学年学年 school yearは九月九月 September十一日十一日 11th (day of the month)に始まった始まった began。三四郎三四郎 Sanshirō (name)は正直に正直に dutifully; faithfully午前午前 morning十時半十時半 10:30ごろ学校学校 schoolへ行って行って go (to)みたが、玄関玄関 entry hall前前 front ofの掲示場掲示場 bulletin boardに講義講義 lectureの時間割り時間割り scheduleがあるばかりで学生学生 studentsは一人一人 one (person)もいない。自分自分 oneselfの聞く聞く hear; listen toべき分分 part; portionだけを手帳手帳 notebookに書きとめて書きとめて write down、それから事務室事務室 officeへ寄ったら寄ったら stopped by、さすがに事務員事務員 office staffだけは出て出て appear; be presentいた。講義はいつから始まりますかと聞くと、九月十一日から始まると言って言って said; answeredいる。すましたすました indifferent; nonchalantものである。でも、どの部屋部屋 roomを見て見て look atも講義がないようですがと尋ねる尋ねる ask (about); inquireと、それは先生先生 teachers; professorsがいないからだと答えた答えた answered。三四郎はなるほどと思って思って thought; realized事務室を出た。裏裏 back (side)へ回って回って circle around (to)、大きな大きな large欅欅 keyaki tree; zelkovaの下下 beneathから高い空高い空 clear skyをのぞいたら、普通の普通の usual; ordinary空よりも明らか明らか vivid; distinctに見えた。熊笹熊笹 a striped bamboo grassの中中 middle; midstを水ぎわ水ぎわ water's edgeへおりて、例の例の the aforementioned椎の木椎の木 chinquapin oakの所所 place; spotまで来て来て arrived (at)、またしゃがんだ。あの女女 woman; young ladyがもう一ぺんもう一ぺん once more; one more time通れば通れば pass byいいくらいに考えて考えて thought; considered、たびたびたびたび frequently; repeatedly丘丘 hill; riseの上上 top ofをながめたが、丘の上には人影人影 human form; human presenceもしなかった。三四郎はそれが当然当然 natural; a matter of courseだと考えた。けれどもやはりしゃがんでいた。すると、午砲午砲 midday gun; noon gunが鳴った鳴った rang out; soundedんで驚いて驚いて be surprised; be startled下宿下宿 lodgings; dormitoryへ帰った帰った returned (home)。
翌日翌日 the next dayは正正 exactly at ...八時八時 8:00に学校へ行った。正門正門 main gateをはいると、とっつきの大通り大通り broad avenue; boulevardの左右左右 both sides; left and rightに植えて植えて plant; cultivateある銀杏銀杏 ginkgo (tree)の並木並木 line of trees; roadside treesが目についた目についた caught one's attention。銀杏が向こう向こう beyond; aheadの方方 directionで尽きる尽きる come to an endあたりから、だらだら坂だらだら坂 gentle slopeに下がって下がって descend、正門のきわに立った立った stood三四郎から見ると、坂坂 slopeの向こうにある理科大学理科大学 college of scienceは二階二階 second floorの一部一部 part (of)しか出ていない。その屋根屋根 roofのうしろに朝日朝日 morning sunを受けた受けた received上野上野 Ueno (place name)の森森 forest; woodsが遠く遠く in the distance輝いて輝いて glistenいる。日日 sunは正面正面 face on; (from) the frontにある。三四郎はこの奥行奥行 depthのある景色景色 view; sceneryを愉快愉快 pleasure; exhilarationに感じた感じた felt; experienced。
銀杏銀杏 ginkgo (tree)の並木並木 line of trees; roadside treesがこちら側こちら側 this side; this endで尽きる尽きる come to an end右手右手 right hand (side)には法文科大学法文科大学 college of law and literatureがある。左手左手 left hand (side)には少し少し somewhat; a bitさがって博物博物 natural historyの教室教室 classroomsがある。建築建築 architecture; buildingsは双方双方 bothともに同じ同じ the same; similarで、細長い細長い long and narrow窓窓 windowsの上上 aboveに、三角三角 triangleにとがった屋根屋根 roofが突き出して突き出して poke out; thrust outいる。その三角の縁縁 edge; borderに当る当る touch; engage赤煉瓦赤煉瓦 red brickと黒い黒い black屋根のつぎめの所所 place; locationが細い細い narrow石石 stoneの直線直線 straight lineでできている。そうしてその石の色色 colorが少し青味青味 blue tintを帯びて帯びて be tinged with、すぐ下下 belowにくるはでな赤煉瓦に一種の一種の a sort of; a type of趣趣 elegance; charmを添えて添えて add to; embellish (with)いる。そうしてこの長い長い long窓と、高い高い tall三角が横横 sideways; side to sideにいくつも続いて続いて continue; be in successionいる。三四郎はこのあいだ野々宮野々宮 Nonomiya (name)君君 (suffix of familiarity for males)の説説 opinion; remarkを聞いて聞いて hear; listen toから以来以来 since ...、急に急に suddenlyこの建物建物 buildingsをありがたく思ってありがたく思って have an appreciation forいたが、けさは、この意見意見 opinion; ideaが野々宮君の意見でなくって、初手から初手から from the beginning自分の自分の one's own持説持説 original thinking; novel ideaであるような気気 feeling; impressionがしだした。ことに博物室が法文科と一直線一直線 single straight lineに並んでいない並んでいない not be alignedで、少し奥奥 interiorへ引っ込んで引っ込んで withdrawいるところが不規則不規則 irregular; asymmetricalで妙妙 odd; curiousだと思った。こんど野々宮君に会ったら会ったら see (a person); meet自分の発明発明 contrivance; discoveryとしてこの説を持ち出そう持ち出そう bring up (in conversation)と考えた考えた planned (to do something)。
法文科の右のはずれはずれ extremity; tip (of)から半町半町 half a chō (about 50 meters; about 60 yards)ほど前前 before; in front ofへ突き出している図書館図書館 libraryにも感服した感服した was impressed (by)。よくわからないがなんでも同じ建築だろうと考えられる。その赤い壁壁 wallにつけて、大きな大きな large棕櫚の木棕櫚の木 palm treeを五、六本五、六本 five or six (trees)植えた植えた plantedところが大いにいい。左手のずっと奥にある工科大学工科大学 college of engineeringは封建時代封建時代 feudal periodの西洋西洋 Westernのお城お城 castle; fortressから割り出した割り出した be derived from; be based onように見えた見えた appeared。まっ四角まっ四角 perfect squareにできあがっている。窓も四角四角 squareである。ただ四すみ四すみ four cornersと入口入口 entranceが丸い丸い rounded; curved。これは櫓櫓 turret; towerを形取った形取った imitated; be modeled onんだろう。お城だけにしっかりしている。法文科みたように倒れそう倒れそう looking unstableでない。なんだか背の低い背の低い short; squat相撲取り相撲取り sumō wrestlerに似て似て resembleいる。
三四郎は見渡す見渡す survey; look out overかぎり見渡して、このほかにもまだ目に入らない目に入らない out of sight; unseen建物がたくさんあることを勘定に入れて勘定に入れて take into account; consider、どことなく雄大雄大 grandeur; greatnessな感じ感じ feeling; impressionを起こした起こした aroused; brought about。「学問の府学問の府 seat of learning; center of learningはこうなくってはならない。こういう構え構え structure; arrangementがあればこそ研究研究 studies; researchもできる。えらいものだ」――三四郎は大学者大学者 prominent scholar; man of eruditionになったような心持ち心持ち feeling; air (of)がした。
けれども教室教室 classroomへはいってみたら、鐘鐘 bellは鳴って鳴って ring; soundも先生先生 professor; instructorは来なかった来なかった did not come; did not show。その代りその代り on the other hand学生学生 studentsも出て来ない出て来ない didn't show up。次の次の next時間時間 hourもそのとおりであった。三四郎は癇癪を起こして癇癪を起こして irritated; frustrated教場教場 classroomを出た出た left; departed (from)。そうして念のために念のために for the sake of checking池池 pondの周囲周囲 circumference; edgeを二へん二へん twiceばかり回って回って circle; walk around下宿下宿 dormitoryへ帰った帰った returned (to)。
講義講義 lecturesが終って終って conclude; be finishedから、三四郎三四郎 Sanshirō (name)はなんとなく疲労した疲労した fatigued; worn outような気味気味 touch of; shade of (feelings)で、二階二階 second floorの窓窓 windowから頬杖を突いて頬杖を突いて rest one's chin (or cheek) on one's hands、正門内正門内 inside the main gateの庭庭 garden; yardを見おろして見おろして look down on; view from aboveいた。ただ大きな大きな large松松 pine (tree)や桜桜 cherry (tree); sakuraを植えて植えて plant; growそのあいだに砂利砂利 stones; gravelを敷いた敷いた spread広い広い wide道道 path; walkwayをつけたばかりであるが、手を入れすぎて手を入れすぎて overwork; apply excessive effortいないだけに、見ていて心持ち心持ち feeling; impressionがいい。野々宮野々宮 Nonomiya (name)君君 (suffix of familiarity for males)の話話 tale; storyによるとここは昔昔 former times; long agoはこうきれいではなかった。野々宮君の先生先生 professor; instructorのなんとかいう人人 person; individualが、学生学生 studentの時分時分 time; period馬馬 horseに乗って乗って ride (on)、ここを乗り回す乗り回す ride aroundうち、馬がいうことを聞かないで聞かないで without listening (to); without heeding、意地を悪く意地を悪く spitefully; with an ill temperわざと木木 treeの下下 below; beneathを通る通る pass throughので、帽子帽子 hat; capが松の枝枝 branchに引っかかる引っかかる get caught (on)。下駄下駄 (wooden) clogの歯歯 prop; supportが鐙鐙 stirrupsにはさまる。先生はたいへん困って困って be troubled; be distressedいると、正門前前 in front ofの喜多床喜多床 Kitadoko (name of Tōkyō barbershop founded in 1871)という髪結床髪結床 hair salon; barber shopの職人職人 artisans; journeymenがおおぜい出てきて出てきて came out; emerged、おもしろがって笑っていた笑っていた laughedそうである。その時分には有志の者有志の者 volunteers; boostersが醵金して醵金して contribute money (towards); raise funds (for)構内構内 within the grounds; on campusに厩厩 stable; (horse) barnをこしらえて、三頭三頭 three head (horses)の馬と、馬の先生とを飼って飼って keep; provide forおいた。ところが先生がたいへんな酒飲み酒飲み drinker; drunkardで、とうとう三頭のうちのいちばんいい白い白い white馬を売って売って sold飲んで飲んで drank (away the proceeds)しまった。それはナポレオン三世ナポレオン三世 Napoleon III時代時代 age; periodの老馬老馬 old horseであったそうだ。まさかナポレオン三世時代でもなかろう。しかしのん気なのん気な lax; easy-going時代もあったものだと考えて考えて think; considerいると、さっきポンチ絵ポンチ絵 caricature drawing (based on magazine called Japan Punch)をかいた男男 fellowが来て来て came; appeared、
手紙手紙 letterを書いて書いて wrote、英語英語 Englishの本本 bookを六六 six、七七 sevenページ読んだら読んだら readいやになった。こんな本を一冊一冊 one volume (book)ぐらい読んでもだめだと思いだした思いだした began to think。床を取って床を取って take out (prepare) bedding寝る寝る sleepことにしたが、寝つかれない。不眠症不眠症 insomniaになったらはやく病院病院 hospital; doctorに行って行って go (to)見て見て look at; checkもらおうなどと考えて考えて considerいるうちに寝てしまった。
あくる日あくる日 the next day; the following dayも例刻例刻 usual hourに学校学校 universityへ行って講義講義 lecturesを聞いた聞いた heard; listened to。講義のあいだに今年今年 this yearの卒業生卒業生 graduatesがどこそこへいくらで売れた売れた were in demand (for)という話話 talkを耳にした耳にした heard (about); learned。だれとだれがまだ残って残って remain; be leftいて、それがある官立学校官立学校 government schoolの地位地位 positionを競争して競争して compete; vie forいる噂噂 gossip; hearsayだなどと話している者者 person; fellowがあった。三四郎三四郎 Sanshirō (name)は漠然と漠然と vaguely、未来未来 futureが遠くから遠くから from a distance眼前眼前 before one's eyesに押し寄せる押し寄せる advance on; bear down onようなにぶい圧迫圧迫 oppressionを感じた感じた feltが、それはすぐ忘れて忘れて forgetしまった。むしろ昇之助昇之助 Shōnosuke (name)がなんとかしたというほうの話がおもしろかった。そこで廊下廊下 hallwayで熊本出熊本出 from Kumamotoの同級生同級生 classmateをつかまえて、昇之助とはなんだと聞いたら、寄席寄席 storytellers' house; vaudeville theaterへ出る出る appear娘娘 girl; young woman義太夫義太夫 style of chanted narration (after Takemoto Gidayū)だと教えて教えて teach; informくれた。それから寄席の看板看板 signboard; placardはこんなもので、本郷本郷 Hongō (part of Tōkyō)のどこにあるということまで言って聞かせた言って聞かせた toldうえ、今度の今度の this; next土曜土曜 Saturdayにいっしょに行こうと誘って誘って inviteくれた。よく知ってる知ってる know (of); be informed (about)と思ったら思ったら thought、この男男 fellowはゆうべはじめて、寄席へ、はいったのだそうだ。三四郎はなんだか寄席へ行って昇之助が見たくなった。
昼飯昼飯 lunchを食い食い eatに下宿下宿 dormitory; lodgingsへ帰ろう帰ろう returnと思ったら、きのうポンチ絵ポンチ絵 caricature drawing (based on magazine called Japan Punch)をかいた男が来て来て showed up; appeared、おいおいと言いながら、本郷の通り通り avenue; main streetの淀見軒淀見軒 Yodomiken (shop in Hongō with restaurant in rear)という所所 placeに引っ張って行って引っ張って行って took to; dragged along to、ライスカレーライスカレー curry riceを食わした。淀見軒という所は店店 store; shopで果物果物 fruitを売って売って sellいる。新しい新しい new普請普請 building; constructionであった。ポンチ絵をかいた男はこの建築建築 building; architectureの表表 front side; façadeを指さして指さして point to; point out、これがヌーボー式ヌーボー式 art nouveaux styleだと教えた。三四郎は建築にもヌーボー式があるものとはじめて悟った悟った became aware of; became cognizant of。帰り道帰り道 return trip; (on) the way homeに青木堂青木堂 Aokidō (grocery and spirits shop in Hongō with cafe on 2nd floor)も教わった教わった was informed (about); was shown。やはり大学生大学生 university studentsのよく行く所だそうである。赤門赤門 Red Gateをはいって、二人二人 two (people)で池池 pondの周囲周囲 perimeterを散歩した散歩した walked。その時時 time; occasionポンチ絵の男は、死んだ死んだ deceased; passed away小泉八雲小泉八雲 Koizumi (family name) Yakumo (given name); Japanese name of Lafcadio Hearn (1850-1904)先生先生 professor; instructorは教員控室教員控室 faculty loungeへはいるのがきらいで講義がすむといつでもこの周囲をぐるぐる回って回って circle; go around歩いたんだと、あたかも小泉先生に教わったようなことを言った。なぜ控室へはいらなかったのだろうかと三四郎が尋ねたら尋ねたら asked; inquired、
「そりゃあたりまえださ。第一第一 first of all; to begin with彼ら彼ら they (faculty members)の講義を聞いてもわかるじゃないか。話せるものは一人一人 one person; a single oneもいやしない」と手ひどい手ひどい harsh; scathingことを平気で平気で calmly; casually言ったには三四郎も驚いた驚いた be surprised; be taken aback。この男は佐々木与次郎佐々木与次郎 Sasaki (family name) Yojirō (given name)といって、専門学校専門学校 college; specialty schoolを卒業して卒業して graduated、今年また選科選科 elective studiesへはいったのだそうだ。東片町東片町 Higashikatamachi (place name)の五番地五番地 Gobanchi (street address)の広田広田 Hirota (family name)という家家 house; residenceにいるから、遊びに来い遊びに来い come and visitと言う。下宿かと聞くと、なに高等学校高等学校 high school (equivalent to modern-day college)の先生の家だと答えた答えた answered。
それから当分のあいだ当分のあいだ for a while三四郎三四郎 Sanshirō (name)は毎日毎日 every day学校学校 the universityへ通って通って go to、律義に律義に loyally, faithfully講義講義 lecturesを聞いた聞いた listened to; attended (lectures)。必修課目必修課目 required subject以外以外 outside of; other thanのものへも時々時々 sometimes; occasionally出席して出席して attend; sit in onみた。それでも、まだもの足りないもの足りない unsatisfactory; lacking in some sense。そこでついには専攻課目専攻課目 specialized subject; one's area of studyにまるで縁故縁故 relation; connectionのないものまでへもおりおりは顔を出した顔を出した put in an appearance。しかしたいていは二度二度 two timesか三度三度 three timesでやめてしまった。一か月一か月 one monthと続いた続いた continued; lastedのは少しもなかった少しもなかった not even a little; not even one。それでも平均平均 on average一週一週 one weekに約約 about四十四十 forty時間時間 hoursほどになる。いかな勤勉な勤勉な studious; diligent三四郎にも四十時間はちと多すぎる多すぎる too much。三四郎はたえず一種の一種の a kind of; a sort of圧迫圧迫 pressureを感じて感じて feltいた。しかるにしかるに however; neverthelessもの足りない。三四郎は楽しまなくなった楽しまなくなった lost enthusiasm; lost one's drive。
ある日ある日 one day佐々木与次郎佐々木与次郎 Sasaki (family name) Yojirō (given name)に会って会って met; ran intoその話話 story; talk (of)をすると、与次郎は四十時間と聞いて、目を丸くして目を丸くして be wide-eyed (with astonishment)、「ばかばか」と言った言った said; remarkedが、「下宿屋下宿屋 dormitory; lodgingsのまずい飯飯 food; mealを一日一日 one dayに十ぺん十ぺん ten times食ったら食ったら eatもの足りるようになるか考えて考えて consider; think aboutみろ」といきなり警句警句 witticism; wisecrackでもって三四郎をどやしつけたどやしつけた drubbed; beat。三四郎はすぐさますぐさま at once; immediately (= すぐ)恐れ入って恐れ入って yield (to); give in (to)、「どうしたらよかろう」と相談をかけた相談をかけた asked for advice; sought counsel。
「電車電車 (electric) trainに乗る乗る rideがいい」と与次郎が言った。三四郎は何か何か some (kind of)寓意寓意 hidden meaning; implicationでもあることと思って思って think、しばらく考えてみたが、べつにこれという思案思案 thought; considerationも浮かばない浮かばない didn't come to mindので、
「電車に乗って、東京東京 Tōkyōを十五、六ぺん十五、六ぺん fifteen or sixteen times乗り回して乗り回して ride aroundいるうちにはおのずからおのずから naturally; as a matter of courseもの足りるようになるさ」と言う。
「なぜ」
「なぜって、そう、生きてる生きてる be alive; be active頭頭 head; intellectを、死んだ死んだ dead; lifeless講義で封じ込めちゃ封じ込めちゃ confine; imprison、助からない助からない can't flourish; can't survive。外外 outsideへ出て出て go out (to)風風 wind; (fresh) airを入れる入れる put intoさ。その上にその上に on top of thatもの足りる工夫工夫 means; measuresはいくらでもあるが、まあ電車が一番一番 number one; foremostの初歩初歩 first stepでかつもっとも軽便軽便 convenient; expedientだ」
その日日 dayの夕方夕方 evening、与次郎与次郎 Yojirō (name)は三四郎三四郎 Sanshirō (name)を拉して拉して drag along; bring (a person) with、四丁目四丁目 Yonchōme (fourth sub-district)から電車電車 (electric) trainに乗って乗って ride、新橋新橋 Shinbashi (place name)へ行って行って went (to)、新橋からまた引き返して引き返して return; double back、日本橋日本橋 Nihonbashi (place name)へ来て来て come (to); arrive (at、そこで降りて降りて get off; disembark、
「どうだ」と聞いた聞いた asked; inquired。
次次 nextに大通り大通り main streetから細い細い narrow横町横町 side street; back alleyへ曲がって曲がって turned (onto)、平の家平の家 Hiranoya (name of a restaurant)という看板看板 sign; placardのある料理屋料理屋 restaurant; eateryへ上がって上がって entered (up into)、晩飯晩飯 dinnerを食って食って eat酒酒 saké (rice wine)を飲んだ飲んだ drank。そこの下女下女 serving girlsはみんな京都弁京都弁 Kyōto dialectを使う使う use。はなはだ纏綿して纏綿して be attentiveいる。表表 (out) frontへ出た出た appeared; came out (to)与次郎は赤い顔赤い顔 red face (from drinking)をして、また
「どうだ」と聞いた。
次に本場の本場の genuine; authentic寄席寄席 storytellers' house; vaudeville theaterへ連れて行ってやる連れて行ってやる take (someone somewhere)と言って言って say; state、また細い横町へはいって、木原店木原店 Kiharadana (name of a theater)という寄席を上がった。ここで小さん小さん Yanagiya Kosan (柳家小さん) the 3rd generation; 1856-1930という落語家落語家 professional storytellerを聞いた聞いた heard; listened to。十時過ぎ十時過ぎ after ten (o'clock)通り通り streetへ出た与次郎は、また
「どうだ」と聞いた。
三四郎は物足りた物足りた refreshed; reinvigoratedとは答えなかった答えなかった didn't answer that ...; couldn't say that ...。しかしまんざらまんざら (not) fully; (not) altogetherもの足りないもの足りない unsatisfactory; lacking in some sense心持ち心持ち feelingもしなかった。すると与次郎は大いに大いに greatly小さん論論 discussion; discourseを始めた始めた began。
小さんは天才天才 geniusである。あんな芸術家芸術家 artistはめったに出るものじゃない。いつでも聞けると思う思う thinkから安っぽい安っぽい insignificant; commonplace感じ感じ impressionがして、はなはだ気の毒気の毒 too bad; unfortunateだ。じつは彼彼 himと時時 time; ageを同じゅうして同じゅうして share; have in common (= 同じくする)生きている生きている be alive我々我々 we; usはたいへんなしあわせである。今今 now; the presentから少し少し a little; a bitまえに生まれて生まれて be bornも小さんは聞けない。少しおくれても同様同様 same situationだ。――円遊円遊 En'yū (storyteller; 1849-1907)もうまい。しかし小さんとは趣趣 manner; styleが違って違って differentいる。円遊のふんしたふんした portray; play the role of太鼓持太鼓持 jester; buffoonは、太鼓持になった円遊だからおもしろいので、小さんのやる太鼓持は、小さんを離れた離れた be set apart from太鼓持だからおもしろい。円遊の演ずる演ずる perform; enact人物人物 character; personaから円遊を隠せば隠せば hide; obscure、人物がまるで消滅して消滅して disappear; cease to existしまう。小さんの演ずる人物から、いくら小さんを隠したって、人物は活発溌地に活発溌地に vivaciously; energetically躍動躍動 lively motionするばかりだ。そこがえらい。
与次郎はこんなことを言って、また
「どうだ」と聞いた。実実 truthをいうと三四郎には小さんの味わい味わい experience; appreciationがよくわからなかった。そのうえ円遊なるものはいまだかつて聞いたことがない。したがって与次郎の説説 opinion; point of viewの当否当否 right or wrong; suitabilityは判定判定 judgment; decisionしにくい。しかしその比較比較 comparisonのほとんど文学的文学的 literaryといいうるほどに要領を得た要領を得た relevant; sensible; on pointには感服した感服した was impressed (by)。
高等学校高等学校 high school (equivalent to modern-day college)の前前 front ofで別れる別れる parted (ways); said goodbye時、三四郎は、
「これからさきは図書館図書館 libraryでなくっちゃもの足りない」と言って片町片町 Katamachi (place name)の方方 directionへ曲がってしまった。この一言一言 one word; single remarkで三四郎ははじめて図書館にはいることを知った知った became aware of; occurred to one to ...。
その翌日翌日 next dayから三四郎三四郎 Sanshirō (name)は四十四十 forty時間時間 hoursの講義講義 lecturesをほとんど半分半分 halfに減らして減らして reducedしまった。そうして図書館図書館 libraryにはいった。広く広く wide; spacious、長く長く long; expansive、天井天井 ceilingが高く高く high、左右左右 left and rightに窓窓 windowsのたくさんある建物建物 buildingであった。書庫書庫 library stack roomは入口しか見えない入口しか見えない only the entrance was visible。こっちの正面正面 front sideからのぞくと奥奥 interiorには、書物書物 books; publicationsがいくらでも備えつけて備えつけて furnish with; provision withあるように思われる思われる appear to be; seem to be。立って立って stand見て見て look; watchいると、書庫の中中 insideから、厚い厚い thick; voluminous本本 book; tomeを二、三冊二、三冊 two or three volumes (books)かかえて、出口出口 exitへ来て来て come (to); arrive (at)左左 leftへ折れて折れて turn (toward)行く行く go; proceed者者 people; personsがある。職員職員 faculty閲覧室閲覧室 reading roomへ行く人人 people; individualsである。なかには必要の必要の needed; required本を書棚書棚 bookshelvesからとりおろして、胸いっぱい胸いっぱい chest-widthにひろげて、立ちながら調べて調べて check; look up (information)いる人もある。三四郎はうらやましくなった。奥まで行って二階二階 second floorへ上がって上がって ascend (to)、それから三階三階 third floorへ上がって、本郷本郷 Hongō (place name)より高い所所 placeで、生きたもの生きたもの living thing; living beingを近づけずに近づけずに without approaching; without being near (to)、紙紙 paperのにおいをかぎながら、――読んで読んで readみたい。けれども何何 whatを読むかにいたっては、べつにはっきりした考え考え idea; thoughtがない。読んでみなければわからないが、何かあの奥にたくさんありそうに思う。
三四郎は一年生一年生 first-year student; freshmanだから書庫へはいる権利権利 privilege; permissionがない。しかたなしに、大きな大きな large箱入りの箱入りの cased; boxed札目録札目録 card catalogueを、こごんでこごんで stoop; bend over一枚一枚一枚一枚 one (card) by one (card)調べてゆくと、いくらめくってもあとから新しい新しい new本の名名 nameが出て出て appearくる。しまいに肩肩 shouldersが痛くなった痛くなった became sore; started to ache。顔を上げて顔を上げて lift one's gaze、中休み中休み rest; breakに、館内館内 inside of a buildingを見回す見回す look around; surveyと、さすがに図書館だけあって静かな静かな quiet; stillものである。しかも人がたくさんいる。そうして向こう向こう far sideのはずれにいる人の頭頭 headが黒く黒く black; dark見える。目口目口 eyes and mouthははっきりしない。高い窓の外外 outsideから所々に所々に here and there; in places木木 treesが見える。空空 skyも少し少し a little; a bit見える。遠くから遠くから from a distance; from far away町町 town; cityの音音 soundsがする。三四郎は立ちながら、学者学者 scholar; academicの生活生活 lifeは静かで深い深い deep; profoundものだと考えた。それでその日日 dayはそのまま帰った帰った returned (home)。
次次 nextの日日 dayは空想空想 idle fancy; daydreamをやめて、はいるとさっそく本本 bookを借りた借りた borrowed。しかし借りそくなったので、すぐ返した返した returned。あとから借りた本はむずかしすぎて読めなかった読めなかった wasn't able to readからまた返した。三四郎三四郎 Sanshirō (name)はこういうふうにして毎日毎日 each day本を八、九冊八、九冊 eight or nine (books)ずつは必ず必ず without fail借りた。もっとももっとも in fact; indeedたまにはすこし読んだのもある。三四郎が驚いた驚いた be surprised; be impressedのは、どんな本を借りても、きっとだれか一度一度 onceは目を通して目を通して look through; readいるという事実事実 fact; truthを発見した発見した discovered; realized時時 time; momentであった。それは書中書中 within the pagesここかしこに見える見える appear; be visible鉛筆鉛筆 pencilのあとでたしかである。ある時三四郎は念のため念のため for good measure; for the sake of checking、アフラ・ベーンアフラ・ベーン Aphra Behn (English female literary writer; 1640-1689)という作家作家 author; writerの小説小説 novelを借りてみた。あけるまでは、よもやよもや surely (not); (not) possiblyと思った思った thoughtが、見るとやはり鉛筆で丁寧に丁寧に carefully; respectfullyしるしがつけてあった。この時三四郎はこれはとうていやりきれないと思った。ところへ窓窓 windowの外外 outsideを楽隊楽隊 marching band; brass bandが通った通った passed byんで、つい散歩散歩 walk; strollに出る出る go out気気 inclinationになって、通りへ出て、とうとう青木堂青木堂 Aokidō (grocery and spirits shop in Hongō with cafe on 2nd floor)へはいった。
はいってみると客客 patrons; customersが二組二組 two groupsあって、いずれも学生学生 studentsであったが、向こう向こう far sideのすみにたった一人一人 single person; solitary person離れて離れて separated; set apart茶茶 teaを飲んでいた飲んでいた was drinking男男 manがある。三四郎がふとその横顔横顔 (facial) profileを見ると、どうも上京上京 traveling (up) to Tōkyōの節節 time; occasion汽車汽車 (steam) trainの中中 inside; on boardで水蜜桃水蜜桃 peachesをたくさん食った食った ate人人 personのようである。向こうは気がつかない気がつかない took no notice。茶を一口一口 one sip; one mouthful飲んでは煙草煙草 tobacco; cigaretteを一吸い一吸い one puffすって、たいへんゆっくり構えて構えて assume a posture; take on an attitudeいる。きょうは白地白地 white (base) fabricの浴衣浴衣 summer kimonoをやめて、背広背広 suitを着て着て wearいる。しかしけっしてりっぱなものじゃない。光線光線 light beamの圧力圧力 pressureの野々宮野々宮 Nonomiya (name)君君 (suffix of familiarity for males)より白シャツだけがましなくらいなものである。三四郎は様子様子 situation; doingsを見ているうちにたしかに水蜜桃だと物色した物色した identified; picked out (from among a large number)。大学大学 universityの講義講義 lecturesを聞いて聞いて listen to; attend (lectures)から以来以来 since ...、汽車の中でこの男の話した話した said; spokeことがなんだか急に急に suddenly意義意義 import; significanceのあるように思われだした思われだした begin to feel that ...ところなので、三四郎はそばへ行って行って go (to)挨拶挨拶 greeting; acknowledgementをしようかと思った。けれども先方先方 the other partyは正面正面 straight aheadを見たなり、茶を飲んでは煙草をふかし、煙草をふかしては茶を飲んでいる。手の出しようがない手の出しようがない there was no opening (for engagement)。
三四郎はじっとその横顔をながめていたが、突然突然 abruptlyコップにある葡萄酒葡萄酒 wineを飲み干して飲み干して drank up、表表 (out) frontへ飛び出した飛び出した ran out。そうして図書館図書館 libraryに帰った帰った returned (to)。
その日日 dayは葡萄酒葡萄酒 wineの景気景気 mood; effectと、一種一種 one type; one sortの精神作用精神作用 mental action; mental activityとで、例になく例になく without precedent; like never beforeおもしろい勉強勉強 studies; workができたので、三四郎三四郎 Sanshirō (name)は大いに大いに greatlyうれしく思ったうれしく思った was happy; felt energized。二時間二時間 two hoursほど読書三昧に入った読書三昧に入った was absorbed in reading; was buried in (his) booksのち、ようやく気がついて気がついて realized; noticed、そろそろ帰る帰る return (home)したくをしながら、いっしょに借りた借りた borrowed書物書物 books; volumesのうち、まだあけてみなかった最後最後 last; finalの一冊一冊 one (book; volume)を何気なく何気なく casually; without much thought引っぺがして引っぺがして flip open; throw openみると、本本 bookの見返し見返し inside coverのあいた所所 space; areaに、乱暴に乱暴に roughly; with hasteも、鉛筆鉛筆 pencilでいっぱい何か何か something書いてある書いてある had been written。
「ヘーゲルヘーゲル Hegel (German philosopher; 1770-1831)のベルリン大学ベルリン大学 University of Berlinに哲学哲学 philosophyを講じたる講じたる lecture (on)時時 time; occasion、ヘーゲルに毫も毫も (not) in the least哲学を売る売る peddle; pushの意意 thought; intentionなし。彼の彼の his講義講義 lecturesは真真 truthを説く説く explain; make clearの講義にあらず、真を体せる体せる embody; personify (= 体する)人人 personの講義なり。舌舌 tongue; wordsの講義にあらず、心心 heart; soulの講義なり。真と人と合して合して join; bring together醇化醇化 purification一致一致 unificationせる時、その説くところ、言う言う say; professところは、講義のための講義にあらずして、道道 path; wayのための講義となる。哲学の講義はここに至ってに至って arriving at ...; achieving ...はじめて聞くべし。いたずらに真を舌頭舌頭 tip of the tongueに転ずる転ずる revolve (about)ものは、死したる死したる dead; lifeless墨墨 (black) inkをもって、死したる紙紙 paperの上上 top of; surface ofに、むなしき筆記筆記 notesを残す残す leave behindにすぎず。なんの意義意義 import; significanceかこれあらん。……余余 I; myself今今 now; at present試験試験 test; examのため、すなわちパンのために、恨み恨み resentment; spiteをのみ涙涙 tearsをのんでこの書書 book; writingを読む読む read。岑々たる岑々たる ache; throb (with pain)頭頭 headをおさえて未来永劫未来永劫 forever; forevermoreに試験制度制度 systemを呪詛する呪詛する curseことを記憶せよ記憶せよ bear in mind; take note of」
とある。署名署名 signatureはむろんない。三四郎は覚えず覚えず unwittingly微笑した微笑した smiled; grinned。けれどもどこか啓発された啓発された be enlightened; be edifiedような気気 feelingがした。哲学ばかりじゃない、文学文学 literatureもこのとおりだろうと考えながら考えながら consider; conclude、ページをはぐるはぐる turn (a page)と、まだある。「ヘーゲルの……」よほどヘーゲルの好きな好きな well regarded; much admired男男 fellowとみえる。
「ヘーゲルヘーゲル Hegel (German philosopher; 1770-1831)の講義講義 lectureを聞かんとして聞かんとして to hear (= 聞くために)、四方四方 all (four) directionsよりベルリンに集まれる集まれる gathered学生学生 studentsは、この講義を衣食衣食 food and clothing; one's livelihoodの資資 means; resourceに利用せんと利用せんと to useの野心野心 ambition; sinister intentionをもって集まれるにあらず。ただ哲人哲人 sage; philosopherヘーゲルなるものありて、講壇講壇 rostrum; (lecture) platformの上上 top ofに、無上無上 greatest; highest (lit: nothing higher)普遍普遍 universal; omnipresentの真真 truthを伝うる伝うる teach; professと聞いて、向上求道向上求道 seeking ultimate truth; striving for enlightenmentの念念 idea; thoughtに切なる切なる be earnest; be ardentがため、壇下に壇下に in attendance (lit: below the platform)、わが不穏底の不穏底の restless; disquieting疑義疑義 doubt; uncertaintyを解釈せんと解釈せんと to construe; to elucidate欲したる欲したる wish for; desire清浄心清浄心 pure heart; spotless heartの発現発現 expression; manifestationにほかならず。このゆえに彼ら彼ら theyはヘーゲルを聞いて、彼らの未来未来 futureを決定しえたり決定しえたり able to decide; able to determine。自己の自己の one's own運命運命 fate; destinyを改造しえたり改造しえたり able to transform; able to alter。のっぺらぼうにのっぺらぼうに indifferently; dispassionately講義を聞いて、のっぺらぼうに卒業卒業 graduateし去る去る leave; depart from公ら公ら you (usually 君ら)日本の日本の Japanese大学生大学生 university studentsと同じ同じ same事事 thingと思う思う think; considerは、天下の天下の the greatest (under Heaven)己惚れ己惚れ conceit; vanityなり。公らはタイプ・ライターにすぎず。しかも欲張ったる欲張ったる avaricious; greedyタイプ・ライターなり。公らのなすところ、思うところ、言う言う say; speakところ、ついに切実なる切実なる keen; fervent社会社会 societyの活気運活気運 spirited motion; energetic movementに関せず関せず unrelated (to); disassociated (from)。死死 deathに至るまでに至るまで until one arrives at ...のっぺらぼうなるかな。死に至るまでのっぺらぼうなるかな」
と、のっぺらぼうを二へん二へん two times繰り返して繰り返して repeatいる。三四郎は黙然として黙然として in silence考え込んで考え込んで be absorbed in thoughtいた。すると、うしろからちょいと肩肩 shoulderをたたいた者者 personがある。例の例の none other than ...与次郎与次郎 Yojirō (name)であった。与次郎を図書館図書館 libraryで見かける見かける see; come acrossのは珍しい珍しい unusual。彼は講義はだめだが、図書館は大切大切 importantだと主張する主張する insist; emphasize男男 fellowである。けれども主張どおりにはいることも少ない少ない few; seldom男である。
「おい、野々宮野々宮 Nonomiya (name)宗八宗八 Sōhachi (name)さんが、君君 youを捜していた捜していた was looking for」と言う。与次郎が野々宮君を知ろう知ろう know; be acquainted withとは思いがけなかったから、念のため念のため to be sure; to confirm理科大学理科大学 college of scienceの野々宮さんかと聞き直す聞き直す ask back (for confirmation)と、うんという答答 answer; responseを得た得た received。さっそく本本 bookを置いて置いて set down入口入口 entranceの新聞新聞 newspaperを閲覧する閲覧する read; peruse所所 place; areaまで出て行った出て行った went out (to)が、野々宮君君 (suffix of familiarity for males)がいない。玄関玄関 entrywayまで出てみたがやっぱりいない。石段石段 stone stepsを降りて降りて descend; walk down、首を延ばして首を延ばして craning one's neckその辺辺 surroundings; vicinityを見回した見回した looked around; surveyedが影も形も影も形も (no) sign of; (neither) hide nor hair; (lit: neither shadow nor shape)見えない。やむを得ずやむを得ず having no alternative引き返した引き返した went back; returned。もとの席席 seatへ来て来て come (to)みると、与次郎が、例のヘーゲル論論 discourseをさして、小さな小さな small声声 voiceで、
「だいぶ振ってる振ってる eccentric; impassioned。昔昔 old days; former timesの卒業生卒業生 graduate; alumnusに違いないに違いない no doubt ...。昔のやつは乱暴乱暴 wild; unrulyだが、どこかおもしろいところがある。実際実際 in truth; in factこのとおりだ」とにやにやしている。だいぶ気に入った気に入った found favor; met with one's approvalらしい。三四郎は
「野々宮さんはおらんぜ」と言う。
「さっき入口にいたがな」
「何か何か something; some sort of用用 business; errandがあるようだったか」
二人二人 two (people)はいっしょに図書館図書館 libraryを出た出た left; departed (from)。その時時 time; occasion与次郎与次郎 Yojirō (name)が話した話した talked; told。――野々宮野々宮 Nonomiya (name)君君 (suffix of familiarity for males)は自分の自分の one's own寄寓して寄寓して lodge (at someone's residence)いる広田広田 Hirota (name)先生先生 professor; teacherの、もとの弟子弟子 pupil; discipleでよく来る来る come by; visit。たいへんな学問好き学問好き prolific scholarで、研究研究 research; (academic) inquiryもだいぶある。その道道 (academic) field; areaの人人 personなら、西洋人西洋人 Westernerでもみんな野々宮君の名名 nameを知っている知っている know; be familiar with。
三四郎三四郎 Sanshirō (name)はまた、野々宮君の先生で、昔昔 long ago; in former times正門正門 main gate内内 within; inside ofで馬馬 horseに苦しめられた苦しめられた was tormented; was distressed人の話を思い出して思い出して recalled; remembered、あるいはあるいは maybe; perhapsそれが広田先生ではなかろうかと考えだした考えだした began to consider; began to think。与次郎にその事事 matter; affairを話すと、与次郎は、ことによると、うちの先生だ、そんなことをやりかねない人だと言って言って say; remark笑って笑って smile; laughいた。
その翌日翌日 next dayはちょうど日曜日曜 Sundayなので、学校学校 universityでは野々宮君に会う会う see; meetわけにゆかない。しかしきのう自分を捜して捜して look forいたことが気がかり気がかり worry; concernになる。さいわいまだ新宅新宅 new house; new residenceを訪問した訪問した visited; called onことがないから、こっちから行って行って go用事用事 business; affairsを聞いて聞いて ask (about)きようという気気 inclinationになった。
思い立った思い立った thought (of doing); decided (to do)のは朝朝 morningであったが、新聞新聞 newspaperを読んで読んで readぐずぐずしているうちに昼昼 noonになる。昼飯昼飯 lunch (short for 昼飯)を食べた食べた ateから、出かけようとすると、久しぶりに久しぶりに for the first time in a long while熊本出熊本出 from Kumamotoの友人友人 friendが来る。ようやくそれを帰した帰した see (a visitor) offのはかれこれ四時四時 four (o'clock)過ぎ過ぎ after; pastである。ちとおそくなったが、予定のとおり予定のとおり according to plan; as decided出た。
野々宮の家家 houseはすこぶる遠い遠い far away; distant。四、五日前四、五日前 four or five days earlier大久保大久保 Ōkubo (place name)へ越した越した moved (to); relocated。しかし電車電車 (electric) trainを利用利用 useすれば、すぐに行かれる行かれる can go; can get to。なんでも停車場停車場 stationの近辺近辺 vicinityと聞いて聞いて heard (that)いるから、捜すに不便はない不便はない not inconvenient; not difficult。実実 truthをいうと三四郎はかの平野家平野家 Hiranoya (name of a restaurant)行き行き traveling to ...以来以来 sinceとんだ失敗失敗 mistakes; blundersをしている。神田神田 Kanda (place name)の高等商業学校高等商業学校 business collegeへ行くつもりで、本郷本郷 Hongō (place name)四丁目四丁目 Yonchōme (fourth sub-district)から乗った乗った rode; boardedところが、乗り越して乗り越して riding too far (past one's station)九段九段 Kudan (place name)まで来て、ついでに飯田橋飯田橋 Iidabashi (place name)まで持ってゆかれて持ってゆかれて be carried (away to)、そこでようやく外濠線外濠線 Sotobori (train) Lineへ乗り換えて乗り換えて transfer (to)、御茶の水御茶の水 Ochanomizu (place name)から、神田橋神田橋 Kandabashi (place name)へ出て、まだ悟らずに悟らずに unawares鎌倉河岸鎌倉河岸 Kamakuragashi (place name)を数寄屋橋数寄屋橋 Sukiyabashi (place name)の方方 directionへ向いて向いて headed (towards)急いで急いで in haste; hurriedly行ったことがある。それより以来電車はとかくとかく tend towards; be apt to ...ぶっそうなぶっそうな perilous感じ感じ feeling; impressionがしてならないのだが、甲武線甲武線 Kōbu (train) Lineは一筋一筋 single line; straight passだと、かねてかねて previously; in advance聞いているから安心して安心して relax; feel at ease乗った。
大久保大久保 Ōkuboの停車場停車場 stationを降りて降りて get off (at); disembark、仲百人仲百人 Nakahyakunin (place name)の通り通り street; avenueを戸山学校戸山学校 Toyama Academyの方方 directionへ行かずに行かずに without going (toward)、踏切踏切 crossingからすぐ横へ横へ to the side折れる折れる turnと、ほとんど三尺三尺 3 shaku (about 1 meter; about 3 feet)ばかりの細い細い narrow道道 path; laneになる。それを爪先上がり爪先上がり uphill (lit: climbing on one's toes)にだらだらと上がると、まばらなまばらな thin; sparse孟宗藪孟宗藪 cluster of bambooがある。その藪の手前手前 near sideと先先 far sideに一軒一軒 one (dwelling; structure)ずつ人人 person; peopleが住んで住んで live (in a place)いる。野々宮野々宮 Nonomiya (name)の家家 houseはその手前の分分 part; portionであった。小さな小さな small門門 gateが道の向き向き direction; orientationにまるで関係のない関係のない having no connection (to)ような位置位置 position; placementに筋かいに筋かいに at an angle; askew立って立って stand; be builtいた。はいると、家がまた見当違い見当違い unexpectedの所所 place; locationにあった。門も入口入口 entranceもまったくあとからつけたものらしい。
台所台所 kitchenのわきにりっぱな生垣生垣 hedgeがあって、庭庭 yard; gardenの方にはかえって仕切り仕切り partition; boundaryもなんにもない。ただ大きな大きな large萩萩 Japanese bush cloverが人の背背 height; statureより高く高く tall; in height延びて延びて grow; extend、座敷座敷 (living) roomの椽側椽側 verandaを少し少し a bit; somewhat隠して隠して hide; concealいるばかりである。野々宮君君 (suffix of familiarity for males)はこの椽側に椅子椅子 chairを持ち出して持ち出して bring out (to)、それへ腰を掛けて腰を掛けて sit西洋の西洋の Western雑誌雑誌 magazine; periodicalを読んで読んで readいた。三四郎三四郎 Sanshirō (name)のはいって来たはいって来た arrived; enteredのを見て見て see; notice、
「こっちへ」と言った言った said; called out。まるで理科大学理科大学 college of scienceの穴倉穴倉 cellarの中中 insideと同じ同じ same挨拶挨拶 greetingである。庭からはいるべきのか、玄関玄関 entrance; entry hallから回る回る go around (by way of)べきのか、三四郎は少しく躊躇して躊躇して hesitateいた。するとまた
「こっちへ」と催促する催促する request; urgeので、思い切って思い切って resolutely; decisively庭から上がることにした。座敷はすなわち書斎書斎 study; libraryで、広さ広さ sizeは八畳八畳 8 (tatami) mats (about 13 sq meters; about 140 sq ft)で、わりあいに西洋の書物書物 books; publicationsがたくさんある。野々宮君は椅子を離れて椅子を離れて leave one's chairすわったすわった sat down (on the mats)。三四郎は閑静な閑静な quiet所だとか、わりあいに御茶の水御茶の水 Ochanomizu (place name)まで早く早く quickly出られる出られる can get out (to)とか、望遠鏡望遠鏡 telescopeの試験試験 experimentはどうなりましたとか、――締まりのない締まりのない casual; loose当座の当座の stopgap; filler話話 talk; conversationをやったあと、
「きのう私私 meを捜して捜して look forおいでだったそうですが、何か何か something; some sort of御用御用 business; matter of importanceですか」と聞いた聞いた asked。すると野々宮君は、少し気の毒そうな気の毒そうな apologetic; sympathetic顔顔 look; (facial) expressionをして、
「じつはお国お国 home region; the countryのおっかさんがね、せがれせがれ sonがいろいろお世話になるお世話になる receive assistance; be under one's careからと言って言って say; note、結構な結構な fine; splendidものを送って送って sendくださったから、ちょっとあなたにもお礼を言おうお礼を言おう express one's thanksと思って思って thinking to do (something)……」
「はあ、そうですか。何か何か something送ってきましたか」
「ええ赤い赤い red魚魚 fishの粕漬粕漬 (fish) pickled in saké leesなんですがね」
「じゃひめいちひめいち himeichi (a small red fish)でしょう」
三四郎三四郎 Sanshirō (name)はつまらんつまらん poor; pettyものを送ったものだと思った。しかし野々宮野々宮 Nonomiya (name)君君 (suffix of familiarity for males)はかのひめいちについていろいろな事事 things; factsを質問した質問した asked (about); inquired。三四郎は特に特に in particular食う食う eat時時 instance; occasionの心得心得 information; instructionsを説明した説明した explained。粕ごと粕ごと lees and all焼いて焼いて roast; broil、いざ皿皿 dish; plateへうつすという時に、粕を取らないと取らないと if one doesn't remove味味 flavorが抜ける抜ける escape; dissipateと言って教えて教えて tell; informやった。
二人二人 two (people)がひめいちについて問答問答 dialogue (lit: questions and answers)をしているうちに、日が暮れた日が暮れた the sun went down。三四郎はもう帰ろう帰ろう return (home)と思って挨拶挨拶 formalities; farewellをしかけるところへ、どこからか電報電報 telegramが来た来た arrived。野々宮君は封封 sealを切って切って cut; break (seal)、電報を読んだ読んだ readが、口のうちで口のうちで (say) within one's mouth; mutter、「困ったな困ったな uh oh; darn」と言った。
野々宮野々宮 Nonomiya (name)は行く行く goことにした。行くときめたについては、三四郎三四郎 Sanshirō (name)に頼み頼み request; favor (to ask)があると言いだした言いだした mentioned。万一万一 on the off chance that (lit: in the 1 in 10,000 case)病気病気 illnessのための電報電報 telegramとすると、今夜今夜 this eveningは帰れない帰れない cannot return。すると留守留守 house-sitting; caretaking (in one's absence)が下女下女 maidservant一人一人 aloneになる。下女が非常に非常に exceedingly臆病臆病 timid; faint of heartで、近所近所 neighborhoodがことのほかことのほか more than expectedぶっそうぶっそう dangerous; unsafeである。来合わせた来合わせた happened to come byのがちょうど幸い幸い opportune; fortuitousだから、あすの課業課業 school work; lessonsにさしつかえがなければ泊って泊って spend the nightくれまいか、もっともただの電報ならばすぐ帰ってくる。まえからわかっていれば、例の例の that ...佐々木佐々木 Sasakiでも頼むはずだったが、今今 now; the presentからではとても間に合わない間に合わない be too late。たった一晩一晩 one nightのことではあるし、病院病院 hospitalへ泊るか、泊らないか、まだわからないさきから、関係関係 relation; connectionもない人人 personに、迷惑をかける迷惑をかける inconvenience; put (a person) outのはわがまますぎて、しいてしいて by force; insistingとは言いかねるが、――むろん野々宮はこう流暢に流暢に eloquently; smoothlyは頼まなかったが、相手相手 the other partyの三四郎が、そう流暢に頼まれる必要必要 necessityのない男男 fellowだから、すぐ承知して承知して agree; acceptしまった。
下女が御飯御飯 dinnerはというのを、「食わない食わない will not eat」と言ったまま、三四郎に「失敬失敬 rudeness; impolitenessだが、君君 you一人で、あとで食ってください」と夕飯夕飯 dinnerまで置き去り置き去り leaving behindにして、出て出て leave; departいった。行ったと思ったら暗い暗い dark萩萩 Japanese bush cloverの間間 (from) between; throughから大きな大きな big; loud声声 voiceを出して出して put forth (voice)、
「ぼくの書斎書斎 study; libraryにある本本 booksはなんでも読んで読んで readいいです。別に別に particularlyおもしろいものもないが、何か何か something御覧なさい御覧なさい take a look。小説小説 novelsも少し少し a fewはある」
と言ったまま消えて消えて disappearなくなった。椽側椽側 verandaまで見送って見送って see (a person) off三四郎が礼を述べた礼を述べた said 'thanks'時は、三坪三坪 3 tsubo (about 10 sq meters; about 100 sq ft)ほどな孟宗藪孟宗藪 cluster of bambooの竹竹 bamboo (stalks)が、まばらなだけに一本一本 one (stalk)ずつまだ見えた。
まもなく三四郎は八畳敷八畳敷 8-mat room (about 13 sq meters; about 140 sq ft)の書斎のまん中まん中 middleで小さい小さい small膳膳 (dining) trayを控えて控えて have; hold (close to oneself)、晩飯晩飯 dinnerを食った。膳の上上 top (of); surfaceを見ると、主人主人 master (referring here to Nonomiya)の言葉にたがわず言葉にたがわず as stated; as ordered、かのひめいちがついている。久しぶり久しぶり for the first time in a long whileで故郷故郷 home town; home regionの香香 smell; aromaをかいだようでうれしかったが、飯はそのわりにうまくなかった。お給仕お給仕 service; waiting (on someone)に出た下女の顔顔 faceを見ると、これも主人の言ったとおり、臆病にできた目鼻目鼻 eyes and nose; (facial) features であった。
飯飯 dinnerが済む済む be finished; be overと下女下女 maidservantは台所台所 kitchenへ下がる下がる withdraw (to)。三四郎三四郎 Sanshirō (name)は一人一人 aloneになる。一人になっておちつくと、野々宮野々宮 Nonomiya (name)君君 (suffix of familiarity for males)の妹妹 younger sisterの事事 matter; situationが急に急に suddenly心配心配 worry; concernになってきた。危篤危篤 grave illnessなような気気 feeling; sense (of something)がする。野々宮君の駆けつけ方駆けつけ方 manner of setting out; manner of goingがおそいような気がする。そうして妹がこのあいだ見た見た saw女女 woman; young ladyのような気がしてたまらない。三四郎はもう一ぺん一ぺん one time、女の顔つき顔つき facial featuresと目つき目つき eyesと、服装服装 clothing; dressとを、あの時時 time; occasionあのままに、繰り返して繰り返して return to; reflect on、それを病院病院 hospitalの寝台寝台 bedの上上 top ofに乗せて乗せて set (onto); place (onto)、そのそばに野々宮君を立たして立たして (cause to) stand、二、三二、三 two or three; severalの会話会話 conversation; (verbal) exchangeをさせたが、兄兄 elder brotherではもの足らないもの足らない inadequate; lacking (usually もの足りない)ので、いつのまにか、自分自分 oneselfが代理代理 substituteになって、いろいろ親切に親切に kindly; compassionately介抱介抱 tending to; looking afterしていた。ところへ汽車汽車 (steam) trainがごうと鳴って鳴って roar; rumble孟宗藪孟宗藪 cluster of bambooのすぐ下下 belowを通った通った passed through。根太根太 (floor) joistsのぐあいか、土質土質 soil condition; soil qualityのせいか座敷座敷 living roomが少し少し a little; a bit震える震える shake; trembleようである。
三四郎は看病看病 attending (to a sick person)をやめて、座敷を見回した見回した looked around。いかさまいかさま for sure; without doubt古い古い old建物建物 building; constructionと思われて思われて seemed (to be); looked (to be)、柱柱 pillars; beamsに寂寂 patinaがある。その代りその代り on the other hand唐紙唐紙 papered shōji (唐紙障子)の立てつけ立てつけ fitting; alignmentが悪い悪い poor; compromised。天井天井 ceilingはまっ黒まっ黒 pitch blackだ。ランプばかりが当世に当世に in a modern fashion光って光って shine; glowいる。野々宮君のような新式の新式の new-style; modern学者学者 scholar; academicが、もの好きにもの好きに on a whim; out of curiosityこんな家家 houseを借りて借りて borrow、封建時代封建時代 feudal timesの孟宗藪孟宗藪 cluster of bambooを見て暮らす暮らす live; pass one's daysのと同格同格 two of a kind (with)である。もの好きならば当人当人 the person in questionの随意随意 option; choiceだが、もし必要必要 necessityにせまられて、郊外郊外 suburbs; outskirtsにみずからを放逐した放逐した turned out; expelledとすると、はなはだ気の毒気の毒 pitiableである。聞くところによると聞くところによると according to rumor、あれだけの学者で、月に月に per monthたった五十五円五十五円 55 yenしか、大学大学 universityからもらっていないそうだ。だからやむをえず私立学校私立学校 private schoolへ教えにゆく教えにゆく go to teach (at)のだろう。それで妹に入院されて入院されて be hospitalizedはたまるまい。大久保大久保 Ōkubo (place name)へ越した越した moved; relocatedのも、あるいはそんな経済上の経済上の economicつごうかもしれない。……
「ああああ、もう少し少し a little; a bitの間間 while; interval (of time)だ」
と言う言う say; utter声声 voiceがした。方角方角 directionは家家 houseの裏手裏手 back sideのようにも思える思える seemed (to be)が、遠いのでしっかりとはわからなかった。また方角を聞き分ける聞き分ける discern (through listening)暇暇 time; leisureもないうちに済んで済んで be finished; be doneしまった。けれども三四郎三四郎 Sanshirō (name)の耳耳 earsには明らかに明らかに clearly; certainlyこの一句一句 single phraseが、すべてに捨てられた捨てられた be cast away; be abandoned人人 person; individualの、すべてから返事返事 answer; responseを予期しない予期しない not expect; not anticipate、真実の真実の genuine; authentic独白独白 talking to oneself (usually 独白)と聞こえた。三四郎は気味が悪くなった気味が悪くなった began to feel uneasy。ところへまた汽車汽車 (steam) trainが遠くから響いて来た響いて来た began to resound; began to reverberate。その音が次第に次第に gradually近づいて近づいて drew near孟宗藪孟宗藪 stand of bambooの下下 belowを通る通る pass through時には、前の前の previous列車列車 trainよりも倍倍 twice (as much)も高い音高い音 high-pitched soundを立てて立てて raise; make (sound)過ぎ去った過ぎ去った went on its way; continued on its way。座敷座敷 living roomの微震微震 reverberationsがやむまでは茫然として茫然として be in a daze; be mentally numbいた三四郎は、石火石火 spark (from striking flint)のごとく、さっきの嘆声嘆声 sighと今今 (just) nowの列車の響きとを、一種一種 one typeの因果因果 cause and effect; causal relationshipで結びつけた結びつけた tied together; connected。そうして、ぎくんと飛び上がった飛び上がった jumped up; bolted upright。その因果は恐るべき恐るべき dreadful; terribleものである。
三四郎はこの時じっと座に着いて座に着いて be sitting; remain seatedいることのきわめて困難な困難な difficultのを発見した発見した discovered; found。背筋背筋 spinal columnから足の裏足の裏 bottoms of one's feetまでが疑惧疑惧 apprehension; uneaseの刺激刺激 stimulationでむずむずするむずむずする feel itchy; be tingly。立って立って stand up; get up便所便所 toiletに行った行った went (to)。窓窓 windowから外外 outsideをのぞくと、一面一面 one layer; a blanket of ...の星月夜星月夜 starry nightで、土手土手 embankment下の汽車道汽車道 train tracksは死んだように死んだように deathly静か静か quietである。それでも竹格子竹格子 bamboo latticeのあいだから鼻鼻 noseを出す出す stick out (from)くらいにして、暗い暗い dark; dim所をながめていた。
すると停車場停車場 stationの方方 directionから提灯提灯 lanternをつけた男男 menがレールの上上 top ofを伝って伝って walk along; followこっちへ来る。話し声話し声 (talking) voicesで判じる判じる judge (by)と三、四人三、四人 three or four menらしい。提灯の影影 form; light (from something)は踏切踏切 crossingから土手下へ隠れて隠れて be hidden (from view)、孟宗藪の下を通る時は、話し声だけになった。けれども、その言葉言葉 wordsは手に取るように手に取るように as if close enough to touch聞こえた聞こえた were audible; could be heard。
「もう少し先だ」
足音足音 sound of footstepsは向こう向こう ahead; beyondへ遠のいて行く行く go; proceed。三四郎は庭先庭先 inner garden (bordering on the veranda)へ回って回って circle around (to)下駄下駄 wooden sandalsを突っ掛けた突っ掛けた slipped on (slippers or sandals)まま孟宗藪の所から、一間余一間余 about 1 ken (about 2 yards; about 2 meters)の土手を這い降りて這い降りて scrambled down、提灯のあとを追っかけて行った追っかけて行った followed after。
五、六間五、六間 5 or 6 ken (about 10 meters; about 12 yards)行くか行かないうちに、また一人一人 one person土手から飛び降りた飛び降りた jumped down; dropped down者者 personがある。――
三四郎三四郎 Sanshirō (name)は何か何か something答えよう答えよう respond (with)としたが、ちょっと声声 voiceが出なかった出なかった didn't come out; didn't materialize。そのうち黒い男黒い男 dark figure (of a man)は行き過ぎた行き過ぎた went on (ahead)。これは野々宮野々宮 Nonomiya (name)君君 (suffix of familiarity for males)の奥奥 interior (further down the lane)に住んで住んで live; resideいる家家 houseの主人主人 head (of a household)だろうと、後をつけながら後をつけながら while following after考えた考えた surmised。半町半町 half a chō (about 50 meters; about 60 yards)ほどくると提灯提灯 lanternsが留まって留まって be stopped; come to a haltいる。人人 people; menも留まっている。人は灯灯 lightをかざしたかざした held up (over one's head)まま黙っている黙っている be silent。三四郎は無言で無言で silently; without a word灯の下下 beneathを見た見た looked at。下には死骸死骸 body; (human) remainsが半分半分 halfある。汽車汽車 (steam) trainは右右 rightの肩肩 shoulderから乳乳 breastの下を腰腰 waist; hipsの上上 aboveまでみごとに引きちぎって引きちぎって tear off; wrench off、斜掛けの斜掛けの (cut) at an angle胴胴 trunk; torsoを置き去りにして置き去りにして leaving behind; leaving in its wake行った行った went (on)のである。顔顔 faceは無傷無傷 unhurt; undamagedである。若い若い young女女 woman; young ladyだ。
三四郎はその時時 time; momentの心持ち心持ち feeling; impressionをいまだに覚えて覚えて rememberいる。すぐ帰ろう帰ろう return (home)として、踵をめぐらしかけた踵をめぐらしかけた started to return; made ready to go (lit: turned one's heels)が、足がすくんで足がすくんで feel weak in the kneesほとんど動けなかった動けなかった couldn't move。土手土手 embankmentを這い上がって這い上がって crawled up; clambered up、座敷座敷 living roomへもどったら、動悸動悸 palpitation; pulsationが打ち出した打ち出した begin to beat; begin to throb。水水 waterをもらおうと思って思って think (to do something)、下女下女 maidservantを呼ぶ呼ぶ call (for someone)と、下女はさいわいになんにも知らない知らない not know; be unawareらしい。しばらくすると、奥の家で、なんだか騒ぎ出した騒ぎ出した broke into a commotion。三四郎は主人が帰ったんだなと覚った覚った realized; became aware of。やがて土手の下ががやがやするがやがやする buzz; hum (with noise)。それが済む済む end; be overとまた静か静か quietになる。ほとんど堪え難い堪え難い unbearable; unendurableほどの静かさであった。
三四郎の目の前目の前 before one's eyesには、ありありとありありと distinctly; vividlyさっきの女の顔が見える。その顔と「ああああ……」と言った力力 energy; vigorのない声と、その二つ二つ two (things)の奥に潜んで潜んで be hidden in; lie withinおるべきはずの無残な無残な cruel; merciless運命運命 fate; destinyとを、継ぎ合わして継ぎ合わして join together; put together考えてみると、人生人生 (human) lifeという丈夫そうな丈夫そうな seemingly robust; hearty-looking命命 (mortal) lifeの根根 rootsが、知らぬまに、ゆるんで、いつでも暗闇暗闇 darknessへ浮き出して浮き出して float (off)ゆきそうに思われる思われる seems (to be)。三四郎は欲も得もいらない欲も得もいらない forget all other considerations; having no concern for love or moneyほどこわかった。ただごうというごうという with a roar; with a rumble一瞬間一瞬間 single instantである。そのまえまではたしかに生きていた生きていた was aliveに違いないに違いない it's certain that ...。
三四郎三四郎 Sanshirō (name)はこの時時 time; momentふと汽車汽車 (steam) trainで水蜜桃水蜜桃 peachesをくれた男男 manが、あぶないあぶない、気をつけないと気をつけないと if one isn't carefulあぶない、と言った言った saidことを思い出した思い出した remembered; called to mind。あぶないあぶないと言いながら、あの男はいやにおちついていた。つまりあぶないあぶないと言いうるほどに、自分自分 oneselfはあぶなくない地位地位 position; statusに立って立って stand; be situatedいれば、あんな男にもなれるだろう。世の中世の中 society; the worldにいて、世の中を傍観して傍観して looking on; watching from the wingsいる人人 personはここに面白味面白味 interest; fascination (with)があるかもしれない。どうもあの水蜜桃の食いぐあい食いぐあい manner of eatingから、青木堂青木堂 Aokidō (grocery and spirits shop in Hongō with cafe on 2nd floor)で茶茶 teaを飲んで飲んで drinkは煙草煙草 tobacco; cigaretteを吸い吸い smoke (tobacco)、煙草を吸っては茶を飲んで、じっと正面正面 straight aheadを見て見て look; watchいた様子様子 appearance; mannerは、まさにこの種種 type; kindの人物人物 character; personageである。――批評家批評家 critic; commentatorである。――三四郎は妙な妙な odd; unusual意味意味 meaning; nuanceに批評家という字字 wordを使って使って use; applyみた。使ってみて自分でうまいと感心した感心した was impressed (with)。のみならずのみならず furthermore; moreover自分も批評家として、未来未来 futureに存在しよう存在しよう exist; live (one's life)かとまで考えだした考えだした began to consider; began to think。あのすごい死顔死顔 face of a dead personを見るとこんな気気 feelingも起こる起こる arise; be stirred up。
三四郎は部屋部屋 roomのすみにあるテーブルと、テーブルの前前 front ofにある椅子椅子 chairと、椅子の横横 next toにある本箱本箱 bookcaseと、その本箱の中中 insideに行儀よく行儀よく carefully; neatly並べて並べて line up; put in orderある洋書洋書 Western booksを見回して見回して survey; look over、この静かな静かな quiet; still書斎書斎 libraryの主人主人 owner; masterは、あの批評家と同じく同じく similarly (to)無事で無事で without incident; in safety幸福幸福 happiness; well-beingであると思った思った thought。――光線光線 light beamの圧力圧力 pressureを研究する研究する study; researchために、女女 woman; young ladyを轢死轢死 death on impact (by train or car)させることはあるまい。主人の妹妹 younger sisterは病気病気 ill; unwellである。けれども兄兄 older brotherの作った作った made; brought about病気ではない。みずからかかった病気である。などとそれからそれへと頭頭 head; thoughtsが移ってゆく移ってゆく move on to; transition toうちに、十一時十一時 eleven (o'clock)になった。中野行中野行 for Nakano (train)の電車電車 (electric) trainはもう来ない来ない run (train); arrive。あるいは病気が悪い悪い serious; graveので帰らない帰らない won't returnのかしらと、また心配心配 worry; concernになる。ところへ野々宮野々宮 Nonomiya (name)から電報電報 telegramが来た来た came; arrived。妹無事、あす朝朝 morning帰るとあった。
安心して安心して be reassured床床 bedにはいったが、三四郎の夢夢 dreamはすこぶる危険危険 dangerous; perilousであった。――轢死を企てた企てた planned; plotted女は、野々宮に関係関係 connection; relationshipのある女で、野々宮はそれと知って知って know (of); be aware (of)家家 houseへ帰って来ない帰って来ない not return (to)。ただ三四郎を安心させるために電報だけ掛けた掛けた applied; sent (telegram)。妹無事とあるのは偽り偽り fabrication; deceptionで、今夜今夜 this evening轢死のあった時刻時刻 time; hourに妹も死んでしまった死んでしまった died。そうしてその妹はすなわち三四郎が池池 pondの端端 edgeで会った会った met; encountered女である。……
三四郎三四郎 Sanshirō (name)はあくる日あくる日 the next day例になく例になく unusually; contrary to habit早く早く early起きた起きた woke up。
寝つけない寝つけない not used to sleeping所所 placeに寝た床床 bedのあとをながめて、煙草煙草 cigaretteを一本一本 one (cigarette)のんだが、ゆうべの事事 matter; affairは、すべて夢夢 dreamのようである。椽側椽側 verandaへ出て出て go out (onto)、低い低い low廂廂 eavesの外外 outside (of)にある空空 skyを仰ぐ仰ぐ look up atと、きょうはいい天気天気 weatherだ。世界世界 the worldが今今 now; the present朗らか朗らか bright; cheerfulになったばかりの色色 colorをしている。飯飯 breakfastを済まして済まして finish茶茶 teaを飲んで飲んで drink、椽側に椅子椅子 chairを持ち出して持ち出して take out (onto)新聞新聞 newspaperを読んで読んで readいると、約束どおり約束どおり as promised野々宮野々宮 Nonomiya (name)君君 (suffix of familiarity for males)が帰って来た帰って来た came back; returned。
「昨夜昨夜 last night、そこに轢死轢死 death on impact (by train or car)があったそうですね」と言う言う said。停車場停車場 stationか何か何か somethingで聞いた聞いた heardものらしい。三四郎は自分の自分の one's own経験経験 experienceを残らず残らず in full; holding nothing back話した話した told; related。
「それは珍しい珍しい unusual。めったに会えないめったに会えない rarely encounteredことだ。ぼくも家家 house; homeにおればよかった。死骸死骸 body; remainsはもう片づけたろう片づけたろう probably disposed of; probably cleaned upな。行って行って goも見られない見られない can't see; won't be able to seeだろうな」
「もうだめでしょう」と一口一口 one word; in short答えた答えた answeredが、野々宮君ののん気なのん気な easygoing; carefreeのには驚いた驚いた be surprised; be taken aback。三四郎はこの無神経無神経 indifference; callousnessをまったく夜夜 nighttimeと昼昼 daytimeの差別差別 distinctionから起こる起こる arise (from); be brought about (by)ものと断定した断定した concluded。光線光線 light beamの圧力圧力 pressureを試験する試験する measure; test人人 personの性癖性癖 disposition; propensityが、こういう場合場合 circumstanceにも、同じ同じ same態度態度 manner; behaviorで表われて表われて appear; become apparentくるのだとはまるで気がつかなかった気がつかなかった didn't realize。年が若い年が若い be youngからだろう。
三四郎三四郎 Sanshirō (name)は話話 talk; conversationを転じて転じて shift; alter (the course of)、病人病人 sick person; patientのことを尋ねた尋ねた inquired (about)。野々宮野々宮 Nonomiya (name)君君 (suffix of familiarity for males)の返事返事 answer; responseによると、はたして自分の自分の one's own推測推測 guess; conjectureどおり病人に異状異状 change (in condition)はなかった。ただ五、六日五、六日 five or six days以来以来 since ...行って行って goやらなかったものだから、それを物足りなく物足りなく unsatisfactory; inadequate思って思って thought; considered、退屈紛れに退屈紛れに to pass the time; to alleviate one's boredom兄兄 older brotherを釣り寄せた釣り寄せた beckoned; luredのである。きょうは日曜日曜 Sundayだのに来て来て come (to visit)くれないのはひどいと言って言って say怒って怒って be cross; be irritatedいたそうである。それで野々宮君は妹妹 younger sisterをばかだと言っている。本当に本当に really; in truthばかだと思っているらしい。この忙しい忙しい busyものに大切な大切な valuable時間時間 timeを浪費させる浪費させる cause to waste; force to squanderのは愚愚 foolishnessだというのである。けれども三四郎にはその意味意味 argument; point (of view)がほとんどわからなかった。わざわざ電報電報 telegramを掛けて掛けて send (telegram)まで会いたがる会いたがる want to see (someone)妹なら、日曜の一晩一晩 one eveningや二晩二晩 two eveningsをつぶしたって惜しくはない惜しくはない one should not begrudge ...はずである。そういう人人 personに会って過ごす過ごす spend (time)時間が、本当の時間で、穴倉穴倉 basement; cellarで光線光線 light beamの試験試験 experimentをして暮らす暮らす live (one's life)月日月日 days (lit: months and days)はむしろ人生人生 life; human lifeに遠い遠い distant (from)閑生涯閑生涯 leisurely existenceというべきものである。自分が野々宮君であったならば、この妹のために勉強勉強 studiesの妨害妨害 disturbance; interruptionをされるのをかえってうれしく思うだろう。くらいに感じた感じた feltが、その時時 time; momentは轢死轢死 death on impact (by train or car)の事事 matter; affairを忘れて忘れて forgetいた。
野々宮君は昨夜昨夜 the previous nightよく寝られなかった寝られなかった couldn't sleep; wasn't able to sleepものだからぼんやりしていけないと言いだした。きょうはさいわい昼昼 noonから早稲田早稲田 Waseda (place name)の学校学校 schoolへ行く行く go (to)日日 dayで、大学大学 universityのほうは休み休み day offだから、それまで寝ようと言っている。「だいぶおそくまで起きて起きて be up; be awakeいたんですか」と三四郎が聞く聞く askと、じつは偶然偶然 by chance、高等学校高等学校 high school (equivalent to modern-day college)で教わった教わった was taught byもとの先生先生 teacher; professorの広田広田 Hirota (name)という人が妹の見舞い見舞い visit; inquiry (to check after a person's health)に来てくれて、みんなで話をしているうちに、電車電車 (electric) trainの時間に遅れて遅れて be late (for)、つい泊る泊る stay over; spend the nightことにした。広田の家家 houseへ泊るべきのを、また妹がだだをこねてだだをこねて be fretful; raise a fuss、ぜひ病院病院 hospitalに泊れと言って聞かないから、やむをえず狭い狭い confined; cramped所所 placeへ寝たら、なんだか苦しくって苦しくって uncomfortable寝つかれなかった。どうも妹は愚物愚物 fool; dunceだ。とまた妹を攻撃する攻撃する attack; criticize。三四郎はおかしくなった。少し少し a little; a bit妹のために弁護しよう弁護しよう defend; argue on someone's behalfかと思ったが、なんだか言いにくいのでやめにした。
その代りその代り instead; rather広田広田 Hirota (name)さんの事の事 concerning ...を聞いた聞いた asked (about)。三四郎三四郎 Sanshirō (name)は広田さんの名前名前 nameをこれで三、四へん三、四へん three or four times耳にしている耳にしている had heard。そうして、水蜜桃水蜜桃 peachesの先生先生 teacher; professorと青木堂青木堂 Aokidō (grocery and spirits shop in Hongō with cafe on 2nd floor)の先生に、ひそかに広田さんの名名 nameをつけている。それから正門内正門内 inside the main gate (of the university)で意地の悪い意地の悪い ill-tempered; mean-spirited馬馬 horseに苦しめられて苦しめられて be tormented; be put in a bind、喜多床喜多床 Kitadoko (name of Tōkyō barbershop founded in 1871)の職人職人 artisans; journeymenに笑われた笑われた be laughed atのもやはり広田先生にしてある。ところが今今 now; the present (time)承って承って be told; be informedみると、馬の件件 incidentははたして広田先生であった。それで水蜜桃も必ず必ず certainly; positively同先生同先生 the same teacher; the same professorに違いないに違いない no doubt that ...と決めた決めた decided; concluded。考える考える consider; think aboutと、少し少し a little; a bit無理無理 unlikely; far-fetchedのようでもある。
帰る帰る return; leave (for home)時時 timeに、ついでだから、午前中午前中 during the morning; before noonに届けて届けて deliverもらいたいと言って言って say、袷袷 a lined kimonoを一枚一枚 one (counter for thin objects)病院病院 hospitalまで頼まれた頼まれた was requested。三四郎は大いに大いに very much; greatlyうれしかった。
三四郎は新しい新しい new四角な四角な square; four-cornered帽子帽子 hat; capをかぶっている。この帽子をかぶって病院に行ける行ける can go (to)のがちょっと得意得意 triumph; point of prideである。さえざえしい顔さえざえしい顔 cheerful lookをして野々宮野々宮 Nonomiya (name)君君 (suffix of familiarity for males)の家家 houseを出た出た left; departed (from)。
御茶の水御茶の水 Ochanomizu (place name)で電車電車 (electric) trainを降りて降りて descend from; get off (a train)、すぐ俥俥 rickshawに乗った乗った boarded; got into (car)。いつもの三四郎に似合わぬ似合わぬ not suit; not be becoming to所作所作 conduct; behaviorである。威勢よく威勢よく with energy; with a flair赤門赤門 Red Gateを引き込ませた引き込ませた had (the rickshaw driver) pull through時、法文科法文科 (college of) law and literatureのベルが鳴り出した鳴り出した began to ring; rang out。いつもならノートとインキ壺インキ壺 ink jarを持って持って hold; carry、八番八番 No 8の教室教室 classroom; lecture hallにはいる時分時分 time; hourである。一、二時間一、二時間 one or two hoursの講義講義 lectureぐらい聞きそくなって聞きそくなって miss (hearing); fail to attend (lecture)もかまわないという気気 feelingで、まっすぐに青山青山 Aoyama (name)内科内科 (institute for) internal medicineの玄関玄関 entrywayまで乗りつけた。
上がり口上がり口 entranceを奥奥 interiorへ、二つ目の二つ目の second角角 cornerを右右 rightへ切れて切れて turn (toward)、突当たり突当たり end (of the hall)を左左 leftへ曲がる曲がる turnと東側東側 east sideの部屋部屋 roomだと教わった教わった be instructed; be toldとおり歩いて歩いて walk行くと、はたしてあった。黒塗り黒塗り painted in blackの札札 card; labelに野々宮よし子よし子 Yoshiko (name)と仮名仮名 kanaで書いて書いて write、戸口戸口 doorに掛けて掛けて hang; suspendある。三四郎はこの名前を読んだ読んだ readまま、しばらく戸口の所所 place; locationでたたずんでたたずんで idle; loiterいた。いなか物いなか物 country boyだからノックするなぞという気の利いた気の利いた clever; prudent事事 act; actionはやらない。「この中中 insideにいる人人 personが、野々宮君の妹妹 younger sisterで、よし子という女女 woman; young ladyである」
三四郎はこう思って思って think; consider立って立って standいた。戸戸 doorをあけて顔顔 faceが見たく見たく wanting to seeもあるし、見て失望する失望する be disappointedのがいやでもある。自分の自分の one's own頭の中頭の中 mind; thoughtsに往来する往来する come and go; move about女の顔は、どうも野々宮宗八宗八 Sōhachi (name)さんに似ていない似ていない bear no resemblance toのだから困る困る be worried。
うしろから看護婦看護婦 nurseが草履草履 straw sandalsの音音 soundをたてて近づいて来た近づいて来た approached; drew near。三四郎三四郎 Sanshirō (name)は思い切って思い切って with resolve戸戸 doorを半分半分 halfwayほどあけた。そうして中中 insideにいる女女 woman; young ladyと顔顔 faceを見合わせた見合わせた exchanged glances。(片手片手 one handにハンドルをもったまま)
目目 eyesの大きな大きな large、鼻鼻 noseの細い細い narrow、唇唇 lipsの薄い薄い thin、鉢が開いた鉢が開いた wide and flatと思う思う think (of as)くらいに、額額 foreheadが広くって広くって wide; broad顎がこけた顎がこけた with a drooping jaw女であった。造作造作 facial featuresはそれだけである。けれども三四郎は、こういう顔だち顔だち looks; featuresから出る出る emanate (from)、この時時 time; momentにひらめいた咄嗟咄嗟 moment; instantの表情表情 expressionを生まれて生まれて in one's lifeはじめて見た。青白い青白い pale; pallid額のうしろに、自然のままに自然のままに in its natural stateたれた濃い濃い thick髪髪 hairが、肩肩 shouldersまで見える。それへ東窓東窓 east windowをもれる朝日朝日 morning lightの光光 raysが、うしろからさすので、髪と日光日光 sunlight; sun's rays (usually 日光)の触れ合う触れ合う come in contact; touch each other境境 border; boundaryのところが菫色菫色 violet colorに燃えて燃えて burn、生きた生きた living暈暈 halo; corona (usually 月暈)をしょってしょって carry; supportる。それでいて、顔も額もはなはだ暗い暗い in darkness; shaded。暗くて青白い。そのなかに遠い遠い distant心持ち心持ち feelingのする目がある。高い高い high; lofty雲雲 cloudsが空空 skyの奥奥 interior; depthsにいて容易に容易に easily; readily動かない動かない don't move。けれども動かずにもいられない。ただなだれるなだれる descend; slide downように動く。女が三四郎を見た時は、こういう目つきであった。
三四郎はこの表情のうちにものういものうい languid; listless憂鬱憂鬱 melancholyと、隠さざる隠さざる apparent; not to be hidden快活快活 cheerfulness; lightheartednessとの統一統一 unityを見いだした。その統一の感じ感じ feeling; impressionは三四郎にとって、最も最も most尊き尊き precious; exalted人生人生 human life; existenceの一片一片 piece (of); aspect (of)である。そうして一大一大 one large ...; a great ...発見発見 discoveryである。三四郎はハンドルをもったまま、――顔を戸の影影 shadow; shelter ofから半分部屋部屋 roomの中に差し出した差し出した stretched out; extendedままこの刹那刹那 moment; instantの感感 feelingに自ら自ら oneselfを放下し去った放下し去った give up to; abandon to。
「おはいりなさい」
女は三四郎を待ち設けた待ち設けた expected; was watching forように言う言う spoke。その調子調子 tone (voice)には初対面初対面 first meeting; initial introductionの女には見いだすことのできない、安らかな安らかな comfortable; relaxed音色音色 tone; timbreがあった。純粋の純粋の pure; innocent子供子供 childか、あらゆる男児男児 boysに接しつくした接しつくした had extensive contact; had extensive interaction婦人婦人 ladyでなければ、こうは出られないこうは出られない couldn't engage with (a person) so。なれなれしいなれなれしい familiar; overfamiliarのとは違う違う different。初めから初めから from the beginning; from the start古い古い old知り合い知り合い acquaintanceなのである。同時に同時に at the same time女は肉の豊かでない肉の豊かでない thin (lit: not of ample flesh)頬頬 cheeksを動かしてにこりと笑ったにこりと笑った smiled。青白いうちに、なつかしい暖かみ暖かみ warmthができた。三四郎の足足 legs; feetはしぜんと部屋の内内 insideへはいった。その時青年青年 young manの頭頭 head; mindのうちには遠い故郷故郷 home town; native regionにある母母 motherの影がひらめいた。
戸戸 doorのうしろへ回って回って step around (to)、はじめて正面正面 straight ahead; forwardに向いた向いた faced時時 time; moment、五十五十 fifty (years of age)あまりの婦人婦人 ladyが三四郎三四郎 Sanshirō (name)に挨拶挨拶 greetingをした。この婦人は三四郎のからだがまだ扉扉 doorの陰陰 shadow; shelter ofを出ない出ない not be emerged (from)まえから席を立って席を立って rise from one's seat待って待って waitいたものとみえる。
「小川小川 Ogawa (Sanshirō's family name)さんですか」と向こう向こう the other partyから尋ねて尋ねて inquiredくれた。顔顔 faceは野々宮野々宮 Nonomiya (name)君君 (suffix of familiarity for males)に似て似て resembleいる。娘娘 daughterにも似ている。しかしただ似ているというだけである。頼まれた頼まれた requested; entrusted風呂敷包み風呂敷包み bundle wrapped with a furoshiki (carrying cloth)を出す出す take out; presentと、受け取って受け取って receive; take possession of、礼を述べて礼を述べて express one's thanks、
「どうぞ」と言いながら椅子椅子 chairをすすめたまま、自分自分 oneselfは寝台寝台 bedの向こう側向こう側 other side; far sideへ回った。
寝台の上上 top ofに敷いた敷いた laid out; spread out蒲団蒲団 futon; quilted mattressを見る見る look atとまっ白まっ白 pure whiteである。上へ掛ける掛ける spreadものもまっ白である。それを半分半分 halfほど斜に斜に at an angleはぐってはぐって turned down、裾裾 skirt; edgeのほうが厚く厚く thick見えるところを、よけるように、女女 young ladyは窓窓 windowを背にして背にして turning one's back toward腰をかけた腰をかけた sat; was seated。足足 feetは床床 floorに届かない届かない didn't reach。手手 handsに編針編針 knitting needlesを持って持って hold; haveいる。毛糸毛糸 yarnのたまが寝台の下下 below; beneathに転がった転がった rolled。女の手から長い長い long赤い赤い red糸糸 yarn; stringが筋を引いて筋を引いて drawing a lineいる。三四郎は寝台の下から、毛糸のたまを取り出して取り出して retrieveやろうかと思った思った thought (of doing)、けれども、女が毛糸にはまるで無頓着無頓着 indifferent; unconcernedでいるので控えた控えた refrained。
おっかさんが向こう側から、しきりに昨夜昨夜 last night; the previous nightの礼を述べる。お忙しいお忙しい busyところをなどと言う。三四郎は、いいえ、どうせ遊んで遊んで be idle; have time on one's handsいますからと言う。二人二人 two (people)が話話 talk; conversationをしているあいだ、よし子よし子 Yoshiko (name of Nonomiya's younger sister)は黙って黙って remain quietいた。二人の話が切れた切れた ended; broke off時、突然突然 suddenly; abruptly、
「ゆうべの轢死轢死 death on impact (by train or car)を御覧になって御覧になって see; witness」と聞いた聞いた asked。見ると部屋部屋 roomのすみに新聞新聞 newspaperがある。三四郎が、
「ええ」と言う。
「こわかったでしょう」と言いながら、少し少し a little; a bit首首 head; neckを横に横に to the side曲げて曲げて bent; inclined、三四郎を見た。兄兄 older brotherに似て首の長い長い long女である。三四郎はこわいともこわくないとも答えずに答えずに without replying、女の首の曲がりぐあいをながめていた。半分は質問質問 questionがあまり単純な単純な simpleので、答に窮した窮した be hard pressed; be at a lossのである。半分は答えるのを忘れた忘れた forgotのである。女は気がついた気がついた noticed; realizedとみえて、すぐ首をまっすぐにした。そうして青白い青白い pale; pallid頬頬 cheeksの奥奥 interior; depthsを少し赤くした赤くした reddened (blushed)。三四郎はもう帰る帰る return; take one's leaveべき時間時間 timeだと考えた考えた decided。
挨拶挨拶 formalities; regardsをして、部屋部屋 roomを出て出て left; departed (from)、玄関玄関 entrance; entryway正面正面 forward; straight aheadへ来て来て came (to)、向こう向こう beyond; the far endを見る見る look (to)と、長い長い long廊下廊下 hallwayのはずれが四角四角 squareに切れて切れて cut (into); divided (into)、ぱっと明るく明るく bright、表表 out frontの緑緑 greenが映る映る reflect; be projected上がり口上がり口 entranceに、池池 pondの女女 young ladyが立って立って standいる。はっと驚いた驚いた be surprised三四郎三四郎 Sanshirō (name)の足足 feet; legsは、さっそく歩調歩調 pace (of walking); gaitに狂い狂い confusion; disorderができた。その時時 time; moment透明な透明な transparent空気空気 airの画布画布 (oil painting) canvasの中中 middleに暗く暗く darkly描かれた描かれた painted; drawn女の影影 shadow; silhouetteは一足一足 one step前前 forwardへ動いた動いた moved。三四郎も誘われた誘われた summoned; beckonedように前へ動いた。二人二人 two (people)は一筋道一筋道 single straight pathの廊下のどこかですれ違わねばならぬすれ違わねばならぬ must pass (each other)運命運命 fate; destinyをもって互いに互いに mutually近づいて来た近づいて来た approached; drew nearer。すると女が振り返った振り返った looked back; turned back。明るい表の空気の中には、初秋初秋 early autumnの緑が浮いて浮いて floatいるばかりである。振り返った女の目目 eyes; lookに応じてに応じて in response to; in reaction to、四角の中に、現われた現われた appearedものもなければ、これを待ち受けて待ち受けて expect; wait forいたものもない。三四郎はそのあいだに女の姿勢姿勢 posture; stanceと服装服装 dress; clothingを頭の中頭の中 one's mindへ入れた入れた put into。
着物着物 kimonoの色色 colorはなんという名名 nameかわからない。大学大学 universityの池池 pondの水水 waterへ、曇った曇った cloudy; overcast常磐木常磐木 evergreen (tree)の影が映る時のようである。それはあざやかな縞縞 stripesが、上上 topから下下 bottomへ貫いて貫いて run through; pierceいる。そうしてその縞が貫きながら波を打って波を打って ripple; form a wave、互いに寄ったり寄ったり draw near離れたり離れたり move apart; separate、重なって重なって overlap; double up太くなったり太くなったり thicken、割れて割れて split apart二筋二筋 two linesになったりする。不規則不規則 irregularだけれども乱れない乱れない not in disorder。上から三分一三分一 one thirdのところを、広い広い wide帯帯 belt; sashで横横 sidewaysに仕切った仕切った cut; partitioned。帯の感じ感じ feeling; impressionには暖かみ暖かみ warmthがある。黄黄 yellowを含んで含んで includeいるためだろう。
うしろを振り向いた時、右右 right (side)の肩肩 shoulderが、あとへ引けて引けて withdrew; reversed、左左 left (side)の手手 handが腰腰 waist; hipsに添った添った accompany; stay byまま前前 forwardへ出た出た advanced。ハンケチを持って持って hold; carryいる。そのハンケチの指指 fingersに余った余った be in excess; be left overところが、さらりとさらりと smoothly; sleekly開いて開いて open; unfoldいる。絹絹 silkのためだろう。――腰から下は正しい正しい straight; correct姿勢にある。
女はやがてもとのとおりに向き直った向き直った turned back (around); corrected one's orientation。目を伏せて目を伏せて with eyes cast downward二足二足 two steps; several stepsばかり三四郎に近づいた時、突然突然 suddenly首首 neck; headを少し少し a little; a bitうしろに引いて、まともに男男 man (here: Sanshirō)を見た見た looked at。二重瞼二重瞼 double eyelidの切長の切長の tapered (outer corners of the eye)おちついた恰好恰好 shape; form; appearanceである。目立って目立って be conspicuous; stand out黒い黒い black眉毛眉毛 eyebrowsの下に生きて生きて be aliveいる。同時に同時に at the same timeきれいな歯歯 teethがあらわれた。この歯とこの顔色顔色 facial complexionとは三四郎にとって忘るべからざる忘るべからざる unforgettable対照対照 contrast; comparisonであった。
きょうは白い白い whiteものを薄く薄く thinly; lightly塗って塗って paint; apply (makeup)いる。けれども本来の本来の original; natural地地 ground; base (color)を隠す隠す hide; concealほどに無趣味無趣味 lacking in refinementではなかった。こまやかなこまやかな tender; fine肉肉 fleshが、ほどよくほどよく judiciously; to the proper degree色づいて色づいて be colored、強い強い strong; intense日光日光 sunlight; sun's raysにめげないめげない not succumb toように見える見える appear上上 top ofを、きわめて薄く粉が吹いて粉が吹いて be dusted with powderいる。てらてらてらてら lustrously; glossily照る照る shine顔顔 faceではない。
肉は頬頬 cheekといわず顎顎 jawといわずきちりときちりと nicely; perfectly (= きっちりと)締まって締まって be firm; be tautいる。骨骨 bones; frameの上に余った余った excessものはたんとたんと a lot; very much (= たくさん)ないくらいである。それでいて、顔全体全体 as a whole; overallが柔かい柔かい soft; tender。肉が柔かいのではない骨そのものが柔かいように思われる思われる it seemed that ...。奥行きの長い奥行きの長い having depth感じ感じ feeling; impressionを起こさせる起こさせる stir; evoke顔である。
女女 young ladyは腰をかがめた腰をかがめた bowed (lit: bent at the waist)。三四郎三四郎 Sanshirō (name)は知らぬ知らぬ unknown; unfamiliar人人 personに礼礼 salutationをされて驚いた驚いた be surprisedというよりも、むしろ礼のしかたの巧みな巧みな skillful; artfulのに驚いた。腰から上が、風風 wind; breezeに乗る乗る ride (on)紙紙 paperのようにふわりとふわりと softly; lightly前前 forwardに落ちた落ちた fell; dropped。しかも早い早い simple; quick。それで、ある角度角度 angleまで来て来て arrive (at)苦もなく苦もなく without difficultyはっきりととまった。むろん習って習って be taught覚えた覚えた learnedものではない。
「ちょっと伺います伺います ask; inquireが……」と言う言う say; speak声声 voiceが白い白い white歯歯 teethのあいだから出た出た came forth (from)。きりりとしてきりりとして be tight; be crispいる。しかし鷹揚鷹揚 large-hearted; generousである。ただ夏夏 summerのさかりさかり the height (of)に椎椎 chinquapin oakの実実 acornsがなっているかと人人 a personに聞きそう聞きそう askには思われなかった。三四郎はそんな事事 fact; matterに気のつく気のつく take notice (of)余裕余裕 composure; marginはない。
「はあ」と言って立ち止まった立ち止まった came to a stop。
「十五号室十五号室 room number 15はどの辺辺 area; vicinityになりましょう」
十五号は三四郎が今今 now; just now出て来た出て来た came out (of)部屋部屋 roomである。
「野々宮野々宮 Nonomiya (name)さんの部屋ですか」
今度今度 this timeは女のほうが「はあ」と言う。
「野々宮さんの部屋はね、その角角 cornerを曲がって曲がって turn (a corner)突き当って突き当って at the end、また左左 leftへ曲がって、二番目二番目 the second (one)の右側右側 right sideです」
女女 young ladyは行き過ぎた行き過ぎた passed by; proceeded on (one's way)。三四郎三四郎 Sanshirō (name)は立ったまま立ったまま standing; fixed in place、女の後姿後姿 retreating figureを見守って見守って look afterいる。女は角角 cornerへ来た来た came (to); arrived (at)。曲がろう曲がろう turn (a corner)とするとたんに振り返った振り返った looked back。三四郎は赤面する赤面する blush; become self-consciousばかりに狼狽した狼狽した be flustered; be panicked。女はにこりと笑ってにこりと笑って grinned; smiled、この角ですかというようなあいずを顔顔 face; facial expressionでした。三四郎は思わず思わず reflexivelyうなずいた。女の影影 figure; formは右へ切れて右へ切れて turned to the right白い白い white壁壁 wallsの中中 within; amongへ隠れた隠れた was hidden (from view)。
三四郎はぶらりとぶらりと aimlessly玄関玄関 entrywayを出た出た departed; left (from)。医科大学生医科大学生 medical studentと間違えて間違えて mistake (for)部屋部屋 roomの番号番号 numberを聞いた聞いた asked (about)のかしらんと思って、五、六歩五、六歩 five or six stepsあるいたが、急に急に suddenly気がついた気がついた realized。女に十五号十五号 number 15を聞かれた時時 time; occasion、もう一ぺんもう一ぺん one more timeよし子よし子 Yoshiko (name of Nonomiya's younger sister)の部屋へあともどりをして、案内すれば案内すれば guide; show (the way)よかった。残念な残念な regrettableことをした。
三四郎はいまさらとって帰すとって帰す hurry back; retrace one's steps勇気勇気 courageは出なかった出なかった was not forthcoming。やむをえずまた五、六歩あるいたが、今度今度 this timeはぴたりととまった。三四郎の頭の中頭の中 inside one's head; (in) one's mindに、女の結んで結んで tie (up)いたリボンの色色 colorが映った映った be reflected; be imaged。そのリボンの色も質質 materials; textureも、たしかに野々宮野々宮 Nonomiya (name)君君 (suffix of familiarity for males)が兼安兼安 Kaneyasu (place name)で買った買った boughtものと同じ同じ same (as)であると考え出した考え出した noticed; realized時、三四郎は急に足足 legs; feetが重くなった重くなった became heavy; felt heavy。図書館図書館 libraryの横横 beside; next toをのたくるようにのたくるように sluggishly; ploddingly正門正門 main gateの方方 direction; vicinity (of)へ出ると、どこから来た来た came (from)か与次郎与次郎 Yojirō (name)が突然突然 suddenly声をかけた声をかけた called out (to someone)。
「おいなぜ休んだ休んだ skipped (lecture)。きょうはイタリー人イタリー人 Italian (person)がマカロニーをいかにして食う食う eatかという講義講義 lectureを聞いた」と言いながら言いながら saying、そばへ寄って来て寄って来て came up (to); drew near (to)三四郎の肩肩 shoulderをたたいた。
二人二人 two (people)は少し少し a little; a bitいっしょに歩いた歩いた walked。正門のそばへ来た時、三四郎は、
「君君 you (used here as form of address)、今ごろでも薄い薄い thinリボンをかけるものかな。あれは極暑極暑 extreme heat; hottest days of the yearに限るに限る be limited toんじゃないか」と聞いた。与次郎はアハハハと笑って、
「〇〇教授〇〇教授 Professor so-and-soに聞くがいい。なんでも知ってる知ってる know (of; about)男男 manだから」と言って取り合わなかった取り合わなかった didn't take up; sidestepped。
正門の所所 place; locationで三四郎はぐあいが悪いぐあいが悪い not feeling wellからきょうは学校学校 school; classesを休むと言い出した言い出した declared; announced。与次郎はいっしょについて来て損をした損をした suffered a loss; wasted one's timeといわぬばかりに教室教室 classroomsの方へ帰って行った帰って行った went back (to)。