaは少しまじめになって、
「そうして君君 youはどうする気気 intentionなんだ」
「妹の始末始末 settlement; handlingさえつけば、当分当分 for a while下宿下宿 lodgingしてもいいです。それでなければ、またどこかへ引っ越さなければならない引っ越さなければならない will have to move。いっそいっそ rather; preferably学校の寄宿舎寄宿舎 dormitoryへでも入れよう入れよう put into; placeかと思う思う think (of doing something)んですがね。なにしろ子供子供 childだから、ぼくがしじゅうしじゅう any time; at all hours (= 始終)行けるか、向こう向こう the other party (she)がしじゅう来られる来られる can come; can visit所でないと困るでないと困る it has to be ...んです」
「それじゃ里見さんの所に限る限る be limited to」と与次郎がまた注意注意 advice; opinionを与えた与えた offered。広田さんは与次郎を相手にしない相手にしない disregard; pay no heed to様子様子 mannerで、
「ぼくの所の二階二階 2nd floor; upstairsへ置いてやってもいいが、なにしろ佐々木佐々木 Sasaki (Yojirō's family name)のような者がいるから」と言う。
「先生先生 professor、二階二階 2nd floor; upstairsへはぜひ佐々木佐々木 Sasaki (Yojirō's first name)を置いて置いて place; take in (a guest)やってください」と与次郎与次郎 Yojirō (name)自身自身 himselfが依頼した依頼した asked (for something); requested。野々宮野々宮 Nonomiya (name)君君 (suffix of familiarity for males)は笑いながら笑いながら laugh、
「まあ、どうかしましょう。――身長身長 stature; (physical) appearanceばかり大きく大きく grown; matureってばかだからじつに弱る弱る be troubled; be in a quandary。あれで団子坂団子坂 Dangozaka (place name)の菊人形菊人形 chrysanthemum dollsが見たい見たい want to seeから、連れていけ連れていけ take me (to a place or event)なんて言う言う askんだから」
「連れていっておあげなさればいいのに。私私 Iだって見たいわ」
「じゃいっしょに行きましょう行きましょう goか」
「ええぜひ。小川小川 Ogawa (Sanshirō's family name)さんもいらっしゃい」
「ええ行きましょう」
「佐々木さんも」
「菊人形は御免御免 no thanksだ。菊人形を見るくらいなら活動写真活動写真 moving pictures; moviesを見に行きます」
「菊人形はいいよ」と今度今度 this timeは広田先生広田先生 Professor Hirotaが言いだした。「あれほどに人工的な人工的な man-made; crafted by human handsものはおそらく外国外国 overseas; abroadにもないだろう。人工的によくこんなものをこしらえたというところを見ておく必要必要 necessityがある。あれが普通の普通の ordinary人間人間 human beingsにできていたら、おそらく団子坂へ行く者者 persons; peopleは一人一人 one (person)もあるまい。普通の人間なら、どこの家家 houseでも四、五人四、五人 four or five peopleは必ず必ず invariablyいる。団子坂へ出かける出かける go out to; set out forにはあたらない」
「このあいだのものはもう少し少し a little; a bit待って待って wait; hold offくれたまえ」と広田先生が言うのを、「ええ、ようござんす」と受けて受けて accept; agree、野々宮さんが庭庭 yard; gardenから出ていった。その影影 form; figureが折戸折戸 (hinged) gateの外外 outside; other sideへ隠れる隠れる be hiddenと、美禰子は急に急に suddenly思い出した思い出した rememberedように「そうそう」と言いながら、庭先庭先 in the gardenに脱いで脱いで take off (shoes etc)あった下駄下駄 (wooden) sandalsをはいて、野々宮のあとを追いかけた追いかけた followed。表表 out frontで何か何か something話して話して talk about; discussいる。