ちゅう middle (second part of a story) 両親両親りょうしん parentsわたくし I; me

いち (part) 1

うち home帰ってかえって return (home)案外案外あんがい contrary to expectation思ったおもった thought; found (to be)のは、ちち father元気元気げんき health; vigorがこのまえ previous; prior (time)見たた saw; metとき time; occasion大してたいして (not so) much変ってかわって changeいないこと state of affairsであった。

「ああ帰ったかい。そうか、それでも卒業卒業そつぎょう graduationができてまあ結構結構けっこう fine; splendidだった。ちょっとお待ちち waitいま now; soonかお face洗って来るあらってる go and washから」

父はにわ garden; yard出てて go out to何かなにか somethingしていたところであった。古いふるい old麦藁帽麦藁帽むぎわらぼう straw hat後ろうしろ back of; behindへ、日除日除ひよけ sunshadeのために括り付けたくくけた tied; fastened薄汚ない薄汚うすぎたない filthy; soiledハンケチハンケチ handkerchiefをひらひらさせながら、井戸井戸いど (water) wellのある裏手裏手うらて back side (of the house)ほう direction廻って行ったまわってった went round to

学校学校がっこう school (university)を卒業するのを普通普通ふつう usual; ordinary人間人間にんげん personとして当然当然とうぜん natural; matter of courseのように考えてかんがえて consider; think of asいた私は、それを予期以上予期よき以上いじょう more than anticipated喜んでよろこんで be pleased; be delightedくれる父の前に恐縮した恐縮きょうしゅくした was caught off guard; was not sure how to react

「卒業ができてまあ結構だ」

父はこの言葉言葉ことば words何遍も何遍なんべんも any number of times繰り返したかえした repeated。私は心のうちでこころのうちで inwardly; to oneselfこの父の喜びと、卒業式卒業式そつぎょうしき graduation ceremonyのあったばん evening先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)うち house; home食卓食卓しょくたく dinner tableで、「お目出とう目出めでとう congratulations」といわれた時の先生の顔付顔付かおつき look; expressionとを比較した比較ひかくした compared。私にはくち mouth祝っていわって congratulateくれながら、腹の底ではらそこで deep down; insideけなしてけなして slight; dispraiseいる先生の方が、それほどにもないものを珍しそうにめずらしそうに as though unusual; as though novel嬉しがるうれしがる look happy; seem glad父よりも、かえって高尚高尚こうしょう noble; refinedに見えた。私はしまいに父の無知無知むち ignorance; unworldlinessから出るる originate; emanate (from)田舎臭い田舎臭いなかくさい unsophisticated; provincial (lit: reeking of the country)ところに不快不快ふかい discontent; displeasure感じ出したかんした began to feel

大学大学だいがく universityぐらい卒業したって、それほど結構でもありません。卒業するものは毎年毎年まいとし each year何百人何百人なんびゃくにん hundreds of peopleだってあります」

私はついにこんな口の利きようくちきよう manner of speaking; manner of expressionをした。すると父が変なへんな odd; strange顔をした。

何もなにも (no)thing卒業したから結構とばかりいうんじゃない。そりゃ卒業は結構に違いないちがいない no doubt ...が、おれのいうのはもう少しすこし a little; a bit意味意味いみ meaning; significanceがあるんだ。それがお前まえ you解ってわかって understand; comprehendいてくれさえすれば、……」

私は父からそのあと continuation; remainder聞こうとしたこうとした tried to find out; asked (someone) to explain。父は話したくなさそうであったはなしたくなさそうであった seemed reluctant to talkが、とうとうこういった。

「つまり、おれが結構結構けっこう fine; splendidということ act; matterになるのさ。おれはお前まえ you知ってるってる know; be aware of通りとおり as ...病気病気びょうき illness; maladyだろう。去年去年きょねん last yearふゆ winterお前に会ったった saw; was together withとき time; occasion、ことによるともう三月三月みつき three months四月四月よつき four monthsぐらいなものだろうと思っていたおもっていた thought; believedのさ。それがどういう仕合せ仕合しあわせ good fortune; blessingか、今日今日きょう this day; todayまでこうしている。起居起居たちい movement; mobility不自由不自由ふじゆう disability; impairmentなくこうしている。そこへお前が卒業して卒業そつぎょうして graduateくれた。だから嬉しいうれしい happy; pleasedのさ。せっかく丹精した丹精たんせいした exerted oneself; applied oneself息子息子むすこ sonが、自分自分じぶん oneselfのいなくなったあと afterで卒業してくれるよりも、丈夫な丈夫じょうぶな healthy; fit; robustうちに学校を出て学校がっこうて finish school; graduateくれるほう alternative (of two choices)おや parent place; positionになれば嬉しいだろうじゃないか。大きなおおきな great; grand考えかんがえ ideas; thoughtsをもっているお前から見たらたら see; view高がたかが only ...; merely ...大学大学だいがく universityを卒業したぐらいで、結構だ結構だといわれるのは余りあまり a good deal面白くもない面白おもしろくもない unpleasant; disagreeableだろう。しかしおれの方から見てご覧てごらん try looking at立場立場たちば standpoint; viewpoint少しすこし a little; a bit違ってちがって be differentいるよ。つまり卒業はお前に取ってって to ...; for ...より、このおれに取って結構なんだ。解ったかいわかったかい can (you) understand

わたくし I; me一言一言いちごん a single wordもなかった。詫まるあやまる apologize以上以上いじょう more than; beyond恐縮して恐縮きょうしゅくして feel sorry; feel ashamed俯向いていた俯向うつむいていた looked down; hung one's headちち Father平気なうちに平気へいきなうちに calmly; with composure自分の death覚悟して覚悟かくごして be resigned to; be resolved toいたものとみえる。しかも私の卒業する前に死ぬだろうと思い定めておもさだめて decide in one's mind that ...いたとみえる。その卒業が父のこころ heart; mindにどのくらい響くひびく resonate; be impactfulかも考えずにいた私は全くまったく completely; utterly愚かものおろかもの foolであった。私はかばん bagなか insideから卒業証書卒業そつぎょう証書しょうしょ diploma取り出してして take out、それを大事そうに大事だいじそうに with an air of import; ceremoniously父とはは motherに見せた。証書は何かなにか something圧し潰されてつぶされて was crushed; was flattened元のもとの original; formerかたち shape失っていたうしなっていた lost。父はそれを鄭寧に鄭寧ていねいに carefully伸したした extended; straightened

「こんなものは巻いたいた rolledなりなり shape; form; state手に持って来るってる hand carryものだ」

「中にしん center; coreでも入れるれる insert; put intoと好かったかった should have ...のに」と母もかたわら (one's) side; nearbyから注意した注意ちゅういした advised

父はしばらくそれを眺めたながめた looked on; gazed at後、起ってって stand up床の間とこ alcoveところ place行ってって go (to)だれ anyone eyes; line of sightにもすぐはいるような正面正面しょうめん frontへ証書を置いたいた set; placed。いつもの私ならすぐ何とかなんとか somethingいうはずであったが、その時の私はまるで平生平生へいぜい usual; ordinaryと違っていた。父や母に対してたいして with respect to少しも逆らうさからう oppose; defy inclination起らなかったおこらなかった did not arise; did not occur。私はだまって父の為すがままにすがままに as is wont to do任せておいたまかせておいた entrusted to; left to一旦一旦いったん onceくせ crease; wrinkle; curlのついた鳥の子紙とり子紙こがみ fibrous Japanese paperの証書は、なかなか父の自由自由じゆう as one desiresにならなかった。適当な適当てきとうな appropriate位置位置いち place; positionに置かれるや否やいなや as soon as、すぐ己れにおのれに of its own; on its own自然な自然しぜんな natural; inherent勢いいきおい impetus得てて take on; get; gain倒れようとしたたおれようとした wanted to topple over

 (part) two

わたくし I; meはは motherかげ aside; off to the side呼んでんで called; beckonedちち father病状病状びょうじょう condition (of one's health)尋ねたたずねた asked; inquired (about)

お父さんとうさん fatherはあんなに元気そうに元気げんきそうに energetically; vigorouslyにわ garden; yard出たりたり go out (to)何かなにか somethingしているが、あれでいいんですか」

「もう何ともないなんともない is nothing; is no problemようだよ。大方大方おおかた probably; most likely好くおなりくおなり get better; improve; recoverなんだろう」

母は案外案外あんがい more than expected平気平気へいき calm; composed; unconcernedであった。都会都会とかい cityから懸け隔たったへだたった far away; remote (from)もり woods (farm) fieldsなか middle; midst住んでんで liveいるおんな womanつね usual stateとして、母はこういうこと matters; affairsに掛けてけて concerning; with regard toはまるで無知識無知識むちしき uninformed; ignorantであった。それにしてもこのまえ before; prior父が卒倒した卒倒そっとうした fainted; swoonedとき time; occasionには、あれほど驚いておどろいて be unnerved; be upset、あんなに心配した心配しんぱいした worried; frettedものを、と私は心のうちでこころのうちで inside; to oneself独りひとり alone異なな odd; strange感じかんじ feeling; impression抱いたいだいた held; harbored

「でも医者医者いしゃ doctorはあの時到底到底とても very much; quiteむずかしいって宣告した宣告せんこくした pronouncedじゃありませんか」

「だから人間人間にんげん human身体身体からだ bodyほど不思議な不思議ふしぎな mysterious; wondrousものはないと思うおもう think; believe; feelんだよ。あれほどお医者が手重く手重ておもく solemnly; gravelyいったものが、いま now; the presentまでしゃんしゃんしているしゃんしゃんしている be healthy and activeんだからね。お母さんかあさん mother始めのうちはじめのうち at first; initiallyは心配して、なるべく動かさないうごかさない restrain; keep stillようにと思ってたんだがね。それ、あの気性気性きしょう disposition; temperamentだろう。養生養生ようじょう taking care of oneself; recuperationはしなさるけれども、強情強情ごうじょう obstinacy; stubbornnessでねえ。自分自分じぶん oneself好いい okay; all right; fine思い込んだらおもんだら convince oneself; get the notion、なかなかわたし I; meのいう事なんか、聞きそうにもなさらないきそうにもなさらない is not about to listen toんだからね」

私はこの前帰ったかえった returned home時、無理に無理むりに with effort床を上げさしてとこげさして get out of bed髭を剃ったひげった shaved父の様子様子ようす situation; circumstance態度態度たいど behavior; mannerとを思い出したおもした remembered; recalled。「もう大丈夫大丈夫だいじょうぶ all right; okay、お母さんがあんまり仰山過ぎる仰山ぎょうさんぎる overblown; making too much ofからいけないんだ」といったその時の言葉言葉ことば words考えてかんがえて think about; considerみると、満更満更まんざら (not) altogether; (not) entirely母ばかり責めるめる blame; reproach inclinationにもなれなかった。「しかしはた (from) close byでも少しすこし a little; a bit注意しなくっちゃ注意ちゅういしなくっちゃ need to caution; need to advise」といおうとした私は、とうとう遠慮して遠慮えんりょして hold back; refrain何にも口へ出さなかったなんにもくちさなかった said nothing; kept silent。ただ父のやまい illness; malady性質性質せいしつ nature; characteristicsについて、私の知るる know; be aware of限りかぎり limits of; extent of教えるおしえる inform; shareように話して聞かせたはなしてかせた told; communicated。しかしその大部分大部分だいぶぶん most part; greater part先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)と先生の奥さんおくさん wifeから得たた gained; acquired材料材料ざいりょう materialに過ぎなかったぎなかった was nothing more than ...。母は別にべつに particularly感動した感動かんどうした was moved; was impressed様子も見せなかったせなかった didn't show。ただ「へえ、やっぱり同じおんなじ the same病気病気びょうき sickness; diseaseでね。お気の毒どく unfortunate; a shameだね。いくつでお亡くなりくなり die; pass awayかえ、そのかた personは」などと聞いた。

わたくし I; me仕方がない仕方しかたがない have no other recourseから、はは motherをそのままにしておいて直接直接ちょくせつ directlyちち father向かったかった turned to。父は私の注意注意ちゅうい advice; counselを母よりは真面目に真面目まじめに earnestly; sincerely聞いていて listenくれた。「もっともだ。お前まえ youいう通りいうとおり just as (one) saysだ。けれども、おれ I; me身体身体からだ body必竟必竟ひっきょう after all; at the end of the day己の身体で、その己の身体についての養生法養生法ようじょうほう how to take care ofは、多年多年たねん many years経験経験けいけん experienceじょう building on; based on、己が一番一番いちばん first; foremost能くく properly; well心得て心得こころえて know; understandいるはずだからね」といった。それを聞いた母は苦笑した苦笑くしょうした floated a wry smile。「それご覧なそれごらんな there you have it; see what I mean」といった。

「でも、あれでお父さんとうさん father自分自分じぶん oneselfでちゃんと覚悟覚悟かくご resolution; resolveだけはしているんですよ。今度今度こんど this time私が卒業して卒業そつぎょうして graduate帰ったかえった returned homeのを大変大変たいへん very much; terribly喜んでいるよろこんでいる be pleased; be delightedのも、全くまったく utterly; completelyそのためなんです。生きてるきてる be aliveうちに卒業はできまいと思ったおもった thought; believedのが、達者達者たっしゃ in good healthなうちに免状免状めんじょう diploma持って来たってた brought; brought withから、それが嬉しいうれしい happy; pleasedんだって、お父さんは自分でそういっていましたぜ」

「そりゃ、お前、口でくちで with one's mouth; verbally; in wordsこそそうおいいだけれどもね。お腹のなかではなかのなかでは deep down; insideまだ大丈夫大丈夫だいじょうぶ all right; okayだと思ってお出おもっておいで thinks; believesのだよ」

「そうでしょうか」

「まだまだ十年十年じゅうねん ten years二十年二十年にじゅうねん twenty yearsも生きる intentionでお出のだよ。もっとも時々時々ときどき from time to time; on occasionはわたしにも心細い心細こころぼそい discouraging; dishearteningようなこと thingsをおいいだがね。おれもこの分じゃこのぶんじゃ at this rateもう長いながい long; lengthy事もあるまいよ、おれが死んだらんだら die; pass away、お前はどうする、一人で一人ひとりで by oneself; aloneこのうち houseにいる気かなんて」

私は急にきゅうに suddenly父がいなくなって母一人が取り残されたのこされた be left behindとき timeの、古いふるい old広いひろい large; spacious田舎家田舎家いなかや farm house想像して見た想像そうぞうしてた imagined。このいえ house; homeから父一人を引き去ったった took away; withdrewあと afterは、そのままで立ち行くく keep going; carry onだろうか。あに elder brotherはどうするだろうか。母はなん whatというだろうか。そう考えるかんがえる consider; think about私はまたここのつち earth; land離れてはなれて disengage from; leave東京東京とうきょう Tōkyō気楽に気楽きらくに in comfort暮らして行けるらしてける live one's lifeだろうか。私は母を眼の前まえ before one's eyes置いていて set; place先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)の注意――父の丈夫丈夫じょうぶ healthy; robustでいるうちに、分けて貰うけてもらう have divide; have divvy upものは、分けて貰って置けという注意を、偶然偶然ぐうぜん at this same time思い出したおもした remembered; recalled

「なにね、自分で死ぬ死ぬっていう人に死んだ試しためし precedent; exampleはないんだから安心安心あんしん not to worryだよ。お父さんなんぞも、死ぬ死ぬっていいながら、これからさき ahead; in the futureまだ何年何年なんねん how many years生きなさるか分るまいわかるまい no one knowsよ。それよりか黙ってだまって say nothing; keep quietる丈夫のひと people; personsほう alternative (of two choices)剣呑剣呑けんのん at risk; in dangerさ」

私は理屈理屈りくつ theory; reasonから出たた came fromとも統計統計とうけい statisticsから来たとも知れないれない not known to ...、この陳腐な陳腐ちんぷな stale; hackneyed; clichédような母の言葉言葉ことば words黙然と黙然もくねんと in silence聞いていた。

さん (part) 3

わたくし I; meのために赤いあかい red (congratulatory color)めし (cooked) rice炊いていて cook; prepare客をするきゃくをする have guestsという相談相談そうだん discussionちち fatherはは motherの間あいだ between ...起ったおこった took place; occurred。私は帰ったかえった returned home当日当日とうじつ very day; the day ofから、あるいはあるいは possibly; likelyこんなこと act; matterになるだろうと思っておもって think; expect心のうちでこころのうちで inwardly; to oneself暗にあんに secretly; discreetlyそれを恐れておそれて fearいた。私はすぐ断わったことわった begged off; declined

「あんまり仰山な仰山ぎょうさんな excessive; extreme事は止してして stop; dispense withください」

私は田舎田舎いなか countryside; rural areaの客が嫌いきらい not to one's liking; distastefulだった。飲んだりんだり drink食ったりったり eatするのを、最後の最後さいごの final; definitive目的目的もくてき objective; purposeとしてやって来るやってる come by; arrive彼らかれら they; themは、何かなにか something; anything事があれば好いい fine; nice; sufficientといったふう air; mannerひと peopleばかり揃ってそろって assemble; come togetherいた。私は子供の時子供こどもとき childhoodから彼らのせき seat; place (at the table)侍するする wait upon; tend toのを心苦しく感じて心苦こころぐるしくかんじて regret; feel bad about (a situation)いた。まして自分自分じぶん oneselfのために彼らが来るとなると、私の苦痛苦痛くつう discomfort; aversionはいっそう甚しいはなはだしい terrible; intenseように想像された想像そうぞうされた seemed to be。しかし私は父や母の手前手前てまえ in front (of)、あんな野鄙な野鄙やひな vulgar; crude人を集めてあつめて gather; call together騒ぐさわぐ make a racket; kick up a fussのは止せともいいかねた。それで私はただあまり仰山だからとばかり主張した主張しゅちょうした argued; insisted

「仰山仰山とおいいだが、些ともちっとも (not) in the least仰山じゃないよ。生涯生涯しょうがい one's lifetime二度二度にど twice; two timesとある事じゃないんだからね、お客ぐらいするのは当り前あたまえ natural; reasonableだよ。そう遠慮遠慮えんりょ modesty; restraintお為 do; exercise; practiceでない」

母は私が大学大学だいがく university卒業した卒業そつぎょうした graduated (from)のを、ちょうどよめ wife; brideでも貰ったもらった took; received同じおなじ the same程度程度ていど degree; extentに、重く見ておもて view as important; place importance onいるらしかった。

呼ばなくってばなくって not call; not summonも好いが、呼ばないとまた何とかなんとか something; something or otherいうから」

これは父の言葉言葉ことば words; remarkであった。父は彼らの陰口陰口かげぐち speaking ill of one in the shadows; backbiting気にしてにして worry aboutいた。実際実際じっさい in fact; indeed彼らはこんな場合場合ばあい circumstance; situationに、自分たちの予期通り予期よきどおり as expected; as anticipatedにならないと、すぐ何とかいいたがる人々人々ひとびと people; folkであった。

東京東京とうきょう Tōkyōと違ってちがって unlike ...田舎は蒼蠅い蒼蠅うるさい particular; demandingからね」

父はこうもいった。

お父さんとうさん (your) fatherかお honor; reputationもあるんだから」と母がまた付け加えたくわえた added

私は我を張るる assert one's will訳にも行かなかったわけにもかなかった was not the place to ...。どうでも二人二人ふたり two (people)都合の好い都合つごうい convenient; suiting one's needsようにしたらと思い出したおもした began to think; decided

「つまりわたくし I; meのためなら、止してして stop; dispense with下さいください please ...というだけなんです。かげ shadows; behind one's back何かなにか something; something or otherいわれるのがいや unpleasant; disagreeableだからというご主意主意しゅい idea; meaning; considerationなら、そりゃまたべつ different; another thingです。あなたがたに不利益な不利益ふりえきな disadvantageous; counter to one's interestsこと act; actionを私が強いていて by force; unrelentingly主張した主張しゅちょうした assert oneself; insist onって仕方がありません仕方しかたがありません there's no point in ...

「そう理屈理屈りくつ rationalizationをいわれると困るこまる be troubled (by); be uncomfortable (with)

ちち father苦いにがい bitter; disapprovingかお face; (facial) expressionをした。

「何もお前まえ youのためにするんじゃないとお父さんとうさん fatherがおっしゃるんじゃないけれども、お前だって世間世間せけん the world; societyへの義理義理ぎり sense of duty; social obligationぐらいは知っているっている know of; be aware ofだろう」

はは motherはこうなるとおんな woman; femaleだけにだけに as expected of; as typical ofしどろもどろなしどろもどろな confused; incoherent事をいった。その代りそのかわり at the same time口数口数くちかず number of words; quantity of speechからいうと、父と私を二人寄せて二人ふたりせて two (people) togetherもなかなか敵うかなう match; compare to; rivalどころではなかった。

学問学問がくもん scholarship; learningをさせると人間人間にんげん human beings; peopleがとかく理屈っぽくなっていけない」

父はただこれだけしかいわなかった。しかし私はこの簡単な簡単かんたんな simple; sparse一句一句いっく single remarkのうちに、父が平生平生へいぜい usual; ordinaryから私に対してたいして with respect to; in relation toもっている不平不平ふへい dissatisfaction; discontent; resentment全体全体ぜんたい full measure; entirety見たた saw; perceived。私はそのとき time自分の自分じぶんの one's own言葉使い言葉ことば使づかい manner of speaking; approach角張った角張かどばった stiff; abrasive; offensiveところに気が付かずにかずに unaware of; oblivious to、父の不平のほう alternative (of two things)ばかりを無理無理むり unreasonable; unjustifiedのように思ったおもった thought; regarded; considered

父はその eveningまた気を更えてえて change one's moodきゃく guests呼ぶぶ call; summon; inviteなら何日何日いつ what day; whenにするかと私の都合都合つごう circumstances; preferences聞いたいた asked。都合の好いい favorable悪いわるい unfavorableもなしにただぶらぶら古いふるい old; ancientいえ houseなか inside; within寝起きして寝起ねおきして passing one'd days (lit: sleeping and waking)いる私に、こんな問いい question; inquiry掛けるける ask; pose (a question)のは、父の方が折れて出たれてた took a milder tone; softened one's stanceのと同じおなじ the same; equivalent事であった。私はこの穏やかなおだやかな calm; quiet; subdued父のまえ before; in front of拘泥らない拘泥こだわらない un-opposing; cooperativeあたま head下げたげた lowered。私は父と相談相談そうだん discussion; consultationの上うえ after ...; based on ...招待招待しょうだい invitation; invites日取り日取ひどり set date; appointed day極めためた decided; settled on

その日取りのまだ来ないない not come; not arriveうちに、ある大きなおおきな significant; impactful事が起ったおこった happened; occurred。それは明治天皇明治めいじ天皇てんのう Meiji Emperorご病気病気びょうき sickness; illness報知報知ほうち news; notice; report (of)であった。新聞紙新聞紙しんぶんし newspapersですぐ日本中日本中にほんじゅう throughout Japan知れ渡ったわたった became widely knownこの事件事件じけん happening; situationは、一軒一軒いっけん one; single (house)田舎家田舎家いなかや country houseのうちに多少の多少たしょうの some degree of曲折曲折くっせつ twists and turns; complications経てて through; by way ofようやく纏まろうとしたまとまろうとした worked to settle; managed to arrange私の卒業祝い卒業そつぎょういわい graduation partyを、ちり dust; dirtのごとくに吹き払ったはらった blew asunder; swept away; dispersed

「まあ、ご遠慮申した遠慮えんりょもうした refrain; hold off方がよかろう」

眼鏡眼鏡めがね glasses掛けてけて put on; wear新聞を見ていた父はこういった。父は黙ってだまって in silence自分の病気の事も考えてかんがえて consider; reflect onいるらしかった。私はついこの間このあいだ a while ago卒業式卒業式そつぎょうしき graduation ceremony例年の通り例年れいねんとおり as per (annual) tradition大学大学だいがく university行幸行幸ぎょうこう imperial visitになった陛下陛下へいか His Majesty (the Emperor)憶い出したりしたおもしたりした remembered; thought back to

よん (part) 4

小勢小勢こぜい small force; tight group人数人数にんず number of peopleには広過ぎる広過ひろすぎる too large; oversized古いふるい old; ancientいえ houseがひっそりしているうち middle; midstに、わたくし I; me行李行李こうり luggage; baggage解いていて unfasten; unpack書物書物しょもつ books繙き始めたひもとはじめた began to peruse; began to read。なぜか私は気が落ち付かなかったかなかった could not settle oneself; could not concentrate。あの目眩るしい目眩めまぐるしい overwhelming (the senses); hectic; bewildering東京東京とうきょう Tōkyō下宿下宿げしゅく lodgings; lodging house二階二階にかい second floorで、遠くとおく in the distance走るはしる run; pass電車電車でんしゃ (electric) trainsおと sound耳にしながらみみにしながら catching the sound of; hearingページ pages一枚一枚に一枚いちまい一枚いちまいに one (page) by one (page)まくって行くまくってく turn through; flip throughほう alternative (of two choices)が、気に張りがあってりがあって feel inspired; feel motivated心持よく心持こころもちよく with positive mindset; in good fashion勉強勉強べんきょう studiesができた。

私はややともするとつくえ desk; (reading) tableにもたれて仮寝仮寝うたたね catnap; snoozeをした。時にはときには sometimes; at timesわざわざまくら pillowさえ出してして take out本式に本式ほんしきに for real; in earnest昼寝昼寝ひるね nap; siesta貪ぼるむさぼる indulge inこと casesもあった。眼が覚めるめる open one's eyes; come toと、蝉の声せみこえ the chirping of cicadas聞いたいた heardうつつうつつ reality; the greater worldから続いているつづいている be connected to; be part ofようなその声は、急にきゅうに suddenly八釜しく八釜やかましく noisily; clamorously耳の底みみそこ the depths of one's ears掻き乱したみだした stirred up; disturbed。私は凝とじっと fixedly; intentlyそれを聞きながら、時に悲しいかなしい sad; melancholy思いおもい thoughts; sentiments胸に抱いたむねいだいた held in one's breast; felt keenly

私はふで brush; pen執ってって take up友達友達ともだち friendsのだれかれに短いみじかい short; brief端書端書はがき postcardまたは長いながい long; lengthy手紙手紙てがみ letter書いたいた wrote。その友達のあるものは東京に残ってのこって remainいた。あるものは遠い故郷故郷こきょう home region; native place帰っていたかえっていた had returned to返事返事へんじ reply来るる come; arriveのも、音信音信たより word; tidings届かないとどかない not be delivered; not arriveのもあった。私は固よりもとより of course先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)忘れなかったわすれなかった didn't forget原稿紙原稿紙げんこうし writing paper細字細字さいじ small characters; small print三枚三枚さんまい three pagesばかりくに country; one's native placeへ帰ってから以後以後いご since ...自分自分じぶん oneselfというようなものを題目題目だいもく subject; themeにして書き綴ったつづった wrote out; chronicledのを送るおくる send事にした。私はそれを封じるふうじる seal (in an envelope)時、先生ははたしてまだ東京にいるだろうかと疑ったうたぐった doubted; questioned。先生が奥さんおくさん wifeといっしょにうち house空けるける vacate; leave empty場合場合ばあい situation; caseには、五十恰好五十ごじゅう恰好がっこう looking to be about fifty; fiftyish切下切下きりさげ loose-cut hair (style worn by widows in Meiji period)女の人おんなひと womanがどこからか来てて come; arrive留守番留守番るすばん care-taking; house-sittingをするのがれい usual practice; customary procedureになっていた。私がかつて先生にあの人はなん what; whoですかと尋ねたらたずねたら asked; inquired、先生は何と見えますえます appear; seem; look (to be)かと聞き返したかえした asked in return。私はその人を先生の親類親類しんるい relative; relation; kin思い違えておもちがえて incorrectly assumeいた。先生は「私には親類はありませんよ」と答えたこたえた answered; replied。先生の郷里郷里きょうり native place; home townにいる続きあいつづきあい family relations人々人々ひとびと peopleと、先生は一向一向いっこう (not) in the least音信の取り遣りり exchange (of letters) (= り)をしていなかった。私の疑問にした疑問ぎもんにした asked aboutその留守番の女の人は、先生とはえん affinity; connectionのない奥さんの方の親戚親戚しんせき relative; relation; kinであった。私は先生に郵便郵便ゆうびん mailを出す時、ふとはば width細いほそい thin; slenderおび obi; kimono sash楽にらくに comfortably後ろうしろ behind; in back結んでむすんで tie; fastenいるその人の姿姿すがた form; appearance思い出したおもした remembered; recalled。もし先生夫婦先生せんせい夫婦ふうふ Sensei and his wifeがどこかへ避暑避暑ひしょ summering; escaping the heatにでも行ったった left; departedあとへこの郵便が届いたらとどいたら be delivered、あの切下のお婆さんばあさん older ladyは、それをすぐ転地先転地先てんちさき travel destination送っておくって send; forwardくれるだけの気転気転きてん thought; foresight親切親切しんせつ kindness; considerationがあるだろうかなどと考えたかんがえた considered; wondered。そのくせその手紙のうちにはこれというほどの必要の必要ひつようの necessary; essential事も書いてないのを、私は能くく well; fully承知していた承知しょうちしていた was aware。ただ私は淋しかったさびしかった was lonely。そうして先生から返事の来るのを予期して予期よきして anticipate; expectかかった。しかしその返事はついに来なかったなかった did not come; did not arrive

ちち fatherはこのまえ earlier; beforeふゆ winter帰って来たかえってた came back; returnedとき time; occasionほど将棋将棋しょうぎ shōgi (board game)差したがらなくなったしたがらなくなった was less interested in playing将棋盤将棋盤しょうぎばん shōgi boardはほこりの溜ったたまった collected; gathered; accumulatedまま、床の間とこ alcoveすみ corner片寄せられてあった片寄かたよせられてあった had been pushed aside; had been set aside。ことに陛下陛下へいか His Majesty (the Emperor)ご病気病気びょうき sickness; illness以後以後いご since ...父は凝とじっと fixedly; intently考え込んでかんがんで ponder; broodいるように見えたえた appeared; seemed (to do)毎日毎日まいにち each day; every day新聞新聞しんぶん newspaper来るる come; arriveのを待ち受けてけて wait on; await自分自分じぶん oneself一番一番いちばん first; foremostさき ahead; in advance読んだんだ read。それからその読がらよみがら read-and-done-with (newspaper)をわざわざわたくし I; meのいるところ place持って来てってて carry in; bringくれた。

「おいご覧らん take a look今日今日きょう today天子さま天子てんしさま His Highnessこと matter; affair詳しくくわしく in detail出てて appearいる」

父は陛下のことを、つねに天子さまといっていた。

勿体ない勿体もったいない presumptuous; overreachingはなし talkだが、天子さまのご病気も、お父さんとうさん fatherのとまあ似たた similar; same kind ofものだろうな」

こういう父のかお face; (facial) expressionには深いふかい deep掛念掛念けねん anxiety; concern (usually 懸念けねん)曇りくもり darkness; shadowがかかっていた。こういわれる私のむね breast; bosomにはまた父がいつ斃れるたおれる collapse; fall ill分らないわからない don't know; can't sayという心配心配しんぱい worry; angstがひらめいた。

「しかし大丈夫大丈夫だいじょうぶ all right; okay; fineだろう。おれのような下らないくだらない common; good-for-nothing; trivialものでも、まだこうしていられるくらいだから」

父は自分の達者達者たっしゃ good health; wellness保証保証ほしょう assuranceを自分で与えながらあたえながら bestowing; imparting今にもいまにも at any moment己れおのれ oneself落ちかかって来そうなちかかってそうな seemingly about to befall one危険危険きけん peril; hazard予感して予感よかんして sense; feel comingいるらしかった。

「お父さんは本当に本当ほんとうに truly; in fact病気を怖がってこわがって fear; dreadるんですよ。お母さんかあさん motherのおっしゃるように、十年十年じゅうねん ten years二十年二十年にじゅうねん twenty years生きるきる live intentionじゃなさそうですぜ」

はは motherは私の言葉言葉ことば words聞いていて listen to当惑そうな当惑とうわくそうな at a loss; nonplussed顔をした。

「ちょっとまた将棋でも差すように勧めてご覧なすすめてごらんな try offering; try suggesting

私は床の間から将棋盤を取りおろしてりおろして took out (from)、ほこりを拭いたいた wiped off

 (part) 5

ちち father元気元気げんき health; energy; vigor次第に次第しだいに gradually衰えて行ったおとろえてった weakened; declinedわたくし I; me驚かせたおどろかせた surprised; alarmedハンケチ付きハンケチき with handkerchief attached古いふるい old麦藁帽子麦藁むぎわら帽子ぼうし straw hat自然と自然しぜんと naturally; in due course閑却される閑却かんきゃくされる be retired; be taken out of serviceようになった。私は黒いくろい black煤けたすすけた sooty; stainedたな shelfうえ top of載っているっている be set; be placedその帽子を眺めるながめる look at; look onたびに、父に対してたいして with respect to; regarding気の毒な思いどくおもい thoughts of pity; sympathetic feelingsをした。父が以前以前いぜん before; priorのように、軽々と軽々かるがると lightly; easily動くうごく move; stirあいだ period; interval (of time)は、もう少しもうすこし a little more; a bit more慎んでつつしんで do in moderation; refrain (from overdoing)くれたらと心配した心配しんぱいした worried。父が凝とじっと quietly; without moving坐り込むすわむ remain seated; plant oneself in a seatようになると、やはりもと former; as beforeほう alternative (of two choices)達者達者たっしゃ good; right (in approach)だったのだという feeling起ったおこった arose; occurred。私は父の健康健康けんこう health; physical conditionについてよくはは mother話し合ったはなった talked with; engaged in conversation

「まったく気のせいだよ」と母がいった。母のあたま head; mind陛下陛下へいか His Majesty (the Emperor)やまい illness; maladyと父の病とを結び付けてむすけて tie together; connect; link考えてかんがえて consider; think ofいた。私にはそうばかりとも思えなかった。

「気じゃない。本当に本当ほんとうに truly; in fact身体身体からだ body; physical health悪かないわるかない not bad; okayんでしょうか。どうも気分気分きぶん feeling; moodより健康の方が悪くなって行くなってく progress towardらしい」

私はこういって、心のうちでこころのうちで to oneselfまた遠くからとおくから from afar相当の相当そうとうの worthy; qualified医者医者いしゃ doctorでも呼んでんで call for; summon一つひとつ one time; once見せようせよう show to; have look atかしらと思案した思案しあんした thought about; considered (doing)

今年今年ことし this yearなつ summerお前まえ you詰らなかろうつまらなかろう must be a disappointment。せっかく卒業した卒業そつぎょうした graduatedのに、お祝いいわい celebrationして上げるしてげる do (something) for someone事ができずことができず unable to ...お父さんとうさん fatherの身体もあの通りあのとおり in such a state; as it isだし。それに天子様天子様てんしさま His Highnessご病気病気びょうき sickness; illnessで。――いっその事いっそのこと rather; preferably帰るかえる return homeすぐにお客きゃく guestsでも呼ぶ方が好かったほうかった (we) should have ...んだよ」

私が帰ったのは七月七月しちがつ July五、六日六日ろくにち 5th or 6th (day of the month)で、父や母が私の卒業を祝うために客を呼ぼうといいだしたのは、それから一週間一週間いっしゅうかん one week afterであった。そうしていよいよと極めためた decided; settled on day; dateはそれからまた一週間の more thanさき ahead; in the futureになっていた。時間時間じかん time束縛を許さない束縛そくばくゆるさない not fettered by; not beholden to悠長な悠長ゆうちょうな leisurely; slow; easygoing田舎田舎いなか countryside; rural areaに帰った私は、お蔭でかげで thanks to; owing to好もしくないこのもしくない unwelcome; disagreeable (= このましくない)社交社交しゃこう social interactionじょう pertaining to苦痛苦痛くつう pain; discomfortから救われたすくわれた was saved from; was spared同じおなじ the same; equivalent事であったが、私を理解しない理解りかいしない not understand母は少しもそこに気が付いていないいていない fail to notice; be unawareらしかった。

崩御崩御ほうぎょ death; passing (of an emperor)報知報知ほうち news; notice; report (of)伝えられたつたえられた was communicated; was announcedとき time; occasion、父はその新聞新聞しんぶん newspaper手にしてにして take in hand; pick up、「ああ、ああ」といった。

「ああ、ああ、天子様もとうとうおかくれになるおかくれになる pass away; perishおれ I; meも……」

父はそのあと after; remainderをいわなかった。

わたくし I; me黒いくろい blackうすものうすもの lightweight fabric; thin silk買うう purchase; buyためにまち town出たた went out (to); made an appearance (in)。それで旗竿旗竿はたざお flagpoleたま ball; sphere包んでつつんで wrap; cover、それで旗竿のさき tip; end三寸三寸さんずん 3 sun (about 10 cm; about 3 inches)はば widthのひらひらを付けてけて attachもん gate; gatewayとびら doorよこ side; proximityから斜めななめ at an angle往来往来おうらい road; streetさし出したさしした pointed; positioned (toward)。旗も黒いひらひらも、かぜ wind; breezeのない空気空気くうき airのなかにだらりと下がったがった hung; dangled。私のうち house; home古いふるい old門の屋根屋根やね roofわら straw葺いてあったいてあった had been thatchedあめ rainや風に打たれたりたれたり be struck; be beatenまた吹かれたりかれたり be blown; be buffetedしたその藁のいろ colorはとくに変色して変色へんしょくして become discolored薄くうすく lightly灰色灰色はいいろ ashen color; gray帯びたびた tinged with上にうえに on top of; in addition to所々所々ところどころ here and there; in places凸凹凸凹でこぼこ unevenness; roughnessさえ眼に着いたいた caught one's eye; was noticeable。私はひとり門のそと outside; other sideへ出て、黒いひらひらと、白いしろい whiteめりんすめりんす light woolen fabric fabric; materialと、地のなかに染め出したした dyed赤いあかい red日の丸まる sun circle (of the Japanese flag)の色とを眺めたながめた looked at; surveyed。それが薄汚ない薄汚うすぎたない filthy; dirty (looking)屋根の藁に映るうつる be displayed; be pictured (against)のも眺めた。私はかつて先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)から「あなたの宅の構えかまえ structure; constructionはどんな体裁体裁ていさい form; styleですか。私の郷里郷里こうり birthplace; home townほう alternative (of two choices)とは大分大分だいぶ considerably; a great dealおもむき appearance; aspect違ってちがって differentいますかね」と聞かれたかれた was askedこと case; instance思い出したおもした remembered; recalled。私は自分自分じぶん oneself生れたうまれた be bornこの古いいえ houseを、先生に見せたくもあったせたくもあった wanted to show。また先生に見せるのが恥ずかしくもあったずかしくもあった was also a point of shame

私はまた一人一人ひとり alone; by oneself家のなかへはいった。自分のつくえ desk; study table置いていて set; placeあるところ place; location来てて come (to)新聞新聞しんぶん newspaper読みながらみながら reading遠いとおい far away; distant東京東京とうきょう Tōkyō有様有様ありさま situation; state of affairs想像した想像そうぞうした imagined。私の想像は日本一日本一にほんいち first in Japan; foremost in Japan大きなおおきな large; greatみやこ metropolisが、どんなに暗いくらい dark; somberなかでどんなに動いているうごいている be in motionだろうかの画面画面がめん image; scene集められたあつめられた was focused (on)。私はその黒いなりに動かなければ仕末仕末しまつ management; control (usually 始末しまつ)のつかなくなった都会都会とかい cityの、不安不安ふあん uneasinessざわざわしてざわざわして chattering; rustling; murmuringいるなかに、一点一点いってん one point燈火燈火とうか light; lampのごとくに先生の家を見た。私はそのとき timeこの燈火がおと soundのしないうず eddy; maelstromなか middleに、自然と自然しぜんと naturally; spontaneously捲き込まれてまれて be engulfed; be swallowed (= まれて)いる事に気が付かなかったかなかった was not aware; had no idea。しばらくすれば、その lightもまたふっと消えてえて go out; be extinguishedしまうべき運命運命うんめい fate; destinyを、眼の前まえ before one's eyes; imminent控えてひかえて wait on; have ahead of oneいるのだとは固よりもとより of course気が付かなかった。

私は今度今度こんど this time; the present事件事件じけん affairs; happeningsについて先生に手紙手紙てがみ letter書こうこう writeかと思っておもって thought about; considered (doing)ふで brush; pen執りかけたりかけた took up (and began using)。私はそれを十行十行じゅうぎょう ten linesばかり書いて已めためた stopped; quit。書いた所は寸々に寸々すんずんに to pieces; into shreds引き裂いていて tear up屑籠屑籠くずかご wastebasket投げ込んだんだ threw into; tossed into。(先生に宛てててて addressed (to)そういう事を書いても仕方がない仕方しかたがない is no point inとも思ったし、前例前例ぜんれい precedent; prior experienceに徴してみるちょうしてみる look to for referenceと、とても返事返事へんじ answerをくれそうになかったから)。私は淋しかったさびしかった was lonesome; felt lonely。それで手紙を書くのであった。そうして返事が来ればれば come; arrive好いい nice; fineと思うのであった。

ろく (part) 6

八月八月はちがつ August半ばなかば middle; midpointごろになって、わたくし I; meはある朋友朋友ほうゆう friendから手紙手紙てがみ letter受け取ったった received。そのなか inside; within地方の地方ちほうの regional; local中学中学ちゅうがく middle school教員教員きょういん teaching staff; faculty memberくち opening; positionがあるが行かないかかないか are you interested; how about it書いていて writeあった。この朋友は経済経済けいざい economics; finances必要上必要上ひつようじょう of necessity自分自分じぶん oneselfでそんな位地位地いち place; position探し廻るさがまわる search; seek outおとこ fellowであった。この口も始めはじめ at first; initiallyは自分のところ placeかかって来たかかってた came to; was directed toのだが、もっと好いい good; favorable地方へ相談ができた相談そうだんができた agreement was reached; arrangements were madeので、余ったあまった extra; left over; unneededほう alternative (of two choices)を私に譲るゆずる hand over; convey (to) intentionで、わざわざ知らせて来てらせてて notify; bring wordくれたのであった。私はすぐ返事返事へんじ reply; response出してして put out; send断ったことわった turned down; declined知り合いい acquaintancesの中には、ずいぶん骨を折ってほねって make great efforts; exert oneself、教師のしょく work; employmentありつきたがってありつきたがって be after; be looking to getいるものがあるから、その方へ廻してやったら好かろうかろう would be goodと書いた。

私は返事を出した後であとで afterちち fatherはは motherにそのはなし talk; conversationをした。二人とも二人ふたりとも the two; both (of them)私の断った事に異存異存いぞん objectionはないようであった。

「そんな所へ行かないでもかないでも without going to、まだ好い口があるだろう」

こういってくれるうら back side; behindに、私は二人が私に対してたいして with respect to; regardingもっている過分な過分かぶんな excessive; unjustified希望希望きぼう hopes; aspirations読んだんだ read; perceived迂闊な迂闊うかつな uninformed; naïve; foolish父や母は、不相当な不相当ふそうとうな disproportionate; unrealistic; quixotic地位地位ちい (social) position収入収入しゅうにゅう income; remunerationとを卒業したての卒業そつぎょうしたての newly-graduated私から期待して期待きたいして expect; anticipateいるらしかったのである。

相当の相当そうとうの suitable; befitting口って、近頃近頃ちかごろ recently; of lateじゃそんな旨いうまい advantageous; promising口はなかなかあるものじゃありません。ことに兄さんにいさん elder brother; older brotherと私とは専門専門せんもん area of expertise; specialty違うちがう differentし、時代時代じだい the timesも違うんだから、二人を同じおなじ the sameように考えられちゃかんがえられちゃ be regarded; be viewed少しすこし a bit; somewhat困りますこまります be troubled; be put out

「しかし卒業した以上以上いじょう given that ...は、少なくともすくなくとも at the least独立して独立どくりつして be independent; support oneselfやって行ってやってって go forward; manageくれなくっちゃこっちも困る。ひと peopleからあなたの所のご二男二男じなん second son; younger sonは、大学大学だいがく universityを卒業なすってなに whatしてお出しておいで be doing; be up toですかと聞かれたかれた be askedとき time; occasionに返事ができないようじゃ、おれも肩身が狭い肩身かたみせまい be diminished; feel ashamedから」

父は渋面渋面じゅうめん sour look; sullen faceをつくった。父の考えは、古くふるく from long ago住み慣れたれた be settled; have roots down (in a place)郷里郷里こうり birthplace; home townからそと outsideへ出ること instance; occasion知らなかったらなかった didn't know; hadn't experienced。その郷里の誰彼誰彼だれかれ this or that personから、大学を卒業すればいくらぐらい月給月給げっきゅう (monthly) salary; pay取れるれる take; get; receiveものだろうと聞かれたり、まあ百円百円ひゃくえん 100 yenぐらいなものだろうかといわれたりした父は、こういう人々人々ひとびと peopleに対して、外聞外聞がいぶん repute; respectability悪くないわるくない not be bad; be in good standingように、卒業したての私を片付けたかった片付かたづけたかった wanted to tidy up; wished to bring to closureのである。広いひろい wide; vastみやこ metropolis根拠地根拠地こんきょち base of operationとして考えている私は、父や母から見るる view; regardと、まるであし feet; legsそら sky向けてけて turn toward; point toward歩くあるく walk奇体な奇体きたいな odd; curious人間人間にんげん human being異ならなかったことならなかった was no different from; was not unlike。私の方でも、実際実際じっさい actually; in factそういう人間のような気持気持きもち sense; feeling折々折々おりおり occasionally; sometimes起したおこした experienced。私はあからさまにあからさまに frankly; candidly自分の考えを打ち明けるける speak openly of; divulgeには、あまりに距離距離きょり distance懸隔懸隔けんかく difference; discrepancy甚しいはなはだしい tremendous; extreme父と母のまえ front of黙然として黙然もくねんとして hold one's silenceいた。

お前まえ youのよく先生先生せんせい elder one; teacher先生というかた person; gentlemanにでもお願いしたらねがいしたら request好いい good; fine; advisableじゃないか。こんなとき time; occasionこそ」

はは motherはこうより外にほかに other than; besides先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)解釈する解釈かいしゃくする understand; comprehend事ができなかったことができなかった was unable to ...。その先生はわたくし I; meくに country; one's native place帰ったらかえったら return (to)ちち father生きているきている be living; be aliveうちに早くはやく soon; without delay財産財産ざいさん assets; property分けて貰えけてもらえ have divide; have divvy up勧めるすすめる recommend; adviseひと person; manであった。卒業した卒業そつぎょうした graduatedから、地位地位ちい (social) position周旋周旋しゅうせん mediation; brokeringをしてやろうという人ではなかった。

「その先生はなに whatをしているのかい」とちち father聞いたいた asked

何にもなんにも nothingしていないんです」と私が答えたこたえた answered

私はとくの昔とくのむかし some time ago; a good while agoから先生の何もしていないという事を父にも母にも告げたげた told; informedつもりでいた。そうして父はたしかにそれを記憶して記憶きおくして rememberいるはずであった。

「何もしていないというのは、またどういうわけ situation; circumstancesかね。お前がそれほど尊敬する尊敬そんけいする look up to; admire; respectくらいな人なら何かやっていそうなものだがね」

父はこういって、私を諷したふうした needled; goaded。父の考えかんがえ thought; idea; way of thinkingでは、役に立つやくつ be of use; serve a purposeものは世の中なか society; the world出てて go out (into)みんな相当の相当そうとうの worthy; qualified地位を得てて gain; attain働いてはたらいて apply oneself; workいる。必竟必竟ひっきょう after all; in shortやくざやくざ wastrel; good-for-nothingだから遊んでいるあそんでいる be idle; be at leisureのだと結論して結論けつろんして concludeいるらしかった。

「おれのような人間人間にんげん person; manだって、月給月給げっきゅう (monthly) salary; payこそ貰っちゃいないが、これでも遊んでばかりいるんじゃない」

父はこうもいった。私はそれでもまだ黙ってだまって remain silentいた。

「お前のいうような偉いえらい remarkable; distinguished方なら、きっと何かくち opening; position探してさがして seek out; find下さるくださる do (something) for oneよ。頼んでたのんで ask; requestご覧らん try (doing)なのかい」と母が聞いた。

「いいえ」と私は答えた。

「じゃ仕方がない仕方しかたがない be of no use; come to nothingじゃないか。なぜ頼まないんだい。手紙手紙てがみ letterでも好いからお出しなしな put out; send

「ええ」

私は生返事生返事なまへんじ half-hearted reply; reluctant acquiescenceをして席を立ったせきった rose from one's seat

しち (part) 7

ちち father明らかにあきらかに clearly自分の自分じぶんの one's own病気病気びょうき sickness; illness恐れておそれて fear; be afraid ofいた。しかし医者医者いしゃ doctor来るる come; callたびに蒼蠅い蒼蠅うるさい tiresome; persistent; pointless質問質問しつもん questions掛けてけて pose (questions)相手相手あいて the other party困らすこまらす press (a person); put on the spotたち quality; natureでもなかった。医者のほう side; partでもまた遠慮して遠慮えんりょして hold back; refrain何ともなんとも (no)thingいわなかった。

父は死後死後しご after deathこと matters; affairs考えてかんがえて consider; think aboutいるらしかった。少なくともすくなくとも at the very least自分がいなくなったあと afterわが家わがいえ one's home; one's house想像して見る想像そうぞうしてる imagine; contemplateらしかった。

小供小供こども children学問学問がくもん learning; studiesをさせるのも、好し悪しし good and bad; plusses and minuses; pros and consだね。せっかく修業修業しゅうぎょう pursuit of knowledgeをさせると、その小供は決してけっして by (no) meansうち home帰って来ないかえってない don't return。これじゃ手もなくもなく easily親子親子おやこ parent and child隔離する隔離かくりする separate; pull apartために学問させるようなものだ」

学問をした結果結果けっか result; consequenceあに elder brother; older brotherいま now; the present遠国遠国えんごく distant land; far-off regionにいた。教育教育きょういく education受けたけた received因果因果いんが cause and effect; causal relationshipで、わたくし I; meはまた東京東京とうきょう Tōkyō住むむ live; reside覚悟覚悟かくご resolution; readiness固くしたかたくした firmed; cemented (a decision)。こういう children育てたそだてた brought up; raised父の愚痴愚痴ぐち complaint; grumblingもとよりもとより of course不合理不合理ふごうり unreasonable; irrationalではなかった。永年永年えいねん many years住み古したふるした be long settled (in a place)田舎家田舎家いなかや country houseなか inside; withinに、たった一人一人ひとり alone取り残されそうなのこされそうな about to be left behind母を描き出すえがす picture; imagine父の想像はもとより淋しいさびしい lonely; forlornに違いなかったちがいなかった no doubt ...

わが家は動かすうごかす move; relocate事のできないものと父は信じ切っていたしんっていた believe firmly; be certain of。そのうち inside; withinに住む母もまたいのち life; life forceのあるあいだ span; duration; interval (of time)は、動かす事のできないものと信じていた。自分が死んだんだ died; passed away後、この孤独な孤独こどくな solitary; forsaken母を、たった一人伽藍堂伽藍堂がらんどう monastery hall; spacious structureのわが家に取り残すのもまた甚しいはなはだしい terrible; intense不安不安ふあん uneasiness; insecurityであった。それだのに、東京で好いい good; fine地位地位ちい (social) position求めろもとめろ seek out; go afterといって、私を強いたがるいたがる look to compel (someone to do something)父のあたま head; mindには矛盾矛盾むじゅん contradiction; inconsistencyがあった。私はその矛盾をおかしく思ったおもった thought; consideredと同時に同時どうじに while ...、そのお蔭でかげで owing to; because ofまた東京へ出られるられる can set out (to)のを喜んだよろこんだ was happy; was pleased (about)

私は父や母の手前手前てまえ before; in front of、この地位をできるだけの努力努力どりょく effort; exertionで求めつつあるごとくに装おわなくてはならなかったよそおわなくてはならなかった had to feign; had to go through the motions。私は先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)手紙手紙てがみ letter書いていて writeいえ house; home事情事情じじょう situation; circumstances精しくくわしく in detail述べたべた mentioned; noted。もし自分のちから good offices; influenceでできる事があったら何でもするから周旋周旋しゅうせん brokering; mediationしてくれと頼んだたのんだ asked; requested。私は先生が私の依頼依頼いらい request; ask取り合うう respond to; take action onまいと思いながらこの手紙を書いた。また取り合うつもりでも、世間の狭い世間せけんせまい limited in social connections先生としてはどうする事もできまいと思いながらこの手紙を書いた。しかし私は先生からこの手紙に対するたいする with respect to; regarding返事返事へんじ reply; responseがきっと来るだろうと思って書いた。

わたくし I; meはそれを封じてふうじて seal (a letter)出すす put out; sendまえ before; prior toはは mother向かってかって turn towardいった。

先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)手紙手紙てがみ letter書きましたきました wrote; draftedよ。あなたのおっしゃった通りとおり just as ...。ちょっと読んでご覧なさいんでごらんなさい give (it) a read

母は私の想像したごとく想像そうぞうしたごとく just as (I'd) imaginedそれを読まなかった。

「そうかい、それじゃ早くはやく soon; right awayお出し。そんなこと matter; affairひと (another) person; others気を付けないけない not take notice; not make an issue (of)でも、自分自分じぶん oneselfで早くやるものだよ」

母は私をまだ子供子供こども childのように思っておもって think of (as); consider (to be)いた。私も実際実際じっさい in fact; indeed子供のような感じかんじ feelingがした。

「しかし手紙じゃよう business; task (at hand)足りませんりません not be adequate; not be concludedよ。どうせ、九月九月くがつ Septemberにでもなって、私が東京東京とうきょう Tōkyō出てて set out (to); make an appearance (in)からでなくっちゃ」

「そりゃそうかも知れないかもれない it may be that ...けれども、またひょっとして、どんな好いい good; fine; worthyくち opening; positionがないとも限らないともかぎらない one can't rule out the possibility that ...んだから、早く頼んでたのんで ask; requestおくに越した事はないしたことはない there's nothing better than to ...よ」

「ええ。とにかく返事返事へんじ reply; response来るる come; arriveに極ってますきまってます is certain; is a givenから、そうしたらまたお話ししましょうはなししましょう (let's) talk; discuss

私はこんな事に掛けてけて concerning ...几帳面な几帳面きちょうめんな punctual; meticulous先生を信じてしんじて trust; have faith inいた。私は先生の返事の来るのを心待ちに待った心待こころまちにった looked forward to; waited in anticipation。けれども私の予期予期よき expectationはついに外れたはずれた was off; missed the mark。先生からは一週間一週間いっしゅうかん one week経ってって pass; go by; elapse何のなんの (not) any; (none) whatsoever音信音信たより letter; tidingsもなかった。

大方大方おおかた probably; most likelyどこかへ避暑避暑ひしょ summering; escaping the heatにでも行っているっている be gone; be awayんでしょう」

私は母に向かって言訳言訳いいわけ explanation; rationalizationらしい言葉言葉ことば words使わなければならなかった使つかわなければならなかった had to use; was compelled to apply。そうしてその言葉は母に対するたいする with respect to言訳ばかりでなく、自分のこころ heart; mindに対する言訳でもあった。私は強いてもいても of necessity何かのなにかの some sort of事情事情じじょう situation; circumstances仮定して仮定かていして assume; suppose; imagine先生の態度態度たいど manner; behavior弁護しなければ弁護べんごしなければ (if one doesn't) excuse; defend不安不安ふあん uneasy; anxious; unsureになった。

私は時々時々ときどき sometimes; on occasionちち father病気病気びょうき sickness; disease忘れたわすれた forgot; pushed from one's mind。いっそ早く東京へ出てしまおうかと思ったりした。その父自身自身じしん himselfもおのれの病気を忘れる事があった。未来未来みらい the future; days to come心配しながら心配しんぱいしながら worry about、未来に対する所置所置しょち measures; actions (usually 処置しょち)一向一向いっこう (not) at all; (not) in the least取らなかったらなかった didn't take。私はついに先生の忠告通り忠告ちゅうこくどおり as advised; as cautioned財産財産ざいさん assets; property; wealth分配分配ぶんぱい division; sharingの事を父にいい出すいいす bring up; mention機会機会きかい opportunity; chance得ずにずに without attaining過ぎたぎた spent; passed (time)

はち (part) 8

九月九月くがつ September始めはじめ start; beginning (of)になって、わたくし I; meはいよいよまた東京東京とうきょう Tōkyō出ようとしたようとした prepared to set out (for)。私はちち father向かってかって turn toward当分当分とうぶん for a while今まで通りいままでどおり in the same manner as before学資学資がくし (educational) expenses; funds送っておくって send; remitくれるようにと頼んだたのんだ requested

「ここにこうしていたって、あなたのおっしゃる通りとおり just as ...; like ...地位地位ちい (social) position得られるられる can procure; can attainものじゃないですから」

私は父の希望する希望きぼうする hope for; expect地位を得るる procure; obtainために東京へ行くく go (to)ようなこと thingsをいった。

無論無論むろん of courseくち opening; position見付かる見付みつかる findまでで好いい good; fine; adequateですから」ともいった。

私は心のうちでこころのうちで inwardly; to oneself、その口は到底到底とうてい by (no) means私のあたま headうえ top of落ちて来ないちてない not drop onto; not come to思っておもって think; considerいた。けれども事情事情じじょう situation; circumstancesうというとい distant from; unacquainted with父はまたあくまでもその反対反対はんたい opposite; converse信じてしんじて believeいた。

「そりゃ僅のわずかの small; short; minorあいだ period; interval (of time)の事だろうから、どうにか都合して都合つごうして manage; handle; take care ofやろう。その代りそのかわり in return; in exchange永くながく for a long timeはいけないよ。相当の相当そうとうの suitable; befitting地位を得次第次第しだい as soon as (one) attains独立しなくっちゃ独立どくりつしなくっちゃ must stand on one's own; need to be self-sufficient元来元来がんらい fundamentally; as a rule学校学校がっこう schoolを出た以上以上いじょう once ...; given that ...、出たあくる dayからひと (other) people世話世話せわ care; assistanceになんぞなるものじゃないんだから。今の若いものわかいもの young people; youthは、かね money使う使つかう use; spendみち ways; meansだけ心得て心得こころえて know; understandいて、金を取るる earn; attainほう alternative (of two choices)全くまったく (not) at all; (not) in the least考えてかんがえて consider; think aboutいないようだね」

父はこのほか besides; in additionにもまだ色々の色々いろいろの various; assorted小言小言こごと rebuke; faultfindingをいった。そのなか midst; withinには、「むかし former times; old daysおや parents children食わせてもらったわせてもらった were supported (lit: were fed)のに、今の親は子に食われるだけだ」などという言葉言葉ことば words; expressionsがあった。それらを私はただ黙ってだまって remain silent; hold one's tongue聞いていて listenいた。

小言が一通り一通ひととおり once; for the time being済んだんだ finished; came to an endと思ったとき time; moment、私は静かにしずかに quietly席を立とうとしたせきとうとした started to rise from one's seat。父はいつ行くかと私に尋ねたたずねた asked; inquired。私には早いはやい early; soonだけが好かったかった good; preferable

お母さんかあさん motherに日を見てて look at; assess; judgeもらいなさい」

「そうしましょう」

その時の私は父のまえ before; in front of存外存外ぞんがい more than usual; uncharacteristicallyおとなしかった。私はなるべく父の機嫌機嫌きげん mood逆らわずにさからわずに not oppose; not defy田舎田舎いなか countryside; rural areaを出ようとした。父はまた私を引き留めためた checked; detained

「お前が東京へ行くとうち houseはまた淋しくなるさみしくなる will be lonely; will feel deserted何しろなにしろ anyway; at any rateおれ I; meとお母さんだけなんだからね。そのおれも身体身体からだ body; physical healthさえ達者達者たっしゃ good health; wellnessなら好いが、この様子様子ようす situation; state of affairsじゃいつ急にきゅうに suddenly; without warningどんな事がないともいえないよ」

わたくし I; meはできるだけちち father慰めてなぐさめて comfort; console自分の自分じぶんの one's ownつくえ desk; study table置いていて set; placeあるところ place; location帰ったかえった returned (to)。私は取り散らしたらした scattered about; strewn about書物書物しょもつ booksの間にあいだに among坐ってすわって sit; sit down心細そうな心細こころぼそそうな (looking) lonely; forlorn父の態度態度たいど manner; mood言葉言葉ことば wordsとを、幾度か幾度いくたびか any number of times; repeatedly繰り返し眺めたかえながめた replayed in one's mind。私はそのとき time; momentまた蝉の声せみこえ the chirping of cicadas聞いたいた heard。その声はこの間中この間中あいだじゅう these days; recent days聞いたのと違ってちがって differentつくつく法師つくつく法師ぼうし tsukutsukubōshi (specific type of cicada)の声であった。私はなつ summer; summertime郷里郷里きょうり native place; home townに帰って、煮え付くく seethe; churn; surgeような蝉の声のなか middle; midst凝とじっと fixedly; intently坐っていると、変にへんに oddly; strangely悲しいかなしい sad; subdued; melancholy心持心持こころもち feeling; moodになること case; instanceがしばしばあった。私の哀愁哀愁あいしゅう sorrowはいつもこのむし insects烈しいはげしい fervent; intense soundと共にともに together with; accompanied by心の底にこころそこに depths of one's heart; core of one's soul沁み込むむ penetrate; permeateように感ぜられたかんぜられた felt; perceived。私はそんな時にはいつも動かずにうごかずに without moving; quietly一人で一人ひとりで alone; by oneself一人一人ひとり oneself見詰めて見詰みつめて look hard at; contemplateいた。

私の哀愁はこの夏帰省した帰省きしょうした returned home以後以後いご after; since次第に次第しだいに gradually情調情調じょうちょう tone; nuance変えて来たえてた changed油蝉油蝉あぶらぜみ aburazemi (type of cicada)の声がつくつく法師の声に変るかわる change; transition (to)ごとくに、私を取り巻くく surround; encloseひと people; persons運命運命うんめい destiny; fateが、大きなおおきな large輪廻輪廻りんね (Buddhist) cycle of death and rebirthのうちに、そろそろそろそろ slowly; steadily動いているように思われたおもわれた seemed。私は淋しそうなさびしそうな lonesome; solitary父の態度と言葉を繰り返しながら、手紙手紙てがみ letter出してして put out; send返事返事へんじ reply; response寄こさないこさない not send先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)の事をまた憶い浮べたおもうかべた called to mind; remembered。先生と父とは、まるで反対反対はんたい opposite印象印象いんしょう impressionを私に与えるあたえる give; impart (to)てん pointにおいて、比較比較ひかく comparisonの上にもうえにも in regard to; on occasion of連想連想れんそう associationの上にも、いっしょに私のあたま head; mind上りやすかったのぼりやすかった came up easily

私はほとんど父のすべても知り尽してつくして know thoroughly; know inside and outいた。もし父を離れるはなれる be separated fromとすれば、情合情合じょうあい (shared) sentimentの上に親子親子おやこ parent and child心残り心残こころのこり regretがあるだけであった。先生の多くおおく many; much; mostはまだ私に解っていなかったわかっていなかった was not known話すはなす convey; relate約束された約束やくそくされた had been promisedその人の過去過去かこ past; historyもまだ聞く機会機会きかい opportunity; chance得ずにずに without attainingいた。要するにようするに in short; at the end of the day先生は私にとって薄暗かった薄暗うすぐらかった dimly lit; obscure。私はぜひともそこを通り越してとおして get past; move beyond明るいあかるい bright; illuminated所まで行かなければかなければ if not progressing (to)気が済まなかったまなかった would not be satisfied; could not be content。先生と関係関係かんけい connection; relationship絶えるえる be discontinued; be cut offのは私にとって大いなおおいな great; significant苦痛苦痛くつう hurt; pangであった。私ははは mother day見てて look at; assess; judgeもらって、東京東京とうきょう Tōkyō立つつ set out; depart (for)日取り日取ひどり appointed day極めためた set; decided on; chose

きゅう (part) 9

わたくし I; meがいよいよ立とうとう leave; departという間際間際まぎわ on the verge of; at the point ofになって、(たしか二日前二日前ふつかまえ two days before; two days prior夕方夕方ゆうがた eveningこと affair; happeningであったと思うおもう think; believeが、)ちち fatherはまた突然突然とつぜん suddenly引っ繰り返ったかえった passed out; swooned。私はそのとき time; moment書物書物しょもつ books衣類衣類いるい clothes; clothing詰めためた stuffed into; packed to capacity行李行李こうり luggage; baggageからげてからげて tie up; secureいた。父は風呂風呂ふろ bath; bathing area入ったはいった went into; enteredところであった。父の背中背中せなか back流しにながしに to wash; to scrub行ったった wentはは mother大きなおおきな big; loud (voice)こえ voice出してして put forth私を呼んだんだ called for。私は裸体裸体はだか nakedのまま母に後ろうしろ behind; in backから抱かれているかれている was held; was supported父を見たた saw; discovered。それでも座敷座敷ざしき sitting room; parlor伴れて戻ったれてもどった accompanied back (to)時、父はもう大丈夫大丈夫だいじょうぶ okay; all rightだといった。念のためにねんのために out of caution; to be sure枕元枕元まくらもと pillow side; bedside坐ってすわって sit down; seat oneself濡手拭ぬれ手拭てぬぐい damp washclothで父のあたま head冷してひやして cool; sootheいた私は、九時頃九時くじごろ around nine (o'clock)になってようやく形ばかりのかたばかりの cursory; token夜食夜食やしょく evening meal済ましたました finished

翌日翌日よくじつ the next dayになると父は思ったより元気が好かった元気げんきかった was in good spirits; was feeling better留めるめる stop; limit; restrainのも聞かずにかずに without listening; without heeding歩いてあるいて walking; on one's feet便所便所べんじょ toilet; bathroomへ行ったりした。

「もう大丈夫」

父は去年去年きょねん the year beforeくれ end; close倒れたたおれた fell; collapsed時に私に向かってかって turn to; turn towardいったと同じおなじ the same言葉言葉ことば word; expressionをまた繰り返したかえした repeated。その時ははたしてくち mouthでいった通りとおり just as; exactly asまあ大丈夫であった。私は今度今度こんど this timeもあるいはそうなるかも知れないかもれない it might be that ...と思った。しかし医者医者いしゃ doctor; physicianはただ用心用心ようじん care; caution肝要肝要かんよう essential; crucialだと注意する注意ちゅういする adviseだけで、念を押してねんして press (a matter)判然した判然はっきりした clear; definitive事を話してはなして say; expressくれなかった。私は不安不安ふあん worry; concernのために、出立出立しゅったつ departure day来てて come; arriveもついに東京東京とうきょう Tōkyōへ立つ inclination起らなかったおこらなかった did not arise

もう少しもうすこし a little more; a little further様子様子ようす situation; state of affairsを見てからにしましょうか」と私は母に相談した相談そうだんした suggested; proposed

「そうしておくれ」と母が頼んだたのんだ requested

母は父がにわ garden出たりたり go out (to)背戸背戸せど back door; backyard下りたりりたり go down (to)する元気を見ているあいだ period; interval (of time)だけは平気平気へいき calm; unconcernedでいるくせに、こんな事が起るとまた必要以上に必要ひつよう以上いじょうに more than necessary; excessively心配したり心配しんぱいしたり worry; fret気を揉んだりんだり get worked upした。

お前まえ you今日今日きょう today東京へ行くく go (to); leave (for)はずじゃなかったか」と父が聞いた。

「ええ、少し延ばしましたばしました put off; delayed」と私が答えたこたえた answered; responded

「おれのためにかい」と父が聞き返したかえした asked further

私はちょっと躊躇した躊躇ちゅうちょした hesitated。そうだといえば、父の病気病気びょうき sickness; disease重いおもい serious; graveのを裏書きする裏書うらがきする confirm; substantiateようなものであった。私は父の神経神経しんけい nerves過敏にしたくなかった過敏かびんにしたくなかった didn't want to set on edge。しかし父は私のこころ thoughts; feelings; sentimentをよく見抜いて見抜みぬいて see through (to); readいるらしかった。

気の毒だねどくだね I'm sorry; it's a shame」といって、にわ garden; yardほう directionを向いた。

わたくし I; me自分の自分じぶんの one's own部屋部屋へや roomにはいって、そこに放り出されたほうされた neglected; set aside行李行李こうり luggage; baggage眺めたながめた gazed at; looked at。行李はいつ持ち出してして carry out; take with差支えない差支さしつかえない is nothing to hinder ...; can readily ...ように、堅くかたく tightly; firmly括られたくくられた was bound; was fastenedままであった。私はぼんやりそのまえ front of立ってって stand、またなわ ropes; cords解こうこう loosen; unfastenかと考えたかんがえた considered; thought about

私は坐ったすわった sitting; seatedまま腰を浮かしたこしかした half-rising (to one's feet)とき time落ち付かないかない restless; fidgety気分気分きぶん mood; feelingで、三、四日さん四日よっか three or four days; several days過ごしたごした spent; passed (time)。するとちち fatherがまた卒倒した卒倒そっとうした fainted; swooned医者医者いしゃ doctor絶対に絶対ぜったいに absolutely; without exception安臥安臥あんが quiet rest; total rest命じためいじた ordered; prescribed

「どうしたものだろうね」とはは motherが父に聞こえないこえない cannot hearような小さなちいさな small; low (voice)こえ voiceで私にいった。母のかお faceはいかにも心細そう心細こころぼそそう (looking) hopeless; discouragedであった。私はあに older brother; elder brotherいもと younger sister (usually いもうと)電報を打つ電報でんぽうつ send a telegram用意用意ようい preparationをした。けれども寝てて lie down; rest; sleepいる父にはほとんど何のなんの (no) sort of苦悶苦悶くもん discomfort; painもなかった。はなし talk; converseをするところなどを見るる see; look atと、風邪風邪かぜ a coldでも引いたいた caught (a cold)時と全くまったく utterly; completely同じおなじ the sameこと situation; state of affairsであった。その上そのうえ on top of that; furthermore食欲食欲しょくよく appetite不断不断ふだん always; usualよりも進んだすすんだ advanced (to a higher level) 傍のものはたのもの others nearbyが、注意して注意ちゅういして caution; warn容易に容易よういに easily; readilyいう事を聞かなかった。

「どうせ死ぬぬ die; pass awayんだから、旨いうまい tasty; deliciousものでも食ってって eat死ななくっちゃ」

私には旨いものという父の言葉言葉ことば words; expression滑稽滑稽こっけい humorous; amusingにも悲酸悲酸ひさん wretched; pitiful (usually 悲惨ひさん)にも聞こえた。父は旨いものを口に入れられるくちれられる eat; partake ofみやこ city; metropolisには住んでんで live; resideいなかったのである。 evening入ってって enter into; becomeかき餅かきもち mochi cut thin, dried, and lightly roastedなどを焼いていて grill; roastもらってぼりぼりぼりぼり (with a) munching sound噛んだんだ bit into

「どうしてこう渇くかわく thirst for; craveのかね。やっぱりしん inside; core丈夫の丈夫じょうぶの strong; robustところ aspectがあるのかも知れないかもれない it may be that ...よ」

母は失望して失望しつぼうして despair; lose hopeいいところにかえって頼みたのみ faith; trust置いたいた set; placed。そのくせ病気病気びょうき sickness; illnessの時にしか使わないにしか使つかわない only use in ...渇くという昔風の昔風むかしふうの old style; outdated言葉を、何でも食べたがるべたがる want to eat; have an appetite for意味意味いみ meaning用いてもちいて use; applyいた。

伯父伯父おじ uncle見舞見舞みまい well-wishing visit来たた came; called; arrivedとき、父はいつまでも引き留めてめて hold back; detain帰さなかったかえさなかった did not send home; did not let leave淋しいさむしい lonelyからもっといてくれというのが重なおもな main; major理由理由りゆ reasonであったが、母や私が、食べたいだけもの thingsを食べさせないという不平不平ふへい discontent訴えるうったえる complain ofのも、その目的目的もくてき objective; aimの一つであったひとつであった was one ofらしい。