Kokoro - Sensei's Testament - 01-09

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 bottom (final part of a story) 先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)遺書遺書いしょ writing left by one who has passed on; testament

いち (part) 1

「……わたくし I; meはこのなつ summerあなたから二、三度三度さんど two or three times; several times手紙手紙てがみ letter受け取りましたりました received東京東京とうきょう Tōkyō相当の相当そうとうの suitable; befitting地位地位ちい (social) position得たいたい hope to gain; look to attainから宜しく頼むよろしくたのむ please help (me) out書いてあったいてあった was writtenのは、たしか二度目二度目にどめ second time手に入ったった took in hand; receivedものと記憶しています記憶きおくしています remember; recall。私はそれを読んだんだ readとき time; occasion何とかしたいなんとかしたい would like to do something; would like somehow to accommodate思ったおもった thoughtのです。少なくともすくなくとも at least返事返事へんじ reply; response上げなければ済まんげなければまん need to provide (something) to (someone)とは考えたかんがえた thought; consideredのです。しかし自白すると自白じはくすると to be honest、私はあなたの依頼依頼いらい requestに対してたいして in relation to; with regard to、まるで努力をしなかった努力どりょくをしなかった made no effort; took no actionのです。ご承知の通り承知しょうちとおり as you are aware; as you know交際交際こうさい social aquaintance区域区域くいき sphere; scope; domain狭いせまい narrow; restrictedというよりも、世の中なか society; the worldにたった一人一人ひとり single; lone (person)暮してくらして live; abideいるといった方が適切ほう適切てきせつ more appropriate to ...なくらいの私には、そういう努力をあえてするあえてする dare; presume (to do)余地余地よち leeway; latitude全くまったく utterly; completelyないのです。しかしそれは問題問題もんだい problem; issueではありません。じつ the truthをいうと、私はこの自分自分じぶん oneselfどうすれば好いどうすればい what one should do; what to do withのかと思い煩っておもわずらって worry over; be vexed aboutいたところなのです。このまま人間人間にんげん humankindなか middle; midst取り残されたのこされた left behindミイラミイラ mummyのように存在して行こう存在そんざいしてこう continue to existか、それとも……その時分時分じぶん period (of time)の私は「それとも」という言葉言葉ことば words; expression心のうちでこころのうちで internally; to oneself繰り返すかえす repeatたびにぞっとしましたぞっとしました shuddered; felt a chill馳足で馳足かけあしで at a run絶壁絶壁ぜっぺき precipice; cliffはじ edgeまで来てて come (to)急にきゅうに suddenly; abruptlyそこ bottom見えないえない is not visible; cannot seeたに hollow; ravine; gorge覗き込んだのぞんだ looked into; peered intoひと person; manのように。私は卑怯卑怯ひきょう a cowardでした。そうして多くのおおくの many; most卑怯な人と同じおなじ the same程度程度ていど degree; extentにおいて煩悶した煩悶はんもんした agonized; anguishedのです。遺憾ながら遺憾いかんながら regrettably; sad to say、その時の私には、あなたというものがほとんど存在していなかったといっても誇張誇張こちょう exaggerationではありません。一歩進めて一歩いっぽすすめて moving one step ahead; taking it one step furtherいうと、あなたの地位、あなたの糊口の資糊口ここう means of living; daily bread、そんなものは私にとってまるで無意味無意味むいみ meaningless; of no significanceなのでした。どうでも構わなかったどうでもかまわなかった didn't matter in the leastのです。私はそれどころの騒ぎさわぎ commotion; agitationでなかったのです。私は状差状差じょうさし letter rack; letter boxへあなたの手紙を差したした inserted; put intoなり、依然として依然いぜんとして as before腕組をして腕組うでぐみをして fold one's arms in front of one考え込んでかんがんで ponder; broodいました。うち house; household相応の相応そうおうの suitable; adequate財産財産ざいさん asseats; wealth; meansがあるものが、なに what苦しんでくるしんで be worried about卒業するかしないのに卒業そつぎょうするかしないのに having just graduated; just out of school、地位地位といって藻掻き廻る藻掻もがまわる go around in a panic; kick up a fussのか。私はむしろ苦々しい苦々にがにがしい loathsome; shameful気分気分きぶん feelingで、遠くとおく distant place; far awayにいるあなたにこんな一瞥一瞥いちべつ glance; look; regard与えたあたえた gave; grantedだけでした。私は返事を上げなければ済まないあなたに対して、言訳言訳いいわけ explanationのためにこんなこと matter; state of affairs打ち明けるける disclose; divulgeのです。あなたを怒らすおこらす offend; upsetためにわざと無躾な無躾ぶしつけな unmannerly; impudent言葉を弄するろうする use; apply (in a duplicitous manner)のではありません。私の本意本意ほんい true motivationsあと what followsご覧になればらんになれば see; look atよく解るわかる understand事と信じますしんじます believe。とにかく私は何とか挨拶すべき挨拶あいさつすべき should reply; should respondところを黙っていただまっていた remained silentのですから、私はこの怠慢怠慢たいまん negligenceつみ wrongdoing; indiscretionをあなたのまえ before; front of謝したいと思いますしゃしたいとおもいます would like to apologize

その後その after thatわたくし I; meはあなたに電報を打ちました電報でんぽうちました sent a telegram有体に有体ありていに as it is; franklyいえば、あのとき time; occasion私はちょっとあなたに会いたかったいたかった wanted to seeのです。それからあなたの希望通り希望きぼうどおり as wished; as desired私の過去過去かこ pastをあなたのために物語りたかった物語ものがたりたかった wanted to tell; wanted to relateのです。あなたは返電を掛けて返電へんでんけて respond back by telegramいま now; at present東京東京とうきょう Tōkyōへは出られないられない cannot leave for; cannot make an appearance (in)断って来ましたことわってました declined; turned down; excused oneself fromが、私は失望して失望しつぼうして be disappointed永らくながらく for a long timeあの電報を眺めてながめて gaze atいました。あなたも電報だけでは気が済まなかったまなかった was not satisfiedとみえて、また後から長いながい long; lengthy手紙手紙てがみ letter寄こしてくれたこしてくれた sent (to me)ので、あなたの出京できない出京しゅっきょうできない cannot depart for Tōkyō事情事情じじょう situation; circumstancesがよく解りましたわかりました understood。私はあなたを失礼な失礼しつれいな discourteousおとこ man; fellowだとも何ともなんとも (not) at all; (nothing) at all思うおもう think; regard; considerわけ reason; causeがありません。あなたの大事な大事だいじな dear to oneお父さんとうさん father病気病気びょうき illness; maladyそっち退けにしてそっち退けにして cast (something) aside、何であなたがうち house; home空けられるけられる can vacate; can leaveものですか。そのお父さんの生死生死しょうし (question of) life or death忘れてわすれて forgetいるような私の態度態度たいど manner; behaviorこそ不都合不都合ふつごう improper; inappropriateです。――私は実際実際じっさい in truth; truth be toldあの電報を打つ時に、あなたのお父さんの事こと about ...; concerning ...を忘れていたのです。そのくせあなたが東京にいるころ timeには、難症難症なんしょう serious disease; incurable diseaseだからよく注意しなくってはいけない注意ちゅういしなくってはいけない must be vigilantと、あれほど忠告した忠告ちゅうこくした advised; warnedのは私ですのに。私はこういう矛盾な矛盾むじゅんな contradictory; inconsistent人間人間にんげん person; manなのです。あるいは私の脳髄脳髄のうずい brainよりも、私の過去が私を圧迫する圧迫あっぱくする suppress結果結果けっか result; consequence (of)こんな矛盾な人間に私を変化させる変化へんかさせる turn into; transform intoかも知れませんかもれません it may be that ...。私はこのてん pointにおいても充分充分じゅうぶん sufficiently; fully私の ego; self認めてみとめて acknowledge; recognizeいます。あなたに許してゆるして pardon; forgiveもらわなくてはなりません。

あなたの手紙、――あなたから来た最後の最後さいごの last; most recent手紙――を読んだんだ read時、私は悪いわるい inexcusable; blameworthy事をしたと思いました。それでその意味意味いみ substance; essence; gist返事返事へんじ reply; response出そうそう put forward; sendかと考えてかんがえて consider (doing)筆を執りかけましたふでりかけました began to take up one's penが、一行一行いちぎょう one line (of text)書かずにかずに without writing已めましためました stopped; quit。どうせ書くなら、この手紙を書いて上げたかったげたかった wanted to do (something) for (someone)から、そうしてこの手紙を書くにはまだ時機時機じき time; occasion少しすこし a little; a bit早過ぎた早過はやすぎた was too soonから、已めにしたのです。私がただ来るに及ばないるにおよばない no need to comeという簡単な簡単かんたんな simple; terse電報を再びふたたび once again打ったのは、それがためです。

 (part) 2

わたくし I; meはそれからこの手紙手紙てがみ letter書き出しましたしました began to write平生平生へいぜい usually; ordinarilyふで (writing) brush; pen持ちつけないちつけない not take hold of; not take in hand私には、自分自分じぶん oneself思うおもう think; imagineように、事件事件じけん incidents; affairsなり思想思想しそう thoughts; ideasなりが運ばないはこばない not proceed; not progressのが重いおもい heavy; weighty苦痛苦痛くつう pain; bitterness; frustrationでした。私はもう少しすこし a little; a bitで、あなたに対するたいする with respect to; vis-à-vis私のこの義務義務ぎむ duty; obligation放擲する放擲ほうてきする abandon; give up; quitところでした。しかしいくら止そうそう stop; quit; desistと思って筆を擱いていて lay down; put asideも、何にもなりませんでしたなんにもなりませんでした there was no point; it did no good。私は一時間経たないうちに一時間いちじかんたないうちに before an hour had passedまた書きたくなりました。あなたから見たらたら view; regard、これが義務の遂行遂行すいこう performance; prosecution (of a task)重んずるおもんずる give due respect to; take seriously私の性格性格せいかく nature; dispositionのように思われるかも知れませんかもれません it may be that ...。私もそれは否みませんいなみません don't deny; won't refute。私はあなたの知っている通りっているとおり as you know; as you are aware、ほとんど世間世間せけん the world; society交渉交渉こうしょう relations; connectionsのない孤独な孤独こどくな solitary人間人間にんげん person; manですから、義務というほどの義務は、自分の左右前後左右前後さゆうぜんご left, right, forward, and back; all directions見廻して見廻みまわして look around; surveyも、どの方角方角ほうがく directionにも根を張ってって take root; establish (itself)おりません。故意故意こい intentional; purposeful自然自然しぜん natural; spontaneousか、私はそれをできるだけ切り詰めためた reduced; curtailed; retrenched生活生活せいかつ life; lifestyleをしていたのです。けれども私は義務に冷淡冷淡れいたん cool; indifferentだからこうなったのではありません。むしろ鋭敏過ぎて鋭敏えいびんぎて overly sensitive刺戟刺戟しげき stimulus; stress堪えるえる endure; withstandだけの精力精力せいりょく energy; vigorがないから、ご覧のようにらんのように as (you) see消極的な消極的しょうきょくてきな passive; conservative; subdued月日月日つきひ time; years; days送るおくる pass; spentこと situation; state of affairsになったのです。だから一旦一旦いったん once約束した約束やくそくした promised以上以上いじょう given that ...; having ...、それを果たさないたさない not fulfill; not follow through onのは、大変大変たいへん very much; terribly厭ないやな disagreeable; unpleasant心持心持こころもち feelingです。私はあなたに対してこの厭な心持を避けるける avoid; avertためにでも、擱いた筆をまた取り上げなければならないげなければならない have to take up; be compelled to take upのです。

その上そのうえ on top of that; furthermore; what's more私は書きたいのです。義務は別としてべつとして aside from; apart from私の過去過去かこ pastを書きたいのです。私の過去は私だけの経験経験けいけん experienceだから、私だけの所有所有しょゆう possessionといっても差支えない差支さしつかえない presents no problem; elicits no objectionでしょう。それをひと (other) person与えないあたえない not give; not impart (to)死ぬぬ die; pass awayのは、惜しいしい regrettable; a shameともいわれるでしょう。私にも多少多少たしょう somewhat; to some extentそんな心持があります。ただし受け入れるれる accept; receive事のできない人に与えるくらいなら、私はむしろ私の経験を私の生命生命いのち lifeと共にともに together with葬ったほうむった bury; inter方が好いほうい is better to ...と思います。実際実際じっさい in fact; in truthここにあなたという一人一人ひとり one personおとこ man; fellow存在して存在そんざいして exist; be presentいないならば、私の過去はついに私の過去で、間接にも間接かんせつにも (even) indirectly; vicariously他人他人たにん another person知識知識ちしき knowledge ofにはならないで済んだんだ ended; be finishedでしょう。私は何千万何千万なんぜんまん some tens of millionsといる日本人日本人にほんじん Japanese (people)のうちで、ただあなただけに、私の過去を物語りたい物語ものがたりたい want to tell; want to relateのです。あなたは真面目真面目まじめ sincere; earnestだから。あなたは真面目に人生人生じんせい human life; human experienceそのものから生きたきた living; animate教訓教訓きょうくん lesson; precept; tenet得たいたい hope to secure; wish to gainといったから。

わたくし I; me暗いくらい dark; somber; dismal人世人世じんせい world of men; human existenceかげ shadow遠慮なく遠慮えんりょなく without restraintあなたのあたま headうえ top of投げかけてげかけて throw onto上げますげます do (something) for (someone)。しかし恐れておそれて fear; shrink fromはいけません。暗いものを凝とじっと firmly; stoically見詰めて見詰みつめて gaze into; watch intently、そのなか middle; midstからあなたの参考になる参考さんこうになる serve as referenceものをお攫みなさいつかみなさい seize onto; grasp hold of。私の暗いというのは、固よりもとより from the first; all along倫理的に倫理的りんりてきに ethically暗いのです。私は倫理的に生れたうまれた was bornおとこ manです。また倫理的に育てられたそだてられた was brought up; was raised男です。その倫理上倫理上りんりじょう concerning ethics; in regard to ethics考えかんがえ idea; concept; notionは、いま now; the present若いわかい youngひと people大分大分だいぶ significantly; considerably違ったちがった differentところがあるかも知れませんかもれません it may be that ...。しかしどう間違って間違まちがって be mistaken; be off baseも、私自身自身じしん oneselfのものです。間に合せあわせ makeshift; provisional; stopgap借りたりた borrowed損料着損料着そんりょうぎ rental clothing; rental suitではありません。だからこれから発達しよう発達はったつしよう develop; growというあなたには幾分か幾分いくぶんか somewhat; to some extent参考になるだろうと思うおもう think; believeのです。

あなたは現代の現代げんだいの modern; contemporary思想思想しそう thoughts; ideas問題問題もんだい subject; topicsについて、よく私に議論議論ぎろん argument; discussion向けたけた directed towardこと cases; instances記憶している記憶きおくしている rememberでしょう。私のそれに対するたいする with respect to; in response to態度態度たいど attitude; mannerもよく解っているわかっている understand; be aware ofでしょう。私はあなたの意見意見いけん opinions; views軽蔑軽蔑けいべつ disdain; contemptまでしなかったけれども、決してけっして by (no) means尊敬を払い得る尊敬そんけいはらる feel (oneself) capable of respecting程度程度ていど degree; extentにはなれなかった。あなたの考えには何らなんら some kind; any kind背景背景はいけい backing; substance; supportもなかったし、あなたは自分の自分じぶんの one's own過去過去かこ pastをもつには余りに若過ぎたあまりに若過わかすぎた were much too youngからです。私は時々時々ときどき sometimes笑ったわらった laughed。あなたは物足りなそうな物足ものたりなそうな disappointed-looking; dissatisfied-lookingかお face; (facial) expressionちょいちょいちょいちょい often; frequently私に見せたせた showed (to)。そのきょく end point; culminationあなたは私の過去を絵巻物絵巻物えまきもの picture scrollのように、あなたのまえ front of展開して展開てんかいして spread outくれと逼ったせまった press; urge。私はそのとき time; moment心のうちでこころのうちで inwardly; to oneself始めてはじめて for the first timeあなたを尊敬した。あなたが無遠慮に無遠慮ぶえんりょに presumptuously; brazenly私の腹の中はらなか belly; gutから、或るる some certain ...生きたきた living; animateものを捕まえようつらまえよう seize; grab hold ofという決心決心けっしん determination; resolveを見せたからです。私の心臓心臓しんぞう heart立ち割ってって cut open; split apart (usually って)温かくあたたかく warm流れるながれる flow血潮血潮ちしお blood; blood spilt from the body啜ろうとしたすすろうとした tried to partake ofからです。その時私はまだ生きていた。死ぬぬ die; perishのがいや dreadful; objectionableであった。それで他日他日たじつ another day; some future time約してやくして promise; commit to、あなたの要求要求ようきょう request; demand斥けてしりぞけて repel; repulse; fend offしまった。私は今自分で自分の心臓を破ってやぶって tear apart; destroy、その bloodをあなたの顔に浴びせかけようびせかけよう hurl at; rain down ontoとしているのです。私の鼓動鼓動こどう heartbeat; pulse停ったとまった stop; cease時、あなたのむね bosom; breast新しいあたらしい new; freshいのち life; life force宿る宿やどる take up residence; dwell事ができるなら満足満足まんぞく sufficient; adequate; satisfactoryです。

さん (part) 3

わたくし I; me両親両親りょうしん parents亡くしたくした lost (to death)のは、まだ私の廿歳廿歳はたち twenty years oldにならない時分時分じぶん period (of time)でした。いつかさい one's wifeがあなたに話してはなして tell; relateいたようにも記憶して記憶きおくして remember; recallいますが、二人二人ふたり two (people); the two of them同じおなじ the same病気病気びょうき illness; affliction死んだんだ died; passed awayのです。しかも妻があなたに不審不審ふしん question; curiosity起させたおこさせた triggered; stirred up; evoked通りとおり just as ...、ほとんど同時同時どうじ the same timeといっていいくらいに、前後して前後ぜんごして in rapid succession; one after the other死んだのです。実をいうとじつをいうと to tell the truth; in factちち fatherの病気は恐るべきおそるべき terrible; dreaded腸窒扶斯ちょう窒扶斯チフス abdominal typhusでした。それがそば near; close byにいて看護看護かんご nursing; caretakingをしたはは mother伝染した伝染でんせんした was transmitted (of an infection)のです。

私は二人の間あいだ between ...にできたたった一人一人ひとり one (person)男の子おとこ male child; boyでした。うち house; householdには相当の相当そうとうの considerable; substantial財産財産ざいさん wealth; assetsがあったので、むしろ鷹揚に鷹揚おうように generously; magnaminously育てられましたそだてられました was brought up; was raised。私は自分の自分じぶんの one's own過去過去かこ past顧みてかえりみて look back on、あのとき time両親が死なずにいてくれたなら、少なくともすくなくとも at least父か母かどっちか、片方片方かたほう one (of the two)好いい fine; sufficientから生きてきて live; surviveいてくれたなら、私はあの鷹揚な気分気分きぶん feeling; moodいま now; the presentまで持ち続けるつづける hold onto; maintain事ができたろうことができたろう would likely have been able to ...にと思いますおもいます think; expect; believe

私は二人のあと after茫然として茫然ぼうぜんとして blankly; vacantly取り残されましたのこされました was left (behind)。私には知識知識ちしき knowledge; know-howもなく、経験経験けいけん experienceもなく、また分別分別ふんべつ discernment; discretionもありませんでした。父の死ぬ時、母は傍にいる事ができませんでした。母の死ぬ時、母には父の死んだ事さえまだ知らせてなかったらせてなかった hadn't informed; hadn't toldのです。母はそれを覚ってさとって sense; perceiveいたか、または傍のものはたのもの those nearbyのいうごとく、実際実際じっさい indeed; in fact父は回復期回復期かいふくき recuperation; recovery向いつつあるむかいつつある is headed toward; is on the way toものと信じてしんじて believeいたか、それは分りませんわかりません don't know。母はただ叔父叔父おじ uncle万事万事ばんじ all things頼んでいましたたのんでいました entrusted to; relied on for。そこに居合せた居合いあわせた happened to be present; was there together with私を指さすゆびさす point toようにして、「この子をどうぞ何分何分なにぶん please (in some manner)」といいました。私はそのまえ before; priorから両親の許可許可きょか permission; approval; blessing得てて gain; attain東京東京とうきょう Tōkyō出るる set out; leave (for)はずはず expected to; slated toになっていましたので、母はそれもついでにいうつもりらしかったのです。それで「東京へ」とだけ付け加えましたらくわえましたら added、叔父がすぐ後を引き取ってって take over; take charge of、「よろしい決してけっして by (no) means心配心配しんぱい worry; concernしないがいい」と答えましたこたえました answered。母は強いつよい strong; intenseねつ fever堪え得るる able to withstand; able to endure体質体質たいしつ (physical) constitutionおんな womanなんでしたろうか、叔父は「確かりしたしっかりした strong; perseveringものだ」といって、私に向って母の事を褒めてめて praise; commendいました。しかしこれがはたして母の遺言遺言ゆいごん final wish; testamentであったのかどうだか、今考えるかんがえる consider; think aboutと分らないのです。 {paragraph continues below}

はは mother無論無論むろん of courseちち father罹ったかかった suffering from; afflicted by病気病気びょうき sickness; disease恐るべきおそるべき terrible; dreaded名前名前なまえ name知っていたっていた knew; was aware (of)のです。そうして、自分自分じぶん oneselfがそれに伝染していた伝染でんせんしていた was infected (with)こと fact承知していた承知しょうちしていた knew full wellのです。けれども自分はきっとこの病気でいのち life取られるられる have taken (by)とまで信じてしんじて thought; believedいたかどうか、そこになると疑ううたがう doubt; question余地余地よち room; marginはまだいくらでもあるだろうと思われるおもわれる it seems ...のです。その上そのうえ on top of that; furtherねつ fever高いたかい highとき times; occasions出るる come out; come forth母の言葉言葉ことば wordsは、いかにそれが筋道の通った筋道すじみちとおった rational; logical; sound明らかなあきらかな clear; conciseものにせよ、一向一向いっこう (not) at all; (not) in the least記憶記憶きおく memory; recollectionとなって母のあたま head; mindかげ shadow; trace (of)さえ残してのこして leave behindいない事がしばしばあったのです。だから……しかしそんな事は問題問題もんだい subject; topicではありません。ただこういうふう mannerもの things; events解きほどいてきほどいて unravel; tease apartみたり、またぐるぐる廻してぐるぐるまわして turn round and round眺めたりながめたり view; examineするくせ tendencyは、もうその時分時分じぶん period (of time)から、わたくし I; meにはちゃんと備わっていたそなわっていた was established; was in placeのです。それはあなたにも始めからはじめから from the startお断わりしてことわりして state in advance; give notice ofおかなければならないと思いますが、その実例実例じつれい example; illustrationとしては当面の当面とうめんの current; present問題に大したたいした significant; important関係関係かんけい connection; relevanceのないこんな記述記述きじゅつ description; accountが、かえって役に立ちはしないかやくちはしないか might serve some purpose; might be of some use考えますかんがえます think; reckon; figure。あなたのほう side; perspectiveでもまあそのつもりで読んでんで readください。この性分性分しょうぶん nature; disposition倫理的に倫理的りんりてきに ethically個人個人こじん individual行為行為こうい conductやら動作動作どうさ actionsの上に及んでうえおよんで with respect to; on matters of、私は後来後来こうらい the future; going forwardますますひと (other) people徳義心徳義心とくぎしん probity; decency; integrityを疑うようになったのだろうと思うのです。それが私の煩悶煩悶はんもん chagrin; discontent苦悩苦悩くのう suffering; distressに向ってむかって toward (the purpose of)積極的に積極的せっきょくてきに taking an active role大きなおおきな significantちから force; impetus添えてえて add to (by way of support)いるのは慥かたしか certain; without doubtですから覚えていておぼえていて bear in mind; take note of下さいください please ...

はなし narrative; story本筋本筋ほんすじ main thread (of a story)をはずれると、分り悪くなりますわかにくくなります becomes incoherent; will be hard to followからまたあとへ引き返しましょうかえしましょう go back; retrace one's steps。これでも私はこの長いながい long; lengthy手紙手紙てがみ letter書くく write; composeのに、私と同じおなじ the same地位地位ちい status; state置かれたかれた be placed (in)他のほかの otherひと people比べたらくらべたら compare、あるいは多少多少たしょう somewhat落ち付いていやしないかいていやしないか may be calm; might be composedと思っているのです。世の中なか the world; everyone眠るねむる sleep; slumber聞こえだすこえだす become audible; become discernableあの電車電車でんしゃ (electric) trainひびき echo; reverberationももう途絶えました途絶とだえました ceased; died down雨戸雨戸あまど (sliding) storm shuttersそと outsideにはいつの間にかいつのにか at some point; without notice憐れなあわれな sorrowful; doleful; plaintiveむし insectsこえ cries; soundsが、露のつゆの dew-coveredあき autumnをまた忍びやかにしのびやかに quietly; subtly思い出させるおもさせる call to mind; conjure images ofような調子調子ちょうし tone; pitch; rhythm微かにかすかに softly; faintly鳴いていて sing; cryいます。何もなにも (no)thing知らないさい one's wife次のつぎの next; adjoiningへや room無邪気に無邪気むじゃきに in innocence; free from careすやすや寝入っていますすやすや寝入ねいっています sleeps soundly; is sleeping peacefully。私が筆を執るふでる take up one's brush (or pen)と、一字一劃一字いちじ一劃いっかく one character at a timeができあがりつつペンのさき tip鳴ってって sound; ring (out)います。私はむしろ落ち付いた気分気分きぶん feeling; moodかみ paperに向っているのです。不馴れ不馴ふなれ unfamiliarily; want of practiceのためにペンがよこ side; sideways外れるれる veer off; go astrayかも知れませんかもれません it may be that ...が、頭が悩乱して悩乱のうらんして worry; agonize筆がしどろしどろ disorder; confusion走るはしる run (to); trend (toward)のではないように思います。

よん (part) 4

「とにかくたった一人一人ひとり alone; on one's own取り残されたのこされた was left behindわたくし I; meは、はは motherいい付け通りいいどおり as per (someone's) instructions、この叔父叔父おじ uncle頼るたよる rely on; depend onより外によりほかに besides; other thanみち way; path; courseはなかったのです。叔父はまた一切一切いっさい all; everything引き受けてけて take responsibility for; take over凡てのすべての all (manner of)世話世話せわ help; assistanceをしてくれました。そうして私を私の希望する希望きぼうする wish for; aspire to東京東京とうきょう Tōkyō出られるられる can set out for; can go toように取り計らってはからって manage; arrangeくれました。

私は東京へ来てて come (to)高等学校高等学校こうとうがっこう high school (equivalent to modern-day college)へはいりました。そのとき timeの高等学校の生徒生徒せいと studentsいま now; the presentよりもよほど殺伐殺伐さつばつ rough and tumble; pugilistic粗野粗野そや crude; vulgar; unrefinedでした。私の知ったった knew; was acquainted withものに、夜中夜中よる evening; night職人職人しょくにん worker; artisan喧嘩喧嘩けんか quarrel; altercationをして、相手相手あいて the other partyあたま head下駄下駄げた geta; wooden clog傷を負わせたきずわせた inflicted injury onのがありました。それがさけ saké飲んだんだ drank揚句揚句あげく on top of; at the end ofこと incident; affairなので、夢中に夢中むちゅうに with abandon擲り合いなぐい trading of blows; fist fightをしているあいだ period; interval (of time)に、学校の制帽制帽せいぼ school cap (part of school uniform)をとうとう向うむこう the other partyのものに取られてられて had taken (by); lost (to)しまったのです。ところがその帽子帽子ぼうし hat; capうら reverse (side); insideには当人当人とうにん the person in question名前名前なまえ nameがちゃんと、菱形菱形ひしがた diamond-shaped白いしろい whiteきれきれ scrap; cutting (of cloth)うえ top; surface書いてあったいてあった was written; was inscribedのです。それで事が面倒面倒めんどう trouble; difficultyになって、そのおとこ man; fellowもう少しでもうすこしで almost; nearly警察警察けいさつ policeから学校へ照会される照会しょうかいされる be subject to official inquiryところでした。しかし友達友達ともだち friends; comrades色々と色々いろいろと in various ways骨を折ってほねって make a concerted effort; go to great lengths、ついに表沙汰表沙汰おもてざた public affair; public incidentにせずに済むむ be concluded; endようにしてやりました。こんな乱暴な乱暴らんぼうな rough; reckless行為行為こうい conductを、上品な上品じょうひんな refined; genteel今の空気空気くうき air; atmosphereのなかに育ったそだった was raised; was brought up (in)あなた方あなたがた you (plural); you-all聞かせたらかせたら tell; relate (to)定めてさだめて certainly; no doubt馬鹿馬鹿しい馬鹿馬鹿ばかばかしい absurd; asinine; foolish感じかんじ feeling; impression起すおこす stir up; evokeでしょう。私も実際実際じっさい actually; in fact馬鹿馬鹿しく思いますおもいます think; consider (to be)。しかし彼らかれら they; themは今の学生学生がくせい studentsにない一種一種いっしゅ a certain type of質朴な質朴しつぼくな raw; simple; genuineてん aspect; elementその代りにそのかわりに on the other hand; at the same timeもっていたのです。当時当時とうじ at the time私の月々月々つきづき each month; every month叔父から貰ってもらって receiveいたかね moneyは、あなたが今、お父さんとうさん fatherから送っておくって send; remitもらう学資学資がくし school expenses; educational fundingに比べるとくらべると in comparison to遥かにはるかに by far少ないすくない limited; sparseものでした。(無論無論むろん of course物価物価ぶっか prices; cost-of-living違いましょうちがいましょう be differentが)。それでいて私は少しのすこしの the least不足不足ふそく deficiency; want (of)も感じませんでした。のみならず数あるかずある numerous; many同級生同級生どうきゅうせい classmatesのうちで、経済経済けいざい money; financesの点にかけては、決してけっして by (no) meansひと (other) people羨ましがるうらやましがる envy憐れなあわれな pitiable; miserable境遇境遇きょうぐう setting; circumstancesにいたわけ case; situationではないのです。今から回顧する回顧かいこする look back at; reflect onと、むしろ人に羨ましがられるほう alternative (of two things)だったのでしょう。というのは、私は月々極ったきまった decided; fixed送金送金そうきん remittancesの外に、書籍費書籍費しょせきひ book money、(私はその時分時分じぶん period (of time)から書物書物しょもつ books買うう buy; collect事が好きき to one's likingでした)、および臨時の臨時りんじの discretionary費用費用ひよう funds (to cover expenses)を、よく叔父から請求して請求せいきゅうして request; ask forずんずんずんずん rapidly; steadilyそれを自分自分じぶん oneselfの思うように消費する消費しょうひする consume; use up; go through事ができたのですから。

何もなにも (no)thing知らないらない not know; not be aware ofわたくし I; meは、叔父叔父おじ uncle信じてしんじて believe in; trustいたばかりでなく、常につねに always; at all times感謝感謝かんしゃ gratitude; thanksこころ heart; spiritをもって、叔父をありがたいもののように尊敬して尊敬そんけいして look up to; respectいました。叔父は事業家事業家じぎょうか enterprising man; businessmanでした。県会議員県会けんかい議員ぎいん prefectural assemblymanにもなりました。その関係関係かんけい connectionからでもありましょう、政党政党せいとう political partyにも縁故縁故えんこ affinityがあったように記憶して記憶きおくして remember; recallいます。ちち father実のじつの actualおとうと younger brotherですけれども、そういうてん point; aspectで、性格性格せいかく character; natureからいうと父とはまるで違ったちがった different; dissimilarほう direction; tendency向いていて turn toward発達した発達はったつした developed; grew; progressedようにも見えますえます appeared; seemed。父は先祖先祖せんぞ ancestorsから譲られたゆずられた handed over; passed down遺産遺産いさん legacy; bequest大事に大事だいじに with great care守って行くまもってく (continue to) guard; protect篤実一方篤実一方とくじついっぽう singular sincerityおとこ manでした。楽しみにはたのしみには for pleasureちゃ tea (ceremony)だのはな flower (arrangement)だのをやりました。それから詩集詩集ししゅう poetry anthology; collection of poemsなどを読むむ readこと act; action好きき to one's likingでした。書画骨董書画骨董しょがこっとう artwork and antiquesといったふう manner; styleのものにも、多くのおおくの a great deal of趣味趣味しゅみ perference; likingをもっている様子様子ようす indication; appearanceでした。うち house; home田舎田舎いなか countryside; the countryにありましたけれども、二里二里にり 2 ri (about 8 km; about 5 miles)ばかり隔たったへだたった distant; apart; away (from) city; town、――その市には叔父が住んでんで live; resideいたのです、――その市から時々時々ときどき from time to time; on occasion道具屋道具屋どうぐや curio seller懸物懸物かけもの hanging picture or scrollだの、香炉香炉こうろ incense burnerだのを持ってって bring、わざわざ父に見せに来ましたました came; called。父は一口一口ひとくち one word; in shortにいうと、まあマン・オフ・ミーンズマン・オフ・ミーンズ man of meansとでも評したらひょうしたら assess; characterize (as)好いい good; fine; sufficientのでしょう。比較的比較的ひかくてき relatively; comparatively上品な上品じょうひんな elegant; refined嗜好嗜好しこう taste; liking; fancyをもった田舎紳士紳士しんし gentlemanだったのです。だから気性気性きしょう disposition; temperamentからいうと、闊達な闊達かったつな magnanimous; big-minded; chivalrous叔父とはよほどの懸隔懸隔けんかく difference; disparityがありました。それでいて二人二人ふたり two (people); the two of themはまた妙にみょうに strangely; curiously仲が好かったなかかった were closeのです。父はよく叔父を評して、自分自分じぶん oneselfよりも遥かにはるかに by far働きはたらき ativity; enterprise; endeavorのある頼もしいとのもしい dependable; trustworthyひと person; manのようにいっていました。自分のように、おや parentsから財産財産ざいさん assets; wealthを譲られたものは、どうしても固有の固有こゆうの inherent; ingrained材幹材幹さいかん abilities; capabilities鈍るにぶる grow dull; falter; decline、つまり世の中なか society; the world闘うたたかう wage war; do battle; compete (with)必要必要ひつよう necessity; needがないからいけないのだともいっていました。この言葉言葉ことば words; utterancesはは mother聞きましたきました heard。私も聞きました。父はむしろ私の心得心得こころえ direction; guidanceになるつもりで、それをいったらしく思われますおもわれます it seems that ...。「お前まえ youもよく覚えているが好いおぼえているがい should remember; should bear in mind」と父はそのとき time; occasionわざわざ私のかお faceを見たのです。だから私はまだそれを忘れずにわすれずに without forgettingいます。このくらい私の父から信用されたり信用しんようされたり be trusted褒められたりめられたり be praised; be admiredしていた叔父を、私がどうして疑ううたがう doubt; distrust事ができるでしょう。私にはただでさえただでさえ even as it was誇りになるほこりになる be proud of; look upon with prideべき叔父でした。父や母が亡くなってくなって die; pass away万事万事ばんじ all thingsその人の世話世話せわ care; assistanceにならなければならない私には、もう単なるたんなる simple; mere誇りではなかったのです。私の存在存在そんざい existence; beingに必要な人間人間にんげん person; manになっていたのです。

 (section) 5

わたくし I; me夏休みなつやすみ summer vacation利用して利用りようして use; take advantage of始めてはじめて for the first timeくに country; one's native place帰ったかえった returnedとき time; occasion両親両親りょうしん parents死に断えたえた were dead and gone私の住居住居すまい house; residenceには、新しいあたらしい new主人主人しゅじん master; head; proprietorとして、叔父夫婦叔父おじ夫婦ふうふ (my) uncle and his wife入れ代ってかわって in turn; in place of住んでんで live; resideいました。これは私が東京東京とうきょう Tōkyō出るる leave; set out (for)まえ beforeからの約束約束やくそく agreement; arrangementでした。たった一人たった一人ひとり alone; on one's own取り残されたのこされた was left behind私がいえ house; homeにいない以上以上いじょう given that ...、そうでもするより外にほかに besides; other than仕方がなかった仕方しかたがなかった there was no choiceのです。

叔父はそのころ time city; townにある色々な色々いろいろな various会社会社かいしゃ companies; business ventures関係していた関係かんけいしていた had connections (to); was involved (with)ようです。業務業務ぎょうむ business affairs; duties都合都合つごう circumstances; considerationsからいえば、いま now; the presentまでの居宅居宅きょたく residence; dwelling寝起きする寝起ねおきする rise and retire; stay (in a place)ほう alternative (of two choices)が、二里二里にり 2 ri (about 8 km; about 5 miles)隔ったへだたった was separated by私の家に移るうつる transfer; move (to)より遥かにはるかに by far便利便利べんり convenientだといって笑いましたわらいました smiled; grinned。これは私の父母父母ふぼ father and mother; parents亡くなったくなった died; passed awayあと after、どうやしき residence; estate始末して始末しまつして deal with; handle、私が東京へ出るかという相談相談そうだん discussion; consultationの時、叔父の口を洩れたくちれた was voiced by ...言葉言葉ことば wordsであります。私の家は旧い歴史ふる歴史れきし long history; storied pastをもっているので、少しはすこしは somewhat; to some extentその界隈界隈かいわい corner of the world; regionひと people知られていましたられていました was known; was renowned。あなたの郷里郷里きょうり native place; home townでも同じおなじ the sameこと situation; state of affairsだろうと思いますおもいます suppose; imagineが、田舎田舎いなか countryside; the countryでは由緒由緒ゆいしょ history; pedigree; lineageのある家を、相続人相続人そうぞくにん heir; successorがあるのに壊したりこわしたり dismantle; raze売ったりったり sellするのは大事件大事件だいじけん major happening; major eventです。今の私ならそのくらいの事は何ともなんとも (no)thing思いませんが、その頃はまだ子供子供こども adolescent; juvenile; youthでしたから、東京へは出たし、家はそのままにして置かなければならずそのままにしてかなければならず had to leave (something) as it was、はなはだ所置所置しょち disposition; management (usually 処置しょち)苦しんだくるしんだ fretted; worried; stressed (over)のです。

叔父は仕方なしに私の空家空家あきや empty home; vacant houseへはいる事を承諾して承諾しょうだくして agreed toくれました。しかし市の方にある住居もそのままにしておいて、両方両方りょうほう bothの間あいだ between ...往ったり来たりするったりたりする come and go便宜便宜べんぎ convenience; expedience与えてあたえて grant; allowもらわなければ困るこまる have a hard time; be inconveniencedといいました。私に固よりもとより of course異議異議いぎ objection; dissentのありようはずがありません。私はどんな条件条件じょうけん conditionsでも東京へ出られれば好いい fine; satisfactoryくらいに考えてかんがえて considered; reasonedいたのです。

子供らしい私は、故郷故郷ふるさと home town; native place離れてはなれて separate (oneself from); leaveも、まだ心の眼こころ a place in one's heartで、懐かしげになつかしげに with nostalgia故郷の家を望んでのぞんで desire; wish forいました。固よりそこにはまだ自分自分じぶん oneselfの帰るべき家があるという旅人旅人たびびと traveler; wayfarer; wandererの心で望んでいたのです。休みやすみ vacation; break来ればれば come; arrive帰らなくてはならないという気分気分きぶん feeling; sentimentは、いくら東京を恋しがってこいしがって long for; yearn after出て来た私にも、力強く力強ちからづよく firmly; powerfullyあったのです。私は熱心に熱心ねっしんに eagerly; enthusiastically勉強し勉強べんきょうし study; pursue one's studies愉快に愉快ゆかいに pleasantly; happily遊んだあそんだ rest; relax; let loose後、休みには帰れると思うその故郷の家をよく夢に見ましたゆめました dreamed of; thought fondly of

わたくし I; me留守留守るす (time) away from homeあいだ period; interval (of time)叔父叔父おじ uncleはどんなふう style; manner両方両方りょうほう bothの間あいだ between ...往き来していたしていた came and went知りませんりません don't know。私の着いたいた arrivedとき timeは、家族家族かぞく family; householdのものが、みんな一つひとつ (as) oneいえ houseうち inside; within集まっていましたあつまっていました were gathered学校学校がっこう school出るる go to; attend子供子供こども childrenなどは平生平生へいぜい ordinarily; usuallyおそらく city; townほう alternative (of two things)にいたのでしょうが、これも休暇休暇きゅうか holiday; vacationのために田舎田舎いなか the country; countryside遊び半分あそ半分はんぶん by way of leisure; in part for relaxationといったかく status引き取られていましたられていました had retreated; had retired (to a place)

みんな私のかお face見てて see; catch sight of喜びましたよろこびました were happy; were pleased。私はまたちち fatherはは motherのいた時より、かえって賑やかにぎやか active; lively陽気陽気ようき jovial; merryになった家の様子様子ようす look; appearanceを見て嬉しがりましたうれしがりました was glad; was delighted。叔父はもと私の部屋部屋へや roomになっていた一間一間ひとま one room占領して占領せんりょうして take over; occupyいる一番目の男の子一番目いちばんめおとこ eldest son追い出してして put out; dislodge、私をそこへ入れましたれました put into; put up; housed座敷座敷ざしき roomsかず number; quantity少なくないすくなくない not few; numerousのだから、私はほかの部屋で構わないかまわない is not a problem; is fine辞退した辞退じたいした refused; declinedのですけれども、叔父はお前のまえの yourうち houseだからといって、聞きませんでしたきませんでした wouldn't hear of it

私は折々折々おりおり occasionally亡くなったくなった died; passed away父や母の事こと about ...; concerning ...思い出すおもす remember; recall外にほかに apart from; other than何のなんの (no) sort of不愉快不愉快ふゆかい unhappinessもなく、その一夏一夏ひとなつ one summerを叔父の家族と共にともに together with; in the company of過ごしてごして spent; passed (time)、また東京東京とうきょう Tōkyō帰ったかえった returnedのです。ただ一つその夏の出来事出来事できごと happening; affairとして、私のこころ thoughts; mind; spiritにむしろ薄暗い薄暗うすぐらい dark; somberかげ shadow投げたげた threw; cast (a shadow)のは、叔父夫婦叔父おじ夫婦ふうふ (my) uncle and his wife口を揃えてくちそろえて speak with one voice、まだ高等学校高等学校こうとうがっこう high school (equivalent to modern-day college)入ったはいった enteredばかりの私に結婚結婚けっこん marriage勧めるすすめる recommend; advise事でした。それは前後で前後ぜんごで around; about丁度丁度ちょうど just; right on三、四回さん四回しかい three or four times繰り返されたかえされた was repeatedでしょう。私も始めはじめ at first; the first timeはただその突然突然とつぜん sudden; abrupt; out of the blueなのに驚いたおどろいた was surprised; was caught off guardだけでした。二度目二度目にどめ the second timeには判然判然はっきり clearly; definitively断りましたことわりました refused; declined三度目三度目さんどめ the third timeにはこっちからとうとうその理由理由りゆう reason; rationale; motivation反問しなければならなくなりました反問はんもんしなければならなくなりました felt compelled to ask in return彼らかれら they; them主意主意しゅい meaning; line of thought単簡単簡たんかん simple; straighforwardでした。早くはやく soonよめ bride貰ってもらって receiveここの家へ帰って来てかえってて come back (to)、亡くなった父のあと after相続しろ相続そうぞくしろ succeed; claim one's inheritanceというだけなのです。家は休暇休暇やすみ holiday; vacationになって帰りさえすれば、それでいいものと私は考えていましたかんがえていました thought; figured; reckoned。父の後を相続する、それには嫁が必要必要ひつよう necessary; essentialだから貰う、両方とも理屈理屈りくつ theory; reasonとしては一通り一通ひととおり basic; fundamental聞こえますこえます come across as。ことに田舎の事情事情じじょう circumstancesを知っている私には、よく解りますわかります could understand。私も絶対に絶対ぜったいに absolutelyそれを嫌ってはいなかったきらってはいなかった was not averse toのでしょう。しかし東京へ修業修業しゅうぎょう studies; learningに出たばかりの私には、それが遠眼鏡遠眼鏡とおめがね telescope; scopeもの thingsを見るように、遥かはるか far; distantさき (up) ahead距離距離きょり distance望まれるのぞまれる appear asだけでした。私は叔父の希望希望きぼう hope; wish承諾承諾しょうだく consent; agreement与えないであたえないで without granting、ついにまた私の家を去りましたりました left; departed

ろく (part) 6

わたくし I; me縁談縁談えんだん talk of marriageの事こと about ...; concerning ...をそれなり忘れてわすれて forget; put out of one's mindしまいました。私の周囲周囲ぐるり surroundings取り捲いていて encompass; encloseいる青年青年せいねん young menかお faces見るる observe; look atと、世帯染みた世帯しょたいみた settled into family life; domesticated (usually 所帯しょたいみた)ものは一人一人ひとり one person; a single personもいません。みんな自由自由じゆう free; at liberty; on one's ownです、そうして悉くことごとく altogether; entirely単独単独たんどく independentらしく思われたおもわれた seemed to beのです。こういう気楽な気楽きらくな carefree; at easeひと peopleうち middle; midstにも、裏面裏面りめん back side; reverseはいり込んだらはいりんだら get into、あるいは家庭家庭かてい home; family事情事情じじょう situation; circumstances余儀なくされて余儀よぎなくされて forced to do; have no choice but to do (something)、すでにつま wife迎えてむかえて receive; welcomeいたものがあったかも知れませんかもれません it may be that ...が、子供子供こども adolescent; juvenile; youthらしい私はそこに気が付きませんでしたきませんでした failed to notice; did not realize。それからそういう特別の特別とくべつの special; exceptional境遇境遇きょうぐう circumstances置かれたかれた was placed (in)人のほう alternative (of two choices)でも、四辺四辺あたり all around; vicinity (lit: four sides)気兼をして気兼きがねをして showing deference (to); out of consideration (for)、なるべくは書生書生しょせい students縁の遠いえんとおい having little connection (to)そんな内輪内輪うちわ private matterはなし talk ofはしないように慎んでつつしんで be discreet; refrain fromいたのでしょう。あと after; laterから考えるかんがえる consider; think aboutと、私自身わたくし自身じしん I myselfがすでにそのくみ groupだったのですが、私はそれさえ分らずにわからずに without understanding; without realizing、ただ子供らしく愉快に愉快ゆかいに happily修学修学しゅうがく learningみち path; way歩いて行きましたあるいてきました walked; progressed along

学年学年がくねん academic year; school year終りおわり endに、私はまた行李行李こうり luggage; baggage絡げてからげて tie up; bind upおや parentsはか graveのある田舎田舎いなか the country; countryside帰って来ましたかえってました returned; came back (to)。そうして去年去年きょねん the prior year同じおなじ the sameように、父母父母ちちはは father and motherのいたわが家わがいえ family homeなか inside; withinで、また叔父夫婦叔父おじ夫婦ふうふ (my) uncle and his wifeとその子供子供こども children変らないかわらない usual; familiar顔を見ました。私は再びふたたび once againそこで故郷故郷ふるさと home town; native place匂いにおい smell; scent嗅ぎましたぎました breathed in (a smell)。その匂いは私に取ってわたくしって to me依然として依然いぜんとして still; as before; as always懐かしいなつかしい dear; cherished; longed-forものでありました。一学年一学年いちがくねん one academic year; one school year単調単調たんちょう monotony破るやぶる break; breach変化変化へんか change; variation; diversionとしても有難い有難ありがたい appreciated; welcomeものに違いなかったちがいなかった no doubt ...のです。

しかしこの自分自分じぶん oneself育て上げたそだげた brought up; raisedと同じような匂いの中で、私はまた突然突然とつぜん suddenly; without warning結婚結婚けっこん marriage問題問題もんだい subject; topicを叔父から鼻の先はなさき (at) the tip of one's nose; right in front of one突き付けられましたけられました was met with; was confronted with。叔父のいうところ pointは、去年の勧誘勧誘かんゆう solicitation; persuasionを再び繰り返したかえした repeatedのみです。理由理由りゆう reason; rationale; motivationも去年と同じでした。ただこのまえ before; earlier勧められたすすめられた was recommended; was advisedとき time; occasionには、何らのなんらの (no) sort of目的物目的物もくてきぶつ target; object (of one's intention)がなかったのに、今度今度こんど this timeはちゃんと肝心の肝心かんじんの crucial; all-important当人当人とうにん person of interest捕まえていたつらまえていた had in handので、私はなお困らせられたこまらせられた was placed in a bind; was put in an awkward positionのです。その当人というのは叔父のむすめ daughterすなわち私の従妹従妹いとこ (female) cousinに当るあたる correspond to; be none other thanおんな woman; young ladyでした。その女を貰ってもらって receiveくれれば、お互いのためにたがいのために mutually; reciprocally便宜便宜べんぎ convenient; advantageousである、ちち father存生中存生中ぞんしょうちゅう during one's lifetime; while livingそんなこと matter; affair話していたはなしていた mentioned; spoke of、と叔父がいうのです。私もそうすれば便宜だとは思いましたおもいました recognized; conceded。父が叔父にそういうふう style; manner (of)な話をしたというのもあり得べきありべき could well be; is not improbable事と考えましたかんがえました thought; considered。しかしそれは私が叔父にいわれて、始めてはじめて for the first time気が付いたので、いわれない前から、覚っていたさとっていた sensed; perceived; was aware of事柄事柄ことがら circumstanceではないのです。 {paragraph continues below}

だからわたくし I; me驚きましたおどろきました was surprised; was caught off guard。驚いたけれども、叔父叔父おじ uncle希望希望きぼう desire; wish無理のない無理むりのない not unreasonableところも、それがためによく解りましたわかりました could understand。私は迂闊迂闊うかつ careless; thoughtlessなのでしょうか。あるいはそうなのかも知れませんかもれません it may be that ...が、おそらくその従妹従妹いとこ (female) cousin無頓着無頓着むとんじゃく indifferent (toward)であったのが、おもな源因源因げんいん cause; reason (usually 原因げんいん)になっているのでしょう。私は小供のうち小供こどものうち younger days; youth; childhood (usually 子供こどものうち)から city; townにいる叔父のうち house始終始終しじゅう all along; often遊びに行きましたあそびにきました visited; frequented。ただ行くばかりでなく、よくそこに泊りましたとまりました stayed overnight。そうしてこの従妹とはその時分時分じぶん period (of time)から親しかったしたしかった was close to (in friendship)のです。あなたもご承知でしょうあなたもご承知しょうちでしょう (I'm) sure you're aware too兄妹兄妹きょうだい brothers and sistersの間あいだ between ...こい (romantic) love成立した成立せいりつした came about; took rootためし instance; case; exampleのないのを。私はこの公認された公認こうにんされた widely accepted事実事実じじつ reality; truth勝手に勝手かってに as one pleases; to fit one's purpose布衍して布衍ふえんして extend; expandいるかも知れないが、始終接触して接触せっしょくして be in contact; interact親しくなり過ぎたしたしくなりぎた become too close; form too tight a friendship男女男女なんにょ boys and girlsの間には、恋に必要な必要ひつような necessary刺戟刺戟しげき impetus; provocation; excitement起るおこる arise; come about清新な清新せいしんな fresh; new感じかんじ feelings; sensations失われてうしなわれて be lost; be missingしまうように考えてかんがえて consider; think (to be the case)います。こう incenseかぎ得るかぎる can smellのは、香を焚き出したした started burning瞬間瞬間しゅんかん instant; momentに限るかぎる is limited to ...ごとく、さけ saké味わうあじわう taste; savor; relishのは、酒を飲み始めたはじめた started to drink刹那刹那せつな moment; instantにあるごとく、恋の衝動衝動しょうどう impulse; urge; driveにもこういう際どいきわどい critical一点一点いってん single point; junctureが、時間の上に時間じかんうえに in the flow of time存在して存在そんざいして existいるとしか思われないとしかおもわれない one can only imagine that ...のです。一度一度いちど once; having ...平気で平気へいきで unnoticingly; with indifferenceそこを通り抜けたらとおけたら pass through馴れればれれば grow familiar with; become accustomed to馴れるほど、親しみが増すす increaseだけで、恋の神経神経しんけい nerves; sensitivities (toward)はだんだん麻痺して来る麻痺まひしてる become numb; lose (their) feelingだけです。私はどう考え直してかんがなおして reconsider; rethink; turn over in one's mindも、この従妹をつま wifeにする inclinationにはなれませんでした。

叔父はもし私が主張する主張しゅちょうする insistなら、私の卒業卒業そつぎょう graduationまで結婚結婚けっこん marriage延ばしてばして put off; postponeもいいといいました。けれども善は急げぜんいそげ strike while the iron is hotということわざ saying; adageもあるから、できるなら今のうちいまのうち soon; without delay祝言祝言しゅうげん marriage; weddingさかずき toast toだけは済ませてませて finish; concludeおきたいともいいました。当人当人とうにん person of interest望みのぞみ desireのない私にはどっちにしたって同じ事おなこと the same thingです。私はまた断りましたことわりました refused; turned down。叔父は厭ないやな unpleasant; unhappy; put outかお face; (facial) expressionをしました。従妹は泣きましたきました cried。私に添われないわれない not be wed (to)から悲しいかなしい sad; sorrowfulのではありません。結婚の申し込みもうみ bidding; petition; request拒絶された拒絶きょぜつされた be refused; be turned downのが、おんな woman; young ladyとして辛かったつらかった was painful; was hard to takeからです。私が従妹を愛していないあいしていない not feel love forごとく、従妹も私を愛していない事は、私によく知れていましたれていました was known; was clear; was evident。私はまた東京東京とうきょう Tōkyō出ましたました left; departed (for)

しち (part) 7

わたくし I; me三度目に三度目さんどめに for the third time帰国した帰国きこくした returned homeのは、それからまた一年一年いちねん one year経ったった passed; elapsed (time)なつ summer取付取付とっつき beginning; onsetでした。私はいつでも学年学年がくねん school year; academic year試験試験しけん exams済むむ conclude; be finishedのを待ちかねてちかねて wait impatiently for; eagerly await東京東京とうきょう Tōkyō逃げましたげました escaped; fled (from)。私には故郷故郷ふるさと home town; native placeがそれほど懐かしかったなつかしかった was dear; was cherished; was longed-forからです。あなたにも覚えおぼえ memory; experienceがあるでしょう、生れた所うまれたところ birthplace空気空気くうき airいろ color; complexion違いますちがいます differs土地土地とち dirt; soil匂いにおい smell; scent格別格別かくべつ special; exceptionalです、ちち fatherはは mother記憶記憶きおく memories; reminiscences濃かにこまやかに warmly; deeply; tenderly漂ってただよって drift; float; hang in the airいます。一年のうちで、しち July (seventh month)はち August (eighth month)二月二月ふたつき two monthsをそのなか inside; midst包まれてくるまれて be wrapped inあな hollow; den入ったはいった entered (into)へび snakeのように凝としてじっとして lie stillいるのは、私に取ってわたくしって to me; for me何よりもなによりも more than anything温かいあたたかい warm好いい pleasant; agreeable心持心持こころもち feeling; sensationだったのです。

単純な単純たんじゅんな simple; naïve私は従妹従妹いとこ (female) cousinとの結婚結婚けっこん marriage問題問題もんだい subject; topicについて、さほど頭を痛めるあたまいためる be concerned (about); trouble one's mind (with)必要必要ひつよう necessity; needがないと思っていましたおもっていました thought; believed厭ないやな disagreeable; not to one's likingものは断ることわる turn down; refuse、断ってさえしまえばあと after; laterには何も残らないなにのこらない nothing is left; all is finished、私はこう信じていたしんじていた believed; was convincedのです。だから叔父叔父おじ uncle希望通り希望きぼうどおり as wished; as desired意志意志いし will; volition曲げなかったげなかった didn't bend; didn't yieldにもかかわらず、私はむしろ平気平気へいき without concernでした。過去過去かこ past; previous一年のあいだ interval (of time)いまだかつてそんなこと matter; affair屈托した屈托くったくした felt worry (over); was concerned (about)覚えもなく、相変らずの相変あいかわらずの usual; same-as-always元気元気げんき spirit; vigorくに country; one's native place帰ったかえった returned (to)のです。

ところが帰って見るとかえってると on returning ...叔父の態度態度たいど attitude; mannerが違っています。もと formerly; beforeのように好い顔をして私を自分の懐に抱こう自分じぶんふところこう wrap in one's bosom; embrace; take inとしません。それでも鷹揚に鷹揚おうように generously; magnaminously育ったそだった was brought up; was raised私は、帰って四、五日五日ごにち four or five daysの間は気が付かずにかずに without noticingいました。ただ何かの機会機会きかい occurrence; occasionにふとへん odd; strange; peculiar思い出したおもした began to feel; began to senseのです。すると妙なのみょうなの what was odd; what was strangeは、叔父ばかりではないのです。叔母叔母おば auntも妙なのです。従妹も妙なのです。中学校中学校ちゅうがっこう middle school出てて graduate (from)、これから東京の高等商業高等こうとう商業しょうぎょう higher vocational school (= 高等こうとう商業しょうぎょう学校がっこう)へはいるつもりだといって、手紙手紙てがみ letterでその様子様子ようす situation; state of affairs聞き合せたりしたあわせたりした made inqueries on叔父の男の子おとこ boy; sonまで妙なのです。

私の性分性分しょうぶん nature; dispositionとして考えずにはいられなくなりましたかんがえずにはいられなくなりました could no longer disregard; could not keep from dwelling on。どうして私の心持がこう変ったかわった changedのだろう。いやどうして向うむこう the other party; the othersがこう変ったのだろう。私は突然突然とつぜん unexpectedly; all at once死んだんだ passed away; dead and gone父や母が、鈍いにぶい dull; dim私の eyes洗ってあらって wash; cleanse急にきゅうに suddenly世の中なか society; the world判然判然はっきり clearly; distinctly見えるようにしてくれたのではないかと疑いましたうたがいました suspected。私は父や母がこの worldにいなくなった後でも、いたとき time同じおなじ the sameように私を愛してあいして love; care forくれるものと、どこかこころ heart; soulおく interior; depthsで信じていたのです。もっともそのころ timeでも私は決してけっして by (no) means理に暗いくらい lacking in powers of reasonたち nature; dispositionではありませんでした。しかし先祖先祖せんぞ ancestorsから譲られたゆずられた was handed down; was passed down迷信迷信めいしん superstitions; beliefs塊りかたまり bundle; clumpも、強いつよい strong; powerfulちから force; influenceで私の bloodの中に潜んでひそんで be concealed; lie dormantいたのです。いま now; the presentでも潜んでいるでしょう。

わたくし I; meはたった一人一人ひとり alone; by oneselfやま mountain; hill行ってって go (to)父母父母ふぼ father and mother; parentsはか gravesまえ front of跪きましたひざまずきました kneeled; kneeled downなかば partly; in part哀悼哀悼あいとう sorrow; lament意味意味いみ meaning、半は感謝感謝かんしゃ thanks; gratitude心持心持こころもち feeling; moodで跪いたのです。そうして私の未来未来みらい future; days to come幸福幸福こうふく happiness; well-beingが、この冷たいつめたい coldいし stoneした below; beneath横たわるよこたわる lie彼らかれら they; them handsにまだ握られてにぎられて be heldでもいるような気分気分きぶん feeling; senseで、私の運命運命うんめい fate; fortune守るまもる protect; watch overべく彼らに祈りましたいのりました prayed; supplicated; petitioned。あなたは笑うわらう laugh (at); ridiculeかもしれない。私も笑われても仕方がない仕方しかたがない doesn't matter; can't be helped思いますおもいます think; believe。しかし私はそうした人間人間にんげん person; manだったのです。

私の世界世界せかい world掌を翻すようにたなごころひるがえすように in an instant (i.e. as easily as turning over one's hand)変りましたかわりました changed。もっともこれは私に取ってわたくしって to me; for me始めてはじめて the first time経験経験けいけん experienceではなかったのです。私が十六、七十六じゅうろくしち sixteen or seventeenとき timeでしたろう、始めて世の中なか the world美しいうつくしい beautiful; lovelyものがあるという事実事実じじつ truth; reality発見した発見はっけんした discovered時には、一度に一度いちどに at onceはっと驚きましたおどろきました was surprised; was astonished何遍も何遍なんべんも how many times自分の自分じぶんの one's own eyes疑ってうたぐって doubt; distrust、何遍も自分の眼を擦りましたこすりました rubbed。そうして心の中でこころうちで within one's heart; to oneselfああ美しいと叫びましたさけびました cried out; exclaimed。十六、七といえば、おとこ boy; young manでもおんな girl; young ladyでも、俗にいうぞくにいう commonly labeled ...色気色気いろけ interest in the opposite sex; sensuality付くく take rootころ period (of time)です。色気の付いた私は世の中にある美しいものの代表者代表者だいひょうしゃ representative; embodiment (of)として、始めて女を見るる see; view事ができたことができた was able to ...のです。いま now; the presentまでその存在存在そんざい existence; presence少しもすこしも (not) in the least気の付かなかったかなかった took no notice of異性異性いせい the opposite sexに対してたいして with respect to; concerning盲目盲目めくら blindnessの眼が忽ちたちまち suddenly; all at once開いたいた openedのです。それ以来それ以来いらい since then私の天地天地てんち heaven and earth; realm of existence全くまったく utterly; completely新しいあたらしい new; freshものとなりました。

私が叔父叔父おじ uncle態度態度たいど manner; behavior心づいたこころづいた saw clearly; noticedのも、全くこれと同じおなじ the sameなんでしょう。俄然として俄然がぜんとして suddenly; all at once心づいたのです。何のなんの (no) sort of予感予感よかん premonition準備準備じゅんび preparationもなく、不意に来た不意ふいた came without warningのです。不意にかれ he; himと彼の家族家族かぞく familyが、今までとはまるで別物別物べつもの something different; something unfamiliarのように私の眼に映ったうつった were reflected (in)のです。私は驚きました。そうしてこのままにしておいては、自分の行先行先ゆくさき future state; endがどうなるか分らないわからない don't know; can't tellという feelingになりました。

はち (part) 8

わたくし I; meいま now; the presentまで叔父叔父おじ uncle任せまかせ leaving to ...; entrusting to ...にしておいたいえ house; household財産財産ざいさん wealth; assetsについて、詳しいくわしい full; accurate; detailed知識知識ちしき knowledge得なければなければ not gain; not obtain死んだんだ deceased; departed父母父母ちちはは father and mother; parentsに対してたいして with respect to済まないまない be inexcusable; be unpardonableという feeling起したおこした evoked; stirred up; kindledのです。叔父は忙しいいそがしい busy身体身体からだ person; personageだと自称する自称じしょうする profess oneself to be; represent oneself asごとく、毎晩毎晩まいばん each night; every night同じおなじ the sameところ place; location寝泊り寝泊ねとまり staying; lodging (in)はしていませんでした。二日二日ふつか two daysうち house帰るかえる return (to)三日三日みっか three days city; townほう alternative (of two choices)暮らすらす live; spend one's timeといったふう manner; styleに、両方両方りょうほう bothの間あいだ between ...往来して往来ゆききして come and goその日その日そのその each day; from day to day落ち付きのないきのない unsettled; agitated; flusteredかお face; (facial) expression過ごしてごして pass (time)いました。そうして忙しいという言葉言葉ことば word; expression口癖口癖くちくせ stock phraseのように使いました使つかいました used; applied何のなんの (no) sort of疑いうたがい doubt; distrustも起らないとき time; periodは、私も実際に実際じっさいに actually; in fact忙しいのだろうと思っていたおもっていた thought; presumedのです。それから、忙しがらなくては当世流当世流とうせいりゅう modern; contemporaryでないのだろうと、皮肉皮肉ひにく cynicism; sarcasmにも解釈して解釈かいしゃくして interpret as; take asいたのです。けれども財産のこと matters; affairsについて、時間の掛かる時間じかんかる time-consuming; lengthyはなし discussion; talkをしようという目的目的もくてき aim; objectiveができた viewpointで、この忙しがる様子様子ようす situation; state of affairs見るる see; viewと、それが単にたんに simply私を避けるける avoid; evade口実口実こうじつ excuse; pretextとしか受け取れなくなって来たとしかれなくなってた could no longer be perceived as anything other than ...のです。私は容易に容易よういに easily叔父を捕まえるつらまえる grasp; seize; corner機会機会きかい chance; opportunityを得ませんでした。

私は叔父が市の方にめかけ mistressをもっているといううわさ rumor; report聞きましたきました heard。私はその噂をむかし former days中学中学ちゅうがく middle school同級生同級生どうきゅうせい classmateであったある友達友達ともだち friendから聞いたのです。妾を置くく establish; maintainぐらいの事は、この叔父として少しもすこしも (not) in the least怪しむに足らないあやしむにらない no grounds for doubtingのですが、ちち father生きているきている be living; be aliveうちに、そんな評判評判ひょうばん rumor; talk耳に入れたみみれた caught wind of; heard覚えおぼえ memory; experienceのない私は驚きましたおどろきました was taken aback。友達はそのほか apart from; beyondにも色々色々いろいろ various叔父についての噂を語って聞かせましたかたってかせました told; conveyed; related一時一時いちじ once; at one time事業事業じぎょう business; enterprise失敗しかかっていた失敗しっぱいしかかっていた was on the brink of failureようにひと (other) peopleから思われていたのに、この二、三年来さん年来ねんらい past two or three years; past several yearsまた急にきゅうに all of a sudden; in short order盛り返して来たかえしてた recovered; made a comebackというのも、その一つひとつ one (of those)でした。しかも私の疑惑疑惑ぎわく distrust; misgivings強く染めつけたつよめつけた strongly corroborated (lit: dyed in vivid color)ものの一つでした。

わたくし I; meはとうとう叔父叔父おじ uncle談判談判だんぱん negotiation; bargaining開きましたひらきました opened; initiated; held。談判というのは少しすこし a little; a bit不穏当不穏当ふおんとう inappropriate; off-baseかも知れませんかもれません it may be thatが、はなし talk; discussion成行き成行なりゆき course of events; outcomeからいうと、そんな言葉言葉ことば word; expression形容する形容けいようする describeより外にほかに other than; apart fromみち way; meansのないところへ、自然の自然しぜんの natural調子調子ちょうし vein; tone; mood落ちて来たちてた settled over; descended onのです。叔父はどこまでも私を子供扱い子供こどもあつかい treating as a childにしようとします。私はまた始めはじめ the startから猜疑猜疑さいぎ suspicion eyesで叔父に対してたいして face; confrontいます。穏やかにおだやかに gently; quietly解決解決かいけつ settlement; resolutionのつくはずはなかったのです。

遺憾ながら遺憾いかんながら regrettably私はいま now; at presentその談判の顛末顛末てんまつ particulars詳しくくわしく in detailここに書くく write事のできないことのできない cannot ...; am unable to ...ほどさき forward; ahead急いでいそいで hurry; hastenいます。じつ truthをいうと、私はこれより以上に以上いじょうに more than ...、もっと大事な大事だいじな important; crucial; pivotalものを控えてひかえて have before one; have at handいるのです。私のペンは早くからはやくから sooner; without delayそこへ辿りつきたがって辿たどりつきたがって wants to arrive at; wants to reachいるのを、漸との事でやっとのことで just managing; with difficulty抑えつけておさえつけて suppress; hold backいるくらいです。あなたに会ってって see; meet静かにしずかに quietly; calmly話すはなす tell; relate機会機会きかい opportunity; chance永久に永久えいきゅうに forever; for all time失ったうしなった lost私は、ふで (writing) brush; pen執るる take upすべ means; method慣れないれない am unaccustomed (to)ばかりでなく、貴いたっとい valuable; precious時間時間じかん time惜むおしむ value; hold dear (hate to lose)という意味意味いみ meaning; senseからして、書きたい事も省かなければなりませんはぶかなければなりません have to leave out; am forced to omit

あなたはまだ覚えているおぼえている rememberでしょう、私がいつかあなたに、造り付けのつくけの natural-born; archetypal悪人悪人あくにん villain; scoundrel世の中なか society; the worldにいるものではないといった事を。多くのおおくの many; numerous善人善人ぜんにん good people; virtuous peopleがいざという場合場合ばあい situation; circumstance突然突然とつぜん suddenly; unexpectedly悪人になるのだから油断してはいけない油断ゆだんしてはいけない one can't be too cautiousといった事を。あのとき time; occasionあなたは私に昂奮している昂奮こうふんしている be worked up; be agitated注意して注意ちゅういして point out; call attention toくれました。そうしてどんな場合に、善人が悪人に変化する変化へんかする change; transform (into)のかと尋ねましたたずねました asked; inquired。私がただ一口一口ひとくち in a wordかね money答えたこたえた answered; responded時、あなたは不満な不満ふまんな dissatisfiedかお face; (facial) expressionをしました。私はあなたの不満な顔をよく記憶しています記憶きおくしています remember。私は今あなたのまえ front of; before打ち明けるける speak openly; disclose; revealが、私はあの時この叔父の事を考えていたかんがえていた was thinking of; had in mindのです。普通の普通ふつうの ordinaryものが金を見てて see; eye急にきゅうに suddenly; abruptly悪人になるれい instance; exampleとして、世の中に信用する信用しんようする trust; have faith足るる be worthy (of)ものが存在し得ない存在そんざいない likely doesn't exist例として、憎悪憎悪ぞうお hatred; contemptと共にともに together with私はこの叔父を考えていたのです。私の答えは、思想界思想界しそうかい realm of ideas; conceptual worldおく interior; depths突き進んで行こうすすんでこう go plunging intoとするあなたに取ってって to; for (you)物足りなかった物足ものたりなかった was insufficient; was inadequateかも知れません、陳腐陳腐ちんぷ hackneyed; triteだったかも知れません。けれども私にはあれが生きたきた animated; heated答えでした。現にげんに actually; in fact私は昂奮していたではありませんか。私は冷やかなひややかな cool; composedあたま head; mind新しいあたらしい new; novel; original事を口にするくちにする speak ofよりも、熱したねっした passionateした tongue平凡な平凡へいぼんな common; ordinaryせつ opinion; view述べるべる state; expressほう alternative (of two choices)が生きていると信じてしんじて think; believeいます。 bloodちから vigor; forceたい body動くうごく moveからです。言葉が空気空気くうき air; atmosphere波動波動はどう waves伝えるつたえる transmit; propagateばかりでなく、もっと強いつよい mighty; powerfulもの things; objects; bodiesにもっと強く働き掛けるはたらける act upon事ができるからです。

きゅう (part) 9

一口一口ひとくち in a wordでいうと、叔父叔父おじ uncleわたくし I; me財産財産ざいさん wealth; assets胡魔化した胡魔化ごまかした swindled; cheated (someone) out ofのです。こと matter; affair; happeningは私が東京東京とうきょう Tōkyō出ているている be away (at)三年三年さんねん three yearsあいだ interval (of time)容易く容易たやすく with ease行われたおこなわれた was conducted; was carried outのです。すべてを叔父任せまかせ leaving to ...; entrusting to ...にして平気平気へいき without concernでいた私は、世間的にいえば世間的せけんてきにいえば from a worldly perspective本当の本当ほんとうの true; bona fide馬鹿馬鹿ばか fool; idiot; suckerでした。世間的以上以上いじょう above; beyond見地見地けんち point of viewから評すればひょうすれば evaluate; assess、あるいは純なるじゅんなる innocent; pure尊いたっとい noble; exaltedおとこ boy; young manとでもいえましょうか。私はそのとき time; period己れおのれ self; oneself顧みてかえりみて look back on、なぜもっとひと a person悪くわるく corrupt; nefarious; sinful生れて来なかったうまれてなかった wasn't born (to be)かと思うおもう question; wonderと、正直過ぎた正直しょうじきぎた was too honest; was too upright自分自分じぶん oneself口惜しくって口惜くやしくって regrettable; lamentable堪りませんたまりません is unbearable。しかしまたどうかして、もう一度もう一度いちど one more time; once againああいう生れたままの姿姿すがた condition; state立ち帰ってかえって come back to; return to生きて見たいきてたい would like to live; would like to experience lifeという心持心持こころもち feeling起るおこる occurs; comes aboutのです。記憶して記憶きおくして remember; take note of下さいください please ...、あなたの知っているっている know; be familiar with私はちり dust; dirt汚れたよごれた dirtied; sullied (by)あと afterの私です。きたなくなった年数年数ねんすう number of years多いおおい numerous; manyものを先輩先輩せんぱい superior; elder呼ぶぶ refer to (as)ならば、私はたしかにあなたより先輩でしょう。

もし私が叔父の希望通り希望きぼうどおり as wished; as desired叔父のむすめ daughter結婚した結婚けっこんした married; wedならば、その結果結果けっか result; outcome物質的に物質的ぶっしつてきに in material terms私に取ってわたくしって to me; for me有利な有利ゆうりな advantageousものでしたろうか。これは考えるかんがえる consider; think ofまでもない事と思います。叔父は策略で策略さくりゃくで schemingly娘を私に押し付けようけよう push onto; force uponとしたのです。好意的に好意的こういてきに in good faith両家両家りょうけ both families便宜便宜べんぎ convenience; advantage計るはかる plan; arrange (for)というよりも、ずっと下卑た下卑げびた vulgar; coarse利害心利害心りがいしん self interest駆られてられて driven; spurred (by)、結婚問題問題もんだい subject; topicを私に向けたけた directed towardのです。私は従妹従妹いとこ (female) cousin愛してあいして loveいないだけで、嫌ってはいなかったきらってはいなかった did not necessarily dislikeのですが、後から考えてみると、それを断ったことわった turned down; refusedのが私には多少の多少たしょうの some degree of愉快愉快ゆかい comfort; satisfactionになると思います。胡魔化されるのはどっちにしても同じおなじ the sameでしょうけれども、載せられ方せられかた manner of being deceived; manner of being usedからいえば、従妹を貰わないもらわない not accept; not receiveほう alternative (of two choices)が、向うむこう the other party思い通りおもどおり as one thinks; as one fanciesにならないというてん pointから見て、少しすこし a little; a bitは私の我が通ったとおった had one's way事になるのですから。しかしそれはほとんど問題とするに足りないりない not worth ...些細な些細ささいな trivial; unimportant事柄事柄ことがら matter; affairです。ことに関係関係かんけい connection; concernのないあなたにいわせたら、さぞ馬鹿気た馬鹿気ばかげた absurd; foolish意地意地いじ obstinacy; fixationに見えるでしょう。

私と叔父の間に他のの other親戚のもの親戚しんせきのもの relatives; relationsがはいりました。その親戚のものも私はまるで信用して信用しんようして trust; have faith inいませんでした。信用しないばかりでなく、むしろ敵視して敵視てきしして view as hostile; see as adversariesいました。私は叔父が私を欺いたあざむいた deceived; cheated覚るさとる realize; become aware ofと共にともに along with; together with他のものほかのもの other people; others必ずかならず invariably; without fail自分を欺くに違いないちがいない no doubt ...思い詰めましたおもめました thought hard on; took to heartちち fatherがあれだけ賞め抜いていたいていた admired so叔父ですらこうだから、他のものはというのが私の論理論理ロジック logicでした。

それでも彼らかれら they; themわたくし I; meのために、私の所有所有しょゆう possession; ownershipにかかる一切一切いっさい all; everythingのものを纏めてまとめて consolidate; aggregateくれました。それは金額金額きんがく monetary sum見積る見積みつもる estimate; assessと、私の予期予期よき expectationより遥かにはるかに by far少ないすくない small (in quantity)ものでした。私としては黙ってだまって quietly; without objectionそれを受け取るる receiveか、でなければ叔父叔父おじ uncle相手取って相手あいてって challenge (in a lawsuit)公沙汰おおやけ沙汰ざた public affairにするか、二つふたつ two (things)方法方法ほうほう process; methodしかなかったのです。私は憤りましたいきどおりました grew angry; became indignant。また迷いましたまよいました was lost (as to what to do)訴訟訴訟そしょう lawsuit; litigationにすると落着落着らくちゃく settlement; conclusionまでに長いながい long時間時間じかん timeのかかること situation; circumstances恐れましたおそれました feared; was afraid of。私は修業中修業中しゅうぎょうちゅう in the middle of one's studiesのからだですから、学生学生がくせい studentとして大切な大切たいせつな valuable時間を奪われるうばわれる have stolen away; lose (to)のは非常の非常ひじょうの excessive; extreme苦痛苦痛くつう bother; disruptionだとも考えましたかんがえました thought; considered。私は思案思案しあん reflection; consideration結果結果けっか result (of) city; townにおる中学中学ちゅうがく middle school旧友旧友きゅうゆう old friend頼んでたのんで rely on、私の受け取ったものを、すべてかね money; cashかたち form; medium変えようえよう change; convert (to)としました。旧友は止したした cease; desistほう alternative (of two choices)とく advantageousだといって忠告して忠告ちゅうこくして advise; cautionくれましたが、私は聞きませんでしたきませんでした didn't listen。私は永くながく for a long time故郷故郷ふるさと home town; native place離れるはなれる distance oneself from決心決心けっしん resolution; firm intentをそのとき time; occasion起したおこした brought about; gave rise toのです。叔父のかお face見まいまい not see; see no more心のうちでこころのうちで inwardly; to oneself誓ったちかった swore; vowedのです。

私はくに country; one's native place立つつ depart (from)まえ beforeに、またちち fatherはは motherはか graves参りましたまいりました went (to)。私はそれぎりその墓を見た事がありません。もう永久に永久えいきゅうに forever; for all time見る機会機会きかい opportunity; chance来ないない not come; not occurでしょう。

私の旧友は私の言葉通りに言葉ことばどおりに as instructed取り計らってはからって manage; deal withくれました。もっともそれは私が東京東京とうきょう Tōkyō着いていて arriveからよほど経ったった passed; elapsed (time)のち afterの事です。田舎田舎いなか countryside; the country畠地畠地はたち farmlandなどを売ろうろう sellとしたって容易に容易よういに easilyは売れませんし、いざとなると足元を見て足元あしもとて to size up a situation (from palanquin bearers gauging a traveler's feet and raising their price accordingly)踏み倒されるたおされる be shorted in a transaction恐れがあるので、私の受け取った金額は、時価時価じか market price比べるくらべる compareとよほど少ないものでした。自白すると自白じはくすると to tell the truth; in all honesty、私の財産財産ざいさん wealth; assets自分自分じぶん oneself懐にしてふところにして have in one's pocketsいえ house出たた left; departed from若干の若干じゃっかんの few; modest amount of公債公債こうさい public bondsと、後からあとから later; afterwardこの友人友人ゆうじん friend送っておくって send; remitもらった金だけなのです。おや parents遺産遺産いさん bequest; legacyとしては固よりもとより from the start; all along非常に減っていたっていた was reduced; was diminishedに相違ありません相違そういありません no doubt ...。しかも私が積極的に積極的せっきょくてきに of one's own initiative減らしたのでないから、なお心持心持こころもち feeling; mood悪かったわるかった off-putting; unsavoryのです。けれども学生として生活する生活せいかつする live; get byにはそれで充分以上充分じゅうぶん以上いじょう more than enough; more than adequateでした。じつ truthをいうと私はそれから出る利子利子りし interest半分半分はんぶん half使えませんでした使つかえませんでした couldn't use; couldn't spend。この余裕余裕よゆう margin; leewayある私の学生生活が私を思いも寄らないおもいもらない unexpected; unforeseen境遇境遇きょうぐう circumstances陥し入れたおとれた landed one inのです。