Sanshirō - Chapter 5

vocabulary bar - use mouse hover or touch to display furigana and definition of underlined terms

門門もん gateをはいると、このあいだの萩萩はぎ Japanese bush cloverが、人の人ひとの a person's丈丈たけ height; statureより高く高たかく high茂って茂しげって grow thickly; grow vigorously、株株かぶ tree; shrubの根根ね rootsに黒い黒くろい black; dark影影かげ shadowができている。この黒い影が地地ち earth; groundの上上うえ top ofをはって、奥奥おく interiorの方方ほう directionへゆくと、見えなくなる見みえなくなる disappear。葉葉は leafと葉の重なる重かさなる be piled (on top of each other); overlap裏裏うら behind; back sideまで上ってくる上あがってくる rise upようにも思われる思おもわれる it seemed that ...。それほど表表おもて front sideには濃い濃こい thick; strong日日ひ sun; sunshineがあたっている。手洗水手洗水ちょうず hand washing water (usually 手水ちょうず)のそばに南天南天なんてん nanten plant (a type of evergreen shrub)がある。これも普通普通ふつう usual; ordinaryよりは背が高い背せが高たかい tall。三本三本さんぼん three (strands; branches)寄って寄よって come togetherひょろひょろしている。葉は便所便所べんじょ toiletの窓窓まど windowの上にある。

萩と南天の間間あいだ interval; space betweenに椽側椽側えんがわ verandaが少し少すこし a little; a bit見える。椽側は南天を基点基点きてん origin; reference pointとしてはすにはすに at an angle向こう向むこう beyond; awayへ走って走はしって run; spanいる。萩の影になった所所ところ place; areaは、いちばん遠い遠とおい distantはずれになる。それで萩はいちばん手前手前てまえ foreground; this side (of)にある。よし子よし子こ Yoshiko (Nonomiya's younger sister)はこの萩の影にいた。椽側に腰をかけて腰こしをかけて sit; be seated。

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は萩とすれすれに立った立たった stood; stopped。よし子は椽椽えん verandaから腰を上げた腰こしを上あげた stood up; got up (from)。足足あし feetは平たい平ひらたい flat; smooth石石いし stoneの上にある。三四郎はいまさらいまさら even now; still nowその背の高いのに驚いた驚おどろいた was surprised。

「おはいりなさい」

依然として依然いぜんとして as usual; as always三四郎を待ち設けた待まち設もうけた waited for; was expectingような言葉づかい言葉ことばづかい manner of speakingである。三四郎は病院病院びょういん hospitalの当時当時とうじ that timeを思い出した思おもい出だした remembered。萩を通り越して通とおり越こして pass by椽鼻椽鼻えんばな edge of the verandaまで来た来きた came (to)。

「お掛けなさいお掛かけなさい sit down; have a seat」

三四郎は靴靴くつ shoesをはいている。命のごとく命めいのごとく as requested腰をかけた。よし子は座蒲団座蒲団ざぶとん sitting cushionを取って来た取とって来きた went and got。

「お敷きなさいお敷しきなさい use this (lit: set, or spread, this out)」

三四郎は蒲団蒲団ふとん cushionを敷いた。門をはいってから、三四郎はまだ一言一言ひとこと a single wordも口口くち mouthを開かない開ひらかない not open。この単純な単純たんじゅんな simple; uncomplicated少女少女しょうじょ girl; young ladyはただ自分自分じぶん oneselfの思うとおり思おもうとおり as (one) thinks; as occurs to oneを三四郎に言う言いう say; speakが、三四郎からは毫も毫ごうも (not) in the least返事返事へんじ responseを求めていない求もとめていない not demand; not wish forように思われる。三四郎は無邪気なる無邪気むじゃきなる innocent; guileless女王女王じょおう queenの前前まえ front ofに出た出でた appeared心持ち心持こころもち feelingがした。命を聞く聞きく listen toだけである。お世辞お世辞せじ flatteryを使う使つかう use; apply必要必要ひつよう necessityがない。一言でも先方先方せんぽう the other partyの意意い feelings; thoughtsを迎える迎むかえる greet; welcomeような事事こと fact; thingをいえば、急に急きゅうに suddenly卑しくなる卑いやしくなる become base; become vulgar、唖の唖おしの mute; speechless奴隷奴隷どれい slave; servantのごとく、さきのいうがままにふるまっていれば愉快愉快ゆかい happy; contentである。三四郎は子供子供こども childのようなよし子から子供扱い扱あつかい treatment; being treated as ...にされながら、少しもわが自尊心自尊心じそんしん self-respect; prideを傷つけた傷きずつけた be injured; be damagedとは感じえなかった感かんじえなかった couldn't feel that ...。

「兄兄あに (older) brotherですか」とよし子よし子こ Yoshiko (Nonomiya's younger sister)はその次次つぎ nextに聞いた聞きいた asked。

野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)を尋ねて来た尋たずねて来きた came to see; called onわけでもない。尋ねないわけでもない。なんで来たか三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)にもじつはわからないのである。

「野々宮さんはまだ学校学校がっこう universityですか」

「ええ、いつでも夜夜よる eveningおそくでなくっちゃ帰りません帰かえりません doesn't come home」

これは三四郎も知って知しって know; be aware ofる事事こと factである。三四郎は挨拶挨拶あいさつ opening (of a conversation)に窮した窮きゅうした was at a loss (for)。見る見みる lookと椽側椽側えんがわ verandaに絵の具箱絵えの具箱ぐばこ paint set; painting supply boxがある。かきかけた水彩水彩すいさい watercolor paintingがある。

「絵絵え paintingをお習いですかお習ならいですか are you learning to ...」

「ええ、好きだ好すきだ like to ...; enjoy ...からかきます」

「先生先生せんせい teacherはだれですか」

「先生に習うほどじょうずじゃないの」

「ちょっと拝見ちょっと拝見はいけん can I see; mind if I look」

「これ? これまだできていないの」とかきかけを三四郎の方方ほう directionへ出す出だす hold out; present。なるほど自分の自分じぶんの one's ownうちの庭庭にわ yard; gardenがかきかけてある。空空そら skyと、前前まえ in front ofの家家うち houseの柿柿かき persimmonの木木き treeと、はいり口はいり口ぐち entranceの萩萩はぎ bush cloverだけができている。なかにも柿の木ははなはだ赤く赤あかく redできている。

「なかなかうまい」と三四郎が絵をながめながら言う言いう said; remarked。

「これが?」とよし子は少し少すこし a little; a bit驚いた驚おどろいた be surprised。本当に本当ほんとうに really; truly驚いたのである。三四郎のようなわざとらしいわざとらしい affected; forced調子調子ちょうし tone; manner (of speaking)は少しもなかった。

三四郎はいまさら自分の言葉言葉ことば wordsを冗談冗談じょうだん joke; jestにすることもできず、またまじめにすることもできなくなった。どっちにしても、よし子から軽蔑軽蔑けいべつ scorn; contemptされそうである。三四郎は絵をながめながら、腹の中で腹はらの中なかで to oneself; secretly赤面した赤面せきめんした turned red; became embarrassed。

椽側から座敷座敷ざしき living roomを見回す見回みまわす look aroundと、しんと静か静しずか quiet; stillである。茶の間茶ちゃの間ま tea room; hearth roomはむろん、台所台所だいどころ kitchenにも人人ひと person; peopleはいないようである。

「おっかさんはもうお国お国くに the country; one's hometownへお帰りになったんですか」

「まだ帰りません。近いうちに近ちかいうちに soon立つ立たつ leave; departはずですけれど」

「今今いま now; at present、いらっしゃるんですか」

「今ちょっと買物買物かいもの shoppingに出ました出でました went out」

「あなたが里見里見さとみ Satomi (Mineko's family name)さんの所所ところ place; residenceへお移りになるお移うつりになる move; relocate (to)というのは本当ですか」

「どうして」

「どうしてって――このあいだ広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaの所でそんな話話はなし talkがありましたから」

「まだきまりません。ことによると、そうなるかもしれませんけれど」

三四郎は少しく要領を得た要領ようりょうを得えた got to the point (of his visit)。

「野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんはもとから里見里見さとみ Satomi (Mineko's family name)さんと御懇意御懇意ごこんい friendship; familiarityなんですか」

「ええ。お友だちお友ともだち friendなの」

男男おとこ maleと女女おんな femaleの友だちという意味意味いみ meaningかしらと思った思おもった wonderedが、なんだかおかしい。けれども三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はそれ以上それ以上いじょう beyond that; any furtherを聞きえなかった聞ききえなかった wasn't able to inquire。

「広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaは野々宮さんのもとの先生だそうですね」

「ええ」

話話はなし talk; conversationは「ええ」でつかえたつかえた was obstructed; was choked。

「あなたは里見さんの所所ところ place; residenceへいらっしゃるほうがいいんですか」

「私私わたし me? そうね。でも美禰子美禰子みねこ Mineko (name)さんのお兄いさんお兄あにいさん older brother (usually お兄にいさん)にお気の毒ですにお気きの毒どくです it's too bad for ...; (I) feel bad for ...から」

「美禰子さんのにいさんがあるんですか」

「ええ。うちの兄と同年同年どうねん same yearの卒業卒業そつぎょう graduationなんです」

「やっぱり理学士理学士りがくし scientistですか」

「いいえ、科科か department; collegeは違います違ちがいます different。法学士法学士ほうがくし lawyer; law school graduateです。そのまた上の上うえの older兄さんが広田先生のお友だちだったのですけれども、早く早はやく early; soonおなくなりになって、今今いま now; at presentでは恭助恭助きょうすけ Kyōsuke (name)さんだけなんです」

「おとっさんやおっかさんは」

よし子よし子こ Yoshiko (name of Nonomiya's younger sister)は少し少すこし a little; a bit笑いながら笑わらいながら smile; laugh、

「ないわ」と言った言いった said; replied。美禰子の父母父母ふぼ father and mother; parentsの存在存在そんざい existenceを想像する想像そうぞうする imagineのは滑稽滑稽こっけい comical; absurdであるといわぬばかりである。よほど早く死んだ死しんだ passed awayものとみえる。よし子の記憶記憶きおく memoryにはまるでないのだろう。

「そういう関係関係かんけい connectionで美禰子さんは広田先生の家家うち house; residenceへ出入をなさる出入でいりをなさる be a visitor (to); call onんですね」

「ええ。死んだにいさんが広田先生とはたいへん仲良し仲良なかよし close (friendship)だったそうです。それに美禰子さんは英語英語えいご Englishが好きだ好すきだ be fond of ...; have a liking for ...から、時々時々ときどき sometimes; occasionally英語を習い習ならい learn; studyにいらっしゃるんでしょう」

「こちらへも来ます来きます come (to); visitか」

よし子はいつのまにか、水彩画水彩画すいさいが watercolor paintingの続き続つづき continuationをかき始めたかき始はじめた began to draw; began to paint。三四郎がそばにいるのがまるで苦苦く tension; anxietyになっていない。それでいて、よく返事返事へんじ answerをする。

「美禰子さん?」と聞きながら、柿柿かき persimmonの木木き treeの下下した beneathにある藁葺屋根藁葺わらぶき屋根やね thatched roofに影影かげ shadow; shadingをつけたが、

「少し黒すぎます黒くろすぎます too darkね」と絵絵え paintingを三四郎の前前まえ front ofへ出した出だした held out; presented。三四郎は今度今度こんど this timeは正直に正直しょうじきに honestly、

「ええ、少し黒すぎます」と答えた答こたえた answered。すると、よし子は画筆画筆えふで paint brushに水水みず waterを含ませて含ふくませて add to; take up (with)、黒い所を洗いながら洗あらいながら wet; dilute、

「いらっしゃいますわ」とようやく三四郎に返事をした。

「たびたび?」

「ええたびたび」とよし子は依然として依然いぜんとして as before画紙画紙がし drawing paperに向かって向むかって facing; turning (toward)いる。三四郎は、よし子が絵のつづきをかきだしてから、問答問答もんどう questions and answers; dialogがたいへん楽楽らく easy; relaxedになった。

しばらく無言のまま無言むごんのまま without speaking、絵絵え paintingのなかをのぞいていると、よし子よし子こ Yoshiko (Nonomiya's younger sister)はたんねんにたんねんに carefully; painstakingly藁葺屋根藁葺わらぶき屋根やね thatched roofの黒い黒くろい black; dark影影かげ shadowを洗って洗あらって wet; thin; wash (out)いたが、あまり水水みず waterが多すぎた多おおすぎた too muchのと、筆筆ふで brushの使い方使つかい方かた manner of using; techniqueがなかなか不慣れ不慣ふなれ inexperienced; unpracticedなので、黒いものがかってに四方四方しほう all directionsへ浮き出して浮うき出だして appeared; emerged、せっかく赤く赤あかく redできた柿柿かき persimmonsが、陰干の陰干かげぼしの shade-dried渋柿渋柿しぶがき sour persimmon; tart persimmonのような色色いろ colorになった。よし子は画筆画筆えふで paint brushの手手て handを休めて休やすめて rest、両手両手りょうて both handsを伸ばして伸のばして stretched; extended、首首くび neck; headをあとへ引いて引ひいて pull (back); draw back、ワットマンワットマン J Whatman (English paper company)をなるべく遠くから遠とおくから from a distanceながめていたが、しまいに、小さな小ちいさな small; low (voice)声声こえ voiceで、

「もう駄目駄目だめ no goodね」と言う言いう said; stated。じっさいだめなのだから、しかたがない。三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は気の毒になった気きの毒どくになった felt bad (for her)。

「もうおよしなさい。そうして、また新しく新あたらしく newly; anewおかきなさい」

よし子は顔顔かお faceを絵に向けた向むけた turned (toward)まま、しりめにしりめに corner of one's eye三四郎を見た見みた looked at。大きな大おおきな large潤い潤うるおい moistureのある目目め eyeである。三四郎はますます気の毒になった。すると女女おんな the girl; sheが急に急きゅうに suddenly笑いだした笑わらいだした laughed。

「ばかね。二時間二に時間じかん two hoursばかり損損そん loss; wasteをして」と言いながら、せっかくかいた水彩水彩すいさい watercolorの上上うえ top ofへ、横縦に横縦よこたてに horizontally and vertically; across and lengthwise二、三本二に、三本さんぼん several (lines)太い太ふとい thick棒棒ぼう bar; stripeを引いて、絵の具箱具箱ぐばこ tool setの蓋蓋ふた lidをぱたりとぱたりと firmly; abruptly (= ばったり)伏せた伏ふせた lowered; closed。

「もうよしましょう。座敷座敷ざしき living roomへおはいりなさい。お茶お茶ちゃ teaをあげますから」と言いながら、自分自分じぶん oneselfは上へ上がった上あがった entered (up into a room)。三四郎は靴靴くつ shoesを脱ぐ脱ぬぐ take offのが面倒面倒めんどう troublesome; too much effortなので、やはり椽側椽側えんがわ verandaに腰をかけて腰こしをかけて sit; be seated (on)いた。腹の中では腹はらの中なかでは privately; to oneself、今今いま now; at this pointになって、茶をやるという女を非常に非常ひじょうに extremely; terriblyおもしろいと思って思おもって consider; regard asいた。三四郎に度はずれの度どはずれの extraordinary; eccentric女をおもしろがるつもりは少しも少すこしも (not) in the leastないのだが、突然突然とつぜん suddenlyお茶をあげますといわれた時時とき time; momentには、一種の一種いっしゅの a type of; a certain kind of愉快愉快ゆかい pleasure; exhilarationを感ぜぬわけにゆかなかった感かんぜぬわけにゆかなかった couldn't help but feelのである。その感じは、どうしても異性異性いせい the opposite sexに近づいて近ちかづいて approach; draw near to得られる得えられる can get; can obtain感じではなかった。

茶の間茶ちゃの間ま tea room; hearth roomで話し声話はなし声ごえ voices; the sound of voicesがする。下女下女げじょ maidservantはいたに違いないに違ちがいない there was no doubt that ...。やがて襖襖ふすま fusuma (sliding door panel)を開いて開ひらいて open、茶器茶器ちゃき tea setを持って持もって bring; carry、よし子があらわれた。その顔を正面正面しょうめん straight on; the frontから見た時に、三四郎はまた、女性中女性中じょせいちゅう among womenのもっとも女性的な女性的じょせいてきな feminine顔であると思った。

よし子よし子こ Yoshiko (Nonomiya's younger sister)は茶茶ちゃ teaをくんで椽側椽側えんがわ verandaへ出して出だして brought out to、自分自分じぶん oneself (refers to Yoshiko throughout this section)は座敷座敷ざしき living roomの畳畳たたみ tatami (mat)の上上うえ top ofへすわった。三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はもう帰ろう帰かえろう return homeと思って思おもって thought (to do something)いたが、この女女おんな young ladyのそばにいると、帰らないでもかまわないような気気き feelingがする。病院病院びょういん hospitalではかつてこの女の顔顔かお faceをながめすぎて、少し少すこし a little; a bit赤面させた赤面せきめんさせた caused to blushために、さっそく引き取った引ひき取とった withdrew; took one's leaveが、きょうはなんともない。茶を出したのをさいわいに椽側と座敷でまた談話談話だんわ conversationを始めた始はじめた began。いろいろ話して話はなして talk; converseいるうちに、よし子は三四郎に妙な妙みょうな odd; curious事事こと thing; matterを聞きだした聞ききだした asked。それは、自分の兄兄あに older brotherの野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)が好きかいやか好すきかいやか like or dislikeという質問質問しつもん questionであった。ちょっと聞くとまるでがんぜないがんぜない naïve; simpleminded子供子供こども childの言いそうな言いいそうな be apt to say事であるが、よし子の意味意味いみ meaningはもう少し深い深ふかい deep; substantiveところにあった。研究心研究心けんきゅうしん researcher mentalityの強い強つよい strong; passionate学問好きの学問がくもん好ずきの intellectual人人ひと personは、万事万事ばんじ all things; everythingを研究する気で見る見みる look at; seeから、情愛情愛じょうあい affection; feelingsが薄くなる薄うすくなる grow weak; lose importanceわけである。人情人情にんじょう human feelings; humanityで物物もの thingsをみると、すべてが好ききらい好すききらい love or hateの二つ二ふたつ two things; one or the otherになる。研究する気なぞが起こる起おこる arise; come aboutものではない。自分の兄は理学者理学者りがくしゃ scientistだものだから、自分を研究していけない。自分を研究すればするほど、自分を可愛がる可愛かわいがる feel affection toward度度ど degree; extentは減る減へる be reduced; diminishのだから、妹妹いもうと younger sisterに対してに対たいして with respect to不親切不親切ふしんせつ unkindness; callousnessになる。けれども、あのくらい研究好きの兄が、このくらい自分を可愛がってくれるのだから、それを思うと、兄は日本じゅう日本にほんじゅう throughout Japanでいちばんいい人に違いないに違ちがいない there's no doubt that ...という結論結論けつろん conclusionであった。

三四郎はこの説説せつ explanation; reasoningを聞いて、大いに大おおいに greatlyもっともなような、またどこか抜けている抜ぬけている be flawed; be in errorような気がしたが、さてどこが抜けているんだか、頭頭あたま head; mindがぼんやりして、ちょっとわからなかった。それでおもてむきこの説に対してはべつだんの批評を加えなかった批評ひひょうを加くわえなかった didn't critique。ただ腹の中で腹はらの中なかで privately; to oneself、これしきの女の言う事を、明瞭に明瞭めいりょうに clearly; plainly批評しえないのは、男児男児だんじ boyとしてふがいないふがいない pluckless; timidことだと、いたく赤面した。同時に同時どうじに at the same time、東京の女学生女学生じょがくせい schoolgirls; female studentsはけっしてばかにできないものだということを悟った悟さとった learned; became aware of。

三四郎はよし子に対する敬愛敬愛けいあい respect and affectionの念念ねん sense; feelingをいだいて下宿下宿げしゅく lodgingsへ帰った。はがきが来て来きて come; arriveいる。「明日明日あす tomorrow午後午後ごご afternoon一時一時いちじ one (o'clock)ごろから菊人形菊人形きくにんぎょう chrysanthemum dollsを見にまいりますから、広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaの家家うち house; residenceまでいらっしゃい。美禰子美禰子みねこ Mineko (name)」

その字字じ words; writingが、野々宮さんのポッケットから半分半分はんぶん halfwayはみ出してはみ出だして stick out (from)いた封筒封筒ふうとう envelopeの上書上書うわがき address (on a letter)に似て似にて resembleいるので、三四郎は何べんも何なんべんも any number of times読み直して読よみ直なおして re-readみた。

翌日翌日よくじつ the next dayは日曜日曜にちよう Sundayである。三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は昼飯昼飯ひるめし lunchを済まして済すまして finishすぐ西片町西片町にしかたまち Nishikatamachi (place name)へ来た来きた came (to); arrived (at)。新調の新調しんちょうの brand new制服制服せいふく uniform; outfitを着て着きて wear、光った光ひかった shiny靴靴くつ shoesをはいている。静かな静しずかな quiet横町横町よこちょう side street; laneを広田先生の広田ひろた先生せんせいの Professor Hirota's (house)前前まえ front ofまで来る来くる come (to); arrive (at)と、人声人声ひとごえ sound of voicesがする。

先生の家家うち houseは門門もん gateをはいると、左手左手ひだりて lefthand (side)がすぐ庭庭にわ yard; gardenで、木戸木戸きど (wooden) gateをあければ玄関玄関げんかん entrywayへかからずに、座敷座敷ざしき living roomの椽椽えん verandaへ出られる出でられる can approach。三四郎は要目垣要目垣かなめがき hawthorn hedgeのあいだに見える見みえる be visible桟桟さん (door) boltをはずそうとして、ふと、庭の中中なか insideの話し声話はなし声ごえ voices; conversationを耳にした耳みみにした heard; picked up。話話はなし conversationは野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)と美禰子美禰子みねこ Mineko (name)のあいだに起こりつつある起おこりつつある was occurring; was taking place。

「そんな事事こと act; thingをすれば、地面地面じめん ground; earthの上上うえ surfaceへ落ちて落おちて fall down死ぬ死しぬ dieばかりだ」これは男の男おとこの man's; male声声こえ voiceである。

「死んでも、そのほうがいいと思います思おもいます think; believe」これは女の女おんなの woman's; female答答こたえ answer; responseである。

「もっともそんな無謀な無謀むぼうな wild; reckless人間人間にんげん personは、高い高たかい high所所ところ placeから落ちて死ぬだけの価値価値かち worth; meritは十分十分じゅうぶん enough; plentyある」

「残酷な残酷ざんこくな heartless; cruel事をおっしゃる」

三四郎はここで木戸をあけた。庭のまん中に立って立たって standいた会話会話かいわ conversationの主主ぬし owners; originatorsは二人とも二人ふたりとも both (people)こっちを見た。野々宮はただ「やあ」と平凡に平凡へいぼんに in the usual manner言って言いって said、頭をうなずかせた頭あたまをうなずかせた noddedだけである。頭に新しい新あたらしい new茶の茶ちゃの brown中折帽中折帽なかおれぼう felt hat; fedoraをかぶっている。美禰子は、すぐ、

「はがきはいつごろ着きました着つきました arrivedか」と聞いた聞きいた asked。二人の今まで今いままで until nowやっていた会話はこれで中絶した中絶ちゅうぜつした broke off; discontinued。

椽側椽側えんがわ verandaには主人主人あるじ master (of the house)が洋服洋服ようふく Western dressを着て腰をかけて腰こしをかけて sit down、相変らず相変あいかわらず as always; as usual哲学を吹いて哲学てつがくを吹ふいて smoking with a philosophical airいる。これは西洋の西洋せいようの Western; foreign雑誌雑誌ざっし magazine; periodicalを手にして手てにして hold (in one's hands)いた。そばによし子よし子こ Yoshiko (Nonomiya's younger sister)がいる。両手両手りょうて both handsをうしろに突いて突ついて brace; plant (one's hands)、からだを空に持たせながら空くうに持もたせながら holding up (away from the structure)、伸ばした伸のばした extended足足あし feetにはいた厚い厚あつい thick草履草履ぞうり straw sandalsをながめていた。――三四郎はみんなから待ち受けられて待まち受うけられて be awaitedいたとみえる。

主人主人あるじ master (of the house)は雑誌雑誌ざっし magazine; periodicalをなげ出したなげ出だした tossed aside。

「では行く行いく go; departかな。とうとう引っぱり出された引ひっぱり出だされた be dragged out; be lured out」

「御苦労さま御苦労ごくろうさま your efforts are greatly appreciated」と野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんが言った言いった said; answered。女女おんな young ladiesは二人二人ふたり two (people)で顔を見合わせて顔かおを見合みあわせて look at each other; glance at each other、ひとに知れないようなひとに知しれないような discreet; subtle笑笑えみ smileをもらした。庭庭にわ yard; gardenを出る出でる leave; depart時時とき time; moment、女が二人つづいたつづいた went out in succession。

「背が高い背せが高たかい tallのね」と美禰子美禰子みねこ Mineko (name)があとから言った。

「のっぽのっぽ lanky; beanpole」とよし子よし子こ Yoshiko (Nonomiya's younger sister)が一言一言ひとこと (with) one word答えた答こたえた answered。門門もん gateの側側わき side of; next toで並んだ並ならんだ came side by side時、「だから、なりたけなりたけ as much as possible草履草履ぞうり straw sandalsをはくの」と弁解をした弁解べんかいをした explained; justified。三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)もつづいて庭を出ようとすると、二階二階にかい 2nd floor; upstairsの障子障子しょうじ shōjiががらりとがらりと suddenly開いた開あいた opened。与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)が手欄手欄てすり railing; balustrade (usually 手摺てすり)の所所ところ place; locationまで出てきた。

「行くのか」と聞く聞きく asked。

「うん、君君きみ youは」

「行かない。菊細工菊細工きくざいく chrysanthemum craftsなんぞ見て見みて look atなんになるものか。ばかだな」

「いっしょに行こう。家家うち houseにいたってしようがないじゃないか」

「今今いま now; at present論文論文ろんぶん essay; articleを書いて書かいて write; composeいる。大論文大論文だいろんぶん important work; significant work (writing)を書いている。なかなかそれどころじゃない」

三四郎はあきれ返ったようなあきれ返かえったような feigning surprise笑い方笑わらい方かた way of laughingをして、四人四人よにん four (people)のあとを追いかけた追おいかけた pursued; hurried (after)。四人は細い細ほそい narrow横町横町よこちょう side street; laneを三分の二三分さんぶんの二に two thirds (of the way)ほど広い広ひろい wide通り通とおり avenue; boulevardの方方ほう directionへ遠ざかった遠とおざかった progressed (to)ところである。この一団一団いちだん group; partyの影影かげ shape; formを高い高たかい high空気空気くうき skyの下下した beneathに認めた認みとめた saw; caught sight of時、三四郎は自分自分じぶん oneselfの今の生活生活せいかつ life; lifestyleが熊本熊本くまもと Kumamoto (place name)当時当時とうじ (those) timesのそれよりも、ずっと意味意味いみ meaningの深い深ふかい deep; profoundものになりつつあると感じた感かんじた felt。かつて考えた考かんがえた considered; thought about三個三個さんこ three (things)の世界世界せかい worldsのうちで、第二第二だいに number two第三第三だいさん number threeの世界はまさにこの一団の影で代表されて代表だいひょうされて be represented (by)いる。影の半分半分はんぶん halfは薄黒い薄黒うすぐろい dark; dusky。半分は花野花野はなの field of flowersのごとく明らか明あきらか clear; brightである。そうして三四郎の頭のなかでは頭あたまのなかでは in one's mindこの両方両方りょうほう both; both sidesが渾然として渾然こんぜんとして wholly調和されて調和ちょうわされて be harmonized; be alignedいる。のみならず、自分もいつのまにか、しぜんとこの経緯経緯よこたて length and breadth; warp and woof (weaving)のなかに織りこまれて織おりこまれて be woven intoいる。ただそのうちのどこかにおちつかないところがある。それが不安不安ふあん unease; anxietyである。歩きながら歩あるきながら while walking考えると、いまさき庭のうちで、野々宮と美禰子が話して話はなして talk about; discussいた談柄談柄だんぺい topic (of conversation)が近因近因きんいん immediate causeである。三四郎はこの不安の念念ねん thought; idea; sense (of)を駆る駆かる drive (out; away)ために、二人の談柄をふたたびほじくり出してほじくり出だして drag out; pry intoみたい気気き feeling; inclinationがした。

四人四人よにん four (people)はすでに曲がり角曲まがり角かど cornerへ来た来きた came (to); arrived (at)。四人とも足をとめて足あしをとめて stop、振り返った振ふり返かえった looked back。美禰子美禰子みねこ Mineko (name)は額額ひたい forehead; browに手手て handをかざしてかざして hold upいる。

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は一分一分いっぷん one minuteかからぬうちに追いついた追おいついた caught up。追いついてもだれもなんとも言わない言いわない didn't say (anything)。ただ歩きだした歩あるきだした resumed walkingだけである。しばらくすると、美禰子が、

「野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんは、理学者理学者りがくしゃ scientistだから、なおそんな事事こと matter; thingをおっしゃるんでしょう」と言いだした。話話はなし conversationの続き続つづき continuationらしい。

「なに理学理学りがく scienceをやらなくっても同じ同おなじ same事です。高く高たかく high飛ぼう飛とぼう flyというには、飛べるだけの装置装置そうち apparatus; deviceを考えた考かんがえた invent; deviseうえでなければできないにきまっている。頭頭あたま head; mindのほうがさきに要る要いる be requiredに違いないに違ちがいない there can be no doubt that ...じゃありませんか」

「そんなに高く飛びたくない人人ひと person; peopleは、それで我慢するそれで我慢がまんする be satisfied at thatかもしれません」

「我慢しなければ、死ぬ死しぬ die; perishばかりですもの」

「そうすると安全安全あんぜん safety; securityで地面地面じめん ground; earthの上上うえ surfaceに立って立たって stand; stayいるのがいちばんいい事になりますね。なんだかつまらないようだ」

野々宮さんは返事返事へんじ answer; responseをやめて、広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaの方方ほう directionを向いた向むいた turned (toward)が、

「女女おんな womenには詩人詩人しじん poetが多い多おおい many; numerousですね」と笑いながら笑わらいながら grinning; laughing言った。すると広田先生が、

「男子男子だんし menの弊弊へい evil; viceはかえって純粋の純粋じゅんすいの pure; true詩人になりきれないところにあるだろう」と妙な妙みょうな odd; curious挨拶挨拶あいさつ responseをした。野々宮さんはそれで黙った黙だまった fell silent。よし子よし子こ Yoshiko (Nonomiya's younger sister)と美禰子は何か何なにか somethingお互いのお互たがいの mutual; with each other話を始める始はじめる began。三四郎はようやく質問質問しつもん questionの機会機会きかい opportunityを得た得えた gained; obtained。

「今今いま (just) nowのは何何なん whatのお話お話はなし talk; discussionなんですか」

「なに空中空中くうちゅう sky飛行機飛行機ひこうき airplane; airshipの事です」と野々宮さんが無造作に無造作むぞうさに simply; off-handedly言った。三四郎は落語落語らくご rakugo; comic storytellingのおちおち punch line; point (of a comic story)を聞く聞きく hearような気気き feelingがした。

それからはべつだんの会話会話かいわ conversationも出なかった出でなかった did not occur。また長い長ながい lengthy会話ができかねるほど、人人ひと peopleがぞろぞろ歩く歩あるく walk; stroll所所ところ placeへ来た来きた came (to)。大観音大観音おおがんのん Ōgannon (temple)の前前まえ front ofに乞食乞食こじき beggarがいる。額額ひたい foreheadを地地ち groundにすりつけて、大きな大おおきな big; loud (voice)声声こえ voiceをのべつにのべつに continuously; incessantly出して出だして put forth、哀願哀願あいがん supplication; appealをたくましゅうしてたくましゅうして exercise without restraintいる。時々時々ときどき occasionally顔顔かお faceを上げる上あげる lift; raiseと、額のところだけが砂砂すな sandで白く白しろく whiteなっている。だれも顧みる顧かえりみる take notice of; pay attention toものがない。五人五人ごにん five (people)も平気で平気へいきで without concern行き過ぎた行ゆき過すぎた passed by。五、六間五ご、六間ろっけん 5 or 6 ken (about 10 meters; about 10 yards)も来た時時とき time; momentに、広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaが急に急きゅうに suddenly振り向いて振ふり向むいて turn around; look around三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)に聞いた聞きいた asked。

「君君きみ you (used here as form of address)あの乞食に銭銭ぜに money; a coinをやりましたか」

「いいえ」と三四郎があとを見る見みる lookと、例の例れいの the aforementioned乞食は、白い額の下下した beneathで両手両手りょうて both handsを合わせて合あわせて put together、相変らず相変あいかわらず still; as always大きな声を出している。

「やる気気き feeling; inclinationにならないわね」とよし子よし子こ Yoshiko (Nonomiya's younger sister)がすぐに言った言いった said; remarked。

「なぜ」とよし子の兄兄あに older brotherは妹妹いもうと younger sisterを見た。たしなめるたしなめる rebuke; reproveほどに強い強つよい strong; forceful言葉言葉ことば wordsでもなかった。野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)の顔つき顔かおつき (facial) expressionはむしろ冷静冷静れいせい calmness; composureである。

「ああしじゅうしじゅう constantly; continuouslyせっついてせっついて urge; needleいちゃ、せっつきばえせっつきばえ effective urging; compelling appeal (= せっつき栄ばえ)がしないからだめですよ」と美禰子美禰子みねこ Mineko (name)が評した評ひょうした commented; offered an opinion。

「いえ場所場所ばしょ place; locationが悪い悪わるい no goodからだ」と今度今度こんど this timeは広田先生が言った。「あまり人通り人通ひとどおり human congestion; foot trafficが多すぎる多おおすぎる be too much ofからいけない。山山やま mountainの上上うえ topの寂しい寂さびしい lonely; deserted所で、ああいう男男おとこ manに会ったら会あったら met; encountered、だれでもやる気になるんだよ」

「その代りその代かわり on the other hand一日一日いちにち all day待って待まって waitいても、だれも通らないだれも通とおらない no one passes byかもしれない」と野々宮はくすくす笑い出した笑わらい出だした laughed。

三四郎は四人四人よにん four (people)の乞食に対するに対たいする regarding; in relation to ...批評批評ひひょう commentaryを聞いて、自分自分じぶん oneselfが今日今日こんにち today; the presentまで養成した養成いくせいした fostered; nurtured徳義上徳義上とくぎじょう relating to moralityの観念観念かんねん idea; notionを幾分か幾分いくぶんか in some part; to some degree傷つけられる傷きずつけられる be offended; be violatedような気がした。けれども自分が乞食の前を通る時、一銭一銭いっせん 1 sen (1/100 of a yen)も投げて投なげて throw; toss (to)やる了見了見りょうけん intentionが起こらなかった起おこらなかった did not ariseのみならず、実をいえば実じつをいえば to tell the truth; in all honesty、むしろ不愉快な不愉快ふゆかいな unpleasant; uncomfortable感じ感かんじ feelingが募った募つのった became stronger; intensified事実事実じじつ truth; actualityを反省して反省はんせいして reflect on; contemplateみると、自分よりもこれら四人のほうがかえって己己おのれ one's selfに誠誠まこと honesty; sincerityであると思いついた思おもいついた realized。また彼ら彼かれら theyは己に誠でありうるほどな広い広ひろい vast; expansive天地天地てんち realm; sphereの下に呼吸する呼吸こきゅうする breathe; live and breathe都会人種都会人種しゃかいじんしゅ city dwellers; urbanitesであるということを悟った悟さとった became aware (of)。

行くに従って行いくに従したがって as (they) went on人人ひと peopleが多くなる多おおくなる increased in number。しばらくすると一人一人ひとり one (person)の迷子迷子まいご lost childに出会った出会であった met; encountered。七つ七ななつ seven (years old)ばかりの女の子女おんなの子こ girlである。泣きながら泣なきながら crying、人の袖袖そで sleevesの下下した beneathを右右みぎ right (side)へ行ったり、左左ひだり left (side)へ行ったりうろうろしている。おばあさん、おばあさんとむやみに言う言いう call; cry。これには往来往来おうらい coming and goingの人もみんな心心こころ heart; soulを動かして動うごかして move; touch (emotions)いるようにみえる。立ちどまる立たちどまる come to a stop者者もの personsもある。かあいそうだという者もある。しかしだれも手をつけないだれも手てをつけない no one took any action。子供子供こども childはすべての人の注意注意ちゅうい attentionと同情同情どうじょう sympathyをひきつつ、しきりに泣きさけんでおばあさんを捜して捜さがして search forいる。不可思議の不可思議ふかしぎの curious; peculiar現象現象げんしょう situation; happeningである。

「これも場所場所ばしょ place; locationが悪い悪わるい no goodせいじゃないか」と野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)君君くん (suffix of familiarity for males)が子供の影影かげ shape; formを見送りながら見送みおくりながら looking back at言った言いった remarked。

「いまに巡査巡査じゅんさ police officerが始末をつける始末しまつをつける take care of (a matter)にきまっているから、みんな責任責任せきにん responsibilityをのがれるんだね」と広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaが説明した説明せつめいした explained。

「わたしのそばまで来れば来くれば come (to); approach交番交番こうばん police boxまで送ってやる送おくってやる see (someone) toわ」とよし子よし子こ Yoshiko (Nonomiya's younger sister)が言う。

「じゃ、追っかけて行って追おっかけて行いって go after、連れて行く連つれて行いく take (someone somewhere)がいい」と兄兄あに older brotherが注意した注意ちゅういした advised; suggested。

「追っかけるのはいや」

「なぜ」

「なぜって――こんなにおおぜいの人がいるんですもの。私私わたし I; meにかぎったことはないわ」

「やっぱり責任をのがれるんだ」と広田が言う。

「やっぱり場所が悪いんだ」と野々宮が言う。男男おとこ menは二人二人ふたり two (people)で笑った笑わらった laughed。団子坂団子坂だんござか Dangozaka (place name)の上上うえ top; high pointまで来ると、交番の前前まえ front ofへ人が黒山黒山くろやま mountain of black (sea of black heads)のようにたかっている。迷子はとうとう巡査の手に渡った渡わたった was entrusted toのである。

「もう安心安心あんしん relief; peace of mind大丈夫大丈夫だいじょうぶ alright; okayです」と美禰子美禰子みねこ Mineko (name)が、よし子を顧みて顧かえりみて turn back toward言った。よし子は「まあよかった」という。

坂坂さか (Dangozaka) roadの上上うえ top ofから見る見みる lookと、坂は曲がって曲まがって be bentいる。刀刀かたな katana (sword)の切っ先切きっ先さき tip (of a sword)のようである。幅幅はば widthはむろん狭い狭せまい narrow; confined。右側右側みぎがわ right sideの二階建二階建にかいだて two-story buildingsが左側左側ひだりがわ left sideの高い高たかい tall小屋小屋こや exhibition shedsの前前まえ frontを半分半分はんぶん halfway; in partさえぎっている。そのうしろにはまた高い幟幟のぼり banners (mounted on tall vertical poles)が何本となく何本なんぼんとなく in large numbers立てて立たてて erect; put upある。人人ひと peopleは急に急きゅうに suddenly; abruptly谷底谷底たにそこ bottom of the valleyへ落ち込む落おち込こむ fall down intoように思われる思おもわれる seem (to do something)。その落ち込むものが、はい上がるはい上あがる crawl up; scramble upものと入り乱れて入いり乱みだれて mix; be jumbled together、道道みち roadいっぱいにふさがっているから、谷谷たに valleyの底底そこ bottomにあたる所所ところ place; areaは幅をつくして異様に異様いように oddly; eerily動く動うごく move。見ていると目目め eyesが疲れる疲つかれる become tiredほど不規則に不規則ふきそくに unsteadily; in a disorderly mannerうごめいている。広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaはこの坂の上に立って、

「これはたいへんだ」と、さも帰りたそう帰かえりたそう wanting to leave; wanting to go homeである。四人四人よにん four (people)はあとから先生を押す押おす push; jostleようにして、谷へはいった。その谷が途中途中とちゅう part way; along the wayからだらだらと向こう向むこう the other sideへ回り込む回まわり込こむ bend (around toward)所に、右にも左にも、大きな大おおきな large葭簀掛け葭簀掛よしずがけ fronted with reed screensの小屋を、狭い両側両側りょうがわ both sidesから高く構えた構かまえた put up; put in placeので、空空そら skyさえ存外存外ぞんがい surprisingly; unexpectedly窮屈窮屈きゅうくつ confined; crampedにみえる。往来往来おうらい roadは暗くなる暗くらくなる be shaded; be darkenedまで込み合って込こみ合あって crowd togetherいる。そのなかで木戸番木戸番きどばん gate keepers; ticket takersができるだけ大きな声声こえ voiceを出す出だす put forth。「人間人間にんげん human beingから出る出でる come (from)声じゃない。菊人形菊人形きくにんぎょう chrysanthemum dollから出る声だ」と広田先生が評した評ひょうした commented。それほど彼らの彼かれらの their声は尋常尋常じんじょう normal; usualを離れて離はなれて be distant from; lose connection withいる。

一行一行いっこう the group; the partyは左の小屋へはいった。曾我曾我そが Soga (name of two brothers who avenged their father's murder in 1193)の討入討入うちいり raid; attackがある。五郎五郎ごろう Gorō (name of one of the Soga brothers)も十郎十郎じゅうろう Jūrō (name of the other Soga brother)も頼朝頼朝よりとも Yoritomo (General Minamoto no Yoritomo)もみな平等に平等びょうどうに in the same manner; without bias菊菊きく chrysanthemumの着物着物きもの kimono; clothesを着て着きて wearいる。ただし顔顔かお faceや手足手足てあし hands and feetはことごとく木彫り木彫きぼり carved wood; woodcraftである。その次次つぎ nextは雪雪ゆき snowが降って降ふって fall (snow or rain)いる。若い若わかい young女女おんな womanが癪を起こして癪しゃくを起おこして writhing; convulsingいる。これも人形人形にんぎょう dollの心心しん center; coreに、菊をいちめんにはわせて、花花はな flowersと葉葉は leavesが平に平たいらに evenly; smoothly隙間なく隙間すきまなく without a gap衣装衣装いしょう clothing; dressの恰好恰好かっこう form; shapeとなるように作った作つくった created; constructedものである。

よし子よし子こ Yoshiko (Nonomiya's younger sister)は余念なく余念よねんなく earnestly; intentlyながめている。広田先生と野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)はしきりに話話はなし talk; discussionを始めた始はじめた started。菊の培養培養ばいよう cultivation法法ほう methodが違う違ちがう be different; be uniqueとかなんとかいうところで、三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は、ほかの見物見物けんぶつ sightseersに隔てられて隔へだてられて be cut off (by)、一間一間いっけん 1 ken (about 2 yards; about 2 meters)ばかり離れた。美禰子美禰子みねこ Mineko (name)はもう三四郎より先先さき aheadにいる。見物は、がいしてがいして generally; for the most part町家町家ちょうか tradesman's house; merchant's houseの者者もの peopleである。教育教育きょういく educationのありそうな者はきわめて少ない少すくない few; scarce。美禰子はその間間あいだ midstに立って振り返った振ふり返かえった looked back。首を延ばして首くびを延のばして crane one's neck、野々宮のいる方方ほう directionを見た。野々宮は右の手を竹竹たけ bambooの手欄手欄てすり handrailから出して、菊の根根ね rootsをさしながら、何か何なにか something熱心に熱心ねっしんに passionately; energetically説明して説明せつめいして explainいる。美禰子はまた向こうをむいた。見物に押されて押おされて be pushed、さっさと出口出口でぐち exitの方へ行く行いく go; proceed。三四郎は群集群集ぐんしゅう crowd; throng; massesを押し分けながら押おし分わけながら pushing one's way through、三人三人さんにん three (people); the other threeを棄てて棄すてて abandon; leave behind、美禰子のあとを追って行った追おって行いった followed; pursued。

ようやくのことで、美禰子美禰子みねこ Mineko (name)のそばまで来て来きて came (to)、

「里見里見さとみ Satomi (Mineko's family name)さん」と呼んだ呼よんだ called; addressed時時とき time; momentに、美禰子は青竹青竹あおだけ green bambooの手欄手欄てすり handrailに手手て handsを突いて突ついて brace; prop (against)、心持ち心持こころもち slightly; just a little首をもどして首くびをもどして turned one's head、三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)を見た見みた looked at。なんとも言わないなんとも言いわない didn't speak; said nothing。手欄のなかは養老の滝養老ようろうの滝たき Yōrō Falls (waterfall in Gifu; tied to legend of young man who scooped its water to save his ailing father)である。丸い丸まるい round顔顔かお faceの、腰腰こし waistに斧斧おの axe; hatchetをさした男男おとこ manが、瓢箪瓢箪ひょうたん bottle gourdを持って持もって have; hold、滝壺滝壺たきつぼ plunge basin; basin under a waterfallのそばにかがんでかがんで stoop (over)いる。三四郎が美禰子の顔を見た時には、青竹のなかに何何なに whatがあるかほとんど気がつかなかった気きがつかなかった took no notice of。

「どうかしましたか」と思わず思おもわず reflexively; intuitively言った言いった asked; inquired。美禰子はまだなんとも答えないなんとも答こたえない didn't answer。黒い黒くろい dark目目め eyesをさもものうそうにものうそうに with a weary look三四郎の額額ひたい forehead; browの上上うえ aboveにすえた。その時三四郎は美禰子の二重瞼二重瞼ふたえまぶた contoured eyelidsに不可思議な不可思議ふかしぎな mysterious; unfathomableある意味意味いみ meaningを認めた認みとめた recognized。その意味のうちには、霊霊たましい soul; spiritの疲れ疲つかれ weariness; fatigueがある。肉肉にく fleshのゆるみゆるみ looseness; slackがある。苦痛苦痛くつう pain; anguishに近きに近ちかき close to; bordering on訴え訴うったえ appeal; petitionがある。三四郎は、美禰子の答を予期予期よき expectation; anticipation (of)しつつある今今いま now; the presentの場合場合ばあい situationを忘れて忘わすれて forget、この眸眸ひとみ pupilsとこの瞼瞼まぶた eyelidsの間間あいだ midstにすべてを遺却した遺却いきゃくした abandoned (to)。すると、美禰子は言った。

「もう出ましょう出でましょう leave; get out (of a place)」

眸と瞼の距離距離きょり distanceが次第に次第しだいに gradually近づくようにみえた。近づくに従ってに従したがって in accordance with; in proportion to三四郎の心心こころ heart; soulには女のため女おんなのため for her sakeに出なければすまない気がきざしてきた。それが頂点頂点ちょうてん peak; heightに達した達たっした reached; achievedころ、女は首を投げる首くびを投なげる toss one's headように向こう向むこう away; in the other directionをむいた。手を青竹の手欄から離して離はなして removed; separated (from)、出口出口でぐち exitの方方ほう directionへ歩いて行く歩あるいて行いく walk (toward)。三四郎はすぐあとからついて出た。

二人二人ふたり two (people)が表表おもて out frontで並んだ並ならんだ stood together時、美禰子はうつむいてうつむいて look down右の手右みぎの手て right handを額に当てた当あてた applied; pressed against。周囲周囲しゅうい surroundings; all aroundは人人ひと peopleが渦渦うず whirlpoolを巻いて巻まいて wind; coilいる。三四郎は女の耳耳みみ earへ口口くち mouthを寄せた寄よせた brought close to。

「どうかしましたか」

女は人込み人込ひとごみ crowd (of people)の中中なか middleを谷中谷中やなか Yanaka (place name)の方へ歩きだした。三四郎もむろんいっしょに歩きだした。半町半町はんちょう half of a chō (about 55 meter; about 60 yards)ばかり来た来きた came; progressed時、女は人の中で留まった留とまった stopped。

「ここはどこでしょう」

「こっちへ行くと谷中の天王寺天王寺てんのうじ Tennōji (temple)の方へ出てしまいます。帰り道帰かえり道みち way home; way backとはまるで反対反対はんたい oppositeです」

「そう。私私わたし I心持ち心持こころもち feelingが悪くって悪わるくって not well……」

三四郎は往来往来おうらい roadのまん中で助けなき助たすけなき at a loss (as to what to do)苦痛を感じた感かんじた felt。立って立たって standing (still)考えて考かんがえて thinking; consideringいた。

「どこか静かな静しずかな quiet所所ところ placeはないでしょうか」と女が聞いた聞きいた asked。

谷中谷中やなか Yanaka (place name)と千駄木千駄木せんだぎ Sendagi (place name)が谷谷たに valleyで出会う出会であう meet; come togetherと、いちばん低い低ひくい low所所ところ place; regionに小川小川おがわ small river; streamが流れて流ながれて flowいる。この小川を沿うて沿そうて follow (alongside)、町町まち townを左左ひだり left (side)へ切れる切きれる curve; veerとすぐ野野の open fieldsに出る出でる come out; emerge (into)。川川かわ streamはまっすぐに北北きた northへ通って通かよって make its way (to); flow (to)いる。三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は東京東京とうきょう Tōkyōへ来て来きて come (to)から何べんも何なんべんも many timesこの小川の向こう側向むこう側がわ other side; opposite sideを歩いて歩あるいて walk (along)、何べんこっち側を歩いたかよく覚えて覚おぼえて remember; be familiar withいる。美禰子美禰子みねこ Mineko (name)の立って立たって be standingいる所は、この小川が、ちょうど谷中の町を横切って横切よこぎって traverse根津根津ねづ Nezu (place name)へ抜ける抜ぬける cut through (to)石橋石橋いしばし stone bridgeのそばである。

「もう一町一町いっちょう 1 chō (about 110 meters; about 120 yards)ばかり歩けますか」と美禰子に聞いて聞きいて askみた。

「歩きます」

二人はすぐ石橋を渡って渡わたって cross (over)、左へ折れた折おれた turned (toward)。人の家人ひとの家うち someone's houseの路地路地ろじ alleyway; laneのような所を十間十間じゅっけん 10 ken (about 18 meters; about 20 yards)ほど行き尽して行いき尽つくして go as far as one can; go to the end (of something)、門門もん gateの手前手前てまえ just before; short ofから板橋板橋いたばし wooden-plank bridgeをこちら側へ渡り返して渡わたり返かえして crossed back (to)、しばらく川の縁縁ふち edgeを上る上のぼる move upstreamと、もう人は通らない人ひとは通とおらない there were no people about。広い広ひろい wide open; spacious野である。

三四郎はこの静かな静しずかな quiet秋秋あき autumnのなかへ出たら出でたら emerged (into)、急に急きゅうに suddenlyしゃべり出したしゃべり出だした became talkative。

「どうです、ぐあいは。頭痛頭痛ずつう headacheでもしますか。あんまり人がおおぜい、いたせいでしょう。あの人形人形にんぎょう dollsを見て見みて see; look atいる連中連中れんちゅう crowd; companyのうちにはずいぶん下等下等かとう base; vulgarなのがいたようだから――なにか失礼失礼しつれい slight; improprietyでもしましたか」

女女おんな sheは黙って黙だまって remain silentいる。やがて川の流れから目目め eyesを上げて上あげて lifted; raised、三四郎を見た。二重瞼二重瞼ふたえまぶた contoured eyelidsにはっきりと張り張はり resilience; spiritがあった。三四郎はその目つきでなかば安心した安心あんしんした was reassured; was relieved。

「ありがとう。だいぶよくなりました」と言う言いう said; answered。

「休みましょう休やすみましょう take a restか」

「ええ」

「もう少し少すこし a little; a bit歩けますか」

「ええ」

「歩ければ、もう少しお歩きなさい。ここはきたない。あすこまで行く行いく go (on); proceedと、ちょうど休むにいい場所場所ばしょ placeがあるから」

「ええ」

一丁一丁いっちょう 1 chō (about 110 meters; about 120 yards)ばかり来た来きた came; progressed。また橋橋はし bridgeがある。一尺一尺いっしゃく 1 shaku (about 30cm; about a foot)に足らないに足たらない not even ...; less than ...古板古板ふるいた old board; old plankを造作なく造作ぞうさなく roughly; simply渡した渡わたした laid across上上うえ over; on top ofを、三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は大またに大おおまたに with a long stride歩いた歩あるいた walked; stepped。女女おんな the young lady (Mineko)もつづいて通った通とおった passed (over)。待ち合わせた待まち合あわせた waited for (someone)三四郎の目目め eyes; viewには、女の足足あし feetが常の常つねの ordinary; usual大地大地だいち solid groundを踏む踏ふむ step on; tread onと同じように同おなじように in the same manner軽く軽かるく lightみえた。この女はすなおな足をまっすぐに前前まえ forwardへ運ぶ運はこぶ carry; move。わざと女らしく甘えた甘あまえた dependent on the help of another歩き方歩あるき方かた manner of walkingをしない。したがってむやみにこっちから手を貸す手てを貸かす lend a hand; assistわけにはいかない。

向こう向むこう beyond; (in) the distanceに藁屋根藁わら屋根やね thatched roofがある。屋根の下下した belowが一面に一面いちめんに over the whole surface赤い赤あかい red。近寄って近寄ちかよって approach; draw near to見る見みる look; seeと、唐辛子唐辛子とうがらし chili peppersを干した干ほした driedのであった。女はこの赤いものが、唐辛子であると見分け見分みわけ distinction; recognitionのつくところまで来て留まった留とまった stopped。

「美しい美うつくしい beautifulこと」と言いながら言いいながら say; remark、草草くさ grassの上に腰をおろした腰こしをおろした sat down; lowered oneself (to sit)。草は小川小川おがわ small river; streamの縁縁ふち edgeにわずかな幅幅はば widthをはえているのみである。それすら夏夏なつ summerの半ば半なかば middleのように青く青あおく greenはない。美禰子美禰子みねこ Mineko (name)は派手な派手はでな bright; colorful着物着物きもの kimonoのよごれるのをまるで苦にしていない苦くにしていない had no concern for。

「もう少し少すこし a little; a bit歩けませんか歩あるけませんか can you walk?」と三四郎は立ちながら立たちながら standing、促す促うながす press; promptように言ってみた。

「ありがとう。これでたくさん」

「やっぱり心持ち心持こころもち feelingが悪い悪わるい not wellですか」

「あんまり疲れた疲つかれた be worn outから」

三四郎もとうとうきたない草の上にすわった。美禰子と三四郎の間間あいだ interval; space betweenは四尺四尺よんしゃく 4 shaku (about 1.2 meters; about 4 feet)ばかり離れて離はなれて be separated (by)いる。二人二人ふたり two (people)の足の下には小さな小ちいさな small川川かわ streamが流れて流ながれて flowいる。秋秋あき autumnになって水水みず water (level)が落ちた落おちた dropped; fallenから浅い浅あさい shallow。角角かど cornerの出た出でた stick out; protrude石石いし rockの上に鶺鴒鶺鴒せきれい wagtail (bird)が一羽一羽いちわ one (bird)とまったくらいである。三四郎は水の中をながめていた。水が次第に次第しだいに gradually濁って濁にごって grow muddy; become cloudyくる。見ると川上川上かわかみ upstreamで百姓百姓ひゃくしょう farmerが大根大根だいこん daikon (white radish)を洗って洗あらって wash; rinseいた。美禰子の視線視線しせん line of sight; gazeは遠くの遠とおくの distant向こうにある。向こうは広い広ひろい wide畑畑はたけ (farm) fieldで、畑の先先さき tip; endが森森もり woodsで森の上が空空そら skyになる。空の色色いろ colorがだんだん変って変かわって change; be transformedくる。

ただ単調に単調たんちょうに monotonously; in a dull manner澄んで澄すんで be clear; be transparentいたもののうちに、色色いろ colorが幾通りも幾通いくとおりも in any number of waysできてきた。透き通る透すき通とおる transparent藍の藍あいの indigo地地じ backgroundが消える消きえる disappear; fade from viewように次第に次第しだいに gradually薄くなる薄うすくなる be diluted; grow thin。その上上うえ top ofに白い白しろい white雲雲くも cloudsが鈍く鈍にぶく sluggishly; lazily重なりかかる重かさなりかかる accumulate; pile up。重なったものが溶けて溶とけて dissolve; melt流れ出す流ながれ出だす begin to disperse。どこで地が尽きて尽つきて run out; be at its end、どこで雲が始まる始はじまる start; beginかわからないほどにものういものうい languid上を、心持ち心持こころもち just a little; a touch of黄な黄きな yellow色がふうと一面一面いちめん the whole surfaceにかかっている。

「空空そら skyの色が濁りました濁にごりました become muddied」と美禰子美禰子みねこ Mineko (name)が言った言いった said; remarked。

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は流れ流ながれ flow; streamから目目め eyesを放して放はなして remove; divert (from)、上を見た見みた looked。こういう空の模様模様もよう pattern; conditionを見たのははじめてではない。けれども空が濁ったという言葉言葉ことば word; termを聞いた聞きいた heardのはこの時時とき time; occasionがはじめてである。気がついて気きがついて take notice of; give some thought to見ると、濁ったと形容する形容けいようする describeよりほかに形容のしかたのない色であった。三四郎が何か何なにか something答えようとする答こたえようとする try to answer; be about to answerまえに、女女おんな the young lady (Mineko)はまた言った。

「重い重おもい heavy; solidこと。大理石大理石マーブル marble (stone)のように見えます」

美禰子は二重瞼二重ふたえ瞼まぶた contoured eyelidsを細く細ほそく narrowして高い高たかい high所所ところ placesをながめていた。それから、その細くなったままの目を静かに静しずかに quietly三四郎の方方ほう directionに向けた向むけた turned toward。そうして、

「大理石のように見えるでしょう」と聞いた。三四郎は、

「ええ、大理石のように見えます」と答えるよりほかはなかった。女はそれで黙った黙だまった fell silent。しばらくしてから、今度今度こんど this timeは三四郎が言った。

「こういう空の下下した below; beneathにいると、心心こころ heart; soulが重くなるが気気き spiritは軽くなる軽かるくなる becomes light」

「どういうわけですか」と美禰子が問い返した問とい返かえした asked in response。

三四郎には、どういうわけもなかった。返事返事へんじ answer; replyはせずに、またこう言った。

「安心して安心あんしんして relax; be at ease夢夢ゆめ dreamを見ているような空模様だ」

「動く動うごく move; be in motionようで、なかなか動きませんね」と美禰子はまた遠くの遠とおくの distant雲をながめだした。

菊人形菊きく人形にんぎょう chrysanthemum dollsで客客きゃく visitors; sightseersを呼ぶ呼よぶ call out (to)声声こえ voicesが、おりおり二人二人ふたり two (people)のすわっている所所ところ placeまで聞こえる聞きこえる were audible。

「ずいぶん大きな大おおきな big; loud (voice)声ね」

「朝朝あさ morningから晩晩ばん evening; nightまでああいう声を出して出だして put forthいるんでしょうか。えらいもんだな」と言った言いった remarked; addedが、三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は急に急きゅうに suddenly置き去りにした置おき去ざりにした abandoned; left behind三人三人さんにん three (people)のことを思い出した思おもい出だした remembered; thought of。何か何なにか something言おうとしているうちに、美禰子美禰子みねこ Mineko (name)は答えた答こたえた replied。

「商売商売しょうばい trade; businessですもの、ちょうど大観音大観音おおがんのん Ōgannon (temple)の乞食乞食こじき beggarと同じ同おなじ same事事こと situation; circumstancesなんですよ」

「場所場所ばしょ place; locationが悪く悪わるく no goodはないですか」

三四郎は珍しく珍めずらしく uncharacteristically冗談冗談じょうだん jokeを言って、そうして一人で一人ひとりで by oneselfおもしろそうに笑った笑わらった laughed。乞食について下した下くだした handed down; bestowed広田広田ひろた (Professor) Hirotaの言葉言葉ことば wordsをよほどおかしく受けた受うけた received; was struck byからである。

「広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaは、よく、ああいう事をおっしゃるかたなんですよ」ときわめて軽く軽かるく lightly; gentlyひとりごとのように言ったあとで、急に調子調子ちょうし tone (of voice)をかえて、

「こういう所に、こうしてすわっていたら、大丈夫大丈夫だいじょうぶ fine; alright及第及第きゅうだい making the grade; passing musterよ」と比較的比較的ひかくてき relatively活発活発かっぱつ livelyにつけ加えたつけ加くわえた added。そうして、今度今度こんど this timeは自分自分じぶん oneselfのほうでおもしろそうに笑った。

「なるほど野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんの言ったとおり、いつまで待って待まって waitいてもだれも通りそう通とおりそう pass byもありませんね」

「ちょうどいいじゃありませんか」と早口に早口はやくちに (say) immediately; without hesitation言ったが、あとで「おもらいおもらい almsをしない乞食なんだから」と結んだ結むすんだ tied up; wrapped up。これは前句前句ぜんく previous statementの解釈解釈かいしゃく explanation; clarificationのためにつけたように聞こえた。

ところへ知らん知しらん unknown; unfamiliar人人ひと personが突然突然とつぜん suddenlyあらわれた。唐辛子唐辛子とうがらし chili peppersの干して干ほして set out to dryある家家うち houseの陰陰かげ shadows; back sideから出て出でて come out; appear (from)、いつのまにか川川かわ streamを向こう向むこう other sideへ渡った渡わたった crossedものとみえる。二人のすわっている方へだんだん近づいて来る近ちかづいて来くる approached; drew near。洋服洋服ようふく Western-style dress; a suitを着て着きて wear髯髯ひげ beardをはやして、年輩年輩ねんぱい age; yearsからいうと広田先生くらいな男男おとこ manである。この男が二人の前前まえ front ofへ来た来きた came (to); arrived (at)時時とき time; moment、顔顔かお faceをぐるりと向け直してぐるりと向むけ直なおして turn round toward (someone)、正面から正面しょうめんから from the front; from straight on三四郎と美禰子をにらめつけた。その目目め eyes; lookのうちには明らかに明あきらかに clearly憎悪憎悪ぞうお hatred; loathingの色色いろ appearance; lookがある。三四郎はじっとすわっていにくいほどな束縛束縛そくばく restriction; fettersを感じた感かんじた felt。男はやがて行き過ぎた行いき過すぎた continued on; passed by。その後影後影うしろかげ retreating formを見送りながら見送みおくりながら seeing off; watching (someone) move away、三四郎は、

「広田先生や野々宮さんはさぞあとでぼくらを捜した捜さがした looked forでしょう」とはじめて気がついた気きがついた noticedように言った。美禰子はむしろ冷やか冷ひややか indifferent; unconcernedである。

「なに大丈夫大丈夫だいじょうぶ no problem; nothing to worry aboutよ。大きな大おおきな big; overgrown迷子迷子まいご lost childrenですもの」

「迷子だから捜した捜さがした looked forでしょう」と三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はやはり前説前説ぜんせつ former opinionを主張した主張しゅちょうした emphasized; reiterated。すると美禰子美禰子みねこ Mineko (name)は、なお冷やかな冷ひややかな indifferent; unconcerned調子調子ちょうし tone; vein; mannerで、

「責任責任せきにん responsibilityをのがれたがる人人ひと personだから、ちょうどいいでしょう」

「だれが? 広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaがですか」

美禰子は答えなかった答こたえなかった didn't reply。

「野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんがですか」

美禰子はやっぱり答えなかった。

「もう気分気分きぶん feeling; moodはよくなりましたか。よくなったら、そろそろ帰りましょう帰かえりましょう return (home)か」

美禰子は三四郎を見た見みた looked at。三四郎は上げかけた上あげかけた in the process of raising腰腰こし hipsをまた草草くさ grassの上上うえ surface; top ofにおろした。その時時とき time; moment三四郎はこの女女おんな young ladyにはとてもかなわないかなわない be no match for; be powerless againstような気気き feelingがどこかでした。同時に同時どうじに at the same time自分の自分じぶんの one's own腹腹はら one's mind; one's inner workingsを見抜かれた見抜みぬかれた be seen through; be exposedという自覚自覚じかく (self-) awareness; insightに伴なう伴ともなう accompany一種の一種いっしゅの a kind of; a type of屈辱屈辱くつじょく indignity; humiliationをかすかに感じた感かんじた felt。

「迷子」

女は三四郎を見たままでこの一言一言ひとこと one word; single wordを繰り返した繰くり返かえした repeated。三四郎は答えなかった。

「迷子の英訳英訳えいやく English translationを知って知しって knowいらしって」

三四郎は知るとも、知らぬとも言いえぬ言いいえぬ couldn't sayほどに、この問問とい questionを予期していなかった予期よきしていなかった was not expecting; was caught off guard by。

「教えて教おしえて tell (someone something)あげましょうか」

「ええ」

「迷える子迷える子ストレイ・シープ stray sheep――わかって?」

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はこういう場合場合ばあい situation; circumstancesになると挨拶挨拶あいさつ (appropriate) responseに困る困こまる struggle (with)男男おとこ manである。咄嗟咄嗟とっさ instant; momentの機機き chance; opportunityが過ぎて過すぎて pass; be over、頭頭あたま head; mindが冷やかに冷ひややかに objectively; with composure働きだした働はたらきだした began to work時時とき time; occasion、過去過去かこ pastを顧みて顧かえりみて look back at; reflect on、ああ言えば言いえば said; respondedよかった、こうすればよかったと後悔する後悔こうかいする regret。といって、この後悔を予期して予期よきして anticipate、むりに応急の応急おうきゅうの stopgap; makeshift返事返事へんじ response; answerを、さもしぜんらしく得意に得意とくいに proudly; with confidence吐き散らす吐はき散ちらす spew forthほどに軽薄軽薄けいはく frivolous; superficialではなかった。だからただ黙って黙だまって remain silentいる。そうして黙っていることがいかにも半間半間はんま inadequate; lacking (= 中途半端ちゅうとはんぱ)であると自覚自覚じかく (self-) awareness; insightしている。

迷える子迷える子ストレイ・シープ stray sheepという言葉言葉ことば words; expressionはわかったようでもある。またわからないようでもある。わかるわからないはこの言葉の意味意味いみ meaningよりも、むしろこの言葉を使った使つかった used女女おんな young ladyの意味である。三四郎はいたずらにいたずらに for effect女の顔顔かお faceをながめて黙っていた。すると女は急に急きゅうに suddenlyまじめになった。

「私私わたし Iそんなに生意気生意気なまいき impertinent; affectedに見えます見みえます appear; seemか」

その調子調子ちょうし toneには弁解弁解べんかい exculpation; apologyの心持ち心持こころもち feeling; moodがある。三四郎は意外の意外いがいの unexpected感感かん feeling; senseに打たれた打うたれた be struck by。今今いま now; the presentまでは霧霧きり fog; mistの中中なか inside; midstにいた。霧が晴れれば晴はれれば clear up (weather)いいと思っていた思おもっていた had thought。この言葉で霧が晴れた。明瞭な明瞭めいりょうな clear; plain; evident女が出て来た出でて来きた appeared。晴れたのが恨めしい恨うらめしい regrettable; unfortunate気気き feelingがする。

三四郎は美禰子美禰子みねこ Mineko (name)の態度態度たいど manner; behaviorをもとのような、――二人二人ふたり two (people)の頭の上上うえ aboveに広がって広ひろがって spread outいる、澄む澄すむ be clearとも濁る濁にごる be muddiedとも片づかない片かたづかない defy description空空そら skyのような、――意味のあるものにしたかった。けれども、それは女のきげんを取るきげんを取とる curry favor with; humor (a person)ための挨拶ぐらいで戻せる戻もどせる put back; restore (to a previous state)ものではないと思った。女は卒然として卒然そつぜんとして abruptly、

「じゃ、もう帰りましょう帰かえりましょう return; go back」と言った。厭味のある厭味いやみのある disagreeable言い方言いい方かた manner of speakingではなかった。ただ三四郎にとって自分自分じぶん oneselfは興味のないものとあきらめるように静かな静しずかな quiet口調口調くちょう tone (of voice)であった。

空はまた変ってきた変かわってきた changed; transformed itself。風風かぜ windが遠くから遠とおくから from far away吹いて吹ふいて blowくる。広い畑畑はたけ (farm) fieldの上には日日ひ sunlightが限って限かぎって be limited、見ていると、寒い寒さむい cold; frigidほど寂しい寂さびしい lonely; barren。草草くさ grassからあがる地息地息じいき dampness from the groundでからだは冷えて冷ひえて be chilledいた。気がつけば、こんな所所ところ placeに、よく今までべっとりすわっていられたものだと思う。自分一人一人ひとり aloneなら、とうにどこかへ行って行いって go; leave (for)しまったに違いないに違ちがいない no doubt ...。美禰子も――美禰子はこんな所へすわる女かもしれない。

「少し少すこし a little; a bit寒くなった寒さむくなった become coldようですから、とにかく立ちましょう立たちましょう stand up; get up。冷える冷ひえる get chilledと毒毒どく poison; harmfulだ。しかし気分気分きぶん feeling; moodはもうすっかり直りました直なおりました gotten better; improvedか」

「ええ、すっかり直りました」と明らかに明あきらかに clearly答えた答こたえた answeredが、にわかににわかに quickly立ち上がった立たち上あがった stood up。立ち上がる時時とき time; moment、小さな小ちいさな small; quiet (voice)声声こえ voiceで、ひとりごとのように、

「迷える子迷える子ストレイ・シープ stray sheep」と長く長ながく lengthy引っ張って引ひっ張ぱって stretch; draw out言った言いった said; uttered。三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はむろん答えなかった。

美禰子美禰子みねこ Mineko (name)は、さっき洋服洋服ようふく Western-style dress; a suitを着た着きた wore男男おとこ manの出て来た出でて来きた appeared (from)方角方角ほうがく direction; wayをさして、道道みち road; pathがあるなら、あの唐辛子唐辛子とうがらし chili peppersのそばを通って通とおって pass by行きたい行いきたい want to goという。二人二人ふたり two (people)は、その見当見当けんとう directionへ歩いて行った歩あるいて行いった walked toward。藁葺藁葺わらぶき thatched roofのうしろにはたして細い細ほそい narrow三尺三尺さんじゃく 3 shaku (about a meter; about a yard)ほどの道があった。その道を半分半分はんぶん halfwayほど来た来きた traversed所所ところ placeで三四郎は聞いた聞きいた asked。

「よし子よし子こ Yoshiko (Nonomiya's younger sister)さんは、あなたの所へ来る来くる come (to stay)ことにきまったんですか」

女女おんな the young lady; sheは片頬片頬かたほお one cheekで笑った笑わらった smiled。そうして問い返した問とい返かえした asked in return。

「なぜお聞きになるの」

三四郎が何か何なにか something言おうとすると、足足あし feetの前前まえ front ofに泥濘泥濘ぬかるみ mud puddle; muddy patchがあった。四尺四尺よんしゃく 4 shaku (about 1.2 meters; about 4 feet)ばかりの所、土土つち earth; groundがへこんで水水みず waterがぴたぴたにたまっている。そのまん中まん中なか middle; centerに足掛かり足掛あしがかり stepのためにてごろな石石いし stoneを置いた置おいた placed者者もの personがある。三四郎は石の助け助たすけ help; assistanceをからずに、すぐに向こう向むこう far sideへ飛んだ飛とんだ jumped (over to)。そうして美禰子を振り返って振ふり返かえって turn back (toward)見た見みた looked at。美禰子は右右みぎ right (side)の足を泥濘のまん中にある石の上上うえ top ofへ乗せた乗のせた place onto。石のすわりがあまりよくない。足へ力を入れて力ちからを入いれて apply force; flex、肩をゆすって肩かたをゆすって shift one's shoulders; swing one's arms調子を取っている調子ちょうしを取とっている find one's balance。三四郎はこちら側こちら側がわ this sideから手手て handを出した出だした held out; extended。

「おつかまりなさい」

「いえ大丈夫大丈夫だいじょうぶ okay; alright」と女は笑っている。手を出しているあいだは、調子を取るだけで渡らない渡わたらない didn't cross。三四郎は手を引っ込めた引ひっ込こめた withdrew。すると美禰子は石の上にある右の足に、からだの重み重おもみ weightを託して託たくして entrust to、左左ひだり left (side)の足でひらりとひらりと nimbly; quicklyこちら側へ渡った。あまりに下駄下駄げた (wooden) clogsをよごすまいと念を入れすぎた念ねんを入いれすぎた took too much careため、力が余って力ちからが余あまって be too forceful、腰腰こし waist; hipsが浮いた浮ういた became unsteady。のめりそうにのめりそうに unsteadily胸胸 chest; upper bodyが前へ出る前まえへ出でる move forward。その勢勢いきおい force; momentumで美禰子の両手両手りょうて both handsが三四郎の両腕両腕りょううで both armsの上へ落ちた落おちた fell (onto)。

「迷える子迷える子ストレイ・シープ stray sheep」と美禰子が口の内口くちの内うち (say) quietly; to oneselfで言った。三四郎はその呼吸呼吸いき breathを感ずる感かんずる feelことができた。