うとうととしてうとうととして nap; doze off目がさめる目がさめる wake upと女女 woman; young ladyはいつのまにか、隣の隣の next to; neighboringじいさんと話話 talk; conversationを始めて始めて start; beginいる。このじいさんはたしかに前の前の previous前の駅駅 stationから乗った乗った boardedいなか者いなか者 person from the countryである。発車発車 departure; leaving the stationまぎわにまぎわに just before; on the brink of頓狂な頓狂な flurried; wild声声 voiceを出して出して put forth駆け込んで来て駆け込んで来て came running into、いきなり肌をぬいだ肌をぬいだ stripped to the waistと思ったら思ったら noticed; realized背中背中 back (body)にお灸お灸 moxibustion (burning moxa on the skin to treat ailments)のあとがいっぱいあったので、三四郎三四郎 Sanshirō (name)の記憶記憶 memoryに残って残って remainいる。じいさんが汗汗 sweatをふいて、肌を入れて肌を入れて put one's shirt (back) on、女の隣に腰をかけた腰をかけた sat downまでよく注意して注意して attentively見て見て observe; watchいたくらいである。
その寝て寝て sleepいるあいだに女女 woman; young ladyとじいさんは懇意になって懇意になって become friends話話 talk; conversationを始めた始めた started; beganものとみえる。目目 eyesをあけた三四郎三四郎 Sanshirō (name)は黙って黙って in silence二人二人 two (people)の話を聞いて聞いて listen (to)いた。女はこんなことを言う言う say; relate。――
子供子供 child; childrenの玩具玩具 toysはやっぱり広島広島 Hiroshimaより京都京都 Kyōtoのほうが安くって安くって lower in price; less expensiveいいものがある。京都でちょっと用用 businessがあって降りた降りた disembarkedついでに、蛸薬師蛸薬師 Tako Yakushi temple (officially called Eifukuji)のそばで玩具を買って来た買って来た went and bought。久しぶり久しぶり after a long whileで国国 native countryへ帰って帰って return (home)子供に会う会う see; spend time withのはうれしい。しかし夫夫 husbandの仕送り仕送り remittancesがとぎれて、しかたなしに親親 one's parentsの里里 village; home townへ帰るのだから心配心配 worry; concernだ。夫は呉呉 Kure (part of Hiroshima; formerly home of the Kure Naval Arsenal)にいて長らく長らく for a long time; for a good while海軍海軍 navyの職工職工 workman; mechanicをしていたが戦争中戦争中 during the war (Russo-Japanese War; 1904-5)は旅順旅順 Port Arthur or Ryojun (currently Lüshunkou, a district of Dalian)の方方 area; environsに行って行って go (to)いた。戦争が済んで済んで be concluded; be settledからいったん帰って来た。まもなくあっちのほうが金がもうかる金がもうかる make moneyといって、また大連大連 Dairen or Tairen (currently Dalian)へ出かせぎ出かせぎ working away from homeに行った。はじめのうちは音信音信 correspondence; lettersもあり、月々月々 monthly; every monthのものもちゃんちゃんと送ってきた送ってきた arrived; was sentからよかったが、この半年半年 half yearばかり前前 beforeから手紙手紙 lettersも金もまるで来なくなって来なくなって stopped arrivingしまった。不実な不実な unfaithful; hardhearted性質性質 character; natureではないから、大丈夫大丈夫 okay; all rightだけれども、いつまでも遊んで遊んで be idle; be out of work食べて食べて live; subsistいるわけにはゆかないので、安否安否 safety; welfareのわかるまではしかたがないから、里へ帰って待って待って waitいるつもりだ。
じいさんは蛸薬師も知らず知らず not know of、玩具にも興味興味 interestがないとみえて、はじめのうちはただはいはいと返事返事 responseだけしていたが、旅順以後以後 from; following急に急に suddenly同情同情 sympathy; (emotional) engagementを催して催して show signs of、それは大いに大いに very much; greatly気の毒気の毒 unfortunate; too badだと言いだした。自分の自分の one's own子子 childも戦争中兵隊兵隊 soldierにとられて、とうとうあっちで死んで死んで dieしまった。いったい戦争はなんのためにするものだかわからない。あとで景気景気 the times; prosperityでもよくなればだが、大事な大事な precious子は殺される殺される be killed、物価物価 prices (usually 諸式; equivalent to 物価)は高くなる高くなる increase; go up (prices)。こんなばかげたものはない。世世 the world; societyのいい時分時分 time; periodに出かせぎなどというものはなかった。みんな戦争のおかげだ。なにしろ信心信心 faith; trustが大切大切 importantだ。生きて生きて be alive働いて働いて workingいるに違いないに違いない no doubt。もう少し少し a bit待っていればきっと帰って来る帰って来る come back。――じいさんはこんな事事 things; mattersを言って、しきりに女を慰めて慰めて comfort (someone)いた。やがて汽車汽車 (steam) trainがとまったら、ではお大事にお大事に take careと、女に挨拶挨拶 civilities; salutationをして元気よく元気よく with vigor出て行った出て行った departed; went on one's way。
じいさんに続いてに続いて following after降りた降りた descended; got off (the train)者者 peopleが四人四人 four (people)ほどあったが、入れ代って入れ代って in exchange; in passing、乗った乗った boarded; got on (the train)のはたった一人一人 one (person)しかない。もとから込み合った込み合った crowded; congested客車客車 passenger car; passenger compartment (train)でもなかったのが、急に急に suddenly寂しくなった寂しくなった became empty; seemed deserted。日の暮れた日の暮れた sun went downせいかもしれない。駅夫駅夫 station employeeが屋根屋根 roofをどしどし踏んで踏んで stepping on; walking over、上上 aboveから灯のついた灯のついた lighted; litランプをさしこんでゆく。三四郎三四郎 Sanshirō (name)は思い出した思い出した rememberedように前の前の previous停車場停車場 station; stopで買った買った bought弁当弁当 bentō; boxed mealを食いだした食いだした started eating。
車車 trainが動きだして動きだして began to move二分二分 two minutesもたったろうと思うころ、例の例の the aforementioned女女 woman; young ladyはすうと立って立って stood up; rose三四郎の横横 beside; (space) next toを通り越して通り越して passed by車室車室 compartmentの外外 outside; exteriorへ出て行った出て行った went out (to)。この時時 time; moment女の帯帯 sashの色色 colorがはじめて三四郎の目目 eye; field of viewにはいった。三四郎は鮎鮎 ayu (kind of fish)の煮びたし煮びたし stewed fishの頭頭 headをくわえたまま女の後姿後姿 receding form; view from the back sideを見送っていた見送っていた watched walk away。便所便所 toiletに行ったんだなと思いながらしきりに食っている。
女はやがて帰って来た帰って来た returned; came back。今度今度 this timeは正面正面 the front (side)が見えた見えた was visible。三四郎の弁当はもうしまいがけである。下下 below; downを向いて向いて looking toward一生懸命に一生懸命に with utmost effort箸箸 chopsticksを突っ込んで突っ込んで thrusting into二口二口 two bites三口三口 three bitesほおばったほおばった stuffed one's mouth withが、女は、どうもまだ元の元の previous; from before席席 seatへ帰らないらしい。もしやと思って、ひょいと目を上げて上げて lift; raise見るとやっぱり正面に立っていた。しかし三四郎が目を上げると同時にと同時に at the same time as女は動きだした。ただ三四郎の横を通って、自分の自分の one's own座へ帰るべきところを、すぐと前前 front; forwardへ来て来て came (to)、からだを横へ向けて、窓窓 windowから首を出して首を出して leaned out; stuck one's head out、静かに静かに silently外をながめだした。風風 windが強く強く strongly; brisklyあたって、鬢鬢 side locksがふわふわするところが三四郎の目にはいった。この時三四郎はからになった弁当の折折 small wooden box (for packing food)を力いっぱいに力いっぱいに as hard as one can窓からほうり出したほうり出した threw out。女の窓と三四郎の窓は一軒おき一軒おき separated by one positionの隣隣 next to; neighboringであった。風に逆らって逆らって going againstなげた折の蓋蓋 lidが白く白く white舞いもどった舞いもどった came fluttering backように見えた時、三四郎はとんだことをしたのかと気がついて気がついて realized、ふと女の顔顔 faceを見た。顔はあいにく列車の外に出ていた。けれども、女は静かに首首 head (lit: neck)を引っ込めて引っ込めて withdraw; pull back更紗更紗 printed cotton; calicoのハンケチで額額 foreheadのところを丁寧に丁寧に carefully; thoroughlyふき始めたふき始めた began to wipe。三四郎はともかくもあやまるほうが安全安全 safe; prudentだと考えた考えた thought; considered。
九時半九時半 nine thirtyに着く着く arriveべき汽車汽車 (steam) trainが四十分四十分 forty minutesほど遅れた遅れた was lateのだから、もう十時十時 ten (o'clock)はまわっている。けれども暑い暑い warm; hot (weather)時分時分 season; time of the yearだから町町 town; streetsはまだ宵の口宵の口 early eveningのようににぎやかだ。宿屋宿屋 innも目の前目の前 before one's eyesに二二 two、三軒三軒 three (buildings; shops)ある。ただ三四郎三四郎 Sanshirō (name)にはちとりっぱすぎるように思われた思われた seemed (to be)。そこで電気燈電気燈 electric lightのついている三階作り三階作り three-story constructionの前をすまして通り越して通り越して pass by、ぶらぶら歩いて行った歩いて行った walked; went by walking。むろん不案内の不案内の unfamiliar土地土地 place; localityだからどこへ出る出る appear; arrive (at)かわからない。ただ暗い暗い dark; dimly lit方方 directionへ行った。女女 woman; young ladyはなんともいわずについて来るついて来る follow along。すると比較的比較的 relatively寂しい寂しい lonely横町横町 side streetの角角 cornerから二軒目二軒目 second placeに御宿御宿 Onyado (name of an inn)という看板看板 sign; placardが見えた見えた was visible。これは三四郎にも女にも相応な相応な suitable; befittingきたない看板であった。三四郎はちょっと振り返って振り返って turn around; look back、一口一口 a word; in short女にどうですと相談した相談した consultedが、女は結構結構 fineだというんで、思いきってずっとはいった。上がり口上がり口 entrance; front doorで二人連れ二人連れ couple; two (people) togetherではないと断る断る warn; tellはずのところを、いらっしゃい、――どうぞお上がり――御案内御案内 show (the guests)――梅梅 plumの四番四番 number 4などとのべつにしゃべられたので、やむをえず無言無言 speechless; without a wordのまま二人とも梅の四番へ通されて通されて were shown (to)しまった。
下女下女 maidが茶茶 teaを持って来る持って来る bringあいだ二人はぼんやり向かい合って向かい合って facing each otherすわっていた。下女が茶を持って来て、お風呂お風呂 bathをと言った言った said; suggested時時 time; momentは、もうこの婦人婦人 ladyは自分の自分の one's own連れ連れ companionではないと断るだけの勇気勇気 boldness; courageが出なかった出なかった wasn't forthcoming。そこで手ぬぐい手ぬぐい wash towelをぶら下げてぶら下げて trailing; carrying、お先へお先へ beg your pardon (for going first)と挨拶挨拶 civilitiesをして、風呂場風呂場 bathing roomへ出て行った。風呂場は廊下廊下 hallwayの突き当り突き当り end (of a street or hallway)で便所便所 toiletの隣隣 next to; neighboring positionにあった。薄暗くって薄暗くって dimly lit、だいぶ不潔不潔 filthy; unsanitaryのようである。三四郎は着物着物 kimono; clothingを脱いで脱いで took off (clothes)、風呂桶風呂桶 bathtubの中中 insideへ飛び込んで飛び込んで jumped into、少し少し a bit; a little考えた考えた considered; thought (about things)。こいつはやっかいだとじゃぶじゃぶやっていると、廊下に足音足音 sound of footstepsがする。だれか便所へはいった様子様子 signs; indicationsである。やがて出て来た出て来た came out。手手 handsを洗う洗う wash。それが済んだら済んだら be finished、ぎいと風呂場の戸戸 doorを半分半分 halfwayあけた。例の例の the aforementioned; that ...女が入口入口 entranceから、「ちいと流しましょう流しましょう wash; scrubか」と聞いた聞いた asked。三四郎は大きな大きな big; loud (voice)声声 voiceで、
「いえ、たくさんです」と断った。しかし女は出ていかない。かえってはいって来た。そうして帯帯 belt; sashを解きだした解きだした began to loosen。三四郎といっしょに湯湯 hot waterを使う使う use気気 intentionとみえる。べつに恥かしい恥かしい shy; embarrassed様子も見えない。三四郎はたちまち湯槽湯槽 tubを飛び出した飛び出した jumped out of。そこそこにからだをふいて座敷座敷 roomへ帰って帰って returned (to)、座蒲団座蒲団 cushionの上上 top ofにすわって、少なからず少なからず to no small degree驚いて驚いて be surprised; be mortifiedいると、下女が宿帳宿帳 inn registerを持って来た。
三四郎三四郎 Sanshirō (name)は宿帳宿帳 inn registerを取り上げて取り上げて picked up、福岡県福岡県 Fukuoka Prefecture京都郡京都郡 Miyako District真崎村真崎村 Masaki Village小川小川 Ogawa (family name)三四郎二十三年二十三年 twenty three years (Sanshirō is twenty two by Western age accounting)学生学生 studentと正直に正直に honestly; truthfully書いた書いた wrote; recordedが、女女 woman; young ladyのところへいってまったく困って困って be at a lossしまった。湯湯 bath (lit: hot water)から出る出る come out (from)まで待って待って waitいればよかったと思った思った thoughtが、しかたがない。下女下女 maidがちゃんと控えて控えて be in waitingいる。やむをえず同県同県 same prefecture同郡同郡 same district同村同村 same village同姓同姓 same family name花花 Hana (name)二十三年とでたらめでたらめ nonsenseを書いて渡した渡した handed over; handed back。そうしてしきりに団扇団扇 (round) fanを使って使って useいた。
やがて女は帰って来た帰って来た returned; came back。「どうも、失礼いたしました失礼いたしました I beg your pardon」と言って言って saidいる。三四郎は「いいや」と答えた答えた answered; responded。
三四郎は鞄鞄 bagの中中 insideから帳面帳面 notebookを取り出して取り出して took out日記日記 diary; journalをつけだした。書く事事 things; mattersも何も何も (not) anythingない。女がいなければ書く事がたくさんあるように思われた思われた it seemed that ...。すると女は「ちょいと出てまいります」と言って部屋部屋 roomを出ていった。三四郎はますます日記が書けなくなった。どこへ行った行った went (to)んだろうと考え出した考え出した began to wonder。
そこへ下女が床をのべに来る床をのべに来る came to prepare the bedding。広い広い wide蒲団蒲団 futon; beddingを一枚一枚 one pieceしか持って来ないしか持って来ない only brought ...から、床は二つ二つ two (things)敷かなくてはいけない敷かなくてはいけない need to spread (futon; bedding)と言うと、部屋が狭い狭い small; confinedとか、蚊帳蚊帳 mosquito nettingが狭いとか言ってらちがあかないらちがあかない went nowhere; made little progress。めんどうがるようにもみえる。しまいにはただいま番頭番頭 desk clerkがちょっと出ましたから、帰ったら聞いて聞いて ask (about)持ってまいりましょうと言って、頑固に頑固に stubbornly; obstinately一枚の蒲団を蚊帳いっぱいに敷いて出て行った。
それから、しばらくすると女女 woman; young ladyが帰って来た帰って来た came back; returned。どうもおそくなりましてと言う言う said; remarked。蚊帳蚊帳 mosquito nettingの影影 shadowで何か何か somethingしているうちに、がらんがらんという音音 sound; noiseがした。子供子供 childrenにみやげの玩具玩具 toysが鳴った鳴った clanged; rattledに違いないに違いない no doubt。女はやがて風呂敷包み風呂敷包み cloth-wrapped bundleをもとのとおりに結んだ結んだ tied up; tied togetherとみえる。蚊帳の向こう向こう other side; far sideで「お先へお先へ goodnight」と言う声声 voiceがした。三四郎三四郎 Sanshirō (name)はただ「はあ」と答えた答えた answered; respondedままで、敷居敷居 doorsillに尻を乗せて尻を乗せて sat on、団扇団扇 (round) fanを使って使って useいた。いっそこのままで夜を明かして夜を明かして pass the night; sit up all nightしまおうかとも思った思った considered; thought about (doing)。けれども蚊蚊 mosquitosがぶんぶん来る来る come; arrive。外外 outside; in the openではとてもしのぎきれない。三四郎はついと立って立って arose; stood up、鞄鞄 bagの中中 insideから、キャラコのシャツとズボン下ズボン下 underpantsを出して出して took out、それを素肌素肌 bare skinへ着けて着けて put on、その上上 over; on top ofから紺紺 navy blueの兵児帯兵児帯 wide sashを締めた締めた fastened。それから西洋西洋 Western-style手拭手拭 towelを二筋二筋 two (strips)持った持った held; carriedまま蚊帳の中へはいった。女は蒲団蒲団 futon; beddingの向こうのすみでまだ団扇を動かして動かして wave; move (hand fan)いる。
「失礼です失礼です excuse meが、私私 Iは癇症癇症 particular (about cleanliness)でひとの蒲団に寝る寝る sleepのがいやだから……少し少し a bit; a little蚤よけ蚤よけ flea barrierの工夫工夫 means; contrivanceをやるから御免なさい御免なさい please don't take offense」
三四郎はこんなことを言って、あらかじめ、敷いてある敷いてある had been spread out敷布敷布 sheet; coverの余って余って extra; protrudingいる端端 edge (usually 端)を女の寝ている方方 directionへ向けてぐるぐる巻きだした巻きだした began to roll。そうして蒲団のまん中まん中 center; middleに白い白い white長い長い long仕切り仕切り partition; dividerをこしらえたこしらえた made; built。女は向こうへ寝返りを打った寝返りを打った rolled onto one's side while sleeping。三四郎は西洋手拭を広げて広げて spread out、これを自分の自分の one's own領分領分 territoryに二枚続きに続きに contiguously長く長く lengthwise敷いて、その上に細長く細長く narrowly; slenderly寝た。その晩晩 nightは三四郎の手手 handsも足足 feetもこの幅幅 widthの狭い狭い narrow西洋手拭の外には一寸一寸 1 sun (3 cm; 1 inch)も出なかった出なかった didn't stray from。女は一言一言 one wordも口をきかなかった口をきかなかった didn't speak。女も壁壁 wallを向いたままじっとして動かなかった。
夜夜 nightはようようようよう finally; at long last明けた明けた broke (night); opened (into morning)。顔顔 faceを洗って洗って wash膳膳 (breakfast) trayに向かった向かった faced時時 time; occasion、女女 the womanはにこりと笑って笑って smiled; grinned、「ゆうべは蚤蚤 fleasは出ませんでした出ませんでした didn't come outか」と聞いた聞いた asked。三四郎三四郎 Sanshirō (name)は「ええ、ありがとう、おかげさまで」というようなことをまじめに答えながら答えながら while answering、下下 down; belowを向いて、お猪口お猪口 small cupの葡萄豆葡萄豆 sweet beansをしきりに突っつきだした突っつきだした poked at。
勘定をして勘定をして settle one's bill; settle one's account宿宿 innを出て、停車場停車場 stationへ着いた着いた arrived (at)時、女ははじめて関西線関西線 Kansai Lineで四日市四日市 Yokkaichi (place name)の方方 directionへ行く行く go (toward)のだということを三四郎に話した話した told; disclosed。三四郎の汽車汽車 (steam) trainはまもなく来た来た arrived。時間時間 time; scheduleのつごうで女は少し少し a bit待ち合わせる待ち合わせる wait forこととなった。改札場改札場 ticket gateのきわまで送って来た送って来た came to see (someone) off女は、
「いろいろごやっかいになりまして、……ではごきげんよう」と丁寧に丁寧に politely; respectfullyお辞儀お辞儀 salutationをした。三四郎は鞄鞄 bagと傘傘 umbrellaを片手片手 one handに持った持った held; carriedまま、あいた手手 handで例の例の the aforementioned古帽子古帽子 old hatを取って取って take off; remove、ただ一言一言 one word; a single word、
「あなたはよっぽど度胸のない度胸のない timid; faintheartedかたですね」と言って、にやりと笑った。三四郎はプラットフォームの上上 on (to)へはじき出されたはじき出された cast out; rejectedような心持ち心持ち feelingがした。車車 (train) carの中中 insideへはいったら両方両方 both sidesの耳耳 earsがいっそうほてりだしたほてりだした began to feel hot; became flushed。しばらくはじっと小さくなっていた小さくなっていた became small; made oneself inconspicuous。やがて車掌車掌 conductorの鳴らす鳴らす blow; ring口笛口笛 whistleが長い長い long列車列車 trainの果果 endから果まで響き渡った響き渡った echoed across。列車は動きだす動きだす began moving。三四郎はそっと窓窓 windowから首を出した首を出した looked out (from)。女はとくの昔とくの昔 a good while agoにどこかへ行って行って wentしまった。大きな大きな large時計時計 clockばかりが目についた目についた came into view; caught one's eye。三四郎はまたそっと自分の自分の one's own席席 seatに帰った帰った returned (to)。乗合い乗合い fellow passengersはだいぶいる。けれども三四郎の挙動挙動 behavior; doingsに注意する注意する notice; pay attention (to)ような者者 personは一人一人 one (person)もない。ただ筋向こう筋向こう diagonally oppositeにすわった男男 manが、自分の席に帰る三四郎をちょっと見た見た looked at。
三四郎三四郎 Sanshirō (name)はこの男男 manに見られた見られた was seen; was observed時時 time; moment、なんとなくきまりが悪かったきまりが悪かった felt awkward; felt self-conscious。本本 bookでも読んで読んで read気をまぎらかそう気をまぎらかそう distract oneself; take one's mind off somethingと思って思って thought (to do)、鞄鞄 bagをあけてみると、昨夜昨夜 the previous nightの西洋西洋 Western-style手拭手拭 towelが、上上 topのところにぎっしり詰まって詰まって be stuffed; be packedいる。そいつをそばへかき寄せてかき寄せて gather (to one side)、底底 bottomのほうから、手にさわった手にさわった met one's touch; could be feltやつをなんでもかまわず引き出す引き出す pull outと、読んでもわからないベーコンの論文集論文集 collection of essaysが出た出た appeared; surfaced。ベーコンには気の毒気の毒 feel sorry forなくらい薄っぺらな薄っぺらな flimsy粗末な粗末な crude; shoddy仮綴仮綴 (paperback) bindingである。元来元来 from the start; to begin with汽車汽車 (steam) trainの中中 inside; onboard (train)で読む了見了見 thought; intentionもないものを、大きな大きな large行李行李 baggage; trunkに入れそくなった入れそくなった neglected to packから、片づける片づける clean up; make a final checkついでに提鞄提鞄 hand luggageの底へ、ほかの二二 two、三冊三冊 three volumes (books)といっしょにほうり込んでほうり込んで threw inおいたのが、運悪く運悪く unluckily当選した当選した selected; choseのである。三四郎はベーコンの二十三ページ二十三ページ page 23を開いた開いた opened (to)。他の他の other本でも読めそうにはない。ましてベーコンなどはむろん読む気気 intention; inclinationにならない。けれども三四郎はうやうやしく二十三ページを開いて、万遍なく万遍なく thoroughlyページ全体全体 entiretyを見回して見回して look over; surveyいた。三四郎は二十三ページの前前 (in) front ofで一応一応 once; for what it's worth昨夜のおさらいをするおさらいをする review; play over in one's mind気である。
元来あの女女 woman; young ladyはなんだろう。あんな女が世の中世の中 the world; societyにいるものだろうか。女というものは、ああおちついて平気平気 coolness; composureでいられるものだろうか。無教育な無教育な uneducated; ignorantのだろうか、大胆な大胆な bold; daringのだろうか。それとも無邪気な無邪気な innocent; simple-mindedのだろうか。要するに要するに in short; in the endいけるところまでいってみなかったから、見当がつかない見当がつかない have no idea。思いきって思いきって resolutely; decisivelyもう少し少し a little; a bitいってみるとよかった。けれども恐ろしい恐ろしい frightening。別れぎわに別れぎわに at the point of partingあなたは度胸のない度胸のない timid; faintheartedかただと言われた言われた was told時には、びっくりした。二十三年二十三年 twenty three years (aged twenty two by Western accounting)の弱点弱点 weakness; shortcomingが一度に一度に at one time露見した露見した be exposed; be laid bareような心持ち心持ち feelingであった。親親 parentでもああうまく言いあてるうまく言いあてる guess correctly; hit the markものではない。――
三四郎はここまで来て来て came (to); arrived (at)、さらにしょげてしまったしょげてしまった became utterly dispirited。どこの馬の骨だかわからない者どこの馬の骨だかわからない者 a person from who knows whereに、頭の上がらない頭の上がらない can't lift one's head; be thoroughly humbledくらいどやされたどやされた took a drubbingような気気 feelingがした。ベーコンの二十三ページに対してに対して concerningも、はなはだ申し訳がない申し訳がない act unforgivablyくらいに感じた感じた felt。
どうも、ああ狼狽しちゃ狼狽しちゃ be embarrassed; be flusteredだめだ。学問学問 learning; scholarshipも大学生大学生 university studentもあったものじゃない。はなはだ人格人格 character; personalityに関係して関係して concern; be related toくる。もう少しはしようがあったろう。けれども相手相手 the other partyがいつでもああ出る出る come at (one); appearとすると、教育教育 educationを受けた受けた received自分自分 oneselfには、あれよりほかに受けようがないとも思われる。するとむやみに女に近づいて近づいて approach; go nearはならないというわけになる。なんだか意気地がない意気地がない have no backbone; lack nerve。非常に非常に terribly窮屈窮屈 rigid; constrainedだ。まるで不具不具 deformity; handicapにでも生まれた生まれた was born (as)ようなものである。けれども……
三四郎三四郎 Sanshirō (name)は急に急に suddenly気をかえて気をかえて change one's thoughts、別の別の different; separate世界世界 worldのことを思い出した思い出した remembered。――これから東京東京 Tōkyōに行く行く go (to)。大学大学 universityにはいる。有名な有名な famous; renowned学者学者 scholarsに接触する接触する come into contact (with)。趣味趣味 interest; taste品性品性 characterの備わった備わった possess; be endowed with学生学生 studentsと交際する交際する interact (with); socialize (with)。図書館図書館 libraryで研究研究 researchをする。著作著作 original writingをやる。世間世間 the world; societyで喝采する喝采する applaud; acclaim。母母 motherがうれしがる。というような未来未来 futureをだらしなくだらしなく indulgently考えて考えて thought about; considered、大いに大いに greatly元気元気 spirits; vitalityを回復して回復して recoverみると、べつに二十三ページ二十三ページ page 23のなかに顔顔 faceを埋めて埋めて buryいる必要必要 need; necessityがなくなった。そこでひょいと頭を上げた上げた raised。すると筋向こう筋向こう diagonally oppositeにいたさっきの男男 manがまた三四郎の方方 directionを見て見て lookいた。今度今度 this timeは三四郎のほうでもこの男を見返した見返した looked back (at)。
髭髭 mustacheを濃く濃く thicklyはやしている。面長の面長の oval-facedやせぎすのやせぎすの thin; slender、どことなく神主神主 Shinto priestじみた男であった。ただ鼻筋鼻筋 bridge of the noseがまっすぐに通って通って go along; pass throughいるところだけが西洋西洋 Westernらしい。学校教育学校教育 formal education; schoolingを受けつつある受けつつある in the process of receiving三四郎は、こんな男を見るときっと教師教師 teacher; instructorにしてしまう。男は白地白地 white ground; white base (color)の絣絣 kimono with splashed patternsの下下 under; beneathに、鄭重に鄭重に respectfully; gallantly白い襦袢襦袢 undergarmentを重ねて重ねて layer; stack、紺足袋紺足袋 navy blue socksをはいていた。この服装服装 attire; dressからおして、三四郎は先方先方 the other partyを中学校中学校 middle schoolの教師と鑑定した鑑定した judged; assessed。大きな未来を控えて控えて have (in front of one)いる自分からみると、なんだかくだらなくくだらなく trifling; insignificant感ぜられる感ぜられる felt; regarded (as)。男はもう四十四十 fortyだろう。これよりさきもう発展発展 development; growthしそうにもない。
男はしきりに煙草煙草 tobacco; cigaretteをふかしている。長い長い long煙煙 smoke (trails)を鼻の穴鼻の穴 nostrilから吹き出して吹き出して blow out; expel、腕組腕組 crossing one's armsをしたところはたいへん悠長悠長 relaxed; at easeにみえる。そうかと思うとむやみに便所便所 toiletか何か何か somethingに立つ立つ get up (for)。立つ時時 time; occasionにうんと伸び伸び stretchをすることがある。さも退屈そう退屈そう bored; idleである。隣隣 next toに乗り合わせた人乗り合わせた人 fellow travelerが、新聞新聞 newspaperの読みがら読みがら read and discarded (newspaper)をそばに置く置く set; placeのに借りて借りて borrowみる気気 inclinationも出さない出さない not show。三四郎はおのずからおのずから as a matter of course妙妙 curiousになって、ベーコンの論文集論文集 collection of essaysを伏せて伏せて turn over; lay face downしまった。ほかの小説小説 novelでも出して出して take out、本気に本気に seriously; earnestly読んでみようとも考えたが、面倒面倒 trouble; botherだからやめにした。それよりは前前 in front (of)にいる人の新聞を借りたくなった。あいにく前の人はぐうぐう寝て寝て sleep; dozeいる。三四郎は手手 handを延ばして延ばして stretch out; reach out新聞に手をかけながら、わざと「おあきですか」と髭のある男に聞いた聞いた asked。男は平気な平気な indifferent; casual顔顔 face; expressionで「あいてるでしょう。お読みなさい」と言った言った said。新聞を手に取った取った took三四郎のほうはかえって平気でなかった。
「東京東京 Tōkyōの?」と聞き返した聞き返した asked in return時時 time; moment、はじめて、
「いえ、熊本熊本 Kumamoto (city in Kyūshū)です。……しかし……」と言った言った saidなり黙って黙って be silent; keep quietしまった。大学生大学生 university studentだと言いたかったけれども、言うほどの必要必要 necessityがないからと思って思って consider遠慮した遠慮した refrained; held back。相手相手 the other partyも「はあ、そう」と言ったなり煙草煙草 tobacco; cigaretteを吹かして吹かして puff; smoke (tobacco)いる。なぜ熊本の生徒が今ごろ今ごろ at this time東京へ行く行く go (to)んだともなんとも聞いてくれない。熊本の生徒には興味興味 interestがないらしい。この時三四郎の前前 front ofに寝て寝て sleep; dozeいた男が「うん、なるほど」と言った。それでいてたしかに寝ている。ひとりごとでもなんでもない。髭髭 mustacheのある人人 person; manは三四郎を見てにやにやと笑った笑った smiled; grinned。三四郎はそれを機会機会 opportunity; chance (= 機会)に、
「あなたはどちらへ」と聞いた。
「東京」とゆっくり言ったぎりである。なんだか中学校中学校 middle schoolの先生先生 teacherらしくなくなってきた。けれども三等三等 third classへ乗って乗って ride; travelいるくらいだからたいしたものでないことは明らか明らか clear; evidentである。三四郎はそれで談話談話 talk; conversationを切り上げた切り上げた stopped; cut short。髭のある男は腕組腕組 folding one's armsをしたまま、時々時々 occasionally下駄下駄 (wooden) clogの前歯前歯 front prop; front supportで、拍子を取って拍子を取って keep time (with)、床床 floorを鳴らしたり鳴らしたり beat (drum); tap out (a sound)している。よほど退屈退屈 boredomにみえる。しかしこの男の退屈は話したがらない話したがらない not want to talk退屈である。
その男の説説 explanationによると、桃桃 peachは果物果物 fruitのうちでいちばん仙人めいている仙人めいている having the air of an ascetic。なんだか馬鹿みたような馬鹿みたような unexpected; indescribable味味 flavorがする。第一第一 first of all核子核子 seed; pitの恰好恰好 shape; formが無器用無器用 awkward; ungainlyだ。かつ穴穴 holesだらけでたいへんおもしろくできあがっていると言う。三四郎ははじめて聞く説だが、ずいぶんつまらないことを言う人だと思った。
次次 nextにその男がこんなことを言いだした。子規子規 Shiki (haiku poet Masaoka Shiki; contemporary of Sōseki)は果物がたいへん好きだった。かついくらでも食える食える is capable of eating男だった。ある時大きな大きな large樽柿樽柿 persimmons sweetened in a saké caskを十六十六 sixteen食ったことがある。それでなんともなかった。自分自分 oneselfなどはとても子規のまねはできない。――三四郎は笑って笑って laughing; smiling聞いていた。けれども子規の話話 talk; story (of)だけには興味興味 interestがあるような気気 feelingがした。もう少し少し a little子規のことでも話そうかと思っていると、
「どうも好きなものにはしぜんと手手 handが出る出る reach out (for); extendものでね。しかたがない。豚豚 pig; hogなどは手が出ない代りに代りに instead of鼻鼻 nose; snoutが出る。豚をね、縛って縛って tie; bind動けない動けない can't moveようにしておいて、その鼻の先先 tipへ、ごちそうを並べて並べて lay out; line up置くと、動けないものだから、鼻の先がだんだん延びて延びて extend (itself)くるそうだ。ごちそうに届く届く reach; arrive (at)までは延びるそうです。どうも一念一念 an ardent wish; wholehearted desireほど恐ろしい恐ろしい frightfulものはない」と言って、にやにや笑っている。まじめだか冗談冗談 joke; jestだか、判然と判然と clearly区別区別 distinctionしにくいような話し方話し方 manner of speakingである。
「まあお互にお互に mutually; both (of us)豚豚 pigs; hogsでなくってしあわせだ。そうほしいものの方方 directionへむやみに鼻鼻 noseが延びて延びて extend (itself); growいったら、今ごろ今ごろ by nowは汽車汽車 (steam) trainにも乗れない乗れない can't boardくらい長くなって長くなって become long困る困る be troubledに違いないに違いない no doubt ...」
三四郎三四郎 Sanshirō (name)は吹き出した吹き出した laughed out loud。けれども相手相手 companion; other partyは存外存外 unexpectedly静か静か quietである。
「じっさいあぶない。レオナルド・ダ・ヴィンチという人人 personは桃桃 peachの幹幹 trunk (tree)に砒石砒石 arsenicを注射して注射して injectedね、その実実 fruitへも毒毒 poisonが回る回る go around; circulateものだろうか、どうだろうかという試験試験 test; experimentをしたことがある。ところがその桃を食って食って eat死んだ死んだ died人がある。あぶない。気をつけないと気をつけないと if one isn't carefulあぶない」と言いながら言いながら while saying、さんざん食い散らした食い散らした made a mess through eating水蜜桃水蜜桃 peachの核子核子 seed; pitやら皮皮 peel; skinやらを、ひとまとめに新聞新聞 newspaperにくるんでくるんで wrap up (in)、窓窓 windowの外外 outsideへなげ出したなげ出した threw; tossed。
今度今度 this timeは三四郎も笑う笑う laugh気気 inclinationが起こらなかった起こらなかった didn't occur。レオナルド・ダ・ヴィンチという名名 nameを聞いて聞いて heard少しく少しく a little; somewhat辟易した辟易した winced; was dauntedうえに、なんだかゆうべの女女 woman; young ladyのことを考え出して考え出して recalled; remembered、妙に妙に oddly; strangely不愉快不愉快 uncomfortable; cheerlessになったから、謹んで謹んで humbly黙ってしまった黙ってしまった fell silent。けれども相手はそんなことにいっこう気がつかないらしい。やがて、
「東京東京 Tōkyōはどこへ」と聞きだした。
「じつははじめてで様子様子 situation; circumstancesがよくわからんのですが……さしあたりさしあたり for the time being国国 one's native placeの寄宿舎寄宿舎 dormitoryへでも行こう行こう go (to)かと思っています思っています thinking (of doing)」と言う。
三四郎はいささか物足りなかった物足りなかった was unsatisfied。その代りその代り in return; in exchange、
「ええ」という二字二字 two charactersで挨拶挨拶 civilitiesを片づけた片づけた dispensed with。
「科科 department; collegeは?」とまた聞かれる。
「一部一部 first divisionです」
「法科法科 college of lawですか」
「いいえ文科文科 college of liberal artsです」
「はあ、そりゃ」とまた言った。三四郎はこのはあ、そりゃを聞くたびに妙になる。向こう向こう the other partyが大いに大いに considerably偉い偉い remarkable; illustriousか、大いに人を踏み倒して踏み倒して trample downいるか、そうでなければ大学にまったく縁故縁故 affinity; relationshipも同情同情 sympathetic feelingsもない男男 manに違いないに違いない no doubt ...。しかしそのうちのどっちだか見当がつかない見当がつかない have no ideaので、この男に対するに対する with respect to態度態度 attitude; postureもきわめて不明瞭不明瞭 unclear; indeterminateであった。
浜松浜松 Hamamatsu (place name)で二人とも二人とも the two of them申し合わせた申し合わせた agreed in advanceように弁当弁当 boxed lunch; packaged mealを食った食った ate。食ってしまっても汽車汽車 (steam) trainは容易に容易に easily出ない出ない didn't depart。窓窓 windowから見る見る look (out from)と、西洋人西洋人 Westernerが四四 four、五人五人 five (people)列車列車 trainの前前 front of を行ったり来たりして行ったり来たりして coming and going; passing byいる。そのうちの一組一組 one pair; one coupleは夫婦夫婦 husband and wifeとみえて、暑い暑い hot (weather)のに手を組み合わせて手を組み合わせて holding handsいる。女女 womanは上下とも上下とも both top and bottomまっ白なまっ白な pure white着物着物 dress; clothingで、たいへん美しい美しい beautiful; lovely。三四郎三四郎 Sanshirō (name)は生まれてから生まれてから in one's life (lit: since being born)今日今日 today; the presentに至る至る reach; arrive atまで西洋人というものを五、六人六人 six (people)しか見たことがない。そのうちの二人は熊本熊本 Kumamoto (city in Kyūshū)の高等学校高等学校 high school (equivalent to modern-day college)の教師教師 teachers; instructorsで、その二人のうちの一人一人 one (person)は運悪く運悪く unfortunately; sadlyせむしせむし hunchbacked; ricketyであった。女では宣教師宣教師 missionaryを一人知っている知っている know; be acquainted with。ずいぶんとんがった顔顔 faceで、鱚鱚 (kind of fish; sillago japonica)または魳魳 barracudaに類していた類していた was akin to; resembled。だから、こういう派手な派手な gorgeousきれいな西洋人は珍しい珍しい unusualばかりではない。すこぶる上等上等 high class; superiorに見える。三四郎は一生懸命に一生懸命に as much as one canみとれていた。これではいばるいばる swagger; hold one's head highのももっともだと思った思った thought。自分自分 oneselfが西洋へ行って、こんな人人 peopleのなかにはいったらさだめしさだめし surely; no doubt肩身の狭い肩身の狭い feel smallことだろうとまで考えた考えた thought; considered。窓の前を通る時時 time; moment二人の話話 conversationを熱心に熱心に keenly; earnestly聞いて聞いて listenみたがちっともわからない。熊本の教師とはまるで発音発音 pronunciationが違う違う differようだった。
ところへ例の例の the aforementioned男男 manが首首 head (lit: neck)を後後 behind; in back ofから出して出して stick out、
「まだ出そうもないのですかね」と言いながら言いながら saying、今今 (just) now行き過ぎた行き過ぎた went by; passed by西洋の夫婦をちょいと見て、
「ああ美しい」と小声小声 whisper; murmurに言って、すぐに生欠伸生欠伸 slight yawnをした。三四郎は自分がいかにもいなか者いなか者 bumpkin; provincial (person)らしいのに気がついて気がついて noticed; realized、さっそく首を引き込めて引き込めて pulled in; drew in、着座した着座した took (his) seat。男もつづいて席席 seatに返った返った returned (to)。そうして、
「お互いお互い we; usは哀れ哀れ wretched; a sorry lotだなあ」と言い出した。「こんな顔をして、こんなに弱って弱って be weak; be feebleいては、いくら日露戦争日露戦争 Russo-Japanese War (1904-1905)に勝って勝って prevail; win、一等国一等国 first-class power; world powerになってもだめですね。もっとも建物建物 buildings; architectureを見ても、庭園庭園 garden; parkを見ても、いずれも顔相応相応 suited for; befittingのところだが、――あなたは東京東京 Tōkyōがはじめてなら、まだ富士山富士山 Mt Fujiを見たことがないでしょう。今に見えるから御覧なさい御覧なさい take a look。あれが日本一日本一 foremost in Japanの名物名物 feature; attractionだ。あれよりほかに自慢する自慢する be proud ofものは何もない何もない there is nothing。ところがその富士山は天然自然天然自然 nature; natural worldに昔昔 long agoからあったものなんだからしかたがない。我々我々 weがこしらえたものじゃない」と言ってまたにやにや笑っている。三四郎は日露戦争以後以後 after; followingこんな人間人間 personに出会う出会う meet; encounterとは思いもよらなかった。どうも日本人日本人 Japanese (person)じゃないような気気 feelingがする。
「滅びる滅びる go to ruin; meet with destructionね」と言った言った said; remarked。――熊本熊本 Kumamoto (city in Kyūshū)でこんなことを口に出せば口に出せば say; utter、すぐなぐられる。悪くすると悪くすると in the worst case国賊国賊 traitor (to one's country)取り扱い取り扱い handling; treatmentにされる。三四郎三四郎 Sanshirō (name)は頭の中頭の中 in one's headのどこのすみにもこういう思想思想 idea; conceptを入れる入れる put into; harbor余裕余裕 allowance; marginはないような空気空気 atmosphereのうちで生長した生長した grew up (in)。だからことによると自分自分 oneselfの年年 years; ageの若い若い youngのに乗じて乗じて taking advantage of、ひとを愚弄する愚弄する make sport of; ridiculeのではなかろうかとも考えた考えた considered。男は例のごとく例のごとく as usual; characteristically、にやにや笑ってにやにや笑って grinいる。そのくせ言葉つき言葉つき manner of speakingはどこまでもおちついている。どうも見当がつかない見当がつかない not know what to make ofから、相手相手 companion; comradeになるのをやめて黙ってしまった黙ってしまった remained silent。すると男が、こう言った。
「日本より頭の中のほうが広いでしょう」と言った。「とらわれちゃとらわれちゃ be taken; be shackled byだめだ。いくら日本のためを思った思った think of; take into considerationって贔屓贔屓 favoritism; partialityの引き倒し引き倒し downfall; destructionになるばかりだ」
この言葉を聞いた聞いた heard時時 time; moment、三四郎は真実に真実に truly; in fact熊本を出た出た left (behind); departed (from)ような心持ち心持ち feelingがした。同時に同時に at the same time熊本にいた時の自分は非常に非常に exceedingly卑怯卑怯 docile; servileであったと悟った悟った became aware of; became conscious of。
その晩晩 evening三四郎は東京に着いた着いた arrived。髭髭 mustacheの男は別れる別れる part ways時まで名前名前 nameを明かさなかった明かさなかった didn't mention; didn't reveal。三四郎は東京へ着きさえすれば、このくらいの男は到るところ到るところ all over; wherever one goesにいるものと信じて信じて believed、べつに姓名姓名 nameを尋ねよう尋ねよう ask; inquireともしなかった。