門門 gateをはいると、このあいだの萩萩 Japanese bush cloverが、人の人の a person's丈丈 height; statureより高く高く high茂って茂って grow thickly; grow vigorously、株株 tree; shrubの根根 rootsに黒い黒い black; dark影影 shadowができている。この黒い影が地地 earth; groundの上上 top ofをはって、奥奥 interiorの方方 directionへゆくと、見えなくなる見えなくなる disappear。葉葉 leafと葉の重なる重なる be piled (on top of each other); overlap裏裏 behind; back sideまで上ってくる上ってくる rise upようにも思われる思われる it seemed that ...。それほど表表 front sideには濃い濃い thick; strong日日 sun; sunshineがあたっている。手洗水手洗水 hand washing water (usually 手水)のそばに南天南天 nanten plant (a type of evergreen shrub)がある。これも普通普通 usual; ordinaryよりは背が高い背が高い tall。三本三本 three (strands; branches)寄って寄って come togetherひょろひょろしている。葉は便所便所 toiletの窓窓 windowの上にある。
萩と南天の間間 interval; space betweenに椽側椽側 verandaが少し少し a little; a bit見える。椽側は南天を基点基点 origin; reference pointとしてはすにはすに at an angle向こう向こう beyond; awayへ走って走って run; spanいる。萩の影になった所所 place; areaは、いちばん遠い遠い distantはずれになる。それで萩はいちばん手前手前 foreground; this side (of)にある。よし子よし子 Yoshiko (Nonomiya's younger sister)はこの萩の影にいた。椽側に腰をかけて腰をかけて sit; be seated。
三四郎三四郎 Sanshirō (name)は萩とすれすれに立った立った stood; stopped。よし子は椽椽 verandaから腰を上げた腰を上げた stood up; got up (from)。足足 feetは平たい平たい flat; smooth石石 stoneの上にある。三四郎はいまさらいまさら even now; still nowその背の高いのに驚いた驚いた was surprised。
「おはいりなさい」
依然として依然として as usual; as always三四郎を待ち設けた待ち設けた waited for; was expectingような言葉づかい言葉づかい manner of speakingである。三四郎は病院病院 hospitalの当時当時 that timeを思い出した思い出した remembered。萩を通り越して通り越して pass by椽鼻椽鼻 edge of the verandaまで来た来た came (to)。
「お掛けなさいお掛けなさい sit down; have a seat」
三四郎は靴靴 shoesをはいている。命のごとく命のごとく as requested腰をかけた。よし子は座蒲団座蒲団 sitting cushionを取って来た取って来た went and got。
「お敷きなさいお敷きなさい use this (lit: set, or spread, this out)」
三四郎は蒲団蒲団 cushionを敷いた。門をはいってから、三四郎はまだ一言一言 a single wordも口口 mouthを開かない開かない not open。この単純な単純な simple; uncomplicated少女少女 girl; young ladyはただ自分自分 oneselfの思うとおり思うとおり as (one) thinks; as occurs to oneを三四郎に言う言う say; speakが、三四郎からは毫も毫も (not) in the least返事返事 responseを求めていない求めていない not demand; not wish forように思われる。三四郎は無邪気なる無邪気なる innocent; guileless女王女王 queenの前前 front ofに出た出た appeared心持ち心持ち feelingがした。命を聞く聞く listen toだけである。お世辞お世辞 flatteryを使う使う use; apply必要必要 necessityがない。一言でも先方先方 the other partyの意意 feelings; thoughtsを迎える迎える greet; welcomeような事事 fact; thingをいえば、急に急に suddenly卑しくなる卑しくなる become base; become vulgar、唖の唖の mute; speechless奴隷奴隷 slave; servantのごとく、さきのいうがままにふるまっていれば愉快愉快 happy; contentである。三四郎は子供子供 childのようなよし子から子供扱い扱い treatment; being treated as ...にされながら、少しもわが自尊心自尊心 self-respect; prideを傷つけた傷つけた be injured; be damagedとは感じえなかった感じえなかった couldn't feel that ...。
野々宮野々宮 Nonomiya (name)を尋ねて来た尋ねて来た came to see; called onわけでもない。尋ねないわけでもない。なんで来たか三四郎三四郎 Sanshirō (name)にもじつはわからないのである。
「野々宮さんはまだ学校学校 universityですか」
「ええ、いつでも夜夜 eveningおそくでなくっちゃ帰りません帰りません doesn't come home」
これは三四郎も知って知って know; be aware ofる事事 factである。三四郎は挨拶挨拶 opening (of a conversation)に窮した窮した was at a loss (for)。見る見る lookと椽側椽側 verandaに絵の具箱絵の具箱 paint set; painting supply boxがある。かきかけた水彩水彩 watercolor paintingがある。
「絵絵 paintingをお習いですかお習いですか are you learning to ...」
「ええ、好きだ好きだ like to ...; enjoy ...からかきます」
「先生先生 teacherはだれですか」
「先生に習うほどじょうずじゃないの」
「ちょっと拝見ちょっと拝見 can I see; mind if I look」
「これ? これまだできていないの」とかきかけを三四郎の方方 directionへ出す出す hold out; present。なるほど自分の自分の one's ownうちの庭庭 yard; gardenがかきかけてある。空空 skyと、前前 in front ofの家家 houseの柿柿 persimmonの木木 treeと、はいり口はいり口 entranceの萩萩 bush cloverだけができている。なかにも柿の木ははなはだ赤く赤く redできている。
「なかなかうまい」と三四郎が絵をながめながら言う言う said; remarked。
「これが?」とよし子は少し少し a little; a bit驚いた驚いた be surprised。本当に本当に really; truly驚いたのである。三四郎のようなわざとらしいわざとらしい affected; forced調子調子 tone; manner (of speaking)は少しもなかった。
三四郎はいまさら自分の言葉言葉 wordsを冗談冗談 joke; jestにすることもできず、またまじめにすることもできなくなった。どっちにしても、よし子から軽蔑軽蔑 scorn; contemptされそうである。三四郎は絵をながめながら、腹の中で腹の中で to oneself; secretly赤面した赤面した turned red; became embarrassed。
「野々宮野々宮 Nonomiya (name)さんはもとから里見里見 Satomi (Mineko's family name)さんと御懇意御懇意 friendship; familiarityなんですか」
「ええ。お友だちお友だち friendなの」
男男 maleと女女 femaleの友だちという意味意味 meaningかしらと思った思った wonderedが、なんだかおかしい。けれども三四郎三四郎 Sanshirō (name)はそれ以上それ以上 beyond that; any furtherを聞きえなかった聞きえなかった wasn't able to inquire。
「広田先生広田先生 Professor Hirotaは野々宮さんのもとの先生だそうですね」
「ええ」
話話 talk; conversationは「ええ」でつかえたつかえた was obstructed; was choked。
「あなたは里見さんの所所 place; residenceへいらっしゃるほうがいいんですか」
「私私 me? そうね。でも美禰子美禰子 Mineko (name)さんのお兄いさんお兄いさん older brother (usually お兄さん)にお気の毒ですにお気の毒です it's too bad for ...; (I) feel bad for ...から」
「美禰子さんのにいさんがあるんですか」
「ええ。うちの兄と同年同年 same yearの卒業卒業 graduationなんです」
「やっぱり理学士理学士 scientistですか」
「いいえ、科科 department; collegeは違います違います different。法学士法学士 lawyer; law school graduateです。そのまた上の上の older兄さんが広田先生のお友だちだったのですけれども、早く早く early; soonおなくなりになって、今今 now; at presentでは恭助恭助 Kyōsuke (name)さんだけなんです」
「おとっさんやおっかさんは」
よし子よし子 Yoshiko (name of Nonomiya's younger sister)は少し少し a little; a bit笑いながら笑いながら smile; laugh、
「ないわ」と言った言った said; replied。美禰子の父母父母 father and mother; parentsの存在存在 existenceを想像する想像する imagineのは滑稽滑稽 comical; absurdであるといわぬばかりである。よほど早く死んだ死んだ passed awayものとみえる。よし子の記憶記憶 memoryにはまるでないのだろう。
「そういう関係関係 connectionで美禰子さんは広田先生の家家 house; residenceへ出入をなさる出入をなさる be a visitor (to); call onんですね」
「ええ。死んだにいさんが広田先生とはたいへん仲良し仲良し close (friendship)だったそうです。それに美禰子さんは英語英語 Englishが好きだ好きだ be fond of ...; have a liking for ...から、時々時々 sometimes; occasionally英語を習い習い learn; studyにいらっしゃるんでしょう」
「こちらへも来ます来ます come (to); visitか」
よし子はいつのまにか、水彩画水彩画 watercolor paintingの続き続き continuationをかき始めたかき始めた began to draw; began to paint。三四郎がそばにいるのがまるで苦苦 tension; anxietyになっていない。それでいて、よく返事返事 answerをする。
しばらく無言のまま無言のまま without speaking、絵絵 paintingのなかをのぞいていると、よし子よし子 Yoshiko (Nonomiya's younger sister)はたんねんにたんねんに carefully; painstakingly藁葺屋根藁葺屋根 thatched roofの黒い黒い black; dark影影 shadowを洗って洗って wet; thin; wash (out)いたが、あまり水水 waterが多すぎた多すぎた too muchのと、筆筆 brushの使い方使い方 manner of using; techniqueがなかなか不慣れ不慣れ inexperienced; unpracticedなので、黒いものがかってに四方四方 all directionsへ浮き出して浮き出して appeared; emerged、せっかく赤く赤く redできた柿柿 persimmonsが、陰干の陰干の shade-dried渋柿渋柿 sour persimmon; tart persimmonのような色色 colorになった。よし子は画筆画筆 paint brushの手手 handを休めて休めて rest、両手両手 both handsを伸ばして伸ばして stretched; extended、首首 neck; headをあとへ引いて引いて pull (back); draw back、ワットマンワットマン J Whatman (English paper company)をなるべく遠くから遠くから from a distanceながめていたが、しまいに、小さな小さな small; low (voice)声声 voiceで、
「もう駄目駄目 no goodね」と言う言う said; stated。じっさいだめなのだから、しかたがない。三四郎三四郎 Sanshirō (name)は気の毒になった気の毒になった felt bad (for her)。
「もうおよしなさい。そうして、また新しく新しく newly; anewおかきなさい」
よし子は顔顔 faceを絵に向けた向けた turned (toward)まま、しりめにしりめに corner of one's eye三四郎を見た見た looked at。大きな大きな large潤い潤い moistureのある目目 eyeである。三四郎はますます気の毒になった。すると女女 the girl; sheが急に急に suddenly笑いだした笑いだした laughed。
「ばかね。二時間二時間 two hoursばかり損損 loss; wasteをして」と言いながら、せっかくかいた水彩水彩 watercolorの上上 top ofへ、横縦に横縦に horizontally and vertically; across and lengthwise二、三本二、三本 several (lines)太い太い thick棒棒 bar; stripeを引いて、絵の具箱具箱 tool setの蓋蓋 lidをぱたりとぱたりと firmly; abruptly (= ばったり)伏せた伏せた lowered; closed。
「もうよしましょう。座敷座敷 living roomへおはいりなさい。お茶お茶 teaをあげますから」と言いながら、自分自分 oneselfは上へ上がった上がった entered (up into a room)。三四郎は靴靴 shoesを脱ぐ脱ぐ take offのが面倒面倒 troublesome; too much effortなので、やはり椽側椽側 verandaに腰をかけて腰をかけて sit; be seated (on)いた。腹の中では腹の中では privately; to oneself、今今 now; at this pointになって、茶をやるという女を非常に非常に extremely; terriblyおもしろいと思って思って consider; regard asいた。三四郎に度はずれの度はずれの extraordinary; eccentric女をおもしろがるつもりは少しも少しも (not) in the leastないのだが、突然突然 suddenlyお茶をあげますといわれた時時 time; momentには、一種の一種の a type of; a certain kind of愉快愉快 pleasure; exhilarationを感ぜぬわけにゆかなかった感ぜぬわけにゆかなかった couldn't help but feelのである。その感じは、どうしても異性異性 the opposite sexに近づいて近づいて approach; draw near to得られる得られる can get; can obtain感じではなかった。
茶の間茶の間 tea room; hearth roomで話し声話し声 voices; the sound of voicesがする。下女下女 maidservantはいたに違いないに違いない there was no doubt that ...。やがて襖襖 fusuma (sliding door panel)を開いて開いて open、茶器茶器 tea setを持って持って bring; carry、よし子があらわれた。その顔を正面正面 straight on; the frontから見た時に、三四郎はまた、女性中女性中 among womenのもっとも女性的な女性的な feminine顔であると思った。
よし子よし子 Yoshiko (Nonomiya's younger sister)は茶茶 teaをくんで椽側椽側 verandaへ出して出して brought out to、自分自分 oneself (refers to Yoshiko throughout this section)は座敷座敷 living roomの畳畳 tatami (mat)の上上 top ofへすわった。三四郎三四郎 Sanshirō (name)はもう帰ろう帰ろう return homeと思って思って thought (to do something)いたが、この女女 young ladyのそばにいると、帰らないでもかまわないような気気 feelingがする。病院病院 hospitalではかつてこの女の顔顔 faceをながめすぎて、少し少し a little; a bit赤面させた赤面させた caused to blushために、さっそく引き取った引き取った withdrew; took one's leaveが、きょうはなんともない。茶を出したのをさいわいに椽側と座敷でまた談話談話 conversationを始めた始めた began。いろいろ話して話して talk; converseいるうちに、よし子は三四郎に妙な妙な odd; curious事事 thing; matterを聞きだした聞きだした asked。それは、自分の兄兄 older brotherの野々宮野々宮 Nonomiya (name)が好きかいやか好きかいやか like or dislikeという質問質問 questionであった。ちょっと聞くとまるでがんぜないがんぜない naïve; simpleminded子供子供 childの言いそうな言いそうな be apt to say事であるが、よし子の意味意味 meaningはもう少し深い深い deep; substantiveところにあった。研究心研究心 researcher mentalityの強い強い strong; passionate学問好きの学問好きの intellectual人人 personは、万事万事 all things; everythingを研究する気で見る見る look at; seeから、情愛情愛 affection; feelingsが薄くなる薄くなる grow weak; lose importanceわけである。人情人情 human feelings; humanityで物物 thingsをみると、すべてが好ききらい好ききらい love or hateの二つ二つ two things; one or the otherになる。研究する気なぞが起こる起こる arise; come aboutものではない。自分の兄は理学者理学者 scientistだものだから、自分を研究していけない。自分を研究すればするほど、自分を可愛がる可愛がる feel affection toward度度 degree; extentは減る減る be reduced; diminishのだから、妹妹 younger sisterに対してに対して with respect to不親切不親切 unkindness; callousnessになる。けれども、あのくらい研究好きの兄が、このくらい自分を可愛がってくれるのだから、それを思うと、兄は日本じゅう日本じゅう throughout Japanでいちばんいい人に違いないに違いない there's no doubt that ...という結論結論 conclusionであった。
三四郎はこの説説 explanation; reasoningを聞いて、大いに大いに greatlyもっともなような、またどこか抜けている抜けている be flawed; be in errorような気がしたが、さてどこが抜けているんだか、頭頭 head; mindがぼんやりして、ちょっとわからなかった。それでおもてむきこの説に対してはべつだんの批評を加えなかった批評を加えなかった didn't critique。ただ腹の中で腹の中で privately; to oneself、これしきの女の言う事を、明瞭に明瞭に clearly; plainly批評しえないのは、男児男児 boyとしてふがいないふがいない pluckless; timidことだと、いたく赤面した。同時に同時に at the same time、東京の女学生女学生 schoolgirls; female studentsはけっしてばかにできないものだということを悟った悟った learned; became aware of。
三四郎はよし子に対する敬愛敬愛 respect and affectionの念念 sense; feelingをいだいて下宿下宿 lodgingsへ帰った。はがきが来て来て come; arriveいる。「明日明日 tomorrow午後午後 afternoon一時一時 one (o'clock)ごろから菊人形菊人形 chrysanthemum dollsを見にまいりますから、広田先生広田先生 Professor Hirotaの家家 house; residenceまでいらっしゃい。美禰子美禰子 Mineko (name)」
その字字 words; writingが、野々宮さんのポッケットから半分半分 halfwayはみ出してはみ出して stick out (from)いた封筒封筒 envelopeの上書上書 address (on a letter)に似て似て resembleいるので、三四郎は何べんも何べんも any number of times読み直して読み直して re-readみた。
翌日翌日 the next dayは日曜日曜 Sundayである。三四郎三四郎 Sanshirō (name)は昼飯昼飯 lunchを済まして済まして finishすぐ西片町西片町 Nishikatamachi (place name)へ来た来た came (to); arrived (at)。新調の新調の brand new制服制服 uniform; outfitを着て着て wear、光った光った shiny靴靴 shoesをはいている。静かな静かな quiet横町横町 side street; laneを広田先生の広田先生の Professor Hirota's (house)前前 front ofまで来る来る come (to); arrive (at)と、人声人声 sound of voicesがする。
先生の家家 houseは門門 gateをはいると、左手左手 lefthand (side)がすぐ庭庭 yard; gardenで、木戸木戸 (wooden) gateをあければ玄関玄関 entrywayへかからずに、座敷座敷 living roomの椽椽 verandaへ出られる出られる can approach。三四郎は要目垣要目垣 hawthorn hedgeのあいだに見える見える be visible桟桟 (door) boltをはずそうとして、ふと、庭の中中 insideの話し声話し声 voices; conversationを耳にした耳にした heard; picked up。話話 conversationは野々宮野々宮 Nonomiya (name)と美禰子美禰子 Mineko (name)のあいだに起こりつつある起こりつつある was occurring; was taking place。
三四郎はここで木戸をあけた。庭のまん中に立って立って standいた会話会話 conversationの主主 owners; originatorsは二人とも二人とも both (people)こっちを見た。野々宮はただ「やあ」と平凡に平凡に in the usual manner言って言って said、頭をうなずかせた頭をうなずかせた noddedだけである。頭に新しい新しい new茶の茶の brown中折帽中折帽 felt hat; fedoraをかぶっている。美禰子は、すぐ、
「はがきはいつごろ着きました着きました arrivedか」と聞いた聞いた asked。二人の今まで今まで until nowやっていた会話はこれで中絶した中絶した broke off; discontinued。
椽側椽側 verandaには主人主人 master (of the house)が洋服洋服 Western dressを着て腰をかけて腰をかけて sit down、相変らず相変らず as always; as usual哲学を吹いて哲学を吹いて smoking with a philosophical airいる。これは西洋の西洋の Western; foreign雑誌雑誌 magazine; periodicalを手にして手にして hold (in one's hands)いた。そばによし子よし子 Yoshiko (Nonomiya's younger sister)がいる。両手両手 both handsをうしろに突いて突いて brace; plant (one's hands)、からだを空に持たせながら空に持たせながら holding up (away from the structure)、伸ばした伸ばした extended足足 feetにはいた厚い厚い thick草履草履 straw sandalsをながめていた。――三四郎はみんなから待ち受けられて待ち受けられて be awaitedいたとみえる。
主人主人 master (of the house)は雑誌雑誌 magazine; periodicalをなげ出したなげ出した tossed aside。
「では行く行く go; departかな。とうとう引っぱり出された引っぱり出された be dragged out; be lured out」
「御苦労さま御苦労さま your efforts are greatly appreciated」と野々宮野々宮 Nonomiya (name)さんが言った言った said; answered。女女 young ladiesは二人二人 two (people)で顔を見合わせて顔を見合わせて look at each other; glance at each other、ひとに知れないようなひとに知れないような discreet; subtle笑笑 smileをもらした。庭庭 yard; gardenを出る出る leave; depart時時 time; moment、女が二人つづいたつづいた went out in succession。
「背が高い背が高い tallのね」と美禰子美禰子 Mineko (name)があとから言った。
「のっぽのっぽ lanky; beanpole」とよし子よし子 Yoshiko (Nonomiya's younger sister)が一言一言 (with) one word答えた答えた answered。門門 gateの側側 side of; next toで並んだ並んだ came side by side時、「だから、なりたけなりたけ as much as possible草履草履 straw sandalsをはくの」と弁解をした弁解をした explained; justified。三四郎三四郎 Sanshirō (name)もつづいて庭を出ようとすると、二階二階 2nd floor; upstairsの障子障子 shōjiががらりとがらりと suddenly開いた開いた opened。与次郎与次郎 Yojirō (name)が手欄手欄 railing; balustrade (usually 手摺)の所所 place; locationまで出てきた。
「なに理学理学 scienceをやらなくっても同じ同じ same事です。高く高く high飛ぼう飛ぼう flyというには、飛べるだけの装置装置 apparatus; deviceを考えた考えた invent; deviseうえでなければできないにきまっている。頭頭 head; mindのほうがさきに要る要る be requiredに違いないに違いない there can be no doubt that ...じゃありませんか」
「そんなに高く飛びたくない人人 person; peopleは、それで我慢するそれで我慢する be satisfied at thatかもしれません」
「いえ場所場所 place; locationが悪い悪い no goodからだ」と今度今度 this timeは広田先生が言った。「あまり人通り人通り human congestion; foot trafficが多すぎる多すぎる be too much ofからいけない。山山 mountainの上上 topの寂しい寂しい lonely; deserted所で、ああいう男男 manに会ったら会ったら met; encountered、だれでもやる気になるんだよ」
「その代りその代り on the other hand一日一日 all day待って待って waitいても、だれも通らないだれも通らない no one passes byかもしれない」と野々宮はくすくす笑い出した笑い出した laughed。
三四郎は四人四人 four (people)の乞食に対するに対する regarding; in relation to ...批評批評 commentaryを聞いて、自分自分 oneselfが今日今日 today; the presentまで養成した養成した fostered; nurtured徳義上徳義上 relating to moralityの観念観念 idea; notionを幾分か幾分か in some part; to some degree傷つけられる傷つけられる be offended; be violatedような気がした。けれども自分が乞食の前を通る時、一銭一銭 1 sen (1/100 of a yen)も投げて投げて throw; toss (to)やる了見了見 intentionが起こらなかった起こらなかった did not ariseのみならず、実をいえば実をいえば to tell the truth; in all honesty、むしろ不愉快な不愉快な unpleasant; uncomfortable感じ感じ feelingが募った募った became stronger; intensified事実事実 truth; actualityを反省して反省して reflect on; contemplateみると、自分よりもこれら四人のほうがかえって己己 one's selfに誠誠 honesty; sincerityであると思いついた思いついた realized。また彼ら彼ら theyは己に誠でありうるほどな広い広い vast; expansive天地天地 realm; sphereの下に呼吸する呼吸する breathe; live and breathe都会人種都会人種 city dwellers; urbanitesであるということを悟った悟った became aware (of)。
行くに従って行くに従って as (they) went on人人 peopleが多くなる多くなる increased in number。しばらくすると一人一人 one (person)の迷子迷子 lost childに出会った出会った met; encountered。七つ七つ seven (years old)ばかりの女の子女の子 girlである。泣きながら泣きながら crying、人の袖袖 sleevesの下下 beneathを右右 right (side)へ行ったり、左左 left (side)へ行ったりうろうろしている。おばあさん、おばあさんとむやみに言う言う call; cry。これには往来往来 coming and goingの人もみんな心心 heart; soulを動かして動かして move; touch (emotions)いるようにみえる。立ちどまる立ちどまる come to a stop者者 personsもある。かあいそうだという者もある。しかしだれも手をつけないだれも手をつけない no one took any action。子供子供 childはすべての人の注意注意 attentionと同情同情 sympathyをひきつつ、しきりに泣きさけんでおばあさんを捜して捜して search forいる。不可思議の不可思議の curious; peculiar現象現象 situation; happeningである。
「これも場所場所 place; locationが悪い悪い no goodせいじゃないか」と野々宮野々宮 Nonomiya (name)君君 (suffix of familiarity for males)が子供の影影 shape; formを見送りながら見送りながら looking back at言った言った remarked。
「いまに巡査巡査 police officerが始末をつける始末をつける take care of (a matter)にきまっているから、みんな責任責任 responsibilityをのがれるんだね」と広田先生広田先生 Professor Hirotaが説明した説明した explained。
「わたしのそばまで来れば来れば come (to); approach交番交番 police boxまで送ってやる送ってやる see (someone) toわ」とよし子よし子 Yoshiko (Nonomiya's younger sister)が言う。
「じゃ、追っかけて行って追っかけて行って go after、連れて行く連れて行く take (someone somewhere)がいい」と兄兄 older brotherが注意した注意した advised; suggested。
「追っかけるのはいや」
「なぜ」
「なぜって――こんなにおおぜいの人がいるんですもの。私私 I; meにかぎったことはないわ」
「やっぱり責任をのがれるんだ」と広田が言う。
「やっぱり場所が悪いんだ」と野々宮が言う。男男 menは二人二人 two (people)で笑った笑った laughed。団子坂団子坂 Dangozaka (place name)の上上 top; high pointまで来ると、交番の前前 front ofへ人が黒山黒山 mountain of black (sea of black heads)のようにたかっている。迷子はとうとう巡査の手に渡った渡った was entrusted toのである。
「もう安心安心 relief; peace of mind大丈夫大丈夫 alright; okayです」と美禰子美禰子 Mineko (name)が、よし子を顧みて顧みて turn back toward言った。よし子は「まあよかった」という。
坂坂 (Dangozaka) roadの上上 top ofから見る見る lookと、坂は曲がって曲がって be bentいる。刀刀 katana (sword)の切っ先切っ先 tip (of a sword)のようである。幅幅 widthはむろん狭い狭い narrow; confined。右側右側 right sideの二階建二階建 two-story buildingsが左側左側 left sideの高い高い tall小屋小屋 exhibition shedsの前前 frontを半分半分 halfway; in partさえぎっている。そのうしろにはまた高い幟幟 banners (mounted on tall vertical poles)が何本となく何本となく in large numbers立てて立てて erect; put upある。人人 peopleは急に急に suddenly; abruptly谷底谷底 bottom of the valleyへ落ち込む落ち込む fall down intoように思われる思われる seem (to do something)。その落ち込むものが、はい上がるはい上がる crawl up; scramble upものと入り乱れて入り乱れて mix; be jumbled together、道道 roadいっぱいにふさがっているから、谷谷 valleyの底底 bottomにあたる所所 place; areaは幅をつくして異様に異様に oddly; eerily動く動く move。見ていると目目 eyesが疲れる疲れる become tiredほど不規則に不規則に unsteadily; in a disorderly mannerうごめいている。広田先生広田先生 Professor Hirotaはこの坂の上に立って、
「これはたいへんだ」と、さも帰りたそう帰りたそう wanting to leave; wanting to go homeである。四人四人 four (people)はあとから先生を押す押す push; jostleようにして、谷へはいった。その谷が途中途中 part way; along the wayからだらだらと向こう向こう the other sideへ回り込む回り込む bend (around toward)所に、右にも左にも、大きな大きな large葭簀掛け葭簀掛け fronted with reed screensの小屋を、狭い両側両側 both sidesから高く構えた構えた put up; put in placeので、空空 skyさえ存外存外 surprisingly; unexpectedly窮屈窮屈 confined; crampedにみえる。往来往来 roadは暗くなる暗くなる be shaded; be darkenedまで込み合って込み合って crowd togetherいる。そのなかで木戸番木戸番 gate keepers; ticket takersができるだけ大きな声声 voiceを出す出す put forth。「人間人間 human beingから出る出る come (from)声じゃない。菊人形菊人形 chrysanthemum dollから出る声だ」と広田先生が評した評した commented。それほど彼らの彼らの their声は尋常尋常 normal; usualを離れて離れて be distant from; lose connection withいる。
一行一行 the group; the partyは左の小屋へはいった。曾我曾我 Soga (name of two brothers who avenged their father's murder in 1193)の討入討入 raid; attackがある。五郎五郎 Gorō (name of one of the Soga brothers)も十郎十郎 Jūrō (name of the other Soga brother)も頼朝頼朝 Yoritomo (General Minamoto no Yoritomo)もみな平等に平等に in the same manner; without bias菊菊 chrysanthemumの着物着物 kimono; clothesを着て着て wearいる。ただし顔顔 faceや手足手足 hands and feetはことごとく木彫り木彫り carved wood; woodcraftである。その次次 nextは雪雪 snowが降って降って fall (snow or rain)いる。若い若い young女女 womanが癪を起こして癪を起こして writhing; convulsingいる。これも人形人形 dollの心心 center; coreに、菊をいちめんにはわせて、花花 flowersと葉葉 leavesが平に平に evenly; smoothly隙間なく隙間なく without a gap衣装衣装 clothing; dressの恰好恰好 form; shapeとなるように作った作った created; constructedものである。
よし子よし子 Yoshiko (Nonomiya's younger sister)は余念なく余念なく earnestly; intentlyながめている。広田先生と野々宮野々宮 Nonomiya (name)はしきりに話話 talk; discussionを始めた始めた started。菊の培養培養 cultivation法法 methodが違う違う be different; be uniqueとかなんとかいうところで、三四郎三四郎 Sanshirō (name)は、ほかの見物見物 sightseersに隔てられて隔てられて be cut off (by)、一間一間 1 ken (about 2 yards; about 2 meters)ばかり離れた。美禰子美禰子 Mineko (name)はもう三四郎より先先 aheadにいる。見物は、がいしてがいして generally; for the most part町家町家 tradesman's house; merchant's houseの者者 peopleである。教育教育 educationのありそうな者はきわめて少ない少ない few; scarce。美禰子はその間間 midstに立って振り返った振り返った looked back。首を延ばして首を延ばして crane one's neck、野々宮のいる方方 directionを見た。野々宮は右の手を竹竹 bambooの手欄手欄 handrailから出して、菊の根根 rootsをさしながら、何か何か something熱心に熱心に passionately; energetically説明して説明して explainいる。美禰子はまた向こうをむいた。見物に押されて押されて be pushed、さっさと出口出口 exitの方へ行く行く go; proceed。三四郎は群集群集 crowd; throng; massesを押し分けながら押し分けながら pushing one's way through、三人三人 three (people); the other threeを棄てて棄てて abandon; leave behind、美禰子のあとを追って行った追って行った followed; pursued。
「里見里見 Satomi (Mineko's family name)さん」と呼んだ呼んだ called; addressed時時 time; momentに、美禰子は青竹青竹 green bambooの手欄手欄 handrailに手手 handsを突いて突いて brace; prop (against)、心持ち心持ち slightly; just a little首をもどして首をもどして turned one's head、三四郎三四郎 Sanshirō (name)を見た見た looked at。なんとも言わないなんとも言わない didn't speak; said nothing。手欄のなかは養老の滝養老の滝 Yōrō Falls (waterfall in Gifu; tied to legend of young man who scooped its water to save his ailing father)である。丸い丸い round顔顔 faceの、腰腰 waistに斧斧 axe; hatchetをさした男男 manが、瓢箪瓢箪 bottle gourdを持って持って have; hold、滝壺滝壺 plunge basin; basin under a waterfallのそばにかがんでかがんで stoop (over)いる。三四郎が美禰子の顔を見た時には、青竹のなかに何何 whatがあるかほとんど気がつかなかった気がつかなかった took no notice of。
眸と瞼の距離距離 distanceが次第に次第に gradually近づくようにみえた。近づくに従ってに従って in accordance with; in proportion to三四郎の心心 heart; soulには女のため女のため for her sakeに出なければすまない気がきざしてきた。それが頂点頂点 peak; heightに達した達した reached; achievedころ、女は首を投げる首を投げる toss one's headように向こう向こう away; in the other directionをむいた。手を青竹の手欄から離して離して removed; separated (from)、出口出口 exitの方方 directionへ歩いて行く歩いて行く walk (toward)。三四郎はすぐあとからついて出た。
二人二人 two (people)が表表 out frontで並んだ並んだ stood together時、美禰子はうつむいてうつむいて look down右の手右の手 right handを額に当てた当てた applied; pressed against。周囲周囲 surroundings; all aroundは人人 peopleが渦渦 whirlpoolを巻いて巻いて wind; coilいる。三四郎は女の耳耳 earへ口口 mouthを寄せた寄せた brought close to。
「どうかしましたか」
女は人込み人込み crowd (of people)の中中 middleを谷中谷中 Yanaka (place name)の方へ歩きだした。三四郎もむろんいっしょに歩きだした。半町半町 half of a chō (about 55 meter; about 60 yards)ばかり来た来た came; progressed時、女は人の中で留まった留まった stopped。
「ここはどこでしょう」
「こっちへ行くと谷中の天王寺天王寺 Tennōji (temple)の方へ出てしまいます。帰り道帰り道 way home; way backとはまるで反対反対 oppositeです」
「そう。私私 I心持ち心持ち feelingが悪くって悪くって not well……」
三四郎は往来往来 roadのまん中で助けなき助けなき at a loss (as to what to do)苦痛を感じた感じた felt。立って立って standing (still)考えて考えて thinking; consideringいた。
谷中谷中 Yanaka (place name)と千駄木千駄木 Sendagi (place name)が谷谷 valleyで出会う出会う meet; come togetherと、いちばん低い低い low所所 place; regionに小川小川 small river; streamが流れて流れて flowいる。この小川を沿うて沿うて follow (alongside)、町町 townを左左 left (side)へ切れる切れる curve; veerとすぐ野野 open fieldsに出る出る come out; emerge (into)。川川 streamはまっすぐに北北 northへ通って通って make its way (to); flow (to)いる。三四郎三四郎 Sanshirō (name)は東京東京 Tōkyōへ来て来て come (to)から何べんも何べんも many timesこの小川の向こう側向こう側 other side; opposite sideを歩いて歩いて walk (along)、何べんこっち側を歩いたかよく覚えて覚えて remember; be familiar withいる。美禰子美禰子 Mineko (name)の立って立って be standingいる所は、この小川が、ちょうど谷中の町を横切って横切って traverse根津根津 Nezu (place name)へ抜ける抜ける cut through (to)石橋石橋 stone bridgeのそばである。
「もう一町一町 1 chō (about 110 meters; about 120 yards)ばかり歩けますか」と美禰子に聞いて聞いて askみた。
「歩きます」
二人はすぐ石橋を渡って渡って cross (over)、左へ折れた折れた turned (toward)。人の家人の家 someone's houseの路地路地 alleyway; laneのような所を十間十間 10 ken (about 18 meters; about 20 yards)ほど行き尽して行き尽して go as far as one can; go to the end (of something)、門門 gateの手前手前 just before; short ofから板橋板橋 wooden-plank bridgeをこちら側へ渡り返して渡り返して crossed back (to)、しばらく川の縁縁 edgeを上る上る move upstreamと、もう人は通らない人は通らない there were no people about。広い広い wide open; spacious野である。
三四郎はこの静かな静かな quiet秋秋 autumnのなかへ出たら出たら emerged (into)、急に急に suddenlyしゃべり出したしゃべり出した became talkative。
一丁一丁 1 chō (about 110 meters; about 120 yards)ばかり来た来た came; progressed。また橋橋 bridgeがある。一尺一尺 1 shaku (about 30cm; about a foot)に足らないに足らない not even ...; less than ...古板古板 old board; old plankを造作なく造作なく roughly; simply渡した渡した laid across上上 over; on top ofを、三四郎三四郎 Sanshirō (name)は大またに大またに with a long stride歩いた歩いた walked; stepped。女女 the young lady (Mineko)もつづいて通った通った passed (over)。待ち合わせた待ち合わせた waited for (someone)三四郎の目目 eyes; viewには、女の足足 feetが常の常の ordinary; usual大地大地 solid groundを踏む踏む step on; tread onと同じように同じように in the same manner軽く軽く lightみえた。この女はすなおな足をまっすぐに前前 forwardへ運ぶ運ぶ carry; move。わざと女らしく甘えた甘えた dependent on the help of another歩き方歩き方 manner of walkingをしない。したがってむやみにこっちから手を貸す手を貸す lend a hand; assistわけにはいかない。
向こう向こう beyond; (in) the distanceに藁屋根藁屋根 thatched roofがある。屋根の下下 belowが一面に一面に over the whole surface赤い赤い red。近寄って近寄って approach; draw near to見る見る look; seeと、唐辛子唐辛子 chili peppersを干した干した driedのであった。女はこの赤いものが、唐辛子であると見分け見分け distinction; recognitionのつくところまで来て留まった留まった stopped。
「美しい美しい beautifulこと」と言いながら言いながら say; remark、草草 grassの上に腰をおろした腰をおろした sat down; lowered oneself (to sit)。草は小川小川 small river; streamの縁縁 edgeにわずかな幅幅 widthをはえているのみである。それすら夏夏 summerの半ば半ば middleのように青く青く greenはない。美禰子美禰子 Mineko (name)は派手な派手な bright; colorful着物着物 kimonoのよごれるのをまるで苦にしていない苦にしていない had no concern for。
「もう少し少し a little; a bit歩けませんか歩けませんか can you walk?」と三四郎は立ちながら立ちながら standing、促す促す press; promptように言ってみた。
「ありがとう。これでたくさん」
「やっぱり心持ち心持ち feelingが悪い悪い not wellですか」
「あんまり疲れた疲れた be worn outから」
三四郎もとうとうきたない草の上にすわった。美禰子と三四郎の間間 interval; space betweenは四尺四尺 4 shaku (about 1.2 meters; about 4 feet)ばかり離れて離れて be separated (by)いる。二人二人 two (people)の足の下には小さな小さな small川川 streamが流れて流れて flowいる。秋秋 autumnになって水水 water (level)が落ちた落ちた dropped; fallenから浅い浅い shallow。角角 cornerの出た出た stick out; protrude石石 rockの上に鶺鴒鶺鴒 wagtail (bird)が一羽一羽 one (bird)とまったくらいである。三四郎は水の中をながめていた。水が次第に次第に gradually濁って濁って grow muddy; become cloudyくる。見ると川上川上 upstreamで百姓百姓 farmerが大根大根 daikon (white radish)を洗って洗って wash; rinseいた。美禰子の視線視線 line of sight; gazeは遠くの遠くの distant向こうにある。向こうは広い広い wide畑畑 (farm) fieldで、畑の先先 tip; endが森森 woodsで森の上が空空 skyになる。空の色色 colorがだんだん変って変って change; be transformedくる。
ただ単調に単調に monotonously; in a dull manner澄んで澄んで be clear; be transparentいたもののうちに、色色 colorが幾通りも幾通りも in any number of waysできてきた。透き通る透き通る transparent藍の藍の indigo地地 backgroundが消える消える disappear; fade from viewように次第に次第に gradually薄くなる薄くなる be diluted; grow thin。その上上 top ofに白い白い white雲雲 cloudsが鈍く鈍く sluggishly; lazily重なりかかる重なりかかる accumulate; pile up。重なったものが溶けて溶けて dissolve; melt流れ出す流れ出す begin to disperse。どこで地が尽きて尽きて run out; be at its end、どこで雲が始まる始まる start; beginかわからないほどにものういものうい languid上を、心持ち心持ち just a little; a touch of黄な黄な yellow色がふうと一面一面 the whole surfaceにかかっている。
「空空 skyの色が濁りました濁りました become muddied」と美禰子美禰子 Mineko (name)が言った言った said; remarked。
三四郎三四郎 Sanshirō (name)は流れ流れ flow; streamから目目 eyesを放して放して remove; divert (from)、上を見た見た looked。こういう空の模様模様 pattern; conditionを見たのははじめてではない。けれども空が濁ったという言葉言葉 word; termを聞いた聞いた heardのはこの時時 time; occasionがはじめてである。気がついて気がついて take notice of; give some thought to見ると、濁ったと形容する形容する describeよりほかに形容のしかたのない色であった。三四郎が何か何か something答えようとする答えようとする try to answer; be about to answerまえに、女女 the young lady (Mineko)はまた言った。
三四郎は珍しく珍しく uncharacteristically冗談冗談 jokeを言って、そうして一人で一人で by oneselfおもしろそうに笑った笑った laughed。乞食について下した下した handed down; bestowed広田広田 (Professor) Hirotaの言葉言葉 wordsをよほどおかしく受けた受けた received; was struck byからである。
「広田先生広田先生 Professor Hirotaは、よく、ああいう事をおっしゃるかたなんですよ」ときわめて軽く軽く lightly; gentlyひとりごとのように言ったあとで、急に調子調子 tone (of voice)をかえて、
「こういう所に、こうしてすわっていたら、大丈夫大丈夫 fine; alright及第及第 making the grade; passing musterよ」と比較的比較的 relatively活発活発 livelyにつけ加えたつけ加えた added。そうして、今度今度 this timeは自分自分 oneselfのほうでおもしろそうに笑った。
美禰子は三四郎を見た見た looked at。三四郎は上げかけた上げかけた in the process of raising腰腰 hipsをまた草草 grassの上上 surface; top ofにおろした。その時時 time; moment三四郎はこの女女 young ladyにはとてもかなわないかなわない be no match for; be powerless againstような気気 feelingがどこかでした。同時に同時に at the same time自分の自分の one's own腹腹 one's mind; one's inner workingsを見抜かれた見抜かれた be seen through; be exposedという自覚自覚 (self-) awareness; insightに伴なう伴なう accompany一種の一種の a kind of; a type of屈辱屈辱 indignity; humiliationをかすかに感じた感じた felt。
「迷子」
女は三四郎を見たままでこの一言一言 one word; single wordを繰り返した繰り返した repeated。三四郎は答えなかった。
「迷子の英訳英訳 English translationを知って知って knowいらしって」
三四郎は知るとも、知らぬとも言いえぬ言いえぬ couldn't sayほどに、この問問 questionを予期していなかった予期していなかった was not expecting; was caught off guard by。
その調子調子 toneには弁解弁解 exculpation; apologyの心持ち心持ち feeling; moodがある。三四郎は意外の意外の unexpected感感 feeling; senseに打たれた打たれた be struck by。今今 now; the presentまでは霧霧 fog; mistの中中 inside; midstにいた。霧が晴れれば晴れれば clear up (weather)いいと思っていた思っていた had thought。この言葉で霧が晴れた。明瞭な明瞭な clear; plain; evident女が出て来た出て来た appeared。晴れたのが恨めしい恨めしい regrettable; unfortunate気気 feelingがする。
三四郎は美禰子美禰子 Mineko (name)の態度態度 manner; behaviorをもとのような、――二人二人 two (people)の頭の上上 aboveに広がって広がって spread outいる、澄む澄む be clearとも濁る濁る be muddiedとも片づかない片づかない defy description空空 skyのような、――意味のあるものにしたかった。けれども、それは女のきげんを取るきげんを取る curry favor with; humor (a person)ための挨拶ぐらいで戻せる戻せる put back; restore (to a previous state)ものではないと思った。女は卒然として卒然として abruptly、
「じゃ、もう帰りましょう帰りましょう return; go back」と言った。厭味のある厭味のある disagreeable言い方言い方 manner of speakingではなかった。ただ三四郎にとって自分自分 oneselfは興味のないものとあきらめるように静かな静かな quiet口調口調 tone (of voice)であった。
空はまた変ってきた変ってきた changed; transformed itself。風風 windが遠くから遠くから from far away吹いて吹いて blowくる。広い畑畑 (farm) fieldの上には日日 sunlightが限って限って be limited、見ていると、寒い寒い cold; frigidほど寂しい寂しい lonely; barren。草草 grassからあがる地息地息 dampness from the groundでからだは冷えて冷えて be chilledいた。気がつけば、こんな所所 placeに、よく今までべっとりすわっていられたものだと思う。自分一人一人 aloneなら、とうにどこかへ行って行って go; leave (for)しまったに違いないに違いない no doubt ...。美禰子も――美禰子はこんな所へすわる女かもしれない。
「少し少し a little; a bit寒くなった寒くなった become coldようですから、とにかく立ちましょう立ちましょう stand up; get up。冷える冷える get chilledと毒毒 poison; harmfulだ。しかし気分気分 feeling; moodはもうすっかり直りました直りました gotten better; improvedか」
美禰子美禰子 Mineko (name)は、さっき洋服洋服 Western-style dress; a suitを着た着た wore男男 manの出て来た出て来た appeared (from)方角方角 direction; wayをさして、道道 road; pathがあるなら、あの唐辛子唐辛子 chili peppersのそばを通って通って pass by行きたい行きたい want to goという。二人二人 two (people)は、その見当見当 directionへ歩いて行った歩いて行った walked toward。藁葺藁葺 thatched roofのうしろにはたして細い細い narrow三尺三尺 3 shaku (about a meter; about a yard)ほどの道があった。その道を半分半分 halfwayほど来た来た traversed所所 placeで三四郎は聞いた聞いた asked。
「よし子よし子 Yoshiko (Nonomiya's younger sister)さんは、あなたの所へ来る来る come (to stay)ことにきまったんですか」
女女 the young lady; sheは片頬片頬 one cheekで笑った笑った smiled。そうして問い返した問い返した asked in return。
「なぜお聞きになるの」
三四郎が何か何か something言おうとすると、足足 feetの前前 front ofに泥濘泥濘 mud puddle; muddy patchがあった。四尺四尺 4 shaku (about 1.2 meters; about 4 feet)ばかりの所、土土 earth; groundがへこんで水水 waterがぴたぴたにたまっている。そのまん中まん中 middle; centerに足掛かり足掛かり stepのためにてごろな石石 stoneを置いた置いた placed者者 personがある。三四郎は石の助け助け help; assistanceをからずに、すぐに向こう向こう far sideへ飛んだ飛んだ jumped (over to)。そうして美禰子を振り返って振り返って turn back (toward)見た見た looked at。美禰子は右右 right (side)の足を泥濘のまん中にある石の上上 top ofへ乗せた乗せた place onto。石のすわりがあまりよくない。足へ力を入れて力を入れて apply force; flex、肩をゆすって肩をゆすって shift one's shoulders; swing one's arms調子を取っている調子を取っている find one's balance。三四郎はこちら側こちら側 this sideから手手 handを出した出した held out; extended。
「おつかまりなさい」
「いえ大丈夫大丈夫 okay; alright」と女は笑っている。手を出しているあいだは、調子を取るだけで渡らない渡らない didn't cross。三四郎は手を引っ込めた引っ込めた withdrew。すると美禰子は石の上にある右の足に、からだの重み重み weightを託して託して entrust to、左左 left (side)の足でひらりとひらりと nimbly; quicklyこちら側へ渡った。あまりに下駄下駄 (wooden) clogsをよごすまいと念を入れすぎた念を入れすぎた took too much careため、力が余って力が余って be too forceful、腰腰 waist; hipsが浮いた浮いた became unsteady。のめりそうにのめりそうに unsteadily胸胸 chest; upper bodyが前へ出る前へ出る move forward。その勢勢 force; momentumで美禰子の両手両手 both handsが三四郎の両腕両腕 both armsの上へ落ちた落ちた fell (onto)。
「迷える子迷える子 stray sheep」と美禰子が口の内口の内 (say) quietly; to oneselfで言った。三四郎はその呼吸呼吸 breathを感ずる感ずる feelことができた。