下下 bottom (final part of a story)先生先生 Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)と遺書遺書 writing left by one who has passed on; testament
一一 (part) 1
「……私私 I; meはこの夏夏 summerあなたから二、三度二、三度 two or three times; several times手紙手紙 letterを受け取りました受け取りました received。東京東京 Tōkyōで相当の相当の suitable; befitting地位地位 (social) positionを得たい得たい hope to gain; look to attainから宜しく頼む宜しく頼む please help (me) outと書いてあった書いてあった was writtenのは、たしか二度目二度目 second timeに手に入った手に入った took in hand; receivedものと記憶しています記憶しています remember; recall。私はそれを読んだ読んだ read時時 time; occasion何とかしたい何とかしたい would like to do something; would like somehow to accommodateと思った思った thoughtのです。少なくとも少なくとも at least返事返事 reply; responseを上げなければ済まん上げなければ済まん need to provide (something) to (someone)とは考えた考えた thought; consideredのです。しかし自白すると自白すると to be honest、私はあなたの依頼依頼 requestに対してに対して in relation to; with regard to、まるで努力をしなかった努力をしなかった made no effort; took no actionのです。ご承知の通りご承知の通り as you are aware; as you know、交際交際 social aquaintance区域区域 sphere; scope; domainの狭い狭い narrow; restrictedというよりも、世の中世の中 society; the worldにたった一人一人 single; lone (person)で暮して暮して live; abideいるといった方が適切方が適切 more appropriate to ...なくらいの私には、そういう努力をあえてするあえてする dare; presume (to do)余地余地 leeway; latitudeが全く全く utterly; completelyないのです。しかしそれは問題問題 problem; issueではありません。実実 the truthをいうと、私はこの自分自分 oneselfをどうすれば好いどうすれば好い what one should do; what to do withのかと思い煩って思い煩って worry over; be vexed aboutいたところなのです。このまま人間人間 humankindの中中 middle; midstに取り残された取り残された left behindミイラミイラ mummyのように存在して行こう存在して行こう continue to existか、それとも……その時分時分 period (of time)の私は「それとも」という言葉言葉 words; expressionを心のうちで心のうちで internally; to oneself繰り返す繰り返す repeatたびにぞっとしましたぞっとしました shuddered; felt a chill。馳足で馳足で at a run絶壁絶壁 precipice; cliffの端端 edgeまで来て来て come (to)、急に急に suddenly; abruptly底底 bottomの見えない見えない is not visible; cannot see谷谷 hollow; ravine; gorgeを覗き込んだ覗き込んだ looked into; peered into人人 person; manのように。私は卑怯卑怯 a cowardでした。そうして多くの多くの many; most卑怯な人と同じ同じ the same程度程度 degree; extentにおいて煩悶した煩悶した agonized; anguishedのです。遺憾ながら遺憾ながら regrettably; sad to say、その時の私には、あなたというものがほとんど存在していなかったといっても誇張誇張 exaggerationではありません。一歩進めて一歩進めて moving one step ahead; taking it one step furtherいうと、あなたの地位、あなたの糊口の資糊口の資 means of living; daily bread、そんなものは私にとってまるで無意味無意味 meaningless; of no significanceなのでした。どうでも構わなかったどうでも構わなかった didn't matter in the leastのです。私はそれどころの騒ぎ騒ぎ commotion; agitationでなかったのです。私は状差状差 letter rack; letter boxへあなたの手紙を差した差した inserted; put intoなり、依然として依然として as before腕組をして腕組をして fold one's arms in front of one考え込んで考え込んで ponder; broodいました。宅宅 house; householdに相応の相応の suitable; adequate財産財産 asseats; wealth; meansがあるものが、何何 whatを苦しんで苦しんで be worried about、卒業するかしないのに卒業するかしないのに having just graduated; just out of school、地位地位といって藻掻き廻る藻掻き廻る go around in a panic; kick up a fussのか。私はむしろ苦々しい苦々しい loathsome; shameful気分気分 feelingで、遠く遠く distant place; far awayにいるあなたにこんな一瞥一瞥 glance; look; regardを与えた与えた gave; grantedだけでした。私は返事を上げなければ済まないあなたに対して、言訳言訳 explanationのためにこんな事事 matter; state of affairsを打ち明ける打ち明ける disclose; divulgeのです。あなたを怒らす怒らす offend; upsetためにわざと無躾な無躾な unmannerly; impudent言葉を弄する弄する use; apply (in a duplicitous manner)のではありません。私の本意本意 true motivationsは後後 what followsをご覧になればご覧になれば see; look atよく解る解る understand事と信じます信じます believe。とにかく私は何とか挨拶すべき挨拶すべき should reply; should respondところを黙っていた黙っていた remained silentのですから、私はこの怠慢怠慢 negligenceの罪罪 wrongdoing; indiscretionをあなたの前前 before; front ofに謝したいと思います謝したいと思います would like to apologize。
その後その後 after that私私 I; meはあなたに電報を打ちました電報を打ちました sent a telegram。有体に有体に as it is; franklyいえば、あの時時 time; occasion私はちょっとあなたに会いたかった会いたかった wanted to seeのです。それからあなたの希望通り希望通り as wished; as desired私の過去過去 pastをあなたのために物語りたかった物語りたかった wanted to tell; wanted to relateのです。あなたは返電を掛けて返電を掛けて respond back by telegram、今今 now; at present東京東京 Tōkyōへは出られない出られない cannot leave for; cannot make an appearance (in)と断って来ました断って来ました declined; turned down; excused oneself fromが、私は失望して失望して be disappointed永らく永らく for a long timeあの電報を眺めて眺めて gaze atいました。あなたも電報だけでは気が済まなかった気が済まなかった was not satisfiedとみえて、また後から長い長い long; lengthy手紙手紙 letterを寄こしてくれた寄こしてくれた sent (to me)ので、あなたの出京できない出京できない cannot depart for Tōkyō事情事情 situation; circumstancesがよく解りました解りました understood。私はあなたを失礼な失礼な discourteous男男 man; fellowだとも何とも何とも (not) at all; (nothing) at all思う思う think; regard; consider訳訳 reason; causeがありません。あなたの大事な大事な dear to oneお父さんお父さん fatherの病気病気 illness; maladyをそっち退けにしてそっち退けにして cast (something) aside、何であなたが宅宅 house; homeを空けられる空けられる can vacate; can leaveものですか。そのお父さんの生死生死 (question of) life or deathを忘れて忘れて forgetいるような私の態度態度 manner; behaviorこそ不都合不都合 improper; inappropriateです。――私は実際実際 in truth; truth be toldあの電報を打つ時に、あなたのお父さんの事の事 about ...; concerning ...を忘れていたのです。そのくせあなたが東京にいる頃頃 timeには、難症難症 serious disease; incurable diseaseだからよく注意しなくってはいけない注意しなくってはいけない must be vigilantと、あれほど忠告した忠告した advised; warnedのは私ですのに。私はこういう矛盾な矛盾な contradictory; inconsistent人間人間 person; manなのです。あるいは私の脳髄脳髄 brainよりも、私の過去が私を圧迫する圧迫する suppress結果結果 result; consequence (of)こんな矛盾な人間に私を変化させる変化させる turn into; transform intoのかも知れませんかも知れません it may be that ...。私はこの点点 pointにおいても充分充分 sufficiently; fully私の我我 ego; selfを認めて認めて acknowledge; recognizeいます。あなたに許して許して pardon; forgiveもらわなくてはなりません。
あなたの手紙、――あなたから来た最後の最後の last; most recent手紙――を読んだ読んだ read時、私は悪い悪い inexcusable; blameworthy事をしたと思いました。それでその意味意味 substance; essence; gistの返事返事 reply; responseを出そう出そう put forward; sendかと考えて考えて consider (doing)、筆を執りかけました筆を執りかけました began to take up one's penが、一行一行 one line (of text)も書かずに書かずに without writing已めました已めました stopped; quit。どうせ書くなら、この手紙を書いて上げたかった上げたかった wanted to do (something) for (someone)から、そうしてこの手紙を書くにはまだ時機時機 time; occasionが少し少し a little; a bit早過ぎた早過ぎた was too soonから、已めにしたのです。私がただ来るに及ばない来るに及ばない no need to comeという簡単な簡単な simple; terse電報を再び再び once again打ったのは、それがためです。
「私私 I; meはそれからこの手紙手紙 letterを書き出しました書き出しました began to write。平生平生 usually; ordinarily筆筆 (writing) brush; penを持ちつけない持ちつけない not take hold of; not take in hand私には、自分自分 oneselfの思う思う think; imagineように、事件事件 incidents; affairsなり思想思想 thoughts; ideasなりが運ばない運ばない not proceed; not progressのが重い重い heavy; weighty苦痛苦痛 pain; bitterness; frustrationでした。私はもう少し少し a little; a bitで、あなたに対するに対する with respect to; vis-à-vis私のこの義務義務 duty; obligationを放擲する放擲する abandon; give up; quitところでした。しかしいくら止そう止そう stop; quit; desistと思って筆を擱いて擱いて lay down; put asideも、何にもなりませんでした何にもなりませんでした there was no point; it did no good。私は一時間経たないうちに一時間経たないうちに before an hour had passedまた書きたくなりました。あなたから見たら見たら view; regard、これが義務の遂行遂行 performance; prosecution (of a task)を重んずる重んずる give due respect to; take seriously私の性格性格 nature; dispositionのように思われるかも知れませんかも知れません it may be that ...。私もそれは否みません否みません don't deny; won't refute。私はあなたの知っている通り知っている通り as you know; as you are aware、ほとんど世間世間 the world; societyと交渉交渉 relations; connectionsのない孤独な孤独な solitary人間人間 person; manですから、義務というほどの義務は、自分の左右前後左右前後 left, right, forward, and back; all directionsを見廻して見廻して look around; surveyも、どの方角方角 directionにも根を張って根を張って take root; establish (itself)おりません。故意故意 intentional; purposefulか自然自然 natural; spontaneousか、私はそれをできるだけ切り詰めた切り詰めた reduced; curtailed; retrenched生活生活 life; lifestyleをしていたのです。けれども私は義務に冷淡冷淡 cool; indifferentだからこうなったのではありません。むしろ鋭敏過ぎて鋭敏過ぎて overly sensitive刺戟刺戟 stimulus; stressに堪える堪える endure; withstandだけの精力精力 energy; vigorがないから、ご覧のようにご覧のように as (you) see消極的な消極的な passive; conservative; subdued月日月日 time; years; daysを送る送る pass; spent事事 situation; state of affairsになったのです。だから一旦一旦 once約束した約束した promised以上以上 given that ...; having ...、それを果たさない果たさない not fulfill; not follow through onのは、大変大変 very much; terribly厭な厭な disagreeable; unpleasant心持心持 feelingです。私はあなたに対してこの厭な心持を避ける避ける avoid; avertためにでも、擱いた筆をまた取り上げなければならない取り上げなければならない have to take up; be compelled to take upのです。
その上その上 on top of that; furthermore; what's more私は書きたいのです。義務は別として別として aside from; apart from私の過去過去 pastを書きたいのです。私の過去は私だけの経験経験 experienceだから、私だけの所有所有 possessionといっても差支えない差支えない presents no problem; elicits no objectionでしょう。それを人人 (other) personに与えない与えない not give; not impart (to)で死ぬ死ぬ die; pass awayのは、惜しい惜しい regrettable; a shameともいわれるでしょう。私にも多少多少 somewhat; to some extentそんな心持があります。ただし受け入れる受け入れる accept; receive事のできない人に与えるくらいなら、私はむしろ私の経験を私の生命生命 lifeと共にと共に together with葬った葬った bury; inter方が好い方が好い is better to ...と思います。実際実際 in fact; in truthここにあなたという一人一人 one personの男男 man; fellowが存在して存在して exist; be presentいないならば、私の過去はついに私の過去で、間接にも間接にも (even) indirectly; vicariously他人他人 another personの知識知識 knowledge ofにはならないで済んだ済んだ ended; be finishedでしょう。私は何千万何千万 some tens of millionsといる日本人日本人 Japanese (people)のうちで、ただあなただけに、私の過去を物語りたい物語りたい want to tell; want to relateのです。あなたは真面目真面目 sincere; earnestだから。あなたは真面目に人生人生 human life; human experienceそのものから生きた生きた living; animate教訓教訓 lesson; precept; tenetを得たい得たい hope to secure; wish to gainといったから。
私私 I; meは暗い暗い dark; somber; dismal人世人世 world of men; human existenceの影影 shadowを遠慮なく遠慮なく without restraintあなたの頭頭 headの上上 top ofに投げかけて投げかけて throw onto上げます上げます do (something) for (someone)。しかし恐れて恐れて fear; shrink fromはいけません。暗いものを凝と凝と firmly; stoically見詰めて見詰めて gaze into; watch intently、その中中 middle; midstからあなたの参考になる参考になる serve as referenceものをお攫みなさいお攫みなさい seize onto; grasp hold of。私の暗いというのは、固より固より from the first; all along倫理的に倫理的に ethically暗いのです。私は倫理的に生れた生れた was born男男 manです。また倫理的に育てられた育てられた was brought up; was raised男です。その倫理上倫理上 concerning ethics; in regard to ethicsの考え考え idea; concept; notionは、今今 now; the presentの若い若い young人人 peopleと大分大分 significantly; considerably違った違った differentところがあるかも知れませんかも知れません it may be that ...。しかしどう間違って間違って be mistaken; be off baseも、私自身自身 oneselfのものです。間に合せ間に合せ makeshift; provisional; stopgapに借りた借りた borrowed損料着損料着 rental clothing; rental suitではありません。だからこれから発達しよう発達しよう develop; growというあなたには幾分か幾分か somewhat; to some extent参考になるだろうと思う思う think; believeのです。
あなたは現代の現代の modern; contemporary思想思想 thoughts; ideas問題問題 subject; topicsについて、よく私に議論議論 argument; discussionを向けた向けた directed toward事事 cases; instancesを記憶している記憶している rememberでしょう。私のそれに対するに対する with respect to; in response to態度態度 attitude; mannerもよく解っている解っている understand; be aware ofでしょう。私はあなたの意見意見 opinions; viewsを軽蔑軽蔑 disdain; contemptまでしなかったけれども、決して決して by (no) means尊敬を払い得る尊敬を払い得る feel (oneself) capable of respecting程度程度 degree; extentにはなれなかった。あなたの考えには何ら何ら some kind; any kindの背景背景 backing; substance; supportもなかったし、あなたは自分の自分の one's own過去過去 pastをもつには余りに若過ぎた余りに若過ぎた were much too youngからです。私は時々時々 sometimes笑った笑った laughed。あなたは物足りなそうな物足りなそうな disappointed-looking; dissatisfied-looking顔顔 face; (facial) expressionをちょいちょいちょいちょい often; frequently私に見せた見せた showed (to)。その極極 end point; culminationあなたは私の過去を絵巻物絵巻物 picture scrollのように、あなたの前前 front ofに展開して展開して spread outくれと逼った逼った press; urge。私はその時時 time; moment心のうちで心のうちで inwardly; to oneself、始めて始めて for the first timeあなたを尊敬した。あなたが無遠慮に無遠慮に presumptuously; brazenly私の腹の中腹の中 belly; gutから、或る或る some certain ...生きた生きた living; animateものを捕まえよう捕まえよう seize; grab hold ofという決心決心 determination; resolveを見せたからです。私の心臓心臓 heartを立ち割って立ち割って cut open; split apart (usually 断ち割って)、温かく温かく warm流れる流れる flow血潮血潮 blood; blood spilt from the bodyを啜ろうとした啜ろうとした tried to partake ofからです。その時私はまだ生きていた。死ぬ死ぬ die; perishのが厭厭 dreadful; objectionableであった。それで他日他日 another day; some future timeを約して約して promise; commit to、あなたの要求要求 request; demandを斥けて斥けて repel; repulse; fend offしまった。私は今自分で自分の心臓を破って破って tear apart; destroy、その血血 bloodをあなたの顔に浴びせかけよう浴びせかけよう hurl at; rain down ontoとしているのです。私の鼓動鼓動 heartbeat; pulseが停った停った stop; cease時、あなたの胸胸 bosom; breastに新しい新しい new; fresh命命 life; life forceが宿る宿る take up residence; dwell事ができるなら満足満足 sufficient; adequate; satisfactoryです。
「私私 I; meが両親両親 parentsを亡くした亡くした lost (to death)のは、まだ私の廿歳廿歳 twenty years oldにならない時分時分 period (of time)でした。いつか妻妻 one's wifeがあなたに話して話して tell; relateいたようにも記憶して記憶して remember; recallいますが、二人二人 two (people); the two of themは同じ同じ the same病気病気 illness; afflictionで死んだ死んだ died; passed awayのです。しかも妻があなたに不審不審 question; curiosityを起させた起させた triggered; stirred up; evoked通り通り just as ...、ほとんど同時同時 the same timeといっていいくらいに、前後して前後して in rapid succession; one after the other死んだのです。実をいうと実をいうと to tell the truth; in fact、父父 fatherの病気は恐るべき恐るべき terrible; dreaded腸窒扶斯腸窒扶斯 abdominal typhusでした。それが傍傍 near; close byにいて看護看護 nursing; caretakingをした母母 motherに伝染した伝染した was transmitted (of an infection)のです。
私は二人の間の間 between ...にできたたった一人一人 one (person)の男の子男の子 male child; boyでした。宅宅 house; householdには相当の相当の considerable; substantial財産財産 wealth; assetsがあったので、むしろ鷹揚に鷹揚に generously; magnaminously育てられました育てられました was brought up; was raised。私は自分の自分の one's own過去過去 pastを顧みて顧みて look back on、あの時時 time両親が死なずにいてくれたなら、少なくとも少なくとも at least父か母かどっちか、片方片方 one (of the two)で好い好い fine; sufficientから生きて生きて live; surviveいてくれたなら、私はあの鷹揚な気分気分 feeling; moodを今今 now; the presentまで持ち続ける持ち続ける hold onto; maintain事ができたろう事ができたろう would likely have been able to ...にと思います思います think; expect; believe。
私は二人の後後 afterに茫然として茫然として blankly; vacantly取り残されました取り残されました was left (behind)。私には知識知識 knowledge; know-howもなく、経験経験 experienceもなく、また分別分別 discernment; discretionもありませんでした。父の死ぬ時、母は傍にいる事ができませんでした。母の死ぬ時、母には父の死んだ事さえまだ知らせてなかった知らせてなかった hadn't informed; hadn't toldのです。母はそれを覚って覚って sense; perceiveいたか、または傍のもの傍のもの those nearbyのいうごとく、実際実際 indeed; in fact父は回復期回復期 recuperation; recoveryに向いつつある向いつつある is headed toward; is on the way toものと信じて信じて believeいたか、それは分りません分りません don't know。母はただ叔父叔父 uncleに万事万事 all thingsを頼んでいました頼んでいました entrusted to; relied on for。そこに居合せた居合せた happened to be present; was there together with私を指さす指さす point toようにして、「この子をどうぞ何分何分 please (in some manner)」といいました。私はその前前 before; priorから両親の許可許可 permission; approval; blessingを得て得て gain; attain、東京東京 Tōkyōへ出る出る set out; leave (for)はずはず expected to; slated toになっていましたので、母はそれもついでにいうつもりらしかったのです。それで「東京へ」とだけ付け加えましたら付け加えましたら added、叔父がすぐ後を引き取って引き取って take over; take charge of、「よろしい決して決して by (no) means心配心配 worry; concernしないがいい」と答えました答えました answered。母は強い強い strong; intense熱熱 feverに堪え得る堪え得る able to withstand; able to endure体質体質 (physical) constitutionの女女 womanなんでしたろうか、叔父は「確かりした確かりした strong; perseveringものだ」といって、私に向って母の事を褒めて褒めて praise; commendいました。しかしこれがはたして母の遺言遺言 final wish; testamentであったのかどうだか、今考える考える consider; think aboutと分らないのです。 {paragraph continues below}
母母 motherは無論無論 of course父父 fatherの罹った罹った suffering from; afflicted by病気病気 sickness; diseaseの恐るべき恐るべき terrible; dreaded名前名前 nameを知っていた知っていた knew; was aware (of)のです。そうして、自分自分 oneselfがそれに伝染していた伝染していた was infected (with)事事 factも承知していた承知していた knew full wellのです。けれども自分はきっとこの病気で命命 lifeを取られる取られる have taken (by)とまで信じて信じて thought; believedいたかどうか、そこになると疑う疑う doubt; question余地余地 room; marginはまだいくらでもあるだろうと思われる思われる it seems ...のです。その上その上 on top of that; further熱熱 feverの高い高い high時時 times; occasionsに出る出る come out; come forth母の言葉言葉 wordsは、いかにそれが筋道の通った筋道の通った rational; logical; sound明らかな明らかな clear; conciseものにせよ、一向一向 (not) at all; (not) in the least記憶記憶 memory; recollectionとなって母の頭頭 head; mindに影影 shadow; trace (of)さえ残して残して leave behindいない事がしばしばあったのです。だから……しかしそんな事は問題問題 subject; topicではありません。ただこういう風風 mannerに物物 things; eventsを解きほどいて解きほどいて unravel; tease apartみたり、またぐるぐる廻してぐるぐる廻して turn round and round眺めたり眺めたり view; examineする癖癖 tendencyは、もうその時分時分 period (of time)から、私私 I; meにはちゃんと備わっていた備わっていた was established; was in placeのです。それはあなたにも始めから始めから from the startお断わりしてお断わりして state in advance; give notice ofおかなければならないと思いますが、その実例実例 example; illustrationとしては当面の当面の current; present問題に大した大した significant; important関係関係 connection; relevanceのないこんな記述記述 description; accountが、かえって役に立ちはしないか役に立ちはしないか might serve some purpose; might be of some useと考えます考えます think; reckon; figure。あなたの方方 side; perspectiveでもまあそのつもりで読んで読んで readください。この性分性分 nature; dispositionが倫理的に倫理的に ethically個人個人 individualの行為行為 conductやら動作動作 actionsの上に及んでの上に及んで with respect to; on matters of、私は後来後来 the future; going forwardますます他他 (other) peopleの徳義心徳義心 probity; decency; integrityを疑うようになったのだろうと思うのです。それが私の煩悶煩悶 chagrin; discontentや苦悩苦悩 suffering; distressに向ってに向って toward (the purpose of)、積極的に積極的に taking an active role大きな大きな significant力力 force; impetusを添えて添えて add to (by way of support)いるのは慥か慥か certain; without doubtですから覚えていて覚えていて bear in mind; take note of下さい下さい please ...。
話話 narrative; storyが本筋本筋 main thread (of a story)をはずれると、分り悪くなります分り悪くなります becomes incoherent; will be hard to followからまたあとへ引き返しましょう引き返しましょう go back; retrace one's steps。これでも私はこの長い長い long; lengthy手紙手紙 letterを書く書く write; composeのに、私と同じ同じ the same地位地位 status; stateに置かれた置かれた be placed (in)他の他の other人人 peopleと比べたら比べたら compare、あるいは多少多少 somewhat落ち付いていやしないか落ち付いていやしないか may be calm; might be composedと思っているのです。世の中世の中 the world; everyoneが眠る眠る sleep; slumberと聞こえだす聞こえだす become audible; become discernableあの電車電車 (electric) trainの響響 echo; reverberationももう途絶えました途絶えました ceased; died down。雨戸雨戸 (sliding) storm shuttersの外外 outsideにはいつの間にかいつの間にか at some point; without notice憐れな憐れな sorrowful; doleful; plaintive虫虫 insectsの声声 cries; soundsが、露の露の dew-covered秋秋 autumnをまた忍びやかに忍びやかに quietly; subtly思い出させる思い出させる call to mind; conjure images ofような調子調子 tone; pitch; rhythmで微かに微かに softly; faintly鳴いて鳴いて sing; cryいます。何も何も (no)thing知らない妻妻 one's wifeは次の次の next; adjoining室室 roomで無邪気に無邪気に in innocence; free from careすやすや寝入っていますすやすや寝入っています sleeps soundly; is sleeping peacefully。私が筆を執る筆を執る take up one's brush (or pen)と、一字一劃一字一劃 one character at a timeができあがりつつペンの先先 tipで鳴って鳴って sound; ring (out)います。私はむしろ落ち付いた気分気分 feeling; moodで紙紙 paperに向っているのです。不馴れ不馴れ unfamiliarily; want of practiceのためにペンが横横 side; sidewaysへ外れる外れる veer off; go astrayかも知れませんかも知れません it may be that ...が、頭が悩乱して悩乱して worry; agonize筆がしどろしどろ disorder; confusionに走る走る run (to); trend (toward)のではないように思います。
「とにかくたった一人一人 alone; on one's own取り残された取り残された was left behind私私 I; meは、母母 motherのいい付け通りいい付け通り as per (someone's) instructions、この叔父叔父 uncleを頼る頼る rely on; depend onより外により外に besides; other than途途 way; path; courseはなかったのです。叔父はまた一切一切 all; everythingを引き受けて引き受けて take responsibility for; take over凡ての凡ての all (manner of)世話世話 help; assistanceをしてくれました。そうして私を私の希望する希望する wish for; aspire to東京東京 Tōkyōへ出られる出られる can set out for; can go toように取り計らって取り計らって manage; arrangeくれました。
私は東京へ来て来て come (to)高等学校高等学校 high school (equivalent to modern-day college)へはいりました。その時時 timeの高等学校の生徒生徒 studentsは今今 now; the presentよりもよほど殺伐殺伐 rough and tumble; pugilisticで粗野粗野 crude; vulgar; unrefinedでした。私の知った知った knew; was acquainted withものに、夜中夜中 evening; night職人職人 worker; artisanと喧嘩喧嘩 quarrel; altercationをして、相手相手 the other partyの頭頭 headへ下駄下駄 geta; wooden clogで傷を負わせた傷を負わせた inflicted injury onのがありました。それが酒酒 sakéを飲んだ飲んだ drank揚句揚句 on top of; at the end ofの事事 incident; affairなので、夢中に夢中に with abandon擲り合い擲り合い trading of blows; fist fightをしている間間 period; interval (of time)に、学校の制帽制帽 school cap (part of school uniform)をとうとう向う向う the other partyのものに取られて取られて had taken (by); lost (to)しまったのです。ところがその帽子帽子 hat; capの裏裏 reverse (side); insideには当人当人 the person in questionの名前名前 nameがちゃんと、菱形菱形 diamond-shapedの白い白い whiteきれきれ scrap; cutting (of cloth)の上上 top; surfaceに書いてあった書いてあった was written; was inscribedのです。それで事が面倒面倒 trouble; difficultyになって、その男男 man; fellowはもう少しでもう少しで almost; nearly警察警察 policeから学校へ照会される照会される be subject to official inquiryところでした。しかし友達友達 friends; comradesが色々と色々と in various ways骨を折って骨を折って make a concerted effort; go to great lengths、ついに表沙汰表沙汰 public affair; public incidentにせずに済む済む be concluded; endようにしてやりました。こんな乱暴な乱暴な rough; reckless行為行為 conductを、上品な上品な refined; genteel今の空気空気 air; atmosphereのなかに育った育った was raised; was brought up (in)あなた方あなた方 you (plural); you-allに聞かせたら聞かせたら tell; relate (to)、定めて定めて certainly; no doubt馬鹿馬鹿しい馬鹿馬鹿しい absurd; asinine; foolish感じ感じ feeling; impressionを起す起す stir up; evokeでしょう。私も実際実際 actually; in fact馬鹿馬鹿しく思います思います think; consider (to be)。しかし彼ら彼ら they; themは今の学生学生 studentsにない一種一種 a certain type of質朴な質朴な raw; simple; genuine点点 aspect; elementをその代りにその代りに on the other hand; at the same timeもっていたのです。当時当時 at the time私の月々月々 each month; every month叔父から貰って貰って receiveいた金金 moneyは、あなたが今、お父さんお父さん fatherから送って送って send; remitもらう学資学資 school expenses; educational fundingに比べるとに比べると in comparison to遥かに遥かに by far少ない少ない limited; sparseものでした。(無論無論 of course物価物価 prices; cost-of-livingも違いましょう違いましょう be differentが)。それでいて私は少しの少しの the least不足不足 deficiency; want (of)も感じませんでした。のみならず数ある数ある numerous; many同級生同級生 classmatesのうちで、経済経済 money; financesの点にかけては、決して決して by (no) means人人 (other) peopleを羨ましがる羨ましがる envy憐れな憐れな pitiable; miserable境遇境遇 setting; circumstancesにいた訳訳 case; situationではないのです。今から回顧する回顧する look back at; reflect onと、むしろ人に羨ましがられる方方 alternative (of two things)だったのでしょう。というのは、私は月々極った極った decided; fixed送金送金 remittancesの外に、書籍費書籍費 book money、(私はその時分時分 period (of time)から書物書物 booksを買う買う buy; collect事が好き好き to one's likingでした)、および臨時の臨時の discretionary費用費用 funds (to cover expenses)を、よく叔父から請求して請求して request; ask for、ずんずんずんずん rapidly; steadilyそれを自分自分 oneselfの思うように消費する消費する consume; use up; go through事ができたのですから。
「私私 I; meが夏休み夏休み summer vacationを利用して利用して use; take advantage of始めて始めて for the first time国国 country; one's native placeへ帰った帰った returned時時 time; occasion、両親両親 parentsの死に断えた死に断えた were dead and gone私の住居住居 house; residenceには、新しい新しい new主人主人 master; head; proprietorとして、叔父夫婦叔父夫婦 (my) uncle and his wifeが入れ代って入れ代って in turn; in place of住んで住んで live; resideいました。これは私が東京東京 Tōkyōへ出る出る leave; set out (for)前前 beforeからの約束約束 agreement; arrangementでした。たった一人たった一人 alone; on one's own取り残された取り残された was left behind私が家家 house; homeにいない以上以上 given that ...、そうでもするより外に外に besides; other than仕方がなかった仕方がなかった there was no choiceのです。
叔父はその頃頃 time市市 city; townにある色々な色々な various会社会社 companies; business venturesに関係していた関係していた had connections (to); was involved (with)ようです。業務業務 business affairs; dutiesの都合都合 circumstances; considerationsからいえば、今今 now; the presentまでの居宅居宅 residence; dwellingに寝起きする寝起きする rise and retire; stay (in a place)方方 alternative (of two choices)が、二里二里 2 ri (about 8 km; about 5 miles)も隔った隔った was separated by私の家に移る移る transfer; move (to)より遥かに遥かに by far便利便利 convenientだといって笑いました笑いました smiled; grinned。これは私の父母父母 father and mother; parentsが亡くなった亡くなった died; passed away後後 after、どう邸邸 residence; estateを始末して始末して deal with; handle、私が東京へ出るかという相談相談 discussion; consultationの時、叔父の口を洩れたの口を洩れた was voiced by ...言葉言葉 wordsであります。私の家は旧い歴史旧い歴史 long history; storied pastをもっているので、少しは少しは somewhat; to some extentその界隈界隈 corner of the world; regionで人人 peopleに知られていました知られていました was known; was renowned。あなたの郷里郷里 native place; home townでも同じ同じ the same事事 situation; state of affairsだろうと思います思います suppose; imagineが、田舎田舎 countryside; the countryでは由緒由緒 history; pedigree; lineageのある家を、相続人相続人 heir; successorがあるのに壊したり壊したり dismantle; raze売ったり売ったり sellするのは大事件大事件 major happening; major eventです。今の私ならそのくらいの事は何とも何とも (no)thing思いませんが、その頃はまだ子供子供 adolescent; juvenile; youthでしたから、東京へは出たし、家はそのままにして置かなければならずそのままにして置かなければならず had to leave (something) as it was、はなはだ所置所置 disposition; management (usually 処置)に苦しんだ苦しんだ fretted; worried; stressed (over)のです。
叔父は仕方なしに私の空家空家 empty home; vacant houseへはいる事を承諾して承諾して agreed toくれました。しかし市の方にある住居もそのままにしておいて、両方両方 bothの間の間 between ...を往ったり来たりする往ったり来たりする come and go便宜便宜 convenience; expedienceを与えて与えて grant; allowもらわなければ困る困る have a hard time; be inconveniencedといいました。私に固より固より of course異議異議 objection; dissentのありようはずがありません。私はどんな条件条件 conditionsでも東京へ出られれば好い好い fine; satisfactoryくらいに考えて考えて considered; reasonedいたのです。
子供らしい私は、故郷故郷 home town; native placeを離れて離れて separate (oneself from); leaveも、まだ心の眼心の眼 a place in one's heartで、懐かしげに懐かしげに with nostalgia故郷の家を望んで望んで desire; wish forいました。固よりそこにはまだ自分自分 oneselfの帰るべき家があるという旅人旅人 traveler; wayfarer; wandererの心で望んでいたのです。休み休み vacation; breakが来れば来れば come; arrive帰らなくてはならないという気分気分 feeling; sentimentは、いくら東京を恋しがって恋しがって long for; yearn after出て来た私にも、力強く力強く firmly; powerfullyあったのです。私は熱心に熱心に eagerly; enthusiastically勉強し勉強し study; pursue one's studies、愉快に愉快に pleasantly; happily遊んだ遊んだ rest; relax; let loose後、休みには帰れると思うその故郷の家をよく夢に見ました夢に見ました dreamed of; thought fondly of。
私私 I; meの留守留守 (time) away from homeの間間 period; interval (of time)、叔父叔父 uncleはどんな風風 style; mannerに両方両方 bothの間の間 between ...を往き来していた往き来していた came and wentか知りません知りません don't know。私の着いた着いた arrived時時 timeは、家族家族 family; householdのものが、みんな一つ一つ (as) one家家 houseの内内 inside; withinに集まっていました集まっていました were gathered。学校学校 schoolへ出る出る go to; attend子供子供 childrenなどは平生平生 ordinarily; usuallyおそらく市市 city; townの方方 alternative (of two things)にいたのでしょうが、これも休暇休暇 holiday; vacationのために田舎田舎 the country; countrysideへ遊び半分遊び半分 by way of leisure; in part for relaxationといった格格 statusで引き取られていました引き取られていました had retreated; had retired (to a place)。
みんな私の顔顔 faceを見て見て see; catch sight of喜びました喜びました were happy; were pleased。私はまた父父 fatherや母母 motherのいた時より、かえって賑やか賑やか active; livelyで陽気陽気 jovial; merryになった家の様子様子 look; appearanceを見て嬉しがりました嬉しがりました was glad; was delighted。叔父はもと私の部屋部屋 roomになっていた一間一間 one roomを占領して占領して take over; occupyいる一番目の男の子一番目の男の子 eldest sonを追い出して追い出して put out; dislodge、私をそこへ入れました入れました put into; put up; housed。座敷座敷 roomsの数数 number; quantityも少なくない少なくない not few; numerousのだから、私はほかの部屋で構わない構わない is not a problem; is fineと辞退した辞退した refused; declinedのですけれども、叔父はお前のお前の your宅宅 houseだからといって、聞きませんでした聞きませんでした wouldn't hear of it。
私は折々折々 occasionally亡くなった亡くなった died; passed away父や母の事の事 about ...; concerning ...を思い出す思い出す remember; recall外に外に apart from; other than、何の何の (no) sort of不愉快不愉快 unhappinessもなく、その一夏一夏 one summerを叔父の家族と共にと共に together with; in the company of過ごして過ごして spent; passed (time)、また東京東京 Tōkyōへ帰った帰った returnedのです。ただ一つその夏の出来事出来事 happening; affairとして、私の心心 thoughts; mind; spiritにむしろ薄暗い薄暗い dark; somber影影 shadowを投げた投げた threw; cast (a shadow)のは、叔父夫婦叔父夫婦 (my) uncle and his wifeが口を揃えて口を揃えて speak with one voice、まだ高等学校高等学校 high school (equivalent to modern-day college)へ入った入った enteredばかりの私に結婚結婚 marriageを勧める勧める recommend; advise事でした。それは前後で前後で around; about丁度丁度 just; right on三、四回三、四回 three or four timesも繰り返された繰り返された was repeatedでしょう。私も始め始め at first; the first timeはただその突然突然 sudden; abrupt; out of the blueなのに驚いた驚いた was surprised; was caught off guardだけでした。二度目二度目 the second timeには判然判然 clearly; definitively断りました断りました refused; declined。三度目三度目 the third timeにはこっちからとうとうその理由理由 reason; rationale; motivationを反問しなければならなくなりました反問しなければならなくなりました felt compelled to ask in return。彼ら彼ら they; themの主意主意 meaning; line of thoughtは単簡単簡 simple; straighforwardでした。早く早く soon嫁嫁 brideを貰って貰って receiveここの家へ帰って来て帰って来て come back (to)、亡くなった父の後後 afterを相続しろ相続しろ succeed; claim one's inheritanceというだけなのです。家は休暇休暇 holiday; vacationになって帰りさえすれば、それでいいものと私は考えていました考えていました thought; figured; reckoned。父の後を相続する、それには嫁が必要必要 necessary; essentialだから貰う、両方とも理屈理屈 theory; reasonとしては一通り一通り basic; fundamental聞こえます聞こえます come across as。ことに田舎の事情事情 circumstancesを知っている私には、よく解ります解ります could understand。私も絶対に絶対に absolutelyそれを嫌ってはいなかった嫌ってはいなかった was not averse toのでしょう。しかし東京へ修業修業 studies; learningに出たばかりの私には、それが遠眼鏡遠眼鏡 telescope; scopeで物物 thingsを見るように、遥か遥か far; distant先先 (up) aheadの距離距離 distanceに望まれる望まれる appear asだけでした。私は叔父の希望希望 hope; wishに承諾承諾 consent; agreementを与えないで与えないで without granting、ついにまた私の家を去りました去りました left; departed。
「私私 I; meは縁談縁談 talk of marriageの事の事 about ...; concerning ...をそれなり忘れて忘れて forget; put out of one's mindしまいました。私の周囲周囲 surroundingsを取り捲いて取り捲いて encompass; encloseいる青年青年 young menの顔顔 facesを見る見る observe; look atと、世帯染みた世帯染みた settled into family life; domesticated (usually 所帯染みた)ものは一人一人 one person; a single personもいません。みんな自由自由 free; at liberty; on one's ownです、そうして悉く悉く altogether; entirely単独単独 independentらしく思われた思われた seemed to beのです。こういう気楽な気楽な carefree; at ease人人 peopleの中中 middle; midstにも、裏面裏面 back side; reverseにはいり込んだらはいり込んだら get into、あるいは家庭家庭 home; familyの事情事情 situation; circumstancesに余儀なくされて余儀なくされて forced to do; have no choice but to do (something)、すでに妻妻 wifeを迎えて迎えて receive; welcomeいたものがあったかも知れませんかも知れません it may be that ...が、子供子供 adolescent; juvenile; youthらしい私はそこに気が付きませんでした気が付きませんでした failed to notice; did not realize。それからそういう特別の特別の special; exceptional境遇境遇 circumstancesに置かれた置かれた was placed (in)人の方方 alternative (of two choices)でも、四辺四辺 all around; vicinity (lit: four sides)に気兼をして気兼をして showing deference (to); out of consideration (for)、なるべくは書生書生 studentsに縁の遠い縁の遠い having little connection (to)そんな内輪内輪 private matterの話話 talk ofはしないように慎んで慎んで be discreet; refrain fromいたのでしょう。後後 after; laterから考える考える consider; think aboutと、私自身私自身 I myselfがすでにその組組 groupだったのですが、私はそれさえ分らずに分らずに without understanding; without realizing、ただ子供らしく愉快に愉快に happily修学修学 learningの道道 path; wayを歩いて行きました歩いて行きました walked; progressed along。
学年学年 academic year; school yearの終り終り endに、私はまた行李行李 luggage; baggageを絡げて絡げて tie up; bind up、親親 parentsの墓墓 graveのある田舎田舎 the country; countrysideへ帰って来ました帰って来ました returned; came back (to)。そうして去年去年 the prior yearと同じ同じ the sameように、父母父母 father and motherのいたわが家わが家 family homeの中中 inside; withinで、また叔父夫婦叔父夫婦 (my) uncle and his wifeとその子供子供 childrenの変らない変らない usual; familiar顔を見ました。私は再び再び once againそこで故郷故郷 home town; native placeの匂い匂い smell; scentを嗅ぎました嗅ぎました breathed in (a smell)。その匂いは私に取って私に取って to me依然として依然として still; as before; as always懐かしい懐かしい dear; cherished; longed-forものでありました。一学年一学年 one academic year; one school yearの単調単調 monotonyを破る破る break; breach変化変化 change; variation; diversionとしても有難い有難い appreciated; welcomeものに違いなかったに違いなかった no doubt ...のです。
しかしこの自分自分 oneselfを育て上げた育て上げた brought up; raisedと同じような匂いの中で、私はまた突然突然 suddenly; without warning結婚結婚 marriage問題問題 subject; topicを叔父から鼻の先鼻の先 (at) the tip of one's nose; right in front of oneへ突き付けられました突き付けられました was met with; was confronted with。叔父のいう所所 pointは、去年の勧誘勧誘 solicitation; persuasionを再び繰り返した繰り返した repeatedのみです。理由理由 reason; rationale; motivationも去年と同じでした。ただこの前前 before; earlier勧められた勧められた was recommended; was advised時時 time; occasionには、何らの何らの (no) sort of目的物目的物 target; object (of one's intention)がなかったのに、今度今度 this timeはちゃんと肝心の肝心の crucial; all-important当人当人 person of interestを捕まえていた捕まえていた had in handので、私はなお困らせられた困らせられた was placed in a bind; was put in an awkward positionのです。その当人というのは叔父の娘娘 daughterすなわち私の従妹従妹 (female) cousinに当るに当る correspond to; be none other than女女 woman; young ladyでした。その女を貰って貰って receiveくれれば、お互いのためにお互いのために mutually; reciprocally便宜便宜 convenient; advantageousである、父父 fatherも存生中存生中 during one's lifetime; while livingそんな事事 matter; affairを話していた話していた mentioned; spoke of、と叔父がいうのです。私もそうすれば便宜だとは思いました思いました recognized; conceded。父が叔父にそういう風風 style; manner (of)な話をしたというのもあり得べきあり得べき could well be; is not improbable事と考えました考えました thought; considered。しかしそれは私が叔父にいわれて、始めて始めて for the first time気が付いたので、いわれない前から、覚っていた覚っていた sensed; perceived; was aware of事柄事柄 circumstanceではないのです。 {paragraph continues below}
だから私私 I; meは驚きました驚きました was surprised; was caught off guard。驚いたけれども、叔父叔父 uncleの希望希望 desire; wishに無理のない無理のない not unreasonableところも、それがためによく解りました解りました could understand。私は迂闊迂闊 careless; thoughtlessなのでしょうか。あるいはそうなのかも知れませんかも知れません it may be that ...が、おそらくその従妹従妹 (female) cousinに無頓着無頓着 indifferent (toward)であったのが、おもな源因源因 cause; reason (usually 原因)になっているのでしょう。私は小供のうち小供のうち younger days; youth; childhood (usually 子供のうち)から市市 city; townにいる叔父の家家 houseへ始終始終 all along; often遊びに行きました遊びに行きました visited; frequented。ただ行くばかりでなく、よくそこに泊りました泊りました stayed overnight。そうしてこの従妹とはその時分時分 period (of time)から親しかった親しかった was close to (in friendship)のです。あなたもご承知でしょうあなたもご承知でしょう (I'm) sure you're aware too、兄妹兄妹 brothers and sistersの間の間 between ...に恋恋 (romantic) loveの成立した成立した came about; took root例例 instance; case; exampleのないのを。私はこの公認された公認された widely accepted事実事実 reality; truthを勝手に勝手に as one pleases; to fit one's purpose布衍して布衍して extend; expandいるかも知れないが、始終接触して接触して be in contact; interact親しくなり過ぎた親しくなり過ぎた become too close; form too tight a friendship男女男女 boys and girlsの間には、恋に必要な必要な necessary刺戟刺戟 impetus; provocation; excitementの起る起る arise; come about清新な清新な fresh; new感じ感じ feelings; sensationsが失われて失われて be lost; be missingしまうように考えて考えて consider; think (to be the case)います。香香 incenseをかぎ得るかぎ得る can smellのは、香を焚き出した焚き出した started burning瞬間瞬間 instant; momentに限るに限る is limited to ...ごとく、酒酒 sakéを味わう味わう taste; savor; relishのは、酒を飲み始めた飲み始めた started to drink刹那刹那 moment; instantにあるごとく、恋の衝動衝動 impulse; urge; driveにもこういう際どい際どい critical一点一点 single point; junctureが、時間の上に時間の上に in the flow of time存在して存在して existいるとしか思われないとしか思われない one can only imagine that ...のです。一度一度 once; having ...平気で平気で unnoticingly; with indifferenceそこを通り抜けたら通り抜けたら pass through、馴れれば馴れれば grow familiar with; become accustomed to馴れるほど、親しみが増す増す increaseだけで、恋の神経神経 nerves; sensitivities (toward)はだんだん麻痺して来る麻痺して来る become numb; lose (their) feelingだけです。私はどう考え直して考え直して reconsider; rethink; turn over in one's mindも、この従妹を妻妻 wifeにする気気 inclinationにはなれませんでした。
叔父はもし私が主張する主張する insistなら、私の卒業卒業 graduationまで結婚結婚 marriageを延ばして延ばして put off; postponeもいいといいました。けれども善は急げ善は急げ strike while the iron is hotという諺諺 saying; adageもあるから、できるなら今のうち今のうち soon; without delayに祝言祝言 marriage; weddingの盃盃 toast toだけは済ませて済ませて finish; concludeおきたいともいいました。当人当人 person of interestに望み望み desireのない私にはどっちにしたって同じ事同じ事 the same thingです。私はまた断りました断りました refused; turned down。叔父は厭な厭な unpleasant; unhappy; put out顔顔 face; (facial) expressionをしました。従妹は泣きました泣きました cried。私に添われない添われない not be wed (to)から悲しい悲しい sad; sorrowfulのではありません。結婚の申し込み申し込み bidding; petition; requestを拒絶された拒絶された be refused; be turned downのが、女女 woman; young ladyとして辛かった辛かった was painful; was hard to takeからです。私が従妹を愛していない愛していない not feel love forごとく、従妹も私を愛していない事は、私によく知れていました知れていました was known; was clear; was evident。私はまた東京東京 Tōkyōへ出ました出ました left; departed (for)。
「私私 I; meが三度目に三度目に for the third time帰国した帰国した returned homeのは、それからまた一年一年 one year経った経った passed; elapsed (time)夏夏 summerの取付取付 beginning; onsetでした。私はいつでも学年学年 school year; academic year試験試験 examsの済む済む conclude; be finishedのを待ちかねて待ちかねて wait impatiently for; eagerly await東京東京 Tōkyōを逃げました逃げました escaped; fled (from)。私には故郷故郷 home town; native placeがそれほど懐かしかった懐かしかった was dear; was cherished; was longed-forからです。あなたにも覚え覚え memory; experienceがあるでしょう、生れた所生れた所 birthplaceは空気空気 airの色色 color; complexionが違います違います differs、土地土地 dirt; soilの匂い匂い smell; scentも格別格別 special; exceptionalです、父父 fatherや母母 motherの記憶記憶 memories; reminiscencesも濃かに濃かに warmly; deeply; tenderly漂って漂って drift; float; hang in the airいます。一年のうちで、七七 July (seventh month)、八八 August (eighth month)の二月二月 two monthsをその中中 inside; midstに包まれて包まれて be wrapped in、穴穴 hollow; denに入った入った entered (into)蛇蛇 snakeのように凝として凝として lie stillいるのは、私に取って私に取って to me; for me何よりも何よりも more than anything温かい温かい warm好い好い pleasant; agreeable心持心持 feeling; sensationだったのです。
単純な単純な simple; naïve私は従妹従妹 (female) cousinとの結婚結婚 marriage問題問題 subject; topicについて、さほど頭を痛める頭を痛める be concerned (about); trouble one's mind (with)必要必要 necessity; needがないと思っていました思っていました thought; believed。厭な厭な disagreeable; not to one's likingものは断る断る turn down; refuse、断ってさえしまえば後後 after; laterには何も残らない何も残らない nothing is left; all is finished、私はこう信じていた信じていた believed; was convincedのです。だから叔父叔父 uncleの希望通り希望通り as wished; as desiredに意志意志 will; volitionを曲げなかった曲げなかった didn't bend; didn't yieldにもかかわらず、私はむしろ平気平気 without concernでした。過去過去 past; previous一年の間間 interval (of time)いまだかつてそんな事事 matter; affairに屈托した屈托した felt worry (over); was concerned (about)覚えもなく、相変らずの相変らずの usual; same-as-always元気元気 spirit; vigorで国国 country; one's native placeへ帰った帰った returned (to)のです。
ところが帰って見ると帰って見ると on returning ...叔父の態度態度 attitude; mannerが違っています。元元 formerly; beforeのように好い顔をして私を自分の懐に抱こう自分の懐に抱こう wrap in one's bosom; embrace; take inとしません。それでも鷹揚に鷹揚に generously; magnaminously育った育った was brought up; was raised私は、帰って四、五日四、五日 four or five daysの間は気が付かずに気が付かずに without noticingいました。ただ何かの機会機会 occurrence; occasionにふと変変 odd; strange; peculiarに思い出した思い出した began to feel; began to senseのです。すると妙なの妙なの what was odd; what was strangeは、叔父ばかりではないのです。叔母叔母 auntも妙なのです。従妹も妙なのです。中学校中学校 middle schoolを出て出て graduate (from)、これから東京の高等商業高等商業 higher vocational school (= 高等商業学校)へはいるつもりだといって、手紙手紙 letterでその様子様子 situation; state of affairsを聞き合せたりした聞き合せたりした made inqueries on叔父の男の子男の子 boy; sonまで妙なのです。
私の性分性分 nature; dispositionとして考えずにはいられなくなりました考えずにはいられなくなりました could no longer disregard; could not keep from dwelling on。どうして私の心持がこう変った変った changedのだろう。いやどうして向う向う the other party; the othersがこう変ったのだろう。私は突然突然 unexpectedly; all at once死んだ死んだ passed away; dead and gone父や母が、鈍い鈍い dull; dim私の眼眼 eyesを洗って洗って wash; cleanse、急に急に suddenly世の中世の中 society; the worldが判然判然 clearly; distinctly見えるようにしてくれたのではないかと疑いました疑いました suspected。私は父や母がこの世世 worldにいなくなった後でも、いた時時 timeと同じ同じ the sameように私を愛して愛して love; care forくれるものと、どこか心心 heart; soulの奥奥 interior; depthsで信じていたのです。もっともその頃頃 timeでも私は決して決して by (no) means理に暗い理に暗い lacking in powers of reason質質 nature; dispositionではありませんでした。しかし先祖先祖 ancestorsから譲られた譲られた was handed down; was passed down迷信迷信 superstitions; beliefsの塊り塊り bundle; clumpも、強い強い strong; powerful力力 force; influenceで私の血血 bloodの中に潜んで潜んで be concealed; lie dormantいたのです。今今 now; the presentでも潜んでいるでしょう。
私私 I; meはたった一人一人 alone; by oneself山山 mountain; hillへ行って行って go (to)、父母父母 father and mother; parentsの墓墓 gravesの前前 front ofに跪きました跪きました kneeled; kneeled down。半半 partly; in partは哀悼哀悼 sorrow; lamentの意味意味 meaning、半は感謝感謝 thanks; gratitudeの心持心持 feeling; moodで跪いたのです。そうして私の未来未来 future; days to comeの幸福幸福 happiness; well-beingが、この冷たい冷たい cold石石 stoneの下下 below; beneathに横たわる横たわる lie彼ら彼ら they; themの手手 handsにまだ握られて握られて be heldでもいるような気分気分 feeling; senseで、私の運命運命 fate; fortuneを守る守る protect; watch overべく彼らに祈りました祈りました prayed; supplicated; petitioned。あなたは笑う笑う laugh (at); ridiculeかもしれない。私も笑われても仕方がない仕方がない doesn't matter; can't be helpedと思います思います think; believe。しかし私はそうした人間人間 person; manだったのです。
私の世界世界 worldは掌を翻すように掌を翻すように in an instant (i.e. as easily as turning over one's hand)変りました変りました changed。もっともこれは私に取って私に取って to me; for me始めて始めて the first timeの経験経験 experienceではなかったのです。私が十六、七十六、七 sixteen or seventeenの時時 timeでしたろう、始めて世の中世の中 the worldに美しい美しい beautiful; lovelyものがあるという事実事実 truth; realityを発見した発見した discovered時には、一度に一度に at onceはっと驚きました驚きました was surprised; was astonished。何遍も何遍も how many times自分の自分の one's own眼眼 eyesを疑って疑って doubt; distrust、何遍も自分の眼を擦りました擦りました rubbed。そうして心の中で心の中で within one's heart; to oneselfああ美しいと叫びました叫びました cried out; exclaimed。十六、七といえば、男男 boy; young manでも女女 girl; young ladyでも、俗にいう俗にいう commonly labeled ...色気色気 interest in the opposite sex; sensualityの付く付く take root頃頃 period (of time)です。色気の付いた私は世の中にある美しいものの代表者代表者 representative; embodiment (of)として、始めて女を見る見る see; view事ができた事ができた was able to ...のです。今今 now; the presentまでその存在存在 existence; presenceに少しも少しも (not) in the least気の付かなかった気の付かなかった took no notice of異性異性 the opposite sexに対してに対して with respect to; concerning、盲目盲目 blindnessの眼が忽ち忽ち suddenly; all at once開いた開いた openedのです。それ以来それ以来 since then私の天地天地 heaven and earth; realm of existenceは全く全く utterly; completely新しい新しい new; freshものとなりました。
私が叔父叔父 uncleの態度態度 manner; behaviorに心づいた心づいた saw clearly; noticedのも、全くこれと同じ同じ the sameなんでしょう。俄然として俄然として suddenly; all at once心づいたのです。何の何の (no) sort of予感予感 premonitionも準備準備 preparationもなく、不意に来た不意に来た came without warningのです。不意に彼彼 he; himと彼の家族家族 familyが、今までとはまるで別物別物 something different; something unfamiliarのように私の眼に映った映った were reflected (in)のです。私は驚きました。そうしてこのままにしておいては、自分の行先行先 future state; endがどうなるか分らない分らない don't know; can't tellという気気 feelingになりました。
「私私 I; meは今今 now; the presentまで叔父叔父 uncle任せ任せ leaving to ...; entrusting to ...にしておいた家家 house; householdの財産財産 wealth; assetsについて、詳しい詳しい full; accurate; detailed知識知識 knowledgeを得なければ得なければ not gain; not obtain、死んだ死んだ deceased; departed父母父母 father and mother; parentsに対してに対して with respect to済まない済まない be inexcusable; be unpardonableという気気 feelingを起した起した evoked; stirred up; kindledのです。叔父は忙しい忙しい busy身体身体 person; personageだと自称する自称する profess oneself to be; represent oneself asごとく、毎晩毎晩 each night; every night同じ同じ the same所所 place; locationに寝泊り寝泊り staying; lodging (in)はしていませんでした。二日二日 two days家家 houseへ帰る帰る return (to)と三日三日 three daysは市市 city; townの方方 alternative (of two choices)で暮らす暮らす live; spend one's timeといった風風 manner; styleに、両方両方 bothの間の間 between ...を往来して往来して come and go、その日その日その日その日 each day; from day to dayを落ち付きのない落ち付きのない unsettled; agitated; flustered顔顔 face; (facial) expressionで過ごして過ごして pass (time)いました。そうして忙しいという言葉言葉 word; expressionを口癖口癖 stock phraseのように使いました使いました used; applied。何の何の (no) sort of疑い疑い doubt; distrustも起らない時時 time; periodは、私も実際に実際に actually; in fact忙しいのだろうと思っていた思っていた thought; presumedのです。それから、忙しがらなくては当世流当世流 modern; contemporaryでないのだろうと、皮肉皮肉 cynicism; sarcasmにも解釈して解釈して interpret as; take asいたのです。けれども財産の事事 matters; affairsについて、時間の掛かる時間の掛かる time-consuming; lengthy話話 discussion; talkをしようという目的目的 aim; objectiveができた眼眼 viewpointで、この忙しがる様子様子 situation; state of affairsを見る見る see; viewと、それが単に単に simply私を避ける避ける avoid; evade口実口実 excuse; pretextとしか受け取れなくなって来たとしか受け取れなくなって来た could no longer be perceived as anything other than ...のです。私は容易に容易に easily叔父を捕まえる捕まえる grasp; seize; corner機会機会 chance; opportunityを得ませんでした。
私は叔父が市の方に妾妾 mistressをもっているという噂噂 rumor; reportを聞きました聞きました heard。私はその噂を昔昔 former days中学中学 middle schoolの同級生同級生 classmateであったある友達友達 friendから聞いたのです。妾を置く置く establish; maintainぐらいの事は、この叔父として少しも少しも (not) in the least怪しむに足らない怪しむに足らない no grounds for doubtingのですが、父父 fatherの生きている生きている be living; be aliveうちに、そんな評判評判 rumor; talkを耳に入れた耳に入れた caught wind of; heard覚え覚え memory; experienceのない私は驚きました驚きました was taken aback。友達はその外外 apart from; beyondにも色々色々 various叔父についての噂を語って聞かせました語って聞かせました told; conveyed; related。一時一時 once; at one time事業事業 business; enterpriseで失敗しかかっていた失敗しかかっていた was on the brink of failureように他他 (other) peopleから思われていたのに、この二、三年来二、三年来 past two or three years; past several yearsまた急に急に all of a sudden; in short order盛り返して来た盛り返して来た recovered; made a comebackというのも、その一つ一つ one (of those)でした。しかも私の疑惑疑惑 distrust; misgivingsを強く染めつけた強く染めつけた strongly corroborated (lit: dyed in vivid color)ものの一つでした。
私私 I; meはとうとう叔父叔父 uncleと談判談判 negotiation; bargainingを開きました開きました opened; initiated; held。談判というのは少し少し a little; a bit不穏当不穏当 inappropriate; off-baseかも知れませんかも知れません it may be thatが、話話 talk; discussionの成行き成行き course of events; outcomeからいうと、そんな言葉言葉 word; expressionで形容する形容する describeより外に外に other than; apart from途途 way; meansのないところへ、自然の自然の natural調子調子 vein; tone; moodが落ちて来た落ちて来た settled over; descended onのです。叔父はどこまでも私を子供扱い子供扱い treating as a childにしようとします。私はまた始め始め the startから猜疑猜疑 suspicionの眼眼 eyesで叔父に対して対して face; confrontいます。穏やかに穏やかに gently; quietly解決解決 settlement; resolutionのつくはずはなかったのです。
遺憾ながら遺憾ながら regrettably私は今今 now; at presentその談判の顛末顛末 particularsを詳しく詳しく in detailここに書く書く write事のできない事のできない cannot ...; am unable to ...ほど先先 forward; aheadを急いで急いで hurry; hastenいます。実実 truthをいうと、私はこれより以上に以上に more than ...、もっと大事な大事な important; crucial; pivotalものを控えて控えて have before one; have at handいるのです。私のペンは早くから早くから sooner; without delayそこへ辿りつきたがって辿りつきたがって wants to arrive at; wants to reachいるのを、漸との事で漸との事で just managing; with difficulty抑えつけて抑えつけて suppress; hold backいるくらいです。あなたに会って会って see; meet静かに静かに quietly; calmly話す話す tell; relate機会機会 opportunity; chanceを永久に永久に forever; for all time失った失った lost私は、筆筆 (writing) brush; penを執る執る take up術術 means; methodに慣れない慣れない am unaccustomed (to)ばかりでなく、貴い貴い valuable; precious時間時間 timeを惜む惜む value; hold dear (hate to lose)という意味意味 meaning; senseからして、書きたい事も省かなければなりません省かなければなりません have to leave out; am forced to omit。
あなたはまだ覚えている覚えている rememberでしょう、私がいつかあなたに、造り付けの造り付けの natural-born; archetypal悪人悪人 villain; scoundrelが世の中世の中 society; the worldにいるものではないといった事を。多くの多くの many; numerous善人善人 good people; virtuous peopleがいざという場合場合 situation; circumstanceに突然突然 suddenly; unexpectedly悪人になるのだから油断してはいけない油断してはいけない one can't be too cautiousといった事を。あの時時 time; occasionあなたは私に昂奮している昂奮している be worked up; be agitatedと注意して注意して point out; call attention toくれました。そうしてどんな場合に、善人が悪人に変化する変化する change; transform (into)のかと尋ねました尋ねました asked; inquired。私がただ一口一口 in a word金金 moneyと答えた答えた answered; responded時、あなたは不満な不満な dissatisfied顔顔 face; (facial) expressionをしました。私はあなたの不満な顔をよく記憶しています記憶しています remember。私は今あなたの前前 front of; beforeに打ち明ける打ち明ける speak openly; disclose; revealが、私はあの時この叔父の事を考えていた考えていた was thinking of; had in mindのです。普通の普通の ordinaryものが金を見て見て see; eye急に急に suddenly; abruptly悪人になる例例 instance; exampleとして、世の中に信用する信用する trust; have faithに足る足る be worthy (of)ものが存在し得ない存在し得ない likely doesn't exist例として、憎悪憎悪 hatred; contemptと共にと共に together with私はこの叔父を考えていたのです。私の答えは、思想界思想界 realm of ideas; conceptual worldの奥奥 interior; depthsへ突き進んで行こう突き進んで行こう go plunging intoとするあなたに取ってに取って to; for (you)物足りなかった物足りなかった was insufficient; was inadequateかも知れません、陳腐陳腐 hackneyed; triteだったかも知れません。けれども私にはあれが生きた生きた animated; heated答えでした。現に現に actually; in fact私は昂奮していたではありませんか。私は冷やかな冷やかな cool; composed頭頭 head; mindで新しい新しい new; novel; original事を口にする口にする speak ofよりも、熱した熱した passionate舌舌 tongueで平凡な平凡な common; ordinary説説 opinion; viewを述べる述べる state; express方方 alternative (of two choices)が生きていると信じて信じて think; believeいます。血血 bloodの力力 vigor; forceで体体 bodyが動く動く moveからです。言葉が空気空気 air; atmosphereに波動波動 wavesを伝える伝える transmit; propagateばかりでなく、もっと強い強い mighty; powerful物物 things; objects; bodiesにもっと強く働き掛ける働き掛ける act upon事ができるからです。
「一口一口 in a wordでいうと、叔父叔父 uncleは私私 I; meの財産財産 wealth; assetsを胡魔化した胡魔化した swindled; cheated (someone) out ofのです。事事 matter; affair; happeningは私が東京東京 Tōkyōへ出ている出ている be away (at)三年三年 three yearsの間間 interval (of time)に容易く容易く with ease行われた行われた was conducted; was carried outのです。すべてを叔父任せ任せ leaving to ...; entrusting to ...にして平気平気 without concernでいた私は、世間的にいえば世間的にいえば from a worldly perspective本当の本当の true; bona fide馬鹿馬鹿 fool; idiot; suckerでした。世間的以上以上 above; beyondの見地見地 point of viewから評すれば評すれば evaluate; assess、あるいは純なる純なる innocent; pure尊い尊い noble; exalted男男 boy; young manとでもいえましょうか。私はその時時 time; periodの己れ己れ self; oneselfを顧みて顧みて look back on、なぜもっと人人 a personが悪く悪く corrupt; nefarious; sinful生れて来なかった生れて来なかった wasn't born (to be)かと思う思う question; wonderと、正直過ぎた正直過ぎた was too honest; was too upright自分自分 oneselfが口惜しくって口惜しくって regrettable; lamentable堪りません堪りません is unbearable。しかしまたどうかして、もう一度もう一度 one more time; once againああいう生れたままの姿姿 condition; stateに立ち帰って立ち帰って come back to; return to生きて見たい生きて見たい would like to live; would like to experience lifeという心持心持 feelingも起る起る occurs; comes aboutのです。記憶して記憶して remember; take note of下さい下さい please ...、あなたの知っている知っている know; be familiar with私は塵塵 dust; dirtに汚れた汚れた dirtied; sullied (by)後後 afterの私です。きたなくなった年数年数 number of yearsの多い多い numerous; manyものを先輩先輩 superior; elderと呼ぶ呼ぶ refer to (as)ならば、私はたしかにあなたより先輩でしょう。
もし私が叔父の希望通り希望通り as wished; as desired叔父の娘娘 daughterと結婚した結婚した married; wedならば、その結果結果 result; outcomeは物質的に物質的に in material terms私に取って私に取って to me; for me有利な有利な advantageousものでしたろうか。これは考える考える consider; think ofまでもない事と思います。叔父は策略で策略で schemingly娘を私に押し付けよう押し付けよう push onto; force uponとしたのです。好意的に好意的に in good faith両家両家 both familiesの便宜便宜 convenience; advantageを計る計る plan; arrange (for)というよりも、ずっと下卑た下卑た vulgar; coarse利害心利害心 self interestに駆られて駆られて driven; spurred (by)、結婚問題問題 subject; topicを私に向けた向けた directed towardのです。私は従妹従妹 (female) cousinを愛して愛して loveいないだけで、嫌ってはいなかった嫌ってはいなかった did not necessarily dislikeのですが、後から考えてみると、それを断った断った turned down; refusedのが私には多少の多少の some degree of愉快愉快 comfort; satisfactionになると思います。胡魔化されるのはどっちにしても同じ同じ the sameでしょうけれども、載せられ方載せられ方 manner of being deceived; manner of being usedからいえば、従妹を貰わない貰わない not accept; not receive方方 alternative (of two choices)が、向う向う the other partyの思い通り思い通り as one thinks; as one fanciesにならないという点点 pointから見て、少し少し a little; a bitは私の我が通った我が通った had one's way事になるのですから。しかしそれはほとんど問題とするに足りないに足りない not worth ...些細な些細な trivial; unimportant事柄事柄 matter; affairです。ことに関係関係 connection; concernのないあなたにいわせたら、さぞ馬鹿気た馬鹿気た absurd; foolish意地意地 obstinacy; fixationに見えるでしょう。
私と叔父の間に他の他の other親戚のもの親戚のもの relatives; relationsがはいりました。その親戚のものも私はまるで信用して信用して trust; have faith inいませんでした。信用しないばかりでなく、むしろ敵視して敵視して view as hostile; see as adversariesいました。私は叔父が私を欺いた欺いた deceived; cheatedと覚る覚る realize; become aware ofと共にと共に along with; together with、他のもの他のもの other people; othersも必ず必ず invariably; without fail自分を欺くに違いないに違いない no doubt ...と思い詰めました思い詰めました thought hard on; took to heart。父父 fatherがあれだけ賞め抜いていた賞め抜いていた admired so叔父ですらこうだから、他のものはというのが私の論理論理 logicでした。
それでも彼ら彼ら they; themは私私 I; meのために、私の所有所有 possession; ownershipにかかる一切一切 all; everythingのものを纏めて纏めて consolidate; aggregateくれました。それは金額金額 monetary sumに見積る見積る estimate; assessと、私の予期予期 expectationより遥かに遥かに by far少ない少ない small (in quantity)ものでした。私としては黙って黙って quietly; without objectionそれを受け取る受け取る receiveか、でなければ叔父叔父 uncleを相手取って相手取って challenge (in a lawsuit)公沙汰公沙汰 public affairにするか、二つ二つ two (things)の方法方法 process; methodしかなかったのです。私は憤りました憤りました grew angry; became indignant。また迷いました迷いました was lost (as to what to do)。訴訟訴訟 lawsuit; litigationにすると落着落着 settlement; conclusionまでに長い長い long時間時間 timeのかかる事事 situation; circumstancesも恐れました恐れました feared; was afraid of。私は修業中修業中 in the middle of one's studiesのからだですから、学生学生 studentとして大切な大切な valuable時間を奪われる奪われる have stolen away; lose (to)のは非常の非常の excessive; extreme苦痛苦痛 bother; disruptionだとも考えました考えました thought; considered。私は思案思案 reflection; considerationの結果結果 result (of)、市市 city; townにおる中学中学 middle schoolの旧友旧友 old friendに頼んで頼んで rely on、私の受け取ったものを、すべて金金 money; cashの形形 form; mediumに変えよう変えよう change; convert (to)としました。旧友は止した止した cease; desist方方 alternative (of two choices)が得得 advantageousだといって忠告して忠告して advise; cautionくれましたが、私は聞きませんでした聞きませんでした didn't listen。私は永く永く for a long time故郷故郷 home town; native placeを離れる離れる distance oneself from決心決心 resolution; firm intentをその時時 time; occasionに起した起した brought about; gave rise toのです。叔父の顔顔 faceを見まい見まい not see; see no moreと心のうちで心のうちで inwardly; to oneself誓った誓った swore; vowedのです。
私は国国 country; one's native placeを立つ立つ depart (from)前前 beforeに、また父父 fatherと母母 motherの墓墓 gravesへ参りました参りました went (to)。私はそれぎりその墓を見た事がありません。もう永久に永久に forever; for all time見る機会機会 opportunity; chanceも来ない来ない not come; not occurでしょう。
私の旧友は私の言葉通りに言葉通りに as instructed取り計らって取り計らって manage; deal withくれました。もっともそれは私が東京東京 Tōkyōへ着いて着いて arriveからよほど経った経った passed; elapsed (time)後後 afterの事です。田舎田舎 countryside; the countryで畠地畠地 farmlandなどを売ろう売ろう sellとしたって容易に容易に easilyは売れませんし、いざとなると足元を見て足元を見て to size up a situation (from palanquin bearers gauging a traveler's feet and raising their price accordingly)踏み倒される踏み倒される be shorted in a transaction恐れがあるので、私の受け取った金額は、時価時価 market priceに比べる比べる compareとよほど少ないものでした。自白すると自白すると to tell the truth; in all honesty、私の財産財産 wealth; assetsは自分自分 oneselfが懐にして懐にして have in one's pockets家家 houseを出た出た left; departed from若干の若干の few; modest amount of公債公債 public bondsと、後から後から later; afterwardこの友人友人 friendに送って送って send; remitもらった金だけなのです。親親 parentsの遺産遺産 bequest; legacyとしては固より固より from the start; all along非常に減っていた減っていた was reduced; was diminishedに相違ありませんに相違ありません no doubt ...。しかも私が積極的に積極的に of one's own initiative減らしたのでないから、なお心持心持 feeling; moodが悪かった悪かった off-putting; unsavoryのです。けれども学生として生活する生活する live; get byにはそれで充分以上充分以上 more than enough; more than adequateでした。実実 truthをいうと私はそれから出る利子利子 interestの半分半分 halfも使えませんでした使えませんでした couldn't use; couldn't spend。この余裕余裕 margin; leewayある私の学生生活が私を思いも寄らない思いも寄らない unexpected; unforeseen境遇境遇 circumstancesに陥し入れた陥し入れた landed one inのです。