じゅう (part) 10

かね money; funds不自由不自由ふじゆう inconvenience; impairmentのないわたくし I; meは、騒々しい騒々そうぞうしい noisy; boisterous下宿下宿げしゅく lodgings出てて leave; vacate新しくあたらしく anew一戸一戸いっこ (single) house; household構えてかまえて set up; establishみようかという inclinationになったのです。しかしそれには世帯道具世帯しょたい道具どうぐ housekeeping wares買うう purchase; procure面倒面倒めんどう trouble; burdenもありますし、世話世話せわ caretakingをしてくれる婆さんばあさん old woman必要必要ひつよう necessity; need起りますおこります come about; ariseし、その婆さんがまた正直正直しょうじき honest; uprightでなければ困るこまる have a hard time; be in a fixし、うち house; home留守にして留守るすにして leave (a home) emtpy大丈夫大丈夫だいじょうぶ okay; alrightなものでなければ心配心配しんぱい worry; concernだし、といったわけ reasons; rationaleで、ちょくらちょいとちょくらちょいと easily; lightly実行する実行じっこうする put into practice; carry outこと act; action覚束なく見えた覚束おぼつかなくえた looked uncertain; seemed doubtfulのです。ある日ある one day私はまあ宅だけでも探してさがして look for; seek outみようかというそぞろ心そぞろごころ restlessness of the spirit; whimから、散歩がてらに散歩さんぽがてらに by way of taking a walk本郷台本郷台ほんごうだい Hongōdai (place name)西西にし west下りてりて went down; descended小石川小石川こいしかわ Koishikawa (place name)さか slope; hill真直に真直まっすぐに in a straight line; directly伝通院伝通院でんずういん Denzūin (Temple)ほう direction上がりましたがりました climbed; ascended電車電車でんしゃ (electric) train通路通路つうろ pathway; passageになってから、あそこいらの様子様子ようす appearanceがまるで違ってしまいましたちがってしまいました changed completelyが、そのころ period (of time)左手左手ひだりて lefthand (side)砲兵砲兵ほうへい artillery工廠工廠こうしょう arsenal土塀土塀どべい earthen wallで、みぎ rightはら field; plainともおか hill; knollともつかない空地空地くうち vacant landくさ grasses一面に一面いちめんに all over; throughout生えていたえていた grewものです。私はその草のなか middle; midst立ってって stand何心なく何心なにごころなく without any special thought向うむこう the far side; beyondがけ cliff; bluff眺めましたながめました viewed; gazed atいま now; the presentでも悪いわるい bad; inferior景色景色けいしき landscape; sceneではありませんが、その頃はまたずっとあの西側西側にしがわ west sideおもむき appearance; aspectが違っていました。見渡す見渡みわたす look across; look over; survey限りかぎり to the limits of; to the extent ofみどり green; verdureが一面に深くふかく thickly茂ってしげって grow luxuriantlyいるだけでも、神経神経しんけい nerves休まりますやすまります be soothed; be eased。私はふとここいらに適当な適当てきとうな suitable; appropriate宅はないだろうかと思いましたおもいました thought; wondered。それで直ぐぐ right away; without delay草原草原くさはら grassland; meadow横切って横切よこぎって cross; traverse細いほそい narrow通りとおり avenue; streetきた northの方へ進んで行きましたすすんできました went on; went further。いまだに好いい fine; niceまち town; neighborhoodなり切れないでなりれないで without managing to become ...がたぴししているがたぴししている ramshackle; tumbledownあのへん area; vicinity; region家並家並いえなみ (rows of; lines of) residencesは、その時分時分じぶん timeの事ですからずいぶん汚ならしいきたならしい shabby; squalidものでした。私は露次露次ろじ alleyways抜けたりけたり cut through横丁横丁よこちょう side streets; lanes曲ったりまがったり turn (down; into)ぐるぐる歩き廻りましたぐるぐるあるまわりました walked in circles。しまいに駄菓子屋駄菓子屋だがしや corner sweets shop上さんかみさん proprietressに、ここいらに小ぢんまりしたぢんまりした cozy; snug; modest貸家貸家かしや rental houseはないかと尋ねてみましたたずねてみました tried asking; tried inquiring。上さんは「そうですね」といって、少時少時しばらく for a while首をかしげてくびをかしげて incline one's head (to ponder something)いましたが、「かし家はちょいとちょいと (not) readily……」と全くまったく utterly; completely思い当らないおもあたらない not come to mindふう mannerでした。私はのぞみ hope; prospectのないものと諦らめてあきらめて give up on帰り掛けましたかえけました made to depart。すると上さんがまた、「素人下宿素人しろうと下宿げしゅく boarding houseじゃいけませんか」と聞くく askのです。私はちょっと気が変りましたかわりました had a change of mind静かなしずかな quiet素人屋素人屋しろうとや boarding house一人一人ひとり one person; single person下宿して下宿げしゅくして lodge; stayいるのは、かえってうち house; home持つつ have; hold面倒がなくって結構結構けっこう splendid; fineだろうと考え出したかんがした began to thinkのです。それからその駄菓子屋のみせ shop腰を掛けてこしけて take a seat、上さんに詳しい事くわしいこと details; particulars教えておしえて teach; informもらいました。

それはある軍人軍人ぐんじん military man; soldier家族家族かぞく family、というよりもむしろ遺族遺族いぞく surviving family members、の住んでんで live; resideいるいえ house; homeでした。主人主人しゅじん head (of a household); husband何でもなんでも as it was told日清戦争日清にっしん戦争せんそう First Sino-Japanese War (1894-1895) とき time; occasion (of)何かなにか something死んだんだ died; perishedのだと上さんかみさん proprietressがいいました。一年一年いちねん one yearばかりまえ before; priorまでは、市ヶ谷市ヶ谷いちがや Ichigaya (place name)士官学校士官しかん学校がっこう officers' school; military academyそば proximityとかに住んでいたのだが、うまや stable; barnなどがあって、やしき residence; estate広過ぎる広過ひろすぎる too expansive; too roomyので、そこを売り払ってはらって sell off、ここへ引っ越して来たしてた moved inけれども、無人無人ぶにん empty (of people)淋しくってさむしくって lonesome; solitary困るこまる be dissatisfiedから相当の相当そうとうの suitable; befittingひと personがあったら世話をしてくれ世話せわをしてくれ find; broker; introduce頼まれてたのまれて was requestedいたのだそうです。わたくし I; meは上さんから、その家には未亡人未亡人びぼうじん widow一人一人ひとり one (person)むすめ daughter下女下女げじょ maidservantより外によりほかに other than; apart fromいないのだということ situation; state of affairs確かめましたたしかめました ascertained; confirmed。私は閑静閑静かんせい quiet; still至極至極しごく exceedingly好かろうかろう fine; nice; ideal心の中にこころうちに to oneself思いましたおもいました thought。けれどもそんな家族のうちに、私のようなものが、突然突然とつぜん suddenly行ったった went (to); called onところで、素性素性すじょう origin; background知れないれない is unknown書生さん書生しょせいさん studentという名称名称めいしょう designationのもとに、すぐ拒絶され拒絶きょぜつされ be turned awayはしまいかという掛念掛念けねん worry; concern (usually 懸念けねん)もありました。私は止そうそう quit; give up onかとも考えましたかんがえました thought; considered。しかし私は書生としてそんなに見苦しい見苦みぐるしい unsightly服装服装なり (personal) appearanceはしていませんでした。それから大学大学だいがく university制帽制帽せいぼう school cap被ってかぶって wear (on one's head)いました。あなたは笑うわらう laugh; find amusingでしょう、大学の制帽がどうしたんだといって。けれどもそのころ period (time)大学生大学生だいがくせい university studentいま now; the present違ってちがって different from; unlike大分大分だいぶ very much; a great deal世間世間せけん society; the world信用信用しんよう credence; trustのあったものです。私はその場合場合ばあい situationこの四角な四角しかくな square帽子帽子ぼうし hat; cap一種の一種いっしゅの a certain kind of自信自信じしん confidence見出した見出みいだした found; discoveredくらいです。そうして駄菓子屋駄菓子屋だがしや corner sweets shopの上さんに教わったおそわった told; informed; instructed通りとおり just as; exactly as紹介紹介しょうかい introductionも何もなしにその軍人の遺族の家を訪ねましたたずねました visited; called on

私は未亡人に会ってって meet (with)来意来意らいい reason for one's visit告げましたげました revealed; announced。未亡人は私の身元身元みもと personal history; backgroundやら学校やら専門専門せんもん area of studyやらについて色々色々いろいろ various (things); this and that質問しました質問しつもんしました questioned; asked。そうしてこれなら大丈夫大丈夫だいじょうぶ all right; acceptableだというところをどこかに握ったにぎった grasped; seizedのでしょう、いつでも引っ越して来て差支えない差支さしつかえない have no objection to; is fineという挨拶挨拶あいさつ response即坐に即坐そくざに right away; on the spot与えてくれましたあたえてくれました gave (to me)。未亡人は正しいただしい correct; proper人でした、また判然した判然はっきりした candid; frank人でした。私は軍人の妻君妻君さいくん wifeというものはみんなこんなものかと思って感服しました感服かんぷくしました was impressed。感服もしたが、驚きもしましたおどろきもしました was also surprised。この気性気性きしょう disposition; temperamentでどこが淋しいのだろうと疑いもしましたうたがいもしました also questioned; also doubted

十一十一じゅういち (part) 11

わたくし I; me早速早速さっそく immediatelyそのいえ house; home引き移りましたうつりました relocated; moved。私は最初最初さいしょ (at) first来たた came; calledとき time; occasion未亡人未亡人びぼうじん widow話をしたはなしをした talked; conversed座敷座敷ざしき room借りたりた rentedのです。そこは宅中宅中うちじゅう within the house一番好い一番いちばんい finest; bestへや roomでした。本郷本郷ほんごう Hongō (place name)へん vicinity; area高等高等こうとう high grade; first rate; upscale下宿下宿げしゅく lodgingsといったふう style; mannerの家がぽつぽつ建てられたてられた were built; were constructed時分時分じぶん period (of time)こと happening; occurenceですから、私は書生書生しょせい studentとして占領し得る占領せんりょうる be able to occupy最も好いもっとい best rooms様子様子ようす form; appearance心得ていました心得こころえていました knew a thing or two about。私の新しくあたらしく newly主人主人しゅじん masterとなった室は、それらよりもずっと立派立派りっぱ magnificent; superbでした。移った当座当座とうざ for a time (after)は、学生としての私には過ぎるぎる excessive; too muchくらいに思われたおもわれた thought of (as); took (as)のです。

室の広さひろさ size八畳八畳はちじょう 8 mats (about 13 sq meters; about 140 sq ft)でした。とこ alcove (= とこ)よこ next to違い棚ちがだな staggered shelvesがあって、えん veranda反対反対はんたい oppositeがわ sideには一間一間いっけん 1 ken (about 3.6 meters; about 6 feet)押入れ押入おしいれ closet付いていましたいていました was attached; was built inまど window一つひとつ one (thing)もなかったのですが、その代りそのかわり in return; at the same time南向きの南向みなみむきの south-facing縁に明るいあかるい bright sun; sunlightがよく差しましたしました shone on; fell on

私は移った dayに、その室の床に活けられたけられた arranged (flowers)はな flowersと、その横に立て懸けられたけられた set against; propped againstこと koto (musical instrument)見ましたました saw。どっちも私の気に入りませんでしたりませんでした were not to one's liking。私は poetryしょ calligraphy煎茶煎茶せんちゃ green tea (ceremony; ritual)嗜なむたしなむ have a taste forちち fatherそば proimity; close to育ったそだった was brought up; was raisedので、唐めいたからめいた in the Chinese fashion; of the (classical) Chinese tradition趣味趣味しゅみ tastes; preferences小供のうち小供こどものうち childhood; youth (usually 子供こども)からもっていました。そのためでもありましょうか、こういう艶めかしいなまめかしい coy; seductive; coquettish装飾装飾そうしょく adornments; embellishmentsいつの間にかいつのにか at some point軽蔑する軽蔑けいべつする feel disdain towardくせ propensity; practiceが付いていたのです。

私の父が存生中存生中ぞんしょうちゅう while living; during one's lifeにあつめた道具類道具類どうぐるい curiosは、例のれいの the aforementioned叔父叔父おじ uncleのために滅茶滅茶滅茶滅茶めちゃめちゃ disorder; ruinsにされてしまったのですが、それでも多少多少たしょう a little; some small amount残っていましたのこっていました remained。私はくに country; one's native place立つつ leave; depart (from)時それを中学中学ちゅうがく middle school旧友旧友きゅうゆう old friend預かってあずかって receive in trust; take custody ofもらいました。それからその中でそのうちで among them面白そうな面白おもしろそうな of interest; striking one's fancyものを四、五 four or fiveふく hanging scrolls裸にしてはだかにして unpackage; unbox行李行李こうり luggage; baggageそこ bottom入れてれて put into来ましたました came; arrived。私は移るや否やいなや as soon as ...、それを取り出してして take out床へ懸けてけて hang up楽しむたのしむ enjoy; appreciateつもりでいたのです。ところがいま now; just nowいった琴と活花活花いけばな arranged flowersを見たので、急にきゅうに suddenly勇気勇気ゆうき courage; nerveがなくなってしまいました。あと laterから聞いていて heard始めてはじめて for the first timeこの花が私に対するたいする regarding; with respect toご馳走馳走ちそう indulgence; accomodationに活けられたのだという事を知ったった learned; became aware of時、私は心のうちでこころのうちで inwardly; to oneself苦笑しました苦笑くしょうしました smiled wrily; forced a smile。もっとも琴は前からまえから from beforeそこにあったのですから、これは置き所どころ place to put (something)がないため、やむをえずそのままに立て懸けてあったけてあった had been set against; had been leaned againstのでしょう。

こんな話をすると、自然自然しぜん naturally; of courseそのうら background; behind the scenes若いわかい youngおんな womanかげ figure; formがあなたのあたま mind; thoughts掠めてかすめて flitting; fluttering; fleeting通るとおる pass through; traverseでしょう。移った私にも、移らない初めからうつらないはじめから even before arrivingそういう好奇心好奇心こうきしん curiosityすでに動いていたすでにうごいていた had already been set in motionのです。こうした邪気邪気じゃき ghost; specter予備的に予備的よびてきに in advance私の自然自然しぜん nature; natural manner損なったそこなった disturbed; disruptedためか、または私がまだ人慣れなかったひとれなかった unaccustomed to strangersためか、私は始めてそこのお嬢さんじょうさん daughter; young lady会ったった met; encountered時、へどもどしたへどもどした flustered; lacking composure挨拶挨拶あいさつ greetingをしました。その代りお嬢さんのほう sideでも赤いあかい reddened; flushedかお face; complexionをしました。

わたくし I; meはそれまで未亡人未亡人びぼうじん widow風采風采ふうさい appearance; mien態度態度たいど manner; behaviorから推してして infer; surmise、このお嬢さんじょうさん daughter; young ladyのすべてを想像していた想像そうぞうしていた imagined; envisionedのです。しかしその想像はお嬢さんに取ってって with respect toあまり有利な有利ゆうりな advantageous; charitable; flatteringものではありませんでした。軍人軍人ぐんじん military man; soldier妻君妻君さいくん wifeだからああなのだろう、その妻君のむすめ daughterだからこうだろうといった順序順序じゅんじょ sequenceで、私の推測推測すいそく conjecture段々段々だんだん bit by bit; gradually延びて行きましたびてきました developed further; built on itself。ところがその推測が、お嬢さんのかお face; countenance見たた saw瞬間瞬間しゅんかん moment; instantに、悉くことごとく completely; entirely打ち消されましたされました was negated; was wiped out。そうして私のあたま head; mindなか inside今までいままで until now想像も及ばなかった想像そうぞうおよばなかった hadn't imagined; couldn't have conceived of異性異性いせい opposite sex匂いにおい aura; sense; flavor新しくあたらしく newly; anew入って来ましたはいってました came into; entered。私はそれからとこ alcove (= とこ)正面正面しょうめん front; façade活けてあるけてある were arranged (of flowers)はな flowersいや objectionable; unpleasantでなくなりました。同じおなじ the same床に立て懸けてあるけてある was set against; was propped againstこと koto (musical instrument)邪魔邪魔じゃま nuisanceにならなくなりました。

その花はまた規則正しく規則きそくただしく regularly凋れるしおれる wither; wilt; fadeころ timeになると活け更えられるえられる be replaced with a fresh (flower) arrangementのです。琴も度々度々たびたび often; frequently鍵の手かぎ right angle折れ曲がったがった bent off (at)筋違の筋違すじかいの diagonally oppositeへや room運び去られるはこられる be carried off toのです。私は自分の自分じぶんの one's own居間居間いま roomつくえ deskうえ top頬杖を突きながら頬杖ほおづえきながら supporting one's chin with one's hands、その琴の sound聞いていましたいていました listened to。私にはその琴が上手上手じょうず skilled; masterfulなのか下手下手へた clumsy; bunglingなのかよく解らないわからない couldn't tellのです。けれども余りあまり (not) very; (not) much込み入ったった complex; intricate technique弾かないかない not playところを見ると、上手なのじゃなかろうと考えましたかんがえました thought; concluded。まあ活花活花いけばな arranged flowers程度程度ていど degree; extentぐらいなものだろうと思いましたおもいました thought; concluded。花なら私にも好く分るわかる am familiar with; have a sense forのですが、お嬢さんは決してけっして by (no) means旨いうまい skilled; expertほう alternative (of two choices)ではなかったのです。

それでも臆面なく臆面おくめんなく unashamedly; unapologetically色々の色々いろいろの various花が私の床を飾ってかざって decorate; adornくれました。もっとも活方活方いけかた method of arrangement (flowers)はいつ見ても同じこと state of affairsでした。それから花瓶花瓶かへい flower vaseついぞついぞ (not) at all変ったかわった be varied; be alteredためし case; instanceがありませんでした。しかし片方片方かたほう the other (of a pair)音楽音楽おんがく musicになると花よりももっとへん peculiar; eccentricでした。ぽつんぽつんいと string鳴らすらす let ring; soundだけで、一向一向いっこう (not) at all肉声肉声にくせい natural voiceを聞かせないのです。唄わないうたわない not sing; refrain from singingのではありませんが、まるで内所話内所話ないしょばなし whispering of secretsでもするように小さなちいさな small; soft; low (voice)こえ voiceしか出さないしかさない only put forthのです。しかも叱られるしかられる be reproached; be reproved全くまったく utterly; completely出なくなるなくなる no longer come forthのです。

私は喜んでよろこんで with pleasureこの下手な活花を眺めてながめて view; observeは、まずそうな琴の音に耳を傾けましたみみかたむけました lent an ear to; listened to

十二十二じゅうに (part) 12

わたくし I; me気分気分きぶん feeling; senseくに country; one's native place立つつ leave; depart (from)とき timeすでに厭世的厭世的えんせいてき gloomy; discouraged; despondentになっていました。ひと people頼りにならないたよりにならない not to be relied on; undependable; untrustworthyものだという観念観念かんねん idea; notionが、その時骨の中までほねなかまで to the marrow; to one's core染み込んでんで penetrate; permeateしまったように思われたおもわれた seemed (that)のです。私は私の敵視する敵視てきしする see as hostile; view as an adversary叔父叔父おじ uncleだの叔母叔母おば auntだの、その other親戚親戚しんせき relative; relationsだのを、あたかも人類人類じんるい mankind; humanity代表者代表者だいひょうしゃ representatives; proxiesのごとく考え出しましたかんがしました began to consider; began to regard汽車汽車きしゃ (steam) train乗ってって boardさえとなり neighboring; nearbyのものの様子様子ようす manner; behaviorを、それとなく注意し始めました注意ちゅういはじめました began to be wary of。たまに向うむこう the other partyから話し掛けられはなけられ be addressed; be engaged in conversationでもすると、なおの事なおのこと all the more; even more so警戒警戒けいかい vigilance; precaution加えたくなりましたくわえたくなりました wanted to increase further。私のこころ heart; soul沈鬱沈鬱ちんうつ down and out; in a state of melancholyでした。なまり lead (metal)呑んだんだ drank down; swallowedように重苦しくなる重苦おもくるしくなる became heavy; feel oppressed事が時々時々ときどき at timesありました。それでいて私の神経神経しんけい nervesは、いま now; just nowいったごとくに鋭くするどく sharply; keenly尖ってしまったとがってしまった were sharpened; were on edgeのです。

私が東京東京とうきょう Tōkyō来てて came (to)下宿下宿げしく lodgings出ようとしたようとした thought to leaveのも、これが大きなおおきな major; significant源因源因げんいん cause; reason (usually 原因げんいん)になっているように思われます。かね money; funds不自由不自由ふじゆう inconvenience; impairmentがなければこそ、一戸一戸いっこ (single) house; household構えてかまえて set up; establishみる inclinationにもなったのだといえばそれまでですが、元の通りもととおり as before; as wasの私ならば、たとい懐中懐中ふところ pocket; purse余裕余裕よゆう surplus; marginができても、好んでこのんで per one's preferenceそんな面倒な面倒めんどうな troublesome; burdensome真似真似まね behavior; actionはしなかったでしょう。

私は小石川小石川こいしかわ Koishikawa (place name)引き移ってうつって relocate; moveからも、当分当分とうぶん for a while; for a timeこの緊張した緊張きんちょうした tense; strained; wound up気分に寛ぎくつろぎ comfort; ease与えるあたえる give; impart (to)事ができませんでした。私は自分自分じぶん oneselfで自分が恥ずかしいずかしい disgraceful; shamefulほど、きょときょときょときょと restlessly; nervously周囲周囲しゅうい surroundings; environs見廻して見廻みまわして look around (at)いました。不思議にも不思議ふしぎにも strangely enough; oddly enoughよく働くはたらく work; function; operateのはあたま mind eyesだけで、くち mouthほう alternative (of two choices)はそれと反対反対はんたい oppositeに、段々段々だんだん gradually; over time動かなくなって来ましたうごかなくなってました stopped moving; grew inactive。私はうち house; householdのものの様子をねこ catのようによく観察しながら観察かんさつしながら while observing黙ってだまって in silenceつくえ deskまえ front of坐ってすわって sitいました。時々は彼らかれら they; themに対してたいして with respect to; in relation to気の毒どく unfortunate; regrettableだと思うほど、私は油断のない油断ゆだんのない ever vigilant; wary注意注意ちゅうい caution; heedを彼らのうえ top of注いでそそいで pour out (upon)いたのです。おれはもの things; articles偸まないぬすまない not steal; not take巾着切巾着切きんちゃくきり pickpocketみたようなものだ、私はこう考えて、自分がいや objectionable; unpleasantになる事さえあったのです。

あなたは定めてさだめて surely; certainlyへん odd; strangeに思うでしょう。その私がそこのお嬢さんじょうさん daughter; young ladyをどうして好くく be fond of; be drawn to余裕をもっているか。そのお嬢さんの下手な下手へたな uninspired; mediocre活花活花いけばな arranged flowersを、どうして嬉しがってうれしがって happily眺めるながめる view; observe余裕があるか。同じくおなじく in the same manner下手なそのひと personこと koto (musical instrument)をどうして喜んでよろこんで with pleasure聞くく hear; listen to余裕があるか。そう質問された質問しつもんされた be asked; be questioned時、私はただ両方とも両方りょうほうとも the two; both事実事実じじつ reality; truthであったのだから、事実としてあなたに教えて上げるおしえてげる tell; inform (someone)というより外によりほかに other than; apart from仕方がない仕方しかたがない have no alternativeのです。解釈解釈かいしゃく explanation; interpretationは頭のあるあなたに任せるまかせる leave; entrust (to)として、私はただ一言一言いちごん a word; one comment付け足してして addおきましょう。私は金に対して人類を疑ったうたぐった doubted; distrustedけれども、あい love; affectionに対しては、まだ人類を疑わなかったのです。だから他から見ると変なものでも、また自分で考えてみて、矛盾した矛盾むじゅんした contradictory; conflictingものでも、私のむね breast; bosomのなかでは平気で平気へいきで thinking nothing of it両立していた両立りょうりつしていた stood together; coexistedのです。

わたくし I; me未亡人未亡人びぼうじん widowの事こと regarding ...; concerning ...常につねに always奥さんおくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)といっていましたから、これから未亡人と呼ばずにばずに without refering to (as)奥さんといいます。奥さんは私を静かなしずかな quiet; subduedひと person; man大人しい大人おとなしい gentle; good-temperedおとこ man; fellow評しましたひょうしました saw; regarded (as)。それから勉強家勉強家べんきょうか diligent studentだとも褒めてめて praise; complimentくれました。けれども私の不安な不安ふあんな anxious; uneasy眼つきつき look; expression (in one's eyes)や、きょときょとしたきょときょとした restless; unsettled様子様子ようす manner; behaviorについては、何事も口へ出しませんでした何事なにごとくちしませんでした made no mention of; said nothing about気が付かなかったかなかった took no noticeのか、遠慮して遠慮えんりょして refrainいたのか、どっちだかよく解りませんわかりません don't know; can't sayが、何しろそこにはまるで注意を払っていない注意ちゅういはらっていない take no interest; be unconcernedらしく見えましたえました appeared to ...。それのみならず、ある場合場合ばあい instance; situationに私を鷹揚な鷹揚おうような generous; largeheartedかた person; individualだといって、さも尊敬した尊敬そんけいした admired; respectedらしい口の利き方くちかた manner of speakingをしたこと case; instanceがあります。そのとき time; occasion正直な正直しょうじきな honest; candid私は少しすこし a little; a bitかお face赤らめてあからめて blush; redden向うむこう the other party言葉言葉ことば words否定しました否定ひていしました denied; refuted。すると奥さんは「あなたは自分自分じぶん oneselfで気が付かないから、そうおっしゃるんです」と真面目に真面目まじめに in all seriousness; earnestly説明して説明せつめいして elucidate; expound onくれました。奥さんは始めはじめ at first私のような書生書生しょせい studentうち house; home置くく take in (a boarder)つもりではなかったらしいのです。どこかの役所役所やくしょ government office勤めるつとめる be employed (at)ひと person; manか何かに坐敷坐敷ざしき room貸すす rent out料簡料簡りょうけん thoughts; intentionで、近所のもの近所きんじょのもの neighbors; local folk周旋周旋しゅうせん recommendation; brokering頼んでいたたのんでいた requestedらしいのです。俸給俸給ほうきゅう wages; pay豊かゆたか abundant; plentifulでなくって、やむをえず素人屋素人屋しろうとや boarding house下宿する下宿げしゅくする lodge; boardくらいの人だからという考えかんがえ idea; notion; thoughtが、それで前かたまえかた some time agoから奥さんのあたま head; mindのどこかにはいっていたのでしょう。奥さんは自分のむね breast; bosom描いたえがいた pictured; outlinedその想像想像そうぞう imaginationお客きゃく guestと私とを比較して比較ひかくして compare、こっちのほう alternative (of two things)を鷹揚だといって褒めるのです。なるほどそんな切り詰めためた economizing; scrimping生活生活せいかつ life; lifestyleをする人に比べたらくらべたら compare (to)、私は金銭金銭きんせん moneyにかけて、鷹揚だったかも知れませんかもれません it may be that ...。しかしそれは気性気性きしょう disposition; temperament問題問題もんだい question; problemではありませんから、私の内生活内生活ないせいかつ one's inner lifeに取ってって with respect toほとんど関係関係かんけい connection; relevanceのないのと一般一般いっぱん the same asでした。奥さんはまたおんな woman; femaleだけにだけに as might be expected ofそれを私の全体全体ぜんたい entirety; totality推し広げてひろげて extend; extrapolate (to)同じおなじ the same言葉を応用しよう応用おうようしよう use; apply力めるつとめる be committed to (doing something)のです。

十三十三じゅうさん (part) 13

奥さんおくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)のこの態度態度たいど attitude; manner自然自然しぜん naturally; in due courseわたくし I; me気分気分きぶん feeling; mood影響して来ました影響えいきょうしてました began to affect; began to work on。しばらくするうちに、私の eyesはもとほどきょろ付かなくなりましたきょろかなくなりました became less restless; grew less shifty自分の自分じぶんの one's ownこころ heart; mind; spiritが自分の坐っているすわっている be seatedところ location; placeに、ちゃんと落ち付いているいている settled; came to restような feeling; senseにもなれました。要するにようするに in short奥さん始めはじめ for starters; to begin with家のものうちのもの members of the householdが、僻んだひがんだ jaundiced; cynical私の眼や疑い深いうたがぶかい distrustful; suspicious私の様子様子ようす situation; stateに、てんから取り合わなかったてんからわなかった took no notice of; paid no attention toのが、私に大きなおおきな great; considerable幸福幸福こうふく happiness; well-being与えたあたえた give; grant (to)のでしょう。私の神経神経しんけい nerves相手相手あいて the other partyから照り返して来るかえしてる bounce back (from)反射反射はんしゃ reflectionのないために段々段々だんだん gradually; bit by bit静まりましたしずまりました quieted; eased; calmed

奥さんは心得心得こころえ knowledge; understandingのあるひと personでしたから、わざと私をそんなふう style; manner取り扱ってあつかって handle; manage; treatくれたものとも思われますおもわれます seems; appearsし、また自分で公言する公言こうげんする state openly; declare; professごとく、実際実際じっさい really; in fact私を鷹揚鷹揚おうよう generous; largeheartedだと観察していた観察かんさつしていた viewed; regarded (as)かも知れませんかもれません it may be that ...。私のこせつき方こせつきかた form of stress; form of anxiety頭の中あたまなか in one's mind; mental現象現象げんしょう phenomenonで、それほどそと outside出なかったなかった did not appearようにも考えられますかんがえられます can (also) imagine thatから、あるいは奥さんのほう side胡魔化されて胡魔化ごまかされて be deceived; be fooledいたのかも解りませんかもわかりません it could be that ...

私の心が静まると共にともに along with; together with、私は段々家族のもの家族かぞくのもの members of the family接近して来ました接近せっきんしてました became close to; grew familiar with。奥さんともお嬢さんじょうさん daughter; young ladyとも笑談笑談じょうだん pleasant talk; good-humored conversationをいうようになりました。ちゃ tea入れたれた put on; made (tea)からといって向うむこう the other sideへや room呼ばれるばれる be called (to) daysもありました。また私の方で菓子菓子かし confectioneries; sweets買って来てってて buy (and bring back)二人二人ふたり two (people)をこっちへ招いたりするまねいたりする invite; have overばん eveningsもありました。私は急にきゅうに suddenly交際交際こうさい society; association; friendship区域区域くいき sphere; realm殖えたえた increased; expandedように感じましたかんじました felt。それがために大切な大切たいせつな all-important; precious勉強勉強べんきょう study; studies時間時間じかん time潰されるつぶされる be squanderedこと case; instance何度となく何度なんどとなく any number of times; many timesありました。不思議にも不思議ふしぎにも oddly enough、その妨害妨害ぼうがい disturbance; interferenceが私には一向一向いっこう (not) in the least邪魔邪魔じゃま nuisanceにならなかったのです。奥さんはもとより閑人閑人ひまじん person of leisureでした。お嬢さんは学校学校がっこう school行くく go (to); attend上にうえに on top of; in addition toはな flower (arrangement)だのこと koto (musical instrument)だのを習ってならって study; learnいるんだから、定めてさだめて certainly; surely忙しかろういそがしかろう must be busy思うおもう think; imagineと、それがまた案外な案外あんがいな unexpectedもので、いくらでも時間に余裕余裕よゆう flexibility; (spare) timeをもっているように見えましたえました appeared。それで三人三人さんにん three (people)かお faceさえ見るといっしょに集まってあつまって gather; come together世間話世間話せけんばなし small talk; general conversationをしながら遊んだあそんだ enjoyed oneself; had a good timeのです。

わたくし I; me呼びに来るびにる come to getのは、大抵大抵たいてい usually; for the most partお嬢さんじょうさん daughter; young ladyでした。お嬢さんは縁側縁側えんがわ varanda直角に直角ちょっかくに at a right angle曲ってまがって make a turn、私のへや roomまえ front of立つつ stand; come to a stopこと cases; instancesもありますし、茶の間ちゃ tea room; hearth room抜けてけて cut through; traverse次のつぎの adjoining室のふすま fusuma (sliding door)かげ behind; back sideから姿を見せる姿すがたせる appear事もありました。お嬢さんは、そこへ来てて come (to)ちょっと留まりますまります come to a stop; pause。それからきっと私の nameを呼んで、「ご勉強?勉強べんきょう? studying?」と聞きますきます ask。私は大抵むずかしい書物書物しょもつ book; textつくえ deskの前に開けてけて open、それを見詰めて見詰みつめて fix one's eyes onいましたから、傍で見たらはたたら to an observerさぞ勉強家勉強家べんきょうか diligent studentのように見えたのでしょう。しかし実際実際じっさい reality; truthをいうと、それほど熱心に熱心ねっしんに earnestly; ardently書物を研究して研究けんきゅうして studyはいなかったのです。ページ pageうえ top of; surface of眼は着けてけて direct one's gaze (to)いながら、お嬢さんの呼びに来るのを待ってって wait for; awaitいるくらいなものでした。待っていて来ないない not come; not appearと、仕方がない仕方しかたがない have no other recourseから私のほう side立ち上がるがる get up; take actionのです。そうして向うむこう the other sideの室の前へ行ってって go (to)、こっちから「ご勉強ですか」と聞くのです。

お嬢さんの部屋部屋へや roomは茶の間と続いたつづいた contiguous (to); connected (with)六畳六畳ろくじょう 6 mats (about 10 sq meters; about 104 sq ft)でした。奥さんおくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)はその茶の間にいる事もあるし、またお嬢さんの部屋にいる事もありました。つまりこの二つふたつ two (things)の部屋は仕切仕切しきり partition; divisionがあっても、ないと同じおなじ the same (as)事で、親子親子おやこ parent and child二人二人ふたり two (people)往ったり来たりしてったりたりして come and goどっち付かずにどっちかずに not settled on one or the other占領していた占領せんりょうしていた occupiedのです。私がそと outsideから声を掛けるこえける call to (someone)と、「おはいんなさい」と答えるこたえる answer; replyのはきっと奥さんでした。お嬢さんはそこにいても滅多に滅多めったに rarely; seldomly (when paired with negative verb)返事をした返事へんじをした replied; answered事がありませんでした。

時たまときたま occasionally; once in a whileお嬢さん一人一人ひとり alone; by oneselfで、よう errand; taskがあって私の室へはいったついでに、そこに坐ってすわって sit down; seat oneself話し込むはなむ fall into conversation; talk at lengthような場合場合ばあい case; instanceその内にそのうちに by and by; in due course出て来ましたました began to come about。そういうとき times; occasionsには、私のこころ heart; spirit妙にみょうに oddly; curiously不安不安ふあん unease冒されて来るおかされてる was afflicted (with)のです。そうして若いわかい youngおんな woman; ladyとただ差向い差向さしむかい face to faceで坐っているのが不安なのだとばかりは思えませんでしたおもえませんでした could not imagine ...。私は何だかなんだか somehow; for some reasonそわそわし出すそわそわしす become fidgety; grow restlessのです。自分自分じぶん oneselfで自分を裏切る裏切うらぎる betray; double-crossような不自然な不自然ふしぜんな unnatural; affected; contrived態度態度たいど manner; behaviorが私を苦しめるくるしめる torment; distressのです。しかし相手相手あいて companion; the other partyの方はかえって平気平気へいき at ease; unconcernedでした。これがこと koto (musical instrument)浚うさらう practice (usually 復習さらう)のに声さえ碌にろくに adequately; sufficiently出せなかったあの女かしらと疑われるうたがわれる be doubted; be questionedくらい、恥ずかしがらないずかしがらない be unreserved; be uninhibitedのです。あまり長くなるながくなる be a long timeので、茶の間からはは motherに呼ばれても、「はい」と返事をするだけで、容易に容易よういに easily; readily腰を上げないこしげない not rise (to go)事さえありました。それでいてお嬢さんは決してけっして by (no) means子供子供こども childではなかったのです。私の眼にはよくそれが解っていましたわかっていました was evident; was clear。よく解るように振舞って振舞ふるまって behave; conduct oneself見せる痕迹痕迹こんせき signs; indicationsさえ明らかあきらか clear; apparentでした。

十四十四じゅうし (part) 14

わたくし I; meお嬢さんじょうさん daughter; young lady立ったった left; departedあとで、ほっと一息する一息ひといきする catch one's breath; relaxのです。それと同時にそれと同時どうじに at the same time物足りない物足ものたりない inadequate; unfulfilledようなまた済まないまない incomplete; insufficientような気持気持きもち feeling; senseになるのです。私は女らしかったおんならしかった feminine; effeminateかも知れませんかもれません it may be thatいま now; the present青年青年せいねん young menのあなたがたから見たらたら look at; viewなおそう見えるでしょう。しかしその頃そのころ those times; those daysの私たちは大抵大抵たいてい in general; for the most partそんなものだったのです。

奥さんおくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)滅多に滅多めったに rarely; seldomly (when paired with negative verb)外出した外出がいしゅつした go out; leave the houseこと case; instanceがありませんでした。たまにうち house; home留守にする留守るすにする be away (from home)とき timeでも、お嬢さんと私を二人ぎり二人ふたりぎり two (people) alone残してのこして leave (behind)行くく goような事はなかったのです。それがまた偶然偶然ぐうぜん by chanceなのか、故意故意こい by designなのか、私には解らないわからない don't know; can't sayのです。私のくち mouthからいうのはへん funny; strangeですが、奥さんの様子様子ようす manner; behavior能くく thoroughly; fully観察して観察かんさつして observe; studyいると、何だかなんだか somehow自分の自分じぶんの one's ownむすめ daughterと私とを接近させたがって接近せっきんさせたがって want to bring togetherいるらしくも見えるのです。それでいて、或る場合には場合ばあには in certain situations; on certain occasions、私に対してたいして with respect to; in relation to暗にあんに tacitly; implicitly警戒する警戒けいかいする be on one's guardところもあるようなのですから、始めてはじめて the first timeこんな場合に出会った出会であった met; encountered私は、時々時々ときどき at times心持をわるくしました心持こころもちをわるくしました was put off

私は奥さんの態度態度たいど attitude; mannerをどっちかに片付けて片付かたづけて settle; decideもらいたかったのです。あたま head; mind働きはたらき workings; operationからいえば、それが明らかなあきらかな evident; obvious矛盾矛盾むじゅん contradiction; inconsistencyに違いなかったちがいなかった no doubt ...のです。しかし叔父叔父おじ uncle欺かれたあざむかれた was deceived; was cheated記憶記憶きおく memoryのまだ新しいあたらしい new; fresh私は、もう一歩もう一歩いっぽ one step further踏み込んだんだ entered into; moved deeper with疑いうたがい doubt; distrust挟まずにはさしはさまずには without harboring; without entertaining (doubts)いられませんでした。私は奥さんのこの態度のどっちかが本当本当ほんとう true; genuineで、どっちかが偽りいつわり fiction; falsehoodだろうと推定しました推定すいていしました deduced; reasoned。そうして判断に迷いました判断はんだんまよいました failed to reach a conclusion。ただ判断に迷うばかりでなく、何でそんな妙なみょうな strange; unusual事をするかその意味意味いみ meaning; significanceが私には呑み込めなかっためなかった could not graspのです。理由理由わけ pretext; motive考え出そうかんがそう think up; deviseとしても、考え出せない私は、つみ fault; culpabilityを女という一字一字ひとじ one character; single character塗り付けてなすけて lay the blame on (lit: rub of onto)我慢した我慢がまんした made do; put up (with something)事もありました。必竟必竟ひっきょう after all; in the end女だからああなのだ、女というものはどうせ愚なな silly; foolishものだ。私の考えは行き詰まればまれば reach a limit; hit a wallいつでもここへ落ちて来ましたちてました settled; landed (on)

それほどおんな women; females見縊って見縊みくびって denigrate; disparageいたわたくし I; meが、またどうしてもお嬢さんじょうさん daughter; young ladyを見縊る事ができなかったことができなかった was unable to ...のです。私の理屈理屈りくつ theorizing; reasoningはそのひと person; individualまえ front of全くまったく completely; utterly用を為さないようさない serve no purpose; fail to functionほど動きませんでしたうごきませんでした didn't operate; didn't work。私はその人に対してたいして with respect to; in relation to、ほとんど信仰信仰しんこう faith; creedに近いちかい close to; bordering onあい love; affectionをもっていたのです。私が宗教宗教しゅうきょう religionだけに用いるもちいる use; utilizeこの言葉言葉ことば word; termを、若いわかい young女に応用する応用おうようする apply (to)のを見てて see; observe、あなたはへん odd; strange思うおもう think of; consider; regard (as)かも知れませんかもれません it may be that ...が、私はいま now; the presentでも固くかたく firmly信じてしんじて believe in; trust inいるのです。本当の本当ほんとうの true; genuine; sincere愛は宗教心宗教心しゅうきょうしん religious devotion; pietyとそう違ったちがった differentものでないという事を固く信じているのです。私はお嬢さんのかお faceを見るたびに、自分自分じぶん oneself美しくなるうつくしくなる be made fair; be purifiedような心持心持こころもち feeling; sensationがしました。お嬢さんの事を考えるかんがえる think about; considerと、気高い気高けだかい high-minded; noble気分気分きぶん feelingがすぐ自分に乗り移って来るうつってる take hold (of one)ように思いました。もし愛という不可思議な不可思議ふかしぎな wondrous; miraculousものに両端両端りょうはじ two edges; two sidesがあって、その高いたかい high; lofty端には神聖な神聖しんせいな sacred; spiritual感じかんじ feeling; sense働いてはたらいて work; operate低いひくい low; base端には性欲性欲せいよく sexual desire; lustが動いているとすれば、私の愛はたしかにその高い極点極点きょくてん tip; extremity捕まえたつらまえた captured; seizedものです。私はもとより人間人間にんげん human being; manとしてにく flesh離れるはなれる separate from事のできない身体身体からだ bodyでした。けれどもお嬢さんを見る私の eyesや、お嬢さんを考える私のこころ heart; soulは、全く肉の臭いにおい scent; flavor帯びていませんでしたびていませんでした bore no trace of

私ははは motherに対して反感反感はんかん antipathy; animosity抱くいだく embrace; harborと共にともに together with; in concurrence with childに対して恋愛恋愛れんあい love; affection degree (of)増して行ったしてった increasedのですから、三人三人さんにん three (people)関係関係かんけい relationshipは、下宿した下宿げしくした took up lodgings始めはじめ beginningよりは段々段々だんだん gradually; bit by bit複雑複雑ふくざつ complicatedなって来ましたなってました became; grew (over time)。もっともその変化変化へんか change; transitionはほとんど内面的内面的ないめんてき internal; inward-facingそと outside; exteriorへは現れて来なかったあらわれてなかった was now apparent; did not showのです。そのうち私はあるひょっとした機会機会きかい opportunity; occasionから、今まで奥さんおくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)誤解して誤解ごかいして misunderstand; misjudgeいたのではなかろうかという feelingになりました。奥さんの私に対する矛盾した矛盾むじゅんした contradictory; inconsistent態度態度たいど manner; behaviorが、どっちも偽りいつわり fiction; falsehoodではないのだろうと考え直して来たかんがなおしてた reconsideredのです。その上そのうえ on top of that; furthermore、それが互い違いにたがたがいに alternately; in turns奥さんの心を支配する支配しはいする dominate; take overのでなくって、いつでも両方両方りょうほう both同時に同時どうじに at the same time奥さんのむね bosom; breast存在して存在そんざいして exist; be presentいるのだと思うようになったのです。つまり奥さんができるだけお嬢さんを私に接近させよう接近せっきんさせよう bring near (to)としていながら、同時に私に警戒を加えて警戒けいかいくわえて keep one's guard up (against)いるのは矛盾のようだけれども、その警戒を加えるとき times; occasionsに、片方片方かたほう one side; one (of a pair)の態度を忘れるわすれる forget; neglectのでも翻すひるがえす reconsider; change course (on)のでも何でもなんでも (no)thingなく、やはり依然として依然いぜんとして still; as always二人二人ふたり two (people)を接近させたがっていたのだと観察した観察かんさつした regarded; viewed (as)のです。ただ自分が正当正当せいとう right; proper認めるみとめる deem; judge (as)程度程度ていど degree; extent以上以上いじょう above; beyondに、二人が密着する密着みっちゃくする draw close; come togetherのを忌むむ be averse to; be afraid ofのだと解釈した解釈かいしゃくした understood; took (as)のです。お嬢さんに対して、肉の方面方面ほうめん direction; frontから近づくちかづく approach; draw near toねん wish; desire萌さなかったきざさなかった showed no signs of; gave no indication of私は、その時入らぬらぬ needless; unwaranted心配心配しんぱい worry; concernだと思いました。しかし奥さんを悪く思うわるおもう think ill of気はそれからなくなりました。

十五十五じゅうご (part) 15

わたくし I; me奥さんおくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)態度態度たいど manner; behavior色々色々いろいろ (in) various (ways)綜合して見て綜合そうごうしてて look at as a whole; view in entirety、私がここのうち house; home充分充分じゅうぶん sufficiently信用されている信用しんようされている be trustedこと fact; state of affairs確かめましたたしかめました ascertained; confirmed。しかもその信用は初対面初対面しょたいめん first meetingとき timeからあったのだという証拠証拠しょうこ evidence; proofさえ発見しました発見はっけんしました discoveredひと (other) people; others疑り始めたうたぐはじめた began to doubt; began to distrust私のむね breast; bosomには、この発見が少しすこし a little; a bit奇異奇異きい singular; oddなくらいに響いたおどろいた was surprisedのです。私はおとこ menに比べるとくらべると in comparison toおんな womenほう alternative (of two choices)がそれだけ直覚直覚ちょっかく intuition; insightに富んでいるんでいる be rich inのだろうと思いましたおもいました thought; considered同時に同時どうじに at the same time、女が男のために、欺されるだまされる be deceivedのもここにあるのではなかろうかと思いました。奥さんをそう観察する観察かんさつする view; regard私が、お嬢さんじょうさん daughter; young ladyに対してたいして with respect to; in relation to同じおなじ the sameような直覚を強くつよく strongly; intensely; keenly働かせていたはたらかせていた put to work; appliedのだから、いま now考えるかんがえる consider; think aboutとおかしいのです。私は他を信じないしんじない distrustこころ heart; soul誓いながらちかいながら pledge; swear絶対に絶対ぜったいに absolutelyお嬢さんを信じていたのですから。それでいて、私を信じている奥さんを奇異に思ったのですから。

私は郷里郷里きょうり native place; home townの事について余りあまり (not) much多くおおく a lot語らなかったかたらなかった didn't mention; didn't speak (of)のです。ことに今度の今度こんどの recent; of late事件事件じけん incident; affairについては何もなにも (no)thingいわなかったのです。私はそれを念頭に浮べて念頭ねんとううかべて bring to mindさえすでに一種の一種いっしゅの a certain type of不愉快不愉快ふゆかい displeasure; discomfort感じましたかんじました felt。私はなるべく奥さんの方のはなし talk; conversationだけを聞こうこう listen to力めましたつとめました endeavored (to)。ところがそれでは向うむこう the other party承知しません承知しょうちしません not agree to; not accept何かに付けてなにかにけて somehow; one way or another、私の国元国元くにもと hometown; native place事情事情じじょう situation; circumstances知りたがるりたがる want to knowのです。私はとうとう何もかも話してしまいました。私は二度と二度にどと (never) againくに country; one's native placeへは帰らないかえらない not return (to)。帰っても何にもないなんにもない there's nothing there、あるのはただちち fatherはは motherはか gravesばかりだと告げたげた told; revealed時、奥さんは大変大変たいへん very much; greatly感動した感動かんどうした was movedらしい様子様子ようす look; appearanceを見せました。お嬢さんじょうさん daughter; young lady泣きましたきました cried; wept。私は話して好いい good; fine事をしたと思いました。私は嬉しかったうれしかった was gladのです。

私のすべてを聞いた奥さんは、はたして自分の自分じぶんの one's own直覚が的中した的中てきちゅうした hit the mark; was spot onといわないばかりといわないばかり all but saying; all but expressingかお face; (facial) expressionし出しましたしました began to make。それからは私を自分の親戚親戚みより relation; kinに当るあたる correspond to; be若いものわかいもの young person; youthか何かを取り扱うあつかう handle; treat; deal withように待遇する待遇たいぐうする receive (as)のです。私は腹も立ちませんでしたはらちませんでした was not offended; did not resent it。むしろ愉快に感じたくらいです。ところがそのうちに私の猜疑心猜疑心さいぎしん suspicion; mistrustがまた起って来ましたおこってました was stirred; was aroused

わたくし I; me奥さんおくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)疑り始めたうたぐはじめた began to distrustのは、ごく些細な些細ささいな small; triflingこと affairs; mattersからでした。しかしその些細な事を重ねて行くかさねてく pile up; accumulateうちに、疑惑疑惑ぎわく doubt; distrust段々と段々だんだんと gradually; bit by bit根を張って来ますってます start to take root。私はどういう拍子拍子ひょうし moment; instant; chanceかふと奥さんが、叔父叔父おじ uncle同じおなじ the sameような意味意味いみ meaning; intentionで、お嬢さんじょうさん daughterを私に接近させよう接近せっきんさせよう bring near (to)力めるつとめる work; endeavorのではないかと考え出したかんがした began to considerのです。するといま now; the presentまで親切親切しんせつ kindness見えたえた appeared (as)ひと personが、急にきゅうに suddenly狡猾な狡猾こうかつな cunning; crafty策略家策略家さくりゃくか schemerとして私の eyes映じて来たえいじてた came to be seen (as)のです。私は苦々しい唇を噛みました苦々にがにがしいくちびるみました was filled with contempt (lit: bit down on embittered lips)

奥さんは最初から最初さいしょから from the start無人無人ぶにん empty (of people)淋しいさむしい lonesome; solitaryから、きゃく guest置いていて take in (a boarder)世話をする世話せわをする take care of; look afterのだと公言していました公言こうげんしていました stated; declared。私もそれをうそ falsehood; deceptionとは思いませんでしたとはおもいませんでした did not believe to be ...; did not take as ...懇意になって懇意こんいになって get to know; become familiar with色々色々いろいろ various打ち明け話ばなし confidential talk; intimate details聞いたいた heardあと afterでも、そこに間違い間違まちがい mistake; errorはなかったように思われます。しかし一般の一般いっぱんの overall; general経済状態経済けいざい状態じょうたい economic situation大してたいして (not) very豊かゆたか plentiful; affluentだというほどではありませんでした。利害利害りがい gain and loss; interest; stake問題問題もんだい problem; questionから考えてみて、私と特殊の特殊とくしゅの special; unique関係関係かんけい relationshipをつけるのは、先方先方せんぽう the other partyに取ってって to; for決してけっして by (no) meansそん loss; disadvantageではなかったのです。

私はまた警戒を加えました警戒けいかいくわえました became wary; put up one's guard。けれどもむすめ daughterに対してたいして with respect to; in relation toまえ previously; beforeいったくらいの強いつよい strong; intenseあい love; affectionをもっている私が、そのはは motherに対していくら警戒を加えたって何になるでしょうなんになるでしょう what of it; to what effect。私は一人で一人ひとりで alone; by oneself自分自分じぶん oneself嘲笑しました嘲笑ちょうしょうしました scorned; derided; mocked馬鹿馬鹿ばか idiot; foolだなといって、自分を罵ったののしった cursed事もあります。しかしそれだけの矛盾矛盾むじゅん contradiction; inconsistencyならいくら馬鹿でも私は大した苦痛苦痛くつう pain; anguish感ぜずにかんぜずに without feeling; without experiencing済んだんだ finished; endedのです。私の煩悶煩悶はんもん agony; tormentは、奥さんと同じようにお嬢さんも策略家ではなかろうかという疑問疑問ぎもん doubt会ってって meet with; encounter始めてはじめて for the first time起るおこる would arise; would come aboutのです。二人二人ふたり two (people); the two of themが私の背後背後はいご back side; behind打ち合せをしたせをした arranged; prepared (in advance)うえ on top of万事万事ばんじ all thingsをやっているのだろうと思うと、私は急に苦しくって堪らなくなるくるしくってたまらなくなる found (it) unbearableのです。不愉快不愉快ふゆかい displeasure; discomfortなのではありません。絶体絶命絶体絶命ぜったいぜつめい desperate end; utter despairのような行き詰まったまった reached an impasse; hit a wall心持心持こころもち sense; feelingになるのです。それでいて私は、一方に一方いっぽうに on the one hand; in one regardお嬢さんを固くかたく firmly信じてしんじて trust; believe in疑わなかったうたがわなかった did not doubtのです。だから私は信念信念しんねん faith迷いまよい doubt; uncertainty途中途中とちゅう midway立ってって stand; be stopped少しもすこしも (not) in the least動くうごく move; budge事ができなくなってしまいました。私にはどっちも想像想像そうぞう imagination; conjectureであり、またどっちも真実真実しんじつ truth; realityであったのです。

十六十六じゅうろく (part) 16

わたくし I; me相変らず相変あいかわらず as usual; as always学校学校がっこう school出席して出席しゅっせきして attend (school)いました。しかし教壇教壇きょうだん (lecture) platform; podium; dias立つつ standひと person講義講義こうぎ lectureが、遠くのとおくの far off; distantほう direction; side聞こえるこえる be audible; be heardような心持心持こころもち feeling; senseがしました。勉強勉強べんきょう studiesその通りそのとおり exactly the same; the same thingでした。眼の中なか eyes; field of visionへはいる活字活字かつじ printed textこころ heart; mindそこ bottom; depthsまで浸み渡らないわたらない not penetrate (as far as)うちにけむ smokeのごとく消えて行くえてく disappear; dissipateのです。私はその上そのうえ on top of that無口無口むくち less talkative; reticentになりました。それを二、三さん two or three; several友達友達ともだち friends誤解して誤解ごかいして misunderstand冥想冥想めいそう contemplation; rumination耽ってふけって indulge in; be engrossed inでもいるかのように、他のの other友達に伝えましたつたえました told; conveyed; reported。私はこの誤解を解こうこう dispel; clear up (a misunderstanding)とはしませんでした。都合の好い都合つごうい convenient; expedient仮面仮面かめん mask; façadeを人が貸してして lendくれたのを、かえって仕合せ仕合しあわせ good fortuneとして喜びましたよろこびました was pleased。それでも時々時々ときどき sometimes; from time to time気が済まなかったまなかった was not satisfiedのでしょう、発作的に発作的ほっさてきに fitfully; sporadically焦燥ぎ廻って焦燥はしゃまわって romp about; live it up彼らかれら they; them驚かしたおどろかした surprisedこと instance; occasionもあります。

私の宿宿やど lodgings人出入り人出入ひとでいり comings and goings; visitor traffic少ないすくない few; sparseうち house; homeでした。親類親類しんるい relatives; kinfolk多くおおく manyはないようでした。お嬢さんじょうさん daughter; young ladyの学校友達がときたま遊びに来るあそびにる come to visit事はありましたが、極めてきわめて exceedingly; extremely小さなちいさな small; soft (voice)こえ voicesで、いるのだかいないのだか分らないわからない don't know; can't tellようなはなし conversation; talkをして帰ってかえって returnしまうのがつね usual; the normでした。それが私に対するたいする with respect to; in consideration of遠慮遠慮えんりょ restraint; discretionからだとは、いかな私にも気が付きませんでしたきませんでした didn't notice; was unaware。私のところ place; residence訪ねて来るたずねてる come to visit; come to callものは、大したたいした great; considerable乱暴者乱暴者らんぼうもの roughneck; unruly typeでもありませんでしたけれども、うち house; householdの人に気兼をする気兼きがねをする feel constraint; have scruplesほどなおとこ man; fellow一人一人ひとり one (single) personもなかったのですから。そんなところになると、下宿人下宿人げしゅくにん lodger; boarderの私は主人主人あるじ master; head of the houseのようなもので、肝心の肝心かんじんの pivotal; critical; all-importantお嬢さんがかえって食客食客いそうろう house guest位地位地いち situation; positionにいたと同じおなじ the same (as)事です。

しかしこれはただ思い出したおもした recollected; recalledついでに書いたいた wrote; penned; notedだけで、実はじつは in truth; in factどうでも構わないどうでもかまわない irrelevant; inconsequentialてん pointです。ただそこにどうでもよくないどうでもよくない not inconsequential (i.e. not どうでもいい)事が一つひとつ one (thing)あったのです。茶の間ちゃ tea room; hearth roomか、さもなければお嬢さんのへや roomで、突然突然とつぜん suddenly; unexpectedly男の声が聞こえるのです。その声がまた私の客と違ってちがって different from; unlike、すこぶる低いひくい low; quietのです。だからなに what話してはなして say; talk ofいるのかまるで分らないのです。そうして分らなければ分らないほど、私の神経神経しんけい nerves一種の一種いっしゅの a certain kind of昂奮昂奮こうふん agitation与えるあたえる impart toのです。私は坐っていてすわっていて sit; remain seated変にへんに oddly; strangelyいらいらし出しますいらいらしします begin to fret。私はあれは親類なのだろうか、それともただの知り合いい acquaintanceなのだろうかとまず考えて見るかんがえてる consider; think aboutのです。 {paragraph continues below}

それから若いわかい youngおとこ man; fellowだろうか年輩の年輩ねんぱいの older; elderlyひと person; gentlemanだろうかと思案して思案しあんして consider; ponderみるのです。坐っていてすわっていて sit; remain seatedそんなこと matters; things知れようれよう know; find out; learnはずがありません。そうかといって、起って行ってってって get up and go障子障子しょうじ shōji開けてけて open見るる look; see訳にはなおいきませんわけにはなおいきません one can't well ...わたくし I; me神経神経しんけい nerves震えるふるえる shake; tremble; quiverというよりも、大きなおおきな big; large波動波動はどう wave form; undulation打ってって beat; throw; cast (waves)私を苦しめますくるしめます torment; afflict。私はきゃく visitor; guest帰ったかえった returnedあと afterで、きっと忘れずにわすれずに without forgettingその人の name聞きましたきました askedお嬢さんじょうさん daughter; young lady奥さんおくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)返事返事へんじ answer; responseは、また極めてきわめて extremely; exceedingly簡単簡単かんたん simple; briefでした。私は物足りない物足ものたりない unsatisfiedかお face; (facial) expression二人二人ふたり two (people); the two of themに見せながら、物足りるまで追窮する追窮ついきゅうする inquire into; pursue an inquiry further勇気勇気ゆうき boldness; audacityをもっていなかったのです。権利権利けんり right; privilege無論無論むろん of courseもっていなかったのでしょう。私は自分の自分じぶんの one's own品格品格ひんかく dignity重んじなければならないおもんじなければならない feel compelled to esteemという教育教育きょういく education; upbringingから来たた came; originated (from)自尊心自尊心じそんしん pride; self-respectと、現にげんに in fact; actuallyその自尊心を裏切して裏切うらぎりして betrayいる物欲しそうな物欲ものほしそうな wistful; desirous顔付顔付かおつき expression; look (on one's face)とを同時に同時どうじに at the same time; simultaneously彼らかれら they; themまえ front of示すしめす express; showのです。彼らは笑いましたわらいました smiled; laughed。それが嘲笑嘲笑ちょうしょう scorn; derision意味意味いみ meaning; senseでなくって、好意好意こうい good will; kind intentionから来たものか、また好意らしく見せるつもりなのか、私は即坐に即坐そくざに at once; on the spot (usually 即座そくざに)解釈解釈かいしゃく interpretation余地余地よち leeway; latitude見出し得ない見出みいだない can't manage to findほど落付を失って落付おちつきうしなって lose one's composureしまうのです。そうして事が済んだんだ finished; concluded後で、いつまでも、馬鹿にされた馬鹿ばかにされた was ridiculed; was teasedのだ、馬鹿にされたんじゃなかろうかと、何遍も何遍なんべんも any number of times; over and over心のうちでこころのうちで inwardly; to oneself繰り返すかえす repeat; replayのです。

私は自由な自由じゆうな independent; not tied down身体身体からだ personでした。たとい学校学校がっこう school中途で中途ちゅうとで in the middle; part way through已めようめよう quitが、またどこへ行ってって go (to)どう暮らそうらそう live; bide one's timeが、あるいはどこの何者何者なにもの whatever person; whomever結婚しよう結婚けっこんしよう marry; wedが、誰ともだれとも (no) one相談する相談そうだんする consult (with)必要必要ひつよう necessity; needのない位地位地いち position; situation立っていましたっていました stood in; was situated in。私は思い切っておもって resolutely; determindly奥さんにお嬢さんを貰い受けるもらける receive; take inはなし discussionをして見ようかという決心決心けっしん determination; resolveをした事がそれまでに何度となく何度なんどとなく many times; numerous timesありました。けれどもそのたびごとに私は躊躇して躊躇ちゅうちょして hesitate; refrainくち mouthへはとうとう出さずにさずに without putting forth; without uttering (words)しまったのです。断られることわられる be refused; be turned downのが恐ろしいおそろしい frighteningからではありません。もし断られたら、私の運命運命うんめい destiny; fateがどう変化する変化へんかする change; be altered分りませんわかりません don't know; can't sayけれども、その代りそのかわり on the other handいま now; the presentまでとは方角方角ほうがく course; direction違ったちがった different場所場所ばしょ place; positionに立って、新しいあたらしい new; novel世の中なか world見渡す見渡みわたす look out on便宜便宜べんぎ advantage; expedience生じて来るしょうじてる arise; come aboutのですから、そのくらいの勇気は出せば出せたのです。しかし私は誘き寄せられるおびせられる be lured; be coaxed; be ensnaredのがいや disagreeable; unpalatableでした。ひと others; other (people) trick; technique乗るる be deceived; be taken in (by)のは何よりもなによりも more than anything業腹業腹ごうはら mortifyingでした。叔父叔父おじ uncle欺されただまされた was deceived; was cheated私は、これから先これからさき from here onどんな事があっても、人には欺されまいと決心したのです。

十七十七じゅうしち (part) 17

わたくし I; me書物書物しょもつ booksばかり買うう purchase; buyのを見てて see; take note of奥さんおくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)少しすこし a little; a bit着物着物きもの clothing拵えろこしらえろ procureといいました。私は実際実際じっさい actually; in fact田舎田舎いなか countryside; the country織ったった wove木綿もの木綿もめんもの cotton clothesしかもっていなかったのです。その頃そのころ those days; those times学生学生がくせい studentsいと silk (threads)入ったはいった included; made of着物を肌に着けませんでしたはだけませんでした didn't wear。私の友達友達ともだち friend横浜横浜よこはま Yokohama商人商人あきんど shopkeeper; merchant何かなにか somethingで、うち house; householdはなかなか派出に派出はでに extravagantly; lavishly (usually 派手はでに)暮してくらして liveいるものがありましたが、そこへある時あるとき one time; on one occasion羽二重羽二重はぶたえ fine Japanese silk胴着胴着どうぎ vest配達配達はいたつ delivery届いたとどいた was delivered; arrivedこと instance; occasionがあります。すると皆なみんな everyoneがそれを見て笑いましたわらいました laughed。そのおとこ man; fellow恥ずかしがってずかしがって be bashful; feel self-conscious色々色々いろいろ in varous ways弁解しました弁解べんかいしました excused; defendedが、折角の折角せっかくの having gone to great lengths for胴着を行李行李こうり baggage; trunkそこ bottom放り込んでほうんで toss into利用しない利用りようしない not make use ofのです。それをまた大勢大勢おおぜい a sizeable group; a large number of folk寄ってたかってってたかって crowd round、わざと着せましたせました forced (someone) to wear。すると運悪く運悪うんわるく unfortunatelyその胴着にしらみ liceがたかりました。友達はちょうど幸いさいわい luck; fortuneとでも思ったおもった considered; took (as)のでしょう、評判の評判ひょうばんの of repute胴着をぐるぐると丸めてぐるぐるとまるめて wad up; bundle together散歩散歩さんぽ walk; stroll出たた went out (for)ついでに、根津根津ねづ Nezu (place name)大きなおおきな big; large泥溝泥溝どぶ gutter; ditchなか middle棄てててて discardしまいました。その時いっしょに歩いてあるいて walk; strollいた私は、はし bridgeうえ top of立ってって stand笑いながら友達の所作所作しょさ act; performance眺めてながめて watch; observeいましたが、私のむね breast; bosomのどこにも勿体ない勿体もったいない wastefulという feeling少しもすこしも (not) in the least起りませんでしたおこりませんでした did not arise; did not occur

その頃から見ると私も大分大分だいぶ a good deal大人大人おとな adult; matureになっていました。けれどもまだ自分自分じぶん oneself余所行余所行よそゆき going outの着物を拵えるというほどの分別分別ふんべつ discernment; tasteは出なかったのです。私は卒業して卒業そつぎょうして graduateひげ whiskers; mustache生やすやす grow; sport (mustache)時代時代じだい time; age; days来なければなければ not come; not arrive服装服装ふくそう clothing; attire心配心配しんぱい worry; concernなどはするに及ばないするにおよばない not worth doingものだという変なへんな eccentric考えかんがえ view; notionをもっていたのです。それで奥さんに書物は要るる need; requireが着物は要らないといいました。奥さんは私の買う書物の分量分量ぶんりょう quantity; amount知っていましたっていました knew; was aware (of)。買ったほん booksをみんな読むむ readのかと聞くく askのです。私の買うもののうち midstには字引き字引じびき dictionariesもありますが、当然当然とうぜん naturally; of course眼を通すとおす look throughべきはずでありながら、頁さえ切ってないページさえってない had not cracked the pages; had not openedのも多少多少たしょう some; a fewあったのですから、私は返事返事へんじ answer; response窮しましたきゅうしました was hard pressed (for); was at a loss (as to)。私はどうせ要らないものを買うなら、書物でも衣服衣服いふく clothesでも同じおなじ the sameだという事に気が付きましたきました realizedその上そのうえ furthermore私は色々世話になる世話せわになる be obliged; owe a debt of gratitude (to)という口実の下にという口実こうじつもとに under the pretext of ...お嬢さんじょうさん daughter; young lady気に入るる be to one's liking; suit one's tasteようなおび obi; (kimono) sash反物反物たんもの fabric; cloth; (clothing) materialを買ってやりたかったのです。それで万事万事ばんじ all; everythingを奥さんに依頼しました依頼いらいしました requested

奥さんおくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)自分一人で自分じぶん一人ひとりで on one's own; by oneself行くく goとはいいません。わたくし I; meにもいっしょに来いいっしょにい come with命令する命令めいれいする order; instructのです。お嬢さんじょうさん daughter; young ladyも行かなくてはいけないというのです。いま now; the present違ったちがった different; unlike空気空気くうき air; atmosphereなか middle; midst育てられたそだてられた was brought up; was raised私どもは、学生学生がくせい student身分身分みぶん social position; social statusとして、あまり若いわかい youngおんな woman; ladyなどといっしょに歩き廻るあるまわる walk about; go out in public習慣習慣しゅうかん custom; practiceをもっていなかったものです。その頃そのころ those days; those timesの私は今よりもまだ習慣の奴隷奴隷どれい slave; servantでしたから、多少多少たしょう a little; somewhat躊躇しました躊躇ちゅうちょしました hesitated; waveredが、思い切っておもって with resolve出掛けました出掛でかけました set out

お嬢さんは大層大層たいそう very much着飾っていました着飾きかざっていました was dressed up地体地体じたい by nature; from the startいろ color; hue白いしろい white; light; fairくせに、白粉白粉おしろい (face) powder豊富に豊富ほうふに generally; liberally塗ったった painted; spread; appliedものだからなお目立ちます目立めだちます stand out; be conspicuous往来往来おうらい the road; the streetひと peopleがじろじろ見てて observe; look atゆくのです。そうしてお嬢さんを見たものはきっとその視線視線しせん line of sight; gaze; lookをひるがえして、私のかお faceを見るのだから、変なへんな strange; oddものでした。

三人三人さんにん three (people); the three of us日本橋日本橋にほんばし Nihonbashi (place name)へ行って買いたいいたい want to buyものを買いました。買うあいだ interval (of time)にも色々色々いろいろ in various ways気が変るかわる change one's mindので、思ったよりおもったより more than expected; more than anticipated暇がかかりましたひまがかかりました took time。奥さんはわざわざ私の name呼んでんで callどうだろうと相談相談そうだん discussion; consultationをするのです。時々時々ときどき at times反物反物たんもの fabric; cloth; (clothing) materialをお嬢さんのかた shouldersからむね chestたて top to bottom宛てててて hold up (against)おいて、私に二、三歩三歩さんぽ two or three steps; several steps遠退いて遠退とおのいて back up; back away見てくれろというのです。私はそのたびごとに、それは駄目駄目だめ no goodだとか、それはよく似合う似合にあう match; fit; suitとか、とにかく一人前の口を聞きました一人前いちにんまえくちきました voiced a respectable opinion; managed a decent reply

こんなこと matter; affair時間が掛って時間じかんかかって take time帰りかえり return夕飯夕飯ゆうめし evening meal; dinner時刻時刻じこく timeになりました。奥さんは私に対するたいする with respect to; in consideration ofお礼れい thanks; gratitude何かなにか somethingご馳走する馳走ちそうする treat someone toといって、木原店木原店きはらだな Kiharadana (name of a theater)という寄席寄席よせ entertainment hall; theaterのある狭いせまい narrow横丁横丁よこちょう side street; alleyへ私を連れ込みましたみました brought to。横丁も狭いが、めし a meal; food食わせるわせる serve up (food)うち house; establishmentも狭いものでした。このへん area; locale地理地理ちり geography一向一向いっこう (not) at all心得ない心得こころえない not know; not be familiar with私は、奥さんの知識知識ちしき knowledge驚いたおどろいた was surprised (at); was impressed (by)くらいです。

我々我々われわれ we; us evening入ってって enter (into)家へ帰りました。その翌日翌日あくるひ next day; following day日曜日曜にちよう Sundayでしたから、私は終日終日しゅうじつ all day; the whole day throughへや roomうち inside閉じ籠っていましたこもっていました was holed up; was secluded月曜月曜げつよう Mondayになって、学校学校がっこう school出るる go out (to); appear (at)と、私は朝っぱらあさっぱら early morningそうそう級友級友きゅうゆう classmateの一人から調戯われました調戯からかわれました was teased; was chided。いつさい wife迎えたむかえた received; welcomedのかといってわざとらしく聞かれるのです。それから私の細君細君さいくん wife非常に非常ひじょうに extremely; exceedingly美人美人びじん beauty; belleだといって賞めるめる compliment; praiseのです。私は三人連三人連さんにんづれ group of three (people)で日本橋へ出掛けたところを、そのおとこ man; fellowにどこかで見られたものとみえます。

十八十八じゅうはち (part) 18

わたくし I; meうち house; home帰ってかえって return (to)奥さんおくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)お嬢さんじょうさん daughter; young ladyにそのはなし story; talkをしました。奥さんは笑いましたわらいました laughed。しかし定めてさだめて surely; no doubt迷惑迷惑めいわく trouble; botherだろうといって私のかお face見ましたました looked at; observed。私はそのとき time; occasion腹のなかではらのなかで deep down; to oneselfおとこ menはこんなふう mannerにして、おんな womenから気を引いて見られるいてられる be probed; be sounded outのかと思いましたおもいました thought; considered。奥さんの eyes充分充分じゅうぶん sufficiently私にそう思わせるだけの意味意味いみ meaning; senseをもっていたのです。私はその時自分自分じぶん oneself考えているかんがえている be thinking通りとおり exactly as ...直截に直截ちょくせつに frankly; directly打ち明けてしまえばけてしまえば open up about; come clean with好かったかった should have ...かも知れませんかもれません it may be that ...。しかし私にはもう狐疑狐疑こぎ doubt; hesitation; indecisionという薩張りしない薩張さっぱりしない not feel right塊りかたまり lump; blockageこびり付いてこびりいて cling; stick (to)いました。私は打ち明けようとして、ひょいと留まりましたまりました stopped oneself; halted。そうして話の角度角度かくど angle故意に故意こいに intentionally; purposely少しすこし a little; a bit外らしましたらしました bent; deflected (away)

私は肝心の肝心かんじんの critical; all-important自分というものを問題問題もんだい question; topicなか middle; midstから引き抜いていて extract; removeしまいました。そうしてお嬢さんの結婚結婚けっこん marriageについて、奥さんの意中意中いちゅう mind; heart; intentions探ったさぐった probedのです。奥さんは二、三さん two or three; severalそういう話のないでもないようなこと fact; matterを、明らかにあきらかに clearly私に告げましたげました disclosed; revealed。しかしまだ学校学校がっこう school出ているている go to; attendくらいでとし age若いわかい youngから、こちらではさほど急がないいそがない not hurry; not rushのだと説明しました説明せつめいしました explained。奥さんは口へは出さないくちへはさない not say (it)けれども、お嬢さんの容色容色ようしょく looks; beauty大分大分だいぶ a great deal重きを置いておもきをいて attach importance to; recognize value inいるらしく見えました。極めようめよう decide; chooseと思えばいつでも極められるんだからというような事さえ口外しました口外こうがいしました betrayed; divulged。それからお嬢さんより外によりほかに other than; besides子供子供こども childrenがないのも、容易に容易よういに easily; lightly手離したがらない手離てばなしたがらない not want to let go of源因源因げんいん cause; reason (usually 原因げんいん)になっていました。よめ brideにやるか、聟を取るむこる take a son-in-lawか、それにさえ迷っているまよっている be undecided (on)のではなかろうかと思われるところもありました。

話してはなして talk; converseいるうちに、私は色々の色々いろいろの various知識知識ちしき informationを奥さんから得たた got; attained; gainedような feelingがしました。しかしそれがために、私は機会機会きかい chance; opportunity逸したいっした lost; missed (a chance)同様同様どうよう equivalent (to); the same (as)結果結果けっか result; outcome陥っておちいって fall into; end up inしまいました。私は自分について、ついに一言も一言いちごんも (not) one word口を開くくちひらく open one's mouth (to talk)事ができませんでしたことができませんでした was not able to ...。私は好い加減な加減かげんな appropriate; suitableところで話を切り上げてげて finish; wrap up、自分のへや roomへ帰ろうとしました。

さっきまでそば close; nearbyにいて、あんまりだわあんまりだわ that's too much; that's going a little farとか何とかいって笑ったわらった laughedお嬢さんじょうさん daughter; young ladyは、いつの間にかいつのにか at some point向うのむこうの other side; oppositeすみ corner行ってって go (to)背中背中せなか back; backsideをこっちへ向けてけて turn towardいました。わたくし I; me立とうとう stand; get upとして振り返ったかえった turned around; looked backとき time; moment、その後姿後姿うしろすがた appearance from behind見たた saw; noticedのです。後姿だけで人間人間にんげん a personこころ heart; mind読めるめる can readはずはありません。お嬢さんがこの問題問題もんだい subject; topicについてどう考えてかんがえて thinkいるか、私には見当が付きませんでした見当けんとうきませんでした had no idea。お嬢さんは戸棚戸棚とだな closet前にしてまえにして have before (one); have in front坐っていましたすわっていました was seated。その戸棚の一尺一尺いっしゃく 1 shaku (about 30 cm; about 1 foot)ばかり開いているいている be open隙間隙間すきま spacing; gapから、お嬢さんは何かなにか something引き出してして take out; withdrawひざ knees; lapうえ top of置いていて set; place眺めてながめて look at; viewいるらしかったのです。私の eyeはその隙間のはじ edge; marginに、一昨日一昨日おととい day before yesterday買ったった bought反物反物たんもの fabric; cloth; (clothing) material見付け出しました見付みつしました spied; recognized。私の着物着物きもの clothingもお嬢さんのも同じおなじ the same戸棚の隅に重ねてあったかさねてあった had been piled one on another; had been stacked togetherのです。

私が何ともいわずになんともいわずに without saying anything席を立ち掛けるせきける begin to get up (from one's seat)と、奥さんおくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)急にきゅうに suddenly改まったあらたまった changed; altered調子調子ちょうし mood; manner; toneになって、私にどう思うおもう thinkかと聞くく askのです。その聞き方かた way of askingは何をどう思うのかと反問反問はんもん ask in returnしなければ解らないわからない not know; not be sureほど不意不意ふい out of the blue; unexpectedでした。それがお嬢さんを早くはやく soon片付けた片付かたづけた marry offほう alternative (of two choices)得策得策とくさく prudent; advisableだろうかという意味意味いみ meaningだと判然した判然はっきりした made clear時、私はなるべく緩くらなゆっくらな slow; deliberate方がいいだろうと答えましたこたえました answered; replied。奥さんは自分自分じぶん oneselfもそう思うといいました。

奥さんとお嬢さんと私の関係関係かんけい relationshipがこうなっているところ place; pointへ、もう一人一人ひとり one (person)おとこ man; young man入り込まなければならないまなければならない had to come into; had to enterこと circumstance; situationになりました。その男がこの家庭家庭かてい household一員一員いちいん (one) memberとなった結果結果けっか result; consequenceは、私の運命運命うんめい destiny; fate非常な非常ひじょうな extraordinary; extreme変化変化へんか change; transformation来してきたして bring about; produceいます。もしその男が私の生活生活せいかつ life行路行路こうろ one's course; one's path横切らなかった横切よこぎらなかった hadn't crossedならば、おそらくこういう長いながい long; lengthyものをあなたに書き残すのこす leave in writing必要必要ひつよう necessity; need起らなかったおこらなかった would not have arisenでしょう。私は手もなくもなく just like; as it were devil; demon; evil spirit通るとおる pass byまえ front of立ってって stand、その瞬間瞬間しゅんかん moment; instantかげ shadow一生一生いっしょう whole life; existence薄暗くされて薄暗うすぐらくされて be dimmed; be darkened気が付かずにかずに taking no notice; without realizingいたのと同じ事です。自白する自白じはくする confess; be candidと、私は自分でその男をうち house引張って来た引張ひっぱってた brought (to)のです。無論無論むろん of course奥さんの許諾許諾きょだく permission; consentも必要ですから、私は最初最初さいしょ first of all何もかも隠さずかくさず not withholding打ち明けてけて disclose; reveal、奥さんに頼んだたのんだ requested; petitionedのです。ところが奥さんは止せせ stop; don't (do it)といいました。私には連れて来なければ済まないれてなければまない have to bring in; feel compelled to bring in事情事情じじょう reasons; circumstances充分充分じゅうぶん sufficiently; fullyあるのに、止せという奥さんの方には、筋の立ったすじった logical; rational理屈理屈りくつ argumentはまるでなかったのです。だから私は私の善いい good; fine; rightと思うところを強いていて by force; insistently断行して断行だんこうして carry out with resolveしまいました。