三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)たましい soul; spiritふわつき出したふわつきした became unsteady; became restless講義講義こうぎ lectures聞いていて listen to; attend (lectures)いると、遠方遠方えんぽう distant place; far awayに聞こえる。わるくすると肝要な肝要かんような essential; crucialこと facts; points書き落とすとす fail to take note ofはなはだしいはなはだしい extreme; severとき times; occasionsはひとのみみ ear損料損料そんりょう hire; rent借りてりて borrowいるような feeling; impressionがする。三四郎はばかばかしくてばかばかしくて ludicrous; asinineたまらない。仕方なしに仕方しかたなしに having no other recourse与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)向かってかって turning (to)、どうも近ごろちかごろ recentlyは講義がおもしろくないと言い出したした revealed; confided。与次郎のこたえ responseはいつも同じおなじ the sameことであった。

「講義がおもしろいわけがない。きみ youいなか者いなかもの country boyだから、いまに偉いえらい remarkable; eminent事になると思っておもって think; imagine今日今日こんにち this (present) dayまでしんぼうしてしんぼうして persevere; exhibit patience聞いていたんだろう。 foolishnessの至りいたり the height ofだ。彼らのかれらの their講義は開闢開闢かいびゃく beginnings; foundation以来以来いらい sinceこんなものだ。いまさら失望失望しつぼう disappointment; despondenceしたってしかたがないや」

「そういうわけでもないが……」三四郎は弁解する弁解べんかいする defend; excuse。与次郎のへらへら調へらへら調ちょう flippant toneと、三四郎の重苦しい重苦おもぐるしい gloomy; oppressive口のききようくちのききよう manner of speakingが、不釣合不釣合ふつりあい imbalance; mismatchではなはだおかしい。

こういう問答問答もんどう exchange (conversation)二、三度三度さんど、 two or three times繰り返してかえして repeatいるうちに、いつのまにか半月半月はんつき half of a monthばかりたった。三四郎の耳は漸々漸々ぜんぜん gradually; by degrees借りものでないようになってきた。すると今度今度こんど this timeは与次郎のほうから、三四郎に向かって、

「どうも妙なみょうな strange; oddかお face; facial expressionだな。いかにも生活生活せいかつ living; one's life疲れてつかれて tired (of)いるような顔だ。世紀末世紀末せいきまつ ennui; cynicism (based on 19th century 'fin de siècle' ideas)の顔だ」と批評批評ひひょう criticism; commentaryし出したした began with。三四郎は、この批評に対してたいして with regard to依然として依然いぜんとして as before

「そういうわけでもないが……」を繰り返していた。三四郎は世紀末などという言葉言葉ことば word; term; expression聞いていて hearうれしがるほどに、まだ人工的の人工的じんこうてきの artificial; crafted by men空気空気くうき air; atmosphere触れていなかったれていなかった was not in touch with; lacked exposure to。またこれを興味興味きょうみ interest; curiosityある玩具玩具おもちゃ playthingとして使用しうる使用しようしうる be able to useほどに、ある社会社会しゃかい society; company消息消息しょうそく news (of); (someone's) movements通じてつうじて be versed in; be familiar withいなかった。ただ生活に疲れているという phrase少しすこし a bit気にいったにいった met one's favor。なるほど疲れだしたようでもある。三四郎は下痢下痢げり diarrheaのためばかりとは思わなかった。けれども大いにおおいに greatly疲れた顔を標榜する標榜ひょうぼうする sport; show off; professほど、人生観人生観じんせいかん view of life; outlook on lifeハイカラハイカラ stylishness; smartnessでもなかった。それでこの会話会話かいわ conversationはそれぎり発展しずに発展はってんしずに without developing; without progressing further済んだんだ ended; finished

そのうちあき fall; autumn高くなるたかくなる reached its peak食欲食欲しょくよく appetite進むすすむ progress; improve二十三二十三にじゅうさん twenty three青年青年せいねん youth; young manがとうてい人生人生じんせい living; one's life疲れてつかれて be weary (of)いることができない時節時節じせつ season; times来たた came; arrived三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はよく出るる go out大学大学だいがく universityいけ pond周囲周囲まわり edge; perimeterもだいぶん回ってまわって circle; walk aroundみたが、べつだんのへん changeもない。病院病院びょういん hospitalまえ front of何べんとなくなんべんとなく any number of times往復した往復おうふくした came and went; passed to and fro普通の普通ふつうの ordinary人間人間にんげん people会うう see; meet; encounterばかりである。また理科大学理科りか大学だいがく college of science穴倉穴倉あなぐら basement; cellar行ってって go (to); visit野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)くん (suffix of familiarity for males)聞いていて ask; inquireみたら、いもうと younger sisterはもう病院を出たと言うう said; reported玄関玄関げんかん entrywayで会ったおんな young ladyこと matter; affair話そうはなそう mention; talk (of)思ったおもった thought; consideredが、先方先方さき the other party; he (usually 先方せんぽう)忙しそういそがしそう looking busyなので、つい遠慮して遠慮えんりょして hold off; refrainやめてしまった。今度今度こんど next time; at the next opportunity大久保大久保おおくぼ Ōkubo (place name)へ行ってゆっくり話せば、名前名前なまえ name素姓素姓すじょう one's (personal) storyもたいていはわかることだから、せかずにせかずに without rushing (things); without acting impatient引き取ったった withdrew; left。そうして、ふわふわして方々方々ほうぼう here and there; all around歩いてあるいて walk; ambleいる。田端田端たばた Tabata (place name)だの、道灌山道灌山どうかんやま Dōkanyama (place name)だの、染井染井そめい Somei (place name)墓地墓地ぼち cemeteryだの、巣鴨巣鴨すがも Sugamo (place name)監獄監獄かんごく prisonだの、護国寺護国寺ごこくじ Gokokuji (name of a temple)だの、――三四郎は新井の薬師新井あらい薬師やくし Arai no Yakushi (name of a temple)までも行った。新井の薬師の帰りかえり return (trip)に、大久保へ出て野々宮君のうち houseへ回ろうと思ったら、落合落合おちあい Ochiai (place name)火葬場火葬場やきば crematoriumへん vicinity; surroundings道を間違えてみち間違まちがえて take a wrong turn; lose one's way高田高田たかた Takata (place name)へ出たので、目白目白めじろ Mejiro (place name)から汽車汽車きしゃ (steam) train乗ってって ride on; board帰った。汽車のなか insideみやげみやげ (visitation) gift買ったった boughtくり chestnuts一人で一人ひとりで by oneselfさんざん食ったった ate。その余りあまり remainder; leftover (portion)あくる日あくる the next day与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)が来て、みんな平らげたたいらげた ate up; wolfed down

三四郎はふわふわすればするほど愉快愉快ゆかい happiness; exhilarationになってきた。初めはじめ beginningのうちはあまり講義講義こうぎ lectures念を入れ過ぎたねんぎた paid too much attention (to)ので、耳が遠くなってみみとおくなって lose one's hearing筆記筆記ひっき note taking困ったこまった struggled (with)が、近ごろちかごろ recentlyはたいていに聞いているからなんともない。講義中講義中こうぎちゅう during lectures; in the midst of lecturesにいろいろな事を考えるかんがえる consider; think about少しすこし a little; a bitぐらい落としてとして drop; miss惜しいしい regrettable feeling起こらないこらない did not occur; did not arise。よく観察観察かんさつ observationしてみると与次郎はじめみんな同じおなじ the sameことである。三四郎はこれくらいでいいものだろうと思い出したおもした decided; realized

三四郎がいろいろ考えるうちに、時々時々ときどき sometimes; occasionally例のれいの the aforementionedリボンが出てくる。そうすると気がかりになる。はなはだ不愉快になる不愉快ふゆかいになる be dissatisfied; be upset。すぐ大久保へ出かけてみたくなる。しかし想像想像そうぞう imagination連鎖連鎖れんさ connections; flow ofやら、外界外界がいか the outside world; the world around one刺激刺激しげき stimulation; excitementやらで、しばらくするとまぎれてしまう。だからだいたいはのん気である。それでゆめ dream見てて see; have (a dream)いる。大久保へはなかなか行かない。

ある day午後午後ごご afternoon三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)例のごとくれいのごとく as usualぶらついて、団子坂団子坂だんござか Dangozaka (place name)うえ top (of)から、ひだり left (direction)折れてれて turned (toward)千駄木千駄木せんだぎ Sendagi (place name)林町林町はやしちょう Hayashichō (sub-district of Sendagi)広いひろい wide; broad通りとおり avenue出たた arrived (at)秋晴れ秋晴あきばれ clear autumn weatherといって、このごろは東京東京とうきょう Tōkyōそら skyもいなかのように深くふかく deep見えるえる appear。こういう空のした beneath生きているきている live; be alive思うおもう think (of); considerだけでもあたま head; one's mindははっきりする。そのうえ、 field; open spaceへ出れば申し分はないもうぶんはない perfect; ideal feelings; moodがのびのびしてたましい soul; spirit大空大空おおぞら big skyほどの大きさおおきさ sizeになる。それでいてからだ総体総体そうたい overall; as a wholeがしまってくる。だらしのないはる spring(time)のどかさのどかさ serenity; calmとは違うちがう different。三四郎は左右左右さゆう left and right; both sides生垣生垣いけがき hedgesをながめながら、生まれてはじめてまれてはじめて the first time in one's lifeの東京のあき autumnかぎつつやって来たかぎつつやってた drank in (the fragrance) as (he) went

坂下坂下さかした bottom of the (Dangozaka) hillでは菊人形菊人形きくにんぎょう chrysanthemum dolls二、三日三日さんにち two or three daysまえ before開業した開業かいぎょうした opened (for business)ばかりである。さか hill曲がるがる turn (at)とき time; momentのぼり flags; bannersさえ見えたえた were visibleいま now; at presentはただこえ voicesだけ聞こえるこえる could be heard、どんちゃんどんちゃん遠くからとおくから from the distanceはやしてはやして play music; beat timeいる。そのはやしのおと soundが、した belowほう directionから次第に次第しだいに gradually浮き上がってがって float up; rise upきて、澄み切ったった crystal clear秋の空気空気くうき airなか midst (of)広がり尽くすひろがりくす fully disperseと、ついにはきわめて稀薄な稀薄きはくな thin; sparseなみ waveになる。そのまた余波余波よは remains; tracesが三四郎の鼓膜鼓膜こまく eardrumsのそばまで来てしぜんにとまる。騒がしいさわがしい noisy; boisterousというよりはかえっていい心持ち心持こころもち feelingである。

時に突然突然とつぜん suddenly左の横町横町よこちょう side street; laneから二人二人ふたり two peopleあらわれた。その一人一人ひとり one personが三四郎を見て、「おい」と言うう called out

与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)の声はきょうにかぎって、几帳面几帳面きちょうめん precise; exactである。その代りそのかわり on the other hand; at the same timeつれ companionがある。三四郎はその連を見た時、はたして日ごろごろ for a long time推察どおり推察すいさつどおり as conjectured; as surmised青木堂青木堂あおきどう Aokidō (grocery and spirits shop in Hongō with cafe on 2nd floor)ちゃ tea飲んでんで drinkいたひと personが、広田広田ひろた Hirota (name)さんであるということを悟ったさとった realized; confirmed。この人とは水蜜桃水蜜桃すいみつとう peaches (referring to Sanshirō's train ride to Tōkyō)以来以来いらい since ...妙なみょうな strange; curious関係関係かんけい connectionがある。ことに青木堂で茶を飲んで煙草煙草タバコ tobacco; cigaretteをのんで、自分自分じぶん oneself図書館図書館としょかん library走らしてはしらして sent (someone) runningよりこのかた、いっそうよく記憶記憶きおく memory; thoughtsにしみている。いつ見ても神主神主かんぬし Shinto priestのようなかお face; facial expression西洋人西洋人せいようじん Westernerはな noseをつけている。きょうもこのあいだの夏服夏服なつふく summer clothing; warm-weather attireで、べつだん寒そうなさむそうな looking (as if one is) cold様子様子ようす look; appearanceもない。

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はなんとか言ってって say挨拶挨拶あいさつ greetingをしようと思ったおもった thought (to)が、あまり時間時間じかん timeがたっているので、どう口をきいてくちをきいて speak; engage (in conversation)いいかわからない。ただ帽子帽子ぼうし hat; cap取ってって take (off); removeれい salutationをした。与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)に対してたいして with respect to; in relation toは、あまり丁寧すぎる丁寧ていねいすぎる too polite広田広田ひろた (Professor) Hirotaに対しては、少しすこし a little; a bit簡略すぎる簡略かんりゃくすぎる too simple; too brief。三四郎はどっちつかずの中間中間ちゅうかん middleにでた。すると与次郎が、すぐ、

「このおとこ fellow私のわたしの my同級生同級生どうきゅうせい classmateです。熊本熊本くまもと Kumamoto (city in Kyūshū)高等学校高等こうとう学校がっこう high school (equivalent to modern-day college)からはじめて東京東京とうきょう Tōkyō出て来たた came (to)――」と聞かれもしないさきからかれもしないさきから before being askedいなか者いなかもの provincial (background); country upbringing吹聴して吹聴ふいちょうして blurt out; broadcastおいて、それから三四郎のほう direction向いていて turn (toward)

「これが広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirota。高等学校の……」とわけもなくわけもなく easily; casually双方双方そうほう both sides; both parties紹介して紹介しょうかいして introduceしまった。

このとき time; moment広田先生は「知ってるってる (I) know、知ってる」と二へんへん twice; two times繰り返してかえして in repetition言ったので、与次郎は妙なみょうな odd; curiousかお look; facial expressionをしている。しかしなぜ知ってるんですかなどとめんどうなめんどうな troublesome; triflingこと facts; detailsは聞かなかった。ただちに、

きみ you (used here as form of address)、このへん vicinity貸家貸家かしや house for rentはないか。広くてひろくて large; spacious、きれいな、書生部屋書生しょせい部屋べや lodging student roomのある」と尋ねだしたたずねだした inquired

「貸家はと……ある」

「どの辺だ。きたなくっちゃいけないぜ」

「いやきれいなのがある。大きなおおきな largeいし stoneもん gate立ってって stand; be erectedいるのがある」

「そりゃうまい。どこだ。先生、石の門はいいですな。ぜひそれにしようじゃありませんか」と与次郎は大いに進んですすんで promote; get behind (an idea)いる。

「石の門はいかん」と先生が言う。

「いかん? そりゃ困るこまる be a problem。なぜいかんです」

「なぜでもいかん」

「石の門はいいがな。新しいあたらしい new; modern男爵男爵だんしゃく baronのようでいいじゃないですか、先生」

与次郎はまじめである。広田先生はにやにや笑ってにやにやわらって grin; smileいる。とうとうまじめのほうが勝ってって won; triumphed、ともかくも見るる take a lookことに相談ができて相談そうだんができて discussion was concluded、三四郎が案内案内あんない guidance; leading the wayをした。

横町横町よこちょう side street; laneをあとへ引き返してかえして double back (the way one came)裏通り裏通うらどおり back street; alleyway出るる arrive (at)と、半町半町はんちょう half a chō (about 55 meters; about 60 yards)ばかりきた north来たた came; traveledところ place; spotに、突き当りあたり end (of a street); dead end思われるおもわれる seems to be; appears to beような小路小路こうじ narrow laneがある。その小路のなか inside三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)二人二人ふたり two (people)連れ込んだんだ led into。まっすぐに行くく go; proceed植木屋植木屋うえきや (plant) nurseryにわ garden; groundsへ出てしまう。三人三人さんにん three (people)入口入口いりぐち entrance五、六間六間ろっけん 5 or 6 ken (about 10 meters; about 11 yards)手前手前てまえ short of; this side ofでとまった。右手右手みぎて righthand sideにかなり大きなおおきな large御影御影みかげ granite (short for 御影石みかげいし)はしら pillar; column二本二本にほん two (pillars)立ってって stand; be erectedいる。とびら gateてつ iron; steelである。三四郎がこれだと言うう declare; announce。なるほど貸家貸家かしや house for rentふだ sign; placardがついている。

「こりゃ恐ろしいおそろしい wonderful; marvelousもんだ」と言いながら、与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)は鉄の扉をうんと押したした pushedが、錠がおりてじょうがおりて be lockedいる。「ちょっとお待ちなさいちなさい wait聞いてくるいてくる go ask; go check」と言うやいなややいなや as soon as、与次郎は植木屋のおく interiorほう direction駆け込んで行ったんでった ran off into広田広田ひろた (Professor) Hirotaと三四郎は取り残されたのこされた left behind; abandonedようなものである。二人二人ふたり two (people)はなし conversation始めたはじめた began; started

東京東京とうきょう Tōkyōはどうです」

「ええ……」

広いひろい big; expansiveばかりできたないところ placeでしょう」

「ええ……」

富士山富士山ふじさん Mt Fuji比較する比較ひかくする compare (with)ようなものはなんにもないでしょう」

三四郎は富士山の事こと concerning ...; about ...をまるで忘れていたわすれていた had forgotten広田先生広田先生ひろたせんせい Professor Hirota注意注意ちゅうい adviceによって、汽車汽車きしゃ (steam) trainまど windowからはじめてながめた富士は、考え出すかんがす recallと、なるほど崇高な崇高すうこうな grand; sublimeものである。ただ今ただいま at present自分の自分じぶんの one's ownあたま headなか insideにごたごたしている世相世相せそう state of the world; pulse of civilizationとは、とても比較にならない。三四郎はあのとき time; occasion印象印象いんしょう impressionをいつのまにか取り落しておとして let slipいたのを恥ずかしく思ったずかしくおもった felt ashamed。すると、

きみ you (used here as form of address)不二山不二山ふじさん Mt Fuji (older way of writing; lit: peerless mountain)翻訳して翻訳ほんやくして translateみたことがありますか」と意外な意外いがいな unexpected質問質問しつもん question放たれたはなたれた have thrown one's way

「翻訳とは……」

自然自然しぜん natureを翻訳すると、みんな人間人間にんげん human being化けてけて take the form of; metamorphose (into)しまうからおもしろい。崇高だとか、偉大偉大いだい great; mightyだとか、雄壮雄壮ゆうそう heroic; gallantだとか」

三四郎は翻訳の意味意味いみ meaning; sense (of something)了したりょうした understood

「みんな人格人格じんかく (human) character; personalityじょう from the viewpoint of ...言葉言葉ことば wordsになる。人格上の言葉に翻訳する翻訳ほんやくする translateことのできないものには、自然自然しぜん nature毫もごうも (not) in the least; (not) at all人格上の感化感化かんか influence; inspiration与えてあたえて impart (to); bestow (on)いない」

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はまだあとがあるかと思っておもって think黙ってだまって remain silent聞いていて listenいた。ところが広田さん広田ひろたさん (Professor) Hirotaはそれでやめてしまった。植木屋植木屋うえきや (plant) nurseryおく interiorほう directionをのぞいて、

佐々木佐々木ささき Sasaki (Yojirō's family name)なに whatをしているのかしら。おそいな」とひとりごとのように言うう say; remark

見てて see; check (on)きましょうか」と三四郎が聞いた。

「なに、見にいったって、それで出てくるてくる come outようなおとこ fellowじゃない。それよりここに待ってって waitるほうが手間手間てま effort; troubleがかからないでいい」と言って枳殻枳殻からたち trifoliate orange垣根垣根かきね hedgeした base ofにしゃがんで、小石小石こいし pebble拾ってひろって pick upつち dirt; soilうえ top of; surface ofへ何かかき出したかきした began to drawのん気のん easygoing; carefreeなことである。与次郎ののん気とは方角方角ほうがく direction; bearings反対反対はんたい oppositeで、程度程度ていど degree; amount; extentがほぼ相似ている相似あいにている resemble one another

ところへ植込み植込うえこみ thicket (of plants)まつ pine trees向こうこう far side; beyondから、与次郎が大きな声おおきなこえ loud voice出したした put forth (voice)

先生先生せんせい professor先生」

先生は依然として依然いぜんとして as before、何かかいている。どうも燈明台燈明台とうみょうだい lighthouseのようである。返事返事へんじ answer; replyをしないので、与次郎はしかたなしに出て来たた came out; reappeared

「先生ちょっと見てごらんなさい。いいうち houseだ。この植木屋植木屋うえきや (plant) nursery持ってって have; ownるんです。もん gateをあけさせてもいいが、うら back sideから回ったまわった go aroundほうが早いはやい quick; fast

三人三人さんにん three (people)は裏から回った。雨戸雨戸あまど outside (sliding) door; storm doorをあけて、一間一間一間一間ひとまひとま one room at a time見て歩いたあるいた walked中流中流ちゅうりゅう middle classひと person住んでんで live (in a place)恥ずかしくないずかしくない respectable; decentようにできている。家賃家賃やちん (house) rent四十円四十よんじゅうえん forty yenで、敷金敷金しききん security deposit三か月分三か月さんかげつぶん 3 months' (rent)だという。三人はまたおもて out frontへ出た。

「なんで、あんなりっぱな家を見るのだ」と広田さんが言う。

「なんで見るって、ただ見るだけだからいいじゃありませんか」と与次郎は言う。

借りり rent (a house)もしないのに……」

「なに借りるつもりでいたんです。ところが家賃をどうしても二十五円二十五にじゅうごえん twenty five yenにしようと言わない……」

広田先生は「あたりまえさ」と言ったぎりである。すると与次郎がいし stoneの門の歴史歴史れきし history; background話し出したはなした began to explain。このあいだまである出入りの出入でいりの oft visited; frequented (on business)屋敷屋敷やしき residence; estate入口入口いりぐち entranceにあったのを、改築改築かいちく structural alteration; reconstructionのときもらってきて、すぐあすこへ立てたてた erectedのだと言う。与次郎だけに妙なみょうな strange; oddこと facts; matters研究して研究けんきゅうして research; investigateきた。

それから三人三人さんにん three (people)はもとの大通り大通おおどおり main street; main thoroughfare出てて came (to); arrived (at)動坂動坂どうざか Dōzaka (place name)から田端田端たばた Tabata (place name)たに valley降りたりた descended (into)が、降りた時分時分じぶん timeには三人ともただ歩いてあるいて walkいる。貸家貸家かしや house for rentこと matter; affairはみんな忘れてわすれて forgot aboutしまった。ひとり与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)時々時々ときどき occasionallyいし stoneもん gateのことを言うう mention麹町麹町こうじまち Kōjimachi (place name)からあれを千駄木千駄木せんだぎ Sendagi (place name)まで引いてくるいてくる bring; carry (lit: come pulling)のに、手間手間てま labor五円五円ごえん five yenほどかかったなどと言う。あの植木屋植木屋うえきや (plant) nurseryはだいぶ金持ち金持かねもち wealthyらしいなどとも言う。あすこへ四十円四十よんじゅうえん forty yenの貸家を建てててて build; construct、ぜんたいだれが借りるりる rent (a house)だろうなどとよけいなことまで言う。ついには、いまに借手借手かりて renterがなくなってきっと家賃を下げるげる reduce; lowerに違いないちがいない no doubt ...から、そのとき time; occasionもう一ぺんもういっぺん one more time談判談判だんぱん discussion; negotiationしてぜひ借りようじゃありませんかという結論結論けつろん conclusionであった。広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaはべつに、そういう了見了見りょうけん intention; inclinationもないとみえて、こう言った。

きみ youが、あんまりよけいなよけいな extraneousはなし conversationばかりしているものだから、時間時間じかん timeがかかってしかたがない。いいかげんにして出てくるてくる come out; come backものだ」

「よほど長くかかりましたながくかかりました took a long timeか。何かなにか something; some sort of drawing; sketchをかいていましたね。先生もずいぶんのん気のん carefree; easygoingだな」

「どっちがのんきかわかりゃしない」

「ありゃなんの絵です」

先生は黙ってだまって fall silentいる。その時三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)がまじめなかお face; (facial) expressionをして、

燈台燈台とうだい lighthouseじゃないですか」と聞いたいた askedかき手かき illustratorと与次郎は笑い出したわらした laughed

「燈台は奇抜奇抜きばつ novel; originalだな。じゃ野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)宗八宗八そうはち Sōhachi (Nonomiya's first name)さんをかいていらしったんですね」

「なぜ」

「野々宮さんは外国外国がいこく foreign countries; foreign landsじゃ光ってひかって shineるが、日本日本にほん Japanじゃまっ暗まっくら pitch dark (from: 灯台とうだいもとくらし - It's darkest at the base of the lighthouse)だから。――だれもまるで知らないらない not know; not be aware of。それでわずかばかりの月給月給げっきゅう (monthly) salaryをもらって、穴倉穴倉あなぐら basement; cellarへたてこもって、――じつに割に合わないわりわない doesn't pay; doesn't pay off商売商売しょうばい trade; businessだ。野々宮さんの顔を見るる see; look atたびに気の毒どく pitiableになってたまらない」

「君なぞは自分の自分じぶん oneselfすわっている周囲周囲しゅうい circumference; peripheryほう direction二尺二尺にしゃく 2 shaku (about 60 cm; about 2 feet)ぐらいのところ space; locationをぼんやり照らすらす illuminate; light upだけだから、丸行燈丸行燈まるあんどん round lanternのようなものだ」

丸行燈に比較比較ひかく comparisonされた与次郎は、突然突然とつぜん suddenly三四郎の方を向いていて turn toward

小川小川おがわ Ogawa (Sanshirō's family name)くん (suffix of familiarity for males)、君は明治明治めいじ Meiji (Meiji period; 1868-1912)何年何年なんねん which year (in Meiji period)生まれまれ birth(year)かな」と聞いた。三四郎は簡単に簡単かんたんに simply

「ぼくは二十三二十三にじゅうさん twenty threeだ」と答えたこたえた answered

「そんなものだろう。――先生先生せんせい professorぼくは、丸行燈丸行燈まるあんどん round lanternだの、雁首雁首がんくび goose neck (pipe)だのっていうものが、どうもきらいですがね。明治十五年明治めいじ十五じゅうごねん 15th year of Meiji (1882) [note: story is set in 1907]以後以後いご on or after生まれたまれた was born (in)せいかもしれないが、なんだか旧式旧式きゅうしき old style; outdatedでいやな心持ち心持こころもち feeling; impressionがする。きみ youはどうだ」とまた三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)ほう direction向くく turn (to)。三四郎は、

「ぼくはべつだんきらいでもない」と言ったった said; replied

「もっとも君は九州九州きゅうしゅう Kyūshūのいなかから出たた arrived (from)ばかりだから、明治元年明治めいじ元年がんねん 1st year of Meiji (1868)ぐらいのあたま head; mind; thoughts同じおのじ the sameなんだろう」

三四郎も広田広田ひろた (Professor) Hirotaもこれに対してたいして in regard to; with respect toべつだんの挨拶挨拶あいさつ reaction; acknowledgementをしなかった。少しすこし a little; a bit行くく go (on); proceed古いふるい oldてら templeとなり next to; adjacent (place)杉林杉林すぎばやし cedar grove切り倒してたおして cut down (trees); clear、きれいに地ならしならし ground leveling; gradingをしたうえ top ofに、あお blueペンキ塗りのペンキりの painted西洋館西洋館せいようかん Western-style building建てててて build; constructいる。広田先生は寺とペンキ塗りを等分に等分とうぶんに in equal parts見てて look at; observeいた。

時代錯誤時代錯誤アナクロニズム anachronismだ。日本日本にほん Japan物質界物質界ぶっしつかい physical realm精神界精神界せいしんかい spiritual realmもこのとおりだ。君、九段九段くだん Kudan (place name)燈明台燈明台とうみょうだい lighthouse知ってって know (of)いるだろう」とまた燈明台が出た。「あれは古いもので、江戸名所図会江戸えど名所めいしょ図会ずえ Illustrated Guide to Edo Sights (woodblock print publication from 1834)に出ている」

「先生冗談冗談じょうだん joke; jest言っちゃいけません。なんぼ九段の燈明台が古いたって、江戸名所図会に出ちゃたいへんだ」

広田先生は笑い出したわらした laughed。じつは東京名所東京とうきょう名所めいしょ Sights of Tōkyōという錦絵錦絵にしきえ nishiki-e (multi-colored woodblock print)間違い間違まちがい mistake; errorだということがわかった。先生のせつ explanationによると、こんなに古い燈台が、まだ残ってのこって remainいるそばに、偕行社偕行社かいこうしゃ (army) officers' clubという新式新式しんしき modern style煉瓦作り煉瓦作れんがづくり brick (building)ができた。二つふたつ two (things)並べてならべて place side by side見るとじつにばかげている。けれどもだれも気がつかないだれもがつかない no one notices; no one minds平気平気へいき calm; unconcernedでいる。これが日本の社会社会しゃかい society代表して代表だいひょうして represent; epitomizeいるんだと言う。

与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)も三四郎もなるほどと言ったまま、お寺のまえ front of通り越してとおして pass by五、六町六町ろくちょう 5 or 6 chō (about half a km; about a third of a mile)来るる come; cover (distance)と、大きなおおきな large黒いくろい blackもん gateがある。与次郎が、ここを抜けてけて cut through道灌山道灌山どうかんやま Dōkanyama (place name)へ出ようと言い出したした proposed; suggested。抜けてもいいのかと念を押すねんす double check; confirmと、なにこれは佐竹佐竹さたけ Satake (family name)下屋敷下屋敷しもやしき villa; daimyō's suburban residenceで、だれでも通れるとおれる can pass throughんだからかまわないと主張する主張しゅちょうする insist; assert one's positionので、二人二人ふたり two (people)ともその intentionになって門をくぐって、やぶ thicket; groveした below; beneathを通って古いいけ pondのそばまで来ると、番人番人ばんにん caretaker; watchmanが出てきて、たいへん三人三人さんにん three (people)をしかりつけた。そのとき time; occasion与次郎はへいへいへいへい yes sir; certainlyと言って番人にあやまった。

それから谷中谷中やなか Yanaka (place name)出てて arrive (at)根津根津ねづ Nezu (place name)回ってまわって circle around (through)夕方夕方ゆうがた evening本郷本郷ほんごう Hongō (place name)下宿下宿げしゅく dorm; lodgings帰ったかえった returned (to)三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)近来近来きんらい recentlyにない気楽な気楽きらくな at ease; carefree半日半日はんにち half day暮らしたらした lived; experiencedように感じたかんじた felt

翌日翌日よくじつ the next day学校学校がっこう school; universityへ出てみると与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)がいない。ひる noonから来るる come; arriveかと思ったおもった thought来ないない didn't show図書館図書館としょかん libraryへもはいったがやっぱり見当らなかった見当みあたらなかった saw no sign (of someone or something)五時五時ごじ five (o'clock)から六時六時ろくじ six (o'clock)まで純文科共通じゅん文科ぶんか共通きょうつう literature all-department講義講義こうぎ lectureがある。三四郎はこれへ出た。筆記する筆記ひっきする take notesには暗すぎるくらすぎる be too dark電燈電燈でんとう electric lightingがつくには早すぎるはやすぎる too early細長い細長ほそながい long and narrowまど windowsそと outside見えるえる be visible大きなおおきな largeけやき zelkova (tree)えだ branches; limbsおく interior; depthsが、次第に次第しだいに gradually黒くなるくろくなる turn black; grow dark時分時分じぶん time; hourだから、部屋部屋へや roomなか inside講師講師こうし lecturerかお face聴講生聴講生ちょうこうせい attendees; listenersの顔も等しくひとしく similarlyぼんやりしている。したがって暗闇で暗闇くらやみで in the dark饅頭饅頭まんじゅう bean-jam bun食うう eatように、なんとなく神秘的神秘的しんぴてき mystical; deep and profoundである。三四郎は講義がわからないところがみょう curious; oddだと思った。頬杖を突いて頬杖ほおづえいて supporting one's chin with one's hand聞いていて listenいると、神経神経しんけい sensitivity; perceptionがにぶくなって、気が遠くなるとおくなる felt distant; drifted away。これでこそ講義の価値価値かち value; worthがあるような心持ち心持こころもち feelingがする。ところへ電燈がぱっとついて、万事万事ばんじ all thingsがやや明瞭明瞭めいりょう clarity; lucidityになった。すると急にきゅうに suddenly下宿へ帰ってめし dinnerが食いたくなった。先生先生せんせい professorもみんなのこころ heart; feeling察してさっして perceive、いいかげんに講義を切り上げてげて bring to a conclusionくれた。三四郎は早足で早足はやあしで at a quick pace追分追分おいわけ Oiwake (place name)まで帰ってくる。

着物着物きもの kimono脱ぎ換えてえて change out of (one's clothes)ぜん (dining) tray向かうかう face; sit down toと、膳のうえ top ofに、茶碗蒸茶碗蒸ちゃわんむし egg custard stewといっしょに手紙手紙てがみ letter一本一本いっぽん one (letter)載せてあるせてある had been placed。その上封上封うわふう outer seal見たた saw; looked atとき、三四郎はすぐはは motherから来たた came (from)ものだと悟ったさとった knew; realized。すまんことだがこの半月半月はんつき half monthあまり母の事こと about ...; concerning ...はまるで忘れていたわすれていた had forgotten。きのうからきょうへかけては時代錯誤時代錯誤アナクロニズム anachronismだの、不二山不二山ふじさん Mt Fuji人格人格じんかく (human) character; personalityだの、神秘的な講義だので、例のれいの that certain ...おんな young ladyかげ form; figureもいっこう頭の中へ出てこなかった。三四郎はそれで満足満足まんぞく satisfaction; contentmentである。母の手紙はあとでゆっくり見ることとして、とりあえず食事食事しょくじ dinner済ましてまして finish煙草煙草タバコ tobacco; cigarette吹かしたかした smoked。そのけむり smokeを見るとさっきの講義を思い出すおもす remembered; called to mind

そこへ与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)ふらりとふらりと by chance; without notice現われたあらわれた appeared。どうして学校学校がっこう classes; lectures休んだやすんだ skipped; missed (classes)かと聞くく askと、貸家貸家かしや rental house捜しさがし searching; huntingで学校どころじゃないそうである。

「そんなに急いでいそいで in a hurry; in a rush越すす move; relocateのか」と三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)が聞くと、

「急ぐって先月中先月中せんげつちゅう (during) last monthに越すはずのところをあさっての天長節天長節てんちょうせつ Emperor's Birthday (former national holiday)まで待たしたたした had (them) waitんだから、どうしたってあしたじゅうに捜さなければならない。どこか心当りはないか心当こころあたりはないか do you have an idea; do you happen to know (of something)」と言うう said; explained

こんなに忙しがるいそがしがる be busy; be pressedくせに、きのうは散歩散歩さんぽ walk; strollだか、貸家捜しだかわからないようにぶらぶらつぶしていた。三四郎にはほとんど合点がいかない合点がてんがいかない find (something) incomprehensible。与次郎はこれを解釈して解釈かいしゃくして explain; elucidate、それは先生先生せんせい professorがいっしょだからさと言った。「元来元来がんらい fundamentally speaking先生がうち houseを捜すなんて間違っている間違まちがっている be wrong; be a mistake。けっして捜したことのないおとこ manなんだが、きのうはどうかしていたどうかしていた was out of sortsに違いないちがいない there's no doubt ...。おかげで佐竹佐竹さたけ Satake (family name)やしき villa; daimyō's suburban residenceひどい目にひどいに terribly; dreadfullyしかられていい面の皮だいいつらかわだ served (him) right。――きみ you (used here as form of address)どこかないか」と急にきゅうに suddenly催促する催促さいそくする press (someone for something)。与次郎が来たた came; calledのはまったくそれが目的目的もくてき purpose; objectiveらしい。よくよく原因原因げんいん background; root (of the matter)を聞いてみると、今のいまの current; present持ち主ぬし owner; landlord高利貸高利貸こうりがし usurer; extortionistで、家賃家賃やちん (house) rentをむやみに上げるげる raiseのが、業腹業腹ごうはら resentment; spiteだというので、与次郎がこっちからたちのきたちのき quitting; evacuation宣告した宣告せんこくした declared; pronouncedのだそうだ。それでは与次郎に責任責任せきにん responsibilityがあるわけだ。

「きょうは大久保大久保おおくぼ Ōkubo (place name)まで行ってって go (to)みたが、やっぱりない。――大久保といえば、ついでに宗八宗八そうはち Sōhachi (Nonomiya's first name)さんのところ place寄ってって stopped byよし子よし Yoshiko (Nonomiya's younger sister)さんに会ってきたってきた visited。かわいそうにまだ色光沢色光沢いろつや complexion; color悪いわるい poor (complexion)。――辣薑性辣薑性らっきょうせい pale; colorless (lit: onion-like)美人美人びじん beauty――おっかさんおっかさん motherが君によろしく言ってよろしくって give regards (to someone)くれってことだ。しかしその afterはあのへん area; vicinity穏やかなおだやかな quiet; peacefulようだ。轢死轢死れきし death on impact (by train or car)もあれぎりないそうだ」

与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)はなし talk; conversationはそれから、それへと飛んで行くんでく jumped around平生から平生へいぜいから ordinarily締まりのないまりのない loose; laxうえに、きょうは家捜し家捜やさがし house hunting少しすこし a little; a bitせきこんでせきこんで be agitated; be flurriedいる。話が一段落つく一段いちだんらくつく settle down; reach a moment's pauseと、相の手あい interlude; (musical) refrain (usually あい)のように、どこかないかないかと聞くく ask。しまいには三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)笑い出したわらした laughed; broke into laughter

そのうち与次郎の尻が次第におちついてきてしり次第しだいにおちついてきて gradually became comfortable (lit: one's haunches gradually settled themselves)燈火親しむべし燈火とうかしたしむべし one should embrace the lamplight (based on line in Han Yu poem about reading by lamplight on long and cool autumn evenings) などという漢語漢語かんご Chinese (words)さえ借用して借用しゃくようして borrow; draw onうれしがるようになった。話題話題わだい topicはしなくはしなく by chance; as it happened広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirota上に落ちたうえちた landed on; ended up on

君のきみの yourところ place (residence)の先生の nameはなんというのか」

「名はちょう Chō (name)」とゆび finger書いて見せていてせて show how to write (a character)、「艸冠艸冠くさかんむり grass crown ('grass' radical at top position in a character)がよけいだ。字引字引じびき dictionaryにあるかしらん。妙なみょうな odd; strange名をつけたものだね」と言うう said; remarked

高等学校高等こうとう学校がっこう high school (equivalent to modern-day college)の先生か」

むかし long agoから今日今日こんにち this day; the presentに至るまでいたるまで up until ...高等学校の先生。えらいものだ。十年十年じゅうねん一日いちじつのごとし ten years is like a single dayというが、もう十二、三年十二じゅうに三年さんねん 12 or 13 yearsになるだろう」

子供子供こども childrenはおるのか」

「子供どころか、まだ独身独身ひとりみ single; unmarriedだ」

三四郎は少し驚いたおどろいた be surprised。あのとし ageまで一人一人ひとり single; by oneselfでいられるものかとも疑ったうたがった found hard to believe

「なぜ奥さんおくさん wifeをもらわないのだろう」

「そこが先生の先生たるところで、あれでたいへんな理論家理論家りろんか theoreticianなんだ。細君細君さいくん wifeをもらってみないさきから、細君はいかんものと理論できまっているんだそうだ。 foolishnessだよ。だからしじゅうしじゅう from start to finish; all the time矛盾矛盾むじゅん contradiction; inconsistencyばかりしている。先生、東京東京とうきょう Tōkyōほどきたない所はないように言う。それでいし stoneもん gateを見ると恐れをなしておそれをなして be frightened; be intimidated、いかんいかんとか、りっぱすぎるとか言うだろう」

「じゃ細君も試みにこころみに on a trial basis持ってって have; takeみたらよかろう」

大いにおおいに a great dealよしとかなんとか言うかもしれない」

先生先生せんせい professor東京東京とうきょう Tōkyōがきたないとか、日本人日本人にほんじん Japanese (people)醜いみにくい ugly; unsightlyとか言うう sayが、洋行洋行ようこう traveling abroadでもしたことがあるのか」

「なにするもんか。ああいうひと person; characterなんだ。万事万事ばんじ all thingsあたま head; one's thoughtsのほうが事実事実じじつ realityより発達して発達はったつして be developedいるんだからああなるんだね。その代りそのかわり on the other hand西洋西洋せいよう the West; the Occident写真写真しゃしん photographs研究して研究けんきゅうして study; investigateいる。パリの凱旋門凱旋門がいせんもん Arch of Triumph; Arc de Triompheだの、ロンドンの議事堂議事堂ぎじどう Houses of Parliamentだの、たくさん持ってって have; ownいる。あの写真で日本日本にほん Japan律するりっする judge (on the basis of)んだからたまらない。きたないわけさ。それで自分自分じぶん oneself住んでんで live; resideところ placeは、いくらきたなくっても存外存外ぞんがい surprisingly; contrary to expectation平気平気へいき unconcernedだから不思議不思議ふしぎ strange; puzzlingだ」

三等三等さんとう third class汽車汽車きしゃ (steam) train乗ってって ride (on)おったぞ」

「きたないきたないって不平不平ふへい complaint; grievanceを言やしないか」

「いやべつに不平も言わなかった」

「しかし先生は哲学者哲学者てつがくしゃ philosopherだね」

学校学校がっこう schoolで哲学でも教えておしえて teachいるのか」

「いや学校じゃ英語英語えいご Englishだけしか受け持ってって be charged with; be responsible forいないがね、あの人間人間にんげん personが、おのずから哲学にできあがっているからおもしろい」

著述著述ちょじゅつ writings; literary workでもあるのか」

何もないなにもない there's nothing時々時々ときどき sometimes; occasionally論文論文ろんぶん essay書くく writeこと instance (of)はあるが、ちっとも反響反響はんきょう reaction; influenceがない。あれじゃだめだ。まるで世間世間せけん the world; society知らないらない be unaware ofんだからしようがない。先生、ぼくの事を丸行燈丸行燈まるあんどん round lanternだと言ったが、夫子夫子ふうし (term of address for a teacher)自身自身じしん himself偉大な偉大いだいな great; mighty暗闇暗闇くらやみ dark place; voidだ」

「どうかして、世の中なか society出たらたら get out; make appearancesよさそうなものだな」

「出たらよさそうなものだって、――先生、自分じゃなんにもやらない人だからね。第一第一だいいち first of all; to begin withぼくがいなけりゃ三度の飯三度さんどめし three meals (a day)さえ食えないえない can't (manage to) eat人なんだ」

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はまさかといわぬばかりに笑い出したわらした laughed

うそ lie; falsehoodじゃない。気の毒どく patheticなほどなんにもやらないんでね。なんでも、ぼくが下女下女げじょ maidservant命じてめいじて order; command、先生の気にいるようににいるように to (someone's) satisfaction始末をつける始末しまつをつける take care of; handle (beginning to end)んだが――そんな瑣末な瑣末さまつな trivial; trifling事はとにかく、これから大いにおおいに greatly活動して活動かつどうして take action; take initiative、先生を一つひとつ one (of something)大学大学だいがく university教授教授きょうじゅ (full) professorにしてやろうと思うおもう think; intend (to do)

与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)はまじめである。三四郎はその大言大言たいげん big talk; boldness驚いたおどろいた be surprised (at)。驚いてもかまわない。驚いたままに進行して進行しんこうして continue on、しまいに、

引っ越しし move (one's residence)をするとき time; occasionはぜひ手伝いに来て手伝てつだいにて come and helpくれ」と頼んだたのんだ requested。まるで約束約束やくそく agreement; arrangementのできたうち houseがとうからあるごとき口吻口吻こうふん manner of speaking; intimationである。

与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)帰ったかえった left; departedのはかれこれかれこれ around; about十時十時じゅうじ ten (o'clock)近くちかく almost; close to ...である。一人で一人ひとりで alone; by oneselfすわっていると、どことなく肌寒肌寒はださむ autumn chill感じかんじ feelingがする。ふと気がついたらがついたら realized; became awareつくえ deskまえ front ofまど windowがまだたてずにたてずに not put up; not shutあった。障子障子しょうじ shōji (sliding paper screen)をあけると月夜月夜つきよ moonlit nightだ。目に触れるれる come into view; catch one's noticeたびに不愉快な不愉快ふゆかいな unpleasant; disagreeableひのき hinoki cypressに、青いあおい pale光りひかり lightがさして、黒いくろい black; darkかげ shadowsふち edges少しすこし a bit; somewhat煙ってけむって be hazy; be smoky見えるえる appear。檜にあき autumn来たた arrivedのは珍しいめずらしい strange; curious思いながらおもいながら thinking; considering雨戸雨戸あまど outside (sliding) door; storm doorをたてた。

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はすぐとこ bed; beddingへはいった。三四郎は勉強家勉強家べんきょうか diligent student; hard worker (at one's studies)というよりむしろ彽徊家彽徊家ていかいか dabbler; dilettanteなので、わりあい書物書物しょもつ books; reading materials読まないまない didn't readその代りそのかわり on the other hand; at the same timeある掬すべききくすべき empathize with; take into consideration情景情景じょうけい spectacle; sight; sceneにあうと、何べんもなんべんも repeatedly; any number of timesこれを頭の中あたまなか in one's head; in one's mind新たにしてあらたにして bring up anew; replay喜んでよろこんで be delighted; be pleasedいる。そのほうがいのち life奥行奥行おくゆき depthがあるような feelingがする。きょうも、いつもなら、神秘的神秘的しんぴてき mystical; deep and profound講義講義こうぎ lectureの最中に最中さいちゅうに in the middle of; at the height of、ぱっと電燈電燈でんとう electric lightingがつくところなどを繰り返してかえして replay; reliveうれしがるはずだが、はは mother手紙手紙てがみ letterがあるので、まず、それから片づけ始めたかたづけはじめた began to deal with; began to take care of

手紙には新蔵新蔵しんぞう Shinzō (name)蜂蜜蜂蜜はちみつ honeyをくれたから、焼酎焼酎しょうちゅう shōchū (Japanese liquor distilled from various starches)混ぜてぜて mix (with)毎晩毎晩まいばん each night; every nightさかずき wine cup一杯一杯いっぱい one cupfulずつ飲んでんで drinkいるとある。新蔵はうち house; household小作人小作人こさくにん tenant farmerで、毎年毎年まいとし every yearふゆ winterになると年貢米年貢米ねんぐまい rice paid as rent; tax rice二十俵二十俵にじゅっぴょう 20 bagsずつ持ってくるってくる bring; deliverいたっていたって very much正直者正直者しょうじきもの honest personだが、癇癪癇癪かんしゃく passion; temper強いつよい strong; intenseので、時々時々ときどき sometimes; occasionally女房女房にょうぼう wifeまき piece of firewoodでなぐることがある。――三四郎は床の中で新蔵がはち bees飼い出したした started keeping昔のむかしの past; bygoneこと matter; affairまで思い浮かべたおもかべた recollected; thought back to。それは五年五年ごねん five yearsほどまえである。うら back (yard)しい chinquapin oak tree蜜蜂蜜蜂みつばち honey bees二、三百匹三百匹さんびゃくひき two or three hundred (bees)ぶら下がってぶらがって hanging downいたのを見つけてすぐ籾漏斗籾漏斗もみじょうご funnel used in de-hulling riceさけ saké吹きかけてきかけて spray ontoことごとくことごとく one and all生捕生捕いけどり capturing aliveにした。それからこれをはこ box入れてれて put into出入り出入ではいり coming and goingのできるようなあな holesをあけて、日当り日当ひあたり exposure to the sunのいいいし rockうえ top of据えてえて position; fix (into a place)やった。すると蜂がだんだんふえてくる。箱が一つひとつ oneでは足りなくりなく be insufficientなる。二つふたつ twoにする。また足りなくなる。三つみっつ threeにする。というふうにふやしていった結果結果けっか result今ではいまでは at presentなんでも六箱六箱ろっぱこ six boxes七箱七箱ななはこ seven boxesある。そのうちの一箱一箱ひとはこ one boxねん year一度一度いちど onceずつ石からおろして蜂のためにみつ honey切り取るる cleave offといっていた。毎年毎年まいとし every year夏休み夏休なつやすみ summer vacation帰るかえる return homeたびに蜜をあげましょうと言わないことはないわないことはない didn't fail to sayが、ついに持ってきたためしがなかった。が、今年今年ことし this year物覚え物覚ものおぼえ memory; retentive faculty急にきゅうに suddenlyよくなって、年来の年来ねんらいの long-standing約束約束やくそく promise履行した履行りこうした fulfilled; delivered onものであろう。

平太郎平太郎へいたろう Heitarō (name)おやじおやじ father石塔石塔せきとう stone monument; gravestone建てたてた built; erectedから見にきてにきて come and seeくれろと頼みにきたたのみにきた came to requestとある。行ってって goみると、 treesくさ grassもはえていないにわ yard; garden赤土赤土あかつち red earthまん中まんなか middle; very centerに、御影石御影石みかげいし graniteでできていたそうである。平太郎はその御影石が自慢自慢じまん prideなのだと書いていて write; relate (in writing)ある。やま mountain; mountainsideから切り出すす cut away; hew outのに幾日幾日いくか several days; a number of daysとかかかって、それから石屋石屋いしや stone dealerに頼んだら十円十円じゅうえん ten yen取られたられた was charged (money)百姓百姓ひゃくしょう farmer何かなにか something (other)にはわからないが、あなたのとこの若旦那若旦那わかだんな young master大学校大学校だいがっこう universityへはいっているくらいだから、いし stone善悪善悪よしあし merits and demerits; quality; worthはきっとわかる。今度今度こんど next time手紙手紙てがみ letter; correspondenceのついでに聞いてみてくれ、そうして十円もかけておやじのためにこしらえてやった石塔をほめてもらってくれと言うう askedんだそうだ。――三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はひとりでくすくす笑い出したくすくすわらした chuckled; laughed (to oneself)千駄木千駄木せんだぎ Sendagi (place name)石門石門いしもん stone gateよりよほど激しいはげしい extreme; intense

大学大学だいがく university制服制服せいふく uniform; outfit着たた wearing写真写真しゃしん photographよこせよこせ sendとある。三四郎はいつか撮ってって take (photograph)やろうと思いながらおもいながら thinking; consideringつぎ next移るうつる move on (to)と、案のごとくあんのごとく sure enough; not unexpectedly三輪田三輪田みわた Miwata (family name)お光みつ Omitsu (name)さんが出てきたてきた appeared; was mentioned。――このあいだお光さんのおっかさんおっかさん mother来てて came; called、三四郎さんも近々近々きんきん soon; before long大学を卒業卒業そつぎょう graduationなさることだが、卒業したら家のうちの our; our family'sむすめ daughterをもらってくれまいかという相談相談そうだん consultation; discussionであった。お光さんは器量器量きりょう appearance; featuresもよし気質気質きだて temperament (usually 気立きだて)優しいやさしい gentle; kindし、家に田地田地でんち farmland; rice fieldsもだいぶあるし、その上そのうえ on top of that; moreover家と家とのいま now; the presentまでの関係関係かんけい connection; relationshipもあることだから、そうしたら双方双方そうほう both sides; both partiesともつごうがよいだろうと書いて、そのあとへ但し書ただがき supplementary clauseがつけてある。――お光さんもうれしがるだろう。――東京東京とうきょう Tōkyōもの people気心が知れない気心きごころれない are unreliableからわたし Iはいやじゃ。

三四郎は手紙手紙てがみ letter巻き返してかえして rolled back upふう envelope (= 封筒ふうとう)入れてれて put into枕元枕元まくらもと bedside; by one's pillow置いたいた set; placedまま目を眠ったつむった closed (his) eyesねずみ mice急にきゅうに suddenly天井天井てんじょう ceilingあばれだしたあばれだした created a commotionが、やがて静まったしずまった fell silent; became still

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)には三つみっつ three世界世界せかい worlds; realitiesができた。一つひとつ one遠くとおく far awayにある。与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)のいわゆる明治十五年明治めいじ十五じゅうごねん 15th year of Meiji (1882) [note: story is set in 1907]以前以前いぜん before; prior to scent; odorがする。すべてが平穏平穏へいおん tranquil; unperturbedである代りにかわりに in return for ...すべてが寝ぼけてぼけて half asleepいる。もっとも帰るかえる return; go home世話はいらない世話せわはいらない be simple; be easy enough。もどろうとすれば、すぐにもどれる。ただいざとならない以上いざとならない以上いじょう unless circumstances compelled oneはもどる inclinationがしない。いわば立退場立退場たちのきば place of refugeのようなものである。三四郎は脱ぎ棄てたてた took off; cast aside過去過去かこ pastを、この立退場のなか inside; within封じ込めたふうめた shut (something) in; confined。なつかしいはは motherさえここに葬ったほうむった shelve away; consign to oblivionかと思うおもう think; considerと、急にきゅうに suddenlyもったいなくなる。そこで手紙手紙てがみ letter; correspondence来たた came; arrivedとき times; occasionsだけは、しばらくこの世界に彽徊して彽徊ていかいして linger (in)旧歓旧歓きゅうかん old pleasures; former feelingsをあたためる。

第二の第二だいにの the second世界のうちには、苔のはえたこけのはえた moss-covered煉瓦造り煉瓦造れんがづくり brick constructionがある。片すみかたすみ one cornerから片すみを見渡す見渡みわたす look (out) overと、向こうこう beyond; the far sideひと peopleかお facesがよくわからないほどに広いひろい wide; spacious閲覧室閲覧室えつらんしつ reading roomがある。梯子梯子はしご ladderをかけなければ、手の届きかねるとどきかねる be unable to reachまで高くたかく high積み重ねたかさねた piled; stacked書物書物しょもつ booksがある。手ずれずれ wear from handlingゆび fingersあか dirt; grimeで、黒くなってくろくなって become blackいる。金文字きん文字もじ gold lettering光ってひかって shineいる。羊皮羊皮ようひ sheep skin牛皮牛皮ぎゅうひ cowhide二百二百にひゃく two hundredねん yearまえ before; in the pastかみ paper、それからすべてのうえ top of積もったもった accumulatedちり dustがある。この塵は二、三十年三十年さんじゅうねん twenty or thirty yearsかかってようやく積もった尊いとうとい exalted; sacred塵である。静かなしずかな quiet明日明日あす future; days to come打ち勝つつ overcome; resistほどの静かな塵である。

第二の世界に動くうごく move; be active (in)人のかげ shape; formを見ると、たいてい不精な不精ぶしょうな unkemptひげ mustacheをはやしている。あるもの personsそら skyを見て歩いてあるいて walk; strollいる。ある者は俯向いて俯向うつむいて with eyes cast downward歩いている。服装服装なり dress; attire必ずかならず invariablyきたない。生計生計くらし livelihood; circumstancesはきっと貧乏貧乏びんぼう poor; destituteである。そうして晏如晏如あんじょ calm; at easeとしている。電車電車でんしゃ (electric) train取り巻かれながらかれながら be surrounded by太平の太平たいへいの tranquil; peaceful空気空気くうき airを、通天通天つうてん Tsūten (Bridge) - famous for maple trees and fall colors呼吸して呼吸こきゅうして breatheはばからないはばからない not be intimidated; not be constricted。このなかに入るはいる be included者は、現世現世げんせ present age; the transient world知らないらない not know; not be familiar withから不幸不幸ふこう unfortunateで、火宅火宅かたく the world of suffering (Buddhist term)のがれるのがれる avoid; be sparedから幸いさいわい fortunateである。広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaはこのうち within; midstにいる。野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)くん (suffix of familiarity for males)もこの内にいる。三四郎はこの内の空気をほぼ解しえたしえた appreciate; understandところ place; positionにいる。出れば出られるればられる could leave if (he) wanted to。しかしせっかく解しかけた趣味趣味しゅみ taste; preference思いきっておもいきって resolutely; decisively捨てるてる cast aside; discardのも残念残念ざんねん disappointment; a shameだ。

第三の第三だいさんの the third世界はさんとしてさんとして brilliant; resplendent (= さんとして)はる springtimeのごとくうごいている。電燈電燈でんとう electric lightingがある。銀匙銀匙ぎんさじ silver spoonsがある。歓声歓声かんせい shouts of joyがある。笑語笑語しょうご humorous story; amusing storyがある。泡立つ泡立あわだつ bubble; foamシャンパンのさかずき wine cupがある。そうしてすべてのうえ top ofかんむり crownとして美しいうつくしい beautiful; lovely女性女性にょしょう women (usually 女性じょせい)がある。三四郎はその女性の一人一人ひとり one (person)口をきいたくちをきいた talked to; spoke to。一人を二へんへん two times; twice見た。この世界は三四郎にとって最ももっとも most深厚な深厚しんこうな meaningful; tangible世界である。この世界は鼻の先にあるはなさきにある be right before one's nose。ただ近づき難いちかづきがたい difficult to approach。近づき難いてん point; aspectにおいて、天外天外てんがい distant heavens; upper atmosphere稲妻稲妻いなずま bolt of lightningと一般である一般いっぱんである is much like ...。三四郎は遠くからこの世界をながめて、不思議不思議ふしぎ wondrous; mysterious思うおもう think of (as); regard (as)自分自分じぶん oneselfがこの世界のどこかへはいらなければ、その世界のどこかに欠陥欠陥けっかん flaw; deficiencyができるような feelingがする。自分はこの世界のどこかの主人公主人公しゅじんこう main character; pivotal figureであるべき資格資格しかく qualifications; capability有してゆうして have; possessいるらしい。それにもかかわらず、円満の円満えんまんの fulfilling; harmonious発達発達はったつ development; growthこいねがうこいねがう seek out; yearn for (= ねがう)べきはずのこの世界がかえってみずからを束縛して束縛そくばくして fetter; constrain、自分が自由に自由じゆに freely; at will出入出入でいり entry and exit; coming and goingすべき通路通路つうろ pathwayふさいでふさいで close; block offいる。三四郎にはこれが不思議不思議ふしぎ strange; curiousであった。

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)とこ bed; beddingのなかで、この三つみっつ three世界世界せかい worlds; realities並べてならべて line up; place side by side互いにたがいに mutually; with respect to each other比較して比較ひかくして compareみた。つぎ nextにこの三つの世界をかき混ぜてかきぜて mixed; stirred、そのなかから一つひとつ one結果結果けっか result; conclusion得たた attained。――要するにようするに in shortくに one's native placeからはは mother呼び寄せてせて call (to one); summon美しいうつくしい beautiful細君細君さいくん wife迎えてむかえて receive; accept、そうして oneself学問学問がくもん learning; eruditionゆだねるゆだねる entrust to; devote oneself toにこしたことはないにこしたことはない there is nothing better than ...

結果はすこぶる平凡平凡へいぼん commonplace; ordinaryである。けれどもこの結果に到着する到着とうちゃくする arrive (at)まえにいろいろ考えたかんがえた thought; consideredのだから、思索思索しさく thinking; contemplation労力労力ろうりょく labor; effort打算して打算ださんして calculate; take into account結論結論けつろん conclusion価値価値かち worth; value上下しやすい上下しょうかしやすい be apt to raise or lower思索家思索家しさくか thinker自身自身じしん oneselfからみると、それほど平凡ではなかった。

ただこうすると広いひろい wide; expansive第三の第三だいさんの the third世界世界せかい world; reality眇たるびょうたる tiny; insignificant一個の一個いっこの one; single細君で代表させる代表だいひょうさせる take as representative; make the focal point ofことになる。美しい女性女性じょせい womenはたくさんある。美しい女性を翻訳する翻訳ほんやくする translateといろいろになる。――三四郎は広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaにならって、翻訳という word使って使つかって use; applyみた。――いやしくもいやしくも any; in the least人格上の人格上じんかくじょうの in relation to human character言葉言葉ことば word; expressionに翻訳のできるかぎりは、その翻訳から生ずるしょうずる come about感化感化かんか influence; inspiration範囲範囲はんい scope; extentを広くして、自己の自己じこの one's own; personal個性個性こせい character; individuality全からしむるすべからしむる perfect; completeために、なるべく多くのおおくの many; numerous美しい女性に接触しなければならない接触せっしょくしなければならない have to come into contact with。細君一人一人ひとり one (person)知ってって know; be familiar with甘んずるあまんずる be content withのは、進んですすんで willfully自己の発達発達はったつ development; growth不完全不完全ふかんぜん incomplete; imperfectにするようなものである。

三四郎は論理論理ろんり logicをここまで延長して延長えんちょうして extendみて、少しすこし a little; a bit広田さんにかぶれたかぶれた be influenced byなと思ったおもった realized実際のところは実際じっさいのところは in actuality、これほど痛切に痛切つうせつに sharply; keenly不足不足ふそく deficiency感じていなかったかんじていなかった hadn't feltからである。

翌日翌日よくじつ the following day学校学校がっこう university出るる arrive (at)講義講義こうぎ lectures例によってれいによって as usual; as alwaysつまらないが、室内室内しつない within the room空気空気くうき air; atmosphere依然として依然いぜんとして stillぞく the (common) world離れてはなれて separated from; apart fromいるので、午後午後ごご afternoon三時三時さんじ three (o'clock)までのあいだに、すっかり第二の第二だいにの the second世界のひと personなりおおせてなりおおせて managed to become (= おおせて)、さも偉人偉人いじん man of greatnessのような態度態度たいど outlook; attitudeをもって、追分追分おいわけ Oiwake (place name)交番交番こうばん police boxまえ front ofまで来るる come (to); arrive (at)と、ばったり与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)出会った出会であった met; ran into

「アハハハ。アハハハ」

偉人の態度はこれがためにまったくくずれた。交番の巡査巡査じゅんさ (police) officerさえ薄笑い薄笑うすわらい faint smile; grinをしている。

「なんだ」

「なんだもないものだ。もう少し普通の普通ふつうの normal; ordinary人間人間にんげん person; human beingらしく歩くあるく walkがいい。まるでロマンチック・アイロニーだ」

三四郎にはこの洋語洋語ようご Western language意味意味いみ meaningがよくわからなかった。しかたがないから、

うち houseはあったか」と聞いたいた asked

「そのこと matter; affairいま just now君のきみの yourところ place行ったった went (to)んだ――あすいよいよ引っ越すす move (one's residence)手伝い手伝てつだい help; assistanceに来てくれ」

「どこへ越す」

西片町十番地への三号西片町にしかたまち十番地じゅうばんちへの三号さんごう Nishikatamachi 10-3 (street address)九時九時くじ nine (o'clock)までに向こうこう (over) thereへ行って掃除掃除そうじ cleaning; sweepingをしてね。待っててくれっててくれ wait (for me)。あとから行くから。いいか、九時までだぜ。への三号だよ。失敬失敬しっけい pardon (for taking one's leave)

与次郎は急いでいそいで in a hurry行き過ぎたぎた went on (one's way)。三四郎も急いで下宿下宿げしゅく dorm; lodgings帰ったかえった returned (to)。そのばん evening取って返してってかえして hurry back; retrace one's steps図書館図書館としょかん libraryでロマンチック・アイロニーという phrase調べて調しらべて check; investigateみたら、ドイツのシュレーゲルシュレーゲル (Karl Wilhelm) Friedrich Schlegel唱えだしたとなえだした advocated; set forth言葉で、なんでも天才天才てんさい genius; prodigyというものは、目的目的もくてき purpose; objective努力努力どりょく effortもなく、終日終日しゅうじつ all day; morning to nightぶらぶらぶらついてぶらついて stroll; loiterいなくってはだめだというせつ theory; doctrineだと書いてあったいてあった was written。三四郎はようやく安心して安心あんしんして be put at ease、下宿へ帰って、すぐ寝たた went to bed

あくる日あくる the next day約束約束やくそく promise; commitmentだから、天長節天長節てんちょうせつ Emperor's Birthday (former national holiday)にもかかわらず、例刻例刻れいこく the regular time; the usual time起きてきて get up学校学校がっこう university行くく go (to)つもりで西片町十番地西片町にしかたまち十番地じゅうばんち Nishikatamachi 10へはいって、への三号への三号さんごう Number 3調べて調しらべて search outみると、妙にみょうに oddly; curiously細いほそい narrow通りとおり street中ほどなかほど middleにある。古いふるい oldいえ houseだ。

玄関玄関げんかん entry hallの代りにかわりに in place of ...西洋間西洋間せいようま Western-style room一つひとつ one突き出してして protrude; stick outいて、それと鉤の手にかぎに at a right angle to座敷座敷ざしき living room; parlorがある。座敷のうしろが茶の間ちゃ tea room; hearth roomで、茶の間の向こうこう far side勝手勝手かって kitchen下女部屋下女げじょ部屋べや maidservant quarters順にじゅんに in order並んでならんで be lined upいる。ほかに二階二階にかい second floorがある。ただし何畳何畳なんじょう how large (lit: how many tatami mats)だかわからない。

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)掃除掃除そうじ cleaning; sweeping頼まれたたのまれた was requested; was asked (to do)のだが、べつに掃除をする必要必要ひつよう necessityもないと認めたみとめた judged; assessed。むろんきれいじゃない。しかし何といってなんといって at any rate取って捨てべきものっててべきもの things to be taken away; things to be thrown out見当らない見当みあたらない were not to be found。しいて捨てればたたみ tatami; flooring mats建具建具たてぐ fittings and fixturesぐらいなものだと考えながらかんがえながら thinking; considering雨戸雨戸あまど outside (sliding) door; storm doorだけをあけて、座敷の椽側椽側えんがわ veranda腰をかけてこしをかけて sat downにわ yard; gardenをながめていた。

大きなおおきな large百日紅百日紅ひゃくじつこう crape myrtle (tree/shrub known for its long-lasting flowers)がある。しかしこれは rootsとなり next door; neighboring (yard)にあるので、みき trunk半分半分はんぶん half以上以上いじょう more than ...横によこ sideways杉垣杉垣すぎがき cedar fenceから、こっちの領分領分りょうぶん territoryおかしておかして violate; infringe (upon)いるだけである。大きなさくら cherry treeがある。これはたしかに垣根垣根かきね fenceなか insideにはえている。その代りそのかわり on the other handえだ branchesが半分往来往来おうらい road; street逃げ出してして escape out toward、もう少しすこし a little; a bitすると電話電話でんわ telephone (lines)妨害妨害ぼうがい obstruction; interferenceになる。きく chrysanthemum一株一株ひとかぶ one plantある。けれども寒菊寒菊かんぎく winter chrysanthemumとみえて、いっこう咲いていて bloom; blossomいない。このほかにはなんにもない。気の毒などくな pitifulような庭である。ただつち earth; soilだけは平らたいら flat; levelで、肌理肌理きめ texture細かこまか small; fineはなはだはなはだ very美しいうつくしい beautiful。三四郎は土を見てて look atいた。じっさい土を見るようにできた庭である。

そのうち高等学校高等こうとう学校がっこう high schoolで天長節のしき ceremony始まるはじまる start; beginベルが鳴りだしたりだした rang out。三四郎はベルを聞きながらきながら listen to九時九時くじ nine (o'clock)がきたんだろうと考えたかんがえた thought; became aware (of)何もしないでなにもしないで without doing anythingいても悪いわるい not good; improperから、桜の枯葉枯葉かれは dead leavesでも掃こうこう sweep upかしらんとようやく気がついたがついた decided (to do)とき time; moment、またほうき broomがないということを考えだした。また椽側へ腰をかけた。かけて二分二分にふん two minutesもしたかと思うと、庭木戸にわ木戸きど garden gateがすうとあいた。そうして思いもよらぬいけ pondおんな young ladyが庭の中にあらわれた。

二方二方にほう two sides生垣生垣いけがき hedge仕切ってある仕切しきってある be enclosed (by)四角な四角しかくな squareにわ yard; garden十坪十坪とうつぼ 10 tsubo (about 33 sq meters; about 40 sq yards)に足りないりない did not amount to ...三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はこの狭いせまい narrow; confined囲いかこい enclosureなか middle; inside立ったった stoodいけ pondおんな young lady見るる see; catch sight ofやいなや、たちまち悟ったさとった became aware of; realized。――はな flowers必ずかならず absolutely; without fail剪ってって cut; clip瓶裏瓶裏へいり jar; vaseながむながむ view; look upon (= ながめる)べきものである。

このとき moment; occasion三四郎のこし hips; haunches椽側椽側えんがわ veranda離れたはなれた separated from; moved away from。女は折戸折戸おりど (hinged) gateを離れた。

失礼でございますが失礼しつれいでございますが excuse me, but ...……」

女はこの phrase冒頭に置いて冒頭ぼうとういて begin with; lead off with会釈した会釈えしゃくした greeting; bow。腰からうえ above例のとおりれいのとおり as beforeまえ forward浮かしたかした floatedが、かお faceはけっして下げないげない didn't lower。会釈しながら、三四郎を見つめている。女の咽喉咽喉のど throat正面から正面しょうめんから from the front; from straight on見ると長く延びたながびた lengthened同時に同時どうじに at the same timeその eyesが三四郎のひとみ pupils映ったうつった were reflected

二、三日三日さんにち two or three daysまえ三四郎は美学美学びがく aesthetics教師教師きょうし instructorからグルーズグルーズ Jean-Baptiste Greuze (French painter; 1725–1805) painting; portraitを見せてもらった。そのとき time; occasion美学の教師が、このひと person; manのかいた女の肖像肖像しょうぞう portraitはことごとくヴォラプチュアスなヴォラプチュアスな voluptuous表情表情ひょうじょう facial expression; countenanceに富んでいるんでいる be rich in ...; be endowed with ...説明した説明せつめいした explained。ヴォラプチュアス! 池の女のこの時の目つきつき look (in one's eyes)形容する形容けいようする describeにはこれよりほかに言葉言葉ことば wordがない。何かなにか somehow訴えてうったえて appeal to (one's emotions)いる。艶なるえんなる charming; enchantingあるものを訴えている。そうしてまさしく官能官能かんのう sensualityに訴えている。けれども官能のほね bonesをとおしてずい marrow徹するてっする penetrate (to)訴え方うったかた manner of appealing toである。甘いあまい sweetものに堪えうるえうる be able to bear; be able to endure程度程度ていど extent; degreeをこえて、激しいはげしい violent刺激刺激しげき stimulus; provocation変ずるへんずる change (to); be transformed (into)訴え方である。甘いといわんよりは苦痛苦痛くつう agonyである。卑しくいやしく vulgar; vileこびるこびる flatter; fawn upon (びる)のとはむろん違うちがう be different (from)。見られるもののほうがぜひこびたくなるほどに残酷な残酷ざんこくな cruel; merciless目つきである。しかもこの女にグルーズの絵と似たた resembleところは一つひとつ one (thing)もない。目はグルーズのより半分も半分はんぶんも by half小さいちいさい small

広田広田ひろた (Professor) Hirotaさんのお移転になる移転こしになる move (one's residence)のは、こちらでございましょうか」

「はあ、ここです」

女のこえ voice調子調子ちょうし tone; manner (of speaking)比べるくらべる compareと、三四郎のこたえ answer; responseはすこぶるぶっきらぼうぶっきらぼう curt; bluntである。三四郎も気がついてがついて be aware ofいる。けれどもほかに言いよういよう way of saying; manner of speakingがなかった。

「まだお移りにならないうつりにならない hasn't movedんでございますか」女の言葉ははっきりしている。普通のように普通ふつうのように as is commonあとを濁さないあとをにごさない didn't equivocate; didn't speak noncommittally

まだ来ませんまだません not yet arrived。もう来るる come; arriveでしょう」

おんな young ladyしばししばし for a while (= しばらく)ためらったためらった hesitated; paused hand大きなおおきな largeバスケット basketをさげている。女の着物着物きもの kimono (pattern)例によってれいによって as alwaysわからないわからない unfamiliar。ただいつものように光らないひからない subtle; not flashyだけが目についたについた was apparent; caught one's notice (base) fabricがなんだかぶつぶつしているぶつぶつしている be textured; be bumpy。それにしま stripesだか模様模様もよう patternsだかある。その模様がいかにもでたらめでたらめ incoherent; randomである。

うえ aboveからさくら cherry tree leaf時々時々ときどき occasionally落ちてちて fallくる。その一つひとつ oneが籃のふた lidの上に乗ったった alighted on。乗ったと思うおもう notice; realizeうちに吹かれてかれて be blownいった。かぜ (gust of) wind; breezeが女を包んだつつんだ wrapped; enveloped。女はあき autumnなか midst立ってって standいる。

「あなたは……」

風がとなり next door越したした moved on to; crossed over into時分時分じぶん time; moment、女が三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)聞いたいた asked; inquired

掃除掃除そうじ cleaning; sweeping頼まれてたのまれて asked (to do something)来たた cameのです」と言ったった said; repliedが、現にげんに actually; in fact腰をかけてこしをかけて sit downぽかんとしてぽかんとして vacantly; absentmindedlyいたところを見られたられた was seenのだから、三四郎は自分自分じぶん oneselfでおかしくなった。すると女も笑いながらわらいながら smiling

「じゃわたし I少しすこし a little; a bitお待ち申しましょうもうしましょう waitか」と言った。その言い方かた manner of speakingが三四郎に許諾許諾きょだく consent求めるもとめる seekように聞こえたこえた sounded (like)ので、三四郎は大いにおおいに greatly愉快愉快ゆかい content; happyであった。そこで「ああ」と答えたこたえた answered。三四郎の了見了見りょうけん intentionでは、「ああ、お待ちなさい」を略したりゃくした abbreviatedつもりである。女はそれでもまだ立っている。三四郎はしかたがないから、

「あなたは……」と向こうこう the other partyで聞いたようなことをこっちからも聞いた。すると、女は籃をえん verandaの上へ置いていて set; placeおび sashあいだ midst; withinから、一枚一枚いちまい one (flat object)名刺名刺めいし calling card出してして take out; produce、三四郎にくれた。

名刺には里見里見さとみ Satomi (family name)美禰子美禰子みねこ Mineko (first name)とあった。本郷本郷ほんごう Hongō (place name)真砂町真砂町まさごちょう Masagochō (subdistrict of Hongō)だからたに valleyを越すとすぐ向こうである。三四郎がこの名刺をながめているあいだに、女は椽に腰をおろした。

「あなたにはお目にかかりましたにかかりました saw; encounteredな」と名刺をたもと sleeve pocket入れたれた put into三四郎がかお faceをあげた。

「はあ。いつか病院病院びょういん hospitalで……」と言って女もこっちを向いた。

「まだある」

「それからいけ pondはた edgeで……」と女はすぐ言った。よく覚えておぼえて rememberいる。三四郎はそれで言うこと things; mattersがなくなった。女は最後に最後さいごに finally

どうも失礼いたしましたどうも失礼しつれいいたしました I'm sorry if I was impolite」と句切りをつけた句切くぎりをつけた brought to closureので、三四郎は、

「いいえ」と答えた。すこぶる簡潔簡潔かんけつ brevity; simplicityである。二人二人ふたり two (people)は桜のえだ branchesを見ていた。こずえ branch endsむし bugs; insects食ったった ate; chewedような葉がわずかばかり残ってのこって remainいる。引っ越しし moving荷物荷物にもつ boxes; waresはなかなかやってこない。

「なにか先生先生せんせい professor御用御用ごよう businessなんですか」

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)突然突然とつぜん abruptlyこう聞いたいた asked高いたかい tallさくら cherry tree枯枝枯枝かれえだ withered branches余念なく余念よねんなく attentivelyながめていたおんな young ladyは、急にきゅうに quickly三四郎のほう direction振りむくりむく turned back (toward)。あらびっくりした、ひどいわ、という顔つきかおつき facial expressionであった。しかしこたえ reply; answer尋常尋常じんじょう common; usualである。

わたし Iお手伝い手伝てつだい help; assistance頼まれましたたのまれました was asked (to do something)

三四郎はこのとき time; momentはじめて気がついてがついて pay attention; notice見るる lookと、女の腰をかけてこしをかけて sitいるえん verandaすな sandがいっぱいたまっている。

「砂でたいへんだ。着物着物きもの kimonoがよごれます」

「ええ」と左右左右さゆう left and rightをながめたぎりである。腰を上げないこしげない did not get up。しばらく椽を見回した見回みまわした looked around; surveyed eyesを、三四郎に移すうつす shift (toward)やいなや、

掃除掃除そうじ cleaning; sweepingはもうなすったんですか」と聞いた。笑ってわらって smileいる。三四郎はその笑いのなかに慣れやすいれやすい ; easy to grow accustomed to; easy to feel comfortable withあるものを認めたみとめた recognized

「まだやらんです」

「お手伝いをして、いっしょに始めましょうはじめましょう get startedか」

三四郎はすぐに立ったった rose; got up。女は動かないうごかない didn't move。腰をかけたまま、ほうき broomはたきはたき dusterのありかを聞く。三四郎は、ただてぶらでてぶらで with empty hands来たた came; arrivedのだから、どこにもない、なんなら通りとおり street; road行って買ってこようってってこよう go out and buyかと聞くと、それはむだだから、となり next door借りるりる borrowほうがよかろうと言うう said; replied。三四郎はすぐ隣へ行った。さっそく箒とはたきと、それからバケツと雑巾雑巾ぞうきん cleaning ragまで借りて急いで帰ってくるいそいでかえってくる come hurrying backと、女は依然として依然いぜんとして as beforeもとのところ placeへ腰をかけて、高い桜のえだ branchesをながめていた。

「あって……」と一口一口ひとくち one word言っただけである。

三四郎は箒を肩へかついでかたへかついで carry over one's shoulder、バケツを右の手みぎ right handぶら下げてぶらげて carry「ええありました」とあたりまえのことを答えたこたえた answered

女は白足袋白足袋しろたび white socks (with split toe for sandal strap)のまま砂だらけの椽側椽側えんがわ veranda上がったがった stepped up (onto)歩くあるく walk細いほそい slender足のあとさしのあと footprintsができる。たもと sleeve pocketから白いしろい white前だれまえだれ apron出してして took outおび sashうえ aboveから締めためた tied; secured。その前だれのふち edge; borderがレースのようにかがってかがって sew; stitchある。掃除をするにはもったいないほどきれいないろ colorである。女は箒を取ったった took

「いったんはき出しましょうはきしましょう sweep out」と言いながら、袖の裏そでうら sleeve opening (along back edge of kimono sleeve)から右の手みぎ right armを出して、ぶらつく袂を肩の上へかついだ。きれいな手が二の腕うで upper armまで出た。かついだ袂のはじ end; edge (usually はし)からは美しいうつくしい beautiful襦袢襦袢じゅばん undergarment; under layerの袖が見える。茫然茫然ぼうぜんとして blankly; absentmindedly立っていた三四郎は、突然バケツを鳴らしてなららして clank; rattle勝手口勝手口かってぐち kitchen door; service entrance回ったまわった went around (to)

美禰子美禰子みねこ Mineko (name)掃くく sweepあとを、三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)雑巾雑巾ぞうきん cleaning ragをかける。三四郎がたたみ tatami (mats)をたたくあいだに、美禰子が障子障子しょうじ shōjiはたくはたく dust off。どうかこうか掃除掃除そうじ cleaningひととおりひととおり once over済んだんだ be finishedとき time二人二人ふたり two peopleともだいぶ親しくなったしたしくなった were on friendly terms

三四郎がバケツのみず water取り換ええ exchange; change out台所台所だいどころ kitchen行ったった went (to)あとで、美禰子がはたきはたき dusterほうき broom持ってって hold; carry二階二階にかい 2nd floor; upstairs上がったがった went up (to)

「ちょっと来てて comeください」とうえ aboveから三四郎を呼ぶぶ call for

「なんですか」とバケツをさげた三四郎が梯子段梯子段はしごだん staircaseした below; bottomから言うう say; replyおんな young lady暗いくらい darkところ place立ってって standいる。前だれまえだれ apronだけがまっ白まっしろ pure whiteだ。三四郎はバケツをさげたまま二、三段三段さんだん two or three steps上がった。女はじっとしている。三四郎はまた二段上がった。薄暗い薄暗うすぐらい dim所で美禰子のかお faceと三四郎の顔が一尺一尺いっしゃく 1 shaku (about 30 cm; about 1 foot)ばかりの距離距離きょり distanceに来た。

「なんですか」

「なんだか暗くってわからないの」

「なぜ」

「なぜでも」

三四郎は追窮する追窮ついきゅうする inquire further; press a matter intentionがなくなった。美禰子のそばをすり抜けてすりけて slip past上へ出たた arrived。バケツを暗い椽側椽側えんがわ balcony; outer corridor置いていて place; set down (storm) shutterをあける。なるほどさん sliding window boltのぐあいがよくわからない。そのうち美禰子も上がってきた。

まだあからなくってまだあからなくって Won't open yet?

美禰子は反対反対はんたい oppositeがわ sideへ行った。

「こっちです」

三四郎は黙ってだまって without speaking、美禰子のほう direction近寄った近寄ちかよった approached。もう少しすこし a little; a bitで美禰子の hand自分の自分じぶんの one's own手が触れる所れるところ just short of touchingで、バケツに蹴つまずいたつまずいた stumbled over (= つまずいた)大きな音おおきなおと loud sound; loud noiseがする。ようやくのことで戸を一枚一枚いちまい one (door)あけると、強いつよい strong sunlightがまともにさし込んださしんだ poured inまぼしいまぼしい blinding (= まぶしい)くらいである。二人二人ふたり two (people)顔を見合わせてかお見合みあわせて look at each other思わずおもわず on impulse笑い出したわらした laughed

うら back (side)まど windowもあける。窓にはたけ bamboo格子格子こうし latticeがついている。家主家主やぬし landlord; property ownerにわ yard; garden見えるえる be visibleとり chickens飼ってって keep; raise (pets or livestock)いる。美禰子美禰子みねこ Mineko (name)例のごとくれいのごとく as before掃き出したした swept out三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)四つ這いよっい on hands and kneesになって、あとから拭き出したした wiped up。美禰子はほうき broom両手両手りょうて both hands持ったった heldまま、三四郎の姿姿すがた shape; formを見て、

「まあ」と言ったった said; exclaimed

やがて、箒をたたみ tatami (mats)うえ top ofなげ出してなげして tossed aside; laid aside、裏の窓のところ place; vicinity of行ってって went (to)立ったままったまま standing there外面外面そと outsideをながめている。そのうち三四郎も拭き終ったおわった finished wipingぬれ雑巾ぬれ雑巾ぞうきん wet ragをバケツのなか insideぼちゃんとぼちゃんと with a splash; with a plopたたきこんで、美禰子のそばへ来て並んだならんだ came up next to

なに whatを見ているんです」

「あててごらんなさい」

とり chickensですか」

「いいえ」

「あの大きなおおきな large treeですか」

「いいえ」

「じゃ何を見ているんです。ぼくにはわからない」

わたし Iさっきからあの白いしろい whiteくも cloudを見ておりますの」

なるほど白い雲が大きなそら sky渡ってわたって cross; traverseいる。空はかぎりなく晴れてれて clear (weather)、どこまでも青くあおく blue澄んでんで be clear; be transparentいる上を、綿綿わた cotton光ったひかった shineような濃いい dense; solid雲がしきりに飛んで行くんでく blow by; float by (on the wind)かぜ windちから force; power激しいはげしい furious; intenseと見えて、雲のはし edge; tip吹き散らされるらされる be blown about; be buffetedと、青い base; backgroundがすいて見えるほどに薄くうすく thinなる。あるいは吹き散らされながら、塊まってかたまって clump; cluster together、白く柔かなやわらかな softはり needles集めたあつめた gathered; formedように、ささくれだつささくれだつ split finely。美禰子はそのかたまりを指さしてゆびさして point out; indicate言った。

駝鳥駝鳥だちょう ostrich襟巻襟巻ボーア boa (decorative scarf made of feathers)似てて resembleいるでしょう」

三四郎はボーアという言葉言葉ことば word知らなかったらなかった didn't know。それで知らないと言った。美禰子はまた、

「まあ」と言ったが、すぐ丁寧に丁寧ていねいに respectfully; patientlyボーアを説明して説明せつめいして explainくれた。その時三四郎は、

「うん、あれなら知っとる」と言った。そうして、あの白い雲はみんなゆき snow powder; dustで、した belowから見てあのくらいに動くうごく move; be in motion以上以上いじょう given that ...は、颶風颶風ぐふう typhoon; cyclone以上以上いじょう more than; in excess (of)速度速度そくど speed; velocityでなくてはならないと、このあいだ野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんから聞いたいた heardとおりを教えたおしえた told (of); informed。美禰子は、

「あらそう」と言いながら三四郎を見たが、

「雪じゃつまらないわね」と否定否定ひてい repudiation許さぬゆるさぬ won't allow; won't tolerateような調子調子ちょうし tone (of voice)であった。

「なぜです」

「なぜでも、雲は雲でなくっちゃいけないわ。こうして遠くとおく distanceからながめているかいがないじゃありませんか」

「そうですか」

「そうですかって、あなたは雪でもかまわなくって」

「あなたは高いたかい high; lofty所を見るのが好きき (to one's) likingのようですな」

「ええ」

美禰子は竹の格子の中から、まだ空をながめている。白い雲はあとから、あとから、飛んで来るんでる come flying

ところへ遠くとおく distanceから荷車荷車にぐるま cart; wagonおと sound聞こえるこえる could be heardいま now; just now静かなしずかな still; quiet横町横町よこちょう side street; lane曲がってがって turned (onto)、こっちへ近づいて来るちかづいてる draw nearのが地響き地響じひびき rumbling (through the ground)でよくわかる。三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は「来たた they're here」と言ったった said美禰子美禰子みねこ Mineko (name)は「早いのねはやいのね already; so soon」と言ったままじっとしている。くるま car; cartの音の動くうごく moveのが、白いしろい whiteくも cloudsの動くのに関係関係かんけい connectionでもあるように耳をすましてみみをすまして listen carefully; strain one's earsいる。車はおちついたあき autumnなか middle; midst容赦なく容赦ようしゃなく relentlessly近づいて来る。やがてもん gateまえ front ofへ来てとまった。

三四郎は美禰子を捨てててて leave behind二階二階にかい 2nd floor; upstairs駆け降りたりた raced down (from)。三四郎が玄関玄関げんかん entrance; entryway出るる appear (at); arrive (at)のと、与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)が門をはいるのとが同時同刻同時どうじ同刻どうこく same time; simultaneousであった。

「早いな」と与次郎がまず声をかけたこえをかけた called out

「おそいな」と三四郎が答えたこたえた answered; replied。美禰子とは反対反対はんたい oppositeである。

「おそいって、荷物荷物にもつ things一度一度いちど once; one time出したした put out; moved outんだからしかたがない。それにぼく一人一人ひとり aloneだから。あとは下女下女げじょ maidservant車屋車屋くるまや rickshaw manばかりでどうすることもできない」

先生先生せんせい professorは」

「先生は学校学校がっこう school

二人二人ふたり two (people)はなし talk; conversation始めてはじめて beginいるうちに、車屋が荷物をおろし始めた。下女もはいって来た。台所台所だいどころ kitchenほう direction; alternativeを下女と車屋に頼んでたのんで request、与次郎と三四郎は書物書物しょもつ books西洋間西洋間せいようま Western-style room入れるれる put into。書物がたくさんある。並べるならべる line up; organizeのは一仕事一仕事ひとしごと significant task; hard workだ。

里見里見さとみ Satomi (Mineko's family name)お嬢さんじょうさん young ladyは、まだ来ていないか」

「来ている」

「どこに」

「二階にいる」

「二階になに whatをしている」

「何をしているか、二階にいる」

冗談じゃない冗談じょうだんじゃない you've got to be kidding me

与次郎はほん book一冊一冊いっさつ one volume (book)持ったった hold; carryまま、廊下伝いに廊下ろうかづたいに following the corridor梯子段梯子段はしごだん staircaseした bottomまで行ってって went (to)例のとおりのれいのとおりの usual; characteristicこえ voice; toneで、

「里見さん、里見さん。書物をかたづけるから、ちょっと手伝って手伝てつだって help outください」と言う。

ただ今参りますただ今参いままいります coming; be there in a minute

ほうき broomはたきはたき dusterを持って、美禰子は静かにしずかに quietly; calmly降りて来たりてた came down

「何をしていたんです」と下から与次郎がせきたてるせきたてる urge; pressように聞くく ask

「二階のお掃除掃除そうじ cleaning」とうえ aboveから返事返事へんじ replyがあった。

降りるりる descend; come downのを待ちかねてちかねて be restless; be impatient for与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)美禰子美禰子みねこ Mineko (name)西洋間西洋間せいようま Western-style room戸口戸口とぐち doorwayところ place; location連れて来たれてた brought; led車力車力しゃりき driver; cartmanのおろした書物書物しょもつ booksがいっぱい積んでんで be piled; be stackedある。三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)がそのなか middle; midstへ、向こうむきこうむき facing away; facing the opposite directionにしゃがんで、しきりにしきりに eagerly; intently何かなにか something読み始めてはじめて starting to readいる。

「まあたいへんね。これをどうするの」と美禰子が言ったった said; remarkedとき time; moment、三四郎はしゃがみながら振り返ったかえった turned to look behindにやにや笑ってにやにやわらって grin; smileいる。

「たいへんもなにもありゃしない。これを部屋部屋へや roomの中へ入れてれて put into; bring into片づけるかたづける arrange; organizeんです。いまに先生先生せんせい professor帰って来てかえってて come back手伝う手伝てつだう help outはずだからわけはないわけはない nothing to it; no problem。――きみ you (used here as form of address)、しゃがんでほん bookなんぞ読みだしちゃ困るこまる can't have (someone doing something); is unacceptable。あとで借りてりて borrowいってゆっくり読むがいい」と与次郎が小言小言こごと complaintを言う。

美禰子と三四郎が戸口で本をそろえると、それを与次郎が受け取ってって receive; take部屋の中の書棚書棚しょだな bookshelves並べるならべる arrange; line upという役割役割やくわり roles; dutiesができた。

「そう乱暴に乱暴らんぼうに recklessly; carelessly出しちゃしちゃ put forth; present困る。まだこの続きつづき next (volume); next (in a series)一冊一冊いっさつ one volumeあるはずだ」と与次郎が青いあおい blue平たいひらたい thin本を振り回すまわす waved

「だってないんですもの」

「なにないことがあるものか」

「あった、あった」と三四郎が言う。

「どら、拝見拝見はいけん let's see」と美禰子がかお face寄せて来るせてる bring close。「ヒストリー・オフ・インテレクチュアル・デベロップメント。あらあったのね」

「あらあったもないもんだ。早くはやく quickly; promptlyお出しなさいしなさい hand it over; hand it here

三人三人さんにん three (people)やく about; around三十分三十分さんじっぷん thirty minutesばかり根気に根気こんきに diligently; energetically働いたはたらいた worked。しまいにはさすがの与次郎もあまりせっつかなくなったせっつかなくなった slackened one's pace; lost one's sense of urgency見るる lookと書棚のほう directionを向いてあぐらをかいて黙ってだまって be silentいる。美禰子は三四郎のかた shoulderをちょっと突っついたっついた tapped; poked。三四郎は笑いながら、

「おいどうした」と聞くく ask

「うん。先生もまあ、こんなにいりもしないいりもしない unneeded; unnecessary本を集めてあつめて collect; gatherどうする intentionかなあ。まったく人泣かせ人泣ひとなかせ annoyance; nuisanceだ。いまこれを売ってって sellかぶ stocks; sharesでも買っておくっておく buy upともうかるんだが、しかたがない」と嘆息した嘆息かんそくした sighed; lamentedまま、やはりかべ wallを向いてあぐらをかいている。

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)美禰子美禰子みねこ Mineko (name)顔を見合わせてかお見合みあわせて looked at each other笑ったわらった laughed肝心肝心かんじん essential; crucial主脳主脳しゅのう head; leader動かないうごかない not moving; at a standstillので、二人二人ふたり two (people)とも書物書物しょもつ booksをそろえるのを控えてひかえて hold back; refrainいる。三四郎は poems; poetryほん bookひねくり出したひねくりした worked free; wrested out。美禰子は大きなおおきな large画帖画帖がじょう picture bookひざ lapうえ top of開いたひらいた opened勝手勝手かって kitchenほう directionでは臨時雇い臨時りんじやとい hired by the day; working on contract車夫車夫しゃふ cartman; driver下女下女げじょ maidservantしきりにしきりに frequently; incessantly論判論判ろんぱん argument; disputeしている。たいへん騒々しい騒々そうぞうしい noisy

ちょっと御覧なさいちょっと御覧ごらんなさい take a look at this」と美禰子が小さなちいさな small; quiet (voice)こえ voice言うう said。三四郎は及び腰になっておよごしになって with one's back bent、画帖の上へ顔を出した。美禰子のあたま hair (usually かみ)香水香水こうすい perfumeのにおいがする。

 pictureはマーメイドの illustrationである。裸体の裸体らたいの naked; nudeおんな womanこし hipsからした belowさかな fishになって、魚のどう trunk; torsoがぐるりと腰を回ってまわって circle (around)向こう側こうがわ other side; far side tailだけ出てて protrude; stick outいる。女は長いながい longかみ hairくし combすきながらすきながら combingすき余ったすきあまった too much for the comb; overflowing the combのを hand受けながらけながら receive; hold、こっちを向いていて face (toward)いる。背景背景はいけい background広いひろい wideうみ ocean; seaである。

人魚人魚マーメイド mermaid

「人魚」

あたま headsすりつけたすりつけた brushed against (each other)二人は同じおなじ sameこと thingをささやいた。このとき time; momentあぐらをかいていた与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)がなんと思ったおもった thought; wonderedか、

「なんだ、なに what見てて look atいるんだ」と言いながら廊下廊下ろうか corridor; hallway出て来たた came out (to)三人三人さんにん three (people)首をあつめてくびをあつめて with heads together画帖を一枚ごと一枚いちまいごと one page at a time繰ってって turn (pages); flip throughいった。いろいろな批評批評ひひょう critique; commentが出る。みんないいかげんである。

ところへ広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaがフロックコートで天長節天長節てんちょうせつ Emperor's Birthday (former national holiday)しき ceremonyから帰ってきたかえってきた came back; returned、三人は挨拶挨拶あいさつ greetings; civilitiesをする時に画帖を伏せてせて lay face down; turn overしまった。先生が書物だけはやく片づけようかたづけよう put away; organizeというので、三人がまた根気に根気こんきに diligently; energeticallyやり始めたやりはじめた started on; set about (doing something)今度今度こんど this time主人公主人公しゅじんこう master; head of the houseがいるので、そう油を売るあぶらる loaf; dawdleこともできなかったとみえて、一時間後いち時間じかん one hour laterには、どうか、こうか廊下の書物が書棚書棚しょだな bookshelvesなか inside; within詰まってまって be packed (into)しまった。四人四人よにん four (people)立ち並んでならんで standing togetherきれいに片づいた書物を一応一応いちおう once-overながめた。

「あとの整理整理せいり arrangement; adjustmentはあしただ」と与次郎が言った。これでがまんなさいといわぬばかりである。

「だいぶお集めになりましたあつめになりました gathered; collectedね」と美禰子美禰子みねこ Mineko (name)言うう said; remarked

先生先生せんせい Professor (used here as form of address)これだけみんなお読みになったみになった readですか」と最後に最後さいごに finally三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)聞いたいた asked; inquired。三四郎はじっさい参考参考さんこう reference; (point of) consultationのため、この事実事実じじつ truth; reality確かめてたしかめて confirm; verifyおく必要必要ひつよう necessityがあったとみえる。

「みんな読めるものか、佐々木佐々木ささき Sasaki (Yojirō's family name)なら読むかもしれないが」

与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)頭をかいてあたまをかいて scratch one's headいる。三四郎はまじめになって、じつはこのあいだから大学大学だいがく university図書館図書館としょかん libraryで、少しずつすこしずつ a few at a timeほん books借りてりて borrow読むが、どんな本を借りても、必ずかならず invariably; without failだれか目を通してとおして look throughいる。試しにためしに as a testアフラ・ベーンアフラ・ベーン Aphra Behn (English female literary writer; 1640-1689)というひと person小説小説しょうせつ novelを借りてみたが、やっぱりだれか読んだあとがあるので、読書読書どくしょ reading範囲範囲はんい scope; range際限際限さいげん limits; bounds知りたくなったりたくなった wanted to know; was wondering aboutから聞いてみたと言う。

「アフラ・ベーンならぼくも読んだ」

広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaのこの一言一言いちごん few words; brief commentには三四郎も驚いたおどろいた be surprised; be astounded

「驚いたな。先生はなんでも人の読まないものを読むくせ habit; tendencyがある」と与次郎が言った。

広田は笑ってわらって smiled; laughed座敷座敷ざしき living room; parlorほう direction行くく went (to)着物着物きもの kimono; clothes着換える着換きがえる change (clothes)ためだろう。美禰子もついて出たた left; went out。あとで与次郎が三四郎にこう言った。

「あれだから偉大な偉大いだいな great; eminent暗闇暗闇くらやみ darkness; obscurityだ。なんでも読んでいる。けれどもちっとも光らないひからない doesn't shine; doesn't radiate。もう少し流行る流行はやる popular; in vogueものを読んで、もう少し出しゃばってしゃばって assert oneself; promote oneselfくれるといいがな」

与次郎の言葉はけっして冷評冷評れいひょう sneer; slightではなかった。三四郎は黙ってだまって in silence本箱本箱ほんばこ bookcaseをながめていた。すると座敷から美禰子のこえ voiceが聞こえた。

「ごちそうをあげるからお二人二人ふたり you two; the two of youともいらっしゃい」

二人が書斎書斎しょさい study (room)から廊下伝いに廊下ろうかづたいに following the corridor、座敷へ来てて come (to); arrive (at)みると、座敷のまん中まんなか middle; centerに美禰子の持って来たってた broughtバスケット basket据えてえて place; set (into position)ある。ふた lid取ってって take (off); removeある。なか insideにサンドイッチがたくさんはいっている。美禰子はそのそばにすわって、籃の中のものを小皿小皿こざら small dish; small plate取り分けてけて apportion; serve outいる。与次郎と美禰子の問答問答もんどう dialogue; discussion始まったはじまった started

「よく忘れずにわすれずに without forgetting持ってきましたもっってきました broughtね」

「だって、わざわざ御注文御注文ごちゅうもん order; requestですもの」

「そのバスケット basket買ってきたってきた went and boughtんですか」

「いいえ」

うち house; homeにあったんですか」

「ええ」

「たいへん大きなおおきな big; largeものですね。車夫車夫しゃふ rickshaw man; driverでも連れてきたれてきた brought (someone along)んですか。ついでに、少しのあいだすこしのあいだ for a while置いていて keep (in a place)働かせればはたらかせれば put to workいいのに」

「車夫はきょうは使い使つかい errands; business出ましたました was out; left (on)おんな womanだってこのくらいなものは持てますわ」

「あなただから持つんです。ほかのお嬢さんじょうさん young ladyなら、まあやめますね」

「そうでしょうか。それならわたし Iもやめればよかった」

美禰子美禰子みねこ Mineko (name)食い物もの food小皿小皿こざら small dishes; small plates取りながらりながら serve up; dish out与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)応対して応対たいおうして deal with; engage withいる。言葉言葉ことば words; speechに少しもよどみよどみ indecision; hesitationがない。しかもゆっくりおちついている。ほとんど与次郎のかお face見ないない not look atくらいである。三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)敬服した敬服けいふくした admired; thought highly of

台所台所だいどころ kitchenから下女下女げじょ maidservantちゃ tea持って来るってる brought out。籃を取り巻いたいた surrounded; crowded round連中連中れんちゅう group; companyは、サンドイッチを食い出したした started in on (eating)。少しのあいだは静かしずか quietであったが、思い出したおもした rememberedように与次郎がまた広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirota話しかけたはなしかけた addressed; spoke to

「先生、ついでだからちょっと聞いていて ask; inquireおきますがさっきのなんとかベーンですね」

アフラ・ベーンアフラ・ベーン Aphra Behn (English female literary writer; 1640-1689)か」

「ぜんたいなんです、そのアフラ・ベーンというのは」

英国英国えいこく England閨秀作家閨秀けいしゅう作家さっか (accomplished) female writerだ。十七世紀十七じゅうなな世紀せいき 17th centuryの」

「十七世紀は古すぎるふるすぎる too old雑誌雑誌ざっし magazine; journal材料材料ざいりょう materialにゃなりませんね」

「古い。しかし職業職業しょくぎょう professionとして小説小説しょうせつ novel従事した従事じゅうじした pursued a calling; took up a professionはじめての女だから、それで有名有名ゆうめい famousだ」

「有名じゃ困るなこまるな awkward; embarrassing。もう少し伺ってうかがって inquire (into a matter)おこう。どんなものを書いたいた wroteんですか」

「ぼくはオルノーコオルノーコ Oroonoko (published in 1688)という小説を読んだんだ readだけだが、小川小川おがわ Ogawa (Sanshirō's family name)さん、そういう name; title (of a story)の小説が全集全集ぜんしゅう complete worksのうちにあったでしょう」

三四郎はきれいに忘れてわすれて forgetいる。先生にその梗概梗概こうがい outline; summaryを聞いてみると、オルノーコという黒ん坊くろぼう Negro; dark-skinned person王族王族おうぞく royal; member of the royal familyが英国の船長船長せんちょう (ship's) captainにだまされて、奴隷奴隷どれい slave売られてられて be sold非常に非常ひじょうに in the extreme; to a great degree難儀をする難儀なんぎをする suffer hardshipこと matter; affairが書いてあるのだそうだ。しかもこれは作家の実見譚実見譚じっけんだん eyewitness's accountだとして後世後世こうせい later generations信ぜられてしんぜられて believed (to be)いるというはなし storyである。

「おもしろいな。里見里見さとみ Satomi (Mineko's family name)さん、どうです、一つひとつ one; onceオルノーコでも書いちゃあ」と与次郎はまた美禰子美禰子みねこ Mineko (name)ほう direction向かったかった turned toward

「書いてもよござんすけれども、私にはそんな実見譚がないんですもの」

「黒ん坊の主人公主人公しゅじんこう main character; hero必要必要ひつよう necessary; needed なら、その小川くん (suffix of familiarity for males)でもいいじゃありませんか。九州九州きゅうしゅう Kyūshūおとこ fellowいろ colorが黒いから」

口の悪いくちわるい awful; ill-mannered」と美禰子は三四郎を弁護する弁護べんごする defend; stick up forように言ったった said; remarkedが、すぐあとから三四郎の方を向いて、

「書いてもよくって」と聞いた。その eyes; look見たた sawとき time; momentに、三四郎はけさ籃をさげて、折戸折戸おりど (hinged) gateからあらわれた瞬間瞬間しゅんかん moment; instantの女を思い出した。おのずからおのずから involuntarily酔ったった be spellbound; be in raptures心地心地ここち feeling; sensationである。けれども酔ってすくんだすくんだ cowered; cringed心地である。どうぞ願いますどうぞねがいます please go ahead (and do something)などとはむろん言いえなかった。

広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirota例によってれいによって as usual; according to habit煙草煙草タバコ tobacco; cigaretteのみ出したのみした started smoking与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)はこれを評してひょうして comment on; express an opinion onはな noseから哲学哲学てつがく philosophyけむり smoke吐くく breathe out言ったった said; remarked。なるほど煙の出方出方でかた way of emerging少しすこし a little; a bit違うちがう different悠然として悠然ゆうぜんとして calmly; deliberately太くふとく thickたくましいたくましい sturdyぼう column; pillar二本二本にほん two (long objects)あな nostrils抜けて来るけてる come out through。与次郎はその煙柱煙柱えんちゅう pillars of smokeをながめて、半分半分はんぶん halfway back (part of body)唐紙唐紙からかみ paper-covered shōji (short for 唐紙からかみ障子しょうじ)持たしたたした leaned againstまま黙ってだまって be silentいる。三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name) eyesはぼんやりにわ yard; gardenうえ on; on top ofにある。引っ越しし movingではない。まるで小集小集しょうしゅう small get-togetherのていに見えるえる appear (to be)談話談話だんわ conversationもしたがって気楽な気楽きらくな carefree; comfortableものである。ただ美禰子美禰子みねこ Mineko (name)だけが広田先生のかげ other side (of)で、先生がさっき脱ぎ捨てたてた took off; cast off洋服洋服ようふく Western clothes畳み始めたたたはじめた began to fold up。先生に和服和服わふく Japanese clothes着せたせた laid out clothing (for someone to wear)のも美禰子の所為所為しょい act; deedとみえる。

いま (just) nowオルノーコオルノーコ Oroonoko (Aphra Behn novel published in 1688)はなし storyだが、きみ youそそっかしいそそっかしい rash; carelessから間違える間違まちがえる be mistaken; misunderstandといけないからついでに言うがね」と先生の煙がちょっととぎれた。

「へえ、伺ってうかがって inquire; seek someone's guidanceおきます」と与次郎が几帳面に几帳面きちょうめんに precisely; on cue言う。

「あの小説小説しょうせつ novel出てて appear; be publishedから、サザーンサザーン Thomas Southerne (Irish dramatist; 1660–1746)というひと person; manがその話を脚本脚本きゃくほん (theater) script仕組んだ仕組しくんだ arranged (as)のがべつ separateにある。やはり同じおなじ same nameでね。それをいっしょにしちゃいけない」

「へえ、いっしょにしやしません」

洋服を畳んでいた美禰子はちょっと与次郎のかお faceを見た。

「その脚本のなかに有名な有名ゆうめいな famous line; wordsがある。Pity's akin to love という句だが……」それだけでまた哲学の煙をさかんに吹き出した。

日本日本にほん Japanにもありそうな句ですな」と今度今度こんど this timeは三四郎が言った。ほかのもの people; membersも、みんなありそうだと言いだした。けれどもだれにも思い出せないおもせない can't recall; can't think of。ではひとつ訳してやくして translateみたらよかろうということになって、四人四人よにん four (of them)がいろいろに試みたこころみた tried; attemptedがいっこうにまとまらない。しまいに与次郎が、

「これは、どうしても俗謡俗謡ぞくよう popular song; balladでいかなくっちゃだめですよ。句のおもむき tenor; gistが俗謡だもの」と与次郎らしい意見意見いけん opinion; point of view提出した提出ていしゅつした offered; proposed

そこで三人三人さんにん three (people)がぜんぜん翻訳翻訳ほんやく translationけん authority; rights与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)委任する委任いにんする entrust to; charge with (doing)ことにした。与次郎はしばらく考えてかんがえて pondered; mulledいたが、

少しすこし a little; a bitむりですがね、こういうなどうでしょう。かあいそうかあいそう wretched; pitiable (= 可哀かわいそう)だたほれたってことよ」

「いかん、いかん、下劣の極下劣げれつきわみ utterly base; thoroughly vulgarだ」と先生先生せんせい professorがたちまち苦いにがい distasteful; disapprovingかお face; lookをした。その言い方かた manner of speaking; expressionがいかにも下劣らしいので、三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)美禰子美禰子みねこ Mineko (name)一度に一度いちどに at once; simultaneously笑い出したわらした broke into laughter。この笑い声わらごえ laughterがまだやまないうちに、にわ yard; garden木戸木戸きど (wooden) gateがぎいと開いていて opened野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんがはいって来たはいってた came in; entered

「もうたいてい片づいたかたづいた put in order; finished upんですか」と言いながら、野々宮さんは椽側椽側えんがわ veranda正面正面しょうめん front sideところ place; areaまで来て、部屋部屋へや roomなか inside; interiorにいる四人四人よにん four (people)をのぞくように見渡した見渡みわたした looked around

「まだ片づきませんよ」と与次郎がさっそく言う。

「少し手伝って手伝てつだって help outいただきましょうか」と美禰子が与次郎に調子を合わせた調子ちょうしわせた went along with。野々宮さんはにやにや笑いながら、

「だいぶにぎやかなようですね。何かなにか somethingおもしろいこと incident; affairがありますか」と言って、ぐるりと後向きに後向うしろむきに facing backwards椽側へ腰をかけたこしをかけた sat down

いま just nowぼくが翻訳をして先生にしかられたところです」

「翻訳を? どんな翻訳ですか」

「なにつまらない――かわいそうだたほれたってことよというんです」

「へえ」と言った野々宮くん (suffix of familiarity for males)は椽側で筋かいにすじかいに crosswise; at an angle向き直ったなおった turned (himself)。「いったいそりゃなんですか。ぼくにゃ意味意味いみ meaningがわからない」

「だれだってわからんさ」と今度今度こんど this timeは先生が言った。

「いや、少し言葉言葉ことば wordsをつめすぎたから――あたりまえにのばすと、こうです。かあいそうだとはほれたということよ」

「アハハハ。そうしてその原文原文げんぶん original textはなんというのです」

「Pity's akin to love」と美禰子が繰り返したかえした repeated美しいうつくしい beautifulきれいな発音発音はつおん pronunciationであった。

野々宮さんは、椽側から立ってって get up (from)二、三歩三歩さんぽ several steps庭のほう direction歩き出したあるした walked; pacedが、やがてまたぐるりと向き直って、部屋を正面に留まったまった came to a stop

「なるほどうまいやく translationだ」

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)くん (suffix of familiarity for males)態度態度たいど manner; behavior視線視線しせん gaze; look (in one's eyes)とを注意せずにはいられなかった注意ちゅういせずにはいられなかった couldn't help but notice

美禰子美禰子みねこ Mineko (name)台所台所だいどころ kitchen立ってって get up (to go to)茶碗茶碗ちゃわん tea cup洗ってあらって wash新しいあたらしい freshちゃ teaをついで、椽側椽側えんがわ verandaはし edgeまで持って出るってる bring out (to)

「お茶を」と言ったった saidまま、そこへすわった。「よし子よし Yoshiko (Nonomiya's younger sister)さんは、どうなすって」と聞くく asked

「ええ、からだのほうはもう回復回復かいふく recovery (from an illness); convalescenceしましたが」とまた腰をかけてこしをかけて sit down茶を飲むむ drink。それから、少しすこし a little; a bit先生先生せんせい professorほう direction向いたいた turned toward

「先生、せっかく大久保大久保おおくぼ Ōkubo (place name)越したした moved (to); relocated (to)が、またこっちの方へ出なければならないようになりそうです」

「なぜ」

いもうと younger sister学校学校がっこう school行き帰りかえり coming and going; commuteに、戸山戸山とやま Toyama (Academy)はら (training) fields通るとおる pass throughのがいやだと言いだしましてね。それにぼくがよる evening実験実験じっけん experiment; testをやるものですから、おそくまで待ってって waitいるのがさむしくっていけないんだそうです。もっとも今のうちいまのうち for nowはは motherがいるからかまいませんが、もう少しして、母がくに home town; the country帰るかえる return (to)と、あとは下女下女げじょ maidservantだけになるものですからね。臆病者臆病者おくびょうもの timid person; one who's faint of heart二人二人ふたり two (people)ではとうていしんぼうしきれないのでしょう。――じつにやっかいだな」と冗談半分冗談じょうだん半分はんぶん half in jest; half serious嘆声嘆声たんせい sighをもらしたが、「どうです里見里見さとみ Satomi (Mineko's family name)さん、あなたのところ place; residenceへでも食客食客いそうろう house guest置いていて place; take in (a guest)くれませんか」と美禰子のかお face見たた looked at

「いつでも置いてあげますわ」

「どっちです。宗八宗八そうはち Sōhachi (Nonomiya's first name)さんのほうをですか、よし子さんのほうをですか」と与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)口を出したくちした interjected

「どちらでも」

三四郎だけ黙っていただまっていた remained silent広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaは少しまじめになって、

「そうしてきみ youはどうする intentionなんだ」

「妹の始末始末しまつ settlement; handlingさえつけば、当分当分とうぶん for a while下宿下宿げしゅく lodgingしてもいいです。それでなければ、またどこかへ引っ越さなければならないさなければならない will have to moveいっそいっそ rather; preferably学校の寄宿舎寄宿舎きしゅくしゃ dormitoryへでも入れようれよう put into; placeかと思うおもう think (of doing something)んですがね。なにしろ子供子供こども childだから、ぼくがしじゅうしじゅう any time; at all hours (= 始終しじゅう)行けるか、向こうこう the other party (she)がしじゅう来られるられる can come; can visitでないと困るでないとこまる it has to be ...んです」

「それじゃ里見さんの所に限るかぎる be limited to」と与次郎がまた注意注意ちゅうい advice; opinion与えたあたえた offered。広田さんは与次郎を相手にしない相手あいてにしない disregard; pay no heed to様子様子ようす mannerで、

「ぼくの所の二階二階にかい 2nd floor; upstairsへ置いてやってもいいが、なにしろ佐々木佐々木ささき Sasaki (Yojirō's family name)のような者がいるから」と言う。

先生先生せんせい professor二階二階にかい 2nd floor; upstairsへはぜひ佐々木佐々木ささき Sasaki (Yojirō's first name)置いていて place; take in (a guest)やってください」と与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)自身自身じしん himself依頼した依頼いらいした asked (for something); requested野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)くん (suffix of familiarity for males)笑いながらわらいながら laugh

「まあ、どうかしましょう。――身長身長なり stature; (physical) appearanceばかり大きくおおきく grown; matureってばかだからじつに弱るよわる be troubled; be in a quandary。あれで団子坂団子坂だんござか Dangozaka (place name)菊人形菊人形きくにんぎょう chrysanthemum dolls見たいたい want to seeから、連れていけれていけ take me (to a place or event)なんて言うう askんだから」

「連れていっておあげなさればいいのに。わたし Iだって見たいわ」

「じゃいっしょに行きましょうきましょう goか」

「ええぜひ。小川小川おがわ Ogawa (Sanshirō's family name)さんもいらっしゃい」

「ええ行きましょう」

「佐々木さんも」

「菊人形は御免御免ごめん no thanksだ。菊人形を見るくらいなら活動写真活動かつどう写真しゃしん moving pictures; moviesを見に行きます」

「菊人形はいいよ」と今度今度こんど this time広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaが言いだした。「あれほどに人工的な人工的じんこうてきな man-made; crafted by human handsものはおそらく外国外国がいこく overseas; abroadにもないだろう。人工的によくこんなものをこしらえたというところを見ておく必要必要ひつよう necessityがある。あれが普通の普通ふつうの ordinary人間人間にんげん human beingsにできていたら、おそらく団子坂へ行くもの persons; people一人一人ひとり one (person)もあるまい。普通の人間なら、どこのうち houseでも四、五人五人ごにん four or five people必ずかならず invariablyいる。団子坂へ出かけるかける go out to; set out forにはあたらない」

「先生一流の一流いちりゅうの first-rate; top-notch論理論理ろんり logic; reasoningだ」と与次郎が評したひょうした commented on; assessed

むかし in former days教場教場きょうじょう classroom教わるおそわる be taughtとき time; occasionにも、よくあれでやられたものだ」と野々宮君が言った。

「じゃ先生もいらっしゃい」と美禰子が最後に最後さいごに finally言う。先生は黙ってだまって remain silentいる。みんな笑いだした。

台所台所だいどころ kitchenからばあさんが「どなたかちょいと」と言う。与次郎は「おい」とすぐ立ったった rose; got up三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はやはりすわっていた。

どれどれ well; nowぼくも失礼しよう失礼しつれいしよう take one's leaveか」と野々宮さんが腰を上げるこしげる stood up

「あらもうお帰りかえり leaving。ずいぶんね」と美禰子美禰子みねこ Mineko (name)が言う。

「このあいだのものはもう少しすこし a little; a bit待ってって wait; hold offくれたまえ」と広田先生が言うのを、「ええ、ようござんす」と受けてけて accept; agree、野々宮さんがにわ yard; gardenから出ていった。そのかげ form; figure折戸折戸おりど (hinged) gateそと outside; other side隠れるかくれる be hiddenと、美禰子は急にきゅうに suddenly思い出したおもした rememberedように「そうそう」と言いながら、庭先庭先にわさき in the garden脱いでいで take off (shoes etc)あった下駄下駄げた (wooden) sandalsをはいて、野々宮のあとを追いかけたいかけた followedおもて out front何かなにか something話してはなして talk about; discussいる。

三四郎は黙ってすわっていた。