Kokoro - Sensei's Testament - 19-27

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十九十九じゅうく (part) 19

わたくし I; meはその友達友達ともだち friend nameをここにKと呼んでんで refer to (as)おきます。私はこのKと小供の時小供こどもとき childhood; youth (usually 子供こども)からの仲好仲好なかよし close friendでした。小供の時からといえば断らないでもことわらないでも even leaving it unsaid解っているわかっている understand; be awareでしょう、二人二人ふたり two (people)には同郷同郷どうきょう same (home) town縁故縁故えんこ relation; connectionがあったのです。Kは真宗真宗しんしゅう Shin Buddhism坊さんぼうさん Buddhist priest childでした。もっとも長男長男ちょうなん eldest sonではありません、次男次男じなん second sonでした。それである医者医者いしゃ doctor; physicianところ place; residence養子養子ようし adopted childにやられたのです。私の生れた地方うまれた地方ちほう native place; home region大変大変たいへん very much; a great deal本願寺派本願寺ほんがんじ Honganji sect (of Shin Buddhism)勢力勢力せいりょく force; influence強いつよい strong; potent; robust所でしたから、真宗の坊さんは他のものほかのもの others; other peopleに比べるとくらべると in comparison to物質的に物質的ぶっしつてきに in material termsわり profit; gain好かったかった was good; was lucrativeようです。一例一例いちれい one example挙げるげる bring up; mentionと、もし坊さんに女の子おんな female child; daughterがあって、その女の子が年頃年頃としごろ marriageable ageになったとすると、檀家のもの檀家だんかのもの parishioners相談して相談そうだんして discuss (a matter)、どこか適当な適当てきとうな suitable; appropriate所へよめ wife; brideにやってくれます。無論無論むろん of course費用費用ひよう cost; expensesは坊さんのふところ pocket; purseから出るる come out (of)のではありません。そんなわけ reason真宗寺真宗寺しんしゅうでら Shin Buddhism temple大抵大抵たいてい for the most part有福有福ゆうふく affluence; prosperity (usually 裕福ゆうふく)でした。

Kの生れたいえ house; household相応に相応そうおうに suitably; adequately暮らしてらして live; get byいたのです。しかし次男を東京東京とうきょう Tōkyō修業修業しゅぎょう studies; learning出すす send out; send forthほどの余力余力よりょく (financial) leeway; licenseがあったかどうか知りませんりません don't know。また修業に出られる便宜便宜べんぎ advantage; expedienceがあるので、養子の相談が纏まったまとまった was settled; was arrangedものかどうか、そこも私には分りません。とにかくKは医者のうち house; homeへ養子に行ったった went (to)のです。それは私たちがまだ中学中学ちゅうがく middle schoolにいる時のこと event; happeningでした。私は教場教場きょうじょう classroom先生先生せんせい teacher名簿を呼ぶ名簿めいぼぶ call roll時に、Kのせい family name; surname急にきゅうに suddenly変っていたかわっていた was changed; was differentので驚いたおどろいた was surprisedのをいま now; the presentでも記憶して記憶きおくして rememberいます。

Kの養子さき destinationもかなりな財産家財産家ざいさんか man of wealthでした。Kはそこから学資学資がくし educational funds貰ってもらって receive東京へ出て来たた came up (to)のです。出て来たのは私といっしょでなかったけれども、東京へ着いていて arriveからは、すぐ同じおなじ the same下宿下宿げしゅく lodgings入りましたはいりました entered。その時分時分じぶん time; period一つ室ひとへや single roomによく二人二人ふたり two people三人三人さんにん three peopleつくえ desk並べてならべて line up; place side by side寝起きした寝起ねおきした livedものです。Kと私も二人で同じ roomにいました。やま mountains生捕られた生捕いけどられた be captured alive動物動物どうぶつ animalsが、おり cageなか inside抱き合いながらいながら embracing each otherそと outside; surroundings睨めるにらめる watch; eye (with caution)ようなものでしたろう。二人は東京と東京のひと people; folk畏れましたおそれました feared; were wary of。それでいて六畳六畳ろくじょう 6 mats (about 10 sq meters; about 104 sq ft)の間の中では、天下天下てんか realm; world睥睨する睥睨へいげいする lord over; be masters ofような事をいっていたのです。

しかし我々我々われわれ we; us真面目真面目まじめ earnest; sincereでした。我々は実際実際じっさい really; in fact偉くなるえらくなる achieve greatnessつもりでいたのです。ことにKは強かったのです。寺に生れたかれ he; himは、常につねに always; constantly精進精進しょうじん diligence; devotionという言葉言葉ことば word使いました使つかいました used; applied。そうして彼の行為行為こうい deeds; conduct動作動作どうさ actions悉くことごとく entirely; in all respectsこの精進の一語一語いちご one word; single word形容される形容けいようされる be described byように、私には見えたえた appearedのです。私は心のうちでこころのうちで inwardly; to oneself常にKを畏敬して畏敬いけいして regard with great respect; revereいました。

Kは中学中学ちゅうがく middle schoolにいたころ timeから、宗教宗教しゅうきょう religionとか哲学哲学てつがく philosophyとかいうむずかしい問題問題もんだい topic; subjectで、わたくし I; me困らせましたこまらせました troubled; put on the spot (with questions)。これはかれ he; himちち father感化感化かんか influenceなのか、または自分自分じぶん oneself生れたうまれた was born intoいえ house; household、すなわちてら templeという一種一種いっしゅ one type; certain type特別な特別とくべつな special; particular建物建物たてもの building; structure属するぞくする belong to; be associated with空気空気くうき air; atmosphere影響影響えいきょう influence; effectなのか、解りませんわかりません don't know; can't say。ともかくも彼は普通の普通ふつうの ordinary; typical坊さんぼうさん priestよりは遥かにはるかに by far坊さんらしい性格性格せいかく character; disposition; natureをもっていたように見受けられます見受みうけられます be seen; come across (as)元来元来がんらい originally; from the startKの養家養家ようか adoptive familyでは彼を医者医者いしゃ doctor; physicianにするつもりで東京東京とうきょう Tōkyō出したした sent (to)のです。しかるにしかるに however頑固な頑固がんこな stubborn; obstinate彼は医者にはならない決心決心けっしん determination; resolveをもって、東京へ出て来たた came up (to)のです。私は彼に向ってむかって turn toward、それでは養父母養父母ようふぼ adoptive parents欺くあざむく deceive同じおなじ the sameこと matter; thingではないかと詰りましたなじりました rebuked; scolded大胆な大胆だいたんな bold; audacious彼はそうだと答えるこたえる answerのです。みち way; pathのためなら、そのくらいの事をしても構わないかまわない is not a problem; is acceptableというのです。そのとき time; occasion彼の用いたもちいた used; applied道という言葉言葉ことば word; term; expressionは、おそらく彼にもよく解っていなかったでしょう。私は無論無論むろん of course解ったとはいえません。しかし年の若いとしわかい young (in years)私たちには、この漠然とした漠然ばくぜんとした vague; ambiguous言葉が尊とくたっとく noble; exalted; sacred響いたひびいた echoed; rangのです。よし解らないにしても気高い気高けだかい high-minded心持心持こころもち feeling; mood支配されて支配しはいされて be ruled by; be taken with、そちらのほう direction動いて行こううごいてこう move; progress (toward)とする意気組意気組いきぐみ fervor; zeal; enthusiasm卑しいいやしい mean; ignobleところの見えるえる be visible; be apparentはずはありません。私はKのせつ opinion; viewpoint賛成しました賛成さんせいしました was in agreement (with)。私の同意同意どうい agreement; approvalがKにとってどのくらい有力有力ゆうりょく influential; persuasiveであったか、それは私も知りませんりません don't know一図一図いちず wholehearted; earnestな彼は、たとい私がいくら反対しよう反対はんたいしよう be opposed; disagreeとも、やはり自分の思い通りおもどおり as one thinks; as one sees fit貫いたつらぬいた carried out; followed throughに違いなかろうちがいなかろう no doubt ...とは察せられますせっせられます one could presume that ...。しかし万一の場合万一まんいち場合ばあい on the off chance (that all goes wrong)賛成賛成さんせい agreement; approval声援声援せいえん encouragement; support与えたあたえた gave; conferred私に、多少の多少たしょうの some degree of責任責任せきにん responsibilityができてくるぐらいの事は、子供子供こども childながら私はよく承知していた承知しょうちしていた accepted; acknowledgedつもりです。よしその時にそれだけの覚悟覚悟かくご resolve; preparationがないにしても、成人した成人せいじんした matured; come of age eyes; viewpoint; perspectiveで、過去過去かこ the past振り返るかえる look back on必要必要ひつよう necessity; need起ったおこった came about; occurred場合場合ばあい situation; circumstanceには、私に割り当てられたてられた be assigned; have doled out toだけの責任は、私の方で帯びるびる carry; take onのが至当至当しとう fair; properになるくらいな語気語気ごき tone (of voice)で私は賛成したのです。

二十二十にじゅう (part) 20

「Kとわたくし I; me同じおなじ the same (academic) department入学しました入学にゅうがくしました enrolled (in); matriculated (at)。Kは澄ましたました indifferent; calm and collectedかお face; (facial) expressionをして、養家養家ようか adoptive familyから送ってくれるおくってくれる be sent on one's behalfかね moneyで、自分自分じぶん oneself好きなきな preferred; to one's likingみち way; path歩き出したあるした began to walk; set out onのです。知れはしないれはしない won't know; have no ideaという安心安心あんしん assuranceと、知れたって構うかまう care; mindものかという度胸度胸どきょう nerve; pluckとが、二つながらふたつながら bothKのこころ heart; mindにあったものと見るる view; regard (as)よりほか仕方がありませんよりほか仕方しかたがありません no alternative other than to ...。Kは私よりも平気平気へいき cool; calm; unconcernedでした。

最初の最初さいしょの initial; first夏休み夏休なつやすみ summer vacationにKはくに country; one's native place帰りませんでしたかえりませんでした did not return (to)駒込駒込こまごめ Komagome (place name)のあるてら temple一間一間ひとま one room; single room借りてりて borrow; rent勉強する勉強べんきょうする studyのだといっていました。私が帰って来たかえってた returned; came backのは九月九月くがつ September上旬上旬じょうじゅん first part of the month (first 10 days of the month)でしたが、かれ he; himはたしてはたして sure enough大観音大観音おおがんのん Great Kannonそば vicinity; proximity汚いきたない dirty; untidy寺のなか inside閉じ籠っていましたこもっていました was holed up (in)。彼の座敷座敷ざしき room本堂本堂ほんどう main hallのすぐ傍の狭いせまい narrow; cramped; confinedへや roomでしたが、彼はそこで自分の思うおもう think; imagine通りとおり just as; exactly asに勉強ができたのを喜んでいるよろこんでいる take pleasure in; enjoyらしく見えました。私はそのとき time彼の生活生活せいかつ life; lifestyle段々段々だんだん gradually; bit by bit坊さんらしくぼうさんらしく priest-likeなって行くなってく progress toward; becomeのを認めたみとめた recognized; took notice ofように思いますおもいます think; believe。彼は手頸手頸てくび wrist珠数珠数じゅず rosary; string of prayer beads (Buddhism)懸けてけて wearいました。私がそれはなん whatのためだと尋ねたらたずねたら ask; inquire、彼は親指親指おやゆび thumb一つひとつ one (of something)二つふたつ two (of something)勘定する勘定かんじょうする count真似真似まね action; behaviorをして見せました。彼はこうして日にに each day何遍も何遍なんべんも numerous times珠数の circle; loopを勘定するらしかったのです。ただしその意味意味いみ meaning; significanceは私には解りませんわかりません was not understood; was lost on (someone)円いまるい round; circular輪になっているものを一粒一粒ひとつぶ one beadずつ数えてゆけばかぞえてゆけば proceed in counting、どこまで数えていっても終局終局しゅうきょく ending point; conclusionはありません。Kはどんなところ placeでどんな心持心持こころもち feeling; sensationがして、爪繰る爪繰つまぐる work (something) with one's fingertips hand留めためた stopped; brought to a restでしょう。詰らないつまらない unimportant; triflingこと matterですが、私はよくそれを思うおもう think; wonder (about)のです。

私はまた彼の室に聖書聖書せいしょ Bibleを見ました。私はそれまでにお経きょう sutra; Buddhist scriptures names度々度々たびたび often; frequently彼のくち mouthから聞いたいた heard覚えおぼえ memoryがありますが、基督教基督キリストきょう Christianityについては、問われたわれた was asked事も答えられたこたえられた was answeredためし precedent; exampleもなかったのですから、ちょっと驚きましたおどろきました was surprised。私はその理由理由わけ reason; motive訊ねずにたずねずに without asking; without inquiringはいられませんでした。Kは理由はないといいました。これほどひと people; men有難がる有難ありがたがる find favor in; have an appreciation for書物書物しょもつ bookなら読んでんで readみるのが当り前あたまえ natural; reasonableだろうともいいました。その上そのうえ on top of that; furthermore彼は機会機会きかい opportunity; chanceがあったら、『コーランコーラン Koran』も読んでみるつもりだといいました。彼はモハメッドモハメッド Muhammadけん swordという言葉言葉ことば phrase大いなるおおいなる great興味興味きょうみ interest; curiosityをもっているようでした。

二年目二年目にねんめ second yearなつ summerかれ he; himくに country; one's native placeから催促催促さいそく demand; pressing request受けてけて receiveようやく帰りましたかえりました returned; went home。帰っても専門専門せんもん specialty; area of study; majorの事こと about ...; concerning ...何にもなんにも (no)thingいわなかったものとみえます。うち house; homeでもまたそこに気が付かなかったかなかった didn't realize; didn't noticeのです。あなたは学校教育学校がっこう教育きょういく formal educationを受けたひと person; manだから、こういう消息消息しょうそく relating of eventsをよく解してかいして understand; appreciateいるでしょうが、世間世間せけん society; the world学生学生がくせい student生活生活せいかつ life; lifestyleだの、学校の規則規則きそく rules; conventionsだのに関してかんして concerning; in connection to驚くおどろく be surprisedべく無知な無知むちな ignorant; uninformedものです。我々我々われわれ we; usに何でもない事が一向一向いっこう (not) in the least外部外部がいぶ outside; external (world)へは通じていませんつうじていません is not known。我々はまた比較的比較的ひかくてき comparatively内部内部ないぶ inside; internal空気空気くうき airばかり吸ってって breathe; take inいるので、校内校内こうない within the schoolの事は細大ともに細大さいだいともに both great and small; all世の中なか society; the world知れ渡っているわたっている be universally known; be well understoodはずだと思い過ぎるおもぎる make too much of; go too far (in one's thinking)くせ tendencyがあります。Kはそのてん pointにかけて、わたくし I; meより世間を知っていたっていた was aware of; was attuned toのでしょう、澄ましたました indifferent; nonchalantかお face; (facial) expressionでまた戻って来ましたもどってました came back; returned。国を立つつ leave; depart (from)とき time; occasionは私もいっしょでしたから、汽車汽車きしゃ (steam) train乗るる board (a train)や否やいなや as soon as ...すぐどうだったとKに問いましたいました asked; inquired。Kはどうでもなかったと答えたこたえた answered; repliedのです。

三度目三度目さんどめ third timeの夏はちょうど私が永久に永久えいきゅうに forever; for all time父母父母ふぼ father and mother墳墓墳墓ふんぼ graves ground; land去ろうろう leave; go from決心した決心けっしんした decided; resolvedとし yearです。私はその時Kに帰国帰国きこく return home勧めましたすすめました recommended; advised; encouragedが、Kは応じませんでしたおうじませんでした didn't listen; did not comply。そう毎年毎年まいとし every year家へ帰ってなに whatをするのだというのです。彼はまた踏み留まってとどまって stay back; remain behind勉強する勉強べんきょうする studyつもりらしかったのです。私は仕方なしに仕方しかたなしに having no other recourse一人で一人ひとりで alone; by oneself東京東京とうきょう Tōkyōを立つ事にしました。私の郷里郷里きょうり native place; home town暮らしたらした lived; passed one's timeその二カ月間月間げつかん period of two months; two months' timeが、私の運命運命うんめい fate; destinyにとって、いかに波瀾波瀾はらん trouble; ups and downs富んだんだ was rich (in); abounded (with)ものかは、まえ before; prior書いたいた wrote; penned通りとおり just as; exactly asですから繰り返しませんかえしません won't repeat。私は不平不平ふへい discontent幽欝幽欝ゆううつ melancholy; dejection孤独孤独こどく isolation; alienation淋しささびしさ lonelinessとを一つひとつ one thingむね breast; bosom抱いていだいて harbor; bear九月九月くがつ September入ってって enter (into)またKに逢いましたいました met; came together (with)。すると彼の運命もまた私と同様に同様どうように in the same manner変調変調へんちょう change of tone; transformation示してしめして show; displayいました。彼は私の知らないうちに、養家先養家先ようかさき adoptive family手紙手紙てがみ letter出してして send off、こっちから自分の自分じぶんの one's own詐りいつわり falsehood; fiction白状して白状はくじょうして confessしまったのです。彼は最初から最初さいしょから from the startその覚悟覚悟かくご preparedness; resolveでいたのだそうです。今更今更いまさら at this point仕方がないから、お前まえ you好きなきな desired; preferredものをやるより外によりほかに other than; besidesみち way; pathはあるまいと、向うむこう the other partyにいわせるつもりもあったのでしょうか。とにかく大学大学だいがく university (graduate school)入ってはいって enter (into)までも養父母養父母ようふぼ adoptive parents欺き通すあざむとおす continue to deceive; mislead throughout intentionはなかったらしいのです。また欺こうとしても、そう長くながく for a long time続くつづく continueものではないと見抜いた見抜みぬいた saw; gaged (as)かも知れませんかもれません it may be that ...

二十一二十一にじゅういち (part) 21

「Kの手紙手紙てがみ letter見たた saw; read養父養父ようふ adoptive father大変大変たいへん very much; a great deal怒りましたおこりました became angry; was enraged; grew furiousおや parents騙すだます trick; deceiveような不埒な不埒ふらちな insolent; impudentものに学資学資がくし educational funds送るおくる send事はできないことはできない be unable to ...; can't ...という厳しいきびしい stern; severe返事返事へんじ response; replyをすぐ寄こしたこした sent; deliveredのです。Kはそれをわたくし I; meに見せました。Kはまたそれと前後して前後ぜんごして at about the same time実家実家じっか parental home; home one was born intoから受け取ったった received書翰書翰しょかん letter; correspondenceも見せました。これにもまえ before; prior劣らないおとらない be in no way inferior (to)ほど厳しい詰責詰責きっせき reproach; reproval言葉言葉ことば wordsがありました。養家先養家先ようかさき adoptive familyへ対してたいして with respect to済まないまない inexcusable; unpardonableという義理義理ぎり sense of duty; feeling of obligation加わってくわわって be added toいるからでもありましょうが、こっちでも一切一切いっさい (not) at all; (not) in the least構わないかまわない not care for; not look after書いてありましたいてありました was written。Kがこの事件事件じけん affair; scandalのために復籍して復籍ふくせきして be reinstated (into a family register)しまうか、それとも他にに in some other way妥協妥協だきょう compromise; settlementみち way; path講じてこうじて work out; devise依然依然いぜん still; as yet養家に留まるとどまる stay; remainか、そこはこれから起るおこる raise up; engage in問題問題もんだい problem; questionとして、差し当りあたり for the time being; at presentどうかしなければならないのは、月々月々つきづき month by month; monthly必要な必要ひつような necessary; needed学資でした。

私はそのてん point; aspectについてKに何かなにか something; some sort of考えかんがえ idea; thoughtがあるのかと尋ねましたたずねました asked; inquired。Kは夜学校夜学校やがっこう night school教師教師きょうし teacher; instructorでもするつもりだと答えましたこたえました answered; replied。その時分時分じぶん time; periodいま now; the present比べるくらべる compareと、存外存外ぞんがい contrary to expectations; surprisingly世の中なか society; the world寛ろいでいましたくつろいでいました was easier; was relaxedから、内職内職ないしょく side job; sidelineくち opening; opportunityはあなたが考えるほど払底払底ふってい scarce; in short supplyでもなかったのです。私はKがそれで充分充分じゅうぶん sufficiently; well enoughやって行けるやってける can carry on; can get byだろうと考えました。しかし私には私の責任責任せきにん responsibilityがあります。Kが養家の希望希望きぼう wishes背いてそむいて go against; disobey自分自分じぶん oneself行きたいきたい want to follow道を行こうとしたとき time賛成した賛成さんせいした agreed; approvedものは私です。私はそうかといって手を拱いでこまぬいで stand idly byいる訳にゆきませんわけにゆきません would not do to ...; could not very well ...。私はその場その that occasion物質的の物質的ぶっしつてきの material補助補助ほじょ assistance; supportをすぐ申し出しましたもうしました suggested; proposed。するとKは一も二もなくいちもなく without thinking twiceそれを跳ね付けましたけました turned down; refusedかれ he; him性格性格せいかく nature; dispositionからいって、自活自活じかつ self-sufficiencyほう alternative (of two choices)友達友達ともだち friend保護保護ほご favor; patronageもと under (the influence of)立つつ stand; be positioned; find oneselfより遥にはるかに by far快よくこころよく pleasant; agreeable思われたおもわれた thought of as; took asのでしょう。彼は大学大学だいがく university (graduate school)へはいった以上以上いじょう given that ...自分一人自分じぶん一人ひとり by oneself; on one's ownぐらいどうかできなければおとこ manでないような事をいいました。私は私の責任を完うするまっとうする fulfill; carry outために、Kの感情感情かんじょう feelings; sentiment傷つけるきずつける damage; injure; harmに忍びませんでしたしのびませんでした felt reluctant to ...; was loathe to ...。それで彼の思う通りとおり just as; exactly asにさせて、私は手を引きましたきました withdrew; backed away

Kは自分の望むのぞむ desire; wish forような口をほどなくほどなく shortly; before long探し出しましたさがしました sought out; found。しかし時間時間じかん time惜しむしむ value; hold dear彼にとって、この仕事仕事しごと workがどのくらい辛かったつらかった was bitter; was a hardshipかは想像するまでもない想像そうぞうするまでもない goes without saying事です。彼は今まで通り勉強勉強べんきょう studiesの手をちっとも緩めずにゆるめずに without letting up新しいあたらしい new burden背負って背負しょって bear; shoulder猛進した猛進もうしんした rushed on; pushed aheadのです。私は彼の健康健康けんこう health; well-being気遣いました気遣きづかいました worried about。しかし剛気な剛気ごうきな stouthearted; valiant彼は笑うわらう laughだけで、少しもすこしも (not) in the least私の注意注意ちゅうい warning; advice取り合いませんでしたいませんでした paid no heed (to)

同時に同時どうじに at the same timeかれ he; him養家養家ようか adoptive familyとの関係関係かんけい relationshipは、段々段々だんだん gradually; bit by bitこん絡がって来ましたこんがらがってました grew tangled; became complicated時間時間じかん time余裕余裕よゆう margin; leewayのなくなった彼は、まえ beforeのようにわたくし I; me話すはなす talk機会機会きかい chances; opportunities奪われたうばわれた was taken away; was lostので、私はついにその顛末顛末てんまつ circumstance; facts詳しくくわしく in detail聞かずにかずに without hearingしまいましたが、解決解決かいけつ resolution; settlementのますます困難困難こんなん difficultyになってゆくこと situationだけは承知していました承知しょうちしていました was aware; knew (of)ひと a (certain) person仲に入ってなかはいって intercede; intervene; arbitrate調停調停ちょうてい conciliation試みたこころみた tried; attempted事も知っていましたっていました knew。その人は手紙手紙てがみ letterでKに帰国帰国きこく returning home促したうながした suggested; urgedのですが、Kは到底到底とうてい utterly; absolutely; after all; in the end駄目駄目だめ no good; hopelessだといって、応じませんでしたおうじませんでした didn't listen; did not comply。この剛情な剛情ごうじょうな obstinate; stubbornところが、――Kは学年中学年がくねんじゅう during the school year帰れないかえれない could not return (home)のだから仕方がない仕方しかたがない can't be helpedといいましたけれども、向うむこう the other side; the other partyから見ればれば look at; view剛情でしょう。そこが事態事態じたい situation; circumstancesをますます険悪険悪けんあく dicey; precariousにしたようにも見えました。彼は養家の感情感情かんじょう feelings; sentiment害するがいする damage; harmと共にともに along with; together with実家実家じっか parental home; home one was born into怒りいかり anger; displeasure買うう stir; provokeようになりました。私が心配して心配しんぱいして worry; be concerned双方双方そうほう both sides; both parties融和する融和ゆうわする appease; placate; pacifyために手紙を書いたいた crafted; wrote; draftedとき time; occasionは、もう何のなんの (none) whatsoever効果効果ききめ effect; resultもありませんでした。私の手紙は一言一言ひとこと one word; a single word返事返事へんじ response; replyさえ受けずにけずに without receiving葬られてほうむられて was buried; was shelvedしまったのです。私も腹が立ちましたはらちました grew irritated; became annoyedいま now; the presentまでも行掛り上行掛ゆきがかじょう given the circumstances; things being what they were、Kに同情して同情どうじょうして sympathize (with)いた私は、それ以後それ以後いご from that point on理否理否りひ rights and wrongs; relative merits (usually 理非りひ)度外に置いて度外どがいいて set aside; disregardもKの味方味方みかた ally; supporter; backerをする inclinationになりました。

最後に最後さいごに finally; in the endKはとうとう復籍復籍ふくせき reinstatement (into a family register)決しましたけっしました decided; settled (on)。養家から出してして put forth; provideもらった学資学資がくし educational fundsは、実家で弁償する弁償べんしょうする reimburse事になったのです。その代りそのかわり in return; in exchange実家のほう sideでも構わないかまわない not care for; not look afterから、これからは勝手にしろ勝手かってにしろ do as you like; take care of yourself; go your own wayというのです。むかし old days; former times言葉言葉ことば word; term; expressionでいえば、まあ勘当勘当かんどう disinheritanceなのでしょう。あるいはそれほど強いつよい strong; severeものでなかったかも知れませんかもれません it may be that ...が、当人当人とうにん the one concerned; he himselfはそう解釈して解釈かいしゃくして interpret; take asいました。Kははは motherのないおとこ man; fellowでした。彼の性格性格せいかく character; disposition一面一面いちめん one side; one facet (of)は、たしかに継母継母けいぼ stepmother育てられたそだてられた was raised (by)結果結果けっか result; consequence; outcomeとも見る事ができるようです。もし彼の実のじつの actual; true母が生きてきて be livingいたら、あるいは彼と実家との関係に、こうまで隔たりへだたり distance; detachmentができずに済んだんだ finished; concluded; endedかも知れないと私は思うおもう think; believeのです。彼のちち fatherはいうまでもなく僧侶僧侶そうりょ Buddhist priestでした。けれども義理堅い義理ぎりがたい possessed of a strong sense of dutyてん point; aspectにおいて、むしろ武士武士さむらい samurai; warrior似たた resembled; was akin toところがありはしないかと疑われますうたがわれます one wondered if ...

二十二二十二にじゅうに (part) 22

「Kの事件事件じけん incident; affair; trouble一段落ついた一段落いちだんらくついた reached a lull; settled a bitあと afterで、わたくし I; meかれ he; himあね older sisterおっと husbandから長いながい long; lengthy封書封書ふうしょ (sealed) letter受け取りましたりました received。Kの養子養子ようし adopted child行ったった went (to)さき destinationは、このひと person親類親類しんるい relative; relation; kinに当るあたる correspond toのですから、彼を周旋した周旋しゅうせんした brokered; mediatedとき time; occasionにも、彼を復籍させた復籍ふくせきさせた reinstated (into a family register)時にも、この人の意見意見いけん opinion; point of view重きおもき importanceをなしていたのだと、Kは私に話して聞かせましたはなしてかせました told; informed

手紙手紙てがみ letterにはその後Kがどうしているか知らせてらせて let know; informくれと書いてありましたいてありました was written。姉が心配して心配しんぱいして be concerned; be worriedいるから、なるべく早くはやく soon; without delay返事返事へんじ reply; response貰いたいもらいたい want to receiveという依頼依頼いらい request付け加えてありましたくわえてありました was added。Kはてら temple嗣いだいだ took on through successionあに older brotherよりも、他家他家たけ another family; another house縁づいたえんづいた married (into)この姉を好いていましたいていました was fond of; was close to。彼らはみんな一つひとつ one (thing)はら belly; wombから生れたうまれた were born姉弟姉弟きょうだい brothers and sisters; siblingsですけれども、この姉とKとの間にはあいだには between ...大分大分だいぶ very much; a great deal年歯年歯とし age differenceがあったのです。それでKの小供小供こども child; youth (usually 子供こども)時分時分じぶん time; periodには、継母継母ままはは stepmotherよりもこの姉のほう alternative (of two choices)が、かえって本当の本当ほんとうの actual; trueはは motherらしく見えたえた appeared; seemed; came across asのでしょう。

私はKに手紙を見せました。Kは何ともなんとも (no)thingいいませんでしたけれども、自分の自分じぶんの one's ownところ place; residenceへこの姉から同じおなじ the sameような意味意味いみ meaning; gist書状書状しょじょう letter; note二、三度三度さんど two or three times来たた came; arrivedということ fact; state of affairs打ち明けましたけました disclosed; revealed。Kはそのたびに心配するに及ばないおよばない not worth ...; not to the point of ...答えてやったこたえてやった answered; respondedのだそうです。運悪く運悪うんわるく unfortunatelyこの姉は生活生活せいかつ lifestyle; livelihood余裕余裕よゆう margin; leewayのないいえ house; household片付いた片付かたづいた was married off (to)ために、いくらKに同情同情どうじょう sympathy; compassionがあっても、物質的に物質的ぶっしつてきに materiallyおとうと younger brotherをどうしてやる訳にも行かなかったわけにもかなかった was unable to ...; was incapable of ...のです。

私はKと同じような返事を彼の義兄義兄ぎけい brother-in-lawあて addressed to出しましたしました sent out; dispatchedその中にそのうちに within it万一の場合には万一まんいち場合ばあいには if worse comes to worst私がどうでもするから、安心する安心あんしんする rest easyようにという意味を強いつよい strong; firm言葉言葉ことば words書き現わしましたあらわしました expressed (in writing)。これは固よりもとより from the first; all along私の一存一存いちぞん choosing; initiativeでした。Kの行先行先ゆくさき futureを心配するこの姉に安心を与えようあたえよう give; impart (to)という好意好意こうい good will; favor無論無論むろん of course含まれていましたふくまれていました was includedが、私を軽蔑した軽蔑けいべつした dispised; disdained; disrespectedより外に取りようのないよりほかりようのない could not be taken otherwise than ...彼の実家実家じっか parental home; home one was born into養家養家ようか adoptive familyに対するたいする with respect to; vis-à-vis意地意地いじ opposition; perversenessもあったのです。

Kの復籍した復籍ふくせきした was reinstated (into a family register)のは一年生一年生いちねんせい first year studentとき timeでした。それから二年生二年生にねんせい second year student中頃中頃なかごろ about the middle; around midwayになるまで、やく approximately; about一年半一年半いちねんはん a year and a halfあいだ interval of timeかれ he; him独力独力どくりょく solitary effort己れおのれ oneself支えてささえて supportいったのです。ところがこの過度の過度かどの excessive労力労力ろうりょく toil; effort次第に次第しだいに gradually彼の健康健康けんこう health精神精神せいしん mind; spiritの上にうえに with regard to; concerning影響して来た影響えいきょうしてた began to affectように見え出しましたしました started to show。それには無論無論むろん of course養家養家ようか adoptive family出る出ないない leave or not leave蒼蠅い蒼蠅うるさい bothersome問題問題もんだい problem手伝っていた手伝てつだっていた played a role; contributedでしょう。彼は段々段々だんだん gradually; bit by bit感傷的感傷的センチメンタル sentimental; emotionalになって来たのです。時によると、自分自分じぶん oneselfだけが世の中なか the world不幸不幸ふこう misfortune; sorrow一人で一人ひとりで alone; by oneself背負って背負しょって shoulder; be saddled with立ってって stand; hold one's groundいるようなこと thingsをいいます。そうしてそれを打ち消せばせば refuteすぐ激するげきする get worked up; come ungluedのです。それから自分の未来未来みらい future横たわるよこたわる lie in waiting; be latent光明光明こうみょう glimmer; hopeが、次第に彼の view遠退いて行く遠退とおのいてく recede away fromようにも思っておもって think; feel; perceive、いらいらするのです。学問学問がくもん scholarship; academic endeavorやり始めたやりはじめた started; commenced時には、誰しもだれしも everyone; anyone偉大な偉大いだいな great; grand抱負抱負ほうふ aspiration; ambitionをもって、新しいあたらしい novel; freshたび journey上るのぼる set out (on)のがつね usualですが、一年一年いちねん one year立ちち pass; lapse二年二年にねん two years過ぎぎ go by、もう卒業卒業そつぎょう graduation間近間近まぢか near; closeになると、急にきゅうに suddenly自分の足の運びあしはこび pace; steps鈍いのろい slow; sluggishのに気が付いていて notice; realize過半過半かはん mostはそこで失望する失望しつぼうする despair; lose heartのが当り前あたまえ ordinary; commonplaceになっていますから、Kの場合場合ばあい case; situation同じおなじ the sameなのですが、彼の焦慮り方焦慮あせかた fluster; frenzy; agitationはまた普通普通ふつう ordinary; usual比べるくらべる compare遥かにはるかに by far甚しかったはなはだしかった was excessive; was extremeのです。わたくし I; meはついに彼の気分気分きぶん feeling; mood落ち付けるける quiet; calmのが専一専一せんいち of utmost importanceだと考えましたかんがえました thought; considered

私は彼に向ってむかって turn to余計な余計よけいな extra; excessive仕事仕事しごと work; toilをするのは止せせ stop; ceaseといいました。そうして当分当分とうぶん for a while身体を楽にして身体からだらくにして rest oneself; take it easy遊ぶあそぶ engage in leisureほう alternative大きなおおきな big; grand将来将来しょうらい futureのために得策得策とくさく good plan; best betだと忠告しました忠告ちゅうこくしました cautioned; advised剛情な剛情ごうじょうな obstinate; stubbornKの事ですから、容易に容易よういに easily私のいう事などは聞くまいくまい not apt to listen; unlikely to listenと、かねてかねて beforehand; in advance予期していた予期よきしていた anticipated; was expectingのですが、実際実際じっさい actually; in factいい出していいして broached (a subject)見ると、思ったよりも説き落すおとす wear into submission; win overのに骨が折れたほねれた required great effortので弱りましたよわりました was at one's wits end; was stumped。Kはただ学問が自分の目的目的もくてき aim; objectiveではないと主張する主張しゅちょうする assert; insistのです。意志の力意志いしちから willpower; force of will養ってやしなって cultivate; develop強いつよい strong; resilientひと person; manになるのが自分の考えだというのです。それにはなるべく窮屈な窮屈きゅうくつな constrained; uncomfortable境遇境遇きょうぐう environment; circumstancesにいなくてはならないと結論する結論けつろんする conclude; figure; reckonのです。普通の人から見れば、まるで酔興酔興すいきょう aberrant; eccentricです。その上そのうえ on top of that; furthermore窮屈な境遇にいる彼の意志は、ちっとも強くなっていないのです。彼はむしろ神経衰弱神経しんけい衰弱すいじゃく nervous breakdown罹ってかかって suffer (from); be afflicted (with)いるくらいなのです。私は仕方がない仕方しかたがない (there's) nothing for itから、彼に向って至極至極しごく utterly; entirely同感同感どうかん sympatheticであるような様子様子ようす signs; indicationsを見せました。自分もそういうてん pointに向って、人生人生じんせい one's life進むすすむ carry forwardつもりだったとついには明言しました明言めいげんしました declared; stated。(もっともこれは私に取ってって to ...; for ...まんざらまんざら altogether; entirely空虚な空虚くうきょな empty; vacant言葉言葉ことば wordsでもなかったのです。Kのせつ opinions; viewsを聞いていると、段々そういうところに釣り込まれて来るまれてる be pulled into; be carried away byくらい、彼には力があったのですから)。最後に最後さいごに finally私はKといっしょに住んでんで live; reside、いっしょに向上向上こうじょう progress; improvementみち path; way辿って行きたい辿たどってきたい want to follow; wish to pursue発議しました発議ほつぎしました proposed。私は彼の剛情を折り曲げるげる bendために、彼のまえ before; front of跪くひざまずく kneel down; genuflect事をあえてあえて purposely; deliberatelyしたのです。そうして漸との事でやっとのことで somehow; just managing彼を私のいえ home連れて来ましたれてました brought (into)

二十三二十三にじゅうさん (part) 23

わたくし I; me座敷座敷ざしき roomには控えの間ひかえの anteroom; outer roomというような四畳四畳よんじょう four-mat (room)付属して付属ふぞくして be attached to; belong toいました。玄関玄関げんかん entry hall上がってがって come up (into)私のいるところ place通ろうとおろう pass through (to)とするには、ぜひこの四畳を横切らなければならない横切よこぎらなければならない have to cut across; have to traverseのだから、実用実用じつよう practicality; utilityてん point; aspectから見るる view; look atと、至極至極しごく extremely不便な不便ふべんな unwieldy; of no useへや roomでした。私はここへKを入れたれた put intoのです。もっとも最初最初さいしょ at first同じおなじ the same八畳八畳はちじょう eight-mat (room)二つふたつ two (things)つくえ desks並べてならべて line up; place side by side次のつぎの adjoining room; space共有にして置く共有きょうゆうにしてく reserve for shared use考えかんがえ thought; ideaだったのですが、Kは狭苦しくっても狭苦せまくるしくっても even if cramped; even if confined一人一人ひとり alone; by oneselfでいるほう alternative (of two choices)好いい better; preferableといって、自分自分じぶん oneselfでそっちのほうを択んだえらんだ selected; choseのです。

まえ earlier; beforeにも話したはなした noted; described通りとおり just as; exactly as奥さんおくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)は私のこの所置所置しょち step; measure (usually 処置しょち)に対してたいして with respect to; regarding始めはじめ at first; initially不賛成不賛成ふさんせい against; opposed toだったのです。下宿屋下宿屋げしゅくや boarding houseならば、一人より二人二人ふたり two people便利便利べんり expedient; advantageousだし、二人より三人三人さんにん three peopleとく beneficialになるけれども、商売商売しょうばい business; occupationでないのだから、なるべくなら止したした cease; desist方が好いというのです。私が決してけっして by (no) means世話の焼ける世話せわける troublesome; burdensomeひと personでないから構うまいかまうまい shouldn't be a problemというと、世話は焼けないでも、気心気心きごころ temper; disposition知れないれない not know; be unfamiliar with人はいや disagreeable; not to one's likingだと答えるこたえる reply; respondのです。それではいま now; at present厄介になっている厄介やっかいになっている under one's care私だって同じこと situation; state of affairsではないかと詰るなじる reproach; reproveと、私の気心は初めからよく分ってわかって know; comprehendいると弁解して弁解べんかいして defend; rationalize已まないまない not give up; not back downのです。私は苦笑しました苦笑くしょうしました responded with a wry smile。すると奥さんはまた理屈理屈りくつ reasoning; argument方向方向ほうこう direction; angle更えますえます change; alter。そんな人を連れて来るれてる bring inのは、私のために悪いわるい not good; detrimentalから止せといい直しますいいなおします restate。なぜ私のために悪いかと聞くく ask; inquireと、今度今度こんど this time向うむこう the other side; the other partyで苦笑するのです。

じつ the truthをいうと私だって強いていて by force; through insistenceKといっしょにいる必要必要ひつよう necessity; needはなかったのです。けれども月々の月々つきづきの monthly費用費用ひよう expensesかね moneyかたち format; formかれ he; himまえ front of並べて見せるならべてせる lay out (for someone) to seeと、彼はきっとそれを受け取るる receive; acceptとき time; moment躊躇する躊躇ちゅうちょする hesitate; waverだろうと思ったおもった thought; believedのです。彼はそれほど独立心独立心どくりつしん independent spirit強いつよい strong; forcefulおとこ man; fellowでした。だから私は彼を私のうち house; home置いていて take in; provide lodging二人前二人前ふたりまえ for two食料食料しょくりょう food (expenses); boardを彼の知らない interval; period (of time)にそっと奥さんの hand渡そうわたそう pass; give (to)としたのです。しかし私はKの経済問題経済けいざい問題もんだい financial problemsについて、一言も一言いちごんも (not) a word奥さんに打ち明けるける reveal; disclose intention; inclinationはありませんでした。

わたくし I; meはただKの健康健康けんこう healthについて云々しました云々うんぬんしました said something or other; made various mention一人で置く一人ひとりく leave aloneとますます人間人間にんげん a person偏屈偏屈へんくつ eccentric; idiosyncraticになるばかりだからといいました。それに付け足してして add (to)、Kが養家養家ようか adoptive family折合折合おりあい relations悪かったわるかった were no good; had souredこと situation; state of affairsや、実家実家じっか birth family離れてしまったはなれてしまった was estranged (from)事や、色々色々いろいろ various (things)話して聞かせましたはなしてかせました told; related。私は溺れかかったおぼれかかった is drowningひと person; individual抱いていだいて take hold of; embrace自分の自分じぶんの one's ownねつ heat; warmth向うむこう the other party移してやるうつしてやる transfer to; impart to覚悟覚悟かくご readiness; resolutionで、Kを引き取るる take in; look afterのだと告げましたげました informed。そのつもりであたたかい面倒を見てやってあたたかい面倒めんどうてやって provide with warm attention; give special care toくれと、奥さんおくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)にもお嬢さんじょうさん daughter; young ladyにも頼みましたたのみました requested。私はここまで来てて come (to); arrive (at)漸々漸々ようよう gradually; by degrees奥さんを説き伏せたせた persuaded; convincedのです。しかし私から何にもなんにも (no) thing聞かないかない not hearKは、この顛末顛末てんまつ detailsをまるで知らずにらずに without knowingいました。私もかえってそれを満足に思って満足まんぞくおもって regard as proper; preferのっそりのっそり stolidly; with some reluctance引き移って来たうつってた moved inKを、知らん顔らんかお with (a look of) indifference迎えましたむかえました greeted; welcomed

奥さんとお嬢さんは、親切に親切しんせつに kindly; gentlyかれ he; him荷物荷物にもつ baggage; possessions片付ける片付かたづける put away; place in order世話世話せわ help; assistance何かなにか something; (various) thingsをしてくれました。すべてそれを私に対するたいする with respect to; regarding好意好意こうい favor; courtesyから来たのだと解釈した解釈かいしゃくした interpreted; took; saw (as)私は、心のうちでこころのうちで inwardly; to oneself喜びましたよろこびました was pleased。――Kが相変らず相変あいかわらず as usual; as alwaysむっちりしたむっちりした heavy; somber; sullen様子様子ようす look; appearanceをしているにもかかわらず。

私がKに向ってむかって turn to新しいあたらしい new住居住居すまい dwelling; quarters心持心持こころもち feeling; impressionはどうだと聞いたとき time; occasionに、彼はただ一言一言いちげん (in a) few words悪くないといっただけでした。私からいわせれば悪くないどころではないのです。彼のいま now; the presentまでいたところ place北向き北向きたむき north-facing湿っぽい湿しめっぽい damp; dank臭いにおい smells; odors; stenchのする汚いきたない filthy; dirtyへや roomでした。食物食物くいもの food; fareも室相応相応そうおう befitting of; in keeping with粗末粗末そまつ rough; crudeでした。私のうち house; homeへ引き移った彼は、幽谷幽谷ゆうこく deep ravineから喬木喬木きょうぼく tall tree; tree topに移ったおもむき effect; meaningがあったくらいです。それをさほどに思う気色気色けしき sign; indicationを見せないのは、一つひとつ one thingは彼の強情強情ごうじょう obstinanceから来ているのですが、一つは彼の主張主張しゅちょう opinions; tenetsからも出ているている come; arise (from)のです。仏教仏教ぶっきょう Buddhism教義教義きょうぎ doctrine; dogma養われたやしなわれた was brought up; was reared彼は、衣食住衣食住いしょくじゅう necessities of life (clothing, food, and shelter)についてとかくのとかくの tendency toward贅沢贅沢ぜいたく luxury; extravaganceをいうのをあたかも不道徳不道徳ふどうとく amoral; improperのように考えていましたかんがえていました regarded; thought of (as)なまじいなまじい unconventional; extraordinaryむかし former times; long ago高僧高僧こうそう virtuous priestsだとか聖徒聖徒セーント saintsだとかのでん biographies読んだんだ read彼には、ややともするとややともすると apt to; inclined to精神精神せいしん spirit肉体肉体にくたい fleshとを切り離したがるはなしたがる want to separateくせ tendencyがありました。にく the flesh鞭撻すれば鞭撻べんたつすれば whip; scourgeれい soul; spirit光輝光輝こうき splendor増すす increase; growように感ずるかんずる feel; sense場合場合ばあい cases; situationsさえあったのかも知れませんかもれません it may be that ...

私はなるべく彼に逆らわないさからわない not oppose; not defy方針方針ほうしん policy; course of action取りましたりました took; adopted。私はこおり ice日向日向ひなた sunny place出してして put out; set out (in)溶かすかす melt工夫工夫くふう means; measureをしたのです。今に融けてけて melt温かいあたたかい warmみず waterになれば、自分で自分に気が付くく notice; realize; become aware時機時機じき time; occasion来るる come; arriveに違いないちがいない no doubt ...と思ったのです。

二十四二十四にじゅうし (part) 24

わたくし I; me奥さんおくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)からそういうふう manner; method取り扱われたあつかわれた was handled; was treated結果結果けっか result; consequence段々段々だんだん gradually; bit by bit快活快活かいかつ cheerful; lightheartedなって来たなってた came to be ...のです。それを自覚していた自覚じかくしていた was aware of; was conscious ofから、同じおなじ the sameものを今度今度こんど this timeはKの上にうえに with regard to; concerning応用しよう応用おうようしよう apply; put to use試みたこころみた tried; venturedのです。Kと私とが性格性格せいかく nature; dispositionの上において、大分大分だいぶ very much; a great deal相違相違そうい (mutual) differenceのあること situation; circumstanceは、長くながく for a long time交際って来た交際つきあってた associated; kept company (with someone)私によく解っていましたわかっていました knew; understoodけれども、私の神経神経しんけい nervesがこの家庭家庭かてい home; household入ってはいって enter (into)から多少多少たしょう somewhat; to some degree角が取れたかどれた were softened; were soothedごとく、Kのこころ heart; soulもここに置けばけば take in; provide lodgingいつか沈まるしずまる settle; relax事があるだろうと考えたかんがえた thought; reasonedのです。

Kは私より強いつよい strong決心決心けっしん determination; resolution有してゆうして have; possessいるおとこ man; fellowでした。勉強勉強べんきょう studiesも私のばい twice as much; doubleぐらいはしたでしょう。その上持って生れたってうまれた was born withあたま head; mindたち quality; natureが私よりもずっとよかったのです。後ではあとでは afterwards; later専門専門せんもん specialty; area of expertise違いましたちがいました were differentから何ともなんとも (no) thingいえませんが、同じおなじ the sameきゅう class; gradeにいるあいだ interval (of time)は、中学中学ちゅうがく middle schoolでも高等学校高等こうとう学校がっこう high schoolでも、Kのほう alternative (of two choices)常につねに always; at all times上席上席じょうせき top spot占めてめて hold; occupyいました。私には平生から平生へいぜいから ordinarily; always何をしてもなにをしても in any endeavorKに及ばないおよばない not measure up; not match; not equalという自覚自覚じかく self-awarenessがあったくらいです。けれども私が強いていて by force; through insistenceKを私のうち house; home引っ張って来たってた pulled in; brought alongとき timeには、私の方がよく事理を弁えて事理じりわきまえて be sensible; have good senseいると信じてしんじて believeいました。私にいわせると、かれ he; him我慢我慢がまん self-restraint; self-denial忍耐忍耐にんたえ perseverance; patience区別区別くべつ distinction了解していない了解りょうかいしていない not understand; fail to comprehendように思われたおもわれた seemed that ...のです。これはとくにあなたのために付け足してして addおきたいのですから聞いて下さいいてください please take note肉体肉体にくたい body; fleshなり精神精神せいしん soul; spiritなりすべて我々我々われわれ we; us能力能力のうりょく ability; facultyは、外部の外部がいぶの external刺戟刺戟しげき stimulus; provocationで、発達もする発達はったつもする grow; developし、破壊されもする破壊はかいされもする be destroyed; be torn downでしょうが、どっちにしても刺戟を段々に強くする必要必要ひつよう necessity; needのあるのは無論無論むろん natural; a matter of courseですから、よく考えないと、非常に非常ひじょうに extremely; exceedingly険悪な険悪けんあくな dangerous; perilous方向方向ほうこう directionへむいて進んで行きながらすすんできながら move forward自分自分じぶん oneselfはもちろん傍のものはたのもの those nearby気が付かずにかずに without noticing; unawaresいる恐れおそれ fear; concern生じてきますしょうじてきます come about; occur医者医者いしゃ doctor; physician説明説明せつめい explanationを聞くと、人間人間にんげん human being胃袋胃袋いぶくろ stomachほど横着な横着おうちゃくな indolent; slothfulものはないそうです。かゆ rice gruelばかり食ってって eatいると、それ以上以上いじょう beyond; more than堅いかたい firm; solidものを消化す消化こなす digestちから abilityいつの間にかいつのにか before one knows itなくなってしまうのだそうです。だから何でも食う稽古稽古けいこ practice; trainingをしておけと医者はいうのです。けれどもこれはただ慣れるれる grow accustomed toという意味意味いみ meaningではなかろうと思います。次第に次第しだいに gradually; in steps刺戟を増すす increaseに従ってしたがって in accordance with、次第に営養営養えいよう nutrition; nourishment機能機能きのう faculty; function抵抗力抵抗力ていこうりょく resistance; resisting forceが強くなるという意味でなくてはなりますまい。もし反対に反対はんたいに conversely stomachの力の方がじりじりじりじり little by little弱って行ったよわってった grow weaker; declineなら結果はどうなるだろうと想像して想像そうぞうして think of; imagineみればすぐ解る事です。Kは私より偉大な偉大いだいな great; grand男でしたけれども、全くまったく wholly; completelyここに気が付いていなかったのです。ただ困難困難こんなん difficulty; distressに慣れてしまえば、しまいにその困難は何でもなくなるものだと極めてめて decided; concludedいたらしいのです。艱苦艱苦かんく hardship; privation繰り返せばかえせば repeat、繰り返すというだけの功徳功徳くどく virtuous deed; act of meritで、その艱苦が気にかからなくなる時機時機じき time; occasion邂逅える邂逅めぐりあえる come across; happen to meet withものと信じ切っていたしんっていた firmly believed; was convinced ofらしいのです。

わたくし I; meはKを説くく reason with; work onときに、ぜひそこを明らかにしてあきらかにして elucidate; make clearやりたかったのです。しかしいえばきっと反抗される反抗はんこうされる be met with resistance; face defianceに極っていましたきまっていました was a given that ...。またむかし former times; long agoひと person; individualれい example; caseなどを、引合引合ひきあい reference; comparison持って来るってる bring up; produceに違いないちがいない no doubt ...思いましたおもいました figured; reckoned。そうなれば私だって、その人たちとKと違っているちがっている are different; are not the sameてん point明白に明白めいはくに overtly; plainly述べなければならなくなりますべなければならなくなります would have to state; would be compelled to mention。それを首肯ってくれる首肯うけがってくれる be wont to accept; be amenable toようなKならいいのですけれども、かれ he; him性質性質せいしつ nature; dispositionとして、議論議論ぎろん argument; discussionがそこまでゆくと容易に後へは返りません容易よういあとへはかえりません would not easily back downなお先へ出ますなおさきます pursue (a matter) even further。そうして、口でくちで verbally先へ出た通りとおり just as; exactly asを、行為行為こうい actions; conduct実現しに掛ります実現じつげんしにかかります work to realize。彼はこうなると恐るべきおそるべき formidable; fearsomeおとこ manでした。偉大偉大いだい greatnessでした。自分自分じぶん oneselfで自分を破壊しつつ破壊はかいしつつ destroy; tear down進みますすすみます move forward; advance結果結果けっか result; outcomeから見ればれば view; look at、彼はただ自己の自己じこの one's own成功成功せいこう success打ち砕くくだく dash (to pieces); crush意味意味いみ meaningにおいて、偉大なのに過ぎないぎない no more than; onlyのですけれども、それでも決してけっして by (no) means平凡平凡へいぼん ordinary; commonplaceではありませんでした。彼の気性気性きしょう disposition; temperamentをよく知ったった knew; was acquainted with私はついに何ともなんとも (no)thingいう事ができなかったことができなかった was unable to ...のです。その上そのうえ on top of that; furthermore私から見ると、彼はまえ before; priorにも述べたべた mentioned; noted通り、多少多少たしょう to some degree神経衰弱神経しんけい衰弱すいじゃく nervous breakdown罹っていたかかっていた suffered (from); was afflicted (with)ように思われたのです。よし私が彼を説き伏せたせた argued into submission; prevailed overところで、彼は必ずかならず without fail; most certainly激するげきする get worked up; lose one's composureに違いないのです。私は彼と喧嘩をする喧嘩けんかをする argue; quarrel事は恐れてはいませんでしたおそれてはいませんでした was not afraid ofけれども、私が孤独孤独こどく isolation; lonelinessかん feelings; emotions堪えなかったえなかった couldn't bear; could hardly withstand自分の境遇境遇きょうぐう circumstances顧みるかえりみる look back upon; reflect onと、親友親友しんゆう close friendの彼を、同じおなじ the same孤独の境遇に置くく leave (behind)のは、私に取ってって to; for忍びないしのびない be unbearable事でした。一歩一歩いっぽ one step進んで、より孤独な境遇に突き落すおとす shove; thrust (into)のはなおいや distasteful; disagreeableでした。それで私は彼がうち (our) house; home引き移ってうつって move; relocateからも、当分の間当分とうぶんあいだ for a while批評批評ひひょう criticismがましいがましい looking like; smacking of批評を彼の上に加えずにくわえずに without inflicting; without doling outいました。ただ穏やかにおだやかに calmly; quietly周囲周囲しゅうい surroundingsの彼に及ぼすおよぼす exert; exercise結果を見る事にしたのです。

二十五二十五にじゅうご (part) 25

わたくし I; meかげ shadows; background廻ってまわって move around; shift around (to)奥さんおくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)お嬢さんじょうさん daughter; young ladyに、なるべくKと話をするはなしをする talk; converseように頼みましたたのみました asked; requested。私はかれ he; himのこれまで通って来たとおってた traveled; traversed無言無言むごん silent; reticent生活生活せいかつ lifestyle; lifeが彼に祟ってたたって cast a shadow; invite misfortuneいるのだろうと信じたしんじた believedからです。使わない使つかわない not put to useてつ iron; steel腐るくさる decay; degradeように、彼のこころ heart; soulにはさび rust出ていたていた had emerged; had appearedとしか、私には思われなかったおもわれなかった could (only) conclude thatのです。

奥さんは取り付き把のないのない unapproachableひと person; manだといって笑ってわらって laugh; smileいました。お嬢さんはまたわざわざそのれい example; instance挙げてげて raise; cite (an example)私に説明して聞かせる説明せつめいしてかせる explain (to someone)のです。火鉢火鉢ひばち hibachi; brazier fireがあるかと尋ねるたずねる ask; inquireと、Kはないと答えるこたえる answer; replyそうです。では持って来ようってよう shall I bring (usually ってよう)というと、要らないらない don't need断ることわる refuse; declineそうです。寒くはないかさむくはないか isn't it coldと聞くと、寒いけれども要らないんだといったぎり応対応対おうたい dealings; interactionをしないのだそうです。私はただ苦笑して苦笑くしょうして laugh a forced laughいる訳にもゆきませんわけにもゆきません could not very well ...気の毒どく unfortunateだから、何とかいってなんとかいって in some mannerその situation; scene取り繕ってつくろって repair; mend; smooth overおかなければ済まなくなりますまなくなります would no longer do to ...。もっともそれははる springtime; springこと matter; affairですから、強いていて by force; by compulsion火にあたる必要必要ひつよう necessity; needもなかったのですが、これでは取り付き把がないといわれるのも無理はない無理むりはない not unreasonableと思いました。

それで私はなるべく、自分自分じぶん oneself中心中心ちゅうしん middle; centerになって、女二人おんな二人ふたり the two womenとKとの連絡連絡れんらく contact; communicationをはかるように力めましたつとめました worked; endeavored。Kと私が話しているところ site; sceneうち house; householdの人を呼ぶぶ call; summonとか、または家の人と私が一つ室ひとへや one room落ち合ったった were together; had gathered所へ、Kを引っ張り出すす pull inとか、どっちでもその場合場合ばあい situation; circumstances応じたおうじた responding (to); complying (with)方法方法ほうほう method; meansをとって、彼らを接近させよう接近せっきんさせよう bring together; work to draw closerとしたのです。もちろんKはそれをあまり好みませんでしたこのみませんでした did not like; did not appreciate。あるとき time; occasionはふいと起ってって get up; rise室の外へやそと out of the roomへ出ました。またある時はいくら呼んでもなかなか出て来ませんでした。Kはあんな無駄話無駄話むだばなし idle talkをしてどこが面白い面白おもしろい of interestというのです。私はただ笑っていました。しかし心の中ではこころうちでは deep down; inside、Kがそのために私を軽蔑して軽蔑けいべつして look down on; view with contemptいることがよく解りましたわかりました understood; was aware

わたくし I; meはある意味意味いみ meaningから見てて look at; view実際実際じっさい actually; in factかれ he; him軽蔑軽蔑けいべつ contempt; scorn価していたあたいしていた deserved; meritedかも知れませんかもれません it may be that ...。彼の eyes着け所どころ focus of attentionは私より遥かにはるかに by far高いたかい high; nobleところにあったともいわれるでしょう。私もそれを否みはしませんいなみはしません don't deny; won't refute。しかし眼だけ高くって、ほか remainder; the rest釣り合わないわない not balance; not alignのは手もなくもなく just like; as it were不具不具かたわ an odd setです。私は何を措いてもなにいても before all elseこの際このさい on this occasion; at this time彼を人間らしくする人間にんげんらしくする make humanのが専一専一せんいち of utmost importanceだと考えたかんがえた thought; figuredのです。いくら彼のあたま head; mind偉いえらい remarkable; exceptionalひと persons; personages影像影像イメジ images埋まってうずまって be burried under; be filled withいても、彼自身かれ自身じしん he himselfが偉くなってゆかない以上以上いじょう unless ... (with negative verb)は、何の役にも立たないなんやくにもたない be of no use; serve no purposeということ fact; truth発見した発見はっけんした realizedのです。私は彼を人間らしくする第一の第一だいいちの first; foremost手段手段しゅだん step; measureとして、まず異性異性いせい opposite sexそば vicinity; proximity; near toに彼を坐らせるすわらせる put; place方法方法ほうほう method講じたこうじた worked out; schemedのです。そうしてそこから出るる come; emerge (from)空気空気くうき air; ambienceに彼を曝したさらした exposed toうえ on top of; starting with錆び付きかかったきかかった showed signs of rust彼の血液血液けつえき blood; lifeblood新しくしようあたらしくしよう renew; revive試みたこころみた tried; attemptedのです。

この試みは次第に次第しだいに gradually; by degrees成功しました成功せいこうしました succeeded初めのうちはじめのうち at first融合しにくい融合ゆうごうしにくい hard to blend; hard to mergeように見えたものが、段々段々だんだん little by little; bit by bit一つひとつ one (thing)纏まって来出しましたまとまって来出きだしました began to come together。彼は自分自分じぶん oneself以外以外いがい apart from; besides世界世界せかい worldのある事を少しずつすこしずつ a little at a time悟ってゆくさとってゆく awaken to; grow aware ofようでした。彼はある日ある one day私に向ってむかって turn towardおんな women; femalesはそう軽蔑すべきものでないというような事をいいました。Kははじめ女からも、私同様同様どうよう like; similar to知識知識ちしき knowledge; knowhow学問学問がくもん scholarship; learning要求して要求ようきゅうして demand; seek; desireいたらしいのです。そうしてそれが見付からない見付みつからない not be foundと、すぐ軽蔑のねん feeling生じたしょうじた produced; summoned upものと思われますおもわれます it seems that ...いま now; the presentまでの彼は、せい sex; genderによって立場立場たちば position; stance変えるえる change; alter事を知らずにらずに not knowing to ...同じおなじ the same視線視線しせん glance; gazeですべての男女男女なんにょ men and women一様に一様いちように indiscriminately観察して観察かんさつして regard; observeいたのです。私は彼に、もし我らわれら we; us二人二人ふたり two (people)だけが男同志おとこ同志どうし fellow men永久に永久えいきゅうに perpetually; for all timeはなし dialog; discourse交換して交換こうかんして exchangeいるならば、二人はただ直線的に直線的ちょくせんてきに in a straight line; directlyさき forward; ahead延びて行くびてく extend; growに過ぎないぎない (amount to) no more thanだろうといいました。彼はもっともだと答えましたこたえました replied; answered。私はそのとき timeお嬢さんじょうさん daughter; young ladyの事で、多少多少たしょう somewhat; to some degree夢中になっている夢中むちゅうになっている be taken with; be mad aboutころ period (of time)でしたから、自然自然しぜん naturally; as matter of courseそんな言葉言葉ことば words; expression使う使つかう use; applyようになったのでしょう。しかし裏面裏面りめん other side; background消息消息しょうそく movements; eventsは彼には一口一口ひとくち one word; a single word打ち明けませんでしたけませんでした didn't divulge

今まで書物書物しょもつ books城壁城壁じょうへき ramparts; castle wallsをきずいてそのなか inside; within立て籠ってこもって shut oneself away; hole up (in)いたようなKのこころ heart; mindが、段々打ち解けて来るけてる open up; break out (of one's shell)のを見ているのは、私に取ってって to; for何よりも愉快愉快ゆかい pleasant; agreeableでした。私は最初から最初さいしょから from the startそうした目的目的もくてき objective; aimで事をやり出したやりした started on; engaged inのですから、自分の成功に伴うともなう accompany喜悦喜悦きえつ joy; delight感ぜずにはいられなかったかんぜずにはいられなかった couldn't help but feelのです。私は本人本人ほんにん the person in questionにいわない代りにかわりに in place of; instead of奥さんおくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)とお嬢さんに自分の思った通りおもったとおり just as one thinks話しましたはなしました conveyed; related。二人も満足満足まんぞく satisfaction; contentment様子様子ようす appearance; lookでした。

二十六二十六にじゅうろく (part) 26

「Kとわたくし I; me同じおなじ the same (academic) departmentにおりながら、専攻専攻せんこう one's (academic) specialty学問学問がくもん scholarship; learning違っていましたちがっていました was dissimilar; was differentから、自然自然しぜん naturally; as a matter of course出るる leave; departとき time帰るかえる return (home)時に遅速遅速ちそく sooner and later; inconsistent timesがありました。私のほう alternative (of two choices)早ければはやければ quick; early、ただかれ he; him空室空室くうしつ empty room通り抜けるとおける pass throughだけですが、遅いおそい slow; late簡単な簡単かんたんな simple挨拶挨拶あいさつ greeting; salutationをして自分の自分じぶんの one's own部屋部屋へや roomへはいるのをれい usual practiceにしていました。Kはいつもの eyes; look書物書物しょもつ bookからはなして、ふすま fusuma (sliding door)開けるける open私をちょっと見ますます look at; glance at。そうしてきっといま (just) now帰ったのかといいます。私は何も答えないでなにこたえないで without answering点頭く点頭うなずく nodこと case; instanceもありますし、あるいはただ「うん」と答えて行き過ぎるぎる go by; pass by場合場合ばあい case; situationもあります。

ある日ある one day私は神田神田かんだ Kanda (place name)よう business; errandsがあって、帰りがいつもよりずっと後れましたおくれました was late。私は急ぎ足にいそあしに at a quick pace門前門前もんぜん before the gate; in front of the gateまで来てて come (to)格子格子こうし latticework (door)がらりとがらりと with a clatter; noisily開けました。それと同時に同時どうじに at the same time (as)、私はお嬢さんじょうさん daughter; young ladyこえ voice聞いたいた heardのです。声は慥かにたしかに definitely; without doubtKのへや roomから出たと思いましたおもいました thought玄関玄関げんかん entry hall; entrywayから真直真直まっすぐ straight; direct行けばけば go; proceed茶の間ちゃ tea room; hearth room、お嬢さんの部屋と二つふたつ two (things)続いていてつづいていて in succession; one after another、それをひだり left折れるれる turnと、Kの室、私の室、という間取間取まどり house plan; arrangement of roomsなのですから、どこでだれ whoの声がしたくらいは、久しくひさしく for a long while厄介になっている厄介やっかいになっている live under someone's care私にはよく分るわかる know; understandのです。私はすぐ格子を締めましためました closed。するとお嬢さんの声もすぐ已みましたみました stopped; ceased。私がくつ shoes脱いでいで take offいるうち、――私はその時分時分じぶん time; periodからハイカラハイカラ stylish; smart手数のかかる手数てかずのかかる be burdensome; be a bother編上編上あみあげ high-laced shoes穿いていた穿いていた woreのですが、――私がこごんでこごんで bend down; crouchその靴紐靴紐くつひも shoelaces解いていて untie; unfasten; loosenいるうち、Kの部屋では誰の声もしませんでした。私はへん odd; peculiarに思いました。ことによると、私の疳違疳違かんちがい wrong conclusion; mistaken impressionかも知れないかもれない might be ...考えたかんがえた thought; consideredのです。しかし私がいつもの通りいつものとおり as alwaysKの室を抜けようとして、襖を開けると、そこに二人二人ふたり two (people); the two of themはちゃんと坐ってすわって sit; be seatedいました。Kは例の通りれいとおり as was (his) custom; per habit今帰ったかといいました。お嬢さんも「お帰り」と坐ったままで挨拶しました。私には気のせいのせい just in one's mind; imagination onlyかその簡単な挨拶が少しすこし a little; a bit硬いかたい stiff; strainedように聞こえました。どこかで自然を踏み外してはずして stray fromいるような調子調子ちょうし manner; toneとして、私の鼓膜鼓膜こまく eardrums響いたひびいた reverberated; resoundedのです。私はお嬢さんに、奥さんおくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)はと尋ねましたたずねました asked; inquired。私の質問質問しつもん questionには何のなんの (no) sort of意味意味いみ meaningもありませんでした。いえ houseのうちが平常平常へいじょう usual; normalより何だかひっそりしていたから聞いて見ただけの事です。

奥さんおくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)ははたして留守留守るす out of the house; awayでした。下女下女げじょ maidservantも奥さんといっしょに出たた departed; went outのでした。だからうち house; home残ってのこって remain; be leftいるのは、Kとお嬢さんじょうさん daughter; young ladyだけだったのです。わたくし I; meはちょっと首を傾けましたくびかたむけました inclined one's head (in puzzlement)いま now; the presentまで長いながい long; lengthyあいだ interval (of time)世話になって世話せわになって be under (someone's) careいたけれども、奥さんがお嬢さんと私だけを置き去りにしてりにして leave behind宅を空けたうちけた vacated the house; left the houseためし precedent; exampleはまだなかったのですから。私は何かなにか something; some kind of急用急用きゅうよう urgent businessでもできたのかとお嬢さんに聞き返しましたかえしました asked in return。お嬢さんはただ笑ってわらって smile; laughいるのです。私はこんなとき time; occasionに笑うおんな woman; young lady嫌いきらい disagreeable; distastefulでした。若いわかい young女に共通な共通きょうつうな common; sharedてん aspect; traitだといえばそれまでかも知れませんかもれません it may be that ...が、お嬢さんも下らないくだらない trivial; triflingこと matter; occuranceによく笑いたがる女でした。しかしお嬢さんは私の顔色顔色かおいろ (facial) color見てて see; notice、すぐ不断の不断ふだんの usual表情表情ひょうじょう expression; look帰りましたかえりました returned (to)。急用ではないが、ちょっとよう errandがあって出たのだと真面目に真面目まじめに seriously; honestly答えましたこたえました answered下宿人下宿人げしゅくにん lodger; boarderの私にはそれ以上それ以上いじょう more than that; beyond that問い詰めるめる interrogate; press with questions権利権利けんり privilege; place (to do something)はありません。私は沈黙しました沈黙ちんもくしました fell silent

私が着物を改めて着物きものあらためて change one's clothes席に着くか着かないうちにせきくかかないうちに when just sitting down; when hardly seated、奥さんも下女も帰って来ましたかえってました came home。やがて晩食晩食ばんめし evening meal; dinner食卓食卓しょくたく dining tableでみんなが顔を合わせるかおわせる come face to face; gather together時刻時刻じこく timeが来ました。下宿した下宿げしゅくした took up lodgings当座当座とうざ for some time (after)万事万事ばんじ all things客扱いきゃくあつかい treatment as a guestだったので、食事食事しょくじ mealのたびに下女がぜん (serving) tray運んで来てはこんでて bring inくれたのですが、それがいつの間にかいつのにか at some point崩れてくずれて break down; fall away飯時飯時めしどき mealtimeには向うむこう the other side; over there呼ばれて行くばれてく be called to; be summoned to習慣習慣しゅうかん custom; practiceになっていたのです。Kが新しくあたらしく newly引き移ったうつった moved in時も、私が主張して主張しゅちょうして insist; requestかれ he; himを私と同じようにおなじように in the same manner取り扱わせるあつかわせる have treat; have deal with事に極めましためました decided (on)その代りそのかわり in exchange私は薄いうすい thin; lightいた boards; planks造ったつくった made; fashioned (from)あし legs畳み込めるたためる can fold in華奢な華奢きゃしゃな slender; slim食卓を奥さんに寄附しました寄附きふしました presented as a gift (to)。今ではどこの宅でも使って使つかって useいるようですが、そのころ time; periodそんなたく table周囲周囲しゅうい periphery; edge並んでならんで in a row; side by side飯を食うう eat家族家族かぞく familyはほとんどなかったのです。私はわざわざ御茶の水御茶おちゃみず Ochanomizu (place name)家具屋家具屋かぐや furniture shop行ってって go (to)、私の工夫通り工夫くふうどおり as schemed; as devisedにそれを造り上げさせたつくげさせた had made; had fashionedのです。

私はその卓上卓上たくじょう at the tableで奥さんからその dayいつもの時刻に肴屋肴屋さかなや fish vendor来なかったなかった didn't comeので、私たちに食わせるものを買いにいに to buyまち town行かなければならなかったかなければならなかった had to go (to)のだという説明説明せつめい explanationを聞かされました。なるほどきゃく guest置いていて take in; provide lodging forいる以上以上いじょう given that ...、それももっともな事だと私が考えたかんがえた realized時、お嬢さんは私の顔を見てまた笑い出しましたわらしました started laughing。しかし今度今度こんど this timeは奥さんに叱られてしかられて be scoldedすぐ已めましためました stopped; ceased

二十七二十七にじゅうしち (part) 27

一週間一週間いっしゅうかん one weekばかりしてわたくし I; meはまたKとお嬢さんじょうさん daughter; young ladyがいっしょに話してはなして talk; converseいるへや room通り抜けましたとおけました passed through。そのとき time; occasionお嬢さんは私のかお face見るる look atや否やいなや as soon as笑い出しましたわらしました started laughing; broke out laughing。私はすぐなに whatがおかしいのかと聞けばよかったけばよかった should have askedのでしょう。それをつい黙ってだまって remain silent; hold one's tongue自分の自分じぶんの one's own居間居間いま living space; roomまで来てしまったてしまった came (to)のです。だからKもいつものように、いま (just) now帰ったかえった returned; came homeかと声を掛けるこえける call to; address事ができなくなりましたことができなくなりました didn't have a chance to ...。お嬢さんはすぐ障子障子しょうじ shōji開けてけて open茶の間ちゃ tea room; hearth room入ったはいった went into; enteredようでした。

夕飯夕飯ゆうめし evening mealの時、お嬢さんは私を変なへんな odd; eccentricひと person; manだといいました。私はその時もなぜ変なのか聞かずにしまいました。ただ奥さんおくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)睨めるにらめる glare; look sharply (at)ような eyesをお嬢さんに向けるける turn toward; direct towardのに気が付いたいた took notice (of)だけでした。

私は食後食後しょくご after dinnerKを散歩散歩さんぽ walk; stroll連れ出しましたしました invited out (on; for)二人二人ふたり two (people); the two of us伝通院伝通院でんずういん Denzūin (Temple)裏手裏手うらて back sideから植物園植物園しょくぶつえん botanical garden通りとおり avenue; passageをぐるりと廻ってまわって circle aroundまた富坂富坂とみざか Tomizaka (place name)した bottom出ましたました came out (at; onto)。散歩としては短いみじかい shortほう direction; tendencyではありませんでしたが、そのあいだ interval (of time)に話した事は極めてきわめて exceedingly少なかったすくなかった was limited; was sparseのです。性質性質せいしつ nature; dispositionからいうと、Kは私よりも無口な無口むくちな quiet; reticent; reservedおとこ man; fellowでした。私も多弁な多弁たべんな talkative; loquacious方ではなかったのです。しかし私は歩きながら、できるだけ話をかれ he; him仕掛けて仕掛しかけて start; beginみました。私の問題問題もんだい issue; subject; topicはおもに二人の下宿して下宿げしゅくして lodge; boardいる家族家族かぞく familyについてでした。私は奥さんやお嬢さんを彼がどう見ているか知りたかったりたかった wanted to knowのです。ところが彼は海のものとも山のものとも見分けの付かないうみのものともやまのものとも見分みわけのかない elusive; evasive; ambiguous (lit: seemingly neither of ocean nor mountain)ような返事返事へんじ answer; responseばかりするのです。しかもその返事は要領を得ない要領ようりょうない noncommittal; vagueくせにくせに and yet; in spite of、極めて簡単簡単かんたん simpleでした。彼は二人のおんな women; femalesに関してかんして about; concerningよりも、専攻専攻せんこう one's (academic) specialty学科学科がっか study subjects; course of studyの方に多くのおおくの much; great注意注意ちゅうい attention払ってはらって pay; giveいるように見えました。もっともそれは二学年目二学年目にがくねんめ second school year試験試験しけん tests; exams目の前まえ before one's eyes; just ahead逼ってせまって approach; draw nearいるころ time; periodでしたから、普通の普通ふつうの ordinary; typical人間人間にんげん human being; person立場立場たちば standpoint; positionから見て、彼の方が学生らしい学生がくせいらしい student-like学生だったのでしょう。その上そのうえ on top of that; furthermore彼はシュエデンボルグシュエデンボルグ Emanuel Swedberg (Swedish scientist, philosopher, theologian, and mystic; 1688-1772)がどうだとかこうだとかいって、無学な無学むがくな unknowledgeable; uninformed私を驚かせましたおどろかせました astonished; impressed

我々我々われわれ we; us首尾よく首尾しゅびよく successfully; in fine form試験試験しけん tests; exams済ましましたましました finished; concludedとき time; occasion二人とも二人ふたりとも two (people); bothもうあと after; remaining一年一年いちねん one yearだといって奥さんおくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)喜んでくれましたよろこんでくれました was pleased (on our behalf)。そういう奥さんの唯一の唯一ゆいいつの solitary; single; only誇りほこり (source of) prideとも見られるられる be seen; be regarded (as)お嬢さんじょうさん daughter; young lady卒業卒業そつぎょう graduationも、間もなくもなく soon; before long; shortly来るる come; arriveじゅん order; turn (of events)になっていたのです。Kはわたくし I; me向ってむかって turn towardおんな woman; femaleというものは何にも知らないでなんにもらないで without knowing anything学校学校がっこう school出るる come out ofのだといいました。Kはお嬢さんが学問学問がくもん studies以外に以外いがいに other than; apart from稽古稽古けいこ practice; trainingしている縫針縫針ぬいはり sewing; needleworkだのこと koto (musical instrument)だの活花活花いけばな flower arrangementだのを、まるで眼中眼中がんちゅう consideration (lit: within one's sight)置いていないいていない not place (within)ようでした。私はかれ he; him迂闊迂闊うかつ oversight; inattention笑ってわらって laugh; chuckle (at)やりました。そうして女の価値価値かち value; merit; worthはそんなところ place; pointにあるものでないというむかし prior days議論議論ぎろん argument; discussionをまた彼のまえ front of; before繰り返しましたかえしました repeated。彼は別段別段べつだん particularly; especially反駁反駁はんばく refutation; rebuttalもしませんでした。その代りそのかわり on the other hand; at the same timeなるほどという様子様子ようす sign; indicationも見せませんでした。私にはそこが愉快愉快ゆかい (cause for) joyでした。彼のふんといったような調子調子ちょうし mood; mannerが、依然として依然いぜんとして still; as ever女を軽蔑して軽蔑けいべつして look down on; view with contemptいるように見えたからです。女の代表者代表者だいひょうしゃ representativeとして私の知っているお嬢さんを、物の数ものかず worth mentioning; worthy of considerationとも思っていないおもっていない not think of; not regard (as)らしかったからです。いま now; the presentから回顧する回顧かいこする look back onと、私のKに対するたいする with respect to; regarding嫉妬嫉妬しっと jealousy; envyは、その時にもう充分充分じゅうぶん fully; sufficiently萌してきざして germinate; sproutいたのです。

私は夏休み夏休なつやすみ summer vacationにどこかへ行こうこう go (to)かとKに相談しました相談そうだんしました conferred; talked over (with)。Kは行きたくないような口振口振くちぶり manner of speaking; intimationを見せました。無論無論むろん of course彼は自分の自分じぶんの one's own自由自由じゆう free; independent意志意志いし will; volitionでどこへも行ける身体身体からだ body; personではありませんが、私が誘いさそい invitationさえすれば、またどこへ行っても差支えない差支さしつかえない unhindered; unimpeded身体だったのです。私はなぜ行きたくないのかと彼に尋ねてたずねて ask; inquireみました。彼は理由理由りゆう reason; rationaleも何にもないというのです。うち house; home書物書物しょもつ books読んだんだ readほう alternative (of two choices)が自分の勝手勝手かって preference; personal choiceだというのです。私が避暑地避暑地ひしょち summer resort (lit: place to escape the heat)へ行って涼しいすずしい coolところ place勉強勉強べんきょう studyした方が、身体のためだと主張する主張しゅちょうする assert; contendと、それなら私一人一人ひとり alone; by oneself行ったらよかろうというのです。しかし私はK一人をここに残してのこして leave behind行く inclinationにはなれないのです。私はただでさえKと宅のものが段々段々だんだん gradually; bit by bit親しくなって行くしたしくなってく become close; become intimateのを見ているのが、余りあまり (not) much好いい pleasant; agreeable心持心持こころもち feelingではなかったのです。私が最初最初さいしょ (from the) outset希望した希望きぼうした hoped for; desired通りとおり just as; exactly asになるのが、何で私の心持を悪くするわるくする damage; harm; foulのかといわれればそれまでです。私は馬鹿馬鹿ばか foolに違いないちがいない no doubt ...のです。果しのつかないはてしのつかない interminable; without end二人の議論を見るに見かねてるにかねて no longer able to just watch奥さんが仲へ入りましたなかはいりました intervened。二人はとうとういっしょに房州房州ぼうしゅう Bōshū (place name; southern tip of Bōsō peninsula in Chiba Prefecture)へ行く事になりましたことになりました was settled that ...