Sanshirō - Chapter 2

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三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)東京東京とうきょう Tōkyō驚いたおどろいた be amazed; be impressedものはたくさんある。第一第一だいいち first of all電車電車でんしゃ electric trainのちんちん鳴るる ring; clangので驚いた。それからそのちんちん鳴るあいだに、非常に非常ひじょうに exceedingly多くのおおくの many; numerous人間人間にんげん people乗ったり降りたりするったりりたりする get on and offので驚いた。つぎ next丸の内まるうち Marunouchi (central district of Tōkyō)で驚いた。もっとも驚いたのは、どこまで行ってって go; wanderも東京がなくならないということであった。しかもどこをどう歩いてあるいて walkも、材木材木ざいもく timber; lumberほうり出してほうりして laid out (in piles)ある、いし rock; stone積んでんで piledある、新しいあたらしい newいえ houses往来往来おうらい the streetから two三間三間さんげん 3 ken (about 5.5 meters; about 18 feet)引っ込んでんで stand back from; be set back fromいる、古いふるい oldくら storehouse半分半分はんぶん half; halfwayとりくずされて心細く心細こころぼそく helplessly; (looking) forlornまえ frontほう side; direction残ってのこって remain; be leftいる。すべてのもの things破壊破壊はかい destructionされつつあるようにみえる。そうしてすべての物がまた同時に同時どうじに at the same time建設建設けんせつ constructionされつつあるようにみえる。たいへんな動き方うごかた manner of activityである。

三四郎はまったく驚いた。要するにようするに in short; in sum普通の普通ふつうの ordinaryいなか者いなかもの country boyがはじめてみやこ capital city; townまん中まんなか middle; center立ってって stand驚くと同じおなじ same程度程度ていど extentに、また同じ性質性質せいしつ characteristic; qualityにおいて大いにおおいに greatly驚いてしまった。いま now; the presentまでの学問学問がくもん studies; learningはこの驚きを予防する予防よぼうする prevent; guard againstうえにおいて、売薬売薬ばいやく patent medicineほどの効能効能こうのう efficacy; effectivenessもなかった。三四郎の自信自信じしん confidenceはこの驚きとともに四割がた四割よんわりがた about forty percent減却した減却げんきゃくした diminished; dissipated不愉快不愉快ふゆかい unpleasant; disagreeableでたまらない。

この劇烈な劇烈げきれつな keen; intense活動活動かつどう activity; movementそのものがとりもなおさずとりもなおさず namely; in itself現実現実げんじつ real; actual世界世界せかい worldだとすると、自分自分じぶん oneself今日今日こんにち today; the presentまでの生活生活せいかつ life; existenceは現実世界に毫もごうも (not) at all; (not) in the least接触して接触せっしょくして touch; come into contact (with)いないことになる。洞が峠ほらとうげ on the fence; in a non-committal state (based on story from the Battle of Yamazaki)昼寝昼寝ひるね nappingをしたと同然同然どうぜん the same; identicalである。それではきょうかぎり昼寝をやめて、活動の割り前まえ one's share払えるはらえる can pay out; can contributeかというと、それは困難困難こんなん difficultである。自分は今活動の中心中心ちゅうしん center; focal pointに立っている。けれども自分はただ自分の左右左右さゆう left and right前後前後ぜんご front and back起こるこる happen; take place活動を見なければならないなければならない must watch; must observe地位地位ちい position置きかえられたきかえられた be displaced; be transposedというまでで、学生学生がくせい studentとしての生活は以前以前いぜん before; prior (time)変るかわる changeわけはない。世界はかように動揺する動揺どうようする stir; be restless。自分はこの動揺を見ている。けれどもそれに加わるくわわる join in; take part inことはできない。自分の世界と現実の世界は、一つひとつ one (thing)平面平面へいめん flat surface並んでならんで be lined up; be parallel (to each other)おりながら、どこも接触していない。そうして現実の世界は、かように動揺して、自分を置き去りにしてりにして leave behind; abandon行ってしまう。はなはだ不安不安ふあん anxiety; discomfortである。

三四郎は東京のまん中に立って電車と、汽車汽車きしゃ steam trainと、白いしろい white着物着物きもの kimono; clothing着たた woreひと peopleと、黒いくろい black着物を着た人との活動を見て、こう感じたかんじた felt。けれども学生生活の裏面に横たわる裏面りめんよこたわる lie beneath; underlie思想界思想界しそうかい world of thought; realm of ideasの活動には毫も気がつかなかったがつかなかった didn't realize; wasn't aware of。――明治明治めいじ Meiji period (1868-1912)の思想は西洋西洋せいよう the West歴史歴史れきし historyにあらわれた三百年三百年さんびゃくねん three hundred yearsの活動を四十年四十年よんじゅうねん forty years繰り返してかえして repeat; recreateいる。

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)動くうごく move; bustle東京東京とうきょう Tōkyōまん中まんなか center閉じ込められてめられて confined; hemmed in一人一人ひとり aloneふさぎこんでふさぎこんで mope; broodいるうちに、国元国元くにもと one's home townはは motherから手紙手紙てがみ letter来たた came; arrived。東京で受け取ったった received; took delivery (of)最初最初さいしょ firstのものである。見るる look atといろいろ書いていて writeある。まず今年今年ことし this year豊作豊作ほうさく good harvest; record cropめでたいめでたい happy; joyousというところから始まってはじまって begin、からだを大事にしなくってはいけない大事だいじにしなくってはいけない must take good care ofという注意注意ちゅうい cautionがあって、東京のもの peopleはみんな利口利口りこう clever; shrewdひと person; character悪いわるい devious; no goodから用心しろ用心ようじんしろ be careful; watch outと書いて、学資学資がくし school expenses; education funding毎月毎月まいつき each month月末月末つきずえ end of the month届くとどく arrive; reachようにするから安心しろ安心あんしんしろ rest assured; don't worryとあって、勝田の政勝田かつたまさ Masa Katsuta (name)さんの従弟従弟いとこ cousinに当るあたる is ...; has the relation of ...人が大学校大学校だいがっこう university卒業して卒業そつぎょうして graduated理科大学理科りか大学だいがく college of scienceとかに出ているている is in; attendsそうだから、尋ねて行ってたずねてって go and visit; go call on万事よろしく頼む万事ばんじよろしくたのむ use as a resource; ask for help (in getting oriented)がいいで結んでむすんで conclude; close (lit: tie up)ある。肝心の肝心かんじんの critical; all-important名前名前なまえ name忘れたわすれた forget; omittedとみえて、欄外欄外らんがい in the marginというようなところに野々宮宗八野々宮ののみや宗八そうはち Sōhachi Nonomiyaどのと書いてあった。この欄外にはそのほか two三件三件さんげん three itemsある。さく Saku (name)青馬青馬あお gray horse (usually 青馬あおうま)急病急病きゅうびょう sudden illness死んだんだ diedんで、作は大弱り大弱おおよわり quite upset; feeling downである。三輪田のお光三輪田みわたのおみつ Omitsu Miwata (name)さんがあゆ ayu (kind of fish)をくれたけれども、東京へ送るおくる send途中途中とちゅう on the way; in transit腐ってくさって spoilしまうから、家内家内うち home; our house食べてべて eatしまった、など and so forthである。

三四郎はこの手紙を見て、なんだか古ぼけたふるぼけた worn and fadedむかし long agoから届いたような feelingがした。母にはすまないが、こんなものを読んでんで readいるひま leisure; spare timeはないとまで考えたかんがえた considered。それにもかかわらず繰り返してかえして repeating; again二へん読んだ。要するにようするに in short; in sum自分自分じぶん oneselfがもし現実現実げんじつ real; actual世界世界せかい world接触して接触せっしょくして touch; come into contact (with)いるならば、いま now; the presentのところ母よりほかにないのだろう。その母は古い人で古いいなかにおる。そのほかには汽車汽車きしゃ (steam) trainなか in; on (train)乗り合わしたわした traveled togetherおんな woman; young ladyがいる。あれは現実世界の稲妻稲妻いなずま bolt of lightning; flash of lightningである。接触したというには、あまりに短くってみじかくって short; briefかつあまりに鋭すぎたするどすぎた intense; harsh。――三四郎は母の言いつけいつけ instructions; biddingどおり野々宮宗八を尋ねることにした。

あくる日あくる the next day平生平生へいぜい normal; usualよりも暑いあつい hot; sultry日であった。休暇中休暇中きゅうかちゅう recess; break; time offだから理科大学理科りか大学だいがく college of science尋ねてたずねて visit; call at野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)くん (suffix of familiarity for males)はおるまいと思ったおもった thought; figuredが、はは mother宿所宿所しゅくしょ lodgings; quarters知らせてらせて inform (of); make knownこないから、聞き合わせわせ make inquiries; seek informationかたがたかたがた in part to ...行ってって go (to)みようという inclinationになって、午後午後ごご afternoon四時四時よじ four o'clockごろ、高等学校高等学校こうとうがっこう high schoolよこ vicinity通ってとおって pass through弥生町弥生町やよいちょう Yayoichō (place name)もん gateからはいった。往来往来おうらい road; streetほこり dust; loose dirt二寸二寸にすん 2 sun (about 6 cm; about 2.5 inches)積もってもって pile up; accumulateいて、そのうえ top of下駄下駄げた (wooden) clog prop; supportや、くつ shoesそこ bottom; sole (shoes)や、草鞋草鞋わらじ straw sandalsうら back sideがきれいにできあがってる。くるま car; cart wheel自転車自転車じてんしゃ bicycleのあとは幾筋幾筋いくすじ how many (tracks)だかわからない。むっとするむっとする be stuffy; be stiflingほどたまらないみち roadだったが、構内構内こうない premises; groundsへはいるとさすがに trees多いおおい many; numerousだけに気分気分きぶん mood; sentimentせいせいしたせいせいした felt refreshedとっつきのとっつきの first (that one comes to); nearest doorをあたってみたら錠が下りているじょうりている was locked。裏へ回ってまわって go around (to)もだめであった。しまいによこ side出たた arrived (at)念のためねんのため just in case; for the sake of trying思っておもって think; consider押してして pushみたら、うまいぐあいにあいた。廊下廊下ろうか hallway四つ角かど intersection小使小使こづかい janitor; custodian一人一人ひとり one (person)居眠り居眠いねむり nap; snoozeをしていた。来意来意らいい reason for one's visit通じるつうじる communicateと、しばらくのあいだは、正気正気しょうき consciousness; one's senses回復する回復かいふくする restore; recoverために、上野上野うえの Ueno (place name)もり woods; forrestをながめていたが、突然突然とつぜん suddenly「おいでかもしれません」と言ってって said; repliedおく interiorへはいって行った。すこぶる閑静閑静かんせい quiet; desertedである。やがてまた出て来たた came out; appeared

「おいででやす。おはいんなさい」と友だちともだち friendみたように言う。小使にくっついて行くと四つ角を曲がってがって turn (a corner)和土和土たたき concrete floorの廊下をした down(ward)降りたりた descended世界世界せかい the world; one's surroundings急にきゅうに suddenly暗くくらく darkなる。炎天炎天えんてん blazing sun目がくらんだがくらんだ be dazzled; be blindedとき time; occurrenceのようであったがしばらくするとひとみ pupilsがようやくおちついて、あたりが見えるえる be visibleようになった。穴倉穴倉あなぐら underground; cellarだから比較的比較的ひかくてき relatively涼しいすずしい coolひだり leftほう side; directionに戸があって、その戸があけ放してあけはなして left openある。そこからかお face出たた appearedひたい forehead広いひろい wide目の大きな仏教仏教ぶっきょう Buddhismえん affinity; connectionのあるそう countenance; physiognomyである。縮みちぢみ (cotton) crepeのシャツの上へ背広背広せびろ suit jacket着てて wearいるが、背広はところどころにしみがある。 stature; heightはすこぶる高いたかい high; tall。やせているところが暑さに釣り合ってって be balanced; be in keeping withいる。あたま head背中背中せなか back一直線一直線いっちょくせん a straight lineまえ forwardの方へ延ばしてばして stretch; extendお辞儀辞儀じぎ bow; obeisanceをした。

「こっちへ」と言ったまま、顔を部屋部屋へや roomなか inside入れてれて pull in; duck intoしまった。三四郎は戸の前まで来て部屋の中をのぞいた。すると野々宮君はもう椅子椅子いす chair腰をかけてこしをかけて sit downいる。もう一ぺんもういっぺん one more time「こっちへ」と言った。こっちへと言うところにだい stand; platformがある。四角な四角しかくな squareぼう stick; post四本四本よんほん four (slender objects)立てててて stand up、その上をいた board; plank張ったった coveredものである。三四郎は台の上へ腰をかけて初対面初対面しょたいめん initial meeting; first encounter挨拶挨拶あいさつ greetings; civilitiesをする。それからなにぶんよろしく願いますよろしくねがいます request someone's favorと言った。野々宮君はただはあ、はあと言って聞いていて listenいる。その様子様子ようす appearance; demeanorがいくぶんか汽車汽車きしゃ (steam) trainの中で水蜜桃水蜜桃すいみつとう peaches食ったった ateおとこ man似ているている resembled。ひととおり口上口上こうじょう introduction述べたべた stated三四郎はもう何もなにも (not) anything言うこと things; mattersがなくなってしまった。野々宮君もはあ、はあ言わなくなった。

部屋部屋へや roomなか inside見回す見回みまわす look around; surveyまん中まんなか center大きなおおきな large長いながい longかし oakのテーブルが置いていて set; placeある。そのうえ top ofにはなんだかこみいった、太いふとい thick (in diameter)針金針金はりがね wiresだらけの器械器械きかい instrument; apparatus乗っかってっかって rest (on)、そのわきに大きなガラスのはち bowlみず water入れてれて put intoある。そのほかにやすりとナイフと襟飾り襟飾えりかざり necktie一つひとつ one (thing)落ちてちて fall; be scatteredいる。最後に最後さいごに finally向こうこう beyond; far sideのすみを見ると、三尺三尺さんじゃく 3 shaku (about 1 meter; about 3 feet)ぐらいの花崗石花崗石みかげいし graniteだい stand; platformの上に、福神漬福神漬ふくじんづけ sliced vegetables preserved in soy sauceかん canほどな複雑な複雑ふくざつな complicated; intricate器械が乗せてある。三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はこの缶の横っ腹よこぱら side; flankにあいている二つふたつ two (things)あな holes目をつけたをつけた fixed one's eyes on; took notice of。穴が蟒蛇蟒蛇うわばみ python; large snake目玉目玉めだま eyeballsのように光ってひかって shine; glimmerいる。野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)くん (suffix of familiarity for males)笑いながらわらいながら smiling; laughing光るでしょうと言ったった said; remarked。そうして、こういう説明説明せつめい explanationをしてくれた。

昼間昼間ひるま daytimeのうちに、あんな準備準備したく preparation; set-up (usually 支度したく)をしておいて、よる nighttimeになって、交通交通こうつう trafficその other活動活動かつどう activity鈍くにぶく slow; stillなるころに、この静かなしずかな quiet暗いくらい dark穴倉穴倉あなぐら basement; cellarで、望遠鏡望遠鏡ぼうえんきょう telescopeの中から、あの目玉のようなものをのぞくのです。そうして光線光線こうせん light beam圧力圧力あつりょく pressure試験する試験しけんする test; study今年今年ことし this year正月正月しょうがつ New Year'sごろからとりかかったが、装置装置そうち device; equipmentがなかなかめんどうなのでまだ思うようなおもうような desired; anticipated結果結果けっか results出てきませんてきません haven't been realizedなつ summerは比較的こらえやすいが、寒夜寒夜かんや cold night; winter nightになると、たいへんしのぎにくい。外套外套がいとう coatを着て襟巻襟巻えりまき scarf; mufflerをしても冷たくてつめたくて cold; frigidやりきれない。……」

三四郎は大いにおおいに greatly驚いたおどろいた be impressed。驚くとともに光線にどんな圧力があって、その圧力がどんな役に立つどんなやくつ serves what kind of purposeんだか、まったく要領を得る要領ようりょうる comprehend; make sense of苦しんだくるしんだ struggled; had difficulty

そのとき time; moment野々宮君は三四郎に、「のぞいてごらんなさい」と勧めたすすめた suggested; proposed。三四郎はおもしろ半分おもしろ半分はんぶん out of curiosityいし stoneの台の二、三けん ken (about 1.8 meters; about 2 yards)手前手前てまえ in front ofにある望遠鏡のそばへ行ってって went (to); approachedみぎ rightの目をあてがったが、なんにも見えない。野々宮君は「どうです、見えますか」と聞くく asked。「いっこう見えません」と答えるこたえる answer; replyと、「うんまだふた lid; cover取らずにあったらずにあった hasn't been removed; is still in place」と言いながら、椅子椅子いす chair立ってって stand up (from)望遠鏡のさき tip; endにかぶせてあるものを除けてけて removeくれた。

見ると、ただ輪郭輪郭りんかく contour; outlineのぼんやりした明るいあかるい brightなかに、物差し物差ものさし rule; scale度盛り度盛どもり graduation (scale); tick marksがある。した belowに2の characterが出た。野々宮君がまた「どうです」と聞いた。「2の字が見えます」と言うと、「いまに動きますうごきます move」と言いながら向こうへ回ってまわって go around (to)何かなにか somethingしているようであった。

やがて度盛りが明るいなかで動きだした。2が消えたえた disappeared。あとから3が出る。そのあとから4が出る。5が出る。とうとう10まで出た。すると度盛りがまた逆にぎゃくに in reverse動きだした。10が消え、9が消え、8から7、7から6と順々に順々じゅんじゅんに in order1まで来てて arrive (at)とまった。野々宮君はまた「どうです」と言う。三四郎は驚いて、望遠鏡から目を放してはなして remove; separate (from)しまった。度盛りの意味意味いみ meaning; significanceを聞く inclinationにもならない。

丁寧に丁寧ていねいに politely; courteouslyれい thanks; appreciation述べてべて state; mention穴倉穴倉あなぐら basement; cellar上がってがって rise (from); come up (from)ひと people通るとおる pass by; pass throughところ place; area出てて appear (at); arrive (at)見るる look about世の中なか the world; one's surroundingsはまだかんかんしてかんかんして be burning; be boilingいる。暑いあつい hot; sultryけれども深いふかい deepいき breathをした。西西にし westほう side; direction傾いたかたむいた declined toward sun斜めにななめに at an angle; obliquely広いひろい wideさか hill; slope照らしてらして shine on; light up、坂のうえ top両側両側りょうがわ both sidesにある工科工科こうか department of engineering建築建築けんちく building; structureのガラスまど windows燃えるえる burn; be engulfed (in flames)ように輝いてかがやいて shine; gleamいる。そら sky深くふかく to its depths澄んでんで become clear、澄んだなかに、西のはて edge; extremityから焼けるける glow; burn fireほのう flameが、薄赤く薄赤うすあかく in a pale red color吹き返してかえして blow overきて、三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)あたま headの上までほてってほてって radiate heatいるように思われたおもわれた seemed as though ...横によこに sideways照りつける日を半分半分はんぶん half背中背中せなか back (part of the body)受けてけて receive、三四郎はひだり left (side)もり woodsなか inside; interiorへはいった。その森も同じおなじ the same夕日夕日ゆうひ evening sunを半分背中に受けている。黒ずんだくろずんだ had become dark青いあおい green leavesと葉のあいだは染めためた dyedように赤い。太いふとい thick (in diameter)けやき keyaki tree (Japanese zelkova)みき trunk日暮らし日暮ひぐらし evening cicada鳴いていて singいる。三四郎はいけ pondのそばへ来てて came (to); arrived (at)しゃがんだしゃがんだ crouched down (on one's heels)

非常に非常ひじょうに exceedingly静かしずか quiet; tranquilである。電車電車でんしゃ (electric) trainおと soundもしない。赤門赤門あかもん Red Gate (name of a university gate)まえ front ofを通るはずの電車は、大学大学だいがく university抗議抗議こうぎ objection; protestation小石川小石川こいしかわ Koishikawa (place name)回るまわる go around toことになったとくに one's native placeにいる時分時分じぶん (time) period新聞新聞しんぶん newspaperで見たことがある。三四郎は池のはたにしゃがみながら、ふとこの事件事件じけん matter; occurrence思い出したおもした recalled; remembered。電車さえ通さないという大学はよほど社会社会しゃかい society離れてはなれて be set apart (from); be distancedいる。

たまたまその中にはいってみると、穴倉のした below半年半年はんとし half a year余りあまり more than; upward of光線光線こうせん light beam圧力圧力あつりょく pressure試験試験しけん test; measurementをしている野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)くん (suffix of familiarity for males)のような人もいる。野々宮君はすこぶる質素な質素しっそな modest; frugal服装服装なり dress; appearanceをして、そと outside会えばえば meet (provisional form)電燈会社電燈でんとう会社がいしゃ electric lighting company技手技手ぎしゅ assistant engineerくらいなかく status; rankである。それで穴倉のそこ bottom根拠地根拠地こんきょち base; headquartersとして欣然と欣然きんぜんと gladly; willinglyたゆまずにたゆまずに untiringly; persistently研究研究けんきゅう research専念にやって専念せんねんにやって devote oneself toいるから偉いえらい extraordinary; remarkable。しかし望遠鏡望遠鏡ぼうえんきょう scopeの中の度盛り度盛どもり graduation (scale); tick marksがいくら動いたうごいた movedって現実現実げんじつ real; actual世界世界せかい world交渉交渉こうしょう relation; connectionのないのは明らかあきらか clear; apparentである。野々宮君は生涯生涯しょうがい one's entire life; a lifetime現実世界と接触する接触せっしょくする come into contact (with) inclinationがないのかもしれない。要するにようするに in short; in sumこの静かな空気空気くうき air; ambiance呼吸する呼吸こきゅうする breathe; experienceから、おのずからおのずから naturally; as a matter of courseああいう気分気分きぶん feeling; sentimentにもなれるのだろう。自分自分じぶん oneselfいっそのこといっそのこと as circumstances might have it気を散らさずにらさずに without distraction生きたきた alive; active世の中なか the world; society関係のない関係かんけいのない have no connection生涯を送っておくって spend; pass (time)みようかしらん。

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)がじっとしていけ pondおもて surface見つめてつめて gaze (at)いると、大きなおおきな large treesが、幾本となく幾本いくほんとなく a good number ofみず waterそこ bottom; depths映ってうつって be reflected、そのまた底に青いあおい blueそら skyが見える。三四郎はこのとき time; moment電車電車でんしゃ (electric) trainよりも、東京東京とうきょう Tōkyōよりも、日本日本にほん Japanよりも、遠くとおく distantかつはるかなはるかな far off; remote心持ち心持こころもち feeling; sensationがした。しかししばらくすると、その心持ちのうちに薄雲薄雲うすぐも thin cloudsのような寂しささびしさ lonelinessがいちめんに広がってきたひろがってきた spread across。そうして、野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)くん (suffix of familiarity for males)穴倉穴倉あなぐら basement; cellarにはいって、たった一人で一人ひとりで alone; by oneselfすわっているかと思われるおもわれる seem (to be); feel (to be)ほどな寂寞寂寞せきばく lonesomeness; desolation覚えたおぼえた felt; experienced熊本熊本くまもと Kumamoto (city in Kyūshū)高等学校高等学校こうとうがっこう high school (equivalent to modern-day college)にいる時分時分じぶん time; periodもこれより静かなしずかな quiet; still竜田山竜田山たつたやま Tatsuta-yama (hills near Kumamoto)上ったりのぼったり climb; hike up月見草月見草つきみくさ evening primroseばかりはえている運動場運動場うんどうじょう athletic grounds寝たりたり nap; dozeして、まったく世の中なか society; the world忘れたわすれた forgot feelingになったことは幾度となく幾度いくどとなく numerous timesある、けれどもこの孤独孤独こどく solitude; isolation感じかんじ feelingいま now; the presentはじめて起こったこった occurred; came about

活動活動かつどう activity激しいはげしい intense東京を見たためだろうか。あるいは――三四郎はこの時赤くなったあかくなった blushed; felt flushed汽車汽車きしゃ (steam) train乗り合わしたわした rode together; traveled togetherおんな woman; young ladyこと matter; affair思い出したおもした recalled; rememberedからである。――現実現実げんじつ real; actual世界世界せかい worldはどうも自分自分じぶん oneself必要必要ひつよう necessaryらしい。けれども現実世界はあぶなくて近寄れない近寄ちかよれない can't draw near (to)気がする。三四郎は早くはやく soon; right away下宿下宿げしゅく dorm; lodgings帰ってかえって return (to)はは mother手紙手紙てがみ letter書いていて writeやろうと思ったおもった thought (to do)

ふと eyes; gaze上げるげる raise; liftと、左手左手ひだりて lefthand (side)おか hill; riseうえ top ofに女が二人二人ふたり two (people)立ってって standいる。女のすぐした belowが池で、向こう側こうがわ other side; opposite side高いたかい highがけ cliff木立木立こだち clump of trees; groveで、そのうしろ behind; in back ofがはでな赤煉瓦赤煉瓦あかれんが red brickゴシック風ゴシックふう gothic style建築建築けんちく buildingである。そうして落ちかかった日ちかかった setting sunが、すべての向こうからよこ sidewaysひかり lightをとおしてくる。女はこの夕日夕日ゆうひ evening sunに向いて立っていた。三四郎のしゃがんでいる低いひくい low; sunkenかげ shadowから見ると丘の上はたいへん明るいあかるい bright。女の一人はまぼしいとみえて、団扇団扇うちわ (round) fanひたい foreheadのところにかざしてかざして hold upいる。かお faceはよくわからない。けれども着物着物きもの kimono; dressいろ colorsおび sashの色はあざやかにわかった。白いしろい white足袋足袋たび sandal socksの色も目についた。鼻緒鼻緒はなお sandal strapの色はとにかく草履草履ぞうり straw sandalsをはいていることもわかった。もう一人はまっしろである。これは団扇もなにも持ってって have; holdいない。ただ額に少しすこし a little; a bit皺を寄せてしわせて with knitted brow、向こうきし shoreからおいかぶさりそうにおいかぶさりそうに looking like it's trying to cover over、高く池の面にえだ branches伸ばしたばした stretched; extended古木古木こぼく old treesおく depths; interiorをながめていた。団扇を持った女は少し前へ出てて proceedいる。白いほうは一足一足いっそく one step土堤土堤どて embankmentふち edgeからさがっている。三四郎が見ると、二人の姿姿すがた form; shape筋かいすじかい oblique; diagonalに見える。

このとき time; occasion三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)受けたけた received感じかんじ feeling; impressionはただきれいな色彩色彩しきさい colorsだということであった。けれどもいなか者いなかもの provincial; unworldlyだから、この色彩がどういうふうにきれいなのだか、口にも言えずくちにもえず cannot articulateふで (writing) brushにも書けないけない cannot write。ただ白いしろい whiteほうが看護婦看護婦かんごふ nurse; caregiverだと思ったおもった thought; surmisedばかりである。

三四郎はまたみとれてみとれて be captivated; be fascinatedいた。すると白いほうが動きだしたうごきだした began to move用事用事ようじ purpose; objectiveのあるような動き方うごかた manner of movementではなかった。自分の自分じぶんの one's ownあし feet; legsがいつのまにか動いたというふうであった。見るる watch; look on団扇団扇うちわ (round) fan持ったった carried; heldおんな womanもいつのまにかまた動いている。二人二人ふたり two (people)申し合わせたようにもうわせたように as if by agreement; as if on cue用のないようのない casual; leisurely歩き方あるかた manner of walkingをして、さか slope降りて来るりてる descended; came down。三四郎はやっぱり見ていた。

坂のした bottom石橋石橋いしばし stone bridgeがある。渡らなければわたらなければ if one doesn't cross (the bridge)まっすぐに理科大学理科りか大学だいがく college of scienceほう direction出るる arrive (at)。渡れば水ぎわみずぎわ water's edge伝ってつたって walk beside; followこっちへ来る。二人は石橋を渡った。

団扇はもうかざしていない。ひだり left handに白い小さなちいさな smallはな flowerを持って、それをかぎながらかぎながら smell来る。かぎながら、はな noseの下にあてがった花を見ながら、歩くので、 eyes伏せてせて lower; direct downwardいる。それで三四郎から一間一間いっけん 1 ken (about 1.8 meters; about 2 yards)ばかりのところ place; positionへ来てひょいととまった。

「これはなんでしょう」と言ってって ask; inquire仰向いた仰向あおむいた looked upwardあたま headうえ aboveには大きなおおきな largeしい chinquapin oak treeが、日の目 sunlightのもらないほど厚いあつい thick; dense leaves茂らしてしげらして (cause to) grow thick丸いまるい roundかたち shape; formに、水ぎわまで張り出してして project outward; overhangいた。

「これは椎」と看護婦が言った。まるで子供子供こども childもの thing; something教えるおしえる teach; instructようであった。

「そう。 acornsはなっていないの」と言いながら、仰向いたかお faceをもとへもどす、その拍子拍子ひょうし momentに三四郎を一目一目ひとめ one glance見た。三四郎はたしかに女の黒目黒目くろめ pupilsの動く刹那刹那せつな instant意識した意識いしきした perceived; was conscious of。そのとき time; moment色彩の感じはことごとく消えてえて disappeared、なんともいえぬある物に出会った出会であった met with; ran against。そのある物は汽車汽車きしゃ (steam) trainの女に「あなたは度胸のない度胸どきょうのない timid; faintheartedかたですね」と言われた時の感じとどこか似通って似通にかよって closely resembleいる。三四郎は恐ろしくおそろしく anxious; apprehensiveなった。

二人二人ふたり two (people)おんな women三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)まえ front of通り過ぎるとおぎる pass by若いわかい youngほうがいま now; the presentまでかいでいた白いしろい whiteはな flowerを三四郎の前へ落としてとして drop; let fall行ったった went (by)。三四郎は二人の後姿後姿うしろすがた retreating figure; view of one walking awayをじっと見つめてつめて gaze at; look (after)いた。看護婦看護婦かんごふ nurseさき ahead; in frontへ行く。若いほうがあとから行く。はなやかないろ colorsのなかに、白いすすき susuki grass染め抜いたいた left undyed (same color as base material)おび sashが見える。あたま headにもまっ白なまっしろな pure white薔薇薔薇ばら rose一つひとつ one (thing)さしている。その薔薇がしい chinquapin oak木陰木陰こかげ shade of a treeした under; beneathの、黒いくろい blackかみ hairのなかできわだってきわだって be conspicuous; be prominent光ってひかって shoneいた。

三四郎はぼんやりしていた。やがて、小さなちいさな smallこえ voiceで「矛盾矛盾むじゅん contradiction; inconsistencyだ」と言ったった said; murmured大学大学だいがく university空気空気くうき air; atmosphereとあの女が矛盾なのだか、あの色彩色彩しきさい colors; colorationとあの目つきつき look in a person's eyesが矛盾なのだか、あの女を見て汽車汽車きしゃ (steam) trainの女を思い出したおもした recalled; rememberedのが矛盾なのだか、それとも未来未来みらい futureに対するたいする with respect to自分の自分じぶんの one's own方針方針ほうしん plan; purpose二道二道ふたみち fork in the road; crossroadsに矛盾しているのか、または非常に非常ひじょうに exceedinglyうれしいものに対して恐れおそれ anxietyをいだくところが矛盾しているのか、――このいなか出いなか fresh from the country青年青年せいねん youth; young manには、すべてわからなかった。ただなんだか矛盾であった。

三四郎は女の落として行った花を拾ったひろった picked up。そうしてかいでみた。けれどもべつだんのにおいもなかった。三四郎はこの花をいけ pond中へなかへ into投げ込んだんだ threw; tossed。花は浮いていて floatいる。すると突然突然とつぜん suddenly向こうこう other sideで自分の name呼んだんだ calledもの personがある。

三四郎は花から目を放したはなした removed; separated。見ると野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)くん (suffix of familiarity for males)石橋石橋いしばし stone bridgeの向こうに長くながく tall立ってって standいる。

きみ youまだいたんですか」と言う。三四郎はこたえ responseをするまえに、立ってのそのそのそのそ slowly; lazily歩いて行ったあるいてった went walking (toward)。石橋のうえ on; top ofまで来てて came (to); reached

「ええ」と言った。なんとなくまが抜けてまがけて be awkward; feel oddいる。けれども野々宮君は、少しもすこしも (not) in the least驚かないおどろかない be surprised

涼しいすずしい coolですか」と聞いたいた asked。三四郎はまた、

「ええ」と言った。

野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)くん (suffix of familiarity for males)はしばらくいけ pondみず waterをながめていたが、みぎ right (side) handをポケットへ入れてれて put into何かなにか something捜しだしたさがしだした began searching for。ポケットから半分半分はんぶん half; halfway封筒封筒ふうとう envelopeはみ出してはみして stick out; protrudeいる。そのうえ surface書いていて writeある characters (writing)おんな woman手跡手跡しゅせき handwritingらしい。野々宮君は思うおもう think (of); hope forもの article; objectを捜しあてなかったとみえて、もとのとおりの手を出してぶらりと下げたぶらりとげた dangled; let drop。そうして、こう言ったった said

「きょうは少しすこし somewhat; a bit装置装置そうち instrumentation狂ったくるった be out of sortsのでばん evening; night実験実験じっけん experimentはやめだ。これから本郷本郷ほんごう Hongō (part of Tōkyō)ほう direction散歩して散歩さんぽして walk (through)帰ろうかえろう return homeと思うが、きみ youどうです、いっしょに歩きませんあるきません walk (used in negative for question)か」

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)快くこころよく gladly; readily応じたおうじた accepted二人二人ふたり two (people)さか slope上がってがって ascended; climbedおか hill; riseの上へ出たた arrived (at); reached。野々宮君はさっき女の立っていたっていた were standingあたりでちょっととまって、向こうこう other side; opposite side青いあおい green木立木立こだち clump of trees; groveのあいだから見えるえる be visible赤いあかい red建物建物たてもの buildingと、がけ cliff高いたかい highわりにわりに in comparison to、水の落ちたちた drop; come down池をいちめんに見渡して見渡みわたして look out over

「ちょっといい景色景色けしき scenery; viewでしょう。あの建築建築ビルジング building角度角度アングル angle; cornerのところだけが少し出ている。 treesのあいだから。ね。いいでしょう。君気がついてがついて notice; be aware ofいますか。あの建物はなかなかうまくできていますよ。工科工科こうか engineeringもよくできてるがこのほうがうまいですね」

三四郎は野々宮君の鑑賞力鑑賞力かんしょうりょく keenness of observation少々少々しょうしょう somewhat; a little驚いたおどろいた impressedじつ truthをいうと自分自分じぶん oneselfにはどっちがいいかまるでわからないのである。そこで今度今度こんど this timeは三四郎のほうが、はあ、はあと言い出したした began saying; began responding with

「それから、この木と水の感じ感じエフフェクト effect; impressionがね。――たいしたものじゃないが、なにしろ東京東京とうきょう Tōkyōまん中まんなか heart; dead center (of)にあるんだから――静かしずか quiet; peacefulでしょう。こういうところ placeでないと学問学問がくもん studies; scholarshipをやるにはいけませんね。近ごろちかごろ these days; recentlyは東京があまりやかましくなりすぎて困るこまる be troubled by; be dissatisfied with。これが御殿御殿ごてん palace; sanctuary」と歩きだしながら、左手左手ゆんで left hand (lit: bow hand; also written 弓手)の建物をさしてみせる。「教授会教授会きょうじゅかい faculty meetingsをやる所です。うむなに、ぼくなんか出ないでいいのです。ぼくは穴倉穴倉あなぐら basement; cellar生活生活せいかつ life; daily routineをやっていればすむのです。近ごろの学問は非常な非常ひじょうな extreme勢いいきおい force; vigor動いてうごいて move; advanceいるので、少しゆだんすると、すぐ取り残されてのこされて be left behindしまう。人が見ると穴倉のなか inside; interior冗談冗談じょうだん boondoggle; monkey businessをしているようだが、これでもやっている当人当人とうにん person in questionあたま headの中は劇烈に劇烈げきれつに keenly; intensely働いてはたらいて work; endeavorいるんですよ。電車電車でんしゃ electric trainよりよっぽど激しくはげしく furiously; strenuously働いているかもしれない。だからなつ summerでも旅行旅行りょこう travelをするのが惜しくってしくって wasteful; resulting in regretね」と言いながら仰向いて仰向あおむいて looking upward大きなおおきな large; spaciousそら skyを見た。空にはもう sunひかり light; rays乏しいとぼしい scarce; faint

青いあおい blueそら sky静まり返ったしずまりかえった calmed; quieted上皮上皮うわかわ upper layer白いしろい white薄雲薄雲うすぐも thin clouds刷毛先刷毛先はけさき tip of a brushかき払ったかきはらった swept off; brushed awayあとのように、筋かいにすじかいに obliquely; diagonally長くながく long; drawn out浮いていて floatいる。

「あれを知ってますってます know of; be familiar withか」と言うう ask三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)仰いであおいで look up半透明半透明はんとうめい translucent; semi-transparentくも clouds見たた looked at

「あれは、みんなゆき snow powder; dustですよ。こうやってした belowから見ると、ちっとも動いてうごいて move; be in motionいない。しかしあれで地上地上ちじょう the earth's surface起こるこる occur; take place颶風颶風ぐふう typhoon; cyclone以上以上いじょう more than; in excess (of)速力速力そくりょく speed; velocityで動いているんですよ。――きみ youラスキンラスキン John Ruskin (English art critic and writer; 1819-1900)読みましたみました readか」

三四郎は憮然として憮然ぶぜんとして with disappointment読まないと答えたこたえた answered野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)くん (suffix of familiarity for males)はただ

「そうですか」と言ったばかりである。しばらくしてから、

「この空を写生写生しゃせい sketching; drawing from natureしたらおもしろいですね。――原口原口はらぐち Haraguchi (name)にでも話してはなして tell; mentionやろうかしら」と言った。三四郎はむろん原口という画工画工がこう painter名前名前なまえ nameを知らなかった。

二人二人ふたり two (people)ベルツベルツ Erwin Bälz (German physician 1849-1913; helped introduce Western medicine to Japan)銅像銅像どうぞう bronze statue; bronze bustまえ front (of)から枳殻寺枳殻寺からたちでら temple in Tōkyō (formally known as Rinshōin 麟祥院りんしょういん)よこ side (of)電車電車でんしゃ electric train通りとおり thoroughfare出たた arrived (at)。銅像の前で、この銅像はどうですかと聞かれてかれて was asked三四郎はまた弱ったよわった be puzzled; be stumpedおもて main(street)はたいへんにぎやかである。電車がしきりなしに通る。

「君電車はうるさくはないですか」とまた聞かれた。三四郎はうるさいよりすさまじいすさまじい frightful; intimidatingくらいである。しかしただ「ええ」と答えておいた。すると野々宮君は「ぼくもうるさい」と言った。しかしいっこううるさいようにもみえなかった。

「ぼくは車掌車掌しゃとう (train) conductor教わらないとおそわらないと unless taught (by)一人で一人ひとりで by oneself乗換え乗換のりかえ transfer自由に自由じゆうに as one pleasesできない。この twoさん threeねん yearsむやみにふえたのでね。便利便利べんり convenientになってかえって困るこまる have difficulty。ぼくの学問学問がくもん studies; research同じおなじ sameことだ」と言って笑ったわらった smiled

学期学期がっき academic term始まりぎわはじまりぎわ just before the start (of)なので新しいあたらしい new高等学校高等学校こうとうがっこう high school (equivalent to modern-day college)帽子帽子ぼうし cap; hatをかぶった生徒生徒せいと studentsがだいぶ通る。野々宮君は愉快そうに愉快ゆかいそうに cheerfully; happily、この連中連中れんじゅう group; companyを見ている。

「だいぶ新しいのが来ましたました came; arrivedね」と言う。「若いわかい youngひと people活気活気かっき vitality; vigorがあっていい。ときにときに by the way君はいくつですか」と聞いた。三四郎は宿帳宿帳やどちょう inn register書いたいた wroteとおりを答えたこたえた answered。すると、

「それじゃぼくより七つななつ seven (years of age)ばかり若い。七年七年しちねん seven years (time)もあると、人間人間にんげん a personはたいていのこと things; mattersができる。しかし月日月日つきひ months and days; timeはたちやすいものでね。七年ぐらいじきですよ」と言う。どっちが本当本当ほんとう truth; realityなんだか、三四郎にはわからなかった。

四角四角よつかど (street) corner; intersection近くちかく near (to); vicinity (of)来るる come (to); arrive (at)左右左右さゆう left and right本屋本屋ほんや book shop雑誌屋雑誌屋ざっしや magazine standがたくさんある。そのうちの two三軒三軒さんけん three (shops; establishments)にはひと people黒山黒山くろやま great crowd; sea of black headsのようにたかってたかって swarm; gatherいる、そうして雑誌を読んでんで read; look atいる。そうして買わずにわずに without buying行ってって go (on one's way)しまう。野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)くん (suffix of familiarity for males)は、

「みんなずるいなあ」と言ってって say; remark笑ってわらって laughいる。もっとも当人当人とうにん the person in questionもちょいと太陽太陽たいよう Sun (name of a periodical)をあけてみた。

四角へ出るる arrive (at)と、左手左手ひだりて lefthand sideこちら側こちらがわ near side西洋西洋せいよう Western小間物屋小間物屋こまものや haberdashery; small wares shopがあって、向こう側こうがわ other side; far side日本日本にほん Japanese小間物屋がある。そのあいだを電車電車でんしゃ (electric) trainがぐるっと曲がってがって corner; turn非常な非常ひじょうな extraordinary; remarkable勢いいきおい force; power通るとおる pass through。ベルがちんちんちんちんいう。渡りにくいわたりにくい difficult to crossほど雑踏する雑踏ざっとうする be crowded; be congested。野々宮君は、向こうの小間物屋をさして、

「あすこでちょいと買物買物かいもの shopping; purchaseをしますからね」と言って、ちりんちりんと鳴るる ring; clangあいだを駆け抜けたけた ran through; dashed through三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)もくっついて、向こうへ渡った。野々宮君はさっそくみせ shopへはいった。おもて out front待ってって waitいた三四郎が、気がついて見るがついてる take notice (and look)と、店先店先みせさき storefrontガラス張りのガラスりの glassed-inたな shelfくし combsだの花簪花簪はなかんざし floral hairpinだのが並べてならべて line up; lay outある。三四郎はみょう odd; strange思ったおもった thought; considered。野々宮君がなに what (sort of thing)を買っているのかしらと、不審を起こして不審ふしんこして arouse one's curiosity、店のなか insideへはいってみると、せみ cicada羽根羽根はね wingのようなリボンをぶら下げてぶらげて dangle

「どうですか」と聞かれたかれた was asked。三四郎はこのとき time; occasion自分自分じぶん oneselfも何か買って、あゆ ayu (kind of fish)お礼れい thanks; acknowledgement三輪田のお光三輪田みわたのおみつ Omitsu Miwata (name)さんに送っておくって send (to)やろうかと思った。けれどもお光さんが、それをもらって、鮎のお礼と思わずに、きっとなんだかんだと手前がっての手前てまえがっての egotistic理屈理屈りくつ theory; reasoningをつけるに違いないちがいない no doubt ...考えたかんがえた consideredからやめにした。

それから真砂町真砂町まさごちょう Masagochō (place name)で野々宮君に西洋料理西洋料理せいようりょうり Western-style cuisineのごちそうになった。野々宮君のはなし story; explanationでは本郷本郷ほんごう Hongō (place name)でいちばんうまいうち house; establishmentだそうだ。けれども三四郎にはただ西洋料理のあじ flavorがするだけであった。しかし食べるべる eatことはみんな食べた。

西洋料理屋西洋料理屋せいようりょうりや Western-style restaurantの前で野々宮君に別れてわかれて part ways追分追分おいわけ Oiwake (place name)帰るかえる return (home)ところを丁寧に丁寧ていねいに carefullyもとの四角まで出て、ひだり left折れたれた turned (toward)下駄下駄げた wooden sandals買おうおう buy; purchaseと思って、下駄屋下駄屋げたや sandal shopをのぞきこんだら、白熱ガス白熱はくねつガス incandescent gas (lamp)した below; beneathに、まっ白まっしろ pure white塗り立てたてた powdered (one's face)むすめ girlが、石膏石膏せっこう plaster化物化物ばけもの goblin; apparitionのようにすわっていたので、急にきゅうに suddenlyいやになってやめた。それから家へ帰るあいだ、大学大学だいがく universityいけ pondふち edge会ったった met; encounteredおんな womanの、かお faceいろ color; complexionばかり考えていた。――その色は薄くうすく lightlyもち rice cakeこがしたこがした toasted; singedような狐色狐色きつねいろ light brown (lit: fox color)であった。そうして肌理肌理きめ (skin) textureが非常に細かこまか delicate; fineであった。三四郎は、女の色は、どうしてもあれでなくってはだめだと断定した断定だんていした concluded; made up one's mind