演芸会演芸会えんげいかい performance; show比較的比較的ひかくてき relatively寒いさむい coldとき time開かれたひらかれた was heldとし yearはようやく押し詰まってくるまってくる approach the end (of the year)ひと people二十日二十日はつか twenty days足らずらず less than; just short of目のさきのさき before one's eyes; in front of oneはる New Year (archaic usage)控えたひかえた awaited; prepared forいち marketplace生きるきる make a livingものは、忙しからんとしていそがしからんとして clamor busilyいる。越年越年おつねん closing out of the old yearはかりごと planning; scheming貧者貧者ひんじゃ poor men; working-class folkこうべ heads落ちたちた fell (onto)。演芸会はこのあいだにあって、すべてののどかのどか calm; quietなるものと、余裕余裕よゆう leeway; allowanceあるものと、春とくれ end of the year差別差別さべつ differentiation; distinction知らぬらぬ be unaffected by; be indifferent toものとを迎えたむかえた greeted; welcomed

それが、いくらでもいる。たいていは若いわかい young男女男女なんにょ men and women; both gendersである。一日目一日目いちじつめ first day; opening day与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)が、三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)に向かってかって to; toward大成功大成功だいせいこう overwhelming success叫んださけんだ exclaimed。三四郎は二日目二日目ふつかめ second day切符切符きっぷ ticket持ってって have; holdいた。与次郎が広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirota誘って行けさそってけ go and invite言うう tell; instruct。切符が違うちがう differentだろうと聞けばけば ask、むろん違うと言う。しかし一人で一人ひとりで alone; by oneselfほうっておくと、けっして行く気づかいがないづかいがない there's little chance of ...; it's unlikely that ...から、きみ you寄ってって stop by引っ張り出すす draw out; drag outのだと理由理由わけ reason; motive説明説明せつめい explainして聞かせた。三四郎は承知した承知しょうちした agreed; accepted

夕刻夕刻ゆうこく evening行ってって go; visitみると、先生は明るいあかるい brightランプランプ lampした beneath大きなおおきな big; largeほん book広げてひろげて open; spreadいた。

「おいでになりませんか」と聞くと、先生は少しすこし a little; a bit笑いながらわらいながら smiling; grinning無言のまま無言むごんのまま without speaking首を横に振ったくびよこった shook (his) head sideways子供子供こども childのような所作所作しょさ movement; gestureをする。しかし三四郎には、それが学者学者がくしゃ scholarらしく思われたおもわれた impressed one as ...口をきかないところくちをきかないところ absence of wordsゆかしくゆかしく praiseworthy; respectable思われたのだろう。三四郎は中腰中腰ちゅうごし half-sittingになって、ぼんやりしていた。先生は断わったことわった refused; declinedのが気の毒になったどくになった felt bad about

「君行くなら、いっしょに出ようよう go out; depart。ぼくも散歩散歩さんぽ walk; strollながら、そこまで行くから」

先生は黒いくろい black回套回套まわし mantle; cape着てて wear; put on出た。懐手懐手ふところで hands tucked in pockets (can also mean idle, or with time on one's hands)らしいがわからない。そら sky低くひくく lowたれている。ほし stars見えないえない not visible寒さである。

あめ rainになるかもしれない」

降るる fall; precipitate困るこまる have difficultiesでしょう」

出入り出入ではいり ingress and egress; coming and goingにね。日本日本にほん Japan芝居小屋芝居小屋しばいごや playhouse; theater下足下足げそく outdoor shoes (i.e. outdoor shoes are exchanged for slippers on entering)があるから、天気天気てんき weatherのいいとき timesですらたいへんな不便不便ふべん inconvenienceだ。それで小屋小屋こや small theaterなか inside; interiorは、空気空気くうき air通わなくってかよわなくって doesn't circulate煙草煙草タバコ tobacco煙ってけむって give off smoke頭痛頭痛ずつう headacheがして、――よく、みんな、あれで我慢我慢がまん perseverance; enduranceができるものだ」

「ですけれども、まさか戸外戸外こがい outdoorsでやるわけにもいかないからでしょう」

お神楽神楽かぐら Shinto music and danceはいつでもそと outsideでやっている。寒い時でも外でやる」

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は、こりゃ議論にならない議論ぎろんにならない not worth arguing; beside the point思っておもって think; considerこたえ answer; reply見合わせて見合みあわせて suspend; refrain fromしまった。

「ぼくは戸外がいい。暑くあつく hot (weather)も寒くもない、きれいなそら skyした beneathで、美しいうつくしい beautiful; pure; fresh空気を呼吸して呼吸こきゅうして breathe、美しい芝居が見たいたい would like to see透明な透明とうめいな transparent; clean; clear空気のような、純粋純粋じゅんすい genuine; true簡単な簡単かんたんな simple; uncomplicated芝居ができそうなものだ」

先生先生せんせい professor御覧になった御覧ごらんになった sawゆめ dreamでも、芝居にしたらそんなものができるでしょう」

きみ youギリシアの芝居ギリシアの芝居しばい Greek theater知ってって know of; be familiar withいるか」

「よく知りません。たしか戸外でやったんですね」

「戸外。まっ昼間まっ昼間ぴるま full daylight; broad daylight。さぞいい心持ち心持こころもち feeling; moodだったろうと思う。せき seating天然の天然てんねんの naturalいし stoneだ。堂々堂々どうどう magnificent; grandとしている。与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)のようなものは、そういうところ place連れて行ってれてって take (to)少しすこし a little; a bit見せてやるといい」

また与次郎の悪口悪口わるくち criticism出たた appeared; surfaced。その与次郎は今ごろいまごろ at this time窮屈な窮屈きゅうくつな cramped; confined会場会場かいじょう event site; venueのなかで、一生懸命に一生懸命いっしょうけんめいに with utmost effort奔走し奔走ほんそうし run aboutかつ斡旋して斡旋あっせんして take care of (people); accommodate大得意大得意だいとくい triumph; self-satisfaction; high spiritsなのだからおもしろい。もし先生を連れて行かなかろうものなら、先生はたしてはたして sure enough; as expected来ないない won't come; won't show。たまにはこういう所へ来てて come (to)見るのが、先生のためにはどのくらいいいかわからないのだのに、いくらぼくが言ってって tell; convey聞かないかない won't listen。困ったものだなあ。と嘆息する嘆息たんそくする sigh; lamentにきまっているからなおおもしろい。

先生先生せんせい professorはそれからギリシアギリシア Greece劇場劇場げきじょう theater構造構造こうぞう structure; workings詳しくくわしく in detail話してはなして explain; relateくれた。三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はこのとき time; occasion先生から、[ TheatronTheatronテアトロン  theater (seating area),  OrchêstraOrchêstraオルケストラ  chorus area (in front of the stage),  SkênêSkênêスケーネ  changing room; prop room (in back of the main stage),  Proskênion Proskênionプロスケニオン  front stage; main stage] などという words講釈講釈こうしゃく lecture; exposition聞いたいた heard。なんとかいうドイツ人ドイツじん German (person)せつ opinion; viewによるとアテンアテン Aten (the disk of the sun, deified, in Egyptian mythology)の劇場は一万七千人一万いちまん七千ななせんにん seventeen thousand peopleをいれるせき seatsがあったということも聞いた。それは小さいちいさい smallほうである。もっとも大きいおおきい largeのは、五万人五万ごまんにん fifty thousand peopleをいれたということも聞いた。入場券入場券にゅうじょうけん admission ticket象牙象牙ぞうげ ivoryなまり lead (metal)二通り二通ふたとおり two kindsあって、いずれも賞牌賞牌メダル medal; medallionみたような恰好恰好かっこう form; shapeで、おもて front模様模様もよう pattern打ち出してして embossed; hammered (into)あったり、彫刻彫刻ちょうこく engraving施してほどこして perform; applyあるということも聞いた。先生はその入場券のあたい priceまで知ってって knowいた。一日一日いちにち one dayだけの小芝居小芝居こしばい minor drama (performance)十二銭十二じゅうにせん 20 sen (0.20 yen)で、三日三日みっか three days続きつづき continuing; in a row大芝居大芝居おおしばい major drama (performance)三十五銭三十さんじゅうせん 35 sen (0.35 yen)だと言ったった said; explained。三四郎がへえ、へえと感心して感心かんしんして be impressedいるうちに、演芸演芸えんげい performance会場会場かいじょう venueまえ front of出たた came (to); arrived (at)

さかんに電燈電燈でんとう (electric) lightingがついている。入場者入場者にゅうじょうしゃ visitors; attendees続々続々ぞくぞく in succession; one after another寄って来るってる gather; draw near与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)の言ったよりも以上以上いじょう more than景気景気けいき activityである。

「どうです、せっかくだからおはいりになりませんか」

「いやはいらない」

先生はまた暗いくらい dark; dimほう direction向いていて turn (toward)行ったった went; departed

三四郎は、しばらく先生の後影後影うしろかげ receding figure見送って見送みおくって look after; see off; watch move awayいたが、あとから、くるま car; rickshaw乗りつけるりつける ride up toひと peopleが、下足下足げそく outdoor shoesふだ token; receipt受け取るる receive; accept手間手間てま time; effort惜しそうしそう feel regret at; seem to begrudgeに、急いでいそいで hurriedlyはいって行くのを見て、自分自分じぶん oneself足早に足早あしばやに at a quick pace入場した入場にゅうじょうした entered; went in。前へ押されたされた was pushed同じおなじ the sameことである。

入口入口いりぐち entrance四、五人五人ごにん four or five people用のないようのない idle人が立ってって standいる。そのうちのはかま hakama (men's formal pleated skirt)着けたけた woreおとこ man; fellowが入場券を受け取った。その男のかた shoulderうえ aboveから場内場内じょうない interior (of a venue)をのぞいて見ると、なか inside急にきゅうに suddenly広くひろく broad; spaciousなっている。かつはなはだ明るいあかるい bright。三四郎はまゆ eyebrows手を加えないばかりにしてくわえないばかりにして be about to raise one's hand to導かれたみちびかれた was guided; was led席に着いたいた took one's place狭いせまい cramped; confinedところ place割り込みながらみながら wedging oneself into四方四方しほう all directions; all sides見回す見回みまわす look around; surveyと、人間人間にんげん people持って来たってた brought alongいろ colors eyesがちらちらする。自分の目を動かすうごかす moveからばかりではない。無数の無数むすうの countless人間に付着した付着ふちゃくした adhere to; cling to色が、広い空間空間くうかん space; roomで、たえずめいめいに、かつかってに、動くからである。

舞台舞台ぶたい stageではもう始まってはじまって start; beginいる。出てくるてくる come out; appear人物人物じんぶつ personage; character; figureが、みんなかんむり courtier's capかむってかむって wear on one's headくつ shoes; footgearをはいていた。そこへ長いながい long輿輿こし palanquinかついで来たかついでた came shouldering。それを舞台のまん中まんなか middle; centerでとめたもの person; individualがある。輿をおろすと、なか insideからまた一人一人ひとり one personあらわれた。そのおとこ manかたな katana; sword抜いていて draw out、輿を突き返したかえした pushed back; blocked; hinderedのと斬り合いい sword fight; crossing of swordsを始めた。――三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)にはなんのことかまるでわからない。もっとも与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)から梗概梗概こうがい outline; summary聞いたいた heardことはある。けれどもいいかげんに聞いていた。見ればれば see; watchわかるだろうと考えてかんがえて think; assume、うんなるほどと言ってって say; remarkいた。ところが見れば毫もごうも (not) at allその意を得ないない have no idea (what something means)。三四郎の記憶記憶きおく memoryにはただ入鹿入鹿いるか Soga no Iruka (statesman; assassinated in 645)大臣大臣おとど (government) minister; noblemanという名前名前なまえ name; title残ってのこって be left; remainいる。三四郎はどれが入鹿だろうかと考えた。それはとうてい見込みがつかない見込みこみがつかない have no chance; be hopeless。そこで舞台全体全体ぜんたい whole; entiretyを入鹿のつもりでながめていた。すると冠でも、沓でも、筒袖筒袖つつそで tight sleeve衣服衣服きもの clothing; outfitsでも、使う使つかう use言葉言葉ことば words; languageでも、なんとなく入鹿臭くくさく smacking of; feeling likeなってきた。じつ truth; realityをいうと三四郎には確然たる確然かくぜんたる clear; distinct入鹿の観念観念かんねん notion; conceptionがない。日本歴史日本にほん歴史れきし Japanese history習ったならった learned; studiedのが、あまりに遠いとおい distant過去過去かこ pastであるから、古いふるい old; ancient入鹿のこと matters; affairsもつい忘れてわすれて forgetしまった。推古天皇推古すいこ天皇てんのう Empress Suiko (reigned 593-628)とき time; eraのようでもある。欽明天皇欽明きんめい天皇てんのう Emperor Kinmei (reigned approximately 539-571)御代御代みよ imperial reignでもさしつかえない feeling; senseがする。応神天皇応神おうじん天皇てんのう Emperor Ōjin (reigned approximately 270-310)聖武天皇聖武しょうむ天皇てんのう Emperor Shōmu (reigned 724-749)ではけっしてないと思うおもう think; regard。三四郎はただ入鹿じみたじみた imparting the sense of心持ち心持こころもち feeling持ってって haveいるだけである。芝居芝居しばい play; dramaを見るにはそれでたくさんだと考えて、から China (archaic)めいためいた in the style of; in the manner of装束装束しょうぞく costumes背景背景はいけい backdrop; settingをながめていた。しかしすじ plot; storylineはちっともわからなかった。そのうち幕になったまくになった the curtain fell

幕になる少しすこし a little; a bitまえに、隣のとなりの next to; neighboring男が、そのまた隣の男に、登場登場とうじょう appear (on stage)人物のこえ voiceが、六畳敷六畳ろくじょうじき six-mat room (about 10 sq meters; about 100 sq ft)で、親子親子おやこ parent and child差向かい差向さしむかい face to face談話談話だんわ talk; conversationのようだ。まるで訓練訓練くんれん practice; trainingがないと非難して非難ひなんして criticizeいた。そっち隣のそっちどなりの the next one over男は登場人物の腰が据わらないこしわらない be fidgety; be restive。ことごとくひょろひょろしてひょろひょろして totter; be unsteadyいると訴えてうったえて complain (of)いた。二人二人ふたり two (people)は登場人物の本名本名ほんみょう real name; true identityをみんな暗んじてそらんじて have thorough knowledge ofいる。三四郎は耳を傾けてみみかたむけて listen in二人の談話を聞いていた。二人ともりっぱな服装服装なり dress; attireをしている。おおかた有名な有名ゆうめいな esteemed; renownedひと personsだろうと思った。けれどももし与次郎にこの談話を聞かせたらさだめしさだめし surely; certainly反対する反対はんたいする object; disagreeだろうと思った。その時うしろのほう directionでうまいうまいなかなかうまいと大きな声おおきなこえ loud voice出したした put forth者がある。隣の男は二人ともうしろを振り返ったかえった turned (to look)。それぎりはなし talk; conversationをやめてしまった。そこで幕がおりた。

あすこ、ここに席を立つせきつ rise from one's seatもの personsがある。花道花道はなみち main isle from stage to rear of theaterから出口出口でぐち exitへかけて、ひと peopleかげ figures; formsがすこぶる忙しいいそがしい busy; restless三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)中腰中腰ちゅうごし half-risingになって、四方四方しほう all sidesをぐるりと見回した見回みまわした looked around; surveyed来ているている be there; have arrivedはずの人はどこにも見えない。本当本当ほんとう truthをいうと演芸中演芸中えんげいちゅう during the performanceにもできるだけは気をつけてをつけて be attentive; be on the watch (for)いた。それで知れないれない unable to discover; unable to find outから、幕になったらばまくになったらば when the curtain falls内々内々ないない inwardly; to oneself心あてこころあて expectation; anticipationにしていたのである。三四郎は少しすこし a little; a bit失望した失望しつぼうした was disappointed。やむをえず eyes正面正面しょうめん front; straight ahead帰したかえした returned

となり next to; neighboring連中連中れんじゅう pair (of men)はよほど世間が広い世間せけんひろい have a large circle of acquaintances男たちおとこたち menとみえて、左右左右さゆう left and right; both sides顧みてかえりみて look over one's shoulder、あすこにはだれがいる。ここにはだれがいるとしきりに知名知名ちめい well-known; of reputeの人の names口にするくちにする call out; mention。なかには離れながらはなれながら across a distance互いにたがいに mutually挨拶挨拶あいさつ greeting; salutationをしたのも、一、二人いち二人ににん several (people)ある。三四郎はおかげでこれら知名な人の細君細君さいくん wivesを少し覚えたおぼえた came to recognize。そのなかには新婚したばかりの新婚しんこんしたばかりの just married; newly wed者もあった。これは隣の一人一人いちにん one (person)にも珍しかっためずらしかった was curious; was novelとみえて、その男はわざわざ眼鏡眼鏡めがね glassesふき直してふきなおして wiped anew; cleaned anew、なるほどなるほどと言ってって say; remark見ていた。

すると、幕のおりた舞台舞台ぶたい stageまえ front ofを、向こうこう the far sideはじ end; edgeからこっちへ向けてけて head toward小走りに小走こばしりに at a half run与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)がかけて来た。三分の二三分さんぶん two thirdsほどのところ place; location留まったまった stopped; halted。少し及び腰およごし bending forward (from the waist)になって、土間土間どま parterre; parquet circle (theater seating)なか insideのぞき込みながらのぞきみながら peering into何かなにか something話してはなして say; relate; explainいる。三四郎はそれを見当見当けんとう aim; markにねらいをつけた。――舞台の端に立った与次郎から一直線に一直線いっちょくせんに in a direct line二、三間三間さんげん two or three ken (about 4 meters; about 5 yards)隔ててへだてて separated; apart美禰子美禰子みねこ Mineko (name)横顔横顔よこがお (face in) profileが見えた。

そのそばにいる男は背中背中せなか backを三四郎に向けている。三四郎は心のうちにこころのうちに to oneself、この男が何かの拍子になにかの拍子ひょうしに by some chance、どうかしてこっちを向いてくれればいいと念じてねんじて hoped; wished (for)いた。うまいぐあいにその男は立った。すわりくたびれたとみえて、ます theater box仕切り仕切しきり partition腰をかけてこしをかけて sit against場内場内じょうない interior (of a venue)を見回しはじめた。そのとき time; occasion三四郎は明らかにあきらかに clearly; distinctly野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんの広いひろい wide; broadひたい forehead; brow大きなおおきな large目を認めるみとめる recognizeことができた。野々宮さんが立つとともに、美禰子のうしろにいたよし子よし Yoshiko (Nonomiya's younger sister)姿姿すがた figure; formも見えた。三四郎はこの三人三人さんにん three (people)のほかに、まだつれ companion; companyがいるかいないかを確かめようたしかめよう verify; ascertainとした。けれども遠くからとおくから from a distance見ると、ただ人がぎっしり詰まってぎっしりまって be packed in tightlyいるだけで、連といえば土間全体全体ぜんたい whole; entiretyが連とみえるまでだからしかたがない。美禰子と与次郎のあいだには、時々時々ときどき from time to time談話談話だんわ words (of conversation)交換されつつある交換こうかんされつつある continue to be exchangedらしい。野々宮さんもおりおりおりおり occasionally; at times口を出すくちす put a word inと思われるおもわれる seemed to ...; appeared to ...

すると突然突然とつぜん suddenly原口原口はらぐち Haraguchi (name)さんがまく curtainあいだ midstから出て来たた emerged; appeared与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)並んでならんで come next to; be side-by-sideしきりに土間土間どま parterre; parquet circle (theater seating)なか insideをのぞきこむ。くち mouthはむろん動かしてうごかして moveいるのだろう。野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんは合い図 signal; signのようなくび head縦にたてに vertically; up and down振ったった nodded。その時原口さんはうしろから、平手平手ひらて palm; open handで、与次郎の背中背中せなか backをたたいた。与次郎はくるりと引っ繰り返ってかえって turn around; do an about-face、幕のすそ hem; lower edgeをもぐってどこかへ消えうせたえうせた disappeared; vanished。原口さんは、舞台舞台ぶたい stage降りてりて descend fromひと peopleと人との間を伝わってつたわって pass among; move through、野々宮さんのそばまで来た。野々宮さんは、腰を立ててこしてて straighten up原口さんを通したとおした let pass; made way for。原口さんはぽかりと人の中へ飛び込んだんだ plunged into美禰子美禰子みねこ Mineko (name)よし子よし Yoshiko (Nonomiya's younger sister)のいるあたりで見えなくなったえなくなった disappeared from view

この連中連中れんじゅう group一挙一動一挙一動いっきょいちどう one's every action演芸演芸えんげい performance以上以上いじょう more than興味興味きょうみ interestをもって注意して注意ちゅういして be attentive to; followいた三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は、このとき time; moment急にきゅうに suddenly原口流原口はらぐちりゅう in the manner of Haraguchi; Haraguchi-style所作所作しょさ movement; actionがうらやましくなった。ああいう便利な便利べんりな convenient; pragmatic方法方法ほうほう method; techniqueで人のそばへ寄るる approach; draw near toことができようとは毫もごうも (not) at all思いつかなかったおもいつかなかった hadn't thought of; hadn't hit upon自分自分じぶん oneselfもひとつまねてまねて follow suit; imitateみようかしらと思った。しかしまねるという自覚自覚じかく consciousness; awareness (of)が、すでに実行実行じっこう practice; execution勇気勇気ゆうき boldness; courageくじいたくじいた discouraged; unnervedうえに、もうはいるせき seatは、いくら詰めてめて crowd; squeeze togetherも、むずかしかろうという遠慮遠慮えんりょ discretion; reserve手伝って手伝てつだって lend a hand; assist、三四郎のしり haunches依然として依然いぜんとして still; as yet、もとの席を去りえなかったりえなかった couldn't move from

そのうち幕があいて、ハムレットハムレット Hamlet始まったはじまった started; began。三四郎は広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaのうちで西洋西洋せいよう the Westのなんとかいう名優名優めいゆう famous actorふんしたふんした acted out; portrayedハムレットの写真写真しゃしん photographを見たことがある。いま now; at present三四郎の目の前まえ before one's eyesにあらわれたハムレットは、これとほぼ同様同様どうよう identical服装服装なり clothing; attire; dressをしている。服装ばかりではない。かお face; facial expressionまで似ているている be similar; be alike両方両方りょうほう bothとも八の字を寄せてはちせて knit one's brows; frownいる。

このハムレットハムレット Hamlet動作動作どうさ movementsがまったく軽快軽快けいかい light; nimbleで、心持ち心持こころもち mood; feeling; sensationがいい。舞台舞台ぶたい stageうえ top of大いにおおいに grandly動いてうごいて move; shift、また大いに動かせる。能掛り能掛のうがかり resembling a noh performance入鹿入鹿いるか Soga no Iruka (statesman; assassinated in 645)とはたいへんおもむき appearance; tenor異にしてことにして differ; be distinct (from)いる。ことに、あるとき time; moment、ある場合場合ばあい situationに、舞台のまん中まんなか middle; center立ってって stand hands; arms広げてひろげて spread outみたり、そら skies; the heavensをにらんでみたりするときは、観客観客かんきゃく spectators; audience眼中に眼中がんちゅうに in one's eyesほかのものはいっさい入り込むむ enter into; encroach upon余地余地よち room; marginのないくらい強烈な強烈きょうれつな strong; intense刺激刺激しげき sensation; thrill与えるあたえる bestow; grant; impart (to)

その代りそのかわり on the other hand; at the same time台詞台詞せりふ speech; one's lines日本語日本語にほんご Japanese (language)である。西洋語西洋語せいようご European language; Western languageを日本語に訳したやくした translated日本語である。口調口調くちょう tone; expressionには抑揚抑揚よくよう intonation; inflectionがある。節奏節奏せっそう rhythmもある。あるところは能弁すぎる能弁のうべんすぎる too smooth; too eloquent思われるおもわれる seem to be ...くらい流暢に流暢りゅうちょうに fluently出るる appear; emerge文章文章ぶんしょう composition; writing (style)もりっぱである。それでいて、気が乗らないらない is not engaging; does not move one三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はハムレットがもう少しすこし a little; a bit日本人日本人にほんじん Japanese (person)じみたじみた imparting the sense ofことを言ってって speak; utterくれればいいと思った。おっかさん、それじゃおとっさんにすまないじゃありませんかと言いそうなところで、急にきゅうに suddenlyアポロアポロ Apolloなどを引合いに出して引合ひきあいにして appeal to as a witness; bring to bear (on a matter)のん気のん carefree; easygoingにやってしまう。それでいて顔つきかおつき (facial) expression; countenance親子親子おやこ parent and child (mother and son)とも泣きだしそうきだしそう on the verge of tearsである。しかし三四郎はこの矛盾矛盾むじゅん contradiction; inconsistencyをただ朧気に朧気おぼろげに vaguely; indistinctly感じたかんじた sensed; perceivedのみである。けっしてつまらないと思いきるおもいきる conclude decisivelyほどの勇気勇気ゆうき boldness; resolveは出なかった。

したがって、ハムレットに飽きたきた grew tired of; lost interest in時は、美禰子美禰子みねこ Mineko (name)ほう direction見てて look; gazeいた。美禰子がひと people; othersかげ figure; form隠れてかくれて be hidden (by)見えなくなる時は、ハムレットを見ていた。

ハムレットがオフェリヤオフェリヤ Ophelia向かってかって turn to尼寺へ行け尼寺あまでらけ get thee to a nunnery尼寺へ行けと言うところへきた時、三四郎はふと広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaのことを考え出したかんがした brought to mind; recollected。広田先生は言った。――ハムレットのようなものに結婚結婚けっこん marriageができるか。――なるほどほん book; text読むむ readとそうらしい。けれども、芝居芝居しばい play; dramaでは結婚してもよさそうである。よく思案して思案しあんして consider; reflect onみると、尼寺へ行けとの言い方かた manner of speaking; form of expression悪いわるい no good; inadequate; wantingのだろう。その証拠証拠しょうこ evidence; proofには尼寺へ行けと言われたオフェリヤがちっとも気の毒どく pitiable; evoking sympathyにならない。

まく curtainがまたおりた。美禰子美禰子みねこ Mineko (name)よし子よし Yoshiko (Nonomiya's younger sister)席を立ったせきった rose from one's seat三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)もつづいて立った。廊下廊下ろうか hallway; corridorまで来てて come (to); arrive (at)みると、二人二人ふたり two (people)は廊下の中ほどなかほど middle; midway pointで、おとこ man; gentlemanはなし talk; conversationをしている。男は廊下から出はいりはいり entrance and exit; coming and goingのできる左側左側ひだりがわ left sideの席の戸口戸口とぐち doorway半分半分はんぶん half; halfwayからだを出したした put forth; present。男の横顔横顔よこがお (face in) profile見たた saw; spottedとき time; moment、三四郎はあとへ引き返したあとへかえした turned back; retreated。席へ返らずにかえらずに without returning (to)下足下足げそく outdoor shoes (exchanged for slippers on entering)取ってって take; receiveおもて out frontへ出た。

本来本来ほんらい essentially; in and of itself暗いくらい dark; dim evening; nightである。人の力ひとちから human effort明るくしたあかるくした brightened; lit upところ places; area通り越すとおす go past; move beyondと、あめ rain落ちてちて fall; come down (rain)いるように思うようにおもう it seems that ...かぜ windえだ branches鳴らすらす rattle。三四郎は急いでいそいで hurriedly下宿下宿げしゅく lodgings帰ったかえった returned (to)

夜半夜半よなか midnight; dead of night (usually 夜中よなか)から降りだしたりだした started to rain。三四郎はとこ beddingの中で、雨のおと sound聞きながらきながら while listening to尼寺へ行け尼寺あまでらけ Get thee to a nunneryという一句一句いっく line; phraseはしら pillar; mainstayにして、その周囲周囲まわり peripheryにぐるぐる彽徊した彽徊ていかいした lingered; hovered広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirota起きているきている be awakeかもしれない。先生はどんな柱を抱いていだいて embrace; latch on toいるだろう。与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)偉大なる偉大いだいなる great; mighty暗闇暗闇くらやみ darkness; voidの中に正体なく正体しょうたいなく lost to oneself埋まっているまっている buried in; immersed inに違いないちがいない no doubt ...。……

あくる日あくる the next day少しすこし a little; a bitねつ feverがする。あたま head重いおもい heavy; languidから寝てて sleep; stay in bedいた。昼飯昼飯ひるめし lunchは床のうえ top of起き直ってなおって sit up食ったった ate。また一寝入り一寝入ひとねいり napすると今度今度こんど this time; now汗が出たあせた broke out in a sweat気がうとくなるがうとくなる feel detached; not be oneself; be in a daze。そこへ威勢よく威勢いせいよく energetically; cheerfully与次郎がはいって来たはいってた came in。ゆうべも見えず、けさも講義講義こうぎ lectureに出ないようだからどうしたかと思って尋ねたたずねた searched for言うう said; explained。三四郎は礼を述べたれいべた expressed one's gratitude

「なに、ゆうべは行ったった went; was thereんだ。行ったんだ。きみ you舞台舞台ぶたい stageの上に出てきて、美禰子さんと、遠くでとおくで at a distance話をしていたのも、ちゃんと知っているっている know of; be aware of

三四郎は少し酔ったった intoxicated; woozyような心持ち心持こころもち feelingである。口をききだすくちをききだす start in talkingと、つるつるとつるつると smoothly; fluidly出る。与次郎は手を出してして reach out one's hand、三四郎のひたい forehead; browをおさえた。

「だいぶ熱がある。薬を飲まなくっちゃいけないくすりまなくっちゃいけない need to take some medicine風邪を引いた風邪かぜいた caught a coldんだ」

演芸場演芸場えんげいじょう performance venue; theaterがあまり暑すぎてあつすぎて too hot明るすぎてあかるすぎて too bright、そうしてそと outsideへ出ると、急にきゅうに suddenly寒すぎてさむすぎて too cold暗すぎるくらすぎる too darkからだ。あれはよくない」

「いけないたって、しかたがないじゃないか」

「しかたがないったって、いけない」

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)言葉言葉ことば words; speechはだんだん短くなるみじかくなる become shorter与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)がいいかげんにあしらってあしらって handle; deal withいるうちに、すうすう寝てて sleepしまった。一時間一時間いちじかん one hourほどしてまた eyesをあけた。与次郎を見てて look at

きみ you (used here as form of address)、そこにいるのか」と言うう asked今度今度こんど this time平生の平生へいぜいの usual; ordinary三四郎のようである。気分気分きぶん feelingはどうかと聞くく askと、あたま head重いおもい heavy; languid答えたこたえた answeredだけである。

風邪風邪かぜ a coldだろう」

「風邪だろう」

両方両方りょうほう both sides; both parties同じ事おなこと the same thingを言った。しばらくしてから、三四郎が与次郎に聞いた。

「君、このあいだ美禰子美禰子みねこ Mineko (name)さんの事を知ってるってる know aboutかとぼくに尋ねたたずねた asked; inquiredね」

「美禰子さんの事を? どこで?」

学校学校がっこう schoolで」

「学校で? いつ」

与次郎はまだ思い出せないおもせない cannot recall様子様子ようす look; appearanceである。三四郎はやむをえずその前後前後ぜんご before and after当時当時とうじ the time in question詳しくくわしく in detail説明した説明せつめいした explained。与次郎は、

「なるほどそんな事があったかもしれない」と言っている。三四郎はずいぶん無責任無責任むせきにん irresponsibilityだと思ったおもった considered; regarded (as)。与次郎も少しすこし a little; a bit気の毒になってどくになって feeling bad for (someone)考え出そうとしたかんがそうとした tried to remember。やがてこう言った。

「じゃ、なんじゃないか。美禰子さんが嫁に行くよめく become a bride; be married off to (another household)というはなし talk (of)じゃないか」

「きまったのか」

「きまったように聞いたが、よくわからない」

野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんのところ place; householdか」

「いや、野々宮さんじゃない」

「じゃ……」と言いかけてやめた。

「君、知ってるのか」

「知らない」と言い切ったった declared; asserted。すると与次郎が少しまえ forward乗り出してして lean; bend oneself (forward)きた。

「どうもよくわからない。不思議な不思議ふしぎな strange; curious事があるんだが。もう少したたないと、どうなるんだか見当がつかない見当けんとうがつかない won't know; can't make sense of it all

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は、その不思議な不思議ふしぎな strange; curiousこと events; circumstancesを、すぐ話せばはなせば tell; relateいいと思うおもう think; be of an opinionのに、与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)平気な平気へいきな cool; composed; unconcernedもので、一人で一人ひとりで by oneself; on one's ownのみこんでのみこんで take in; swallow; digest、一人で不思議がっている。三四郎はしばらく我慢して我慢がまんして refrain; exercise restraintいたが、とうとう焦れったくなってれったくなって become impatient; reach one's limit、与次郎に、美禰子美禰子みねこ Mineko (name)に関するかんする concerningすべての事実事実じじつ facts; truths隠さずにかくさずに without holding back話してくれと請求した請求せいきゅうした demanded; insisted。与次郎は笑いだしたわらいだした laughed。そうして慰謝慰謝いしゃ solace; consolationのためかなんだか、とんだところへ話頭話頭わとう subject; topic (of conversation)持っていってっていって took (to)しまった。

「ばかだなあ、あんなおんな woman; young ladyを思って。思ったってしかたがないよ。第一第一だいいち first off; for startersきみ you同年同年おないどし same ageぐらいじゃないか。同年ぐらいのおとこ man; fellowにほれるのはむかし long ago; past timesの事だ。八百屋お七八百屋やおやしち Oshichi (the greengrocer's daughter; executed for love-inspired arson in 1683)時代時代じだい era; time (of); ageこい (romantic) loveだ」

三四郎は黙ってだまって remain silentいた。けれども与次郎の意味意味いみ meaning; implicationはよくわからなかった。

「なぜというに。二十二十はたち twenty (years of age)前後前後ぜんご more or less; around同じおなじ sameとし age男女男女なんにょ male and female二人二人ふたり two (people)並べてならべて place side by side; compareみろ。女のほうが万事万事ばんじ all things上手上手うわて more capable; more proficientだあね。男は馬鹿にされる馬鹿ばかにされる be taken for a fool; be ridiculedばかりだ。女だって、自分自分じぶん oneself軽蔑する軽蔑けいべつする disdain; disrespect男のところ place; household嫁へ行くよめく become a bride; be married off to (another household) inclination出ないない not be forthcomingやね。もっとも自分が世界世界せかい society; the worldでいちばん偉いえらい remarkable; eminentと思ってる女は例外例外れいがい exceptionだ。軽蔑する所へ行かなければ独身独身どくしん single; unmarried暮らすらす live; pass one's daysよりほかに方法方法ほうほう way; meansはないんだから。よく金持ち金持かねもち person of wealthむすめ daughter何かなんか some suchにそんなのがあるじゃないか、望んでのぞんで of one's own volition嫁に来てよめて come as a bride (to another household)おきながら、亭主亭主ていしゅ master of the house; husbandを軽蔑しているのが。美禰子さんはそれよりずっと偉い。その代りそのかわり on the other hand; at the same time夫としておっととして as a husband尊敬尊敬そんけい respect; esteem; honorのできないひと person; manの所へははじめから行く気はないんだから、相手相手あいて the other party (suitor)になるものはその気でいなくっちゃいけない。そういうてん pointで君だのぼくだのは、あの女の夫になる資格資格しかく qualificationsはないんだよ」

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はとうとう与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)といっしょにされてしまった。しかし依然として依然いぜんとして as before黙ってだまって remain silentいた。

「そりゃきみ youだって、ぼくだって、あのおんな woman; young ladyよりはるかに偉いえらい remarkable; eminentさ。お互いにたがいに both (of us)これでも、なあ。けれども、もう五、六年六年ろくねん five or six yearsたたなくっちゃ、その偉さ加減加減かげん degree; extent (of)がかの女の eyes映ってこないうつってこない won't be apparent; won't register。しかして、かの女は五、六年じっとしている気づはいがないづかいはない there's little chance of ...; it's unlikely that ...。したがって、君があの女と結婚する結婚けっこんする marry; wedこと act; happening風馬牛風馬牛ふうばぎゅう out of the question (lit meaning: too distant even for beasts in heat)だ」

与次郎は風馬牛という熟字熟字じゅくじ (kanji) expression妙なみょうな odd; strangeところへ使った使つかった used; applied。そうして一人で一人ひとりで alone; by oneself笑ってわらって laughedいる。

「なに、もう五、六年もすると、あれより、ずっと上等上等じょうとう top-class; first-rateなのが、あらわれて来るあらわれてる come by; appear on the sceneよ。日本日本にほん Japanじゃいま now; at present女のほうが余っているあまっている be in excessんだから。風邪風邪かぜ a coldなんか引いていて catch (cold)熱を出したねつした come down with a feverってはじまらない。――なに世の中なか the world広いひろい wide; vastから、心配する心配しんぱいする worry; fretがものはない。じつはぼくにもいろいろあるんだが、ぼくのほうであんまりうるさいから、御用御用ごよう (official) business長崎長崎ながさき Nagasaki (place name)出張する出張しゅっちょうする travel for work; depart on business言ってって say; tellね」

「なんだ、それは」

「なんだって、ぼくの関係した関係かんけいした was involved with女さ」

三四郎は驚いたおどろいた was surprised

「なに、女だって、君なんぞのかつて近寄った近寄ちかよった approached; become close toことのない種類種類しゅるい type; kind (of)の女だよ。それをね、長崎へ黴菌黴菌ばいきん bacteria試験試験しけん study; researchに出張するから当分当分とうぶん a while; for some timeだめだって断わっちまったことわっちまった asked leave; excused oneself。ところがその女が林檎林檎りんご apples持ってって bring停車場停車場ステーション stationまで送りに行くおくりにく come to see (someone) offと言いだしたんで、ぼくは弱ったよわった was in a bindね」

三四郎はますます驚いた。驚きながら聞いたいた asked; inquired

「それで、どうした」

「どうしたか知らないらない don't know; have no idea。林檎を持って、停車場に待ってって waitいたんだろう」

「ひどいおとこ guy; fellowだ。よく、そんな悪いわるい low-down; devious事ができるね」

悪いわるい low-down; deviousこと act; actionで、かあいそうな事だとは知ってるってる know; be aware (of)けれども、しかたがない。はじめから次第次第に次第次第しだいしだいに bit by bit、そこまで運命運命うんめい destiny; fate持っていかれるっていかれる be taken (by)んだから。じつはとうのさきからぼくが医科医科いか medical department学生学生がくせい studentになっていたんだからなあ」

「なんで、そんなよけいなうそ lie; fibをつくんだ」

「そりゃ、またそれぞれの事情事情じじょう situation; circumstancesのあることなのさ。それで、おんな woman; young lady病気病気びょうき sickness; illnessとき time; occasionに、診断診断しんだん medical examination; diagnosis頼まれてたのまれて be requested (to do); be asked (for)困ったこまった be in a bind; be in a fixこともある」

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はおかしくなった。

「その時はした tongue見てて look atむね chestをたたいて、いいかげんにごまかしたが、そのつぎ next病院病院びょういん hospital行ってって go (to)、見てもらいたいがいいかと聞かれたかれた was askedには閉口した閉口へいこうした was stumped

三四郎はとうとう笑いだしたわらいだした broke into laughter; laughed out loud与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)は、

「そういうこともたくさんあるから、まあ安心する安心あんしんする relax; take it easyがよかろう」と言ったった said; explained。なんの事だかわからない。しかし愉快になった愉快ゆかいになった was cheered; felt better

与次郎はその時はじめて、美禰子美禰子みねこ Mineko (name)に関するかんする concerning ...不思議不思議ふしぎ intrigue; peculiarity説明した説明せつめいした explained。与次郎の言うところによると、よし子よし Yoshiko (Nonomiya's younger sister)にも結婚結婚けっこん marriageはなし talk (of)がある。それから美禰子にもある。それだけならばいいが、よし子の行くく go (to)ところ place; householdと、美禰子の行く所が、同じおなじ the sameひと personらしい。だから不思議なのだそうだ。

三四郎も少しすこし a little; a bitばかにされたような feelingがした。しかしよし子の結婚だけはたしかである。現にげんに actually; in fact自分自分じぶん oneselfがその話をそばで聞いていた。ことによるとその話を美禰子のと取り違えたちがえた mixed up; confused (one thing with another)のかもしれない。けれども美禰子の結婚も、まったく嘘ではないらしい。三四郎ははっきりしたところが知りたくなった。ついでだから、与次郎に教えておしえて tell; informくれと頼んだ。与次郎はわけなくわけなく easily; readily承知した承知しょうちした agreed; consented。よし子を見舞い見舞みまい visit (to someone needing care)来るる come; stop byようにしてやるから、じかにじかに directly; first hand聞いてみろという。うまい事を考えたかんがえた came up with; devised

「だから、くすり medicine飲んでんで drink; take (medicine)待ってって waitいなくってはいけない」

「病気が直ってなおって be cured; get betterも、寝てて stay in bed待っている」

二人二人ふたり two (people)は笑って別れたわかれた parted帰りがけにかえりがけに on the way home与次郎が、近所近所きんじょ neighborhood; vicinity医者医者いしゃ doctorに来てもらう手続き手続てつづき arrangementsをした。

ばん eveningになって、医者医者いしゃ doctor来たた came; arrived三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)自分自分じぶん oneselfで医者を迎えたむかえた received (a person)覚えおぼえ experienceがないんだから、はじめは少しすこし a little; a bit狼狽した狼狽ろうばいした was flustered; was out of sorts。そのうち脈を取られたみゃくられた have one's pulse takenのでようやく気がついたがついた came to oneself; regained composureとし age若いわかい young丁寧な丁寧ていねいな polite; courteousおとこ manである。三四郎は代診代診だいしん doctor's assistant鑑定した鑑定かんていした judged to be ...; assessed as五分五分ごふん five minutesののち病症病症びょうしょう nature of an illnessインフルエンザインフルエンザ influenza; fluときまった。今夜今夜こんや this evening頓服頓服とんぷく (one time) dose of medicine飲んでんで drink; take (medicine)、なるべくかぜ (cold) outside air; draftにあたらないようにしろという注意注意ちゅうい advice; cautionである。

翌日翌日よくじつ the next day目がさめるがさめる open one's eyes; wake upと、あたま headがだいぶ軽くなってかるくなって feel lighterいる。寝てて lie in bedいれば、ほとんど常体常体じょうたい normal state (usually 常態じょうたい)に近いちかい close to。ただまくら pillow離れるはなれる leave; move away fromと、ふらふらする。下女下女げじょ maidservantが来て、だいぶ部屋部屋へや roomなか inside熱臭い熱臭ねつくさい stuffy (from a feverish person)言ったった said; remarked。三四郎はめし meal食わずにわずに without eating仰向け仰向あおむけ face up; on one's back天井天井てんじょう ceilingをながめていた。時々時々ときどき occasionally; from time to timeうとうと眠くなるねむくなる feel drowsy; doze off明らかにあきらかに clearly; evidentlyねつ fever疲れつかれ fatigueとにとらわれたありさまである。三四郎は、とらわれたまま、逆らわずにさからわずに without resisting; without a struggle、寝たりさめたりするあいだに、自然自然しぜん nature従うしたがう obey; follow; abide by一種の一種いっしゅの a certain (kind of)快感快感かいかん feeling of comfort得たた realized; achieved。病症が軽いからだと思った。

四時間四時間よじかん four hours五時間五時間ごじかん five hoursとたつうちに、そろそろ退屈退屈たいくつ tedium; restlessness感じだしたかんじだした started to feel。しきりに寝返りを打つ寝返ねがえりをつ toss and turnそと outsideはいい天気天気てんき weatherである。障子障子しょうじ shōji (sliding panel)にあたる sunlightが、次第に次第しだいに graduallyかげ shadow移してゆくうつしてゆく shift; traceすずめ sparrow鳴くく sing; chirp (bird)。三四郎はきょうも与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)遊びに来てあそびにて come to visitくれればいいと思ったおもった thought; considered

ところへ下女が障子をあけて、おんな woman; young ladyお客様客様きゃくさま visitor; guestだと言う。よし子よし Yoshiko (Nonomiya's younger sister)が、そう早くはやく soon来ようよう call on; visitとは待ち設けなかったもうけなかった had not anticipated。与次郎だけに敏捷な敏捷びんしょうな nimble; shrewd働きはたらき activity; actionをした。寝たまま、あけ放しあけはなし left open入口入口いりぐち entrance; doorwayに目をつけていると、やがて高いたかい tall姿姿すがた figure; form敷居敷居しきい threshold; sillうえ top of; above現われたあらわれた appeared。きょうはむらさき purpleはかま hakama (divided skirt)をはいている。あし feet両方両方りょうほう bothとも廊下廊下ろうか hallway; corridorにある。ちょっとはいるのを躊躇した躊躇ちゅうちょした hesitated様子様子ようす appearance; aspect見えるえる be discernible; be apparent。三四郎はかた shouldersとこ beddingから上げてげて raise; lift、「いらっしゃい」と言った。

よし子よし Yoshiko (Nonomiya's younger sister)障子をたてて障子しょうじをたてて close the shōji枕元枕元まくらもと bedside; near one's pillowへすわった。六畳の六畳ろくじょうの six-mat (about 10 sq meters; about 100 sq ft)座敷座敷ざしき (tatami-floored) roomが、取り乱してあるみだしてある be a mess; be in disarrayうえに、けさは掃除掃除そうじ cleaningをしないから、なお狭苦しい狭苦せまくるしい cramped; confiningおんな young ladyは、三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)に、

寝てて lie down; restいらっしゃい」と言ったった said; offered。三四郎はまたあたま headまくら pillowへつけた。自分自分じぶん oneselfだけは穏やかおだやか relaxed; at easeである。

臭くくさく foul-smelling; rankはないですか」と聞いたいた asked

「ええ、少しすこし a little; a bit」と言ったが、べつだん臭いかお facial expressionもしなかった。「ねつ feverがおありなの。なんなんでしょう、御病気御病気ごびょうき (your) illnessは。お医者医者いしゃ doctorはいらしって」

「医者はゆうべ来ましたました came; calledインフルエンザインフルエンザ influenzaだそうです」

「けさ早くはやく early佐々木佐々木ささき Sasaki (Yojirō's family name)さんがおいでになって、小川小川おがわ Ogawa (Sanshirō's family name)が病気だから見舞い見舞みまい visit (to someone needing care)行ってって go (to)やってください。何病何病なんびょう what (kind of) illnessだかわからないが、なんでも軽くはないかるくはない not minor; not trivialようだっておっしゃるものだから、わたくし I; me美禰子美禰子みねこ Mineko (name)さんもびっくりしたの」

与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)がまた少しほらを吹いたほらをいた exaggerated; stretched the truth悪く言えばわるえば at worst, one could say that ...、よし子を釣り出したした lured out; tricked (into coming)ようなものである。三四郎は人がいいひとがいい of generous nature; true in characterから、気の毒でならないどくでならない felt bad about; was sorry for (something)。「どうもありがとう」と言って寝ている。よし子は風呂敷包風呂敷ふろしきづつみ furoshiki-wrapped bundleなか insideから、蜜柑蜜柑みかん mandarin oranges; mandarinsかご basket出したした took out; produced

「美禰子さんの御注意御注意ごちゅうい advice; instructionがあったから買ってきましたってきました went and bought」と正直な正直しょうじきな frank; candidこと account (of events)を言う。どっちのお見舞見舞みやげ gift; present (usually お土産みやげ)だかわからない。三四郎はよし子に対してたいして with respect to; toward礼を述べてれいべて express one's gratitudeおいた。

「美禰子さんもあがるはずですが、このごろ少し忙しいいそがしい busyものですから――どうぞよろしくって……」

何かなにか something特別に特別とくべつに especially; in particular忙しいことができたのですか」

「ええ。できたの」と言った。大きなおおきな large黒いくろい black eyesが、枕についた三四郎の顔のうえ top of落ちてちて fell; rested (on)いる。三四郎はした belowから、よし子の青白い青白あおじろい paleひたい forehead; brow見上げた見上みあげた looked up at。はじめてこの女に病院病院びょういん hospital会ったった metむかし former time; bygone day思い出したおもした remembered; recalledいま now; the presentでもものうげものうげ weary; listlessに見える。同時に同時どうじに at the same time快活快活かいかつ cheerful; lightheartedである。頼りになるたよりになる win one's trust; merit one's trustべきすべての慰謝慰謝いしゃ comfort; solaceを三四郎の枕の上にもたらしてきた。

蜜柑蜜柑みかん mandarin orange; mandarineをむいてあげましょうか」

おんな young lady青いあおい green leavesあいだ midstから、果物果物くだもの fruit取り出したした took out; produced渇いたかわいた thirsty; parchedひと personは、 fragrance; aromaほとばしるほとばしる well up; gush out甘い露あまつゆ nectarを、したたかにしたたかに a great deal飲んだんだ drank; swallowed

「おいしいでしょう。美禰子美禰子みねこ Mineko (name)さんのお見舞見舞みやげ gift; present (usually お土産みやげ)よ」

「もうたくさん」

女はたもと sleeve pocketから白いしろい whiteハンケチハンケチ handkerchiefを出して handsをふいた。

野々宮野々宮ののみや Nonomiya (Yoshiko's family name)さん、あなたの御縁談御縁談ごえんだん marriage proposalはどうなりました」

「あれぎりです」

「美禰子さんにも縁談のくち opening; opportunity (for)があるそうじゃありませんか」

「ええ、もうまとまりました」

「だれですか、さきは」

わたし I; meをもらうと言ったった said; offeredかたなの。ほほほおかしいでしょう。美禰子さんのお兄いさんあにいさん older brotherお友だちともだち friendよ。私近いうちちかいうち soon; before longにまた兄といっしょにいえ house持ちますちます have; hold; keepの。美禰子さんが行ってって go; leaveしまうと、もうご厄介厄介やっかい trouble; burden (to someone else)になってるわけにゆかないから」

「あなたはお嫁よめ brideには行かないんですか」

行きたいきたい go (to)ところ place; householdがありさえすれば行きますわ」

女はこう言い捨てててて say in conclusion; end with心持ちよく心持こころもちよく in good spirits笑ったわらった smiled; laughed。まだ行きたい所がないにきまっている。

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はその dayから四日四日よっか four daysほど床を離れなかったとこはなれなかった didn't leave (his) bed五日目五日目いつかめ fifth dayこわごわながらこわごわながら gingerly; with caution bathにはいって、かがみ mirror見たた saw; looked at亡者亡者もうじゃ the deadそう appearance; countenanceがある。思い切っておもって resolutely床屋床屋とこや barbershopへ行った。そのあくる日は日曜日曜にちよう Sundayである。

朝飯後朝飯あさめし after breakfastシャツシャツ shirt; dress shirt重ねてかさねて layer on (clothing)外套外套がいとう overcoat着てて wear; don寒くないさむくない not (get; be) coldようにして美禰子美禰子みねこ Mineko (name)いえ house; residence行ったった went (to); set out (for)玄関玄関げんかん entry hallよし子よし Yoshiko (Nonomiya's younger sister)立ってって standいま now; just now沓脱沓脱くつぬぎ platform for changing one's shoes降りようとしてりようとして be about to descend; be about to step down (to)いる。今あに older brotherところ place; homeへ行くところだと言うう remark; explain。美禰子はいない。三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はいっしょにおもて out front出たた departed; went out (to)

「もうすっかりいいんですか」

「ありがとう。もう直りましたなおりました recovered; feeling better。――里見里見さとみ Satomi (Mineko's family name)さんはどこへ行ったんですか」

「にいさん?」

「いいえ、美禰子さんです」

「美禰子さんは会堂会堂チャーチ church

美禰子の会堂へ行くことは、はじめて聞いたいた heard。どこの会堂か教えておしえて tell; informもらって、三四郎はよし子に別れたわかれた parted (from); took leave (of)横町横町よこちょう side streets; lanes三つみっつ three (things)ほど曲がるがる turn (at; onto)と、すぐ前すぐまえ immediately in front (of something)へ出た。三四郎はまったく耶蘇教耶蘇教やそきょう Christianity縁のないえんのない have no connection to; have no experience withおとこ man; fellowである。会堂のなか insideのぞいて見たのぞいてた taken a look (at)こともない。前へ立って、建物建物たてもの buildingをながめた。説教説教せっきょう sermon掲示掲示けいじ notice; bulletin読んだんだ read鉄柵鉄柵てっさく iron fenceの所を行ったり来たりしたったりたりした paced to and fro; walked back and forth。あるとき time; occasion寄りかかってりかかって lean onみた。三四郎はともかくもして、美禰子の出てくるのを待つつ wait forつもりである。

やがて唱歌唱歌しょうか singingこえ voicesが聞こえた。賛美歌賛美歌さんびか hymn; song of praiseというものだろうと考えたかんがえた thought; assumed締め切ったった closed; shut; sealed高いたかい high; tallまど windowsのうちのでき事できごと event; happeningである。音量音量おんりょう volume (of sound)から察するさっする guess; surmiseとよほどの人数人数にんずう number of peopleらしい。美禰子の声もそのうちにある。三四郎は耳を傾けたみみかたむけた listened attentivelyうた songはやんだ。かぜ wind吹くく blow。三四郎は外套のえり collar立てたてた turned up; straightenedそら skyに美禰子の好きなきな favored; preferredくも cloudsが出た。

かつて美禰子といっしょにあき autumnの空を見たこともあった。所は広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirota二階二階にかい second floorであった。田端田端たばた Tabata (place name)小川小川おがわ small river; streamふち edgeにすわったこともあった。その時も一人一人ひとり alone; by oneselfではなかった。迷羊迷羊ストレイ・シープ stray sheep。迷羊。雲がひつじ sheepかたち shape; formをしている。

忽然として忽然こつぜんとして suddenly会堂会堂チャーチ church doors開いたいた openedなか inside; withinからひと people出るる come out; emerge。人は天国天国てんごく the Kingdom of Heavenから浮世浮世うきよ the transient world帰るかえる return (to)美禰子美禰子みねこ Mineko (name)終りおわり the endから四番目四番目よんばんめ fourth; number fourであった。しま stripe吾妻コート吾妻あずまコート ladies coat (of style popular in Meiji era)着てて wearうつ向いてうついて with eyes cast downward上り口の階段のぼぐち階段かいだん front steps降りて来たりてた descended寒いさむい (feeling) coldとみえて、肩をすぼめてかたをすぼめて draw in one's shoulders両手両手りょうて both handsまえ in front重ねてかさねて place one on top of the other、できるだけ外界外界がいかい outside worldとの交渉交渉こうしょう connection; interaction少なくしてすくなくして minimizeいる。美禰子はこのすべてにあがらざる態度態度たいど attitude; mannerかど gateぎわまで持続した持続じぞくした continued; maintained。そのとき time; moment往来往来おうらい the street忙しさいそがしさ bustle; activityに、はじめて気がついたがついた took notice (of)ようにかお face上げたげた lifted三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)脱いだいだ had taken off; had removed帽子帽子ぼうし hat; capかげ figure; formが、おんな woman; young lady目に映ったうつった caught one's eye二人二人ふたり two (people)説教説教せっきょう sermon掲示掲示けいじ notice; bulletinのあるところ place; locationで、互いにたがいに mutually; with respect to one another近寄った近寄ちかよった drew near

「どうなすって」

いま now; just nowお宅たく (your) house; residenceまでちょっと出たところです」

「そう、じゃいらっしゃい」

女はなかば歩をめぐらしかけたをめぐらしかけた redirected one's steps相変らず相変あいかわらず as usual低いひくい low下駄下駄げた wooden clogsをはいている。おとこ man; fellowはわざと会堂のかき fence身を寄せたせた leaned against

「ここでお目にかかればにかかれば see; meet withそれでよい。さっきから、あなたの出て来るる come out; appearのを待ってって wait for; wait onいた」

「おはいりになればよいのに。寒かったでしょう」

「寒かった」

お風邪風邪かぜ cold; fluはもうよいの。大事になさらないと大事だいじになさらないと if you don't take care of yourselfぶり返しますぶりかえします return; recurよ。まだ顔色顔色かおいろ complexion; one's colorがよくないようね」

男は返事返事へんじ answer; replyをしずに、外套外套がいとう overcoat隠袋隠袋かくし pocketから半紙半紙はんし calligraphy paper; writing paper包んだつつんだ wrappedものを出したした took out; produced

拝借した拝借はいしゃくした borrowed (from you)かね moneyです。ながながありがとう。返そうかえそう return; repay返そうと思っておもって think (to do something)、ついおそくなった」

美禰子はちょっと三四郎の顔を見たた looked atが、そのまま逆らわずにさからわずに without objection; without protest紙包み紙包かみづつみ paper-wrapped packet受け取ったった took; received。しかし hand持ったった heldなり、しまわずにながめている。三四郎もそれをながめている。言葉言葉ことば wordsが少しのあいだ切れたれた ran out; were exhausted。やがて、美禰子が言ったった said; asked

「あなた、御不自由御不自由ごふじゆう inconvenience; encumbranceじゃなくって」

「いいえ、このあいだからそのつもりでくに country; one's native placeから取り寄せてせて call for; have sendおいたのだから、どうか取ってください」

「そう。じゃいただいておきましょう」

おんな woman; young lady紙包み紙包かみづつみ paper-wrapped packetふところ pocket入れたれた put into。その hand吾妻コート吾妻あずまコート ladies coat (of style popular in Meiji era)から出したした took out (from)とき time; when ...白いしろい whiteハンケチハンケチ handkerchief持ってって have; holdいた。はな noseのところへあてて、三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)見てて look atいる。ハンケチをかぐ様子様子ようす appearanceでもある。やがて、その手を不意に不意ふいに suddenly; abruptly延ばしたばした stretched forth。ハンケチが三四郎のかお faceまえ front of来たた came (to)鋭いするどい sharp; piquantかおり fragranceがぷんとする。

ヘリオトロープヘリオトロープ heliotrope (pink-purple flowering plant; perfume of same name)」と女が静かにしずかに quietly言ったった said; remarked。三四郎は思わずおもわず reflexively顔をあとへ引いたあとへいた pulled away。ヘリオトロープのびん bottle四丁目四丁目よんちょうめ Yonchōme (fourth sub-district)夕暮夕暮ゆうぐれ evening迷羊迷羊ストレイ・シープ stray sheep。迷羊。そら skyには高いたかい high sun明らかにかかるあきらかにかかる shine clearly; shine brightly

結婚なさる結婚けっこんなさる marry; wedそうですね」

美禰子美禰子みねこ Mineko (name)は白いハンケチをたもと sleeve pocket落としたとした dropped (into)

御存じなの御存ごぞんじなの you've heard」と言いながら、二重瞼二重瞼ふたえまぶた contoured eyelids細目にして細目ほそめにして narrow (one's eyes)おとこ man; fellowの顔を見た。三四郎を遠くにとおくに at a distance置いていて place; set、かえって遠くにいるのを気づかいすぎたづかいすぎた overly concerned (about)目つきつき look; expression (of the eyes)である。そのくせまゆ eyebrowsだけははっきりおちついている。三四郎のした tongue上顎上顎うわあご palate; roof of the mouthへひっついてしまった。

女はややしばらく三四郎をながめたのち、聞きかねるきかねる hard to hear; inaudibleほどのため息ためいき sighをかすかにもらした。やがて細いほそい slender; delicate手を濃いい thick眉のうえ above加えてくわえて bring to; join with言った。

われ I; me (note: this passage quotes Psalm 51:3)わがわが my; one's ownとが offense; transgression知るる know; recognize; acknowledge。わがつみ sin常につねに always; everわがまえ before; in front (of)にあり」

聞き取れないれない indiscernibleくらいなこえ voiceであった。それを三四郎は明らかに聞き取った。三四郎と美禰子はかようにして別れたわかれた parted下宿下宿げしゅく lodgings帰ったらかえったら returned (to)はは motherからの電報電報でんぽう telegramが来ていた。あけて見ると、いつ立つつ leave; departとある。