「私私 I; meはそのまま二、三日二、三日 two or three days過ごしました過ごしました passed; spent (time)。その二、三日の間間 interval; spanKに対するに対する with respect to; regarding絶えざる絶えざる constant; without respite不安不安 uneasiness; anxiousnessが私の胸胸 breast; bosomを重くしていた重くしていた made heavy; weighed downのはいうまでもありません。私はただでさえ何とか何とか somehow; in some wayしなければ、彼彼 he; himに済まない済まない be unacceptable; be unpardonable (to)と思った思った thought; consideredのです。その上その上 on top of that; furthermore奥さん奥さん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)の調子調子 mood; mannerや、お嬢さんお嬢さん daughter; young ladyの態度態度 attitude; behaviorが、始終始終 continually; incessantly私を突ッつく突ッつく poke at; nudgeように刺戟する刺戟する provoke; prod; encourageのですから、私はなお辛かった辛かった uncomfortable; difficultのです。どこか男らしい男らしい manly; masculine気性気性 disposition; temperamentを具えた具えた possessed; was endowed with奥さんは、いつ私の事事 matter; affairを食卓食卓 dining tableでKに素ぱ抜かないとも限りません素ぱ抜かないとも限りません could not be counted on not to reveal; could very well disclose。それ以来以来 sinceことに目立つ目立つ stand out; be conspicuousように思えた私に対するお嬢さんの挙止動作挙止動作 bearing and behaviorも、Kの心心 heart; mindを曇らす曇らす encloud; darken不審不審 doubt; suspicionの種種 seedとならないとは断言できませんならないとは断言できません cannot rule out。私は何とかして、私とこの家族家族 familyとの間に成り立った成り立った took shape; formed新しい新しい new関係関係 relationshipを、Kに知らせなければならない知らせなければならない have to notify; have to inform位置位置 situation; positionに立ちました。しかし倫理的に倫理的に ethically; morally弱点弱点 weakness; flaw; shortcomingをもっていると、自分自分 oneselfで自分を認めて認めて recognize; acknowledgeいる私には、それがまた至難至難 utmost difficulty; next to impossibleの事のように感ぜられた感ぜられた felt; perceived (as)のです。
私は仕方がない仕方がない have no other recourse; see no alternativeから、奥さんに頼んで頼んで ask; requestKに改めて改めて at another time; on a fresh occasionそういってもらおうかと考えました考えました considered; contemplated。無論無論 of course私のいない時時 time; occasionにです。しかしありのままありのまま as is; in plain truthを告げられて告げられて have told; have disclosedは、直接直接 directと間接間接 indirectの区別区別 distinctionがあるだけで、面目のない面目のない without honor; shamefulのに変り変り change; alteration; differenceはありません。といって、拵え事拵え事 concocted story; fabricationを話して話して tell; relate; conveyもらおうとすれば、奥さんからその理由理由 reason; rationaleを詰問される詰問される be pressed for answersに極っていますに極っています is a given that ...。もし奥さんにすべての事情事情 circumstances; state of affairsを打ち明けて打ち明けて reveal; disclose頼むとすれば、私は好んで好んで willfully; deliberately自分の弱点を自分の愛人愛人 loved one; beloved; dearestとその母親母親 motherの前前 front ofに曝け出さなければなりません曝け出さなければなりません have to expose; be compelled to air。真面目な真面目な serious; earnest私には、それが私の未来未来 future; days to comeの信用信用 credibilityに関する関する affect; concernとしか思われなかったのです。結婚する結婚する marry; wed前から恋人恋人 cherished oneの信用を失う失う lose; forfeitのは、たとい一分厘一分厘 a bit; one iotaでも、私には堪え切れない堪え切れない intolerable; unacceptable不幸不幸 misfortune; disasterのように見えました見えました appeared; seemed。
要するに要するに in short私は正直な正直な honest; upright路路 path; wayを歩く歩く walkつもりで、つい足を滑らした足を滑らした lost one's footing; slipped馬鹿もの馬鹿もの fool; wretchでした。もしくは狡猾な狡猾な cunning; dodgy; deceptive男でした。そうしてそこに気のついて気のついて be aware; realizeいるものは、今今 now; the presentのところただ天天 heavenと私の心だけだったのです。しかし立ち直って立ち直って regain one's footing; recover、もう一歩もう一歩 one more step; one step further前へ踏み出そうとする踏み出そうとする move forward; advanceには、今滑った事をぜひとも周囲の周囲の nearby; close人人 peopleに知られなければならない窮境窮境 tight spot; predicamentに陥った陥った fallen (into)のです。私はあくまで滑った事を隠したがりました隠したがりました wished to hide; sought to conceal。同時に同時に at the same time、どうしても前へ出ずには前へ出ずには without moving forwardいられなかったのです。私はこの間に挟まって挟まって be stuck in; be caught inまた立ち竦みました立ち竦みました was unable to move; was paralyzed。
五、六日五、六日 five or six days経った経った passed; elapsed後後 after、奥さん奥さん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)は突然突然 suddenly; abruptly私私 I; meに向って向って turn toward、Kにあの事事 matter; affairを話した話した told; talked ofかと聞く聞く ask; inquireのです。私はまだ話さないと答えました答えました answered; responded。するとなぜ話さないのかと、奥さんが私を詰る詰る scold; rebukeのです。私はこの問い問い queryの前前 front of; face ofに固くなりました固くなりました became rigid; stiffened。その時時 time; moment奥さんが私を驚かした驚かした surprised; shocked言葉言葉 wordsを、私は今今 now; the presentでも忘れずに忘れずに without forgetting覚えています覚えています remember。
「道理で道理で no wonder妾妾 I; me (feminine; archaic character usage)が話したら変な変な odd; strange顔顔 face; (facial) expressionをしていましたよ。あなたもよくないじゃありませんか。平生平生 ordinarily; all the timeあんなに親しくしている親しくしている be close (to someone)間柄間柄 relation; termsだのに、黙って黙って in silence知らん知らん not knowing; not letting on顔をしているのは」
私はKがその時何か何か somethingいいはしなかったかと奥さんに聞きました。奥さんは別段別段 in particular何にも何にも (no)thingいわないと答えました。しかし私は進んで進んで advance; press; pursueもっと細かい細かい fine; detailed事を尋ねずに尋ねずに without inquiringはいられませんでした。奥さんは固より固より of course何も隠す訳訳 reason; rationaleがありません。大した大した important; significant話もないがといいながら、一々一々 in detail; without omissionKの様子様子 state of affairs; mannerを語って聞かせてくれました語って聞かせてくれました conveyed (to me)。
奥さんのいうところを綜合して綜合して piece together; synthesize考えて考えて considerみると、Kはこの最後の最後の final打撃打撃 blow; strikeを、最も最も extremely; entirely落ち付いた落ち付いた calm; steady; composed驚きをもって迎えた迎えた greeted; embracedらしいのです。Kはお嬢さんお嬢さん daughter; young ladyと私との間にの間に between ...結ばれた結ばれた was tied; was concluded新しい新しい new関係関係 relationship; connectionについて、最初最初 at firstはそうですかとただ一口一口 one word; single expressionいっただけだったそうです。しかし奥さんが、「あなたも喜んで喜んで be happy; be glad下さい下さい please ...」と述べた述べた state; express時、彼彼 he; himははじめて奥さんの顔を見て見て look at微笑微笑 smileを洩らしながら洩らしながら let loose; allow、「おめでとうございます」といったまま席を立った席を立った got up; rose (to leave)そうです。そうして茶の間茶の間 tea room; hearth roomの障子障子 shōjiを開ける開ける open前に、また奥さんを振り返って振り返って turn back toward、「結婚結婚 marriage; weddingはいつですか」と聞いたそうです。それから「何かお祝いお祝い congratulatory giftを上げたい上げたい want to giveが、私は金金 moneyがないから上げる事ができません」といったそうです。奥さんの前に坐っていた坐っていた was seated私は、その話を聞いて胸胸 breast; bosomが塞る塞る be choked; be constrictedような苦しさ苦しさ pain; anguishを覚えました覚えました experienced; felt。
「勘定して勘定して count; figure; reckon見る見る try (and see)と奥さん奥さん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)がKに話話 talk; conversationをしてからもう二日二日 two days余り余り more thanになります。その間間 interval (of time)Kは私私 I; meに対してに対して with respect to; regarding少しも少しも (not) in the least以前以前 before; priorと異なった異なった different; altered様子様子 look; appearanceを見せなかったので、私は全く全く utterly; entirelyそれに気が付かずに気が付かずに without realizing; unawaresいたのです。彼彼 he; himの超然とした超然とした detached; distant態度態度 manner; behaviorはたとい外観外観 exterior; façadeだけにもせよ、敬服敬服 admiration; respectに値すべき値すべき (surely) worthy of; meritingだと私は考えました考えました considered; thought。彼と私を頭頭 head; mindの中中 inside; withinで並べてみる並べてみる line up; set side by sideと、彼の方方 alternative (of two choices)が遥かに遥かに by far立派立派 splendid; fine; worthyに見えました。「おれは策略策略 scheming; tacticsで勝って勝って win; prevailも人間人間 human being; personとしては負けた負けた lost; suffered defeatのだ」という感じ感じ feeling; impressionが私の胸胸 breast; bosomに渦巻いて渦巻いて swirl; eddy; surge起りました起りました arose; came about。私はその時時 time; momentさぞKが軽蔑して軽蔑して despise; look down onいる事事 situation; state of affairsだろうと思って思って think; consider、一人で一人で alone; by oneself顔顔 faceを赧らめました赧らめました reddened。しかし今更今更 now (finally); at this pointKの前前 front ofに出て出て appear、恥を掻かせられる恥を掻かせられる be shamedのは、私の自尊心自尊心 self-esteem; prideにとって大いな大いな considerable; great苦痛苦痛 (point of) pain; bitternessでした。
私が進もう進もう advance; move forwardか止そう止そう halt; desistかと考えて、ともかくも翌日翌日 next day; following dayまで待とう待とう waitと決心した決心した decided; resolvedのは土曜土曜 Saturdayの晩晩 eveningでした。ところがその晩に、Kは自殺して自殺して commit suicide; take one's own life死んでしまった死んでしまった died; passed awayのです。私は今今 now; the presentでもその光景光景 scene; spectacle; sightを思い出す思い出す remember; recallと慄然とします慄然とします shudder; tremble。いつも東枕東枕 east(facing) pillow (thought to give energy and preserve youth)で寝る寝る sleep私が、その晩に限ってに限って limited to; only、偶然偶然 for some reason; by chance西枕西枕 west(facing) pillow (associated with lack of initiative, lethargy, or shortening of life)に床床 beddingを敷いた敷いた spread out; laid outのも、何かの何かの some sort of因縁因縁 connectionかも知れませんかも知れません it may be that ...。私は枕元枕元 pillow side; bedsideから吹き込む吹き込む blow in寒い寒い cold風風 breeze; draftでふと眼を覚ました眼を覚ました wokeのです。見ると、いつも立て切ってある立て切ってある be closed tight; be shutKと私の室室 roomsとの仕切仕切 partitionの襖襖 fusuma (sliding door)が、この間この間 a while back; the other dayの晩と同じ同じ the sameくらい開いています開いています be open。けれどもこの間のように、Kの黒い黒い dark姿姿 figure; formはそこには立っていません立っていません not standing。私は暗示暗示 hint; suggestionを受けた受けた received人人 personのように、床の上上 top ofに肱肱 elbowsを突いて突いて prop (oneself) up with起き上がりながら起き上がりながら stir (from sleep)、屹と屹と surely; without delayKの室を覗きました覗きました looked in on。洋燈洋燈 lampが暗く暗く darkly; dimly点っている点っている be burning; be litのです。それで床も敷いてあるのです。しかし掛蒲団掛蒲団 bed cover; quiltは跳返された跳返された pushed back; tossed asideように裾裾 bottom edge; foot (of the bed)の方に重なり合って重なり合って piled up; gathered upいるのです。そうしてK自身自身 himselfは向うむきに向うむきに facing the other direction突ッ伏している突ッ伏している lie prostrate; lie face downのです。
私はおいといって声を掛けました声を掛けました called out to。しかし何の何の (no) form of答え答え answer; responseもありません。おいどうかしたのかと私はまたKを呼びました呼びました called; addressed。それでもKの身体身体 bodyは些とも些とも (not) in the least; (not) even a little動きません動きません not move; not stir。私はすぐ起き上って起き上って get up; rise (to one's feet)、敷居際敷居際 thresholdまで行きました行きました proceeded; went。そこから彼の室の様子を、暗い洋燈の光光 lightで見廻してみました見廻してみました surveyed。
その時私の受けた第一の第一の first; initial感じは、Kから突然突然 suddenly; abruptly恋恋 (romantic) loveの自白自白 confessionを聞かされた聞かされた was subjected to; heard時のそれとほぼ同じでした。私の眼眼 eyesは彼の室の中を一目一目 one glance見るや否やや否や as soon as ...、あたかも硝子硝子 glassで作った作った made; constructed (of)義眼義眼 artificial eyeのように、動く能力能力 ability; capacityを失いました失いました lost。私は棒立ち棒立ち standing bolt uprightに立ち竦みました立ち竦みました was unable to move; was paralyzed; was petrified。それが疾風疾風 gale; gust (of wind)のごとく私を通過した通過した passed throughあとで、私はまたああ失策った失策った all gone wrong; can't beと思いました。もう取り返しが付かない取り返しが付かない can never be undoneという黒い光が、私の未来未来 future; days to comeを貫いて貫いて pierce; penetrate、一瞬間一瞬間 one moment; a single instantに私の横たわる横たわる lie ahead; stretch out before全生涯全生涯 whole life; entire existenceを物凄く物凄く terribly; frightfully照らしました照らしました shone on; threw light on。そうして私はがたがたがたがた shakily; unsteadily顫え出した顫え出した began to shudder; began to trembleのです。
それでも私私 I; meはついに私を忘れる忘れる forget事ができませんでした事ができませんでした was not able to ...。私はすぐ机机 deskの上上 top ofに置いてある置いてある had been placed手紙手紙 letterに眼を着けました眼を着けました caught sight of; noticed。それは予期通り予期通り as anticipated; as expected私の名名 name宛宛 addressed toになっていました。私は夢中で夢中で frantically; feverishly封封 seal; wrapping; bindingを切りました切りました cut; broke。しかし中中 inside; withinには私の予期したような事は何にも何にも (no)thing書いてありませんでした書いてありませんでした had not been written; wasn't written。私は私に取ってに取って to ...; for ...どんなに辛い辛い bitter; difficult文句文句 words; expressionsがその中に書き列ねて書き列ねて list up (in writing); enumerateあるだろうと予期したのです。そうして、もしそれが奥さん奥さん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)やお嬢さんお嬢さん daughter; young ladyの眼に触れたら眼に触れたら catch the attention of; be seen by、どんなに軽蔑される軽蔑される be despised; be disdainedかも知れないかも知れない it might be that ...という恐怖恐怖 fear; dreadがあったのです。私はちょっと眼を通した眼を通した looked overだけで、まず助かった助かった was saved; escaped (from harm)と思いました思いました thought。(固より固より of course世間体の上世間体の上 in the eyes of societyだけで助かったのですが、その世間体がこの場合場合 circumstance; situation、私にとっては非常な非常な extreme; utmost重大重大 weighty; important事件事件 affair; matterに見えた見えた appeared; seemedのです。)
手紙の内容内容 contentsは簡単簡単 simple; briefでした。そうしてむしろ抽象的抽象的 abstractでした。自分自分 oneselfは薄志弱行薄志弱行 infirm of purpose and lacking in decisionで到底到底 by (no) means; in (no) sense行先行先 where one is going; one's futureの望み望み hope; prospectがないから、自殺する自殺する commit suicide; take one's own lifeというだけなのです。それから今今 now; the presentまで私に世話世話 care; assistance; looking afterになった礼礼 thanksが、ごくあっさりとしたあっさりとした simple; plain文句でその後後 afterに付け加えてありました付け加えてありました had been added。世話ついでに死後死後 after one's deathの片付方片付方 (manner of) settlement; putting in orderも頼みたい頼みたい would like to requestという言葉言葉 wordsもありました。奥さんに迷惑を掛けて迷惑を掛けて cause trouble (for); inconvenience済まん済まん inexcusable; unjustifiable; unpardonableから宜しく宜しく please; by all means詫をしてくれ詫をしてくれ apologize (on my behalf)という句句 sentence; text; passageもありました。国元国元 hometown; native placeへは私から知らせて知らせて notify; informもらいたいという依頼依頼 requestもありました。必要な必要な necessary; needed事はみんな一口ずつ一口ずつ a few words each書いてある中にお嬢さんの名前名前 nameだけはどこにも見えません。私はしまいまで読んで読んで read、すぐKがわざと回避した回避した avoidedのだという事に気が付きました気が付きました noticed; realized。しかし私のもっとも痛切に痛切に keenly; acutely感じた感じた feltのは、最後最後 end; lastに墨墨 (black) inkの余り余り extraで書き添えた書き添えた added (in writing); postscriptedらしく見える、もっと早く早く soon死ぬ死ぬ dieべきだのになぜ今まで生きて生きて live; existいたのだろうという意味意味 meaningの文句でした。
私は顫える顫える shake; tremble手手 handsで、手紙を巻き収めて巻き収めて rolled back up、再び再び once again封の中へ入れました入れました put into。私はわざとそれを皆な皆な all; others; everyoneの眼に着く眼に着く catch one's eye; be noticeableように、元の通り元の通り just as before机の上に置きました置きました set; placed。そうして振り返って振り返って turn around; look back、襖襖 fusuma (sliding door)に迸って迸って gush out; spout; break forthいる血潮血潮 tide of blood; flow of bloodを始めて始めて for the first time見たのです。
「私私 I; meは突然突然 suddenly; instinctivelyKの頭頭 headを抱える抱える hold; support; embraceように両手両手 both handsで少し少し a little; a bit持ち上げました持ち上げました lifted; raised。私はKの死顔死顔 face in deathが一目一目 one look見たかった見たかった wanted to seeのです。しかし俯伏し俯伏し face downになっている彼彼 he; himの顔顔 faceを、こうして下下 below; beneathから覗き込んだ覗き込んだ looked into; peered into時時 time; moment、私はすぐその手手 handsを放して放して withdrewしまいました。慄とした慄とした was frightened; felt terrifedばかりではないのです。彼の頭が非常に非常に extremely重たく重たく heavy; weighty感ぜられた感ぜられた felt; seemedのです。私は上上 aboveから今今 now; just now触った触った touched冷たい冷たい cold耳耳 earsと、平生平生 usual; ordinaryに変らない変らない unchanged五分刈の五分刈の close-cropped濃い濃い thick; coarse髪の毛髪の毛 hairを少時少時 for a while; for a short time眺めて眺めて view; gaze atいました。私は少しも泣く泣く cry; weep気気 inclinationにはなれませんでした。私はただ恐ろしかった恐ろしかった was frightened; was filled with terrorのです。そうしてその恐ろしさは、眼眼 eyesの前前 before; in front ofの光景光景 scene; spectacle; sightが官能官能 the sensesを刺激して刺激して stimulate; provoke起る起る happen; come about単調な単調な simple; rudimentary恐ろしさばかりではありません。私は忽然と忽然と unexpectedly; all of a sudden冷たくなったこの友達友達 friendによって暗示された暗示された was hinted; was suggested運命運命 fate; destinyの恐ろしさを深く深く deeply; profoundly感じたのです。
私は何の分別もなく何の分別もなく not having the wit to do otherwiseまた私の室室 roomに帰りました帰りました returned (to)。そうして八畳八畳 8 mats (about 13 sq meters; about 140 sq ft)の中中 inside; withinをぐるぐる廻り始めました廻り始めました began to circle; began to pace。私の頭は無意味でも無意味でも even if for no purpose当分当分 for a while; for a timeそうして動いていろ動いていろ moveと私に命令する命令する order; commandのです。私はどうかしなければならないと思いました思いました thought; concluded。同時に同時に at the same timeもうどうする事もできないどうする事もできない nothing can be doneのだと思いました。座敷座敷 roomの中をぐるぐる廻らなければいられなくなったのです。檻檻 cageの中へ入れられた入れられた be put into熊熊 bearのような態度態度 manner; behaviorで。
私は時々時々 from time to time奥奥 interiorへ行って行って go (to)奥さん奥さん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)を起そう起そう wake upという気になります。けれども女女 woman; ladyにこの恐ろしい有様有様 state of affairs; conditionを見せては悪い悪い ill advised; not rightという心持心持 feelingがすぐ私を遮ります遮ります hinder; obstruct。奥さんはとにかく、お嬢さんお嬢さん daughter; young ladyを驚かす驚かす startle; shock; frighten事は、とてもできないという強い強い absolute; sure意志意志 determinationが私を抑えつけます抑えつけます hold back; restrain。私はまたぐるぐる廻り始めるのです。
私はその間間 interval (of time)に自分の自分の one's own室の洋燈洋燈 lampを点けました点けました lighted; lit。それから時計時計 clockを折々折々 occasionally; from time to time見ました。その時の時計ほど埒の明かない埒の明かない make little headway; fail to progress遅い遅い slow; sluggishものはありませんでした。私の起きた時間時間 hour; timeは、正確に正確に exactly; with certainty分らない分らない don't know; can't sayのですけれども、もう夜明夜明 daybreak; dawnに間もなかった間もなかった was close (to)事だけは明らか明らか clear; sure; certainです。ぐるぐる廻りながら、その夜明を待ち焦れた待ち焦れた waited anxiously for私は、永久永久 eternity; perpetuityに暗い暗い dark夜夜 nightが続く続く continue; lastのではなかろうかという思いに悩まされました悩まされました was afflicted; was tormented (by)。
我々我々 we; usは七時七時 seven (o'clock)前前 before; prior toに起きる起きる wake up習慣習慣 custom; habitでした。学校学校 school; classesは八時八時 eight (o'clock)に始まる始まる begin; start事事 cases; instancesが多い多い numerous; often; frequentので、それでないと授業授業 class; lessonsに間に合わない間に合わない not be in time; be late (for)のです。下女下女 maidservantはその関係関係 relation; effectで六時頃六時頃 around six (o'clock)に起きる訳訳 circumstance; situationになっていました。しかしその日日 day私私 I; meが下女を起しに行った行った went (to)のはまだ六時前でした。すると奥さん奥さん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)が今日今日 todayは日曜日曜 Sundayだといって注意して注意して advise; cautionくれました。奥さんは私の足音足音 (sound of) footstepsで眼を覚ました眼を覚ました wokeのです。私は奥さんに眼が覚めているなら、ちょっと私の室室 roomまで来てくれ来てくれ come withと頼みました頼みました asked; requested。奥さんは寝巻寝巻 nightgownの上上 top ofへ不断着不断着 ordinary clothes; everyday clothesの羽織羽織 haori (Japanese half-coat)を引っ掛けて引っ掛けて pull on; throw on、私の後後 afterに跟いて来ました跟いて来ました followed。私は室へはいるや否やや否や as soon as ...、今今 now; this timeまで開いていた開いていた was open仕切り仕切り partitionの襖襖 fusuma (sliding door)をすぐ立て切りました立て切りました closed; shut。そうして奥さんに飛んだ飛んだ awful; terrible事事 act; happeningができたと小声小声 low voice; whisperで告げました告げました told; informed。奥さんは何何 whatだと聞きました聞きました asked。私は顋顋 chinで隣の隣の neighboring; next; adjoining室を指す指す motion toward; indicateようにして、「驚いちゃいけません驚いちゃいけません don't be shocked; prepare yourself; brace yourself」といいました。奥さんは蒼い蒼い pale顔顔 face; complexionをしました。「奥さん、Kは自殺しました自殺しました killed himself; took his own life」と私がまたいいました。奥さんはそこに居竦まった居竦まった was frozen in placeように、私の顔を見て見て looked at; regarded黙っていました黙っていました remained silent。その時時 time; moment私は突然突然 suddenly; impulsively奥さんの前へ手を突いて手を突いて place both hands on the ground (in expression of apology)頭を下げました頭を下げました lowered one's head (in deference or apology)。「済みません済みません I'm sorry; forgive me。私が悪かった悪かった am to blame; am at faultのです。あなたにもお嬢さんお嬢さん daughter; young ladyにも済まない事になりました」と詫まりました詫まりました apologized。私は奥さんと向い合う向い合う faceまで、そんな言葉言葉 wordsを口にする口にする vocalize; utter気気 intentionはまるでなかったのです。しかし奥さんの顔を見た時不意に不意に suddenly; unexpectedly我とも知らず我とも知らず forgetting oneself; in spite of oneselfそういってしまったのです。Kに詫まる事のできない私は、こうして奥さんとお嬢さんに詫びなければいられなくなった詫びなければいられなくなった felt compelled to apologizeのだと思って下さい下さい please ...。つまり私の自然自然 nature; (natural) impulseが平生平生 usual; ordinary; everydayの私を出し抜いて出し抜いて outwit; outmaneuverふらふらとふらふらと before one knows what one is doing懺悔の懺悔の repentance; confession; penitence口口 (spoken) wordsを開かした開かした revealed; divulgedのです。奥さんがそんな深い深い deep; profound意味意味 meaningに、私の言葉を解釈しなかった解釈しなかった didn't interpret; didn't take (as)のは私にとって幸い幸い fortunateでした。蒼い顔をしながら、「不慮不慮 unforeseen; unanticipatedの出来事出来事 incident; happening; turn of eventsなら仕方がない仕方がない can't be helpedじゃありませんか」と慰める慰める console; comfortようにいってくれました。しかしその顔には驚きと怖れ怖れ fear; anxiety; concernとが、彫り付けられた彫り付けられた had been carved; had been engraved (into)ように、硬く硬く firmly; rigidly筋肉筋肉 muscles; sinewsを攫んで攫んで grip; seizeいました。
「私私 I; meは奥さん奥さん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)に気の毒でした気の毒でした felt pity (toward); felt bad (for)けれども、また立って立って stand up; rise今今 now; just now閉めた閉めた closedばかりの唐紙唐紙 papered door (short for 唐紙障子)を開けました開けました opened。その時時 timeKの洋燈洋燈 lampに油油 oilが尽きた尽きた was exhausted; had run outと見えて見えて appear、室室 roomの中中 insideはほとんど真暗真暗 pitch darkでした。私は引き返して引き返して retrace one's steps; return自分の自分の one's own洋燈を手手 handに持った持った held; tookまま、入口入口 entranceに立って奥さんを顧みました顧みました looked back at。奥さんは私の後ろ後ろ in back of; behindから隠れる隠れる conceal oneselfようにして、四畳四畳 four-mat (room)の中を覗き込みました覗き込みました peered into。しかしはいろうとはしません。そこはそのままにしておいて、雨戸雨戸 storm shutters; outer shuttersを開けてくれと私にいいました。
それから後後 afterの奥さんの態度態度 manner; behaviorは、さすがに軍人軍人 military man; soldierの未亡人未亡人 widowだけあってだけあって befitting of要領を得ていました要領を得ていました was on point; was up to task。私は医者医者 doctor; physicianの所所 place; residenceへも行きました行きました went (to)。また警察警察 policeへも行きました。しかしみんな奥さんに命令されて命令されて be instructed; be told行ったのです。奥さんはそうした手続手続 formalities; procedures; processesの済む済む be finished; concludeまで、誰も誰も (no) oneKの部屋部屋 roomへは入れませんでした入れませんでした didn't allow in。
Kは小さな小さな smallナイフナイフ knifeで頸動脈頸動脈 carotid artery; artery in the neckを切って切って cut; sever一息に一息に in one breath; instantly死んでしまった死んでしまった diedのです。外に外に other (than that); otherwise創創 woundらしいものは何にも何にも (no)thingありませんでした。私が夢夢 dream; tranceのような薄暗い薄暗い dim; dark灯灯 lamp light; flameで見た見た saw唐紙の血潮血潮 tide of blood; flow of bloodは、彼彼 he; himの頸筋頸筋 neck; side of the neckから一度に一度に all at once迸った迸った gushed out; spoutedものと知れました知れました came to understand; learned。私は日中日中 during the day; daytimeの光光 lightで明らかに明らかに with clarityその迹迹 remains; tracesを再び再び once again眺めました眺めました viewed; looked on。そうして人間人間 human beingの血血 bloodの勢い勢い energy; force; vigorというものの劇しい劇しい extreme; intenseのに驚きました驚きました was surprised; was impressed。
奥さんと私はできるだけの手際手際 deftness; handiworkと工夫工夫 devising; figuring out; improvisingを用いて用いて use; apply、Kの室を掃除しました掃除しました cleaned。彼の血潮の大部分大部分 greater partは、幸い幸い fortunately彼の蒲団蒲団 futon; beddingに吸収されて吸収されて be absorbed; be soaked upしまったので、畳畳 tatami (mats)はそれほど汚れないで汚れないで without being stained; without being blemished済みましたから、後始末後始末 cleaning upはまだ楽楽 easy; simpleでした。二人二人 two (people); the two of usは彼の死骸死骸 (dead) body; remainsを私の室に入れて、不断の通り不断の通り as usual; as always寝ている寝ている be asleep; be at rest体体 appearance; condition; stateに横にしました横にしました laid out。私はそれから彼の実家実家 parental homeへ電報電報 telegramを打ち打ち send (a telegram)に出た出た went out; departedのです。
私が帰った帰った returned時は、Kの枕元枕元 pillow side; bedsideにもう線香線香 incenseが立てられていました。室へはいるとすぐ仏臭い仏臭い having the air of Buddhism; otherworldly烟烟 smoke; fumesで鼻鼻 noseを撲たれた撲たれた be hit with私は、その烟の中に坐っている坐っている be seated女女 women二人を認めました認めました noticed; observed。私がお嬢さんお嬢さん daughter; young ladyの顔顔 faceを見たのは、昨夜来昨夜来 since the prior eveningこの時が始めて始めて the first timeでした。お嬢さんは泣いて泣いて cry; weepいました。奥さんも眼を赤くしていました眼を赤くしていました had red eyes (from crying)。事件事件 incidentが起って起って happened; occurredからそれまで泣く事事 act; actionを忘れて忘れて forget; put out of one's mindいた私は、その時ようやく悲しい悲しい sad; melancholy気分気分 feeling; moodに誘われる誘われる be lured; be induced (to)事ができたのです。私の胸胸 breast; bosomはその悲しさのために、どのくらい寛ろいだ寛ろいだ found comfort; was put at easeか知れません。苦痛苦痛 pain; anguishと恐怖恐怖 fear; terrorでぐいと握り締められた握り締められた was gripped and held fast (by)私の心心 heart; soulに、一滴一滴 one dropの潤潤 moistureを与えてくれた与えてくれた gave; imparted (to)ものは、その時の悲しさでした。
私私 I; meは黙って黙って in silence; without speaking二人二人 two (people)の傍傍 proximity; vicinityに坐って坐って sit down; seat oneselfいました。奥さん奥さん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)は私にも線香線香 incenseを上げてやれ上げてやれ give; offer (for someone)といいます。私は線香を上げてまた黙って坐っていました。お嬢さんお嬢さん daughter; young ladyは私には何とも何とも (no)thingいいません。たまに奥さんと一口一口 one word; single word二口二口 few words; a couple of words言葉言葉 phrase; expression; remarkを換わす換わす exchange事事 instance; caseがありましたが、それは当座の当座の immediate; present用事用事 business; affair; taskについてのみでした。お嬢さんにはKの生前生前 during one's lifetimeについて語る語る talk about; speak ofほどの余裕余裕 margin; leeway; allowanceがまだ出て来なかった出て来なかった wasn't forthcoming; wasn't availableのです。私はそれでも昨夜昨夜 the prior eveningの物凄い物凄い terrible; frightful有様有様 state of affairs; conditionを見せずに見せずに without showing; without exposing済んで済んで finish; concludeまだよかったと心のうちで心のうちで to oneself思いました思いました thought; considered。若い若い young; youthful美しい美しい beautiful人人 person; individualに恐ろしい恐ろしい dreadful; terrifyingものを見せると、折角の折角の rare; special; precious美しさが、そのために破壊されて破壊されて be destroyed; be lostしまいそうで私は怖かった怖かった was afraid; was worried; was concernedのです。私の恐ろしさが私の髪の毛髪の毛 hair (on one's head)の末端末端 ends; extremitiesまで来た時時 time; momentですら、私はその考え考え thought; ideaを度外度外 out of considerationに置いて置いて put; place行動する行動する act; behave事はできませんでした。私には綺麗な綺麗な pretty; exquisite; lovely花花 flowerを罪罪 sin; faultもないのに妄りに妄りに arbitrarily; without reason鞭うつ鞭うつ whip; put the rod toと同じ同じ the sameような不快不快 unpleasantness; offensivenessがそのうちに籠っていた籠っていた was filled; was ripeのです。
国元国元 hometown; native placeからKの父父 fatherと兄兄 older brotherが出て来た出て来た appeared; arrived時、私はKの遺骨遺骨 remains; ashes (of the deceased)をどこへ埋める埋める bury; interかについて自分の自分の one's own意見意見 opinion; thought; ideaを述べました述べました mentioned; expressed。私は彼彼 he; himの生前に雑司ヶ谷雑司ヶ谷 Zōshigaya (place name)近辺近辺 environs; vicinityをよくいっしょに散歩した散歩した walked; strolled事があります。Kにはそこが大変大変 very much; greatly気に入っていた気に入っていた met with one's liking; found favor with oneのです。それで私は笑談半分に笑談半分に half-jokingly、そんなに好き好き to one's likingなら死んだら死んだら (when one) dies; passes awayここへ埋めてやろうと約束した約束した promised; pledged覚え覚え memory; recollectionがあるのです。私も今今 nowその約束通り約束通り as promised; as pledgedKを雑司ヶ谷へ葬った葬った burried; interredところで、どのくらいの功徳功徳 virtuous deed; meritorious actになるものかとは思いました。けれども私は私の生きている生きている be alive; live and breath限り限り limit; extent、Kの墓墓 gravesiteの前前 front ofに跪いて跪いて kneel月々月々 every month; each month私の懺悔懺悔 repentance; confession; penitenceを新たに新たに newly; anewしたかったのです。今まで構い付けなかった構い付けなかった hadn't been concerned with; hadn't played a role inKを、私が万事万事 all things世話をして来た世話をして来た took care of; looked afterという義理義理 debt of gratitude; sense of obligationもあったのでしょう、Kの父も兄も私のいう事を聞いて聞いて listen to; acceptくれました。
「Kの葬式葬式 funeralの帰り路に帰り路に on the way back、私私 I; meはその友人友人 friendの一人一人 one (person)から、Kがどうして自殺した自殺した killed himself; took his own lifeのだろうという質問質問 questionを受けました受けました received。事件事件 incident; affairがあって以来以来 from the time of; since私はもう何度となく何度となく any number of times; on numerous occasionsこの質問で苦しめられていた苦しめられていた was tormented byのです。奥さん奥さん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)もお嬢さんお嬢さん daughter; young ladyも、国国 country; one's native placeから出て来た出て来た came up; arrivedKの父兄父兄 father and (older) brotherも、通知通知 noticeを出した出した sent out (to)知り合い知り合い acquaintancesも、彼彼 he; himとは何の縁故縁故 relation; connection; affinityもない新聞新聞 newspaper記者記者 reporterまでも、必ず必ず invariably; without fail同様の同様の the same sort of質問を私に掛けない掛けない not pose (a question)事事 case; instanceはなかったのです。私の良心良心 conscienceはそのたびにちくちく刺されるちくちく刺される be prickedように痛みました痛みました ached; was pained。そうして私はこの質問の裏裏 undersurface; reverse sideに、早く早く soon; without delayお前お前 youが殺した殺した killed; murderedと白状して白状して confess; admitしまえという声声 voicesを聞いたのです。
私の答え答え reply; responseは誰に対しても誰に対しても to whomever; to any and all同じ同じ the sameでした。私はただ彼の私宛宛 addressed toで書き残した書き残した left behind (in writing)手紙手紙 letterを繰り返す繰り返す repeatだけで、外に外に other (than that); otherwise一口も一口も (not) one word; (not) a single word附け加える附け加える add事はしませんでした。葬式の帰りに同じ問い問い question; inquiryを掛けて、同じ答えを得た得た attained; securedKの友人は、懐懐 pocketから一枚一枚 one (counter for flat objects)の新聞を出して私に見せました見せました showed; presented。私は歩きながら歩きながら while walkingその友人によって指し示された指し示された was pointed out; was indicated箇所箇所 place; point; passageを読みました読みました read。それにはKが父兄から勘当された勘当された was disowned結果結果 result; consequence厭世的な厭世的な world-weary; misanthropic考え考え thoughts; notionsを起して起して bring about; lead to自殺したと書いてあるのです。私は何にもいわずに、その新聞を畳んで畳んで fold友人の手手 handに帰しました。友人はこの外にもKが気が狂って気が狂って go mad; lose one's sanity自殺したと書いた新聞があるといって教えて教えて tell; informくれました。忙しい忙しい busy; occupiedので、ほとんど新聞を読む暇暇 time; leisureがなかった私は、まるでそうした方面方面 area; sphereの知識知識 knowledge; informationを欠いていました欠いていました was lacking in; was deficient inが、腹の中では腹の中では to oneself; inwardly始終始終 always; constantly気にかかっていた気にかかっていた weighed on one's mind; gave cause for concernところでした。私は何よりも何よりも more than anything宅宅 house; homeのものの迷惑迷惑 trouble; agitation; aggravationになるような記事記事 articleの出るのを恐れた恐れた fearedのです。ことに名前名前 nameだけにせよお嬢さんが引合い引合い reference; mentionに出たら堪らない堪らない be intolerable; be unbearableと思っていた思っていた thought of; considered (as)のです。私はその友人に外に何とか書いたのはないかと聞きました。友人は自分の自分の one's own眼眼 eyesに着いた着いた arrived at; reachedのは、ただその二種二種 two types; two sortsぎりだと答えました。
私私 I; meが今今 now; the presentおる家家 house; homeへ引っ越した引っ越した moved; relocated (to)のはそれから間もなく間もなく soon; shortlyでした。奥さん奥さん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)もお嬢さんお嬢さん daughter; young ladyも前の前の former; previous所所 place; residenceにいるのを厭がります厭がります be averse to; dislikeし、私もその夜夜 evening; nightの記憶記憶 memoryを毎晩毎晩 each night; every night繰り返す繰り返す repeat; reliveのが苦痛苦痛 pain; hardshipだったので、相談相談 discussion; consultationの上上 top of; basis of移る移る move事事 act; actionに極めた極めた decided (on)のです。
移って二カ月二カ月 two monthsほどしてから私は無事に無事に without incident; quietly大学大学 universityを卒業しました卒業しました graduated (from)。卒業して半年半年 half a yearも経たない経たない not pass; not elapseうちに、私はとうとうお嬢さんと結婚しました結婚しました married。外側外側 exterior; the outsideから見れば見れば see; view、万事万事 all thingsが予期通り予期通り as anticipated; according to planに運んだ運んだ proceeded; progressedのですから、目出度目出度 happy; auspicious; joyousといわなければなりません。奥さんもお嬢さんもいかにも幸福幸福 happiness; contentmentらしく見えました。私も幸福だったのです。けれども私の幸福には黒い黒い dark影影 shadowが随いて随いて accompany; followいました。私はこの幸福が最後に最後に finally; in the end私を悲しい悲しい sad; sorrowful運命運命 destiny; fateに連れて行く連れて行く lead (to)導火線導火線 fuse; powder trainではなかろうかと思いました思いました thought; wondered。
結婚した時時 timeお嬢さんが、――もうお嬢さんではありませんから、妻妻 wifeといいます。――妻が、何何 whatを思い出した思い出した called to mindのか、二人で二人で (two people) togetherKの墓参り墓参り visit to a graveをしようといい出しましたいい出しました suggested; proposed。私は意味もなく意味もなく without appeal to reason; reflexivelyただぎょっとしましたぎょっとしました was surprised; was caught off guard。どうしてそんな事を急に急に all of the sudden思い立った思い立った thought up; got the idea to doのかと聞きました聞きました asked。妻は二人揃って揃って togetherお参りをしたら、Kがさぞ喜ぶ喜ぶ be glad; be pleasedだろうというのです。私は何事も何事も (no)thing at all知らない知らない not know妻の顔顔 faceをしけじけしけじけ fixedly; intently眺めて眺めて gaze atいましたが、妻からなぜそんな顔をするのかと問われて問われて be asked; be questioned始めて始めて for the first time気が付きました気が付きました realized; became aware。
私は妻の望み通り望み通り as desired二人連れ立って連れ立って going together雑司ヶ谷雑司ヶ谷 Zōshigaya (place name)へ行きました。私は新しい新しい newKの墓墓 grave; gravesiteへ水水 waterをかけて洗って洗って wash; cleanseやりました。妻はその前へ線香線香 incenseと花花 flowersを立てました立てました set up; put in place。二人は頭を下げて頭を下げて bow one's head; lower one's head、合掌合掌 pressing one's hands together in prayerしました。妻は定めて定めて surely; certainly私といっしょになった顛末顛末 circumstances; details; accountを述べて述べて express; mentionKに喜んでもらうつもりでしたろう。私は腹の中で腹の中で deep down; inwardly、ただ自分自分 oneselfが悪かった悪かった to blame; at faultと繰り返すだけでした。
その時妻はKの墓を撫でて撫でて brush gently; pass one's hand overみて立派立派 fine; splendidだと評して評して assess; comment onいました。その墓は大した大した great; worthy; significantものではないのですけれども、私が自分で石屋石屋 stone dealerへ行って行って go (to)見立てたりした見立てたりした selected; picked out因縁因縁 connection; originがあるので、妻はとくにそういいたかったのでしょう。私はその新しい墓と、新しい私の妻と、それから地面地面 earth's surface; groundの下下 below; beneathに埋められた埋められた was buriedKの新しい白骨白骨 skeleton; bonesとを思い比べて思い比べて place together in one's mind、運命の冷罵冷罵 mockery; derisionを感ぜずには感ぜずには without feeling; without perceivingいられなかったのです。私はそれ以後それ以後 thereafter決して決して by (no) means; absolutely (not)妻といっしょにKの墓参りをしない事にしました。
「私私 I; meの亡友亡友 deceased friendに対するに対する with respect to; regardingこうした感じ感じ feelingはいつまでも続きました続きました continued; persisted。実は実は actually; in fact私も初め初め the start; the beginningからそれを恐れていた恐れていた had fearedのです。年来年来 for some yearsの希望希望 desire; wishであった結婚結婚 marriageすら、不安不安 anxiety; uneasinessのうちに式式 ceremonyを挙げた挙げた conducted; held (a ceremony)といえばいえない事事 case; circumstanceもないでしょう。しかし自分自分 oneselfで自分の先先 future; days to comeが見えない見えない cannot be seen人間人間 human beingの事ですから、ことによるとあるいはこれが私の心持心持 feeling; mood; dispositionを一転して一転して turn around; redirect新しい新しい new; fresh生涯生涯 lifetime; course of one's lifeに入る入る enter (into)端緒端緒 start; beginningになるかも知れないかも知れない it might be that ...とも思った思った thought; reasonedのです。ところがいよいよ夫夫 husbandとして朝夕朝夕 morning and evening; from morning to night妻妻 wifeと顔を合せて顔を合せて meet; see; come face to face withみると、私の果敢ない果敢ない fleeting; ephemeral希望希望 hope; aspirationは手厳しい手厳しい severe; harsh現実現実 reality; actualityのために脆くも脆くも without resistance; easily破壊されて破壊されて be laid to waste; be ruinedしまいました。私は妻と顔を合せているうちに、卒然卒然 suddenly; without warningKに脅かされる脅かされる be threatened; be startled; be unsettledのです。つまり妻が中間中間 middle; midwayに立って立って stand、Kと私をどこまでも結び付けて結び付けて tie together; bind離さない離さない not let go; not releaseようにするのです。妻のどこにも不足不足 shortfall; deficiencyを感じない私は、ただこの一点一点 one point; single facetにおいて彼女彼女 she; herを遠ざけたがりました遠ざけたがりました wished to distance oneself from; wanted to push away。すると女女 woman; femaleの胸胸 breast; bosomにはすぐそれが映ります映ります be reflected; be mirrored; be projected。映るけれども、理由理由 reasonは解らない解らない not understand; not knowのです。私は時々時々 sometimes; at times妻からなぜそんなに考えて考えて think; consider; reasonいるのだとか、何か何か something気に入らない気に入らない offputting; displeasing事があるのだろうとかいう詰問詰問 pointed questioning; interrogationを受けました受けました received; was the recipient of。笑って笑って smile; laugh済ませる済ませる finish; bring to an end時時 timesはそれで差支えない差支えない is fine; is okayのですが、時によると、妻の癇癇 temper; irritationも高じて来ます高じて来ます come to a head; reach its peak。しまいには「あなたは私を嫌って嫌って hate; dislikeいらっしゃるんでしょう」とか、「何でも私に隠して隠して hide; concealいらっしゃる事があるに違いないに違いない no doubt ...; I'm sure ...」とかいう怨言怨言 protest; grievance; reproachも聞かなくてはなりません聞かなくてはなりません had to listen to; was forced to hear。私はそのたびに苦しみました苦しみました suffered。
私は一層一層 all the more (usually 一層)思い切って思い切って resolutely; boldly、ありのままありのまま the truth; the facts as they standを妻に打ち明けよう打ち明けよう divulge; reveal; confideとした事が何度も何度も any number of times; numerous occasionsあります。しかしいざという間際間際 verge of; moment of; point ofになると自分以外以外 apart from; outside ofのある力力 power; forceが不意に不意に suddenly; abruptly来て来て come; arrive私を抑え付ける抑え付ける suppress; hold down; hold backのです。私を理解して理解して understand; knowくれるあなたの事だから、説明する説明する explain必要必要 necessity; needもあるまいと思いますが、話す話す tell; relateべき筋筋 logic; storylineだから話しておきます。その時分時分 time; periodの私は妻に対して己れ己れ oneselfを飾る飾る decorate; adorn; embellish気気 intention; inclinationはまるでなかったのです。もし私が亡友に対すると同じような同じような the same manner of善良な善良な good; virtuous; dutiful心心 heart; soulで、妻の前前 front ofに懺悔懺悔 repentance; confession; penitenceの言葉言葉 wordsを並べたなら並べたなら set out; enumerate、妻は嬉し涙嬉し涙 tears of joyをこぼしても私の罪罪 sins; indiscretionsを許して許して forgive; pardon; tolerateくれたに違いないのです。それをあえてしない私に利害利害 advantages and disadvantages; interestの打算打算 calculationがあるはずはありません。私はただ妻の記憶記憶 memory; remembranceに暗黒な暗黒な dark一点を印する印する stamp; impress; leave (a mark)に忍びなかった忍びなかった couldn't bearから打ち明けなかったのです。純白な純白な pure whiteものに一雫一雫 one drop; a single dropの印気印気 inkでも容赦なく容赦なく ruthlessly; mercilessly振り掛ける振り掛ける sprinkle overのは、私にとって大変な大変な terrible; tremendous苦痛苦痛 pain; bitterness; distressだったのだと解釈して解釈して understand; interpret (as)下さい下さい please ...。
一年一年 one year経って経って pass; elapseもKを忘れる忘れる forget; put out of one's mind事のできなかった事のできなかった was unable to ...私私 I; meの心心 heart; mind; soulは常に常に always; at all times; constantly不安不安 uneasy; on edgeでした。私はこの不安を駆逐する駆逐する drive away; expel; banishために書物書物 books; writingsに溺れよう溺れよう drown; indulge; immerse (in)と力めました力めました strove; endeavored。私は猛烈な猛烈な intense; passionate勢勢 force; vigor; spiritをもって勉強し始めた勉強し始めた engaged in studyのです。そうしてその結果結果 results; outcome; fruitsを世の中世の中 society; the worldに公にする公にする make public; publish; present日日 dayの来る来る come; arriveのを待ちました待ちました waited for; awaited。けれども無理に無理に forcibly; under compulsion; contrary to one's nature目的目的 objective; aimを拵えて拵えて manufacture; concoct、無理にその目的の達せられる達せられる be realized; be reached日を待つのは嘘嘘 lie; charade; façadeですから不愉快不愉快 unsatisfying; unfulfillingです。私はどうしても書物のなかに心を埋めて埋めて buryいられなくなりました。私はまた腕組みをして腕組みをして (sit with) folded arms世の中を眺めだした眺めだした started watching; began to regardのです。
妻妻 (my) wifeはそれを今日今日 today; this day; for nowに困らない困らない have no worriesから心に弛み弛み slack; looseness; easeが出る出る come out; appearのだと観察して観察して view; regard (as)いたようでした。妻の家家 house; householdにも親子親子 parent and child二人二人 two (people)ぐらいは坐っていて坐っていて stay set in place; keep on as one isどうかこうか暮して行ける暮して行ける can live; are able to get by; can manage財産財産 assets; wealth; meansがある上に上に on top of; in addition to、私も職業職業 occupation; livelihoodを求めないで求めないで without seeking; without pursuing差支え差支え hindrance; impedimentのない境遇境遇 circumstancesにいたのですから、そう思われる思われる be thought of as; seemのももっとももっとも reasonable; naturalです。私も幾分か幾分か somewhat; to some extentスポイルされたスポイルされた was spoiled; had grown complacent; had indulged oneself気味気味 tendency; propensityがありましょう。しかし私の動かなくなった動かなくなった stopped moving; grew inactive原因原因 cause; source; rootの主な主な chief; main; principalものは、全く全く utterly; entirelyそこにはなかったのです。叔父叔父 uncleに欺かれた欺かれた was deceived当時当時 at that time; in those daysの私は、他他 (other) peopleの頼みにならない頼みにならない can't be depended on事をつくづくとつくづくと deeply; intently感じた感じた feltには相違ありませんには相違ありません there's no doubt that ...が、他を悪く悪く evil; sinful; flawed取る取る take (as)だけあってだけあって being the case that ...、自分自分 oneselfはまだ確かな確かな trustworthy; reliable気気 feelingがしていました。世間世間 society; the worldはどうあろうともこの己己 I; meは立派な立派な splendid; fine; upstanding人間人間 human being; personだという信念信念 belief; faith; convictionがどこかにあったのです。それがKのために美事に美事に utterly; completely破壊されてしまって破壊されてしまって was destroyed; was wiped away、自分もあの叔父と同じ同じ the same人間だと意識した意識した became aware; realized時時 time; moment、私は急に急に suddenlyふらふらしましたふらふらしました staggered; reeled。他に愛想を尽かした愛想を尽かした grew disenchanted with; lost faith in私は、自分にも愛想を尽かして動けなくなったのです。
私私 I; meは時々時々 sometimes; on occasion妻妻 (my) wifeに詫まりました詫まりました apologized。それは多く多く in large quantity; abundantly酒酒 sakéに酔って酔って get drunk; become intoxicated; become inebriated遅く遅く late帰った帰った returned home翌日翌日 next day; following dayの朝朝 morningでした。妻は笑いました笑いました smiled; laughed。あるいは黙っていました黙っていました remained silent。たまにぽろぽろと涙涙 tearsを落す落す let fall; shed事事 case; instanceもありました。私はどっちにしても自分自分 oneselfが不愉快不愉快 unsatisfied; unfulfilledで堪らなかった堪らなかった was unbearable; was intolerableのです。だから私の妻に詫まるのは、自分に詫まるのとつまり同じ同じ the same事になるのです。私はしまいに酒を止めました止めました quit; stopped; ceased。妻の忠告忠告 caution; adviceで止めたというより、自分で厭厭 disagreeable; unpleasantになったから止めたといった方方 alternative (of two choices)が適当適当 proper; appropriateでしょう。
酒は止めたけれども、何も何も (no)thingする気気 inclinationにはなりません。仕方がない仕方がない have no other recourseから書物書物 booksを読みます読みます read; peruse。しかし読めば読んだなりで、打ち遣って置きます打ち遣って置きます lay aside; abandon without care。私は妻から何のために何のために for what purpose; to what end勉強する勉強する studyのかという質問質問 questionをたびたび受けました受けました received。私はただ苦笑して苦笑して smile wryly; produce a strained laughいました。しかし腹の底では腹の底では deep down; inwardly、世の中世の中 the world; societyで自分が最も最も most信愛して信愛して love and trustいるたった一人一人 one (person)の人間人間 human being; personすら、自分を理解していない理解していない not understandのかと思う思う think; reflect onと、悲しかった悲しかった was sad; was sorrowfulのです。理解させる手段手段 means; measureがあるのに、理解させる勇気勇気 courage; nerveが出せない出せない can't bring forth; can't produceのだと思うとますます悲しかったのです。私は寂寞寂寞 lonely; desolateでした。どこからも切り離されて切り離されて cut loose; separated; detached世の中にたった一人住んで住んで live; dwell; abideいるような気のした事もよくありました。
同時に同時に at the same time私はKの死因死因 cause of one's deathを繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し again and again; over and over考えた考えた considered; thought aboutのです。その当座その当座 for a timeは頭頭 head; mindがただ恋恋 (romantic) loveの一字一字 single wordで支配されていた支配されていた was dominated (by); was consumed (with)せいでもありましょうが、私の観察観察 observationはむしろ簡単簡単 simpleでしかも直線的直線的 straightforwardでした。Kは正しく正しく surely; without a doubt失恋失恋 disappointment in love; a broken heartのために死んだ死んだ diedものとすぐ極めて極めて decide; concludeしまったのです。しかし段々段々 gradually; little by little落ち付いた落ち付いた calmed down; composed気分気分 feeling; moodで、同じ現象現象 happening; course of eventsに向って向って turn toward; look toみると、そう容易く容易く easilyは解決解決 settlement; resolutionが着かない着かない not be arrived at; not be reachedように思われて来ました思われて来ました started to seem。現実現実 reality; actualityと理想理想 idealの衝突衝突 clash; conflict、――それでもまだ不充分不充分 insufficient; inadequate; lackingでした。私はしまいにKが私のようにたった一人で淋しくって淋しくって lonesome; solitary (usually 淋しくって)仕方がなくなった結果結果 result; consequence、急に急に abruptly; swiftly所決した所決した decided; made up one's mind (usually 処決した)のではなかろうかと疑い出しました疑い出しました began to suspect。そうしてまた慄とした慄とした shuddered (with horror)のです。私もKの歩いた歩いた walked; covered; traversed路路 path; wayを、Kと同じように辿って辿って follow; pursueいるのだという予覚予覚 foreboding; premonitionが、折々折々 from time to time; at times風風 breeze; draftのように私の胸胸 breast; bosomを横過り始めた横過り始めた began to pass across; began to frequentからです。
「その内その内 by and by; after some time妻妻 (my) wifeの母母 motherが病気になりました病気になりました fell ill。医者医者 doctorに見せる見せる show; present; have look atと到底到底 absolutely癒らない癒らない won't recover; cannot be savedという診断診断 diagnosisでした。私私 I; meは力力 strength; abilityの及ぶ及ぶ reach; extendかぎり懇切に懇切に kindly; obligingly看護看護 nursing; caregivingをしてやりました。これは病人病人 sick person; patient; invalid自身自身 herselfのためでもありますし、また愛する愛する love; cherish妻のためでもありましたが、もっと大きなもっと大きな larger; greater意味意味 meaning; significanceからいうと、ついに人間人間 humankind; humanityのためでした。私はそれまでにも何か何か somethingしたくって堪らなかったしたくって堪らなかった had longed to doのだけれども、何もする事ができない事ができない unable to ...のでやむをえず懐手をして懐手をして (stand idle) with hands in pocketsいたに違いありませんに違いありません there's no doubt that ...。世間世間 society; the worldと切り離された切り離された was cut off; was separated (from)私が、始めて始めて for the first time自分自分 oneself; one's ownから手を出して手を出して reach out one's hand; take the initiative、幾分でも幾分でも even a little; to some small extent善い善い good; right; virtuous事をしたという自覚自覚 self-awarenessを得た得た gainedのはこの時時 time occasionでした。私は罪滅し罪滅し atonement; expiationとでも名づけなければならない名づけなければならない have to call; have to describe as、一種の一種の a certain kind of気分気分 feeling; moodに支配されていた支配されていた was taken over (by); was consumed (with)のです。
母は死にました死にました died; passed away。私と妻はたった二人ぎり二人ぎり two (people) aloneになりました。妻は私に向って向って turn toward、これから世の中世の中 society; the worldで頼りにする頼りにする rely on; depend onものは一人一人 one (person)しかなくなったといいました。自分自身自分自身 one's own selfさえ頼りにする事のできない私は、妻の顔顔 faceを見て思わず思わず reflexively; in spite of oneself涙ぐみました涙ぐみました was moved to tears。そうして妻を不幸な不幸な unfortunate女女 womanだと思いました。また不幸な女だと口へ出して口へ出して voice; say out loudもいいました。妻はなぜだと聞きます聞きます ask。妻には私の意味が解らない解らない not be understood; not come through; not registerのです。私もそれを説明して説明して explainやる事ができないのです。妻は泣きました泣きました cried; wept。私が不断から不断から usually; ordinarily; alwaysひねくれたひねくれた distorted; crooked; twisted考え考え thinking; ideas; notionsで彼女彼女 she; herを観察して観察して view; observeいるために、そんな事もいうようになるのだと恨みました恨みました reproached。
母の亡くなった亡くなった died; passed away後後 after、私はできるだけ妻を親切に親切に thoughtfully; with kindness取り扱って取り扱って treatやりました。ただ、当人当人 the person in questionを愛して愛して love; cherishいたからばかりではありません。私の親切には箇人箇人 individual (usually 個人)を離れて離れて separate; apart (from)もっと広い広い broad; expansive背景背景 background; contextがあったようです。ちょうど妻の母の看護をしたと同じ同じ the same意味で、私の心心 heart; mind; soulは動いた動いた moved; actedらしいのです。妻は満足満足 satisfied; contentらしく見えました。けれどもその満足のうちには、私を理解し得ない理解し得ない can't understand; struggle to graspために起る起る arise; come aboutぼんやりした稀薄な稀薄な thin; sparse点点 speck; fleck; blemishがどこかに含まれて含まれて be includedいるようでした。しかし妻が私を理解し得たにしたところで、この物足りなさ物足りなさ inadequacy; insufficiencyは増す増す increase; growとも減る減る decrease; shrink気遣い気遣い fear; concernはなかったのです。女には大きな人道人道 humanityの立場立場 standpoint; positionから来る来る come; arrive; emanate愛情愛情 love; affectionよりも、多少多少 a little; somewhat義理義理 courtesy; obligationをはずれても自分だけに集注される集注される have directed (to)親切を嬉しがる嬉しがる enjoy; be pleased by性質性質 nature; dispositionが、男男 menよりも強い強い strong; potent; dominantように思われますから。
妻妻 (my) wifeはある時時 time; occasion、男男 manの心心 heart; soulと女女 womanの心とはどうしてもぴたりとぴたりと tightly; closely; exactingly一つ一つ one (thing)になれないものだろうかといいました。私私 I; meはただ若い若い young時ならなれるだろうと曖昧な曖昧な vague; evasive返事返事 answer; responseをしておきました。妻は自分の自分の one's own過去過去 past; former daysを振り返って振り返って think back on眺めて眺めて look at; viewいるようでしたが、やがて微かな微かな faint; indistinct溜息溜息 sighを洩らしました洩らしました let leak; let go; released。
私の胸胸 breast; bosomにはその時分時分 time; periodから時々時々 sometimes; from time to time恐ろしい恐ろしい terrible; dreadful; frightening影影 shadow; shape; figureが閃きました閃きました flashed; flickered。初め初め at firstはそれが偶然偶然 unexpectedly外外 outsideから襲って来る襲って来る assail; assaultのです。私は驚きました驚きました was surprised; was caught off guard。私はぞっとしましたぞっとしました shuddered (with horror)。しかししばらくしている中にしばらくしている中に after a while; after some time、私の心がその物凄い物凄い terrible; frightful閃きに応ずる応ずる meet; respond to; acceptようになりました。しまいには外から来ない来ない not come; not arriveでも、自分の胸の底底 bottom; depthsに生れた生れた was born時から潜んで潜んで lie dormant; lurkいるもののごとくに思われ出して来た思われ出して来た began to seem (as though)のです。私はそうした心持心持 feelingになるたびに、自分の頭頭 head; mindがどうかしたのではなかろうかと疑って疑って suspect; questionみました。けれども私は医者にも医者にも by a doctor誰にも誰にも by anyone診て診て look at; examine; checkもらう気気 inclination; intentionにはなりませんでした。
私はただ人間人間 human beings; menの罪罪 sins; flawsというものを深く深く deeply; profoundly感じた感じた felt; sensedのです。その感じが私をKの墓墓 grave; gravesiteへ毎月毎月 every month; each month行かせます行かせます cause to go; send (to)。その感じが私に妻の母母 motherの看護看護 nursing; caregivingをさせます。そうしてその感じが妻に優しくしてやれ優しくしてやれ treat kindlyと私に命じます命じます order; command。私はその感じのために、知らない知らない unknown; unacquainted路傍路傍 roadside; waysideの人人 personから鞭うたれたい鞭うたれたい wish to be scourgedとまで思った思った thought; considered事事 case; instanceもあります、こうした階段階段 stairs; stepsを段々段々 gradually; bit by bit経過して行く経過して行く progress throughうちに、人に鞭うたれるよりも、自分で自分を鞭うつべきだという気になります。自分で自分を鞭うつよりも、自分で自分を殺す殺す kill; do away with; dispense withべきだという考え考え idea; notionが起ります起ります arise; come about; occur。私は仕方がない仕方がない have no other recourseから、死んだ死んだ died気で生きて行こう生きて行こう continue living; carry onと決心しました決心しました decided; resolved。
私がそう決心してから今日今日 this dayまで何年何年 how many yearsになるでしょう。私と妻とは元の通り元の通り as before; as always仲好く仲好く in harmony; free from strife暮して来ました暮して来ました lived; got along。私と妻とは決して決して by (no) means不幸不幸 unhappy; discontentではありません、幸福幸福 happy; contentでした。しかし私のもっている一点一点 one point; single facet、私に取ってに取って to ...; for ...は容易ならん容易ならん not easily dealt with; not easily resolvedこの一点が、妻には常に常に always; constantly暗黒暗黒 darkness; blacknessに見えた見えた appeared; was seen (as)らしいのです。それを思うと、私は妻に対して非常に非常に extremely; exceedingly気の毒な気の毒な pitiable; unfortunate気がします。
私私 I; meは今日今日 today; this dayに至る至る reach; arrive atまですでに二、三度二、三度 two or three times; several times運命運命 destiny; fateの導いて行く導いて行く guide on; lead to最も最も most楽な楽な comfortable; easy方向方向 direction; bearing; wayへ進もう進もう move forward; advance; progressとした事事 case; instanceがあります。しかし私はいつでも妻妻 wifeに心心 heart; soulを惹かされました惹かされました be drawn; be moved; be touched (by)。そうしてその妻をいっしょに連れて行く連れて行く take with勇気勇気 courage; temerity; nerveは無論無論 of courseないのです。妻にすべてを打ち明ける打ち明ける divulge; reveal事のできないくらいな私ですから、自分の自分の one's own運命の犠牲犠牲 victim (of)として、妻の天寿天寿 natural span of one's lifeを奪う奪う take away; stealなどという手荒な手荒な violent; rough所作所作 action; behaviorは、考えて考えて consider; think aboutさえ恐ろしかった恐ろしかった was frightening; was appallingのです。私に私の宿命宿命 fate; lot in lifeがある通り通り just as ...、妻には妻の廻り合せ廻り合せ turn of Fortune's wheel; fate; chances (in life)があります、二人二人 two (people)を一束一束 one bundleにして火火 fireに燻べる燻べる feed; fuel; stoke (a fire)のは、無理無理 unnatural; unreasonableという点点 standpoint; vantage pointから見て見て look at; view; observeも、痛ましい痛ましい pitiful; tragic極端極端 extremityとしか私には思えませんでした思えませんでした couldn't think (but that)。
同時に同時に at the same time私だけがいなくなった後後 afterの妻を想像して想像して imagine; envisionみるといかにも不憫不憫 wretched; pitiableでした。母母 motherの死んだ死んだ died; passed away時時 time; occasion、これから世の中世の中 society; the worldで頼りにする頼りにする rely on; depend onものは私より外により外に apart from; other thanなくなったといった彼女彼女 she; herの述懐述懐 recollectionを、私は腸腸 guts; visceraに沁み込む沁み込む permeate; penetrateように記憶させられていた記憶させられていた had impressed on one's memoryのです。私はいつも躊躇しました躊躇しました hesitated; wavered。妻の顔顔 faceを見て、止して止して stop; cease; desistよかったと思う事もありました。そうしてまた凝と凝と motionless; still; restrained竦んで竦んで be paralyzed; freezeしまいます。そうして妻から時々時々 sometimes; at times物足りなそうな物足りなそうな (seeming to) view as inadequate; find deficient眼眼 eyesで眺められる眺められる be seen; be viewedのです。
記憶して下さい下さい please ...。私はこんな風風 way; mannerにして生きて来た生きて来た lived (up to now)のです。始めて始めて for the first timeあなたに鎌倉鎌倉 Kamakura (place name)で会った会った met; encountered時も、あなたといっしょに郊外郊外 environs; outskirts (of a town)を散歩した散歩した walked; strolled; wandered時も、私の気分気分 feeling; sentiment; frame of mindに大した大した significant; noteworthy変り変り change; differenceはなかったのです。私の後ろ後ろ back; behindにはいつでも黒い黒い dark影影 shadow; shape; figureが括ッ付いて括ッ付いて adhere to; stay close toいました。私は妻のために、命命 lifetime; lifespanを引きずって引きずって prolong; drag out世の中を歩いて歩いて walk; tread; traverseいたようなものです。あなたが卒業して卒業して graduate国国 country; one's native placeへ帰る帰る return (to)時も同じ同じ the same事でした。九月九月 Septemberになったらまたあなたに会おうと約束した約束した promised; agreed私は、嘘嘘 lie; falsehood; untruthを吐いた吐いた expressed; toldのではありません。全く全く utterly; completely会う気気 intentionでいたのです。秋秋 fall; autumnが去って去って go by; pass、冬冬 winterが来て、その冬が尽きて尽きて run its course; come to an endも、きっと会うつもりでいたのです。
すると夏夏 summerの暑い暑い hot (weather)盛り盛り height of; peak ofに明治天皇明治天皇 Meiji Emperorが崩御崩御 death; passing (of an emperor)になりました。その時私は明治の精神精神 spirit; essenceが天皇に始まって天皇に終った終った finished; endedような気がしました。最も強く強く strongly; intensely明治の影響影響 influence; impactを受けた受けた received私どもが、その後に生き残って生き残って survive; be left behindいるのは必竟必竟 in the end; in the final analysis時勢遅れ時勢遅れ behind the times; obsoleteだという感じ感じ feeling; senseが烈しく烈しく furiously; fervently私の胸胸 breast; bosomを打ちました打ちました beat at; pounded on。私は明白さまに明白さまに candidly; openly妻にそういいました。妻は笑って笑って laugh; grin; smile取り合いませんでした取り合いませんでした gave no mind toが、何何 what; whateverを思ったものか、突然突然 suddenly; abruptly私に、では殉死殉死 following one's lord into deathでもしたらよかろうと調戯いました調戯いました teased。
「私私 I; meは殉死殉死 following one's lord into deathという言葉言葉 wordをほとんど忘れて忘れて forgetいました。平生平生 usually; ordinarily使う使う use; apply必要必要 necessity; needのない字字 (combination of) charactersだから、記憶記憶 memoriesの底底 bottom; depthsに沈んだ沈んだ sunken; submergedまま、腐れかけていた腐れかけていた half decayed; partially rotted; corroding awayものと見えます見えます appear (as)。妻妻 (my) wifeの笑談笑談 joke; jest (= 冗談)を聞いて聞いて hear始めて始めて for the first time; initiallyそれを思い出した思い出した remembered; recalled時時 time; moment、私は妻に向って向って turn towardもし自分自分 oneselfが殉死するならば、明治明治 Meiji (era)の精神精神 spirit; essenceに殉死するつもりだと答えました答えました answered; replied。私の答えも無論無論 of course笑談に過ぎなかったに過ぎなかった was nothing more thanのですが、私はその時何だか何だか somehow古い古い old; antiquated不要な不要な unneeded; in disuse言葉に新しい新しい new; fresh意義意義 meaning; significanceを盛り得た盛り得た received in abundance; gained in good measureような心持心持 feelingがしたのです。
それから約約 roughly; about一カ月一カ月 one monthほど経ちました経ちました passed; elapsed。御大葬御大葬 Imperial Funeralの夜夜 evening; night私はいつもの通りいつもの通り as always; as usual書斎書斎 study; reading roomに坐って坐って sit、相図相図 sign; signalの号砲号砲 (signal) cannonを聞きました。私にはそれが明治が永久に永久に forever; for all time去った去った went away; left; departed報知報知 news; noticeのごとく聞こえました。後で後で after; later考える考える consider; think aboutと、それが乃木大将乃木大将 General Nogi (committed suicide on day of Meiji Emperor's funeral)の永久に去った報知にもなっていたのです。私は号外号外 newspaper extra (edition)を手にして手にして took in hand; received、思わず思わず reflexively; instinctively妻に殉死だ殉死だといいました。
私は新聞新聞 newspaperで乃木大将の死ぬ死ぬ die前前 before; priorに書き残して書き残して leave behind (in writing)行った行った went; departedものを読みました読みました read。西南戦争西南戦争 Satsuma Rebellion (1877)の時敵敵 opposing sideに旗旗 flag; banner; regimental colorsを奪られて奪られて had seized以来以来 since ...、申し訳申し訳 apology; act of atonementのために死のう死のうと思って、つい今日今日 today; this dayまで生きて生きて live; abideいたという意味意味 meaning; sense; effectの句句 sentence; passageを見た時、私は思わず指指 fingersを折って折って bend; fold、乃木さんが死ぬ覚悟覚悟 resolution; resolveをしながら生きながらえて来たえて来た gained; obtained年月年月 months and yearsを勘定して勘定して count; reckon; figure見ました。西南戦争は明治十年明治十年 10th year of Meiji (1877)ですから、明治四十五年明治四十五年 45th year of Meiji (1912)までには三十五年三十五年 35 yearsの距離距離 distanceがあります。乃木さんはこの三十五年の間間 interval (of time)死のう死のうと思って、死ぬ機会機会 opportunity; chanceを待って待って wait for; awaitいたらしいのです。私はそういう人人 person; manに取ってに取って to ...; for ...、生きていた三十五年が苦しい苦しい painful; agonizingか、また刀刀 dagger; knifeを腹腹 abdomen; bellyへ突き立てた突き立てた stab; thrust (into)一刹那一刹那 moment; instantが苦しいか、どっちが苦しいだろうと考えました。
それから二、三日二、三日 two or three days; several daysして、私はとうとう自殺する自殺する commit suicide; take one's own life決心決心 determination; resolveをしたのです。私に乃木さんの死んだ理由理由 reason; pretext; motiveがよく解らない解らない don't understand; can't fathomように、あなたにも私の自殺する訳訳 reason; rationaleが明らかに明らかに clearly呑み込めない呑み込めない (can't) understand; take in; digestかも知れませんかも知れません it may be that ...が、もしそうだとすると、それは時勢時勢 spirit of the age; zeitgeistの推移推移 transition; changeから来る来る come; occur; arise人間人間 people; individualsの相違相違 (mutual) differenceだから仕方がありません仕方がありません cannot be helped。あるいは箇人箇人 individual (usually 個人)のもって生れたもって生れた be born with; bring into the world性格性格 disposition; natureの相違といった方方 alternative (of two choices)が確か確か correct; on the markかも知れません。私は私のできる限りできる限り to the best of one's abilityこの不可思議な不可思議な curious; peculiar; anomalous私というものを、あなたに解らせるように、今今 now; the presentまでの叙述叙述 depiction; representation; narrationで己れ己れ oneselfを尽した尽した exhausted; used up; ran dryつもりです。
私私 I; meは妻妻 wifeを残して行きます残して行きます leave behind。私がいなくなっても妻に衣食住衣食住 necessities of life (clothing, food, and shelter)の心配心配 wories; concernsがないのは仕合せ仕合せ happiness; good fortuneです。私は妻に残酷な残酷な harsh; heartless驚怖驚怖 terror; horror; shockを与える与える impart (to)事事 act; actionを好みません好みません do not care to; would rather not。私は妻に血血 bloodの色色 colorを見せないで見せないで without showing死ぬ死ぬ dieつもりです。妻の知らない知らない not know; be unaware間間 interval (of time)に、こっそりこの世この世 this worldからいなくなるようにします。私は死んだ後後 afterで、妻から頓死した頓死した died suddenlyと思われたい思われたい want it thought that ...; want it to seem as though ...のです。気が狂った気が狂った went mad; lost one's sensesと思われても満足満足 satisfactoryなのです。
私が死のうと決心して決心して decide; resolveから、もう十日十日 ten days以上以上 more thanになりますが、その大部分大部分 greater part; most partはあなたにこの長い長い long; lengthy自叙伝自叙伝 personal history; account of one's lifeの一節一節 paragraphs; passagesを書き残す書き残す leave behind (in writing)ために使用された使用された was put to use (for); was applied (toward)ものと思って下さい下さい please ...。始め始め at first; initiallyはあなたに会って会って meet; see話話 talk; conversationをする気気 intentionでいたのですが、書いてみると、かえってその方方 alternative (of two choices)が自分自分 oneselfを判然判然 clearly; candidly描き出す描き出す depict; describe; portray事ができたような心持心持 feelingがして嬉しい嬉しい happy; satisfied; pleasedのです。私は酔興酔興 vagary; whimに書くのではありません。私を生んだ生んだ gave birth to; brought about; shaped; formed私の過去過去 past; historyは、人間人間 human beings; humanityの経験経験 experienceの一部分一部分 one partとして、私より外により外に apart from; other than誰も誰も (no) one語り得る語り得る able to tell; capable of relatingものはないのですから、それを偽りなく偽りなく without deception; honestly; truthfully書き残して置く置く set; place; leave (for future reference)私の努力努力 effort; exertionは、人間を知る上において上において concerning ...; with respect to ...、あなたにとっても、外の人人 people; personsにとっても、徒労徒労 fruitless effort; labors made in vainではなかろうと思います。渡辺華山渡辺華山 Watanabe Kazan (Japanese painter; 1793-1841)は邯鄲邯鄲 Kantan (name of painting; lit: tree cricket; can refer to faithlessness of fortune - based on Tang period story)という画画 paintingを描く描く paintために、死期死期 hour of one's death; one's timeを一週間一週間 one week繰り延べた繰り延べた put off; deferredという話をつい先達て先達て the other day; recently聞きました聞きました heard。他他 (other) peopleから見たら余計な余計な needless; uncalled-for; excessive事のようにも解釈できましょう解釈できましょう take as; regard asが、当人当人 the person in questionにはまた当人相応相応 befitting ofの要求要求 need; desireが心心 heart; mind; soulの中中 inside; withinにあるのだからやむをえないともいわれるでしょう。私の努力も単に単に merely; simplyあなたに対するに対する with respect to; regarding約束約束 promise; obligationを果たす果たす meet; realize; fulfillためばかりではありません。半ば半ば half以上は自分自身自分自身 one's own selfの要求に動かされた動かされた was moved; was motivated; was inspired (by)結果結果 result; consequence (of)なのです。
しかし私は今今 now; at presentその要求を果たしました。もう何にも何にも (no)thingする事はありません。この手紙手紙 letterがあなたの手手 handsに落ちる落ちる fall (into)頃頃 timeには、私はもうこの世にはいないでしょう。とくに死んでいるでしょう。妻は十日ばかり前前 before; priorから市ヶ谷市ヶ谷 Ichigaya (place name)の叔母叔母 auntの所所 place; residenceへ行きました。叔母が病気病気 sick; illで手が足りない手が足りない short-handed; requiring helpというから私が勧めて勧めて recommend; suggest; encourageやったのです。私は妻の留守留守 absence (from home)の間間 interval (of time)に、この長いものの大部分を書きました。時々時々 sometimes; from time to time妻が帰って来る帰って来る come back; returnと、私はすぐそれを隠しました隠しました concealed; hid。
私は私の過去を善悪とも善悪とも good and bad togetherに他の参考参考 referenceに供する供する offer; presentつもりです。しかし妻だけはたった一人一人 one person; single personの例外例外 exceptionだと承知して承知して accept; acknowledge下さい。私は妻には何にも知らせたくないのです。妻が己れ己れ I; meの過去に対してもつ記憶記憶 memories; remembranceを、なるべく純白に純白に in pure white; without blemish; untarnished保存して保存して preserve; maintain; protectおいてやりたいのが私の唯一の唯一の only; sole; solitary希望希望 hope; wishなのですから、私が死んだ後でも、妻が生きている生きている be alive; be living以上以上 as long as ...は、あなた限り限り limited toに打ち明けられた打ち明けられた was revealed; has been divulged私の秘密秘密 secretsとして、すべてを腹の中腹の中 within one's heart; to oneselfにしまっておいて下さい。」