Kokoro - Sensei's Testament - 01-09

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下下げ bottom (final part of a story) 先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)と遺書遺書いしょ writing left by one who has passed on; testament

一一いち (part) 1

「……私私わたくし I; meはこの夏夏なつ summerあなたから二、三度二に、三度さんど two or three times; several times手紙手紙てがみ letterを受け取りました受うけ取とりました received。東京東京とうきょう Tōkyōで相当の相当そうとうの suitable; befitting地位地位ちい (social) positionを得たい得えたい hope to gain; look to attainから宜しく頼む宜よろしく頼たのむ please help (me) outと書いてあった書かいてあった was writtenのは、たしか二度目二度目にどめ second timeに手に入った手てに入いった took in hand; receivedものと記憶しています記憶きおくしています remember; recall。私はそれを読んだ読よんだ read時時とき time; occasion何とかしたい何なんとかしたい would like to do something; would like somehow to accommodateと思った思おもった thoughtのです。少なくとも少すくなくとも at least返事返事へんじ reply; responseを上げなければ済まん上あげなければ済すまん need to provide (something) to (someone)とは考えた考かんがえた thought; consideredのです。しかし自白すると自白じはくすると to be honest、私はあなたの依頼依頼いらい requestに対してに対たいして in relation to; with regard to、まるで努力をしなかった努力どりょくをしなかった made no effort; took no actionのです。ご承知の通りご承知しょうちの通とおり as you are aware; as you know、交際交際こうさい social aquaintance区域区域くいき sphere; scope; domainの狭い狭せまい narrow; restrictedというよりも、世の中世よの中なか society; the worldにたった一人一人ひとり single; lone (person)で暮して暮くらして live; abideいるといった方が適切方ほうが適切てきせつ more appropriate to ...なくらいの私には、そういう努力をあえてするあえてする dare; presume (to do)余地余地よち leeway; latitudeが全く全まったく utterly; completelyないのです。しかしそれは問題問題もんだい problem; issueではありません。実実じつ the truthをいうと、私はこの自分自分じぶん oneselfをどうすれば好いどうすれば好いい what one should do; what to do withのかと思い煩って思おもい煩わずらって worry over; be vexed aboutいたところなのです。このまま人間人間にんげん humankindの中中なか middle; midstに取り残された取とり残のこされた left behindミイラミイラ mummyのように存在して行こう存在そんざいして行ゆこう continue to existか、それとも……その時分時分じぶん period (of time)の私は「それとも」という言葉言葉ことば words; expressionを心のうちで心こころのうちで internally; to oneself繰り返す繰くり返かえす repeatたびにぞっとしましたぞっとしました shuddered; felt a chill。馳足で馳足かけあしで at a run絶壁絶壁ぜっぺき precipice; cliffの端端はじ edgeまで来て来きて come (to)、急に急きゅうに suddenly; abruptly底底そこ bottomの見えない見みえない is not visible; cannot see谷谷たに hollow; ravine; gorgeを覗き込んだ覗のぞき込こんだ looked into; peered into人人ひと person; manのように。私は卑怯卑怯ひきょう a cowardでした。そうして多くの多おおくの many; most卑怯な人と同じ同おなじ the same程度程度ていど degree; extentにおいて煩悶した煩悶はんもんした agonized; anguishedのです。遺憾ながら遺憾いかんながら regrettably; sad to say、その時の私には、あなたというものがほとんど存在していなかったといっても誇張誇張こちょう exaggerationではありません。一歩進めて一歩いっぽ進すすめて moving one step ahead; taking it one step furtherいうと、あなたの地位、あなたの糊口の資糊口ここうの資し means of living; daily bread、そんなものは私にとってまるで無意味無意味むいみ meaningless; of no significanceなのでした。どうでも構わなかったどうでも構かまわなかった didn't matter in the leastのです。私はそれどころの騒ぎ騒さわぎ commotion; agitationでなかったのです。私は状差状差じょうさし letter rack; letter boxへあなたの手紙を差した差さした inserted; put intoなり、依然として依然いぜんとして as before腕組をして腕組うでぐみをして fold one's arms in front of one考え込んで考かんがえ込こんで ponder; broodいました。宅宅うち house; householdに相応の相応そうおうの suitable; adequate財産財産ざいさん asseats; wealth; meansがあるものが、何何なに whatを苦しんで苦くるしんで be worried about、卒業するかしないのに卒業そつぎょうするかしないのに having just graduated; just out of school、地位地位といって藻掻き廻る藻掻もがき廻まわる go around in a panic; kick up a fussのか。私はむしろ苦々しい苦々にがにがしい loathsome; shameful気分気分きぶん feelingで、遠く遠とおく distant place; far awayにいるあなたにこんな一瞥一瞥いちべつ glance; look; regardを与えた与あたえた gave; grantedだけでした。私は返事を上げなければ済まないあなたに対して、言訳言訳いいわけ explanationのためにこんな事事こと matter; state of affairsを打ち明ける打うち明あける disclose; divulgeのです。あなたを怒らす怒おこらす offend; upsetためにわざと無躾な無躾ぶしつけな unmannerly; impudent言葉を弄する弄ろうする use; apply (in a duplicitous manner)のではありません。私の本意本意ほんい true motivationsは後後あと what followsをご覧になればご覧らんになれば see; look atよく解る解わかる understand事と信じます信しんじます believe。とにかく私は何とか挨拶すべき挨拶あいさつすべき should reply; should respondところを黙っていた黙だまっていた remained silentのですから、私はこの怠慢怠慢たいまん negligenceの罪罪つみ wrongdoing; indiscretionをあなたの前前まえ before; front ofに謝したいと思います謝しゃしたいと思おもいます would like to apologize。

その後その後ご after that私私わたくし I; meはあなたに電報を打ちました電報でんぽうを打うちました sent a telegram。有体に有体ありていに as it is; franklyいえば、あの時時とき time; occasion私はちょっとあなたに会いたかった会あいたかった wanted to seeのです。それからあなたの希望通り希望きぼう通どおり as wished; as desired私の過去過去かこ pastをあなたのために物語りたかった物語ものがたりたかった wanted to tell; wanted to relateのです。あなたは返電を掛けて返電へんでんを掛かけて respond back by telegram、今今いま now; at present東京東京とうきょう Tōkyōへは出られない出でられない cannot leave for; cannot make an appearance (in)と断って来ました断ことわって来きました declined; turned down; excused oneself fromが、私は失望して失望しつぼうして be disappointed永らく永ながらく for a long timeあの電報を眺めて眺ながめて gaze atいました。あなたも電報だけでは気が済まなかった気きが済すまなかった was not satisfiedとみえて、また後から長い長ながい long; lengthy手紙手紙てがみ letterを寄こしてくれた寄よこしてくれた sent (to me)ので、あなたの出京できない出京しゅっきょうできない cannot depart for Tōkyō事情事情じじょう situation; circumstancesがよく解りました解わかりました understood。私はあなたを失礼な失礼しつれいな discourteous男男おとこ man; fellowだとも何とも何なんとも (not) at all; (nothing) at all思う思おもう think; regard; consider訳訳わけ reason; causeがありません。あなたの大事な大事だいじな dear to oneお父さんお父とうさん fatherの病気病気びょうき illness; maladyをそっち退けにしてそっち退のけにして cast (something) aside、何であなたが宅宅うち house; homeを空けられる空あけられる can vacate; can leaveものですか。そのお父さんの生死生死しょうし (question of) life or deathを忘れて忘わすれて forgetいるような私の態度態度たいど manner; behaviorこそ不都合不都合ふつごう improper; inappropriateです。――私は実際実際じっさい in truth; truth be toldあの電報を打つ時に、あなたのお父さんの事の事こと about ...; concerning ...を忘れていたのです。そのくせあなたが東京にいる頃頃ころ timeには、難症難症なんしょう serious disease; incurable diseaseだからよく注意しなくってはいけない注意ちゅういしなくってはいけない must be vigilantと、あれほど忠告した忠告ちゅうこくした advised; warnedのは私ですのに。私はこういう矛盾な矛盾むじゅんな contradictory; inconsistent人間人間にんげん person; manなのです。あるいは私の脳髄脳髄のうずい brainよりも、私の過去が私を圧迫する圧迫あっぱくする suppress結果結果けっか result; consequence (of)こんな矛盾な人間に私を変化させる変化へんかさせる turn into; transform intoのかも知れませんかも知しれません it may be that ...。私はこの点点てん pointにおいても充分充分じゅうぶん sufficiently; fully私の我我が ego; selfを認めて認みとめて acknowledge; recognizeいます。あなたに許して許ゆるして pardon; forgiveもらわなくてはなりません。

あなたの手紙、――あなたから来た最後の最後さいごの last; most recent手紙――を読んだ読よんだ read時、私は悪い悪わるい inexcusable; blameworthy事をしたと思いました。それでその意味意味いみ substance; essence; gistの返事返事へんじ reply; responseを出そう出だそう put forward; sendかと考えて考かんがえて consider (doing)、筆を執りかけました筆ふでを執とりかけました began to take up one's penが、一行一行いちぎょう one line (of text)も書かずに書かかずに without writing已めました已やめました stopped; quit。どうせ書くなら、この手紙を書いて上げたかった上あげたかった wanted to do (something) for (someone)から、そうしてこの手紙を書くにはまだ時機時機じき time; occasionが少し少すこし a little; a bit早過ぎた早過はやすぎた was too soonから、已めにしたのです。私がただ来るに及ばない来くるに及およばない no need to comeという簡単な簡単かんたんな simple; terse電報を再び再ふたたび once again打ったのは、それがためです。

二二に (part) 2

「私私わたくし I; meはそれからこの手紙手紙てがみ letterを書き出しました書かき出だしました began to write。平生平生へいぜい usually; ordinarily筆筆ふで (writing) brush; penを持ちつけない持もちつけない not take hold of; not take in hand私には、自分自分じぶん oneselfの思う思おもう think; imagineように、事件事件じけん incidents; affairsなり思想思想しそう thoughts; ideasなりが運ばない運はこばない not proceed; not progressのが重い重おもい heavy; weighty苦痛苦痛くつう pain; bitterness; frustrationでした。私はもう少し少すこし a little; a bitで、あなたに対するに対たいする with respect to; vis-à-vis私のこの義務義務ぎむ duty; obligationを放擲する放擲ほうてきする abandon; give up; quitところでした。しかしいくら止そう止よそう stop; quit; desistと思って筆を擱いて擱おいて lay down; put asideも、何にもなりませんでした何なんにもなりませんでした there was no point; it did no good。私は一時間経たないうちに一時間いちじかん経たたないうちに before an hour had passedまた書きたくなりました。あなたから見たら見みたら view; regard、これが義務の遂行遂行すいこう performance; prosecution (of a task)を重んずる重おもんずる give due respect to; take seriously私の性格性格せいかく nature; dispositionのように思われるかも知れませんかも知しれません it may be that ...。私もそれは否みません否いなみません don't deny; won't refute。私はあなたの知っている通り知しっている通とおり as you know; as you are aware、ほとんど世間世間せけん the world; societyと交渉交渉こうしょう relations; connectionsのない孤独な孤独こどくな solitary人間人間にんげん person; manですから、義務というほどの義務は、自分の左右前後左右前後さゆうぜんご left, right, forward, and back; all directionsを見廻して見廻みまわして look around; surveyも、どの方角方角ほうがく directionにも根を張って根ねを張はって take root; establish (itself)おりません。故意故意こい intentional; purposefulか自然自然しぜん natural; spontaneousか、私はそれをできるだけ切り詰めた切きり詰つめた reduced; curtailed; retrenched生活生活せいかつ life; lifestyleをしていたのです。けれども私は義務に冷淡冷淡れいたん cool; indifferentだからこうなったのではありません。むしろ鋭敏過ぎて鋭敏えいびん過すぎて overly sensitive刺戟刺戟しげき stimulus; stressに堪える堪たえる endure; withstandだけの精力精力せいりょく energy; vigorがないから、ご覧のようにご覧らんのように as (you) see消極的な消極的しょうきょくてきな passive; conservative; subdued月日月日つきひ time; years; daysを送る送おくる pass; spent事事こと situation; state of affairsになったのです。だから一旦一旦いったん once約束した約束やくそくした promised以上以上いじょう given that ...; having ...、それを果たさない果はたさない not fulfill; not follow through onのは、大変大変たいへん very much; terribly厭な厭いやな disagreeable; unpleasant心持心持こころもち feelingです。私はあなたに対してこの厭な心持を避ける避さける avoid; avertためにでも、擱いた筆をまた取り上げなければならない取とり上あげなければならない have to take up; be compelled to take upのです。

その上その上うえ on top of that; furthermore; what's more私は書きたいのです。義務は別として別べつとして aside from; apart from私の過去過去かこ pastを書きたいのです。私の過去は私だけの経験経験けいけん experienceだから、私だけの所有所有しょゆう possessionといっても差支えない差支さしつかえない presents no problem; elicits no objectionでしょう。それを人人ひと (other) personに与えない与あたえない not give; not impart (to)で死ぬ死しぬ die; pass awayのは、惜しい惜おしい regrettable; a shameともいわれるでしょう。私にも多少多少たしょう somewhat; to some extentそんな心持があります。ただし受け入れる受うけ入いれる accept; receive事のできない人に与えるくらいなら、私はむしろ私の経験を私の生命生命いのち lifeと共にと共ともに together with葬った葬ほうむった bury; inter方が好い方ほうが好いい is better to ...と思います。実際実際じっさい in fact; in truthここにあなたという一人一人ひとり one personの男男おとこ man; fellowが存在して存在そんざいして exist; be presentいないならば、私の過去はついに私の過去で、間接にも間接かんせつにも (even) indirectly; vicariously他人他人たにん another personの知識知識ちしき knowledge ofにはならないで済んだ済すんだ ended; be finishedでしょう。私は何千万何千万なんぜんまん some tens of millionsといる日本人日本人にほんじん Japanese (people)のうちで、ただあなただけに、私の過去を物語りたい物語ものがたりたい want to tell; want to relateのです。あなたは真面目真面目まじめ sincere; earnestだから。あなたは真面目に人生人生じんせい human life; human experienceそのものから生きた生いきた living; animate教訓教訓きょうくん lesson; precept; tenetを得たい得えたい hope to secure; wish to gainといったから。

私私わたくし I; meは暗い暗くらい dark; somber; dismal人世人世じんせい world of men; human existenceの影影かげ shadowを遠慮なく遠慮えんりょなく without restraintあなたの頭頭あたま headの上上うえ top ofに投げかけて投なげかけて throw onto上げます上あげます do (something) for (someone)。しかし恐れて恐おそれて fear; shrink fromはいけません。暗いものを凝と凝じっと firmly; stoically見詰めて見詰みつめて gaze into; watch intently、その中中なか middle; midstからあなたの参考になる参考さんこうになる serve as referenceものをお攫みなさいお攫つかみなさい seize onto; grasp hold of。私の暗いというのは、固より固もとより from the first; all along倫理的に倫理的りんりてきに ethically暗いのです。私は倫理的に生れた生うまれた was born男男おとこ manです。また倫理的に育てられた育そだてられた was brought up; was raised男です。その倫理上倫理上りんりじょう concerning ethics; in regard to ethicsの考え考かんがえ idea; concept; notionは、今今いま now; the presentの若い若わかい young人人ひと peopleと大分大分だいぶ significantly; considerably違った違ちがった differentところがあるかも知れませんかも知しれません it may be that ...。しかしどう間違って間違まちがって be mistaken; be off baseも、私自身自身じしん oneselfのものです。間に合せ間まに合あわせ makeshift; provisional; stopgapに借りた借かりた borrowed損料着損料着そんりょうぎ rental clothing; rental suitではありません。だからこれから発達しよう発達はったつしよう develop; growというあなたには幾分か幾分いくぶんか somewhat; to some extent参考になるだろうと思う思おもう think; believeのです。

あなたは現代の現代げんだいの modern; contemporary思想思想しそう thoughts; ideas問題問題もんだい subject; topicsについて、よく私に議論議論ぎろん argument; discussionを向けた向むけた directed toward事事こと cases; instancesを記憶している記憶きおくしている rememberでしょう。私のそれに対するに対たいする with respect to; in response to態度態度たいど attitude; mannerもよく解っている解わかっている understand; be aware ofでしょう。私はあなたの意見意見いけん opinions; viewsを軽蔑軽蔑けいべつ disdain; contemptまでしなかったけれども、決して決けっして by (no) means尊敬を払い得る尊敬そんけいを払はらい得うる feel (oneself) capable of respecting程度程度ていど degree; extentにはなれなかった。あなたの考えには何ら何なんら some kind; any kindの背景背景はいけい backing; substance; supportもなかったし、あなたは自分の自分じぶんの one's own過去過去かこ pastをもつには余りに若過ぎた余あまりに若過わかすぎた were much too youngからです。私は時々時々ときどき sometimes笑った笑わらった laughed。あなたは物足りなそうな物足ものたりなそうな disappointed-looking; dissatisfied-looking顔顔かお face; (facial) expressionをちょいちょいちょいちょい often; frequently私に見せた見みせた showed (to)。その極極きょく end point; culminationあなたは私の過去を絵巻物絵巻物えまきもの picture scrollのように、あなたの前前まえ front ofに展開して展開てんかいして spread outくれと逼った逼せまった press; urge。私はその時時とき time; moment心のうちで心こころのうちで inwardly; to oneself、始めて始はじめて for the first timeあなたを尊敬した。あなたが無遠慮に無遠慮ぶえんりょに presumptuously; brazenly私の腹の中腹はらの中なか belly; gutから、或る或ある some certain ...生きた生いきた living; animateものを捕まえよう捕つらまえよう seize; grab hold ofという決心決心けっしん determination; resolveを見せたからです。私の心臓心臓しんぞう heartを立ち割って立たち割わって cut open; split apart (usually 断たち割わって)、温かく温あたたかく warm流れる流ながれる flow血潮血潮ちしお blood; blood spilt from the bodyを啜ろうとした啜すすろうとした tried to partake ofからです。その時私はまだ生きていた。死ぬ死しぬ die; perishのが厭厭いや dreadful; objectionableであった。それで他日他日たじつ another day; some future timeを約して約やくして promise; commit to、あなたの要求要求ようきょう request; demandを斥けて斥しりぞけて repel; repulse; fend offしまった。私は今自分で自分の心臓を破って破やぶって tear apart; destroy、その血血ち bloodをあなたの顔に浴びせかけよう浴あびせかけよう hurl at; rain down ontoとしているのです。私の鼓動鼓動こどう heartbeat; pulseが停った停とまった stop; cease時、あなたの胸胸むね bosom; breastに新しい新あたらしい new; fresh命命いのち life; life forceが宿る宿やどる take up residence; dwell事ができるなら満足満足まんぞく sufficient; adequate; satisfactoryです。

三三さん (part) 3

「私私わたくし I; meが両親両親りょうしん parentsを亡くした亡なくした lost (to death)のは、まだ私の廿歳廿歳はたち twenty years oldにならない時分時分じぶん period (of time)でした。いつか妻妻さい one's wifeがあなたに話して話はなして tell; relateいたようにも記憶して記憶きおくして remember; recallいますが、二人二人ふたり two (people); the two of themは同じ同おなじ the same病気病気びょうき illness; afflictionで死んだ死しんだ died; passed awayのです。しかも妻があなたに不審不審ふしん question; curiosityを起させた起おこさせた triggered; stirred up; evoked通り通とおり just as ...、ほとんど同時同時どうじ the same timeといっていいくらいに、前後して前後ぜんごして in rapid succession; one after the other死んだのです。実をいうと実じつをいうと to tell the truth; in fact、父父ちち fatherの病気は恐るべき恐おそるべき terrible; dreaded腸窒扶斯腸ちょう窒扶斯チフス abdominal typhusでした。それが傍傍そば near; close byにいて看護看護かんご nursing; caretakingをした母母はは motherに伝染した伝染でんせんした was transmitted (of an infection)のです。

私は二人の間の間あいだ between ...にできたたった一人一人ひとり one (person)の男の子男おとこの子こ male child; boyでした。宅宅うち house; householdには相当の相当そうとうの considerable; substantial財産財産ざいさん wealth; assetsがあったので、むしろ鷹揚に鷹揚おうように generously; magnaminously育てられました育そだてられました was brought up; was raised。私は自分の自分じぶんの one's own過去過去かこ pastを顧みて顧かえりみて look back on、あの時時とき time両親が死なずにいてくれたなら、少なくとも少すくなくとも at least父か母かどっちか、片方片方かたほう one (of the two)で好い好いい fine; sufficientから生きて生いきて live; surviveいてくれたなら、私はあの鷹揚な気分気分きぶん feeling; moodを今今いま now; the presentまで持ち続ける持もち続つづける hold onto; maintain事ができたろう事ことができたろう would likely have been able to ...にと思います思おもいます think; expect; believe。

私は二人の後後あと afterに茫然として茫然ぼうぜんとして blankly; vacantly取り残されました取とり残のこされました was left (behind)。私には知識知識ちしき knowledge; know-howもなく、経験経験けいけん experienceもなく、また分別分別ふんべつ discernment; discretionもありませんでした。父の死ぬ時、母は傍にいる事ができませんでした。母の死ぬ時、母には父の死んだ事さえまだ知らせてなかった知しらせてなかった hadn't informed; hadn't toldのです。母はそれを覚って覚さとって sense; perceiveいたか、または傍のもの傍はたのもの those nearbyのいうごとく、実際実際じっさい indeed; in fact父は回復期回復期かいふくき recuperation; recoveryに向いつつある向むかいつつある is headed toward; is on the way toものと信じて信しんじて believeいたか、それは分りません分わかりません don't know。母はただ叔父叔父おじ uncleに万事万事ばんじ all thingsを頼んでいました頼たのんでいました entrusted to; relied on for。そこに居合せた居合いあわせた happened to be present; was there together with私を指さす指ゆびさす point toようにして、「この子をどうぞ何分何分なにぶん please (in some manner)」といいました。私はその前前まえ before; priorから両親の許可許可きょか permission; approval; blessingを得て得えて gain; attain、東京東京とうきょう Tōkyōへ出る出でる set out; leave (for)はずはず expected to; slated toになっていましたので、母はそれもついでにいうつもりらしかったのです。それで「東京へ」とだけ付け加えましたら付つけ加くわえましたら added、叔父がすぐ後を引き取って引ひき取とって take over; take charge of、「よろしい決して決けっして by (no) means心配心配しんぱい worry; concernしないがいい」と答えました答こたえました answered。母は強い強つよい strong; intense熱熱ねつ feverに堪え得る堪たえ得うる able to withstand; able to endure体質体質たいしつ (physical) constitutionの女女おんな womanなんでしたろうか、叔父は「確かりした確しっかりした strong; perseveringものだ」といって、私に向って母の事を褒めて褒ほめて praise; commendいました。しかしこれがはたして母の遺言遺言ゆいごん final wish; testamentであったのかどうだか、今考える考かんがえる consider; think aboutと分らないのです。 {paragraph continues below}

母母はは motherは無論無論むろん of course父父ちち fatherの罹った罹かかった suffering from; afflicted by病気病気びょうき sickness; diseaseの恐るべき恐おそるべき terrible; dreaded名前名前なまえ nameを知っていた知しっていた knew; was aware (of)のです。そうして、自分自分じぶん oneselfがそれに伝染していた伝染でんせんしていた was infected (with)事事こと factも承知していた承知しょうちしていた knew full wellのです。けれども自分はきっとこの病気で命命いのち lifeを取られる取とられる have taken (by)とまで信じて信しんじて thought; believedいたかどうか、そこになると疑う疑うたがう doubt; question余地余地よち room; marginはまだいくらでもあるだろうと思われる思おもわれる it seems ...のです。その上その上うえ on top of that; further熱熱ねつ feverの高い高たかい high時時とき times; occasionsに出る出でる come out; come forth母の言葉言葉ことば wordsは、いかにそれが筋道の通った筋道すじみちの通とおった rational; logical; sound明らかな明あきらかな clear; conciseものにせよ、一向一向いっこう (not) at all; (not) in the least記憶記憶きおく memory; recollectionとなって母の頭頭あたま head; mindに影影かげ shadow; trace (of)さえ残して残のこして leave behindいない事がしばしばあったのです。だから……しかしそんな事は問題問題もんだい subject; topicではありません。ただこういう風風ふう mannerに物物もの things; eventsを解きほどいて解ときほどいて unravel; tease apartみたり、またぐるぐる廻してぐるぐる廻まわして turn round and round眺めたり眺ながめたり view; examineする癖癖くせ tendencyは、もうその時分時分じぶん period (of time)から、私私わたくし I; meにはちゃんと備わっていた備そなわっていた was established; was in placeのです。それはあなたにも始めから始はじめから from the startお断わりしてお断ことわりして state in advance; give notice ofおかなければならないと思いますが、その実例実例じつれい example; illustrationとしては当面の当面とうめんの current; present問題に大した大たいした significant; important関係関係かんけい connection; relevanceのないこんな記述記述きじゅつ description; accountが、かえって役に立ちはしないか役やくに立たちはしないか might serve some purpose; might be of some useと考えます考かんがえます think; reckon; figure。あなたの方方ほう side; perspectiveでもまあそのつもりで読んで読よんで readください。この性分性分しょうぶん nature; dispositionが倫理的に倫理的りんりてきに ethically個人個人こじん individualの行為行為こうい conductやら動作動作どうさ actionsの上に及んでの上うえに及およんで with respect to; on matters of、私は後来後来こうらい the future; going forwardますます他他ひと (other) peopleの徳義心徳義心とくぎしん probity; decency; integrityを疑うようになったのだろうと思うのです。それが私の煩悶煩悶はんもん chagrin; discontentや苦悩苦悩くのう suffering; distressに向ってに向むかって toward (the purpose of)、積極的に積極的せっきょくてきに taking an active role大きな大おおきな significant力力ちから force; impetusを添えて添そえて add to (by way of support)いるのは慥か慥たしか certain; without doubtですから覚えていて覚おぼえていて bear in mind; take note of下さい下ください please ...。

話話はなし narrative; storyが本筋本筋ほんすじ main thread (of a story)をはずれると、分り悪くなります分わかり悪にくくなります becomes incoherent; will be hard to followからまたあとへ引き返しましょう引ひき返かえしましょう go back; retrace one's steps。これでも私はこの長い長ながい long; lengthy手紙手紙てがみ letterを書く書かく write; composeのに、私と同じ同おなじ the same地位地位ちい status; stateに置かれた置おかれた be placed (in)他の他ほかの other人人ひと peopleと比べたら比くらべたら compare、あるいは多少多少たしょう somewhat落ち付いていやしないか落おち付ついていやしないか may be calm; might be composedと思っているのです。世の中世よの中なか the world; everyoneが眠る眠ねむる sleep; slumberと聞こえだす聞きこえだす become audible; become discernableあの電車電車でんしゃ (electric) trainの響響ひびき echo; reverberationももう途絶えました途絶とだえました ceased; died down。雨戸雨戸あまど (sliding) storm shuttersの外外そと outsideにはいつの間にかいつの間まにか at some point; without notice憐れな憐あわれな sorrowful; doleful; plaintive虫虫むし insectsの声声こえ cries; soundsが、露の露つゆの dew-covered秋秋あき autumnをまた忍びやかに忍しのびやかに quietly; subtly思い出させる思おもい出ださせる call to mind; conjure images ofような調子調子ちょうし tone; pitch; rhythmで微かに微かすかに softly; faintly鳴いて鳴ないて sing; cryいます。何も何なにも (no)thing知らない妻妻さい one's wifeは次の次つぎの next; adjoining室室へや roomで無邪気に無邪気むじゃきに in innocence; free from careすやすや寝入っていますすやすや寝入ねいっています sleeps soundly; is sleeping peacefully。私が筆を執る筆ふでを執とる take up one's brush (or pen)と、一字一劃一字いちじ一劃いっかく one character at a timeができあがりつつペンの先先さき tipで鳴って鳴なって sound; ring (out)います。私はむしろ落ち付いた気分気分きぶん feeling; moodで紙紙かみ paperに向っているのです。不馴れ不馴ふなれ unfamiliarily; want of practiceのためにペンが横横よこ side; sidewaysへ外れる外それる veer off; go astrayかも知れませんかも知しれません it may be that ...が、頭が悩乱して悩乱のうらんして worry; agonize筆がしどろしどろ disorder; confusionに走る走はしる run (to); trend (toward)のではないように思います。

四四よん (part) 4

「とにかくたった一人一人ひとり alone; on one's own取り残された取とり残のこされた was left behind私私わたくし I; meは、母母はは motherのいい付け通りいい付つけ通どおり as per (someone's) instructions、この叔父叔父おじ uncleを頼る頼たよる rely on; depend onより外により外ほかに besides; other than途途みち way; path; courseはなかったのです。叔父はまた一切一切いっさい all; everythingを引き受けて引ひき受うけて take responsibility for; take over凡ての凡すべての all (manner of)世話世話せわ help; assistanceをしてくれました。そうして私を私の希望する希望きぼうする wish for; aspire to東京東京とうきょう Tōkyōへ出られる出でられる can set out for; can go toように取り計らって取とり計はからって manage; arrangeくれました。

私は東京へ来て来きて come (to)高等学校高等学校こうとうがっこう high school (equivalent to modern-day college)へはいりました。その時時とき timeの高等学校の生徒生徒せいと studentsは今今いま now; the presentよりもよほど殺伐殺伐さつばつ rough and tumble; pugilisticで粗野粗野そや crude; vulgar; unrefinedでした。私の知った知しった knew; was acquainted withものに、夜中夜中よる evening; night職人職人しょくにん worker; artisanと喧嘩喧嘩けんか quarrel; altercationをして、相手相手あいて the other partyの頭頭あたま headへ下駄下駄げた geta; wooden clogで傷を負わせた傷きずを負おわせた inflicted injury onのがありました。それが酒酒さけ sakéを飲んだ飲のんだ drank揚句揚句あげく on top of; at the end ofの事事こと incident; affairなので、夢中に夢中むちゅうに with abandon擲り合い擲なぐり合あい trading of blows; fist fightをしている間間あいだ period; interval (of time)に、学校の制帽制帽せいぼ school cap (part of school uniform)をとうとう向う向むこう the other partyのものに取られて取とられて had taken (by); lost (to)しまったのです。ところがその帽子帽子ぼうし hat; capの裏裏うら reverse (side); insideには当人当人とうにん the person in questionの名前名前なまえ nameがちゃんと、菱形菱形ひしがた diamond-shapedの白い白しろい whiteきれきれ scrap; cutting (of cloth)の上上うえ top; surfaceに書いてあった書かいてあった was written; was inscribedのです。それで事が面倒面倒めんどう trouble; difficultyになって、その男男おとこ man; fellowはもう少しでもう少すこしで almost; nearly警察警察けいさつ policeから学校へ照会される照会しょうかいされる be subject to official inquiryところでした。しかし友達友達ともだち friends; comradesが色々と色々いろいろと in various ways骨を折って骨ほねを折おって make a concerted effort; go to great lengths、ついに表沙汰表沙汰おもてざた public affair; public incidentにせずに済む済すむ be concluded; endようにしてやりました。こんな乱暴な乱暴らんぼうな rough; reckless行為行為こうい conductを、上品な上品じょうひんな refined; genteel今の空気空気くうき air; atmosphereのなかに育った育そだった was raised; was brought up (in)あなた方あなた方がた you (plural); you-allに聞かせたら聞きかせたら tell; relate (to)、定めて定さだめて certainly; no doubt馬鹿馬鹿しい馬鹿馬鹿ばかばかしい absurd; asinine; foolish感じ感かんじ feeling; impressionを起す起おこす stir up; evokeでしょう。私も実際実際じっさい actually; in fact馬鹿馬鹿しく思います思おもいます think; consider (to be)。しかし彼ら彼かれら they; themは今の学生学生がくせい studentsにない一種一種いっしゅ a certain type of質朴な質朴しつぼくな raw; simple; genuine点点てん aspect; elementをその代りにその代かわりに on the other hand; at the same timeもっていたのです。当時当時とうじ at the time私の月々月々つきづき each month; every month叔父から貰って貰もらって receiveいた金金かね moneyは、あなたが今、お父さんお父とうさん fatherから送って送おくって send; remitもらう学資学資がくし school expenses; educational fundingに比べるとに比くらべると in comparison to遥かに遥はるかに by far少ない少すくない limited; sparseものでした。(無論無論むろん of course物価物価ぶっか prices; cost-of-livingも違いましょう違ちがいましょう be differentが)。それでいて私は少しの少すこしの the least不足不足ふそく deficiency; want (of)も感じませんでした。のみならず数ある数かずある numerous; many同級生同級生どうきゅうせい classmatesのうちで、経済経済けいざい money; financesの点にかけては、決して決けっして by (no) means人人ひと (other) peopleを羨ましがる羨うらやましがる envy憐れな憐あわれな pitiable; miserable境遇境遇きょうぐう setting; circumstancesにいた訳訳わけ case; situationではないのです。今から回顧する回顧かいこする look back at; reflect onと、むしろ人に羨ましがられる方方ほう alternative (of two things)だったのでしょう。というのは、私は月々極った極きまった decided; fixed送金送金そうきん remittancesの外に、書籍費書籍費しょせきひ book money、(私はその時分時分じぶん period (of time)から書物書物しょもつ booksを買う買かう buy; collect事が好き好すき to one's likingでした)、および臨時の臨時りんじの discretionary費用費用ひよう funds (to cover expenses)を、よく叔父から請求して請求せいきゅうして request; ask for、ずんずんずんずん rapidly; steadilyそれを自分自分じぶん oneselfの思うように消費する消費しょうひする consume; use up; go through事ができたのですから。

何も何なにも (no)thing知らない知しらない not know; not be aware of私私わたくし I; meは、叔父叔父おじ uncleを信じて信しんじて believe in; trustいたばかりでなく、常に常つねに always; at all times感謝感謝かんしゃ gratitude; thanksの心心こころ heart; spiritをもって、叔父をありがたいもののように尊敬して尊敬そんけいして look up to; respectいました。叔父は事業家事業家じぎょうか enterprising man; businessmanでした。県会議員県会けんかい議員ぎいん prefectural assemblymanにもなりました。その関係関係かんけい connectionからでもありましょう、政党政党せいとう political partyにも縁故縁故えんこ affinityがあったように記憶して記憶きおくして remember; recallいます。父父ちち fatherの実の実じつの actual弟弟おとうと younger brotherですけれども、そういう点点てん point; aspectで、性格性格せいかく character; natureからいうと父とはまるで違った違ちがった different; dissimilar方方ほう direction; tendencyへ向いて向むいて turn toward発達した発達はったつした developed; grew; progressedようにも見えます見みえます appeared; seemed。父は先祖先祖せんぞ ancestorsから譲られた譲ゆずられた handed over; passed down遺産遺産いさん legacy; bequestを大事に大事だいじに with great care守って行く守まもって行いく (continue to) guard; protect篤実一方篤実一方とくじついっぽう singular sincerityの男男おとこ manでした。楽しみには楽たのしみには for pleasure、茶茶ちゃ tea (ceremony)だの花花はな flower (arrangement)だのをやりました。それから詩集詩集ししゅう poetry anthology; collection of poemsなどを読む読よむ read事事こと act; actionも好き好すき to one's likingでした。書画骨董書画骨董しょがこっとう artwork and antiquesといった風風ふう manner; styleのものにも、多くの多おおくの a great deal of趣味趣味しゅみ perference; likingをもっている様子様子ようす indication; appearanceでした。家家うち house; homeは田舎田舎いなか countryside; the countryにありましたけれども、二里二里にり 2 ri (about 8 km; about 5 miles)ばかり隔たった隔へだたった distant; apart; away (from)市市し city; town、――その市には叔父が住んで住すんで live; resideいたのです、――その市から時々時々ときどき from time to time; on occasion道具屋道具屋どうぐや curio sellerが懸物懸物かけもの hanging picture or scrollだの、香炉香炉こうろ incense burnerだのを持って持もって bring、わざわざ父に見せに来ました来きました came; called。父は一口一口ひとくち one word; in shortにいうと、まあマン・オフ・ミーンズマン・オフ・ミーンズ man of meansとでも評したら評ひょうしたら assess; characterize (as)好い好いい good; fine; sufficientのでしょう。比較的比較的ひかくてき relatively; comparatively上品な上品じょうひんな elegant; refined嗜好嗜好しこう taste; liking; fancyをもった田舎紳士紳士しんし gentlemanだったのです。だから気性気性きしょう disposition; temperamentからいうと、闊達な闊達かったつな magnanimous; big-minded; chivalrous叔父とはよほどの懸隔懸隔けんかく difference; disparityがありました。それでいて二人二人ふたり two (people); the two of themはまた妙に妙みょうに strangely; curiously仲が好かった仲なかが好よかった were closeのです。父はよく叔父を評して、自分自分じぶん oneselfよりも遥かに遥はるかに by far働き働はたらき ativity; enterprise; endeavorのある頼もしい頼とのもしい dependable; trustworthy人人ひと person; manのようにいっていました。自分のように、親親おや parentsから財産財産ざいさん assets; wealthを譲られたものは、どうしても固有の固有こゆうの inherent; ingrained材幹材幹さいかん abilities; capabilitiesが鈍る鈍にぶる grow dull; falter; decline、つまり世の中世よの中なか society; the worldと闘う闘たたかう wage war; do battle; compete (with)必要必要ひつよう necessity; needがないからいけないのだともいっていました。この言葉言葉ことば words; utterancesは母母はは motherも聞きました聞ききました heard。私も聞きました。父はむしろ私の心得心得こころえ direction; guidanceになるつもりで、それをいったらしく思われます思おもわれます it seems that ...。「お前お前まえ youもよく覚えているが好い覚おぼえているが好いい should remember; should bear in mind」と父はその時時とき time; occasionわざわざ私の顔顔かお faceを見たのです。だから私はまだそれを忘れずに忘わすれずに without forgettingいます。このくらい私の父から信用されたり信用しんようされたり be trusted、褒められたり褒ほめられたり be praised; be admiredしていた叔父を、私がどうして疑う疑うたがう doubt; distrust事ができるでしょう。私にはただでさえただでさえ even as it was誇りになる誇ほこりになる be proud of; look upon with prideべき叔父でした。父や母が亡くなって亡なくなって die; pass away、万事万事ばんじ all thingsその人の世話世話せわ care; assistanceにならなければならない私には、もう単なる単たんなる simple; mere誇りではなかったのです。私の存在存在そんざい existence; beingに必要な人間人間にんげん person; manになっていたのです。

五五ご (section) 5

「私私わたくし I; meが夏休み夏なつ休やすみ summer vacationを利用して利用りようして use; take advantage of始めて始はじめて for the first time国国くに country; one's native placeへ帰った帰かえった returned時時とき time; occasion、両親両親りょうしん parentsの死に断えた死しに断たえた were dead and gone私の住居住居すまい house; residenceには、新しい新あたらしい new主人主人しゅじん master; head; proprietorとして、叔父夫婦叔父おじ夫婦ふうふ (my) uncle and his wifeが入れ代って入いれ代かわって in turn; in place of住んで住すんで live; resideいました。これは私が東京東京とうきょう Tōkyōへ出る出でる leave; set out (for)前前まえ beforeからの約束約束やくそく agreement; arrangementでした。たった一人たった一人ひとり alone; on one's own取り残された取とり残のこされた was left behind私が家家いえ house; homeにいない以上以上いじょう given that ...、そうでもするより外に外ほかに besides; other than仕方がなかった仕方しかたがなかった there was no choiceのです。

叔父はその頃頃ころ time市市し city; townにある色々な色々いろいろな various会社会社かいしゃ companies; business venturesに関係していた関係かんけいしていた had connections (to); was involved (with)ようです。業務業務ぎょうむ business affairs; dutiesの都合都合つごう circumstances; considerationsからいえば、今今いま now; the presentまでの居宅居宅きょたく residence; dwellingに寝起きする寝起ねおきする rise and retire; stay (in a place)方方ほう alternative (of two choices)が、二里二里にり 2 ri (about 8 km; about 5 miles)も隔った隔へだたった was separated by私の家に移る移うつる transfer; move (to)より遥かに遥はるかに by far便利便利べんり convenientだといって笑いました笑わらいました smiled; grinned。これは私の父母父母ふぼ father and mother; parentsが亡くなった亡なくなった died; passed away後後あと after、どう邸邸やしき residence; estateを始末して始末しまつして deal with; handle、私が東京へ出るかという相談相談そうだん discussion; consultationの時、叔父の口を洩れたの口くちを洩もれた was voiced by ...言葉言葉ことば wordsであります。私の家は旧い歴史旧ふるい歴史れきし long history; storied pastをもっているので、少しは少すこしは somewhat; to some extentその界隈界隈かいわい corner of the world; regionで人人ひと peopleに知られていました知しられていました was known; was renowned。あなたの郷里郷里きょうり native place; home townでも同じ同おなじ the same事事こと situation; state of affairsだろうと思います思おもいます suppose; imagineが、田舎田舎いなか countryside; the countryでは由緒由緒ゆいしょ history; pedigree; lineageのある家を、相続人相続人そうぞくにん heir; successorがあるのに壊したり壊こわしたり dismantle; raze売ったり売うったり sellするのは大事件大事件だいじけん major happening; major eventです。今の私ならそのくらいの事は何とも何なんとも (no)thing思いませんが、その頃はまだ子供子供こども adolescent; juvenile; youthでしたから、東京へは出たし、家はそのままにして置かなければならずそのままにして置おかなければならず had to leave (something) as it was、はなはだ所置所置しょち disposition; management (usually 処置しょち)に苦しんだ苦くるしんだ fretted; worried; stressed (over)のです。

叔父は仕方なしに私の空家空家あきや empty home; vacant houseへはいる事を承諾して承諾しょうだくして agreed toくれました。しかし市の方にある住居もそのままにしておいて、両方両方りょうほう bothの間の間あいだ between ...を往ったり来たりする往いったり来きたりする come and go便宜便宜べんぎ convenience; expedienceを与えて与あたえて grant; allowもらわなければ困る困こまる have a hard time; be inconveniencedといいました。私に固より固もとより of course異議異議いぎ objection; dissentのありようはずがありません。私はどんな条件条件じょうけん conditionsでも東京へ出られれば好い好いい fine; satisfactoryくらいに考えて考かんがえて considered; reasonedいたのです。

子供らしい私は、故郷故郷ふるさと home town; native placeを離れて離はなれて separate (oneself from); leaveも、まだ心の眼心こころの眼め a place in one's heartで、懐かしげに懐なつかしげに with nostalgia故郷の家を望んで望のぞんで desire; wish forいました。固よりそこにはまだ自分自分じぶん oneselfの帰るべき家があるという旅人旅人たびびと traveler; wayfarer; wandererの心で望んでいたのです。休み休やすみ vacation; breakが来れば来くれば come; arrive帰らなくてはならないという気分気分きぶん feeling; sentimentは、いくら東京を恋しがって恋こいしがって long for; yearn after出て来た私にも、力強く力強ちからづよく firmly; powerfullyあったのです。私は熱心に熱心ねっしんに eagerly; enthusiastically勉強し勉強べんきょうし study; pursue one's studies、愉快に愉快ゆかいに pleasantly; happily遊んだ遊あそんだ rest; relax; let loose後、休みには帰れると思うその故郷の家をよく夢に見ました夢ゆめに見みました dreamed of; thought fondly of。

私私わたくし I; meの留守留守るす (time) away from homeの間間あいだ period; interval (of time)、叔父叔父おじ uncleはどんな風風ふう style; mannerに両方両方りょうほう bothの間の間あいだ between ...を往き来していた往ゆき来きしていた came and wentか知りません知しりません don't know。私の着いた着ついた arrived時時とき timeは、家族家族かぞく family; householdのものが、みんな一つ一ひとつ (as) one家家いえ houseの内内うち inside; withinに集まっていました集あつまっていました were gathered。学校学校がっこう schoolへ出る出でる go to; attend子供子供こども childrenなどは平生平生へいぜい ordinarily; usuallyおそらく市市し city; townの方方ほう alternative (of two things)にいたのでしょうが、これも休暇休暇きゅうか holiday; vacationのために田舎田舎いなか the country; countrysideへ遊び半分遊あそび半分はんぶん by way of leisure; in part for relaxationといった格格かく statusで引き取られていました引ひき取とられていました had retreated; had retired (to a place)。

みんな私の顔顔かお faceを見て見みて see; catch sight of喜びました喜よろこびました were happy; were pleased。私はまた父父ちち fatherや母母はは motherのいた時より、かえって賑やか賑にぎやか active; livelyで陽気陽気ようき jovial; merryになった家の様子様子ようす look; appearanceを見て嬉しがりました嬉うれしがりました was glad; was delighted。叔父はもと私の部屋部屋へや roomになっていた一間一間ひとま one roomを占領して占領せんりょうして take over; occupyいる一番目の男の子一番目いちばんめの男おとこの子こ eldest sonを追い出して追おい出だして put out; dislodge、私をそこへ入れました入いれました put into; put up; housed。座敷座敷ざしき roomsの数数かず number; quantityも少なくない少すくなくない not few; numerousのだから、私はほかの部屋で構わない構かまわない is not a problem; is fineと辞退した辞退じたいした refused; declinedのですけれども、叔父はお前のお前まえの your宅宅うち houseだからといって、聞きませんでした聞ききませんでした wouldn't hear of it。

私は折々折々おりおり occasionally亡くなった亡なくなった died; passed away父や母の事の事こと about ...; concerning ...を思い出す思おもい出だす remember; recall外に外ほかに apart from; other than、何の何なんの (no) sort of不愉快不愉快ふゆかい unhappinessもなく、その一夏一夏ひとなつ one summerを叔父の家族と共にと共ともに together with; in the company of過ごして過すごして spent; passed (time)、また東京東京とうきょう Tōkyōへ帰った帰かえった returnedのです。ただ一つその夏の出来事出来事できごと happening; affairとして、私の心心こころ thoughts; mind; spiritにむしろ薄暗い薄暗うすぐらい dark; somber影影かげ shadowを投げた投なげた threw; cast (a shadow)のは、叔父夫婦叔父おじ夫婦ふうふ (my) uncle and his wifeが口を揃えて口くちを揃そろえて speak with one voice、まだ高等学校高等学校こうとうがっこう high school (equivalent to modern-day college)へ入った入はいった enteredばかりの私に結婚結婚けっこん marriageを勧める勧すすめる recommend; advise事でした。それは前後で前後ぜんごで around; about丁度丁度ちょうど just; right on三、四回三さん、四回しかい three or four timesも繰り返された繰くり返かえされた was repeatedでしょう。私も始め始はじめ at first; the first timeはただその突然突然とつぜん sudden; abrupt; out of the blueなのに驚いた驚おどろいた was surprised; was caught off guardだけでした。二度目二度目にどめ the second timeには判然判然はっきり clearly; definitively断りました断ことわりました refused; declined。三度目三度目さんどめ the third timeにはこっちからとうとうその理由理由りゆう reason; rationale; motivationを反問しなければならなくなりました反問はんもんしなければならなくなりました felt compelled to ask in return。彼ら彼かれら they; themの主意主意しゅい meaning; line of thoughtは単簡単簡たんかん simple; straighforwardでした。早く早はやく soon嫁嫁よめ brideを貰って貰もらって receiveここの家へ帰って来て帰かえって来きて come back (to)、亡くなった父の後後あと afterを相続しろ相続そうぞくしろ succeed; claim one's inheritanceというだけなのです。家は休暇休暇やすみ holiday; vacationになって帰りさえすれば、それでいいものと私は考えていました考かんがえていました thought; figured; reckoned。父の後を相続する、それには嫁が必要必要ひつよう necessary; essentialだから貰う、両方とも理屈理屈りくつ theory; reasonとしては一通り一通ひととおり basic; fundamental聞こえます聞きこえます come across as。ことに田舎の事情事情じじょう circumstancesを知っている私には、よく解ります解わかります could understand。私も絶対に絶対ぜったいに absolutelyそれを嫌ってはいなかった嫌きらってはいなかった was not averse toのでしょう。しかし東京へ修業修業しゅうぎょう studies; learningに出たばかりの私には、それが遠眼鏡遠眼鏡とおめがね telescope; scopeで物物もの thingsを見るように、遥か遥はるか far; distant先先さき (up) aheadの距離距離きょり distanceに望まれる望のぞまれる appear asだけでした。私は叔父の希望希望きぼう hope; wishに承諾承諾しょうだく consent; agreementを与えないで与あたえないで without granting、ついにまた私の家を去りました去さりました left; departed。

六六ろく (part) 6

「私私わたくし I; meは縁談縁談えんだん talk of marriageの事の事こと about ...; concerning ...をそれなり忘れて忘わすれて forget; put out of one's mindしまいました。私の周囲周囲ぐるり surroundingsを取り捲いて取とり捲まいて encompass; encloseいる青年青年せいねん young menの顔顔かお facesを見る見みる observe; look atと、世帯染みた世帯しょたい染じみた settled into family life; domesticated (usually 所帯しょたい染じみた)ものは一人一人ひとり one person; a single personもいません。みんな自由自由じゆう free; at liberty; on one's ownです、そうして悉く悉ことごとく altogether; entirely単独単独たんどく independentらしく思われた思おもわれた seemed to beのです。こういう気楽な気楽きらくな carefree; at ease人人ひと peopleの中中うち middle; midstにも、裏面裏面りめん back side; reverseにはいり込んだらはいり込こんだら get into、あるいは家庭家庭かてい home; familyの事情事情じじょう situation; circumstancesに余儀なくされて余儀よぎなくされて forced to do; have no choice but to do (something)、すでに妻妻つま wifeを迎えて迎むかえて receive; welcomeいたものがあったかも知れませんかも知しれません it may be that ...が、子供子供こども adolescent; juvenile; youthらしい私はそこに気が付きませんでした気きが付つきませんでした failed to notice; did not realize。それからそういう特別の特別とくべつの special; exceptional境遇境遇きょうぐう circumstancesに置かれた置おかれた was placed (in)人の方方ほう alternative (of two choices)でも、四辺四辺あたり all around; vicinity (lit: four sides)に気兼をして気兼きがねをして showing deference (to); out of consideration (for)、なるべくは書生書生しょせい studentsに縁の遠い縁えんの遠とおい having little connection (to)そんな内輪内輪うちわ private matterの話話はなし talk ofはしないように慎んで慎つつしんで be discreet; refrain fromいたのでしょう。後後あと after; laterから考える考かんがえる consider; think aboutと、私自身私わたくし自身じしん I myselfがすでにその組組くみ groupだったのですが、私はそれさえ分らずに分わからずに without understanding; without realizing、ただ子供らしく愉快に愉快ゆかいに happily修学修学しゅうがく learningの道道みち path; wayを歩いて行きました歩あるいて行ゆきました walked; progressed along。

学年学年がくねん academic year; school yearの終り終おわり endに、私はまた行李行李こうり luggage; baggageを絡げて絡からげて tie up; bind up、親親おや parentsの墓墓はか graveのある田舎田舎いなか the country; countrysideへ帰って来ました帰かえって来きました returned; came back (to)。そうして去年去年きょねん the prior yearと同じ同おなじ the sameように、父母父母ちちはは father and motherのいたわが家わが家いえ family homeの中中なか inside; withinで、また叔父夫婦叔父おじ夫婦ふうふ (my) uncle and his wifeとその子供子供こども childrenの変らない変かわらない usual; familiar顔を見ました。私は再び再ふたたび once againそこで故郷故郷ふるさと home town; native placeの匂い匂におい smell; scentを嗅ぎました嗅かぎました breathed in (a smell)。その匂いは私に取って私わたくしに取とって to me依然として依然いぜんとして still; as before; as always懐かしい懐なつかしい dear; cherished; longed-forものでありました。一学年一学年いちがくねん one academic year; one school yearの単調単調たんちょう monotonyを破る破やぶる break; breach変化変化へんか change; variation; diversionとしても有難い有難ありがたい appreciated; welcomeものに違いなかったに違ちがいなかった no doubt ...のです。

しかしこの自分自分じぶん oneselfを育て上げた育そだて上あげた brought up; raisedと同じような匂いの中で、私はまた突然突然とつぜん suddenly; without warning結婚結婚けっこん marriage問題問題もんだい subject; topicを叔父から鼻の先鼻はなの先さき (at) the tip of one's nose; right in front of oneへ突き付けられました突つき付つけられました was met with; was confronted with。叔父のいう所所ところ pointは、去年の勧誘勧誘かんゆう solicitation; persuasionを再び繰り返した繰くり返かえした repeatedのみです。理由理由りゆう reason; rationale; motivationも去年と同じでした。ただこの前前まえ before; earlier勧められた勧すすめられた was recommended; was advised時時とき time; occasionには、何らの何なんらの (no) sort of目的物目的物もくてきぶつ target; object (of one's intention)がなかったのに、今度今度こんど this timeはちゃんと肝心の肝心かんじんの crucial; all-important当人当人とうにん person of interestを捕まえていた捕つらまえていた had in handので、私はなお困らせられた困こまらせられた was placed in a bind; was put in an awkward positionのです。その当人というのは叔父の娘娘むすめ daughterすなわち私の従妹従妹いとこ (female) cousinに当るに当あたる correspond to; be none other than女女おんな woman; young ladyでした。その女を貰って貰もらって receiveくれれば、お互いのためにお互たがいのために mutually; reciprocally便宜便宜べんぎ convenient; advantageousである、父父ちち fatherも存生中存生中ぞんしょうちゅう during one's lifetime; while livingそんな事事こと matter; affairを話していた話はなしていた mentioned; spoke of、と叔父がいうのです。私もそうすれば便宜だとは思いました思おもいました recognized; conceded。父が叔父にそういう風風ふう style; manner (of)な話をしたというのもあり得べきあり得うべき could well be; is not improbable事と考えました考かんがえました thought; considered。しかしそれは私が叔父にいわれて、始めて始はじめて for the first time気が付いたので、いわれない前から、覚っていた覚さとっていた sensed; perceived; was aware of事柄事柄ことがら circumstanceではないのです。 {paragraph continues below}

だから私私わたくし I; meは驚きました驚おどろきました was surprised; was caught off guard。驚いたけれども、叔父叔父おじ uncleの希望希望きぼう desire; wishに無理のない無理むりのない not unreasonableところも、それがためによく解りました解わかりました could understand。私は迂闊迂闊うかつ careless; thoughtlessなのでしょうか。あるいはそうなのかも知れませんかも知しれません it may be that ...が、おそらくその従妹従妹いとこ (female) cousinに無頓着無頓着むとんじゃく indifferent (toward)であったのが、おもな源因源因げんいん cause; reason (usually 原因げんいん)になっているのでしょう。私は小供のうち小供こどものうち younger days; youth; childhood (usually 子供こどものうち)から市市し city; townにいる叔父の家家うち houseへ始終始終しじゅう all along; often遊びに行きました遊あそびに行ゆきました visited; frequented。ただ行くばかりでなく、よくそこに泊りました泊とまりました stayed overnight。そうしてこの従妹とはその時分時分じぶん period (of time)から親しかった親したしかった was close to (in friendship)のです。あなたもご承知でしょうあなたもご承知しょうちでしょう (I'm) sure you're aware too、兄妹兄妹きょうだい brothers and sistersの間の間あいだ between ...に恋恋こい (romantic) loveの成立した成立せいりつした came about; took root例例ためし instance; case; exampleのないのを。私はこの公認された公認こうにんされた widely accepted事実事実じじつ reality; truthを勝手に勝手かってに as one pleases; to fit one's purpose布衍して布衍ふえんして extend; expandいるかも知れないが、始終接触して接触せっしょくして be in contact; interact親しくなり過ぎた親したしくなり過すぎた become too close; form too tight a friendship男女男女なんにょ boys and girlsの間には、恋に必要な必要ひつような necessary刺戟刺戟しげき impetus; provocation; excitementの起る起おこる arise; come about清新な清新せいしんな fresh; new感じ感かんじ feelings; sensationsが失われて失うしなわれて be lost; be missingしまうように考えて考かんがえて consider; think (to be the case)います。香香こう incenseをかぎ得るかぎ得うる can smellのは、香を焚き出した焚たき出だした started burning瞬間瞬間しゅんかん instant; momentに限るに限かぎる is limited to ...ごとく、酒酒さけ sakéを味わう味あじわう taste; savor; relishのは、酒を飲み始めた飲のみ始はじめた started to drink刹那刹那せつな moment; instantにあるごとく、恋の衝動衝動しょうどう impulse; urge; driveにもこういう際どい際きわどい critical一点一点いってん single point; junctureが、時間の上に時間じかんの上うえに in the flow of time存在して存在そんざいして existいるとしか思われないとしか思おもわれない one can only imagine that ...のです。一度一度いちど once; having ...平気で平気へいきで unnoticingly; with indifferenceそこを通り抜けたら通とおり抜ぬけたら pass through、馴れれば馴なれれば grow familiar with; become accustomed to馴れるほど、親しみが増す増ます increaseだけで、恋の神経神経しんけい nerves; sensitivities (toward)はだんだん麻痺して来る麻痺まひして来くる become numb; lose (their) feelingだけです。私はどう考え直して考かんがえ直なおして reconsider; rethink; turn over in one's mindも、この従妹を妻妻つま wifeにする気気き inclinationにはなれませんでした。

叔父はもし私が主張する主張しゅちょうする insistなら、私の卒業卒業そつぎょう graduationまで結婚結婚けっこん marriageを延ばして延のばして put off; postponeもいいといいました。けれども善は急げ善ぜんは急いそげ strike while the iron is hotという諺諺ことわざ saying; adageもあるから、できるなら今のうち今いまのうち soon; without delayに祝言祝言しゅうげん marriage; weddingの盃盃さかずき toast toだけは済ませて済すませて finish; concludeおきたいともいいました。当人当人とうにん person of interestに望み望のぞみ desireのない私にはどっちにしたって同じ事同おなじ事こと the same thingです。私はまた断りました断ことわりました refused; turned down。叔父は厭な厭いやな unpleasant; unhappy; put out顔顔かお face; (facial) expressionをしました。従妹は泣きました泣なきました cried。私に添われない添そわれない not be wed (to)から悲しい悲かなしい sad; sorrowfulのではありません。結婚の申し込み申もうし込こみ bidding; petition; requestを拒絶された拒絶きょぜつされた be refused; be turned downのが、女女おんな woman; young ladyとして辛かった辛つらかった was painful; was hard to takeからです。私が従妹を愛していない愛あいしていない not feel love forごとく、従妹も私を愛していない事は、私によく知れていました知しれていました was known; was clear; was evident。私はまた東京東京とうきょう Tōkyōへ出ました出でました left; departed (for)。

七七しち (part) 7

「私私わたくし I; meが三度目に三度目さんどめに for the third time帰国した帰国きこくした returned homeのは、それからまた一年一年いちねん one year経った経たった passed; elapsed (time)夏夏なつ summerの取付取付とっつき beginning; onsetでした。私はいつでも学年学年がくねん school year; academic year試験試験しけん examsの済む済すむ conclude; be finishedのを待ちかねて待まちかねて wait impatiently for; eagerly await東京東京とうきょう Tōkyōを逃げました逃にげました escaped; fled (from)。私には故郷故郷ふるさと home town; native placeがそれほど懐かしかった懐なつかしかった was dear; was cherished; was longed-forからです。あなたにも覚え覚おぼえ memory; experienceがあるでしょう、生れた所生うまれた所ところ birthplaceは空気空気くうき airの色色いろ color; complexionが違います違ちがいます differs、土地土地とち dirt; soilの匂い匂におい smell; scentも格別格別かくべつ special; exceptionalです、父父ちち fatherや母母はは motherの記憶記憶きおく memories; reminiscencesも濃かに濃こまやかに warmly; deeply; tenderly漂って漂ただよって drift; float; hang in the airいます。一年のうちで、七七しち July (seventh month)、八八はち August (eighth month)の二月二月ふたつき two monthsをその中中なか inside; midstに包まれて包くるまれて be wrapped in、穴穴あな hollow; denに入った入はいった entered (into)蛇蛇へび snakeのように凝として凝じっとして lie stillいるのは、私に取って私わたくしに取とって to me; for me何よりも何なによりも more than anything温かい温あたたかい warm好い好いい pleasant; agreeable心持心持こころもち feeling; sensationだったのです。

単純な単純たんじゅんな simple; naïve私は従妹従妹いとこ (female) cousinとの結婚結婚けっこん marriage問題問題もんだい subject; topicについて、さほど頭を痛める頭あたまを痛いためる be concerned (about); trouble one's mind (with)必要必要ひつよう necessity; needがないと思っていました思おもっていました thought; believed。厭な厭いやな disagreeable; not to one's likingものは断る断ことわる turn down; refuse、断ってさえしまえば後後あと after; laterには何も残らない何なにも残のこらない nothing is left; all is finished、私はこう信じていた信しんじていた believed; was convincedのです。だから叔父叔父おじ uncleの希望通り希望きぼう通どおり as wished; as desiredに意志意志いし will; volitionを曲げなかった曲まげなかった didn't bend; didn't yieldにもかかわらず、私はむしろ平気平気へいき without concernでした。過去過去かこ past; previous一年の間間あいだ interval (of time)いまだかつてそんな事事こと matter; affairに屈托した屈托くったくした felt worry (over); was concerned (about)覚えもなく、相変らずの相変あいかわらずの usual; same-as-always元気元気げんき spirit; vigorで国国くに country; one's native placeへ帰った帰かえった returned (to)のです。

ところが帰って見ると帰かえって見みると on returning ...叔父の態度態度たいど attitude; mannerが違っています。元元もと formerly; beforeのように好い顔をして私を自分の懐に抱こう自分じぶんの懐ふところに抱だこう wrap in one's bosom; embrace; take inとしません。それでも鷹揚に鷹揚おうように generously; magnaminously育った育そだった was brought up; was raised私は、帰って四、五日四し、五日ごにち four or five daysの間は気が付かずに気きが付つかずに without noticingいました。ただ何かの機会機会きかい occurrence; occasionにふと変変へん odd; strange; peculiarに思い出した思おもい出だした began to feel; began to senseのです。すると妙なの妙みょうなの what was odd; what was strangeは、叔父ばかりではないのです。叔母叔母おば auntも妙なのです。従妹も妙なのです。中学校中学校ちゅうがっこう middle schoolを出て出でて graduate (from)、これから東京の高等商業高等こうとう商業しょうぎょう higher vocational school (= 高等こうとう商業しょうぎょう学校がっこう)へはいるつもりだといって、手紙手紙てがみ letterでその様子様子ようす situation; state of affairsを聞き合せたりした聞きき合あわせたりした made inqueries on叔父の男の子男おとこの子こ boy; sonまで妙なのです。

私の性分性分しょうぶん nature; dispositionとして考えずにはいられなくなりました考かんがえずにはいられなくなりました could no longer disregard; could not keep from dwelling on。どうして私の心持がこう変った変かわった changedのだろう。いやどうして向う向むこう the other party; the othersがこう変ったのだろう。私は突然突然とつぜん unexpectedly; all at once死んだ死しんだ passed away; dead and gone父や母が、鈍い鈍にぶい dull; dim私の眼眼め eyesを洗って洗あらって wash; cleanse、急に急きゅうに suddenly世の中世よの中なか society; the worldが判然判然はっきり clearly; distinctly見えるようにしてくれたのではないかと疑いました疑うたがいました suspected。私は父や母がこの世世よ worldにいなくなった後でも、いた時時とき timeと同じ同おなじ the sameように私を愛して愛あいして love; care forくれるものと、どこか心心こころ heart; soulの奥奥おく interior; depthsで信じていたのです。もっともその頃頃ころ timeでも私は決して決けっして by (no) means理に暗い理りに暗くらい lacking in powers of reason質質たち nature; dispositionではありませんでした。しかし先祖先祖せんぞ ancestorsから譲られた譲ゆずられた was handed down; was passed down迷信迷信めいしん superstitions; beliefsの塊り塊かたまり bundle; clumpも、強い強つよい strong; powerful力力ちから force; influenceで私の血血ち bloodの中に潜んで潜ひそんで be concealed; lie dormantいたのです。今今いま now; the presentでも潜んでいるでしょう。

私私わたくし I; meはたった一人一人ひとり alone; by oneself山山やま mountain; hillへ行って行いって go (to)、父母父母ふぼ father and mother; parentsの墓墓はか gravesの前前まえ front ofに跪きました跪ひざまずきました kneeled; kneeled down。半半なかば partly; in partは哀悼哀悼あいとう sorrow; lamentの意味意味いみ meaning、半は感謝感謝かんしゃ thanks; gratitudeの心持心持こころもち feeling; moodで跪いたのです。そうして私の未来未来みらい future; days to comeの幸福幸福こうふく happiness; well-beingが、この冷たい冷つめたい cold石石いし stoneの下下した below; beneathに横たわる横よこたわる lie彼ら彼かれら they; themの手手て handsにまだ握られて握にぎられて be heldでもいるような気分気分きぶん feeling; senseで、私の運命運命うんめい fate; fortuneを守る守まもる protect; watch overべく彼らに祈りました祈いのりました prayed; supplicated; petitioned。あなたは笑う笑わらう laugh (at); ridiculeかもしれない。私も笑われても仕方がない仕方しかたがない doesn't matter; can't be helpedと思います思おもいます think; believe。しかし私はそうした人間人間にんげん person; manだったのです。

私の世界世界せかい worldは掌を翻すように掌たなごころを翻ひるがえすように in an instant (i.e. as easily as turning over one's hand)変りました変かわりました changed。もっともこれは私に取って私わたくしに取とって to me; for me始めて始はじめて the first timeの経験経験けいけん experienceではなかったのです。私が十六、七十六じゅうろく、七しち sixteen or seventeenの時時とき timeでしたろう、始めて世の中世よの中なか the worldに美しい美うつくしい beautiful; lovelyものがあるという事実事実じじつ truth; realityを発見した発見はっけんした discovered時には、一度に一度いちどに at onceはっと驚きました驚おどろきました was surprised; was astonished。何遍も何遍なんべんも how many times自分の自分じぶんの one's own眼眼め eyesを疑って疑うたぐって doubt; distrust、何遍も自分の眼を擦りました擦こすりました rubbed。そうして心の中で心こころの中うちで within one's heart; to oneselfああ美しいと叫びました叫さけびました cried out; exclaimed。十六、七といえば、男男おとこ boy; young manでも女女おんな girl; young ladyでも、俗にいう俗ぞくにいう commonly labeled ...色気色気いろけ interest in the opposite sex; sensualityの付く付つく take root頃頃ころ period (of time)です。色気の付いた私は世の中にある美しいものの代表者代表者だいひょうしゃ representative; embodiment (of)として、始めて女を見る見みる see; view事ができた事ことができた was able to ...のです。今今いま now; the presentまでその存在存在そんざい existence; presenceに少しも少すこしも (not) in the least気の付かなかった気きの付つかなかった took no notice of異性異性いせい the opposite sexに対してに対たいして with respect to; concerning、盲目盲目めくら blindnessの眼が忽ち忽たちまち suddenly; all at once開いた開あいた openedのです。それ以来それ以来いらい since then私の天地天地てんち heaven and earth; realm of existenceは全く全まったく utterly; completely新しい新あたらしい new; freshものとなりました。

私が叔父叔父おじ uncleの態度態度たいど manner; behaviorに心づいた心こころづいた saw clearly; noticedのも、全くこれと同じ同おなじ the sameなんでしょう。俄然として俄然がぜんとして suddenly; all at once心づいたのです。何の何なんの (no) sort of予感予感よかん premonitionも準備準備じゅんび preparationもなく、不意に来た不意ふいに来きた came without warningのです。不意に彼彼かれ he; himと彼の家族家族かぞく familyが、今までとはまるで別物別物べつもの something different; something unfamiliarのように私の眼に映った映うつった were reflected (in)のです。私は驚きました。そうしてこのままにしておいては、自分の行先行先ゆくさき future state; endがどうなるか分らない分わからない don't know; can't tellという気気き feelingになりました。

八八はち (part) 8

「私私わたくし I; meは今今いま now; the presentまで叔父叔父おじ uncle任せ任まかせ leaving to ...; entrusting to ...にしておいた家家いえ house; householdの財産財産ざいさん wealth; assetsについて、詳しい詳くわしい full; accurate; detailed知識知識ちしき knowledgeを得なければ得えなければ not gain; not obtain、死んだ死しんだ deceased; departed父母父母ちちはは father and mother; parentsに対してに対たいして with respect to済まない済すまない be inexcusable; be unpardonableという気気き feelingを起した起おこした evoked; stirred up; kindledのです。叔父は忙しい忙いそがしい busy身体身体からだ person; personageだと自称する自称じしょうする profess oneself to be; represent oneself asごとく、毎晩毎晩まいばん each night; every night同じ同おなじ the same所所ところ place; locationに寝泊り寝泊ねとまり staying; lodging (in)はしていませんでした。二日二日ふつか two days家家うち houseへ帰る帰かえる return (to)と三日三日みっか three daysは市市し city; townの方方ほう alternative (of two choices)で暮らす暮くらす live; spend one's timeといった風風ふう manner; styleに、両方両方りょうほう bothの間の間あいだ between ...を往来して往来ゆききして come and go、その日その日その日ひその日ひ each day; from day to dayを落ち付きのない落おち付つきのない unsettled; agitated; flustered顔顔かお face; (facial) expressionで過ごして過すごして pass (time)いました。そうして忙しいという言葉言葉ことば word; expressionを口癖口癖くちくせ stock phraseのように使いました使つかいました used; applied。何の何なんの (no) sort of疑い疑うたがい doubt; distrustも起らない時時とき time; periodは、私も実際に実際じっさいに actually; in fact忙しいのだろうと思っていた思おもっていた thought; presumedのです。それから、忙しがらなくては当世流当世流とうせいりゅう modern; contemporaryでないのだろうと、皮肉皮肉ひにく cynicism; sarcasmにも解釈して解釈かいしゃくして interpret as; take asいたのです。けれども財産の事事こと matters; affairsについて、時間の掛かる時間じかんの掛かかる time-consuming; lengthy話話はなし discussion; talkをしようという目的目的もくてき aim; objectiveができた眼眼め viewpointで、この忙しがる様子様子ようす situation; state of affairsを見る見みる see; viewと、それが単に単たんに simply私を避ける避さける avoid; evade口実口実こうじつ excuse; pretextとしか受け取れなくなって来たとしか受うけ取とれなくなって来きた could no longer be perceived as anything other than ...のです。私は容易に容易よういに easily叔父を捕まえる捕つらまえる grasp; seize; corner機会機会きかい chance; opportunityを得ませんでした。

私は叔父が市の方に妾妾めかけ mistressをもっているという噂噂うわさ rumor; reportを聞きました聞ききました heard。私はその噂を昔昔むかし former days中学中学ちゅうがく middle schoolの同級生同級生どうきゅうせい classmateであったある友達友達ともだち friendから聞いたのです。妾を置く置おく establish; maintainぐらいの事は、この叔父として少しも少すこしも (not) in the least怪しむに足らない怪あやしむに足たらない no grounds for doubtingのですが、父父ちち fatherの生きている生いきている be living; be aliveうちに、そんな評判評判ひょうばん rumor; talkを耳に入れた耳みみに入いれた caught wind of; heard覚え覚おぼえ memory; experienceのない私は驚きました驚おどろきました was taken aback。友達はその外外ほか apart from; beyondにも色々色々いろいろ various叔父についての噂を語って聞かせました語かたって聞きかせました told; conveyed; related。一時一時いちじ once; at one time事業事業じぎょう business; enterpriseで失敗しかかっていた失敗しっぱいしかかっていた was on the brink of failureように他他ひと (other) peopleから思われていたのに、この二、三年来二に、三さん年来ねんらい past two or three years; past several yearsまた急に急きゅうに all of a sudden; in short order盛り返して来た盛もり返かえして来きた recovered; made a comebackというのも、その一つ一ひとつ one (of those)でした。しかも私の疑惑疑惑ぎわく distrust; misgivingsを強く染めつけた強つよく染そめつけた strongly corroborated (lit: dyed in vivid color)ものの一つでした。

私私わたくし I; meはとうとう叔父叔父おじ uncleと談判談判だんぱん negotiation; bargainingを開きました開ひらきました opened; initiated; held。談判というのは少し少すこし a little; a bit不穏当不穏当ふおんとう inappropriate; off-baseかも知れませんかも知しれません it may be thatが、話話はなし talk; discussionの成行き成行なりゆき course of events; outcomeからいうと、そんな言葉言葉ことば word; expressionで形容する形容けいようする describeより外に外ほかに other than; apart from途途みち way; meansのないところへ、自然の自然しぜんの natural調子調子ちょうし vein; tone; moodが落ちて来た落おちて来きた settled over; descended onのです。叔父はどこまでも私を子供扱い子供こども扱あつかい treating as a childにしようとします。私はまた始め始はじめ the startから猜疑猜疑さいぎ suspicionの眼眼め eyesで叔父に対して対たいして face; confrontいます。穏やかに穏おだやかに gently; quietly解決解決かいけつ settlement; resolutionのつくはずはなかったのです。

遺憾ながら遺憾いかんながら regrettably私は今今いま now; at presentその談判の顛末顛末てんまつ particularsを詳しく詳くわしく in detailここに書く書かく write事のできない事ことのできない cannot ...; am unable to ...ほど先先さき forward; aheadを急いで急いそいで hurry; hastenいます。実実じつ truthをいうと、私はこれより以上に以上いじょうに more than ...、もっと大事な大事だいじな important; crucial; pivotalものを控えて控ひかえて have before one; have at handいるのです。私のペンは早くから早はやくから sooner; without delayそこへ辿りつきたがって辿たどりつきたがって wants to arrive at; wants to reachいるのを、漸との事で漸やっとの事ことで just managing; with difficulty抑えつけて抑おさえつけて suppress; hold backいるくらいです。あなたに会って会あって see; meet静かに静しずかに quietly; calmly話す話はなす tell; relate機会機会きかい opportunity; chanceを永久に永久えいきゅうに forever; for all time失った失うしなった lost私は、筆筆ふで (writing) brush; penを執る執とる take up術術すべ means; methodに慣れない慣なれない am unaccustomed (to)ばかりでなく、貴い貴たっとい valuable; precious時間時間じかん timeを惜む惜おしむ value; hold dear (hate to lose)という意味意味いみ meaning; senseからして、書きたい事も省かなければなりません省はぶかなければなりません have to leave out; am forced to omit。

あなたはまだ覚えている覚おぼえている rememberでしょう、私がいつかあなたに、造り付けの造つくり付つけの natural-born; archetypal悪人悪人あくにん villain; scoundrelが世の中世よの中なか society; the worldにいるものではないといった事を。多くの多おおくの many; numerous善人善人ぜんにん good people; virtuous peopleがいざという場合場合ばあい situation; circumstanceに突然突然とつぜん suddenly; unexpectedly悪人になるのだから油断してはいけない油断ゆだんしてはいけない one can't be too cautiousといった事を。あの時時とき time; occasionあなたは私に昂奮している昂奮こうふんしている be worked up; be agitatedと注意して注意ちゅういして point out; call attention toくれました。そうしてどんな場合に、善人が悪人に変化する変化へんかする change; transform (into)のかと尋ねました尋たずねました asked; inquired。私がただ一口一口ひとくち in a word金金かね moneyと答えた答こたえた answered; responded時、あなたは不満な不満ふまんな dissatisfied顔顔かお face; (facial) expressionをしました。私はあなたの不満な顔をよく記憶しています記憶きおくしています remember。私は今あなたの前前まえ front of; beforeに打ち明ける打うち明あける speak openly; disclose; revealが、私はあの時この叔父の事を考えていた考かんがえていた was thinking of; had in mindのです。普通の普通ふつうの ordinaryものが金を見て見みて see; eye急に急きゅうに suddenly; abruptly悪人になる例例れい instance; exampleとして、世の中に信用する信用しんようする trust; have faithに足る足たる be worthy (of)ものが存在し得ない存在そんざいし得えない likely doesn't exist例として、憎悪憎悪ぞうお hatred; contemptと共にと共ともに together with私はこの叔父を考えていたのです。私の答えは、思想界思想界しそうかい realm of ideas; conceptual worldの奥奥おく interior; depthsへ突き進んで行こう突つき進すすんで行ゆこう go plunging intoとするあなたに取ってに取とって to; for (you)物足りなかった物足ものたりなかった was insufficient; was inadequateかも知れません、陳腐陳腐ちんぷ hackneyed; triteだったかも知れません。けれども私にはあれが生きた生いきた animated; heated答えでした。現に現げんに actually; in fact私は昂奮していたではありませんか。私は冷やかな冷ひややかな cool; composed頭頭あたま head; mindで新しい新あたらしい new; novel; original事を口にする口くちにする speak ofよりも、熱した熱ねっした passionate舌舌した tongueで平凡な平凡へいぼんな common; ordinary説説せつ opinion; viewを述べる述のべる state; express方方ほう alternative (of two choices)が生きていると信じて信しんじて think; believeいます。血血ち bloodの力力ちから vigor; forceで体体たい bodyが動く動うごく moveからです。言葉が空気空気くうき air; atmosphereに波動波動はどう wavesを伝える伝つたえる transmit; propagateばかりでなく、もっと強い強つよい mighty; powerful物物もの things; objects; bodiesにもっと強く働き掛ける働はたらき掛かける act upon事ができるからです。

九九きゅう (part) 9

「一口一口ひとくち in a wordでいうと、叔父叔父おじ uncleは私私わたくし I; meの財産財産ざいさん wealth; assetsを胡魔化した胡魔化ごまかした swindled; cheated (someone) out ofのです。事事こと matter; affair; happeningは私が東京東京とうきょう Tōkyōへ出ている出でている be away (at)三年三年さんねん three yearsの間間あいだ interval (of time)に容易く容易たやすく with ease行われた行おこなわれた was conducted; was carried outのです。すべてを叔父任せ任まかせ leaving to ...; entrusting to ...にして平気平気へいき without concernでいた私は、世間的にいえば世間的せけんてきにいえば from a worldly perspective本当の本当ほんとうの true; bona fide馬鹿馬鹿ばか fool; idiot; suckerでした。世間的以上以上いじょう above; beyondの見地見地けんち point of viewから評すれば評ひょうすれば evaluate; assess、あるいは純なる純じゅんなる innocent; pure尊い尊たっとい noble; exalted男男おとこ boy; young manとでもいえましょうか。私はその時時とき time; periodの己れ己おのれ self; oneselfを顧みて顧かえりみて look back on、なぜもっと人人ひと a personが悪く悪わるく corrupt; nefarious; sinful生れて来なかった生うまれて来こなかった wasn't born (to be)かと思う思おもう question; wonderと、正直過ぎた正直しょうじき過すぎた was too honest; was too upright自分自分じぶん oneselfが口惜しくって口惜くやしくって regrettable; lamentable堪りません堪たまりません is unbearable。しかしまたどうかして、もう一度もう一度いちど one more time; once againああいう生れたままの姿姿すがた condition; stateに立ち帰って立たち帰かえって come back to; return to生きて見たい生いきて見みたい would like to live; would like to experience lifeという心持心持こころもち feelingも起る起おこる occurs; comes aboutのです。記憶して記憶きおくして remember; take note of下さい下ください please ...、あなたの知っている知しっている know; be familiar with私は塵塵ちり dust; dirtに汚れた汚よごれた dirtied; sullied (by)後後あと afterの私です。きたなくなった年数年数ねんすう number of yearsの多い多おおい numerous; manyものを先輩先輩せんぱい superior; elderと呼ぶ呼よぶ refer to (as)ならば、私はたしかにあなたより先輩でしょう。

もし私が叔父の希望通り希望きぼう通どおり as wished; as desired叔父の娘娘むすめ daughterと結婚した結婚けっこんした married; wedならば、その結果結果けっか result; outcomeは物質的に物質的ぶっしつてきに in material terms私に取って私わたくしに取とって to me; for me有利な有利ゆうりな advantageousものでしたろうか。これは考える考かんがえる consider; think ofまでもない事と思います。叔父は策略で策略さくりゃくで schemingly娘を私に押し付けよう押おし付つけよう push onto; force uponとしたのです。好意的に好意的こういてきに in good faith両家両家りょうけ both familiesの便宜便宜べんぎ convenience; advantageを計る計はかる plan; arrange (for)というよりも、ずっと下卑た下卑げびた vulgar; coarse利害心利害心りがいしん self interestに駆られて駆かられて driven; spurred (by)、結婚問題問題もんだい subject; topicを私に向けた向むけた directed towardのです。私は従妹従妹いとこ (female) cousinを愛して愛あいして loveいないだけで、嫌ってはいなかった嫌きらってはいなかった did not necessarily dislikeのですが、後から考えてみると、それを断った断ことわった turned down; refusedのが私には多少の多少たしょうの some degree of愉快愉快ゆかい comfort; satisfactionになると思います。胡魔化されるのはどっちにしても同じ同おなじ the sameでしょうけれども、載せられ方載のせられ方かた manner of being deceived; manner of being usedからいえば、従妹を貰わない貰もらわない not accept; not receive方方ほう alternative (of two choices)が、向う向むこう the other partyの思い通り思おもい通どおり as one thinks; as one fanciesにならないという点点てん pointから見て、少し少すこし a little; a bitは私の我が通った我がが通とおった had one's way事になるのですから。しかしそれはほとんど問題とするに足りないに足たりない not worth ...些細な些細ささいな trivial; unimportant事柄事柄ことがら matter; affairです。ことに関係関係かんけい connection; concernのないあなたにいわせたら、さぞ馬鹿気た馬鹿気ばかげた absurd; foolish意地意地いじ obstinacy; fixationに見えるでしょう。

私と叔父の間に他の他たの other親戚のもの親戚しんせきのもの relatives; relationsがはいりました。その親戚のものも私はまるで信用して信用しんようして trust; have faith inいませんでした。信用しないばかりでなく、むしろ敵視して敵視てきしして view as hostile; see as adversariesいました。私は叔父が私を欺いた欺あざむいた deceived; cheatedと覚る覚さとる realize; become aware ofと共にと共ともに along with; together with、他のもの他ほかのもの other people; othersも必ず必かならず invariably; without fail自分を欺くに違いないに違ちがいない no doubt ...と思い詰めました思おもい詰つめました thought hard on; took to heart。父父ちち fatherがあれだけ賞め抜いていた賞ほめ抜ぬいていた admired so叔父ですらこうだから、他のものはというのが私の論理論理ロジック logicでした。

それでも彼ら彼かれら they; themは私私わたくし I; meのために、私の所有所有しょゆう possession; ownershipにかかる一切一切いっさい all; everythingのものを纏めて纏まとめて consolidate; aggregateくれました。それは金額金額きんがく monetary sumに見積る見積みつもる estimate; assessと、私の予期予期よき expectationより遥かに遥はるかに by far少ない少すくない small (in quantity)ものでした。私としては黙って黙だまって quietly; without objectionそれを受け取る受うけ取とる receiveか、でなければ叔父叔父おじ uncleを相手取って相手あいて取どって challenge (in a lawsuit)公沙汰公おおやけ沙汰ざた public affairにするか、二つ二ふたつ two (things)の方法方法ほうほう process; methodしかなかったのです。私は憤りました憤いきどおりました grew angry; became indignant。また迷いました迷まよいました was lost (as to what to do)。訴訟訴訟そしょう lawsuit; litigationにすると落着落着らくちゃく settlement; conclusionまでに長い長ながい long時間時間じかん timeのかかる事事こと situation; circumstancesも恐れました恐おそれました feared; was afraid of。私は修業中修業中しゅうぎょうちゅう in the middle of one's studiesのからだですから、学生学生がくせい studentとして大切な大切たいせつな valuable時間を奪われる奪うばわれる have stolen away; lose (to)のは非常の非常ひじょうの excessive; extreme苦痛苦痛くつう bother; disruptionだとも考えました考かんがえました thought; considered。私は思案思案しあん reflection; considerationの結果結果けっか result (of)、市市し city; townにおる中学中学ちゅうがく middle schoolの旧友旧友きゅうゆう old friendに頼んで頼たのんで rely on、私の受け取ったものを、すべて金金かね money; cashの形形かたち form; mediumに変えよう変かえよう change; convert (to)としました。旧友は止した止よした cease; desist方方ほう alternative (of two choices)が得得とく advantageousだといって忠告して忠告ちゅうこくして advise; cautionくれましたが、私は聞きませんでした聞ききませんでした didn't listen。私は永く永ながく for a long time故郷故郷ふるさと home town; native placeを離れる離はなれる distance oneself from決心決心けっしん resolution; firm intentをその時時とき time; occasionに起した起おこした brought about; gave rise toのです。叔父の顔顔かお faceを見まい見みまい not see; see no moreと心のうちで心こころのうちで inwardly; to oneself誓った誓ちかった swore; vowedのです。

私は国国くに country; one's native placeを立つ立たつ depart (from)前前まえ beforeに、また父父ちち fatherと母母はは motherの墓墓はか gravesへ参りました参まいりました went (to)。私はそれぎりその墓を見た事がありません。もう永久に永久えいきゅうに forever; for all time見る機会機会きかい opportunity; chanceも来ない来こない not come; not occurでしょう。

私の旧友は私の言葉通りに言葉ことば通どおりに as instructed取り計らって取とり計はからって manage; deal withくれました。もっともそれは私が東京東京とうきょう Tōkyōへ着いて着ついて arriveからよほど経った経たった passed; elapsed (time)後後のち afterの事です。田舎田舎いなか countryside; the countryで畠地畠地はたち farmlandなどを売ろう売うろう sellとしたって容易に容易よういに easilyは売れませんし、いざとなると足元を見て足元あしもとを見みて to size up a situation (from palanquin bearers gauging a traveler's feet and raising their price accordingly)踏み倒される踏ふみ倒たおされる be shorted in a transaction恐れがあるので、私の受け取った金額は、時価時価じか market priceに比べる比くらべる compareとよほど少ないものでした。自白すると自白じはくすると to tell the truth; in all honesty、私の財産財産ざいさん wealth; assetsは自分自分じぶん oneselfが懐にして懐ふところにして have in one's pockets家家いえ houseを出た出でた left; departed from若干の若干じゃっかんの few; modest amount of公債公債こうさい public bondsと、後から後あとから later; afterwardこの友人友人ゆうじん friendに送って送おくって send; remitもらった金だけなのです。親親おや parentsの遺産遺産いさん bequest; legacyとしては固より固もとより from the start; all along非常に減っていた減へっていた was reduced; was diminishedに相違ありませんに相違そういありません no doubt ...。しかも私が積極的に積極的せっきょくてきに of one's own initiative減らしたのでないから、なお心持心持こころもち feeling; moodが悪かった悪わるかった off-putting; unsavoryのです。けれども学生として生活する生活せいかつする live; get byにはそれで充分以上充分じゅうぶん以上いじょう more than enough; more than adequateでした。実実じつ truthをいうと私はそれから出る利子利子りし interestの半分半分はんぶん halfも使えませんでした使つかえませんでした couldn't use; couldn't spend。この余裕余裕よゆう margin; leewayある私の学生生活が私を思いも寄らない思おもいも寄よらない unexpected; unforeseen境遇境遇きょうぐう circumstancesに陥し入れた陥おとし入いれた landed one inのです。