Kokoro - Sensei's Testament - 37-46

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三十七三十七さんじゅうしち (part) 37

「二人二人ふたり two (people); the two of usは各自の各自めいめいの each one's; respective室室へや roomsに引き取った引ひき取とった withdrew to; retired toぎり顔を合わせませんでした顔かおを合あわせませんでした didn't see each other; didn't approach one another。Kの静かな静しずかな quiet; still事事こと situation; state of affairsは朝朝あさ morningと同じ同おなじ the sameでした。私私わたくし I; meも凝と凝じっと fixedly; intently考え込んでいました考かんがえ込こんでいました was thinking; was lost in thought。

私は当然当然とうぜん naturally; of course自分の自分じぶんの one's own心心こころ heart; soulをKに打ち明ける打うち明あける reveal; divulgeべきはずだと思いました思おもいました thought; felt。しかしそれにはもう時機時機じき chance; time; occasionが後れてしまった後おくれてしまった was too late; had passedという気気き feeling; senseも起りました起おこりました arose; came about。なぜ先刻先刻さっき earlier; beforeKの言葉言葉ことば words; speechを遮って遮さえぎって interrupt、こっちから逆襲しなかった逆襲ぎゃくしゅうしなかった didn't counter; didn't push back onのか、そこが非常な非常ひじょうな very great; extreme手落り手落てぬかり oversight; omission (usually 手抜てぬかり)のように見えて来ました見みえて来きました began to appear (as); began to seem。せめてKの後後あと afterに続いて続つづいて following (on)、自分は自分の思う通り通とおり just as; exactly asをその場場ば place; spot; sceneで話して話はなして relate; tellしまったら、まだ好かったろう好よかったろう would have been betterにとも考えました。Kの自白自白じはく confessionに一段落一段落いちだんらく breakpoint; pauseが付いた付ついた arrived at今今いま now; the presentとなって、こっちからまた同じ事を切り出す切きり出だす bring up; broachのは、どう思案して思案しあんして reflect on; ponder; considerも変変へん odd; strange; unnaturalでした。私はこの不自然不自然ふしぜん unnaturalness; awkwardnessに打ち勝つ打うち勝かつ overcome方法方法ほうほう means; methodを知らなかった知しらなかった didn't knowのです。私の頭頭あたま head; mindは悔恨悔恨かいこん regretに揺られて揺ゆられて be swayed; be shakenぐらぐらしました。

私はKが再び再ふたたび once again仕切仕切しきり partition; divisionの襖襖ふすま fusuma (sliding door)を開けて開あけて open向う向むこう the other side; the other partyから突進して突進とっしんして rush forward; advanceきてくれれば好い好いい good; fine; favorableと思いました。私にいわせれば、先刻はまるで不意撃不意撃ふいうち surprise attackに会った会あった was met (by; with)も同じでした。私にはKに応ずる応おうずる respond; meet準備準備じゅんび preparationも何も何なにも (no)thingなかったのです。私は午前午前ごぜん morning; before noonに失った失うしなった lostものを、今度今度こんど this time; now; shortlyは取り戻そう取とり戻もどそう take back; regainという下心下心したごころ ulterior motiveを持って持もって have; holdいました。それで時々時々ときどき occasionally; from time to time眼眼め eyesを上げて上あげて lift; raise、襖を眺めました眺ながめました looked at; viewed。しかしその襖はいつまで経って経たって pass; elapseも開きません開あきません not open。そうしてKは永久に永久えいきゅうに thereafter; indefinitely静かなのです。

その内その内うち before long; in time私の頭は段々段々だんだん gradually; bit by bitこの静かさに掻き乱される掻かき乱みだされる be agitated; be stirred upようになって来ました。Kは今襖の向うで何何なに whatを考えているだろうと思うと、それが気になって堪らない堪たまらない unbearable; can't stand (it)のです。不断不断ふだん usually; ordinarilyもこんな風風ふう mannerにお互いお互たがい each otherが仕切一枚一枚いちまい one layerを間間あいだ interval; spanに置いて置おいて set; place黙り合って黙だまり合あって maintain respective silenceいる場合場合ばあい case; situationは始終始終しじゅう all the timeあったのですが、私はKが静かであればあるほど、彼の存在存在そんざい existence; presenceを忘れる忘わすれる forgetのが普通の普通ふつうの usual; typical状態状態じょうたい situation; state of affairsだったのですから、その時時とき time; occasionの私はよほど調子調子ちょうし mood; conditionが狂っていた狂くるっていた was off-kilter; was out of sortsものと見なければなりません。それでいて私はこっちから進んで進すすんで advance; take the initiative襖を開ける事ができなかったのです。一旦一旦いったん onceいいそびれたいいそびれた missed the chance to say私は、また向うから働き掛けられる働はたらき掛かけられる be approached (for something)時機を待つ待まつ wait for; awaitより外により外ほかに other than仕方がなかった仕方しかたがなかった had no choice but to ...のです。

しまいに私私わたくし I; meは凝として凝じっとして stay still; remain motionlessおられなくなりました。無理に無理むりに under compulsion; counter to one's will凝としていれば、Kの部屋部屋へや roomへ飛び込みたくなる飛とび込こみたくなる want to rush in (to)のです。私は仕方なしに仕方しかたなしに having no other recourse立って立たって stand; rise; get up縁側縁側えんがわ verandaへ出ました出でました went out (to)。そこから茶の間茶ちゃの間ま tea room; hearth roomへ来て来きて came (to)、何という何なんという specific; defined目的目的もくてき goal; objective; aimもなく、鉄瓶鉄瓶てつびん iron kettleの湯湯ゆ hot waterを湯呑湯呑ゆのみ teacupに注で注ついで pour一杯一杯いっぱい one cupful呑みました呑のみました drank。それから玄関玄関げんかん entry hallへ出ました。私はわざとKの室室へや roomを回避する回避かいひする avoidようにして、こんな風風ふう mannerに自分自分じぶん oneselfを往来往来おうらい street; roadの真中真中まんなか middleに見出した見出みいだした found (oneself)のです。私には無論無論むろん of courseどこへ行く行ゆく go (to)という的的あて aim; objectiveもありません。ただ凝としていられないだけでした。それで方角方角ほうがく direction; bearingも何も何なにも (no)thing構わずに構かまわずに not caring; without heed (for)、正月正月しょうがつ New Year'sの町町まち townを、むやみに歩き廻った歩あるき廻まわった wandered; roamedのです。私の頭頭あたま head; mindはいくら歩いてもKの事事こと matters; concernsでいっぱいになっていました。私もKを振い落す振ふるい落おとす shake off気気き intentionで歩き廻る訳訳わけ circumstance; situationではなかったのです。むしろ自分から進んで進すすんで advance; take the initiative彼彼かれ he; himの姿姿すがた guise; semblanceを咀嚼しながら咀嚼そしゃくしながら digest; take inうろついていたのです。

私には第一に第一だいいちに first of all彼が解しがたい解かいしがたい hard to fathom男男おとこ man; fellowのように見えました見みえました appeared; seemed。どうしてあんな事を突然突然とつぜん all of the sudden; out of the blue私に打ち明けた打うち明あけた disclosed; divulgedのか、またどうして打ち明けなければいられないほどに、彼の恋恋こい (romantic) loveが募って来た募つのって来きた gained strength; gathered forceのか、そうして平生の平生へいぜいの usual; ordinary彼はどこに吹き飛ばされて吹ふき飛とばされて be blown away (to)しまったのか、すべて私には解しにくい問題問題もんだい question; problemでした。私は彼の強い強つよい strong; resilient事を知っていました知しっていました knew; was aware of。また彼の真面目な真面目まじめな serious; earnest事を知っていました。私はこれから私の取る取とる take (on); assumeべき態度態度たいど attitude; approach; mannerを決する決けっする decide; determine前前まえ beforeに、彼について聞かなければならない聞きかなければならない need to learn; need to find out多く多おおく much; many thingsをもっていると信じました信しんじました believed; concluded。同時に同時どうじに at the same timeこれからさき彼を相手相手あいて opposing party; rivalにするのが変に変へんに oddly; strangely気味が悪かった気味きみが悪わるかった was unsettling; was discomfortingのです。私は夢中に夢中むちゅうに in a dream; in a daze町の中中なか middle; withinを歩きながら、自分の室に凝と坐っている坐すわっている be seated彼の容貌容貌ようぼう appearance; featuresを始終始終しじゅう continuously; the whole time眼の前眼めの前まえ before one's eyesに描き出しました描えがき出だしました drew; expressed; imagined。しかもいくら私が歩いても彼を動かす動うごかす move; budge; dislodge事は到底到底とうてい (cannot) possiblyできないのだという声声こえ voiceがどこかで聞こえるのです。つまり私には彼が一種の一種いっしゅの a certain kind of魔物魔物まもの apparition; demonのように思えた思おもえた thought of; imagined (as)からでしょう。私は永久永久えいきゅう forever; for always彼に祟られた祟たたられた be haunted; be tormentedのではなかろうかという気さえしました。

私が疲れて疲つかれて exhausted; worn out宅宅うち house; homeへ帰った帰かえった returned (to)時時とき time、彼の室は依然として依然いぜんとして still; as before人気人気ひとけ sign of life; human presenceのないように静か静しずか quietでした。

三十八三十八さんじゅうはち (part) 38

「私私わたくし I; meが家家いえ house; homeへはいると間もなくと間まもなく soon after ...俥俥くるま rickshawの音音おと soundが聞こえました聞きこえました became audible; could be heard。今今いま now; the presentのように護謨輪護謨ゴム輪わ rubberized wheels; rubber tiresのない時分時分じぶん time; periodでしたから、がらがらいう厭な厭いやな unpleasant; disagreeable響き響ひびき echo; reverberaton; noiseがかなりの距離距離きょり distanceでも耳に立つ耳みみに立たつ carry to one's earsのです。車車くるま car; cart; rickshawはやがて門前門前もんぜん before the gateで留まりました留とまりました came to a stop。

私が夕飯夕飯ゆうめし evening meal; dinnerに呼び出された呼よび出だされた was called toのは、それから三十分三十分さんじゅっぷん thirty minutesばかり経った経たった passed; elapsed後後あと afterの事事こと situation; caseでしたが、まだ奥さん奥おくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)とお嬢さんお嬢じょうさん daughter; young ladyの晴着晴着はれぎ one's best (clothes)が脱ぎ棄てられた脱ぬぎ棄すてられた taken off and set aside (clothing)まま、次の次つぎの next; adjoining室室へや roomを乱雑乱雑らんざつ disorder; clutter に彩って彩いろどって decorate; adornいました。二人二人ふたり two (people); the two of themは遅くなる遅おそくなる grow lateと私たちに済まない済すまない be unacceptable (to)というので、飯飯めし mealの支度支度したく preparationに間に合う間まに合あう be in time (for)ように、急いで急いそいで in a rush帰って来た帰かえって来きた came homeのだそうです。しかし奥さんの親切親切しんせつ kindness; considerationはKと私とに取ってに取とって to ...; for ...ほとんど無効無効むこう to no effectも同じ同おなじ the same事でした。私は食卓食卓しょくたく dinner tableに坐りながら坐すわりながら sitting (at)、言葉言葉ことば words; speechを惜しがる惜おしがる use sparingly; be frugal with人人ひと personのように、素気ない素気そっけない curt; blunt挨拶挨拶あいさつ responseばかりしていました。Kは私よりもなお寡言寡言かげん reticent; taciturnでした。たまに親子連親子連おやこづれ parent and child togetherで外出した外出がいしゅつした went out; went calling女女おんな women; ladies二人の気分気分きぶん feeling; moodが、また平生平生へいぜい usual; ordinaryよりは勝れて勝すぐれて by far晴れやか晴はれやか clear; bright; livelyだったので、我々我々われわれ we; usの態度態度たいど manner; moodはなおの事眼に付きます眼めに付つきます attact notice; stand out。奥さんは私にどうかしたのかと聞きました。私は少し少すこし a little; a bit心持が悪い心持こころもちが悪わるい not feeling well; out of sortsと答えました答こたえました answered; replied。実際実際じっさい indeed; in fact私は心持が悪かったのです。すると今度今度こんど this time; nextはお嬢さんがKに同じ問い問とい questionを掛けました掛かけました posed (a question)。Kは私のように心持が悪いとは答えません。ただ口が利きたくない口くちが利ききたくない don't feel like talkingからだといいました。お嬢さんはなぜ口が利きたくないのかと追窮しました追窮ついきゅうしました pursued (a matter); followed up。私はその時時とき time; momentふと重たい重おもたい heavy瞼瞼まぶた eyelidsを上げて上あげて lifted; raisedKの顔顔かお faceを見ました見みました looked at; observed。私にはKが何何なん whatと答えるだろうかという好奇心好奇心こうきしん curiosityがあったのです。Kの唇唇くちびる lipsは例のように例れいのように as always少し顫えて顫ふるえて quiver; trembleいました。それが知らない知しらない not know; not be familiar with人から見ると、まるで返事返事へんじ answer; responseに迷っている迷まよっている be at a loss (for)としか思われないしか思おもわれない could only think (that)のです。お嬢さんは笑いながら笑わらいながら with a smile; with a laughまた何かむずかしい事を考えて考かんがえて consider; ponderいるのだろうといいました。Kの顔は心持心持こころもち somewhat; a little薄赤くなりました薄赤うすあかくなりました reddened a bit。

その晩晩ばん evening私私わたくし I; meはいつもより早く早はやく early; soon床床とこ bed; beddingへ入りました入はいりました got into。私が食事食事しょくじ meal; dinnerの時時とき time気分が悪い気分きぶんが悪わるい not feeling well; out of sortsといったのを気にして気きにして be concerned over; worry about、奥さん奥おくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)は十時頃十時頃じゅうじごろ around ten (o'clock)蕎麦湯蕎麦湯そばゆ soba brothを持って来て持もって来きて bring (in)くれました。しかし私の室室へや roomはもう真暗真暗まっくら pitch dark; in total darknessでした。奥さんはおやおやといって、仕切り仕切しきり partitionの襖襖ふすま fusuma (sliding door)を細目に開けました細目ほそめに開あけました cracked (open)。洋燈洋燈ランプ lamp; lightの光光ひかり lightがKの机机つくえ deskから斜めに斜ななめに at an angle; at a slantぼんやりと私の室に差し込みました差さし込こみました flowed into; shone into。Kはまだ起きていた起おきていた was awakeものとみえます。奥さんは枕元枕元まくらもと by one's pillow; bedsideに坐って坐すわって sit; seat oneself、大方大方おおかた probably; most likely風邪風邪かぜ a coldを引いた引ひいた caught (a cold)のだろうから身体身体からだ bodyを暖ためる暖あっためる warm up; warmがいいといって、湯呑湯呑ゆのみ teacupを顔顔かお faceの傍傍そば vicinity; proximityへ突き付ける突つき付つける thrust beforeのです。私はやむをえず、どろどろした蕎麦湯を奥さんの見ている見みている watch; observe前前まえ front ofで飲みました飲のみました drank。

私は遅くなる遅おそくなる grow lateまで暗いなかで暗くらいなかで in the dark考えて考かんがえて think; considerいました。無論無論むろん of course一つ一ひとつ one (thing)問題問題もんだい question; problemをぐるぐる廻転させる廻転かいてんさせる take (around) in circlesだけで、外に外ほかに apart; otherwise何の何なんの (no) sort of効力効力こうりょく efficacy; effectもなかったのです。私は突然突然とつぜん suddenly; at onceKが今今いま now隣りの隣となりの adjacent; adjoining室で何何なに whatをしているだろうと思い出しました思おもい出だしました called to mind; began to consider。私は半ば半なかば halfway無意識に無意識むいしきに unconsciously; reflexivelyおいと声を掛けました声こえを掛かけました called out。すると向う向むこう the other side; the other partyでもおいと返事返事へんじ answer; replyをしました。Kもまだ起きていたのです。私はまだ寝ない寝ねない turn in; sleepのかと襖ごしに聞きました聞ききました asked。もう寝るという簡単な簡単かんたんな simple; succinct挨拶挨拶あいさつ responseがありました。何をしているのだと私は重ねて重かさねて once more問いました問といました asked; inquired。今度今度こんど this timeはKの答え答こたえ answer; replyがありません。その代りその代かわり rather; instead五、六分五ご、六分ろっぷん five or six minutes経った経たった passed; elapsedと思う頃頃ころ timeに、押入押入おしいれ closetをがらりと開けて、床を延べる延のべる spread out音音おと soundが手に取るように手てに取とるように (close enough to) grasp in one's hand聞こえました。私はもう何時何時なんじ what timeかとまた尋ねました尋たずねました asked; inquired。Kは一時二十分一時二十分いちじにじゅっぷん twenty past oneだと答えました。やがて洋燈をふっと吹き消す吹ふき消けす blow out音がして、家中家中うちじゅう all through the houseが真暗なうちに、しんと静まりました静しずまりました fell silent。

しかし私の眼眼め eyesはその暗いなかでいよいよ冴えて来る冴さえて来くる come to life; awakenばかりです。私はまた半ば無意識な状態状態じょうたい condition; stateで、おいとKに声を掛けました。Kも以前以前いぜん before; priorと同じ同おなじ the sameような調子調子ちょうし tone; veinで、おいと答えました。私は今朝今朝けさ that morning彼彼かれ he; himから聞いた事事こと matter; affairについて、もっと詳しい詳くわしい detailed; full; complete話話はなし talk; discussionをしたいが、彼の都合都合つごう circumstances; convenienceはどうだと、とうとうこっちから切り出しました切きり出だしました broached (a subject)。私は無論襖越に襖越ふすまごしに through the fusumaそんな談話談話だんわ talk; conversationを交換する交換こうかんする exchange気気き intentionはなかったのですが、Kの返答返答へんとう reply; answerだけは即坐に即坐そくざに on the spot; without delay (usually 即座そくざ)得られる得えられる can get; can obtain事と考えたのです。ところがKは先刻先刻さっき prior; beforeから二度二度にど two timesおいと呼ばれて呼よばれて be called; be addressed、二度おいと答えたような素直な素直すなおな forthcoming; responsive調子で、今度は応じません応おうじません not respond; not comply; not engage。そうだなあと低い低ひくい low; quiet (voice)声で渋って渋しぶって hesitate; show reluctanceいます。私はまたはっと思わせられましたはっと思おもわせられました felt a wave of anxiety; was stricken with a sense of dread。

三十九三十九さんじゅうく (part) 39

「Kの生返事生返事なまへんじ half-hearted answer; nocommittal replyは翌日翌日よくじつ next day; following dayになっても、その翌日になっても、彼彼かれ he; himの態度態度たいど manner; demeanor; airによく現われていました現あらわれていました was apparent。彼は自分自分じぶん oneselfから進んで進すすんで advance; take the initiative例の例れいの at hand; in question問題問題もんだい problem; topicに触れよう触ふれよう touch (on)とする気色気色けしき sign; indicationを決して決けっして by (no) means見せませんでした見みせませんでした didn't show。もっとも機会機会きかい chance; opportunityもなかったのです。奥さん奥おくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)とお嬢さんお嬢じょうさん daughter; young ladyが揃って揃そろって together一日一日いちにち a day; the  full day宅宅うち houseを空けでもしなければ空あけでもしなければ not leave; not vacate、二人二人ふたり two (people); the two of usはゆっくり落ち付いて落おち付ついて settle in; take one's time、そういう事事こと matter; affairを話し合う話はなし合あう talk over; discuss訳にも行かない訳わけにも行ゆかない one couldn't ...; it wouldn't do to ...のですから。私私わたくし I; meはそれをよく心得ていました心得こころえていました understood; was aware of。心得ていながら、変に変へんに curiously; inexplicablyいらいらし出すいらいらし出だす be agitated; grow testyのです。その結果その結果けっか as a result始めは始はじめは at first向う向むこう the other side; the other partyから来る来くる come; approach; engageのを待つ待まつ wait forつもりで、暗に暗あんに obscurely; in the shadows用意用意ようい preparationをしていた私が、折折おり chanceがあったらこっちで口を切ろう口くちを切きろう broach (a subject)と決心する決心けっしんする decide; resolve (to do)ようになったのです。

同時に同時どうじに at the same time私は黙って黙だまって in silence家のものの様子様子ようす behavior; appearanceを観察して観察かんさつして watch; observe見ました。しかし奥さんの態度にもお嬢さんの素振素振そぶり manner; bearingにも、別に別べつに especially; particularly平生平生へいぜい usual; ordinaryと変った変かわった changed; different点点てん point; aspectはありませんでした。Kの自白自白じはく confession以前以前いぜん beforeと自白以後以後いご afterとで、彼らの挙動挙動きょどう conduct; behaviorにこれという差違差違さい difference; disparityが生じない生しょうじない not arise; not be evidentならば、彼の自白は単に単たんに only; merely; solely私だけに限られた限かぎられた was limited (to)自白で、肝心の肝心かんじんの crucial; all-important本人本人ほんにん person in questionにも、またその監督者たる監督者かんとくしゃたる (is her) guardian; keeper奥さんにも、まだ通じていない通つうじていない not conveyed; not communicated (to)のは慥か慥たしか sure; certainでした。そう考えた考かんがえた considered; thought時時とき times私は少し少すこし a little; a bit安心しました安心あんしんしました felt reassured; was relieved。それで無理に無理むりに with effort; against the tide; at great lengths機会を拵えて拵こしらえて conjure; bring about、わざとらしく話話はなし talk; dialogを持ち出す持もち出だす bring upよりは、自然自然しぜん natural course (of events)の与えてくれる与あたえてくれる give; impart (to one)ものを取り逃さない取とり逃にがさない not let slip; not let get awayようにする方方ほう alternative (of two choices)が好かろう好よかろう better; best; advantageousと思って思おもって believe; decide; conclude、例の問題にはしばらく手を着けずに手てを着つけずに without addressing; without taking actionそっとしておく事にしました。

こういってしまえば大変大変たいへん very much; a great deal簡単簡単かんたん simple; easyに聞こえますに聞きこえます sound as though; come across asが、そうした心心こころ heart; mindの経過経過けいか passage; transitionには、潮潮しお tideの満干満干みちひ ebb and flowと同じ同おなじ the sameように、色々の色々いろいろの various; myriad高低高低たかびく highs and lows; ups and downsがあったのです。私はKの動かない動うごかない not move; not take action様子を見て、それにさまざまの意味意味いみ meaning; significanceを付け加えました付つけ加くわえました attached; attributed (to)。奥さんとお嬢さんの言語言語げんご words; language動作動作どうさ movements; actionsを観察して観察かんさつして watch; observe、二人の心がはたしてそこに現われている通り通とおり just as; exactly asなのだろうかと疑って疑うたがって doubt; questionもみました。そうして人間人間にんげん human beings; peopleの胸胸むね breast; bosomの中中なか inside; withinに装置された装置そうちされた be equipped; be installed複雑な複雑ふくざつな complicated; complex; intricate器械器械きかい instrument; mechanismが、時計時計とけい clockの針針はり hand (of a clock)のように、明瞭に明瞭めいりょうに clearly偽りなく偽いつわりなく without deceit; true to one's word、盤上盤上ばんじょう across a clock faceの数字数字すうじ numeralsを指し得る指さし得うる be capable of indicatingものだろうかと考えました。要するに要ようするに in short私は同じ事をこうも取り取とり take (as)、ああも取りした揚句揚句あげく after all; in the end、漸く漸ようやく finally; at lastここに落ち付いたものと思って下さい思おもって下ください please consider that ...。更に更さらに moreover; still moreむずかしくいえば、落ち付くなどという言葉言葉ことば word; expressionは、この際際さい occasion決して使われた使つかわれた be used; be applied義理義理ぎり obligation; imperativeでなかったのかも知れませんかも知しれません it may be that ...。

その内その内うち in time; before long学校学校がっこう school; classesがまた始まりました始はじまりました started。私たち私わたくしたち we; usは時間時間じかん time; scheduleの同じ同おなじ the same日日ひ daysには連れ立って連つれ立だって going together宅宅うち house; homeを出ます出でます leave。都合都合つごう circumstances; conditionsがよければ帰る帰かえる return (home)時時とき timeにもやはりいっしょに帰りました。外部外部がいぶ the outsideから見た見みた seen; viewedKと私は、何にも何なんにも (nothing) at all前前まえ before; priorと違った違ちがった different; changedところがないように親しくなった親したしくなった were close; were on good termsのです。けれども腹の中では腹はらの中なかでは deep down; inside、各自各自てんでん each one (of us)に各自の事事こと matters; affairsを勝手に勝手かってに as one likes; suiting one's own purpose考えて考かんがえて consider; think about; reflect onいたに違いありません。ある日私は突然突然とつぜん suddenly往来往来おうらい road; streetでKに肉薄しました肉薄にくはくしました pressed; challenged; confronted。私が第一に第一だいいちに first of all; first off聞いた聞きいた askedのは、この間この間あいだ the other dayの自白自白じはく confessionが私だけに限られている限かぎられている limited to; confined toか、または奥さん奥おくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)やお嬢さんお嬢じょうさん daughter; young ladyにも通じている通つうじている be communicated; be conveyed (to)かの点点てん pointにあったのです。私のこれから取る取とる take; assumeべき態度態度たいど attitude; mannerは、この問い問とい question; inquiryに対するに対たいする with respect to彼彼かれ he; himの答え答こたえ answer; reply次第次第しだい dependent uponで極めなければならない極きめなければならない intended to decide; needed to determineと、私は思った思おもった thought; imagined; believedのです。すると彼は外の外ほかの other人人ひと persons; individualsにはまだ誰にも誰だれにも to (no) one打ち明けて打うち明あけて disclose; divulge; confideいないと明言しました明言めいげんしました stated unequivocally; declared。私は事情事情じじょう situation; state of affairsが自分自分じぶん oneselfの推察通り推察すいさつ通どおり as surmised; as expectedだったので、内心内心ないしん inside; to oneself嬉しがりました嬉うれしがりました was glad; felt elation。私はKの私より横着横着おうちゃく cunning; impudent; brazenなのをよく知っていました知しっていました knew; was aware of。彼の度胸度胸どきょう nerve; grit; audacityにも敵わない敵かなわない be no match (for)という自覚自覚じかく self-awarenessがあったのです。けれども一方では一方いっぽうでは on the other hand; at the same timeまた妙に妙みょうに strangely; curiously彼を信じていました信しんじていました believed; trusted。学資学資がくし educational fundingの事で養家養家ようか adoptive familyを三年三年さんねん three yearsも欺いて欺あざむいて deceive; misleadいた彼ですけれども、彼の信用信用しんよう credibilityは私に対して少しも少すこしも (not) in the least損われて損そこなわれて be damaged; be harmedいなかったのです。私はそれがためにかえって彼を信じ出した信しんじ出だした learned to trustくらいです。だからいくら疑い深い疑うたがい深ぶかい doubting; suspicious私でも、明白な明白めいはくな clear; plain; explicit彼の答えを腹の中で否定する否定ひていする gainsay; dispute; contest気気き inclinationは起りよう起おこりよう occur; come aboutがなかったのです。

私はまた彼に向って向むかって turn toward、彼の恋恋こい (romantic) loveをどう取り扱う取とり扱あつかう handle; manage; deal withつもりかと尋ねました尋たずねました asked; inquired。それが単なる単たんなる mere; simple自白に過ぎないに過すぎない be no more thanのか、またはその自白についで、実際的の実際的じっさいてきの practical; actual効果効果こうか resultをも収める収おさめる accomplish; bring to fruition気なのかと問うたのです。しかるにしかるに however彼はそこになると、何にも何なんにも (no)thing答えません。黙って黙だまって in silence下下した down; belowを向いて向むいて turn toward; face歩き出します歩あるき出だします start walking。私は彼に隠し立て隠かくし立だて keeping a secretをしてくれるな、すべて思った通りを話して話はなして tell; relateくれと頼みました頼たのみました asked; requested。彼は何も何なにも (no)thing私に隠す必要必要ひつよう necessity; needはないと判然判然はっきり clearly; plainly断言しました断言だんげんしました asserted; declared。しかし私の知ろうとする点には、一言一言いちごん a single wordの返事返事へんじ answer; replyも与えない与あたえない not give; not impart; not bestowのです。私も往来だからわざわざ立ち留まって立たち留どまって stand still; halt; remain in place底底そこ bottom; depthsまで突き留める突つき留とめる pin down; ascertain訳にいきません訳わけにいきません couldn't very well ...。ついそれなりにしてしまいました。

四十四十よんじゅう (part) 40

「ある日ある日ひ one day私私わたくし I; meは久しぶりに久ひさしぶりに for the first time in a while学校学校がっこう schoolの図書館図書館としょかん libraryに入りました入はいりました entered; went into。私は広い広ひろい wide; broad机机つくえ desk; tableの片隅片隅かたすみ one cornerで窓窓まど windowから射す射さす shine; stream in光線光線こうせん rays of lightを半身半身はんしん half of one's body; one side of the bodyに受けながら受うけながら receive、新着の新着しんちゃくの newly arrived外国外国がいこく foreign country雑誌雑誌ざっし magazine; periodicalを、あちらこちらと引っ繰り返して引ひっ繰くり返かえして turn over; flip through見て見みて look at; examineいました。私は担任教師担任たんにん教師きょうし teacher in charge; academic supervisorから専攻の専攻せんこうの specialized学科学科がっか area of studyに関してに関かんして with respect to; related to; concerning、次の次つぎの next; following週週しゅう weekまでにある事項事項じこう matter; itemを調べて来い調しらべて来こい go and study; go researchと命ぜられた命めいぜられた was required; was told (to do something)のです。しかし私に必要な必要ひつような necessary; needed事柄事柄ことがら materialがなかなか見付からない見付みつからない not be foundので、私は二度二度にど two timesも三度三度さんど three timesも雑誌を借り替えなければなりませんでした借かり替かええなければなりませんでした had to borrow anew。最後に最後さいごに finally; in the end私はやっと自分自分じぶん oneselfに必要な論文論文ろんぶん essay; articleを探し出して探さがし出だして search out; find、一心に一心いっしんに fervently; intentlyそれを読み出しました読よみ出だしました began to read。すると突然突然とつぜん suddenly幅の広い幅はばの広ひろい wide; broad机の向う側向むこう側がわ far side; opposite sideから小さな小ちいさな small; quiet (voice)声声こえ voiceで私の名名な nameを呼ぶ呼よぶ call outものがあります。私はふと眼眼め eyesを上げて上あげて lift; raiseそこに立って立たって standいるKを見ました。Kはその上半身上半身じょうはんしん upper bodyを机の上上うえ over; aboveに折り曲げる折おり曲まげる bend; inclineようにして、彼彼かれ he; himの顔顔かお faceを私に近付けました近付ちかづけました brought near to。ご承知の通りご承知しょうちの通とおり as you know図書館では他の他ほかの other人人ひと people; personsの邪魔邪魔じゃま nuisance; bother; disturbanceになるような大きな大おおきな big; loud (voice)声で話話はなし talkをする訳にゆかない訳わけにゆかない one can't ...; one mustn't ...のですから、Kのこの所作所作しょさ conduct; gestureは誰でも誰だれでも anyoneやる普通の普通ふつうの usual; ordinary事事こと act; actionなのですが、私はその時時とき time; occasionに限ってに限かぎって only; limited to、一種一種いっしゅ a kind of; a type of変な変へんな odd; strange心持心持こころもち feeling; sensationがしました。

Kは低い低ひくい low声で勉強勉強べんきょう studiesかと聞きました聞ききました asked。私はちょっと調べもの調しらべもの research itemがあるのだと答えました答こたえました replied; answered。それでもKはまだその顔を私から放しません放はなしません not remove; not withdraw。同じ同おなじ the same低い調子調子ちょうし tone (of voice)でいっしょに散歩散歩さんぽ walk; strollをしないかというのです。私は少し少すこし a little; a bit待って待まって waitいればしてもいいと答えました。彼は待っているといったまま、すぐ私の前前まえ front ofの空席空席くうせき empty chair; unoccupied seatに腰をおろしました腰こしをおろしました sat down。すると私は気が散って気きが散ちって be distracted; lose one's train of thought急に急きゅうに suddenly雑誌が読めなくなりました読よめなくなりました was no longer able to read。何だか何なんだか somehowKの胸胸むね breast; bosomに一物一物いちもつ ulterior motive; secret intentionがあって、談判談判だんぱん conversation; consultationでもしに来られたしに来こられた had come to ...ように思われて思おもわれて seem; strike one (as though)仕方がない仕方しかたがない can't help but ...のです。私はやむをえず読みかけた雑誌を伏せて伏ふせて turn over; close、立ち上がろうとしました立たち上あがろうとしました made to get up。Kは落ち付き払って落おち付つき払はらって fully composed; calmlyもう済んだ済すんだ finishedのかと聞きます。私はどうでもいいのだと答えて、雑誌を返す返かえす returnと共にと共ともに together with; at the same time、Kと図書館を出ました出でました left; exited。

二人二人ふたり two people; the two of usは別に別べつに particularly行く行ゆく go所所ところ placeもなかったので、竜岡町竜岡町たつおかちょう Tatsuoka-chō (place name)から池の端池いけの端はた Ikenohata (place name)へ出て出でて emerge; appear (onto)、上野上野うえの Ueno (place name)の公園公園こうえん parkの中中なか inside; withinへ入りました入はいりました entered。その時時とき time彼彼かれ he; himは例の例れいの aforementioned; in question事件事件じけん affair; matterについて、突然突然とつぜん suddenly向う向むこう the other side; the other partyから口を切りました口くちを切きりました brought up; broached。前後前後ぜんご before and afterの様子様子ようす situation; circumstances; indicationsを綜合して綜合そうごうして as a whole考える考かんがえる consider; think aboutと、Kはそのために私私わたくし I; meをわざわざ散歩散歩さんぽ walk; strollに引っ張り出した引ひっ張ぱり出だした enticed out; came to getらしいのです。けれども彼の態度態度たいど bearing; behaviorはまだ実際的の実際的じっさいてきの practical; actual方面方面ほうめん directionへ向って向むかって turn toward; faceちっとも進んでいませんでした進すすんでいませんでした had not advanced; had not progressed。彼は私に向って、ただ漠然と漠然ばくぜんと vaguely; ambiguously、どう思う思おもう think; feelというのです。どう思うというのは、そうした恋愛恋愛れんあい love; passion; affectionの淵淵ふち abyss; depthsに陥った陥おちいった fell; tumbled (into)彼を、どんな眼眼め eyes; viewpointで私が眺める眺ながめる regard; look atかという質問質問しつもん questionなのです。一言でいうと一言いちごんでいうと in short、彼は現在現在げんざい now; the presentの自分自分じぶん oneselfについて、私の批判批判ひはん judgment; critiqueを求めたい求もとめたい want to requestようなのです。そこに私は彼の平生平生へいぜい usual; ordinaryと異なる異ことなる different; dissimilar点点てん point; aspectを確かに確たしかに clearly; unmistakably認める認みとめる recognize; observe; notice事ができた事ことができた was able to ...と思いました。たびたび繰り返す繰くり返かえす repeat; reiterateようですが、彼の天性天性てんせい natural constitution; innate dispositionは他他ひと other (people); othersの思わく思おもわく expectations; others' opinions of oneselfを憚かる憚はばかる fear; shrink fromほど弱く弱よわく weakly; delicatelyでき上ってでき上あがって built; made; finishedはいなかったのです。こうと信じたら信しんじたら believe; be convinced一人で一人ひとりで alone; on one's ownどんどん進んで行くだけの度胸度胸どきょう nerve; grit; audacityもあり勇気勇気ゆうき courage; boldnessもある男男おとこ man; fellowなのです。養家養家ようか adoptive family事件でその特色特色とくしょく characteristicを強く強つよく keenly; intensely胸胸むね breast; bosomの裏裏うち undersurface; insideに彫り付けられた彫ほり付つけられた was impressed; was ingrained私が、これは様子が違う違ちがう different; counter toと明らかに明あきらかに clearly意識した意識いしきした was cognizant of; sensedのは当然の当然とうぜんの natural; matter of course結果結果けっか result; consequenceなのです。

私がKに向って、この際際さい occasion; juncture何んで何なんで for what reason; why私の批評批評ひひょう opinion; commentaryが必要必要ひつよう necessary; neededなのかと尋ねた尋たずねた asked; inquired時、彼はいつもにも似ないいつもにも似にない out of character; unbecoming悄然とした悄然しょうぜんとした dispirited; disconsolate口調口調くちょう tone (of voice)で、自分の弱い人間人間にんげん human being; personであるのが実際実際じっさい in truth; really; actually恥ずかしい恥はずかしい disgraceful; shamefulといいました。そうして迷っている迷まよっている wavering; vacillating; in a quandaryから自分で自分が分らなくなってしまった分わからなくなってしまった lost sight of; lost touch withので、私に公平な公平こうへいな fair; impartial; objective批評を求めるより外により外ほかに other than仕方がない仕方しかたがない have no choice but to ...といいました。私は隙かさず隙すかさず promptly; at once迷うという意味意味いみ meaningを聞き糺しました聞きき糺ただしました ascertained; clarified。彼は進んでいいか退いて退しりぞいて retreat; withdrawいいか、それに迷うのだと説明しました説明せつめいしました explained。私はすぐ一歩一歩いっぽ one step先先さき aheadへ出ました。そうして退こうと思えば退けるのかと彼に聞きました。すると彼の言葉言葉ことば wordsがそこで不意に不意ふいに suddenly; abruptly行き詰りました行ゆき詰づまりました were at a loss; came to an end; became mired。彼はただ苦しい苦くるしい unbearable; agonizingといっただけでした。実際彼の表情表情ひょうじょう (facial) expressionには苦しそうなところがありありと見えていました見みえていました appeared; was apparent。もし相手相手あいて the other partyがお嬢さんお嬢じょうさん (the) daughter; young ladyでなかったならば、私はどんなに彼に都合のいい都合つごうのいい helpful; supportive返事返事へんじ reply; responseを、その渇き切った渇かわき切きった parched; thirsting顔顔かお face; (facial) expressionの上上うえ top ofに慈雨慈雨じう merciful rain; much needed rainの如くの如ごとく like ...; as ...注いで注そそいで pour (onto)やったか分りません。私はそのくらいの美しい美うつくしい beautiful; fair同情同情どうじょう sympathy; compassionをもって生れて来たもって生うまれて来きた was born with人間と自分ながら信じています。しかしその時の私は違っていました。

四十一四十一よんじゅういち (part) 41

「私私わたくし I; meはちょうど他流試合他流試合たりゅうじあい contest among rival schools (of fencing)でもする人人ひと personのようにKを注意して注意ちゅういして mind; mark; observe見て見みて look at; watchいたのです。私は、私の眼眼め eyes、私の心心こころ heart; soul、私の身体身体からだ body; flesh、すべて私という名名な nameの付く付つく be attached; be affixedものを五分の隙間もない五分ごぶの隙間すきまもない leaving nothing to chance; never dropping one's guardように用意して用意よういして prepare; ready oneself、Kに向った向むかった turned toward; directed oneself towardのです。罪罪つみ sin; faultのないKは穴だらけ穴あなだらけ flawedというよりむしろ明け放し明あけ放はなし left open; exposedと評する評ひょうする judge; assess; regard (as)のが適当適当てきとう suitable; proper; appropriateなくらいに無用心無用心ぶようじん heedless; unwaryでした。私は彼自身彼かれ自身じしん he himselfの手手て handから、彼の保管して保管ほかんして keep; guardいる要塞要塞ようさい fortress; strongholdの地図地図ちず map; planを受け取って受うけ取とって take possession of; receive、彼の眼の前眼めの前まえ before one's eyesでゆっくりそれを眺める眺ながめる look over; examine; peruse事ができた事ことができた was able to ...も同じ同おなじ the sameでした。

Kが理想理想りそう idealsと現実現実げんじつ reality; actualityの間にの間あいだに between彷徨して彷徨ほうこうして wander; roamふらふらしているのを発見した発見はっけんした discovered; learned私は、ただ一打一打ひとうち one stroke; a single blowで彼を倒す倒たおす knock down; take out事ができるだろうという点点てん pointにばかり眼を着けました眼めを着つけました fastened one's eyes to; fixated on。そうしてすぐ彼の虚虚きょ unguarded moment; unpreparednessに付け込んだ付つけ込こんだ took advantage (of)のです。私は彼に向って急に急きゅうに suddenly厳粛な厳粛げんしゅくな serious; solemn; severe改まった改あらたまった formal; steely; austere態度態度たいど attitude; mannerを示し出しました示しめし出だしました took on; revealed; showed。無論無論むろん of course策略策略さくりゃく tactics; schemeからですが、その態度に相応する相応そうおうする match; suit; fitくらいな緊張した緊張きんちょうした tense; strained気分気分きぶん feeling; moodもあったのですから、自分自分じぶん oneselfに滑稽滑稽こっけい absurd; outlandishだの羞恥羞恥しゅうち shameful; reprehensibleだのを感ずる感かんずる feel; perceive余裕余裕よゆう margin; leewayはありませんでした。私はまず「精神的に精神的せいしんてきに mentally; spiritually向上心向上心こうじょうしん desire for improvement; aspirationのないものは馬鹿馬鹿ばか fool; simpletonだ」といい放ちましたいい放はなちました declared; asserted。これは二人二人ふたり two people; the two of usで房州房州ぼうしゅう Bōshū (place name; southern tip of Bōsō peninsula in Chiba Prefecture)を旅行して旅行りょこうして travel; traverseいる際際さい time; occasion、Kが私に向って使った使つかった used; applied言葉言葉ことば wordsです。私は彼の使った通り通とおり just asを、彼と同じような口調口調くちょう tone (of voice)で、再び再ふたたび once again彼に投げ返した投なげ返かえした threw back atのです。しかし決して決けっして by (no) means復讐復讐ふくしゅう revenge; retaliationではありません。私は復讐以上以上いじょう above; beyond; more thanに残酷な残酷ざんこくな cruel; harsh; vicious意味意味いみ purport; effect; purposeをもっていたという事を自白します自白じはくします confess。私はその一言一言いちごん few wordsでKの前に横たわる横よこたわる stretch out (before); lie ahead恋恋こい (romantic) loveの行手行手ゆくて way; pathを塞ごうとした塞ふさごうとした endeavored to block; worked to hinderのです。

Kは真宗寺真宗寺しんしゅうでら Shin Buddhism templeに生れた生うまれた was born (into)男男おとこ man; fellowでした。しかし彼の傾向傾向けいこう leanings; tendenciesは中学中学ちゅうがく middle school時代時代じだい time; period; daysから決して生家生家せいか house of one's birthの宗旨宗旨しゅうし (religious) tenets; doctrinesに近い近ちかい close; near; similar (to)ものではなかったのです。教義教義きょうぎ doctrine; teachings上上じょう concerning ...の区別区別くべつ differentiation; distinctionをよく知らない知しらない don't know; am not familiar with私が、こんな事をいう資格資格しかく qualificationに乏しい乏とぼしい lacking; wanting; deficientのは承知しています承知しょうちしています am well aware of; acknowledgeが、私はただ男女男女なんにょ men and women; the two gendersに関係した関係かんけいした related to; concerning点についてのみ、そう認めていた認みとめていた recognized; appreciatedのです。Kは昔昔むかし former daysから精進精進しょうじん diligence; devotionという言葉が好き好すき to one's likingでした。私はその言葉の中中なか inside; withinに、禁欲禁欲きんよく  abstinence; celibacyという意味も籠っている籠こもっている be included; be encased (in)のだろうと解釈して解釈かいしゃくして interpret; construeいました。しかし後で後あとで later; afterwards実際実際じっさい actual stateを聞いて見る聞きいて見みる ask; inquireと、それよりもまだ厳重な厳重げんじゅうな severe; strict意味が含まれて含ふくまれて be includedいるので、私は驚きました驚おどろきました was surprised。道道みち way; pathのためにはすべてを犠牲犠牲ぎせい sacrificeにすべきものだというのが彼の第一第一だいいち number one; first and foremost信条信条しんじょう belief; article of faithなのですから、摂欲摂欲せつよく control of one's desires (usually 節欲せつよく)や禁欲は無論、たとい欲欲よく craving; wantを離れた離はなれた be apart from; be remote from恋そのものでも道の妨害妨害さまたげ obstruction; hindranceになるのです。Kが自活自活じかつ supporting oneself生活生活せいかつ living; lifestyleをしている時分時分じぶん time; periodに、私はよく彼から彼の主張主張しゅちょう contention; assertionを聞かされたのでした。その頃頃ころ timeからお嬢さんお嬢じょうさん daughter; young ladyを思っていた思おもっていた dwelled on; held in one's mind私は、勢い勢いきおい with force; with vigorどうしても彼に反対しなければならなかった反対はんたいしなければならなかった had to object; had to take exceptionのです。私が反対すると、彼はいつでも気の毒そうな気きの毒どくそうな pitying; feeling sorrow for顔顔かお face; (facial) expressionをしました。そこには同情同情どうじょう sympathyよりも侮蔑侮蔑ぶべつ disdain; contemptの方方ほう alternative (of two choices)が余計に余計よけいに in surplus; in excess現われて現あらわれて appear; be apparentいました。

こういう過去過去かこ past; historyを二人二人ふたり two (people); the two of usの間にの間あいだに between ...通り抜けて来て通とおり抜ぬけて来きて come through; carry acrossいるのですから、精神的に精神的せいしんてきに mentally; spiritually向上心向上心こうじょうしん desire for improvement; aspirationのないものは馬鹿馬鹿ばか fool; simpletonだという言葉言葉ことば wordsは、Kに取ってに取とって to ...; for ...痛い痛いたい painful; stingingに違いなかったに違ちがいなかった there was no doubt that ...のです。しかし前前まえ before; priorにもいった通り通とおり just as、私私わたくし I; meはこの一言一言いちごん few wordsで、彼彼かれ he; himが折角折角せっかく with trouble; at great pains積み上げた積つみ上あげた built up; constructed過去を蹴散らした蹴散けちらした kicked about; scatteredつもりではありません。かえってそれを今今いま now; the presentまで通り積み重ねて行かせよう積つみ重かさねて行ゆかせよう push to continue developingとしたのです。それが道道みち way; pathに達しよう達たっしよう reach; arrive atが、天天てん heaven; state of bliss; nirvanaに届こう届とどこう reach; arrive atが、私は構いません構かまいません be unconcerned; not care。私はただKが急に急きゅうに suddenly; abruptly生活生活せいかつ life; livingの方向方向ほうこう direction; orientationを転換して転換てんかんして divert; redirect、私の利害利害りがい interest; concernsと衝突する衝突しょうとつする conflict with; run counter toのを恐れた恐おそれた feared; was afraid ofのです。要するに要ようするに in short私の言葉は単なる単たんなる simply; merely利己心利己心りこしん egoism; selfishnessの発現発現はつげん expression; manifestationでした。

「精神的に向上心のないものは、馬鹿だ」

私は二度二度にど two times; twice同じ同おなじ the same言葉を繰り返しました繰くり返かえしました repeated。そうして、その言葉がKの上にの上うえに relative to; with respect toどう影響する影響えいきょうする affect; influenceかを見詰めていました見詰みつめていました observed; was watching。

「馬鹿だ」とやがてKが答えました答こたえました answered; replied。「僕僕ぼく I; meは馬鹿だ」

Kはぴたりとそこへ立ち留まった立たち留どまった stopped; haltedまま動きません動うごきません not move; become immobile。彼は地面地面じめん groundの上を見詰めています。私は思わず思おもわず reflexively; instinctivelyぎょっとしましたぎょっとしました was seized with fear; felt a chill。私にはKがその刹那刹那せつな moment; instantに居直り強盗居直いなおり強盗ごうとう thief who threatens violence when discoveredのごとく感ぜられた感かんぜられた came across; struck one (as)のです。しかしそれにしては彼の声声こえ voiceがいかにも力力ちから force; vigorに乏しい乏とぼしい lacking; wanting; deficientという事事こと fact; state of affairsに気が付きました気きが付つきました took notice of; noted。私は彼の眼遣い眼遣めづかい look (in one's eyes)を参考参考さんこう point of referenceにしたかったのですが、彼は最後最後さいご the end; the lastまで私の顔顔かお faceを見ないのです。そうして、徐々と徐々そろそろと slowly; quietlyまた歩き出しましたまた歩あるき出だしました resumed walking。

四十二四十二よんじゅうに (part) 42

「私私わたくし I; meはKと並んで並ならんで side by side; together (with)足を運ばせながら足あしを運はこばせながら walking along; making one's way、彼彼かれ he; himの口口くち mouthを出る出でる emerge from次の次つぎの next言葉言葉ことば wordsを腹の中で腹はらの中なかで deep down; within oneself暗に暗あんに in the shadows; stealthily待ち受けました待まち受うけました awaited。あるいは待ち伏せ待まち伏ふせ lying in wait forといった方方ほう alternative (of two choices)がまだ適当適当てきとう proper; appropriateかも知れませんかも知しれません it may be that ...。その時時とき timeの私はたといKを騙し打ちにして騙だまし打うちにして attack from behindも構わない構かまわない not care; have no problem withくらいに思っていた思おもっていた was thinkingのです。しかし私にも教育教育きょういく education; upbringing相当相当そうとう befitting; in keeping withの良心良心りょうしん conscienceはありますから、もし誰か誰だれか someone私の傍傍そば side; vicinity; proximityへ来て来きて come (to); approach、お前お前まえ youは卑怯卑怯ひきょう cowardly; dastardly; base; meanだと一言一言ひとこと few words私語いて私語ささやいて whisperくれるものがあったなら、私はその瞬間瞬間しゅんかん instantに、はっと我我われ oneselfに立ち帰った立たち帰かえった reverted toかも知れません。もしKがその人人ひと person; individualであったなら、私はおそらく彼の前前まえ front ofに赤面した赤面せきめんした turned red in the face with shameでしょう。ただKは私を窘める窘たしなめる rebuke; reprove; take to taskには余りに余あまりに too much正直正直しょうじき honest; upright; trueでした。余りに単純単純たんじゅん simple; pureでした。余りに人格人格じんかく personal characterが善良善良ぜんりょう good; virtuousだったのです。目のくらんだ目めのくらんだ blinded; dazzled; with one's mind reeling私は、そこに敬意を払う敬意けいいを払はらう duly respect事事こと act; actionを忘れて忘わすれて forget; lose sight of、かえってそこに付け込んだ付つけ込こんだ took advantage (of)のです。そこを利用して利用りようして use; exploit彼を打ち倒そう打うち倒たおそう take down; vanquishとしたのです。

Kはしばらくして、私の名名な nameを呼んで呼よんで called私の方方ほう directionを見ました見みました looked。今度今度こんど this timeは私の方で自然と自然しぜんと spontaneously; reflexively足を留めました足あしを留とめました stopped; halted。するとKも留まりました。私はその時やっとKの眼眼め eyesを真向に真向まむきに face on; directly見る事ができた事ことができた was able to ...のです。Kは私より背の高い背せいの高たかい tall男男おとこ man; fellowでしたから、私は勢い勢いきおい necessarily; consequently彼の顔顔かお faceを見上げる見上みあげる look up atようにしなければなりません。私はそうした態度態度たいど manner; postureで、狼狼おおかみ wolfのごとき心ごとき心こころ a heart like ...; a soul like ...を罪のない罪つみのない innocent; guileless羊羊ひつじ lambに向けた向むけた turned towardのです。

「もうその話話はなし talkは止めよう止やめよう cease; stop」と彼がいいました。彼の眼にも彼の言葉にも変に変へんに oddly; curiously悲痛な悲痛ひつうな sorrowful; heartbrokenところがありました。私はちょっと挨拶挨拶あいさつ reply; responseができなかったのです。するとKは、「止めてくれ」と今度は頼む頼たのむ ask; beg; entreatようにいい直しましたいい直なおしました restated。私はその時彼に向って向むかって turn toward残酷な残酷ざんこくな cruel; harsh答答こたえ responseを与えた与あたえた imparted; unleashedのです。狼が隙隙すき gap; opening; opportunityを見て羊の咽喉笛咽喉笛のどぶえ windpipeへ食い付く食くらい付つく bite at; snap atように。

「止めてくれって、僕僕ぼく I; meがいい出したいい出だした broached事じゃない、もともと君君きみ youの方から持ち出した持もち出だした brought up話じゃないか。しかし君が止めたければ、止めてもいいが、ただ口の先で口くちの先さきで with lip service止めたって仕方があるまい仕方しかたがあるまい there's no point in ...。君の心でそれを止めるだけの覚悟覚悟かくご resolution; readiness; resolveがなければ。一体一体いったい after all; in the end君は君の平生平生へいぜい usual; everydayの主張主張しゅちょう opinions; views; tenetsをどうするつもりなのか」

私私わたくし I; meがこういった時時とき time; moment、背の高い背せいの高たかい tall彼彼かれ he; himは自然と自然しぜんと spontaneously; reflexively私の前前まえ front ofに萎縮して萎縮いしゅくして shrink; contract; wither小さくなる小ちいさくなる become smaller; diminish in sizeような感じ感かんじ feeling; senseがしました。彼はいつも話す話はなす tell; relate通り通とおり just as ...頗る頗すこぶる exceedingly強情な強情ごうじょうな obstinate; headstrong男男おとこ man; fellowでしたけれども、一方では一方いっぽうでは on the other hand; at the same timeまた人一倍人一倍ひといちばい much more than the average person; more than othersの正直者正直者しょうじきもの man of integrityでしたから、自分の自分じぶんの one's own矛盾矛盾むじゅん contradiction; inconsistencyなどをひどく非難される非難ひなんされる be reproached; be castigated; be attacked場合場合ばあい situation; instanceには、決して決けっして by (no) means平気平気へいき indifferent; composedでいられない質質たち quality; natureだったのです。私は彼の様子様子ようす appearance; lookを見て見みて see; regardようやく安心しました安心あんしんしました felt relieved; was set at ease。すると彼は卒然卒然そつぜん suddenly; abruptly「覚悟覚悟かくご resolution; readiness; resolve?」と聞きました聞ききました asked; questioned。そうして私がまだ何とも何なんとも (no)thing答えない先に答こたえない先さきに before one answers; before one can answer「覚悟、――覚悟ならない事事こと case; situation; matterもない」と付け加えました付つけ加くわえました added。彼の調子は独言独言ひとりごと words spoken to oneselfのようでした。また夢夢ゆめ dreamの中中なか inside; withinの言葉言葉ことば wordsのようでした。

二人二人ふたり two (people); the two of usはそれぎり話を切り上げて切きり上あげて break off; discontinue、小石川小石川こいしかわ Koishikawa (place name)の宿宿やど house; dwelling; residenceの方方ほう directionに足を向けました足あしを向むけました headed toward。割合に割合わりあいに comparatively風風かぜ windのない暖かな暖あたたかな warm; mild日日ひ dayでしたけれども、何しろ何なにしろ still; at any rate冬冬ふゆ winterの事ですから、公園公園こうえん parkのなかは淋しい淋さびしい lonely; quiet; desertedものでした。ことに霜霜しも frostに打たれて打うたれて hit by蒼味蒼味あおみ (tinge of) greenを失った失うしなった lost杉杉すぎ cedarの木立木立こだち stand of trees; groveの茶褐色茶褐色ちゃかっしょく dark reddish-brownが、薄黒い薄黒うすぐろい dark; dusky空空そら skyの中に、梢梢こずえ treetops; branch tipsを並べて並ならべて set in a line聳えて聳そびえて rise; tower; soarいるのを振り返って見た振ふり返かえって見みた looked back at時は、寒さ寒さむさ cold; chillが背中背中せなか back (part of the body)へ噛り付いた噛かじり付ついた bite atような心持心持こころもち feeling; sensationがしました。我々我々われわれ we; usは夕暮夕暮ゆうぐれ evening; twilightの本郷台本郷台ほんごうだい Hongō Hillを急ぎ足で急いそぎ足あしで at a quick paceどしどしどしどし rapidly通り抜けて通とおり抜ぬけて pass through、また向う向むこう beyond; the other sideの岡岡おか hillへ上る上のぼる climb; ascendべくべく in order to ...; for the purpose of ...小石川の谷谷たに valleyへ下りた下おりた went down; descended (into)のです。私はその頃頃ころ timeになって、ようやく外套外套がいとう overcoatの下下した below; beneathに体体たい bodyの温味温味あたたかみ warmthを感じ出した感かんじ出だした began to feelぐらいです。

急いだためでもありましょうが、我々は帰り路帰かえり路みち the road home; the way homeにはほとんど口を聞きませんでした口くちを聞ききませんでした didn't talk; didn't speak。宅宅うち house; homeへ帰って食卓食卓しょくたく dining tableに向った時、奥さん奥おくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)はどうして遅くなった遅おそくなった were lateのかと尋ねました尋たずねました asked; inquired。私はKに誘われて誘さそわれて be invited; be requested上野上野うえの Ueno (place name)へ行った行いった went (to)と答えました。奥さんはこの寒いのにといって驚いた驚おどろいた was surprised様子を見せました。お嬢さんお嬢じょうさん daughter; young ladyは上野に何があったのかと聞きたがります。私は何もないが、ただ散歩した散歩さんぽした walked; strolledのだという返事返事へんじ answerだけしておきました。平生平生へいぜい usual; ordinaryから無口な無口むくちな quiet; reticentKは、いつもよりなお黙っていました黙だまっていました was silent。奥さんが話しかけても、お嬢さんが笑って笑わらって smile; laughも、碌な碌ろくな decent; satisfactory挨拶挨拶あいさつ reply; responseはしませんでした。それから飯飯めし meal; foodを呑み込む呑のみ込こむ gulp downように掻き込んで掻かき込こんで eat quickly; eat and run、私がまだ席を立たないうちに席せきを立たたないうちに before leaving the table; while still seated、自分の室室へや roomへ引き取りました引ひき取とりました withdrew; retired (to)。

四十三四十三よんじゅうさん (part) 43

「その頃頃ころ time; age; daysは覚醒覚醒かくせい awakening; revivalとか新しい新あたらしい new; novel; fresh生活生活せいかつ lifeとかいう文字文字もんじ words; phrasesのまだない時分時分じぶん time; periodでした。しかしKが古い古ふるい old自分自分じぶん onself; selfをさらりと投げ出して投なげ出だして cast away; toss aside、一意に一意いちいに in earnest; with intensity of purpose新しい方角方角ほうがく direction; course; bearingへ走り出さなかった走はしり出ださなかった didn't run off (toward)のは、現代人現代人げんだいじん modern manの考え考かんがえ ideas; thoughtsが彼彼かれ he; himに欠けていた欠かけていた were lacking; were deficientからではないのです。彼には投げ出す事のできない事ことのできない cannot ...; is unable to ...ほど尊い尊たっとい noble; exalted; sacred過去過去かこ past (experience); personal historyがあったからです。彼はそのために今日今日こんにち this day; the presentまで生きて来た生いきて来きた lived; subsisted; functionedといってもいいくらいなのです。だからKが一直線に一直線いっちょくせんに directly; straightaway愛愛あい love; affectionの目的物目的物もくてきぶつ objective; aimに向って向むかって turn toward猛進しない猛進もうしんしない not rush in; hold backといって、決して決けっして by (no) meansその愛の生温い生温なまぬるい lukewarm; halfhearted事を証拠立てる証拠しょうこ立だてる take as evidence of訳にはゆきません訳わけにはゆきません one cannot ...; one mustn't ...。いくら熾烈な熾烈しれつな fierce; hot; impassioned感情感情かんじょう feeling; emotionが燃えて燃もえて burnいても、彼はむやみに動けない動うごけない can't move; can't be movedのです。前後前後ぜんご before and after; contextを忘れる忘わすれる forget; put asideほどの衝動衝動しょうどう impulse; impetus; stimulusが起る起おこる arise; come about機会機会きかい chance; occasionを彼に与えない与あたえない not impart (to)以上以上いじょう as long as ...、Kはどうしてもちょっと踏み留まって踏ふみ留とどまって hold one's ground自分の過去を振り返らなければならなかった振ふり返かえらなければならなかった had to reflect on; couldn't help but refer toのです。そうすると過去が指し示す指さし示しめす indicate; show; point to路路みち way; pathを今今いま now; the presentまで通り通とおり just as; exactly as歩かなければならなくなる歩あるかなければならなくなる be compelled to walk; feel compelled to followのです。その上その上うえ on top of that; furthermore彼には現代人のもたない強情強情ごうじょう obstinacy; stubbornnessと我慢我慢がまん perseveranceがありました。私私わたくし I; meはこの双方双方そうほう bothの点点てん points; aspectsにおいてよく彼の心心こころ heart; mind; soulを見抜いて見抜みぬいて see through to; see clearlyいたつもりなのです。

上野上野うえの Ueno (place name)から帰った帰かえった returned晩晩ばん eveningは、私に取ってに取とって to ...; for ...比較的比較的ひかくてき relatively; comparatively安静な安静あんせいな quiet; restful夜夜よ evening; nightでした。私はKが室室へや roomへ引き上げた引ひき上あげた withdrew; retired (to)あとを追い懸けて追おい懸かけて follow after、彼の机机つくえ deskの傍傍そば side; proximityに坐り込みました坐すわり込こみました sat down。そうして取り留めもない取とり留とめもない wandering; meandering世間話世間話せけんばなし idle chatter; small talkをわざと彼に仕向けました仕向しむけました directed toward。彼は迷惑そう迷惑めいわくそう seemingly annoyedでした。私の眼眼め eyesには勝利勝利しょうり victory; successの色色いろ color; appearance; lookが多少多少たしょう to some extent; somewhat輝いて輝かがやいて sparkle; shineいたでしょう、私の声声こえ voiceにはたしかに得意得意とくい triumph; elationの響き響ひびき echo; soundがあったのです。私はしばらくKと一つ一ひとつ one (thing)火鉢火鉢ひばち hibachi; brazierに手手て handsを翳した翳かざした held out to; warmed over (a fire)後後あと after、自分の室に帰りました。外外ほか otherの事にかけては何をしても何なにをしても whatever one does; no matter what one does彼に及ばなかった及およばなかった couldn't equal; couldn't match私も、その時時とき time; occasionだけは恐るるに足りない恐おそるるに足たりない not worthy of fearという自覚自覚じかく self-awareness; self realizationを彼に対してに対たいして with respect to; regardingもっていたのです。

私はほどなくほどなく soon; before long穏やかな穏おだやかな calm; quiet; peaceful眠り眠ねむり sleep; slumberに落ちました落おちました fell (into)。しかし突然突然とつぜん suddenly; unexpectedly私の名名な nameを呼ぶ呼よぶ call声で眼を覚ましました眼めを覚さましました woke up; awoke。見る見みる lookと、間間あいだ space (between)の襖襖ふすま fusuma (sliding door)が二尺二尺にしゃく 2 shaku (about 60 cm; about 2 feet)ばかり開いて開あいて be open、そこにKの黒い黒くろい dark影影かげ figure; shape; silhouetteが立って立たって standいます。そうして彼の室には宵宵よい evening; early nighttime hoursの通りまだ燈火燈火あかり light; lampが点いて点ついて be litいるのです。急に急きゅうに suddenly; abruptly世界世界せかい world; realmの変った変かわった changed私は、少し少すこし a little; a bitの間間あいだ interval (of time)口を利く口くちを利きく speak事もできずに、ぼうっとして、その光景光景こうけい scene; sight; viewを眺めて眺ながめて gaze on; look atいました。

その時時とき time; momentKはもう寝たもう寝ねた already in bed; already asleepのかと聞きました聞ききました asked。Kはいつでも遅くまで遅おそくまで until late起きて起おきて be awake; be upいる男男おとこ man; fellowでした。私私わたくし I; meは黒い黒くろい dark影法師影法師かげぼうし shadow figure; silhouetteのようなKに向って向むかって turn toward、何か何なにか something用用よう need; wantかと聞き返しました聞きき返かえしました asked in return。Kは大した大たいした important; significant用でもない、ただもう寝たか、まだ起きているかと思って思おもって wonder、便所便所べんじょ toiletへ行った行いった went (to)ついでに聞いてみただけだと答えました答こたえました answered。Kは洋燈洋燈ランプ lampの灯灯ひ lightを背中背中せなか backside; backに受けて受うけて receiveいるので、彼彼かれ he; himの顔色顔色かおいろ countenance; expressionや眼つき眼めつき look in one's eyesは、全く全まったく utterly; completely私には分りませんでした分わかりませんでした couldn't read; couldn't discern。けれども彼の声声こえ voiceは不断不断ふだん usualよりもかえって落ち付いていた落おち付ついていた was relaxed; was calmくらいでした。

Kはやがて開けた開あけた opened; open襖襖ふすま fusuma (sliding door)をぴたりと立て切りました立たて切きりました closed up; shut。私の室室へや roomはすぐ元の元もとの prior; former暗闇暗闇くらやみ darknessに帰りました帰かえりました returned; reverted (to)。私はその暗闇より静かな静しずかな quiet; peaceful夢夢ゆめ dreamを見る見みる see; viewべくべく in order to ...; for the purpose of ...また眼を閉じました閉とじました closed。私はそれぎり何も知りません知しりません not know; not perceive。しかし翌朝翌朝よくあさ next morningになって、昨夕昨夕ゆうべ night beforeの事事こと matter; affairを考えてみる考かんがえてみる consider; think aboutと、何だか何なんだか somehow不思議不思議ふしぎ strange; curiousでした。私はことによると、すべてが夢ではないかと思いました。それで飯飯めし mealを食う食くう eat時、Kに聞きました。Kはたしかに襖を開けて私の名名な nameを呼んだ呼よんだ calledといいます。なぜそんな事をしたのかと尋ねる尋たずねる ask; inquireと、別に別べつに in particular判然した判然はっきりした clear; definite返事返事へんじ answer; replyもしません。調子の抜けた調子ちょうしの抜ぬけた out of sorts; unwell頃頃ころ time; phaseになって、近頃近頃ちかごろ recently; latelyは熟睡熟睡じゅくすい sound sleepができるのかとかえって向うから私に問う問とう askのです。私は何だか変変へん odd; strangeに感じました感かんじました felt; sensed; perceived。

その日日ひ dayちょうど同じ同おなじ the same時間時間じかん time; hourに講義講義こうぎ lectureの始まる始はじまる start; begin時間割時間割じかんわり (class) scheduleになっていたので、二人二人ふたり two (people); the two of usはやがていっしょに宅宅うち houseを出ました出でました left; departed (from)。今朝今朝けさ that morningから昨夕昨夕さくゆう the prior eveningの事が気に掛っている気きに掛かかっている weigh on one's mind私は、途中で途中とちゅうで on the way; along the wayまたKを追窮しました追窮ついきゅうしました followed up with; pursued。けれどもKはやはり私を満足させる満足まんぞくさせる satisfyような答えをしません。私はあの事件事件じけん matter; affairについて何か話す話はなす talk about; discussつもりではなかったのかと念を押して念ねんを押おして double check; make sure ofみました。Kはそうではないと強い強つよい strong; emphatic調子でいい切りましたいい切きりました asserted; insisted。昨日昨日きのう the day before上野上野うえの Ueno (place name)で「その話話はなし talkはもう止めよう止やめよう cease; stop」といったではないかと注意する注意ちゅういする advise; cautionごとくにも聞こえました。Kはそういう点点てん pointに掛けてに掛かけて concerning ...; when it comes to ...鋭い鋭するどい sharp; keen自尊心自尊心じそんしん pride; self-esteemをもった男なのです。ふとそこに気のついた気きのついた recognized; realized私は突然突然とつぜん suddenly彼の用いた用もちいた used; applied「覚悟覚悟かくご resolution; readiness; resolve」という言葉言葉ことば word; expressionを連想し出しました連想れんそうし出だしました began to reflect on。すると今今いま now; the presentまでまるで気にならなかったその二字二字にじ two charactersが妙な妙みょうな odd; curious力力ちから power; forceで私の頭頭あたま head; mindを抑え始めた抑おさえ始はじめた began to take over; began to oppressのです。

四十四四十四よんじゅうよん (part) 44

「Kの果断果断かだん decisiveness; resolutionに富んだ富とんだ rich (with); abundant (in)性格性格せいかく character; nature; dispositionは私私わたくし I; meによく知れていました知しれていました was known。彼彼かれ he; himのこの事件事件じけん matter; affairについてのみ優柔優柔ゆうじゅう indecisivenessな訳訳わけ circumstances; situationも私にはちゃんと呑み込めていた呑のみ込こめていた was understoodのです。つまり私は一般一般いっぱん ordinary; usual; commonを心得た心得こころえた knew; understood; was aware of上で上うえで on top of; given that、例外例外れいがい exception; anomalyの場合場合ばあい case; situationをしっかり攫まえた攫つらまえた graspedつもりで得意得意とくい confident; self-assuredだったのです。ところが「覚悟覚悟かくご resolution; readiness; resolve」という彼の言葉言葉ことば word; expressionを、頭頭あたま head; mindのなかで何遍も何遍なんべんも any number of times; repeatedly咀嚼して咀嚼そしゃくして ruminate on; contemplateいるうちに、私の得意はだんだん色色いろ color; sheenを失って失うしなって lose、しまいにはぐらぐら揺き始めるぐらぐら揺うごき始はじめる begin to wobble; begin to totterようになりました。私はこの場合もあるいは彼にとって例外でないのかも知れないと思い出した思おもい出だした began to think; began to imagineのです。すべての疑惑疑惑ぎわく doubt; misgivings、煩悶煩悶はんもん anguish; agony、懊悩懊悩おうのう qualms; worries; agitation、を一度に一度いちどに at once; with one stroke解決する解決かいけつする solve; settle; resolve最後の最後さいごの final; ultimate手段手段しゅだん means; measureを、彼は胸胸むね breast; bosomのなかに畳み込んで畳たたみ込こんで fold into; embraceいるのではなかろうかと疑り始めた疑うたぐり始はじめた began to suspectのです。そうした新しい新あたらしい new; fresh光光ひかり lightで覚悟の二字二字にじ two charactersを眺め返して眺ながめ返かえして reflect on; reviewみた私は、はっと驚きました驚おどろきました was taken aback; was shocked。その時時とき time; occasionの私がもしこの驚きをもって、もう一返もう一返いっぺん one more time彼の口にした口くちにした spoke; uttered覚悟の内容内容ないよう content; substanceを公平に公平こうへいに impartially; objectively見廻したらば見廻みまわしたらば (if one had) surveyed; regarded、まだよかったかも知れません。悲しい悲かなしい regrettable; lamentable; unfortunate事事こと matter; factに私は片眼片眼めっかち blind in one eye; half blindでした。私はただKがお嬢さんお嬢じょうさん daughter; young ladyに対してに対たいして with respect to; regarding進んで行く進すすんで行ゆく advance; more forwardという意味意味いみ meaningにその言葉を解釈しました解釈かいしゃくしました interpreted; understood。果断に富んだ彼の性格が、恋恋こい (romantic) loveの方面方面ほうめん area; sphereに発揮される発揮はっきされる be demonstrated; be made manifestのがすなわち彼の覚悟だろうと一図に一図いちずに wholeheartedly; earnestly思い込んで思おもい込こんで be under the impression; be convincedしまったのです。

私は私にも最後の決断決断けつだん decision; determinationが必要必要ひつよう necessary; neededだという声声こえ voiceを心心こころ heart; mind; soulの耳耳みみ earで聞きました聞ききました heard。私はすぐその声に応じて応おうじて respond; answer (to)勇気勇気ゆうき courage; nerveを振り起しました振ふり起おこしました stirred up; awakened; aroused。私はKより先に先さきに before; in advance、しかもKの知らない間間ま interval (of time)に、事を運ばなくてはならない運はこばなくてはならない had to bring about; had to make happenと覚悟を極めました極きめました fixed; settled。私は黙って黙だまって in silence機会機会きかい opportunity; chanceを覘って覘ねらって aim forいました。しかし二日二日ふつか two days経って経たって elapse; go byも三日三日みっか three days経っても、私はそれを捕まえる捕つらまえる grasp; seize事ができません。私はKのいない時、またお嬢さんの留守留守るす out of the house; awayな折折おり opportunity; chance; occasionを待って待まって wait for、奥さん奥おくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)に談判談判だんぱん talk; discussion; negotiationを開こう開ひらこう open; beginと考えた考かんがえた thought (to do)のです。しかし片方片方かたほう one (of the two)がいなければ、片方が邪魔をする邪魔じゃまをする interfere; hinder; impedeといった風風ふう mannerの日ばかり続いて続つづいて continue、どうしても「今今いま nowだ」と思う好都合好都合こうつごう favorable; opportune (circumstance)が出て来て出でて来きて come about; ariseくれないのです。私はいらいらしました。

一週間一週間いっしゅうかん one weekの後後のち after私私わたくし I; meはとうとう堪え切れなくなって堪たえ切きれなくなって become unbearable; be no longer able to take (it)仮病仮病けびょう feigned illnessを遣いました遣つかいました used; employed。奥さん奥おくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)からもお嬢さんお嬢じょうさん daughter; young ladyからも、K自身自身じしん himselfからも、起きろ起おきろ wake up; get upという催促催促さいそく pressing; urgingを受けた受うけた received私は、生返事生返事なまへんじ half-hearted reply; cursory responseをしただけで、十時十時じゅうじ ten (o'clock)頃頃ごろ around; aboutまで蒲団蒲団ふとん futonを被って被かぶって cover oneself with寝て寝ねて sleep; stay in bedいました。私はKもお嬢さんもいなくなって、家家いえ houseの内内なか inside; withinがひっそり静まった静しずまった became quiet; grew still頃頃ころ timeを見計らって見計みはからって aim for; target寝床寝床ねどこ bed; beddingを出ました出でました left; came out of。私の顔顔かお faceを見た見みた saw奥さんは、すぐどこが悪い悪わるい not good; unwellかと尋ねました尋たずねました asked; inquired。食物食物たべもの something to eat; foodは枕元枕元まくらもと by one's pillow; bedsideへ運んで運はこんで carry; bringやるから、もっと寝ていたらよかろうと忠告して忠告ちゅうこくして advise; cautionもくれました。身体身体からだ body; physical healthに異状異状いじょう problem; abnormalityのない私は、とても寝る気気き inclinationにはなれません。顔を洗って洗あらって washいつもの通りいつもの通とおり as always茶の間茶ちゃの間ま tea room; hearth roomで飯飯めし mealを食いました食くいました ate。その時時とき time奥さんは長火鉢長火鉢ながひばち rectangular hibachi; oblong brazierの向側向側むこうがわ other sideから給仕給仕きゅうじ serving; attendingをしてくれたのです。私は朝飯朝飯あさめし morning meal; breakfastとも午飯午飯ひるめし noon meal; lunchとも片付かない片付かたづかない not fit into; not be settled as茶椀茶椀ちゃわん rice bowlを手手て handに持った持もった heldまま、どんな風風ふう manner; wayに問題問題もんだい subject; topicを切り出したもの切きり出だしたもの should broach; can beginだろうかと、そればかりに屈托して屈托くったくして be occupied; be concerned (with)いたから、外観外観がいかん outside appearanceからは実際実際じっさい in fact; indeed気分気分きぶん feelingの好くない好よくない not well; out of sorts病人病人びょうにん sick person; someone under the weatherらしく見えただろうと思います思おもいます think; reckon。

私は飯を終って終しまって finish烟草烟草タバコ tobacco; cigaretteを吹かし出しました吹ふかし出だしました started to smoke。私が立たない立たたない not get up; not leave (one's seat)ので奥さんも火鉢の傍傍そば proximityを離れる離はなれる move away from訳にゆきません訳わけにゆきません couldn't ...。下女下女げじょ maidservantを呼んで呼よんで call; summon膳膳ぜん (dining) trayを下げさせた下さげさせた had (someone) take out上上うえ on top of; in addition to、鉄瓶鉄瓶てつびん iron kettleに水水みず waterを注したり注さしたり pour (into)、火鉢の縁縁ふち edge; rim; lipを拭いたりして拭ふいたりして wipe、私に調子を合わせて調子ちょうしを合あわせて keep with (someone)います。私は奥さんに特別な特別とくべつな special; particular用事用事ようじ tasks; work to be doneでもあるのかと問いました問といました asked。奥さんはいいえと答えました答こたえました answeredが、今度今度こんど this timeは向う向むこう the other partyでなぜですと聞き返して来ました聞きき返かえして来きました came back with a question in return。私は実は実じつは actually少し少すこし a little; a bit話したい話はなしたい want to talk about; want to discuss事事こと matterがあるのだといいました。奥さんは何何なん whatですかといって、私の顔を見ました。奥さんの調子はまるで私の気分にはいり込めないはいり込こめない not fitting with; not aligned withような軽い軽かるい light; easy; casualものでしたから、私は次次つぎ nextに出す出だす put forthべき文句文句もんく wordsも少し渋りました渋しぶりました hesitated; faltered。

私は仕方なしに仕方しかたなしに having no other recourse言葉言葉ことば wordsの上で、好い加減に好いい加減かげんに vaguely; nebulouslyうろつき廻ったうろつき廻まわった wandered; perambulated末末すえ after ...、Kが近頃近頃ちかごろ recently; of late何か何なにか somethingいいはしなかったかと奥さんに聞いてみました。奥さんは思いも寄らない思おもいも寄よらない unexpected; out of the blueという風をして、「何を?」とまた反問して反問はんもんして ask in return来ました。そうして私の答える前前まえ beforeに、「あなたには何かおっしゃったんですか」とかえって向うで聞くのです。

四十五四十五よんじゅうご (part) 45

「Kから聞かされた聞きかされた was told; was party to打ち明け話打うち明あけ話ばなし confidential talk; confessionを、奥さん奥おくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)に伝える伝つたえる convey; report気気き intentionのなかった私私わたくし I; meは、「いいえ」といってしまった後で後あとで after、すぐ自分の自分じぶんの one's own嘘嘘うそ lie; falsehoodを快からず快こころよからず unpleasant; disagreeable感じました感かんじました felt; experienced。仕方がない仕方しかたがない having no other recourseから、別段別段べつだん in particular; especially何も何なにも (no)thing頼まれた頼たのまれた was requested; was asked覚え覚おぼえ recollection; remembranceはないのだから、Kに関するに関かんする relating to; concerning用件用件ようけん matter; affairではないのだといい直しましたいい直なおしました restated。奥さんは「そうですか」といって、後を待って待まって wait for; awaitいます。私はどうしても切り出さなければならなくなりました切きり出ださなければならなくなりました was compelled to come out with it。私は突然突然とつぜん suddenly; abruptly「奥さん、お嬢さんお嬢じょうさん daughter; young ladyを私に下さい下ください please give; please bestow」といいました。奥さんは私の予期して予期よきして anticipate; expectかかったほど驚いた驚おどろいた was surprised様子様子ようす appearance; indicationも見せませんでした見みせませんでした did not showが、それでも少時少時しばらく for some time返事返事へんじ reply; responseができなかったものと見えて、黙って黙だまって in silence; without speaking私の顔顔かお faceを眺めて眺ながめて look at; regard; studyいました。一度一度いちど onceいい出したいい出だした brought out; broached私は、いくら顔を見られても、それに頓着頓着とんじゃく care; concern; heedなどはしていられません。「下さい、ぜひ下さい」といいました。「私の妻妻つま wifeとしてぜひ下さい」といいました。奥さんは年を取って年としを取とって aged; olderいるだけに、私よりもずっと落ち付いて落おち付ついて relaxed; composedいました。「上げて上あげて give to; offer toもいいが、あんまり急急きゅう quick; suddenじゃありませんか」と聞くのです。私が「急に貰いたい貰もらいたい receive; take; acceptのだ」とすぐ答えたら答こたえたら answered; replied笑い出しました笑わらい出だしました began to laugh。そうして「よく考えた考かんがえた considered; thought overのですか」と念を押す念ねんを押おす make sure of; reconfirmのです。私はいい出したのは突然でも、考えたのは突然でないという訳訳わけ circumstance; situationを強い強つよい strong; emphatic言葉言葉ことば wordsで説明しました説明せつめいしました explained。

それからまだ二つ二ふたつ two (things)三つ三みっつ three (things)の問答問答もんどう questions and answersがありましたが、私はそれを忘れて忘わすれて forgetしまいました。男男おとこ man; maleのように判然した判然はきはきした clear; crispところのある奥さんは、普通の普通ふつうの usual; typical女女おんな woman; femaleと違って違ちがって different (from)こんな場合場合ばあい situationには大変大変たいへん very much; a great deal心持よく心持こころもちよく pleasantly; agreeably話話はなし talk; conversationのできる人人ひと personでした。「宜ござんす宜よござんす very well、差し上げましょう差さし上あげましょう give; offer up」といいました。「差し上げるなんて威張った威張いばった proud; conceited; superior口口くち mouth; manner of speakingの利ける利きける can apply境遇境遇きょうぐう circumstancesではありません。どうぞ貰って下さい。ご存じの通りご存ぞんじの通とおり as you know; as you're aware父親父親ちちおや fatherのない憐れな憐あわれな pitiable; miserable子子こ childです」と後では向う向むこう the other side; the other partyから頼みました頼たのみました requested; entreated。

話話はなし talk; conversationは簡単簡単かんたん simple; easyでかつ明瞭明瞭めいりょう clear; conciseに片付いて片付かたづいて be wrapped up; be settledしまいました。最初最初さいしょ beginning; onsetからしまいまでにおそらく十五分十五分じゅうごふん fifteen minutesとは掛らなかった掛かからなかった didn't take; didn't consumeでしょう。奥さん奥おくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)は何の何なんの (no) sort of条件条件じょうけん conditionsも持ち出さなかった持もち出ださなかった didn't bring up; didn't raiseのです。親類親類しんるい relatives; relationsに相談する相談そうだんする discuss; consult (with)必要必要ひつよう necessity; needもない、後後あと after; laterから断れば断ことわれば inform; give noticeそれで沢山沢山たくさん adequate; sufficientだといいました。本人本人ほんにん the person in questionの意嚮意嚮いこう inclination; thoughtsさえたしかめるに及ばないに及およばない no need to ...と明言しました明言めいげんしました declared; stated。そんな点点てん pointになると、学問をした学問がくもんをした received an education私私わたくし I; meの方方ほう alternative (of two choices)が、かえって形式形式かたしき form; methodに拘泥する拘泥こうでいする adhere to; be particular aboutくらいに思われた思おもわれた seemedのです。親類はとにかく、当人当人とうにん the one concerned; the said personにはあらかじめ話して話はなして talk; discuss (with)承諾承諾しょうだく consent; agreementを得る得うる obtain; gain; winのが順序順序じゅんじょ (proper) sequenceらしいと私が注意した注意ちゅういした advised; cautioned時時とき time; moment、奥さんは「大丈夫大丈夫だいじょうぶ okay; alrightです。本人が不承知不承知ふしょうち objection; refusalの所所ところ placeへ、私があの子子こ childをやるはずがありませんから」といいました。

自分の自分じぶんの one's own室室へや roomへ帰った帰かえった returned (to)私は、事事こと mattersのあまりに訳もなく訳わけもなく simply; easily進行した進行しんこうした advanced; progressedのを考えて考かんがえて consider; think about、かえって変な変へんな odd; strange気持気持きもち feeling; sensationになりました。はたして大丈夫なのだろうかという疑念疑念ぎねん doubt; misgivingさえ、どこからか頭頭あたま head; mindの底底そこ bottom; depthsに這い込んで来た這はい込こんで来きた crept; entered (into)くらいです。けれども大体大体だいたい overall; for the most partの上においての上うえにおいて with regard to; concerning、私の未来未来みらい futureの運命運命うんめい fate; fortunesは、これで定められた定さだめられた was decided; was determinedのだという観念観念かんねん idea; notion; conceptが私のすべてを新たにしました新あらたにしました renewed; refreshed。

私は午頃午頃ひるごろ around noonまた茶の間茶ちゃの間ま tea room; hearth roomへ出掛けて行って出掛でかけて行いって went out (to)、奥さんに、今朝今朝けさ this morningの話をお嬢さんお嬢じょうさん daughter; young ladyに何時何時いつ when通じて通つうじて communicate; conveyくれるつもりかと尋ねました尋たずねました asked; inquired。奥さんは、自分さえ承知していれば、いつ話しても構わなかろう構かまわなかろう shouldn't matterというような事をいうのです。こうなると何だか私よりも相手相手あいて the other partyの方が男みた男おとこみた manly; masculineようなので、私はそれぎり引き込もう引ひき込こもう withdraw; retreatとしました。すると奥さんが私を引き留めて引ひき留とめて stop; hold back; detain、もし早い早はやい quick; soon方が希望希望きぼう desire; wishならば、今日今日きょう todayでもいい、稽古稽古けいこ lessonsから帰って来たら、すぐ話そうというのです。私はそうしてもらう方が都合が好い都合つごうが好いい convenient; advantageous; preferredと答えて答こたえて answer; respondまた自分の室に帰りました。しかし黙って黙だまって in silence自分の机机つくえ deskの前前まえ front ofに坐って坐すわって sit; be seated、二人二人ふたり two (people); the two of themのこそこそ話こそこそ話ばなし private whisperingsを遠くから遠とおくから from a distance聞いている私を想像して想像そうぞうして imagine; think aboutみると、何だか落ち付いて落おち付ついて relax; be at easeいられないような気気き feelingもするのです。私はとうとう帽子帽子ぼうし hatを被って被かぶって put on; wear (on one's head)表表おもて out frontへ出ました。そうしてまた坂坂さか slope; hillの下下した bottomでお嬢さんに行き合いました行ゆき合あいました happened upon; met in passing。何にも知らない知しらない not know; not be aware ofお嬢さんは私を見て見みて see驚いた驚おどろいた was surprisedらしかったのです。私が帽子を脱って脱とって take off「今今いま now; just nowお帰り」と尋ねると、向う向むこう the other partyではもう病気病気びょうき illness; maladyは癒った癒なおった recovered; become betterのかと不思議そうに不思議ふしぎそうに seeming to find curious; in surprise聞くのです。私は「ええ癒りました、癒りました」と答えて、ずんずん水道橋水道橋すいどうばし Suidōbashi (place name)の方へ曲って曲まがって turn (toward)しまいました。

四十六四十六よんじゅうろく (part) 46

「私私わたくし I; meは猿楽町猿楽町さるがくちょう Sarugakuchō (place name)から神保町神保町じんぼうちょう Jinbōchō (place name)の通り通とおり broad street; boulevardへ出て出でて come out; emerge (onto)、小川町小川町おがわまち Ogawamachi (place name)の方方ほう directionへ曲りました曲まがりました turned; headed (toward)。私がこの界隈界隈かいわい neighborhood; vicinityを歩く歩あるく walk (through)のは、いつも古本屋古本屋ふるほんや used book shopをひやかすひやかす browse; window shopのが目的目的もくてき aim; intentでしたが、その日日ひ dayは手摺れのした手摺てずれのした worn from handling書物書物しょもつ booksなどを眺める眺ながめる look over; view気気き inclinationが、どうしても起らない起おこらない not arise; not come aboutのです。私は歩きながら絶えず絶たえず constantly; always宅宅うち house; homeの事事こと matters; happeningsを考えて考かんがえて consider; think aboutいました。私には先刻先刻さっき before; priorの奥さん奥おくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)の記憶記憶きおく memory; recollectionがありました。それからお嬢さんお嬢じょうさん daughter; young ladyが宅へ帰って帰かえって return (to)からの想像想像そうぞう picture in one's mind; suppositionがありました。私はつまりこの二つのもの二ふたつのもの two thingsで歩かせられていたようなものです。その上その上うえ on top of that; furthermore私は時々時々ときどき sometimes; from time to time往来往来おうらい road; streetの真中真中まんなか middleで我知らず我知われしらず involuntarily; instinctively; unwittinglyふと立ち留まりました立たち留どまりました came to a stop; halted。そうして今頃今頃いまごろ about nowは奥さんがお嬢さんにもうあの話話はなし talk; conversationをしている時分時分じぶん time; periodだろうなどと考えました。また或る時は或ある時ときは (at a) certain time、もうあの話が済んだ済すんだ finished; concluded頃頃ころ timeだとも思いました思おもいました thought; supposed。

私はとうとう万世橋万世橋まんせいばし Mansei Bridgeを渡って渡わたって cross (over)、明神明神みょうじん Myōjin (place name)の坂坂さか hillを上がって上あがって ascend; climb、本郷台本郷台ほんごうだい Hongō Heightsへ来て来きて come (to); arrive (at)、それからまた菊坂菊坂きくざか Kiku Hillを下りて下おりて descend; go down、しまいに小石川小石川こいしかわ Koishikawa (place name)の谷谷たに valleyへ下りたのです。私の歩いた距離距離きょり distance; range; extentはこの三区三区さんく three sections; three districtsに跨がって跨またがって straddle; extend across、いびつないびつな irregular; distorted円円えん circleを描いた描えがいた drew; depicted; describedともいわれるでしょうが、私はこの長い長ながい long; lengthy; extended散歩散歩さんぽ walk; strollの間間あいだ interval (of time)ほとんどKの事の事こと regarding ...; concerning ...を考えなかったのです。今今いま now; the presentその時の私を回顧して回顧かいこして look back on; consider in retrospect、なぜだと自分自分じぶん oneselfに聞いて聞きいて ask; questionみても一向一向いっこう utterly; completely分りません分わかりません can't understand; fail to grasp。ただ不思議不思議ふしぎ odd; strangeに思うだけです。私の心心こころ heart; mindがKを忘れ得る忘わすれ得うる be able to forgetくらい、一方一方いっぽう one direction; single purposeに緊張して緊張きんちょうして be strained; be stressedいたとみればそれまでですが、私の良心良心りょうしん conscienceがまたそれを許す許ゆるす allow; permitべきはずはなかったのですから。

Kに対するに対たいする regarding; with respect to私の良心が復活した復活ふっかつした recovered; revived; returnedのは、私が宅の格子格子こうし latticework (door)を開けて開あけて open、玄関玄関げんかん entry hallから坐敷坐敷ざしき roomへ通る通とおる pass (through to)時、すなわち例のごとく例れいのごとく as usual彼彼かれ he; himの室室へや roomを抜けよう抜ぬけよう cut throughとした瞬間瞬間しゅんかん moment; instantでした。彼はいつもの通りいつもの通とおり as always机机つくえ deskに向って向むかって turn toward書見書見しょけん readingをしていました。彼はいつもの通り書物から眼眼め eyesを放して放はなして remove、私を見ました見みました looked at; regarded。しかし彼はいつもの通り今帰ったのか今いま帰かえったのか did you just get home; are you just now backとはいいませんでした。彼は「病気病気びょうき illness; maladyはもう癒い癒いい betterのか、医者医者いしゃ doctorへでも行った行いった went (to)のか」と聞きました。私はその刹那刹那せつな moment; instantに、彼の前前まえ before; front ofに手を突いて手てを突ついて place both hands on the ground (in an act of apology)、詫まりたくなった詫あやまりたくなった wanted to apologizeのです。しかも私の受けた受うけた receivedその時の衝動衝動しょうどう impetus; urgeは決して決けっして by (no) means弱い弱よわい weak; delicate; faintものではなかったのです。もしKと私がたった二人二人ふたり two (people)曠野曠野こうや wilderness; wildsの真中にでも立っていた立たっていた were standingならば、私はきっと良心の命令命令めいれい order; commandに従って従したがって follow; abide by、その場場ば place; locationで彼に謝罪したろう謝罪しゃざいしたろう would have apologizedと思います。しかし奥奥おく interior; withinには人人ひと (other) peopleがいます。私の自然自然しぜん nature; (natural) impulseはすぐそこで食い留められてしまった食くい留とめられてしまった was checked; was held backのです。そうして悲しい悲かなしい regrettable; lamentable; unfortunate事に永久に永久えいきゅうに forever; for all time復活しなかったのです。

夕飯夕飯ゆうめし evening meal; dinnerの時時とき time; occasionKと私私わたくし I; meはまた顔を合せました顔かおを合あわせました came face to face; came together。何にも何なんにも (no)thing知らない知しらない not know; not be aware ofKはただ沈んでいた沈しずんでいた was sunken; was distant; was withdrawnだけで、少しも少すこしも (not) in the least疑い深い疑うたがい深ぶかい distrustful; suspicious眼眼め eyes; lookを私に向けません向むけません not direct (toward)。何にも知らない奥さん奥おくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)はいつもより嬉しそう嬉うれしそう looking happy; seemingly pleasedでした。私だけがすべてを知っていたのです。私は鉛鉛なまり lead (metal)のような飯を食いました食くいました ate。その時お嬢さんお嬢じょうさん daughter; young ladyはいつものようにみんなと同じ同おなじ the same食卓食卓しょくたく dining tableに並びませんでした並ならびませんでした didn't take one's place; didn't join。奥さんが催促する催促さいそくする press; urgeと、次の次つぎの adjacent; adjoining室室へや roomで只今只今ただいま in a minute; just a momentと答える答こたえる answer; replyだけでした。それをKは不思議そうに不思議ふしぎそうに seeming to find curious; in surprise聞いて聞きいて listen toいました。しまいにどうしたのかと奥さんに尋ねました尋たずねました asked; inquired。奥さんは大方大方おおかた probably; most likely極りが悪い極きまりが悪わるい feel awkward; feel abashedのだろうといって、ちょっと私の顔を見ました見みました looked at。Kはなお不思議そうに、なんで極りが悪いのかと追窮しに掛かりました追窮ついきゅうしに掛かかりました proceeded to pursue。奥さんは微笑しながら微笑びしょうしながら smiling; with a grinまた私の顔を見るのです。

私は食卓に着いた着ついた arrived (at)初め初はじめ beginning; outsetから、奥さんの顔付顔付かおつき countenance; expressionで、事事こと matter; affairの成行成行なりゆき outcome; resultをほぼ推察して推察すいさつして guess; surmiseいました。しかしKに説明説明せつめい explanationを与える与あたえる impart (to); bestow (on)ために、私のいる前前まえ front ofで、それを悉く悉ことごとく altogether; in entirety話されて話はなされて have told; have saidは堪らない堪たまらない be unbearableと考えました考かんがえました considered; thought。奥さんはまたそのくらいの事を平気でする平気へいきでする think nothing of doing; not hesitate to do女女おんな womanなのですから、私はひやひやしたひやひやした was on pins and needlesのです。幸いに幸さいわいに fortunately; luckilyKはまた元の元もとの former; previous沈黙沈黙ちんもく silence; reticenceに帰りました帰かえりました returned; reverted (to)。平生平生へいぜい usualより多少多少たしょう somewhat機嫌のよかった機嫌きげんのよかった was in a good mood; was in high spirits奥さんも、とうとう私の恐れ恐おそれ fear; concernを抱いて抱いだいて hold; harborいる点点てん pointまでは話話はなし talk; conversationを進めずに進すすめずに without advancing; without offering upしまいました。私はほっと一息して一息ひといきして catch one's breath; relax a bit室へ帰りました。しかし私がこれから先これから先さき going forward; from here onKに対してに対たいして with respect to; regarding取る取とる take; assumeべき態度態度たいど attitude; mannerは、どうしたものだろうか、私はそれを考えずにはいられませんでした。私は色々の色々いろいろの various; myriad弁護弁護べんご defense; explanation; justificationを自分の自分じぶんの one's own胸胸むね breast; bosomで拵えて拵こしらえて make; craft; form; conjure upみました。けれどもどの弁護もKに対して面と向う面めんと向むかう meet face-to-faceには足りませんでした足たりませんでした was insufficient; was inadequate、卑怯な卑怯ひきょうな cowardly; spineless私はついに自分で自分をKに説明するのが厭厭いや loathsome; forbiddingになったのです。