三四郎三四郎 Sanshirō (name)が東京東京 Tōkyōで驚いた驚いた be amazed; be impressedものはたくさんある。第一第一 first of all電車電車 electric trainのちんちん鳴る鳴る ring; clangので驚いた。それからそのちんちん鳴るあいだに、非常に非常に exceedingly多くの多くの many; numerous人間人間 peopleが乗ったり降りたりする乗ったり降りたりする get on and offので驚いた。次次 nextに丸の内丸の内 Marunouchi (central district of Tōkyō)で驚いた。もっとも驚いたのは、どこまで行って行って go; wanderも東京がなくならないということであった。しかもどこをどう歩いて歩いて walkも、材木材木 timber; lumberがほうり出してほうり出して laid out (in piles)ある、石石 rock; stoneが積んで積んで piledある、新しい新しい new家家 housesが往来往来 the streetから二二 two、三間三間 3 ken (about 5.5 meters; about 18 feet)引っ込んで引っ込んで stand back from; be set back fromいる、古い古い old蔵蔵 storehouseが半分半分 half; halfwayとりくずされて心細く心細く helplessly; (looking) forlorn前前 frontの方方 side; directionに残って残って remain; be leftいる。すべての物物 thingsが破壊破壊 destructionされつつあるようにみえる。そうしてすべての物がまた同時に同時に at the same time建設建設 constructionされつつあるようにみえる。たいへんな動き方動き方 manner of activityである。
三四郎はまったく驚いた。要するに要するに in short; in sum普通の普通の ordinaryいなか者いなか者 country boyがはじめて都都 capital city; townのまん中まん中 middle; centerに立って立って stand驚くと同じ同じ same程度程度 extentに、また同じ性質性質 characteristic; qualityにおいて大いに大いに greatly驚いてしまった。今今 now; the presentまでの学問学問 studies; learningはこの驚きを予防する予防する prevent; guard againstうえにおいて、売薬売薬 patent medicineほどの効能効能 efficacy; effectivenessもなかった。三四郎の自信自信 confidenceはこの驚きとともに四割がた四割がた about forty percent減却した減却した diminished; dissipated。不愉快不愉快 unpleasant; disagreeableでたまらない。
この劇烈な劇烈な keen; intense活動活動 activity; movementそのものがとりもなおさずとりもなおさず namely; in itself現実現実 real; actual世界世界 worldだとすると、自分自分 oneselfが今日今日 today; the presentまでの生活生活 life; existenceは現実世界に毫も毫も (not) at all; (not) in the least接触して接触して touch; come into contact (with)いないことになる。洞が峠洞が峠 on the fence; in a non-committal state (based on story from the Battle of Yamazaki)で昼寝昼寝 nappingをしたと同然同然 the same; identicalである。それではきょうかぎり昼寝をやめて、活動の割り前割り前 one's shareが払える払える can pay out; can contributeかというと、それは困難困難 difficultである。自分は今活動の中心中心 center; focal pointに立っている。けれども自分はただ自分の左右左右 left and right前後前後 front and backに起こる起こる happen; take place活動を見なければならない見なければならない must watch; must observe地位地位 positionに置きかえられた置きかえられた be displaced; be transposedというまでで、学生学生 studentとしての生活は以前以前 before; prior (time)と変る変る changeわけはない。世界はかように動揺する動揺する stir; be restless。自分はこの動揺を見ている。けれどもそれに加わる加わる join in; take part inことはできない。自分の世界と現実の世界は、一つ一つ one (thing)平面平面 flat surfaceに並んで並んで be lined up; be parallel (to each other)おりながら、どこも接触していない。そうして現実の世界は、かように動揺して、自分を置き去りにして置き去りにして leave behind; abandon行ってしまう。はなはだ不安不安 anxiety; discomfortである。
三四郎は東京のまん中に立って電車と、汽車汽車 steam trainと、白い白い white着物着物 kimono; clothingを着た着た wore人人 peopleと、黒い黒い black着物を着た人との活動を見て、こう感じた感じた felt。けれども学生生活の裏面に横たわる裏面に横たわる lie beneath; underlie思想界思想界 world of thought; realm of ideasの活動には毫も気がつかなかった気がつかなかった didn't realize; wasn't aware of。――明治明治 Meiji period (1868-1912)の思想は西洋西洋 the Westの歴史歴史 historyにあらわれた三百年三百年 three hundred yearsの活動を四十年四十年 forty yearsで繰り返して繰り返して repeat; recreateいる。
三四郎三四郎 Sanshirō (name)が動く動く move; bustle東京東京 Tōkyōのまん中まん中 centerに閉じ込められて閉じ込められて confined; hemmed in、一人一人 aloneでふさぎこんでふさぎこんで mope; broodいるうちに、国元国元 one's home townの母母 motherから手紙手紙 letterが来た来た came; arrived。東京で受け取った受け取った received; took delivery (of)最初最初 firstのものである。見る見る look atといろいろ書いて書いて writeある。まず今年今年 this yearは豊作豊作 good harvest; record cropでめでたいめでたい happy; joyousというところから始まって始まって begin、からだを大事にしなくってはいけない大事にしなくってはいけない must take good care ofという注意注意 cautionがあって、東京の者者 peopleはみんな利口利口 clever; shrewdで人人 person; characterが悪い悪い devious; no goodから用心しろ用心しろ be careful; watch outと書いて、学資学資 school expenses; education fundingは毎月毎月 each month月末月末 end of the monthに届く届く arrive; reachようにするから安心しろ安心しろ rest assured; don't worryとあって、勝田の政勝田の政 Masa Katsuta (name)さんの従弟従弟 cousinに当るに当る is ...; has the relation of ...人が大学校大学校 universityを卒業して卒業して graduated、理科大学理科大学 college of scienceとかに出ている出ている is in; attendsそうだから、尋ねて行って尋ねて行って go and visit; go call on、万事よろしく頼む万事よろしく頼む use as a resource; ask for help (in getting oriented)がいいで結んで結んで conclude; close (lit: tie up)ある。肝心の肝心の critical; all-important名前名前 nameを忘れた忘れた forget; omittedとみえて、欄外欄外 in the marginというようなところに野々宮宗八野々宮宗八 Sōhachi Nonomiyaどのと書いてあった。この欄外にはそのほか二二 two、三件三件 three itemsある。作作 Saku (name)の青馬青馬 gray horse (usually 青馬)が急病急病 sudden illnessで死んだ死んだ diedんで、作は大弱り大弱り quite upset; feeling downである。三輪田のお光三輪田のお光 Omitsu Miwata (name)さんが鮎鮎 ayu (kind of fish)をくれたけれども、東京へ送る送る sendと途中途中 on the way; in transitで腐って腐って spoilしまうから、家内家内 home; our houseで食べて食べて eatしまった、等等 and so forthである。
三四郎はこの手紙を見て、なんだか古ぼけた古ぼけた worn and faded昔昔 long agoから届いたような気気 feelingがした。母にはすまないが、こんなものを読んで読んで readいる暇暇 leisure; spare timeはないとまで考えた考えた considered。それにもかかわらず繰り返して繰り返して repeating; again二へん読んだ。要するに要するに in short; in sum自分自分 oneselfがもし現実現実 real; actual世界世界 worldと接触して接触して touch; come into contact (with)いるならば、今今 now; the presentのところ母よりほかにないのだろう。その母は古い人で古いいなかにおる。そのほかには汽車汽車 (steam) trainの中中 in; on (train)で乗り合わした乗り合わした traveled together女女 woman; young ladyがいる。あれは現実世界の稲妻稲妻 bolt of lightning; flash of lightningである。接触したというには、あまりに短くって短くって short; briefかつあまりに鋭すぎた鋭すぎた intense; harsh。――三四郎は母の言いつけ言いつけ instructions; biddingどおり野々宮宗八を尋ねることにした。
あくる日あくる日 the next dayは平生平生 normal; usualよりも暑い暑い hot; sultry日であった。休暇中休暇中 recess; break; time offだから理科大学理科大学 college of scienceを尋ねて尋ねて visit; call atも野々宮野々宮 Nonomiya (name)君君 (suffix of familiarity for males)はおるまいと思った思った thought; figuredが、母母 motherが宿所宿所 lodgings; quartersを知らせて知らせて inform (of); make knownこないから、聞き合わせ聞き合わせ make inquiries; seek informationかたがたかたがた in part to ...行って行って go (to)みようという気気 inclinationになって、午後午後 afternoon四時四時 four o'clockごろ、高等学校高等学校 high schoolの横横 vicinityを通って通って pass through弥生町弥生町 Yayoichō (place name)の門門 gateからはいった。往来往来 road; streetは埃埃 dust; loose dirtが二寸二寸 2 sun (about 6 cm; about 2.5 inches)も積もって積もって pile up; accumulateいて、その上上 top ofに下駄下駄 (wooden) clogの歯歯 prop; supportや、靴靴 shoesの底底 bottom; sole (shoes)や、草鞋草鞋 straw sandalsの裏裏 back sideがきれいにできあがってる。車車 car; cartの輪輪 wheelと自転車自転車 bicycleのあとは幾筋幾筋 how many (tracks)だかわからない。むっとするむっとする be stuffy; be stiflingほどたまらない道道 roadだったが、構内構内 premises; groundsへはいるとさすがに木木 treesの多い多い many; numerousだけに気分気分 mood; sentimentがせいせいしたせいせいした felt refreshed。とっつきのとっつきの first (that one comes to); nearest戸戸 doorをあたってみたら錠が下りている錠が下りている was locked。裏へ回って回って go around (to)もだめであった。しまいに横横 sideへ出た出た arrived (at)。念のため念のため just in case; for the sake of tryingと思って思って think; consider押して押して pushみたら、うまいぐあいにあいた。廊下廊下 hallwayの四つ角四つ角 intersectionに小使小使 janitor; custodianが一人一人 one (person)居眠り居眠り nap; snoozeをしていた。来意来意 reason for one's visitを通じる通じる communicateと、しばらくのあいだは、正気正気 consciousness; one's sensesを回復する回復する restore; recoverために、上野上野 Ueno (place name)の森森 woods; forrestをながめていたが、突然突然 suddenly「おいでかもしれません」と言って言って said; replied奥奥 interiorへはいって行った。すこぶる閑静閑静 quiet; desertedである。やがてまた出て来た出て来た came out; appeared。
「おいででやす。おはいんなさい」と友だち友だち friendみたように言う。小使にくっついて行くと四つ角を曲がって曲がって turn (a corner)和土和土 concrete floorの廊下を下下 down(ward)へ降りた降りた descended。世界世界 the world; one's surroundingsが急に急に suddenly暗く暗く darkなる。炎天炎天 blazing sunで目がくらんだ目がくらんだ be dazzled; be blinded時時 time; occurrenceのようであったがしばらくすると瞳瞳 pupilsがようやくおちついて、あたりが見える見える be visibleようになった。穴倉穴倉 underground; cellarだから比較的比較的 relatively涼しい涼しい cool。左左 leftの方方 side; directionに戸があって、その戸があけ放してあけ放して left openある。そこから顔顔 faceが出た出た appeared。額額 foreheadの広い広い wide目の大きな仏教仏教 Buddhismに縁縁 affinity; connectionのある相相 countenance; physiognomyである。縮み縮み (cotton) crepeのシャツの上へ背広背広 suit jacketを着て着て wearいるが、背広はところどころにしみがある。背背 stature; heightはすこぶる高い高い high; tall。やせているところが暑さに釣り合って釣り合って be balanced; be in keeping withいる。頭頭 headと背中背中 backを一直線一直線 a straight lineに前前 forwardの方へ延ばして延ばして stretch; extendお辞儀お辞儀 bow; obeisanceをした。
「こっちへ」と言ったまま、顔を部屋部屋 roomの中中 insideへ入れて入れて pull in; duck intoしまった。三四郎は戸の前まで来て部屋の中をのぞいた。すると野々宮君はもう椅子椅子 chairへ腰をかけて腰をかけて sit downいる。もう一ぺんもう一ぺん one more time「こっちへ」と言った。こっちへと言うところに台台 stand; platformがある。四角な四角な square棒棒 stick; postを四本四本 four (slender objects)立てて立てて stand up、その上を板板 board; plankで張った張った coveredものである。三四郎は台の上へ腰をかけて初対面初対面 initial meeting; first encounterの挨拶挨拶 greetings; civilitiesをする。それからなにぶんよろしく願いますよろしく願います request someone's favorと言った。野々宮君はただはあ、はあと言って聞いて聞いて listenいる。その様子様子 appearance; demeanorがいくぶんか汽車汽車 (steam) trainの中で水蜜桃水蜜桃 peachesを食った食った ate男男 manに似ている似ている resembled。ひととおり口上口上 introductionを述べた述べた stated三四郎はもう何も何も (not) anything言う事事 things; mattersがなくなってしまった。野々宮君もはあ、はあ言わなくなった。
三四郎は大いに大いに greatly驚いた驚いた be impressed。驚くとともに光線にどんな圧力があって、その圧力がどんな役に立つどんな役に立つ serves what kind of purposeんだか、まったく要領を得る要領を得る comprehend; make sense ofに苦しんだ苦しんだ struggled; had difficulty。
その時時 time; moment野々宮君は三四郎に、「のぞいてごらんなさい」と勧めた勧めた suggested; proposed。三四郎はおもしろ半分おもしろ半分 out of curiosity、石石 stoneの台の二、三間間 ken (about 1.8 meters; about 2 yards)手前手前 in front ofにある望遠鏡のそばへ行って行って went (to); approached右右 rightの目をあてがったが、なんにも見えない。野々宮君は「どうです、見えますか」と聞く聞く asked。「いっこう見えません」と答える答える answer; replyと、「うんまだ蓋蓋 lid; coverが取らずにあった取らずにあった hasn't been removed; is still in place」と言いながら、椅子椅子 chairを立って立って stand up (from)望遠鏡の先先 tip; endにかぶせてあるものを除けて除けて removeくれた。
見ると、ただ輪郭輪郭 contour; outlineのぼんやりした明るい明るい brightなかに、物差し物差し rule; scaleの度盛り度盛り graduation (scale); tick marksがある。下下 belowに2の字字 characterが出た。野々宮君がまた「どうです」と聞いた。「2の字が見えます」と言うと、「いまに動きます動きます move」と言いながら向こうへ回って回って go around (to)何か何か somethingしているようであった。
やがて度盛りが明るいなかで動きだした。2が消えた消えた disappeared。あとから3が出る。そのあとから4が出る。5が出る。とうとう10まで出た。すると度盛りがまた逆に逆に in reverse動きだした。10が消え、9が消え、8から7、7から6と順々に順々に in order1まで来て来て arrive (at)とまった。野々宮君はまた「どうです」と言う。三四郎は驚いて、望遠鏡から目を放して放して remove; separate (from)しまった。度盛りの意味意味 meaning; significanceを聞く気気 inclinationにもならない。
丁寧に丁寧に politely; courteously礼礼 thanks; appreciationを述べて述べて state; mention穴倉穴倉 basement; cellarを上がって上がって rise (from); come up (from)、人人 peopleの通る通る pass by; pass through所所 place; areaへ出て出て appear (at); arrive (at)見る見る look aboutと世の中世の中 the world; one's surroundingsはまだかんかんしてかんかんして be burning; be boilingいる。暑い暑い hot; sultryけれども深い深い deep息息 breathをした。西西 westの方方 side; directionへ傾いた傾いた declined toward日日 sunが斜めに斜めに at an angle; obliquely広い広い wide坂坂 hill; slopeを照らして照らして shine on; light up、坂の上上 topの両側両側 both sidesにある工科工科 department of engineeringの建築建築 building; structureのガラス窓窓 windowsが燃える燃える burn; be engulfed (in flames)ように輝いて輝いて shine; gleamいる。空空 skyは深く深く to its depths澄んで澄んで become clear、澄んだなかに、西の果果 edge; extremityから焼ける焼ける glow; burn火火 fireの炎炎 flameが、薄赤く薄赤く in a pale red color吹き返して吹き返して blow overきて、三四郎三四郎 Sanshirō (name)の頭頭 headの上までほてってほてって radiate heatいるように思われた思われた seemed as though ...。横に横に sideways照りつける日を半分半分 half背中背中 back (part of the body)に受けて受けて receive、三四郎は左左 left (side)の森森 woodsの中中 inside; interiorへはいった。その森も同じ同じ the same夕日夕日 evening sunを半分背中に受けている。黒ずんだ黒ずんだ had become dark青い青い green葉葉 leavesと葉のあいだは染めた染めた dyedように赤い。太い太い thick (in diameter)欅欅 keyaki tree (Japanese zelkova)の幹幹 trunkで日暮らし日暮らし evening cicadaが鳴いて鳴いて singいる。三四郎は池池 pondのそばへ来て来て came (to); arrived (at)しゃがんだしゃがんだ crouched down (on one's heels)。
非常に非常に exceedingly静か静か quiet; tranquilである。電車電車 (electric) trainの音音 soundもしない。赤門赤門 Red Gate (name of a university gate)の前前 front ofを通るはずの電車は、大学大学 universityの抗議抗議 objection; protestationで小石川小石川 Koishikawa (place name)を回る回る go around toことになったと国国 one's native placeにいる時分時分 (time) period新聞新聞 newspaperで見たことがある。三四郎は池のはたにしゃがみながら、ふとこの事件事件 matter; occurrenceを思い出した思い出した recalled; remembered。電車さえ通さないという大学はよほど社会社会 societyと離れて離れて be set apart (from); be distancedいる。
たまたまその中にはいってみると、穴倉の下下 belowで半年半年 half a year余り余り more than; upward ofも光線光線 light beamの圧力圧力 pressureの試験試験 test; measurementをしている野々宮野々宮 Nonomiya (name)君君 (suffix of familiarity for males)のような人もいる。野々宮君はすこぶる質素な質素な modest; frugal服装服装 dress; appearanceをして、外外 outsideで会えば会えば meet (provisional form)電燈会社電燈会社 electric lighting companyの技手技手 assistant engineerくらいな格格 status; rankである。それで穴倉の底底 bottomを根拠地根拠地 base; headquartersとして欣然と欣然と gladly; willinglyたゆまずにたゆまずに untiringly; persistently研究研究 researchを専念にやって専念にやって devote oneself toいるから偉い偉い extraordinary; remarkable。しかし望遠鏡望遠鏡 scopeの中の度盛り度盛り graduation (scale); tick marksがいくら動いた動いた movedって現実現実 real; actual世界世界 worldと交渉交渉 relation; connectionのないのは明らか明らか clear; apparentである。野々宮君は生涯生涯 one's entire life; a lifetime現実世界と接触する接触する come into contact (with)気気 inclinationがないのかもしれない。要するに要するに in short; in sumこの静かな空気空気 air; ambianceを呼吸する呼吸する breathe; experienceから、おのずからおのずから naturally; as a matter of courseああいう気分気分 feeling; sentimentにもなれるのだろう。自分自分 oneselfもいっそのこといっそのこと as circumstances might have it気を散らさずに気を散らさずに without distraction、生きた生きた alive; active世の中世の中 the world; societyと関係のない関係のない have no connection生涯を送って送って spend; pass (time)みようかしらん。
三四郎はまたみとれてみとれて be captivated; be fascinatedいた。すると白いほうが動きだした動きだした began to move。用事用事 purpose; objectiveのあるような動き方動き方 manner of movementではなかった。自分の自分の one's own足足 feet; legsがいつのまにか動いたというふうであった。見る見る watch; look onと団扇団扇 (round) fanを持った持った carried; held女女 womanもいつのまにかまた動いている。二人二人 two (people)は申し合わせたように申し合わせたように as if by agreement; as if on cue用のない用のない casual; leisurely歩き方歩き方 manner of walkingをして、坂坂 slopeを降りて来る降りて来る descended; came down。三四郎はやっぱり見ていた。
坂の下下 bottomに石橋石橋 stone bridgeがある。渡らなければ渡らなければ if one doesn't cross (the bridge)まっすぐに理科大学理科大学 college of scienceの方方 directionへ出る出る arrive (at)。渡れば水ぎわ水ぎわ water's edgeを伝って伝って walk beside; followこっちへ来る。二人は石橋を渡った。
団扇はもうかざしていない。左左 leftの手手 handに白い小さな小さな small花花 flowerを持って、それをかぎながらかぎながら smell来る。かぎながら、鼻鼻 noseの下にあてがった花を見ながら、歩くので、目目 eyesは伏せて伏せて lower; direct downwardいる。それで三四郎から一間一間 1 ken (about 1.8 meters; about 2 yards)ばかりの所所 place; positionへ来てひょいととまった。
二人二人 two (people)の女女 womenは三四郎三四郎 Sanshirō (name)の前前 front ofを通り過ぎる通り過ぎる pass by。若い若い youngほうが今今 now; the presentまでかいでいた白い白い white花花 flowerを三四郎の前へ落として落として drop; let fall行った行った went (by)。三四郎は二人の後姿後姿 retreating figure; view of one walking awayをじっと見つめて見つめて gaze at; look (after)いた。看護婦看護婦 nurseは先先 ahead; in frontへ行く。若いほうがあとから行く。はなやかな色色 colorsのなかに、白い薄薄 susuki grassを染め抜いた染め抜いた left undyed (same color as base material)帯帯 sashが見える。頭頭 headにもまっ白なまっ白な pure white薔薇薔薇 roseを一つ一つ one (thing)さしている。その薔薇が椎椎 chinquapin oakの木陰木陰 shade of a treeの下下 under; beneathの、黒い黒い black髪髪 hairのなかできわだってきわだって be conspicuous; be prominent光って光って shoneいた。
三四郎はぼんやりしていた。やがて、小さな小さな small声声 voiceで「矛盾矛盾 contradiction; inconsistencyだ」と言った言った said; murmured。大学大学 universityの空気空気 air; atmosphereとあの女が矛盾なのだか、あの色彩色彩 colors; colorationとあの目つき目つき look in a person's eyesが矛盾なのだか、あの女を見て汽車汽車 (steam) trainの女を思い出した思い出した recalled; rememberedのが矛盾なのだか、それとも未来未来 futureに対するに対する with respect to自分の自分の one's own方針方針 plan; purposeが二道二道 fork in the road; crossroadsに矛盾しているのか、または非常に非常に exceedinglyうれしいものに対して恐れ恐れ anxietyをいだくところが矛盾しているのか、――このいなか出いなか出 fresh from the countryの青年青年 youth; young manには、すべてわからなかった。ただなんだか矛盾であった。
野々宮野々宮 Nonomiya (name)君君 (suffix of familiarity for males)はしばらく池池 pondの水水 waterをながめていたが、右右 right (side)の手手 handをポケットへ入れて入れて put into何か何か something捜しだした捜しだした began searching for。ポケットから半分半分 half; halfway封筒封筒 envelopeがはみ出してはみ出して stick out; protrudeいる。その上上 surfaceに書いて書いて writeある字字 characters (writing)が女女 womanの手跡手跡 handwritingらしい。野々宮君は思う思う think (of); hope for物物 article; objectを捜しあてなかったとみえて、もとのとおりの手を出してぶらりと下げたぶらりと下げた dangled; let drop。そうして、こう言った言った said。
「きょうは少し少し somewhat; a bit装置装置 instrumentationが狂った狂った be out of sortsので晩晩 evening; nightの実験実験 experimentはやめだ。これから本郷本郷 Hongō (part of Tōkyō)の方方 directionを散歩して散歩して walk (through)帰ろう帰ろう return homeと思うが、君君 youどうです、いっしょに歩きません歩きません walk (used in negative for question)か」
三四郎三四郎 Sanshirō (name)は快く快く gladly; readily応じた応じた accepted。二人二人 two (people)で坂坂 slopeを上がって上がって ascended; climbed、丘丘 hill; riseの上へ出た出た arrived (at); reached。野々宮君はさっき女の立っていた立っていた were standingあたりでちょっととまって、向こう向こう other side; opposite sideの青い青い green木立木立 clump of trees; groveのあいだから見える見える be visible赤い赤い red建物建物 buildingと、崖崖 cliffの高い高い highわりにわりに in comparison to、水の落ちた落ちた drop; come down池をいちめんに見渡して見渡して look out over、
三四郎は野々宮君の鑑賞力鑑賞力 keenness of observationに少々少々 somewhat; a little驚いた驚いた impressed。実実 truthをいうと自分自分 oneselfにはどっちがいいかまるでわからないのである。そこで今度今度 this timeは三四郎のほうが、はあ、はあと言い出した言い出した began saying; began responding with。
「それから、この木と水の感じ感じ effect; impressionがね。――たいしたものじゃないが、なにしろ東京東京 Tōkyōのまん中まん中 heart; dead center (of)にあるんだから――静か静か quiet; peacefulでしょう。こういう所所 placeでないと学問学問 studies; scholarshipをやるにはいけませんね。近ごろ近ごろ these days; recentlyは東京があまりやかましくなりすぎて困る困る be troubled by; be dissatisfied with。これが御殿御殿 palace; sanctuary」と歩きだしながら、左手左手 left hand (lit: bow hand; also written 弓手)の建物をさしてみせる。「教授会教授会 faculty meetingsをやる所です。うむなに、ぼくなんか出ないでいいのです。ぼくは穴倉穴倉 basement; cellar生活生活 life; daily routineをやっていればすむのです。近ごろの学問は非常な非常な extreme勢い勢い force; vigorで動いて動いて move; advanceいるので、少しゆだんすると、すぐ取り残されて取り残されて be left behindしまう。人が見ると穴倉の中中 inside; interiorで冗談冗談 boondoggle; monkey businessをしているようだが、これでもやっている当人当人 person in questionの頭頭 headの中は劇烈に劇烈に keenly; intensely働いて働いて work; endeavorいるんですよ。電車電車 electric trainよりよっぽど激しく激しく furiously; strenuously働いているかもしれない。だから夏夏 summerでも旅行旅行 travelをするのが惜しくって惜しくって wasteful; resulting in regretね」と言いながら仰向いて仰向いて looking upward大きな大きな large; spacious空空 skyを見た。空にはもう日日 sunの光光 light; raysが乏しい乏しい scarce; faint。
「あれは、みんな雪雪 snowの粉粉 powder; dustですよ。こうやって下下 belowから見ると、ちっとも動いて動いて move; be in motionいない。しかしあれで地上地上 the earth's surfaceに起こる起こる occur; take place颶風颶風 typhoon; cyclone以上以上 more than; in excess (of)の速力速力 speed; velocityで動いているんですよ。――君君 youラスキンラスキン John Ruskin (English art critic and writer; 1819-1900)を読みました読みました readか」
三四郎は憮然として憮然として with disappointment読まないと答えた答えた answered。野々宮野々宮 Nonomiya (name)君君 (suffix of familiarity for males)はただ
二人二人 two (people)はベルツベルツ Erwin Bälz (German physician 1849-1913; helped introduce Western medicine to Japan)の銅像銅像 bronze statue; bronze bustの前前 front (of)から枳殻寺枳殻寺 temple in Tōkyō (formally known as Rinshōin 麟祥院)の横横 side (of)を電車電車 electric trainの通り通り thoroughfareへ出た出た arrived (at)。銅像の前で、この銅像はどうですかと聞かれて聞かれて was asked三四郎はまた弱った弱った be puzzled; be stumped。表表 main(street)はたいへんにぎやかである。電車がしきりなしに通る。
「ぼくは車掌車掌 (train) conductorに教わらないと教わらないと unless taught (by)、一人で一人で by oneself乗換え乗換え transferが自由に自由に as one pleasesできない。この二二 two、三三 three年年 yearsむやみにふえたのでね。便利便利 convenientになってかえって困る困る have difficulty。ぼくの学問学問 studies; researchと同じ同じ sameことだ」と言って笑った笑った smiled。
学期学期 academic termの始まりぎわ始まりぎわ just before the start (of)なので新しい新しい new高等学校高等学校 high school (equivalent to modern-day college)の帽子帽子 cap; hatをかぶった生徒生徒 studentsがだいぶ通る。野々宮君は愉快そうに愉快そうに cheerfully; happily、この連中連中 group; companyを見ている。
「だいぶ新しいのが来ました来ました came; arrivedね」と言う。「若い若い young人人 peopleは活気活気 vitality; vigorがあっていい。ときにときに by the way君はいくつですか」と聞いた。三四郎は宿帳宿帳 inn registerへ書いた書いた wroteとおりを答えた答えた answered。すると、
「それじゃぼくより七つ七つ seven (years of age)ばかり若い。七年七年 seven years (time)もあると、人間人間 a personはたいていの事事 things; mattersができる。しかし月日月日 months and days; timeはたちやすいものでね。七年ぐらいじきですよ」と言う。どっちが本当本当 truth; realityなんだか、三四郎にはわからなかった。
「四角四角 (street) corner; intersection近く近く near (to); vicinity (of)へ来る来る come (to); arrive (at)と左右左右 left and rightに本屋本屋 book shopと雑誌屋雑誌屋 magazine standがたくさんある。そのうちの二二 two、三軒三軒 three (shops; establishments)には人人 peopleが黒山黒山 great crowd; sea of black headsのようにたかってたかって swarm; gatherいる、そうして雑誌を読んで読んで read; look atいる。そうして買わずに買わずに without buying行って行って go (on one's way)しまう。野々宮野々宮 Nonomiya (name)君君 (suffix of familiarity for males)は、
「みんなずるいなあ」と言って言って say; remark笑って笑って laughいる。もっとも当人当人 the person in questionもちょいと太陽太陽 Sun (name of a periodical)をあけてみた。
四角へ出る出る arrive (at)と、左手左手 lefthand sideのこちら側こちら側 near sideに西洋西洋 Western小間物屋小間物屋 haberdashery; small wares shopがあって、向こう側向こう側 other side; far sideに日本日本 Japanese小間物屋がある。そのあいだを電車電車 (electric) trainがぐるっと曲がって曲がって corner; turn、非常な非常な extraordinary; remarkable勢い勢い force; powerで通る通る pass through。ベルがちんちんちんちんいう。渡りにくい渡りにくい difficult to crossほど雑踏する雑踏する be crowded; be congested。野々宮君は、向こうの小間物屋をさして、
「あすこでちょいと買物買物 shopping; purchaseをしますからね」と言って、ちりんちりんと鳴る鳴る ring; clangあいだを駆け抜けた駆け抜けた ran through; dashed through。三四郎三四郎 Sanshirō (name)もくっついて、向こうへ渡った。野々宮君はさっそく店店 shopへはいった。表表 out frontに待って待って waitいた三四郎が、気がついて見る気がついて見る take notice (and look)と、店先店先 storefrontのガラス張りのガラス張りの glassed-in棚棚 shelfに櫛櫛 combsだの花簪花簪 floral hairpinだのが並べて並べて line up; lay outある。三四郎は妙妙 odd; strangeに思った思った thought; considered。野々宮君が何何 what (sort of thing)を買っているのかしらと、不審を起こして不審を起こして arouse one's curiosity、店の中中 insideへはいってみると、蝉蝉 cicadaの羽根羽根 wingのようなリボンをぶら下げてぶら下げて dangle、
「どうですか」と聞かれた聞かれた was asked。三四郎はこの時時 time; occasion自分自分 oneselfも何か買って、鮎鮎 ayu (kind of fish)のお礼お礼 thanks; acknowledgementに三輪田のお光三輪田のお光 Omitsu Miwata (name)さんに送って送って send (to)やろうかと思った。けれどもお光さんが、それをもらって、鮎のお礼と思わずに、きっとなんだかんだと手前がっての手前がっての egotistic理屈理屈 theory; reasoningをつけるに違いないに違いない no doubt ...と考えた考えた consideredからやめにした。