原口原口はらぐち Haraguchi (name)さんの paintingでき上がったできがった was finished丹青会丹青会たんせいかい Tanseikai (name of a group)はこれを一室一室いっしつ one room正面正面しょうめん main facadeにかけた。そうしてそのまえ front of長いながい long腰掛け腰掛こしかけ seat; bench置いたいた set; placed休むやすむ restためでもある。絵を見るる look upon; viewためでもある。休みかつ味わうあじわう savor; appreciateためでもある。丹青会はこうして、この大作大作たいさく major work彽徊する彽徊ていかいする linger; dwell多くのおおくの many; numerous観覧者観覧者かんらんしゃ visitors; viewers便利便利べんり convenience与えたあたえた provided for特別の特別とくべつの special; extraordinary待遇待遇たいぐう treatment; considerationである。絵が特別のできだからという。あるいは人の目ひと people's interest; attentionをひくだい subject; themeだからともいう。少数の少数しょうすうの small number; minority (of)ものは、あのおんな woman; young lady描いたいた painted; depictedからだといった。会員会員かいいん (group) member一、二いち one or twoはまったく大きいおおきい large; grand (in scale)からだと弁解した弁解べんかいした explained; rationalized。大きいには違いないにはちがいない no doubt that ...はば width五寸五寸ごすん 5 sun (about 15 cm; about 6 inches)余るあまる be in excess (of)きん goldがく border; edgeをつけて見ると、見違える見違みちがえる fail to recognizeように大きくなった。

原口さんは開会開会かいかい opening of an event前日前日ぜんじつ day before検分検分けんぶん inspection; checkのためちょっと来たた came; stopped (by)。腰掛けに腰をおろしてこしをおろして seat oneself久しいあいだひさしいあいだ long whileパイプをくわえてながめていた。やがて、ぬっとぬっと suddenly; abruptly立ってって stand up; rise場内場内じょうない premises; (exhibition) hall一巡一巡いちじゅん once around丁寧に丁寧ていねいに carefully; thoroughly回ったまわった made a round。それからまたもとの腰掛けへ帰ってかえって return (to)第二の第二だいにの secondパイプをゆっくり吹かしたかした puffed (on); smoked

もり woods; woodlandの女」の前には開会の当日当日とうじつ appointed day; day in questionから人がいっぱいたかったたかった gathered; swarmed。せっかくの腰掛けは無用の長物無用むよう長物ちょうぶつ useless artifact; extraneous itemとなった。ただ疲れたつかれた tired; worn outもの personsが、絵を見ないために休んでいた。それでも休みながら「森の女」のひょう commentary; critiqueをしていた者がある。

美禰子美禰子みねこ Mineko (name)おっと husband連られてつれられて be accompanied (by)二日目二日目ふつかめ second dayに来た。原口さんが案内をした案内あんないをした guided; escorted。「森の女」の前へ出たた arrived (at)とき time; moment、原口さんは「どうです」と二人二人ふたり two (people)を見た。夫は「結構結構けっこう superb; splendidです」と言ってって reply; remark眼鏡眼鏡めがね glassesおく interior; insideからじっと眸を凝らしたひとみらした fixed one's gaze (on something)

「この団扇団扇うちわ (round) fanをかざして立った姿勢姿勢しせい posture; poseがいい。さすが専門家専門家せんもんか expert; professional違いますちがいます exceptional; extraordinaryね。よくここに気がついたがついた took notice; had awareness (of)ものだ。光線光線こうせん light; sunlightかお face; countenanceへあたるぐあいがうまい。かげ shadow日向日向ひなた sunlight段落段落だんらく contrast; juxtapositionかっきりしてかっきりして exact; precise――顔だけでも非常に非常ひじょうに exceedinglyおもしろい変化変化へんか transitionがある」

「いやみんな all御当人御当人ごとうにん the person in questionお好みこのみ preferenceだから。ぼくの手柄手柄てがら achievement; handiworkじゃない」

「おかげさまで」と美禰子が礼を述べたれいべた expressed (her) thanks

わたし I; meも、おかげさまで」と今度今度こんど this timeは原口さんが礼を述べた。

夫は細君細君さいくん wifeの手柄だと聞いていて hearさもうれしそうである。三人三人さんにん three (people)のうちでいちばん鄭重な鄭重ていちょうな respectful; courteous礼を述べたべた voiced; expressedのは夫である。

開会後開会後かいかいご after the opening (of an event)第一の第一だいいちの first土曜土曜どよう Saturday昼過ぎ昼過ひるすぎ afternoonにはおおぜいいっしょに来たた came; arrived。――広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirota野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんと与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)と。四人四人よったり four (people); the four (of them)はよそをあと回しあとまわし for laterにして、第一に「もり forest; woodlandおんな woman; young lady」の部屋部屋へや room; galleryにはいった。与次郎が「あれだ、あれだ」と言うう say; exclaimひと peopleがたくさんたかっているたかっている were gathered; were crowded (around)。三四郎は入口入口いりぐち entranceでちょっと躊躇した躊躇ちゅうちょした hesitated。野々宮さんは超然として超然ちょうぜんとして with indifference; with full composureはいった。

おおぜいのうしろから、のぞきこんだだけで、三四郎は退いた退しりぞいた withdrew; retreated腰掛け腰掛こしかけ benchによってみんなを待ち合わしてわして waited onいた。

「すてきに大きなおおきな largeもの描いたいた paintedな」と与次郎が言った。

佐々木佐々木ささき Sasaki (Yojirō's family name)買ってって buy; purchaseもらうつもりだそうだ」と広田先生が言った。

「ぼくより」と言いかけて、見るる look aroundと、三四郎はむずかしいかお face; facial expressionをして腰掛けにもたれている。与次郎は黙ってしまっただまってしまった kept silent; held one's tongue

いろ color出し方かた application; use ofがなかなか洒落て洒落しゃれて be stylish; be done with flairいますね。むしろ意気な意気いきな spirited; tasteful; chic paintingだ」と野々宮さんが評したひょうした commented on; assessed

少しすこし a little; a bit気がききすぎてがききすぎて be too clever; be too thoughtfulいるくらいだ。これじゃつづみ tsuzumi (hourglass drum whose tension can be adjusted while playing) soundのようにぽんぽんする絵はかけないと自白する自白じはくする confess; acknowledgeはずだ」と広田先生が評した。

「なんですぽんぽんする絵というのは」

「鼓の音のように間が抜けてけて unsophisticated; guilelessいて、おもしろい絵の事こと concerning ...さ」

二人二人ふたり two (people)笑ったわらった laughed。二人は技巧技巧ぎこう workmanship; techniqueの評ばかりする。与次郎が異を立てたてた objected; dissented; begged to differ

里見里見さとみ Satomi (Mineko's family name)さんを描いちゃ、だれが描いたって、間が抜けてるようには描けませんよ」

野々宮さんは目録目録もくろく catalog; listing記号をつける記号しるしをつける make a mark (on)ために、隠袋隠袋かくし pocket hand入れてれて put into鉛筆鉛筆えんぴつ pencil捜したさがした searched for。鉛筆がなくって、一枚一枚いちまい one sheet活版刷り活版かっぱんり printed (material)のはがきが出てきたてきた appeared; emerged。見ると、美禰子の結婚披露結婚けっこん披露ひろう wedding party; wedding reception招待状招待状しょうたいじょう invitationであった。披露はとうに済んだとうにんだ was long past。野々宮さんは広田先生といっしょにフロックコートフロックコート frock coat出席した出席しゅっせきした attended。三四郎は帰京帰京ききょう return to Tōkyō当日当日とうじつ the day of ...この招待状を下宿下宿げしゅく lodgingsつくえ deskうえ top ofに見た。時期時期じき time; periodはすでに過ぎていたぎていた was past; was over

野々宮さんは、招待状を引き千切って千切ちぎって tear upゆか floorの上に捨てたてた discarded。やがて先生とともにほかの絵の評に取りかかるりかかる engage (in)。与次郎だけが三四郎のそばへ来た。

「どうだ森の女は」

「森の女というだい title; name悪いわるい no good; inappropriate

「じゃ、なんとすればよいんだ」

三四郎はなんとも答えなかったなんともこたえなかった gave no answer。ただ口の中でくちなかで inwardly; to oneself迷羊迷羊ストレイ・シープ stray sheep、迷羊と繰り返したかえした repeated